●リプレイ本文
「‥‥ふふふ」
クロウ・ブラッキーノ(ea0176)の褐色の手が地面に置かれた地図の上を滑ると、指が触れた所から火が付いた。瞬く間に地図は燃えて無くなる。
「ほーぅ」
地面に残った灰は、蛇のように曲がりくねって交差し、繋がっていた。
「私の存在価値をアッピールする機会と思いましたガ」
豪華なマントを羽織った褐色の魔法使いは、肩をすくめて見せた。目的地へのルートを示す炎の呪法は情報不足で見事に迷走。
「失敗ですネェ。手代さん、スミマセン‥‥ウフッ」
「‥‥」
目の前で高価な地図を燃やされた冒険者ギルドの手代はクロウを睨み付けたが、すぐに表情を引き締める。
「やはり、この私が行くしかありませんな!」
旅姿に着替えて若葉屋へ現れた手代は文吉探しに上州まで行く気満々である。手代の気合いに、集った冒険者達は顔を見合わせた。
「止めた方がいいよ」
といったのはパラの女騎士ジャンヌ・バルザック(eb3346)。
「何ですと?」
「フライングブルームで暮空が行けばあっという間だし、魔法もあるから探しやすいんだよ」
江戸から上州まで手代の足で三、四日はかかる。だがパラ侍、暮空銅鑼衛門(ea1467)十八番の飛行箒(フライングブルーム)を使えば数時間だ。
単に移動時間だけの問題ではなく暮空にはオーラセンサーがあり、サンワード使いのパラジプシー、ジュディス・ティラナ(ea4475)も同行するからその探索能力は手代の比では無い。文吉探しに限れば、これ以上の人選はまず無いだろう。
「暮空? いやいや、彼は店を守る仕事があるでしょう。上州に行くなんてとんでもない」
手代は首を振る。暮空銅鑼衛門は先日、若葉屋の店長代理に就任している。
「ミーも店を空けるのはどうかと思ったでござるが、真・店長とこみいった話をするなら、ミーが行くべきかとも思ったのでござる」
それが悩んだ末の暮空の結論。手代は口をへの字に曲げた。
「店は、どうするのですか?」
「私が留守番するよ」
ジャンヌが言う。シフールのリュカ・リィズ(ea0957)も暮空達に同行するというから、確かに彼女の他に居ない。いや若葉屋最古参の一人であるクロウが居るが、誰もそれは考えない。
「貴女が‥‥?」
訝るように手代はジャンヌを見下ろす。
「小さいからって馬鹿にしないでよね」
童女のような彼女が、実は敏捷さと力強さを併せ持った戦士だという事は手代も知っている。しかし、それと店番が務まるかは別問題だ。厄介な客あしらいなど、商人としての才覚が物を言う。
「正直、商売の工夫は無いけど‥留守番くらい出来るよ。それと、はっきり言うけど手代さんが行くと足手まといだから、私達に任せて」
ジャンヌの言葉に、手代は目を白黒させた。全く歯に衣着せぬ。
「ふーむ。そこまで言われては仕方が無い。ここは貴女達に任せましょう」
手代は折れた。但し、と付け加える。
「そこまで言いながら、出来ない時は‥‥」
計画を見直すと言い残して、手代はギルドに戻った。
「むむ‥‥、これは責任重大でござるな。今すぐ出発でござる」
暮空は背中から魔法の箒を取り出した。成り行きを見守っていたシフールを見る。
「リィズ殿、窮屈でござるが此処に」
暮空が示したのは箒を取り出した背負い袋。荷物と一緒は少しだけ気が引けた。
「えっと、飛んで付いていくのは駄目でしょうか?」
「速度が違うでござるよ」
フライングブルームはおよそシフールの2倍で飛ぶ。ジ・アースの乗り物としては最速の部類か。
リュカは少し迷ったが、文吉探しが優先だ。
「ではお言葉に甘えて、お荷物になります」
暮空は頷いて背負い袋のアイテムを取り出した。暮空が作ったスペースにシフールが入る。暮空が箒に跨ると、その後ろにジュディス・ティラナがピタリとくっついた。
「リュカちゃんが来てくれて良かったわ。お姉ちゃんがね、遠い所行く時は女の人と行きなさいって怒るの。何でかしら?」
小首を傾げるジュディス。背負い袋から頭だけ出したリュカもきょとんとしている。
「準備はいいでござるな? ではでは、再び江戸の大空に舞い上がれでござる! 秘滅道具、飛行箒!!」
暮空が握り締めた箒に念を込めると、命を得たように三人を乗せた箒が空に跳ねた。
11月2日夕暮れ、上野国藤岡。
江戸から約二十五里。早飛脚でも一昼夜はかかる所を、三人は数時間で到着した。遥か前方に平井城が見えた頃、暮空は飛行箒を着陸させた。
「ここからは歩くでござるよ」
空飛ぶ箒は目立つ。此処へ来るまでも暮空達は街道を進む軍勢に見咎められ、矢や魔法を射掛けられること数回。折しも今は、上州征伐を決めた武蔵の源徳軍が街道を北西に進行中。更にこれから行く藤岡は新田勢の拠点である平井城の城下町だ。下手な行動は命に係る。
町に入る前に巡回中と思われる侍に呼び止められた。
「待て。その方ら、何者だ?」
「ミーはただのちりめん問屋の隠居でござるよ〜。これは末娘、あっちは通訳のシフールでござる」
汗をかきつつ暮空が説明する。なるほど、そう見えない事も無い。
「ほほう、武家言葉を話す隠居か。してご隠居、何故に被り物などしておる?」
暮空は頭からまるごと猫かぶりを着込み、簪乱れ椿を差した傾いた出で立ち。腰には妖刀「丁々発止」。供のジュディスの格好も目をひく。西洋風のヘアバンドにやぎ羽織、腰には越後屋印のてるてる坊主。
「上州のからっ風は堪えると聞いたでござるよ」
「師走に入れば身も凍える寒さだが、ちと早かろう。ふむ、藤岡には何用だ?」
「諸国漫遊の旅でござるが、此方には友人に会いに来たのでござるよ」
ジュディスとリュカもコクコクと頷いた。
「おそば屋で働いているの、文吉さんていうのよっ☆」
ジュディスは額縁に入れた文吉の似顔絵(暮空作)を見せた。
「面白い者どもよ」
武士は表情を和らげる。
「旅の途中ならば、なるべく早く発つが良い。もうすぐ戦になるでな」
「源徳家康が攻めてくるのでござるな」
暮空は好奇心を示した。冒険者、それも好奇心旺盛なパラ族ならば当然だ。上州の情報には興味がある。
「何の源徳如き、返り討ちにしてくれる‥‥と言いたい所だが、此度は難しい。何しろ摂政殿だ」
家康の上州征伐軍は四、五千と噂されている。大変な大軍だが、武蔵房総を持つ源徳の総兵力は低く見積もってもその数倍。それに同盟国の兵力も加わるのだから数字上は、上州新田に勝ち目は無い。この所の災厄続きで翳りが見えたとは云え、家康がジャパン一の大大名である事実は変わらないのだ。
「侍は大変でござるなぁ。ミー達は早く文吉殿に会って出て行くでござるよ」
礼を言って立ち去る三人を、武士は目を細めて見送る。
(「目をつけられたでござるか? 源徳の間者と間違われたら事でござるな‥‥」)
●幕間 若葉屋そんぐ『青年期』
♪哀しい時には 江戸のはずれで
越後屋福袋の中身見てた
名品色々 不思議だった
涙うかべて 見上げたら
雪のかけらが きらきら光る
まばたきするたびに 形を変えて
夕闇に一人 夢見るようで
叱られるまで たたずんでいた ああ
僕はどうして 若葉屋になったんだろう
ああ 僕はいつごろ若葉屋になるんだろう
(作詞・作曲:暮空銅鑼衛門 歌:若葉屋後援会)
11月3日。江戸。
ジャンヌが若葉屋に行くとクロウが先に来ていた。パラは顔を綻ばせる。
「今日も頑張ろう。店長代理がいない間は、残ったメンバーで若葉屋を守らないとね」
「ウフ、私も微力ながらお手伝いしまショー」
とは言ったものの、手代にも言ったように、ジャンヌには具体的なビジョンは無い。どこからか仕入れてきた褌をクロウが棚に並べるのを眺めるばかりだ。
「リュカが洗濯屋はどうかって言ってたけど、クロウはどう思う?」
ジャンヌは近所の奥さん達にも同じ質問をしていた。
「薄汚れた古着を集めてハァハァしたいだなんて、悪くない趣味ですネ。ウフ」
「‥‥違うと思うけど」
近所の人達の反応は悪くない。洗濯機など無い時代である。洗濯は全て手洗い。洗濯屋は人の嫌がる肉体労働だ。僅かな手間賃で、割の良い仕事ではないが需要はある。
「フム‥‥洗い物屋サンですか。ソウ言えば、私のマントを随分汚れましたネェ」
クロウは自分のマントの匂いを嗅ぐ。冒険者は結構お洒落な者が多い。高級な衣服は洗うのも大変だ。冒険者長屋の裏に回れば、王侯貴族の衣装がぞんざいに干された呉服屋が卒倒するような光景が見られる。高級衣服の洗濯屋なら料金も高く取れるが、相当な技能が必要だ。
「商売も楽じゃないよね。でもクロウって良く知ってるんだね」
「これでも商人の端くれですカラ‥‥ウフ」
ジャンヌは感心した。クロウはフランク人だというがジャパン語はペラペラだし、商いの事も良く知っているようだ。
「お願いがあるんだけど」
彼女は翌日の店番をクロウに頼んだ。ジャンヌは鷹山正之に会いに行く気でいた。誰も居なければ店は閉めていくつもりだったが、勝手を知るクロウが居るなら安心だろう。
「引き受けまショウ」
クロウは快諾する。手代か暮空が居たら、止めたろうか。クロウ・ブラッキーノに店を一日任せれば、若葉屋が魔界に落ちても不思議は無い。
その頃、上州藤岡。
「なにやら嫌な予感が‥‥」
暮空の顔が一瞬暗黒面に落ちた。彼とジュディス、リュカの三人は一緒に文吉を探している。
「おてんとさまおてんとさま文吉さんはどこにいますかっ?」
ジュディスが太陽に文吉の場所を尋ねる。もはや彼女の日課と言っても良い。
『近い』
「はぁ、文吉さんたら一体どこにいるのかしらっ‥‥‥へ?」
これまで分からないか、遠い遠いとしか返ってこなかったが、藤岡で問うと答えが違った。
「えええーーっ☆」
嬉しさの余り暮空に飛びつくジュディス。
「パパぁっ、文吉さんはココにいるわっ☆」
「やったでござるな」
暮空も破顔一笑、オーラセンサーを発動する。
「う‥‥むむ」
文吉探知機となったパラ侍はその反応に顔を歪めた。
11月4日。江戸、某所。
「私は気付いていますョ。
文吉サンの旅の目的を‥‥何故、戦乱の匂い漂うアブナイ場所で目撃されたのか?」
囁くような声が響いた。蝋燭の炎以外に灯りは無く、地下のような暗い穴蔵の中のような場所だ。薄闇の中、声に耳を傾ける人々が蹲っていた。
「‥‥‥‥」
誰も彼も気配を押し殺しているが、異様なのは皆、覆面を被っている事だろう。如何にも、人目を避けた秘密集会という趣き。しかも彼らが被っているのは、褌である。
「それは、
名のある武将の褌(モチロン使用済み)を手に入れるチャンスだからデス。それ以外に理由は考えられまセン」
声が無茶苦茶な事を断言すると、闇がざわめいた。覆面の者達が感嘆し、嗚咽し、慟哭している。
「いやぁ〜〜〜、古褌に興味無さげな大人しそうなカオをして、文吉サンってば私以上に古褌に懸ける情熱のあるおヒトですネェ。ウフフフフフフッ」
褌まにあ達の心を煽り立てた闇のおーくしょにあは、更に優しい声色で話し続ける。いかな文吉と言えど豪傑の褌ゲットは大難事。窮地に立ち、彼らの加勢が来るのを待っているのかもしれないと。義勇兵を募った。
それは闇の競売商といえど、本気で考えていたとは思えない。
褌狂いと言えど生業もあれば家族もいる人の子。一時の狂乱で我を忘れる事はあっても、褌の為に戦に行くなど在り得る事では無い。
だが‥‥。
一方、ジャンヌは若葉屋が褌魔界に沈んでいるとは露知らず、鷹山正之が泊まっている寺院を訪れた。鷹山は出かけていたが、一刻ほどで戻るというので待たせて貰う事にする。
その間、鷹山の細君と世間話をした。
「今度、洗濯屋を始めようかと考えているんだけど‥」
「まあ」
奥さんは少し驚いたようだ。洗濯といえば妻子、富裕層なら使用人の仕事という認識がある。違う言い方をすれば非常に日常じみた仕事であり、浮世離れした冒険者と洗濯屋は合いそうにない。
「やはり、難しいでしょうか‥」
「‥‥」
奥さんは微笑し、洗濯屋があれば便利だと話した。
最近の江戸の事など話しているうちに鷹山が戻ってきた。
「前回はあまり御話を伺えませんでしたけど。今の江戸についてどう思われますか?」
「数十年前まで、江戸は関東の田舎に過ぎなかった。それが源徳公の手で、今は日ノ本一の町になった。色々な所に歪みを作っていると私は考えます」
近年の災厄はそれが原因であり、またそれにより助長されているものだと鷹山は私見を語った。急成長した者が反感を買う、というのはジャンヌにも分かる話だ。上り調子なだけに避け難いものでもある。
「そのための正義の屋台ですね」
「それほど格好の良いものではありませんが、座して災厄を待つ事は出来ません」
「今はお店の番をしないといけないんですけど、いずれお手伝いしてみたいと思っています」
半刻ほど話して、帰りがけにジャンヌは言い辛そうに訊いた。
「あの‥‥不躾ながら、前の家からこちらに引っ越されたのは。その‥‥前の家は、活動資金の為に手放して‥‥?」
「引越しが趣味なのですよ。一つところに留まっていると落ち着きません」
鷹山は微笑した。
「‥‥」
暮空は緊張した面持ちで平井城を眺めた。
何故かは分からないが、文吉の反応はこの城の近辺を示している。
「ちょっと私が行ってきましょうか?」
リュカが言う。羽がある彼女ならひとっ飛び。小さなシフールなら確かに見つかり難いが。
「危険でござる」
暮空が飛び立とうとするシフールを手で遮る。
「でも」
リュカは文吉に会って言いたい事が山程あった。今までの楽しかった事、苦労した事、嫌な事も全て聞きたかった。
「――失礼さんでござんすが」
と、城を前に立ち尽くす彼らに声をかける人が居た。
「若葉屋の皆さんとお見受けしやす。間違いございやせんか?」
一見して渡世人風の中年男。
「何の事でござろう、ミーはただの縮緬問屋の隠居でござるよ。これは末娘と供のシフール‥‥」
が男は暮空とジュディスの名を言い当てる。
「何故ミーの名を?」
「褌救世主の旦那を知らなければモグリでござんすよ」
男は顔に褌をかぶっていた。
覆面男は文吉探しの事も知っていて、江戸で彼らに話があると言って立ち去った。冒険者達は江戸に戻る。
つづく。