●リプレイ本文
●誰の為に
「二木様、申し訳ありませぬ。どうやら一人来ぬようです」
羅生門で冒険者を待っていた二木吉兼に、御神楽澄華(ea6526)は頭を下げた。
「八人で? ふーむ、それでは応援を殿にお願いしてみましょう」
「忝い」
「いやいや」
二木は同輩の武士達に指示を出した。そして二木と冒険者達は京都を出発する。
「二木ちゃんは勿論いける口だろう?」
道中から平島仁風(ea0984)は二木に酒を勧めていた。
「いやいや、私は下戸も同然でしてなぁ。それに今は皆様をお連れする大切なお役目の途中」
「堅ぇこと言うなよ。つまらねぇ」
強引に勧める仁風に、二木は笑顔のままだが辟易する風だった。
が、これは仁風の作戦であり、漁村が近づく頃に仲間達が二木の目を盗んで情報収集が出来るようにと思っての謀だ。
「本当に大丈夫か?」
「ああ。スッキリしねぇ仕事だからねぃ。ホントに鬼なんか確かめてぇやな」
明日は問題の村に着くという晩、偵察に行くのは紅闇幻朧(ea6415)、澄華、パウル・ウォグリウス(ea8802)の3名だ。
3人が闇に消えると、仁風は宿を借りている民家に戻った。
「明日はいよいよ鬼退治だ! 今日は盛大な前祝いと行こうぜぃっ」
体力には自信のある仁風だが、さすがに翌朝は二日酔いが辛かった。仲間の報告を気にかけていたせいもあるかもしれない。
「さて」
偵察に行った3人だが、幻朧と澄華は件の漁村に近づいて外から観察した。パウルは近くの別の村に入り、村人に直接尋ねた。
「漁村のことを教えて欲しい」
「ひ、ひい」
村人は赤い髪に青い瞳のパウルの姿に怯える。江戸や京都ではそんな反応をされる事も少なくなったが、未だこの国では西洋人は珍しい。
「待ってくれ。頼む。怪しい者じゃない」
とは言ったものの困った。冒険者には社会的信用など無い。パウルは西洋ならビザンチンの騎士として振舞えるが、ジャパンの田舎では通用しない。使えるのは依頼人に貰った役くらいだ。
「ここの領主に頼まれて、漁村の鬼退治にやってきた」
「勝手に行動されては困りますよ」
偵察から帰った3人を、二木が出迎えた。
パウルが二木の前に出る。
「すまなかったな。何しろ敵が多い、念には念をいれたくてな」
幻朧と澄華は見てきた砦の様子を報告した。
その情報を元に、大体の作戦が練られる。応援の武士達が合流して二木が冒険者から少しの間離れると、パウルは自分が村人から聞いた話を仲間達にした。
「これから向う漁村に居るのは、どうやら領主に反抗している人間らしい」
「どういう事だ?」
「詳しい事は分からんが、あの漁村は領主に逆らう一族の本拠で、ここ最近鬼に襲われた話は無かった」
短い時間で調査したパウルの予断が事実という保障は無いが、何人かの冒険者を動揺させるには十分だった。鬼退治が反乱鎮圧では話が全く違う。
「‥‥興味ありませんね」
緋室叡璽(ea1289)はそう云って立ち上がった。
「なに?」
「俺が欲しいのは、鬼の武装や漁村の出入口の情報です。相手が鬼だろうと何だろうと、敵は叩き伏せるまで‥‥」
「違いない」
ウィルマ・ハートマン(ea8545)は頷いて、弓矢の準備を始めた。
「久方振りに骨のありそうな獲物なのでな、鬼だ人だと躊躇って己の命をくれてやる気は無い」
叡璽とウィルマ、それにデュランダル・アウローラ(ea8820)はパウルの話を聞いてもやる気であった。
「確かに、鬼ではない証しをこの場で立てるのは困難ですが‥‥」
澄華は迷う。疑惑アリと言って依頼を個人的に拒否する事は出来るが。同じく苦い顔なのは仁風。
「鬼じゃねえとしたら‥‥俺達はどーすりゃあいいんだ?」
その問いに答えられる者はいなかった。
夜明けと共に漁村への攻撃が始まった。
●人鬼
「フッフッフッ‥‥ 魔法が使える‥」
黒畑緑太郎(eb1822)のムーンアローが見張りに命中する。ほぼ同時にウィルマが火矢を放った。炎に驚いて人が出てくると、応援の武士達も矢を放った。
「援護は任せろ。行け」
途端に慌しくなる漁村に、冒険者達は一団となって突入した。村からも弓が応射される。
「‥‥目障りだ、死んでろ」
ウィルマの鉄弓から放たれた矢が唸りをあげて飛び、村の弓兵を貫く。
「‥‥ん?」
第二矢は明後日の方向に外れた。緑太郎が代わりにムーンアローを当てる。
「オタクでも緊張するの?」
「狙いすぎたか」
ウィルマは局所狙撃は得意ではない。遊ぶのは止めて確実に当てていく。ウィルマほどの弓上手は敵には居なかった。それでも地の利は敵にあり、簡単には倒せない。
「おっと、オタクは行かないのか?」
緑太郎は突入班に加わらなかった叡璽に声をかけた。
「俺は二番手なんですよ」
弓隊の援護を受けて突入した冒険者は5人、それに領主の武士11人が加わる。
「ん?」
幻朧は現れた敵の武装に驚いた。奇襲の筈が、相手は鎧を着て十分に武装している。
「気をつけろ! こいつら、俺達の来るのを‥‥」
横から飛び出した敵の突きを間一髪で躱し、踏み込んで忍者刀を振るった。赤い返り血が胴丸を濡らす。
(「まさか偵察の時に知られたのか? ‥‥何たる迂闊」)
幻朧は己を恥じたが、事実は違う。
「参ったぜ。こりゃ、殺気の渦が出来てるねぃ」
仲間と一緒に突入した仁風の頬を、冷たい汗が流れ落ちた。漁村の中は殺気が満々、しかも敵は全員がどう見ても人間にしか見えないのである。
震える手で槍を構えた村人が、殺気を込めた目で仁風を見ている。
「あーもう、鬼なら鬼らしい格好してやがれってんだよぅ!」
パウルから聞いた話が頭をよぎった仁風は見逃そうと刀を持つ手を引いた。
「い‥やぁ!」
槍が腹に刺さる。
「平島様!?」
仁風と同じく鬼と思えない敵を前に戸惑っていた澄華は反射的に仁風に槍を入れた村人を斬った。
「しっかりして下さい!」
「‥‥ったく、ざまあねえったら」
膝をついた仁風は懐からポーションを取り出して飲む。
「戦えるか?」
重鎧を着込んで敵を引き受けているデュランダルが聞く。
「ああ、ここは任せるぜ。俺達は裏に回る」
「‥‥分かった」
仁風は澄華を連れて村の奥へ向った。
「‥ば、化物めっ」
デュランダルは獅子奮迅の働きを見せていた。彼一人に敵は7、8人が取り囲んでいるが、優勢なのはデュランダルの方だ。槍で突こうと刀で斬ろうと白髪の騎士は攻撃を全て受け止めてしまう。両手の偃月刀は正しく死神の鎌だ。
「‥‥鬼だ」
その姿は、とうの昔に死は覚悟した筈の武士の心胆を寒からしめた。
「ふー、ふー‥‥ぐがあああああ!!!」
敵が一歩退くと、既に限界だったデュランダルは獣じみた叫び声をあげた。狂化だ。
「行きます」
狂戦士の暴走が始まったのを見て、叡璽は砦に入った。待機していた残りの武士達も彼に続く。
「この狗め。我らに何の恨みがある‥‥」
「問答無用」
叡璽はただ斬った。考えていた策は使えない。ならばと、ただ対峙した敵を切り伏せていく。
「お前達は依頼を受けた時から、俺の敵になった‥‥殲滅する」
「冒険者?‥‥愚かな、武士の誇り失ったか!」
斬り込んできた敵の一撃を横跳びで避ける。
交差する刹那、叡璽の刀が閃いた。
「これが俺の士道だ」
捨身の戦法を取る叡璽は、斬り進むうちにダメージを蓄積して倒れた。
「‥‥」
パウルは眼前の阿鼻叫喚を見ていた。
突入した後、一人離れた彼は戦いを避けて、村の隅で戦いの趨勢を眺めていた。
仲間達は善戦している。
デュランダルの戦いぶりは鬼神である。命を捨てた戦い方をする叡璽は幽鬼の如くだ。ウィルマは漁村から逃げる人々の背中を撃つ無情の鬼だ。今しがた、仁風と澄華は砦の人々が逃走用に用意していた船に火をつけて退路を絶った。
「退き時か‥‥」
二つの十手を握ったパウルは暴風と化したデュランダルに近づく。
「止めなさい。あなたも殺されますよ」
気付いた二木がパウルを止める。今のデュランダルは仲間の判別も出来ない。巻き添えを食らって、領主の武士も一名瀕死の重体だ。
「俺以外に誰がアイツを止められる?」
「止める?何故? まだ鬼は‥」
「何が鬼だ。俺は殲滅など」
二木を振り払おうとして衣の端を引っ張られ、パウルはこけた。
既に限界のパウルは、それだけで狂化した。いつも落ち着き払った態度を見せているが、実際は心の弱い男だ。
「なんと‥‥」
叫声を張り上げるパウルから二木は慌てて離れた。
二人の狂戦士は血の饗宴に酔った。
「待って下さい。まだ子供ですよ!?」
「子供と言えど、鬼の子‥‥成長すれば人に仇を為します」
領主側は全員が満身創痍、被害も少なくは無かったが劣勢を覆して勝利した。
漁村の者は屋敷に隠れていた女子供に至るまで殲滅された。
依頼人は大変喜び、冒険者の傷を治し、褒賞も与えたようである。
「‥‥奴らは、本当に鬼だったのか?」
「はい、間違いなく鬼でございます」
その日、冒険者の活躍で一つの漁村が地上から消えた。
皆殺しの人鬼と怖れられ、また百体の鬼を倒した勇者とも言われた。