波瀾万丈乙女3〜伝染病の館の三姉妹
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2008年01月07日
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●オープニング
●銀の指輪
「これを、お前に」
と、あの人が示したのは、銀色に輝く気品ある指輪。
「ルーケイも、フオロも新しい道を歩み出した。その道を、お前にも歩んで貰いたいと思う。‥‥出来れば、俺の隣で」
え!? これってもしかして、あの人からのプロポーズ!?
これは夢じゃない。心のどこかでずっと待ち続けていた、あの人の言葉。
「伯がお望みであるなら‥‥どこまでも一緒に」
空に舞い上がるかのような気持ちのままに返事を口にした。
あまりにも突然のことで、そんな言葉しか思いつかない。
でもあの人はそっと手を取り、銀色に輝く指輪を指にはめてくれた。
それはあの人の婚約者であることの証し。
●ベクトの町にて
リリーン・ミスカは河賊上がり。冒険者出身の新ルーケイ伯に取り立てられた今は現地家臣の一人として、かつては河賊の頭目だったムルーガ・ミスカと共にルーケイ水上兵団を取り仕切っている。
しかしリリーンには秘密の過去があった。彼女の本当の名はセリーズ・ルーケイ。反逆者として先王エーガン・フオロより死を賜りし、旧ルーケイ伯マージオ・ルーケイの娘だ。ルーケイ叛乱の平定で国王軍がルーケイ領内に攻め込んだ折り、セリーズも国王軍に追いつめられて自害したと世には伝えられている。しかし真実のところ、自害したのは身代わりの娘。生き延びたセリーズはムルーガの養女となり、リリーン・ミスカと名を変えて今日の日まで生き延びて来たのだった。
今、彼女はルーケイ水上兵団の指揮官として、ベクトの町の治安維持を取り仕切っている。悪代官シャギーラが支配していた頃は、掃き溜めの町と呼ばれた程に犯罪がはびこっていたこの町も、ルーケイ水上兵団と冒険者による悪代官討伐が行われて後は、健全な歓楽地に生まれ変わろうとしている。町のそこかしこを闊歩していた悪党やゴロツキ共も、ある者は水上兵団に捕らえられてしょっ引かれ、ある者は水上兵団に恐れをなして逃げ出したりで、すっかり姿を見せなくなった。
だがその町にも一ヶ所だけ、手つかずで取り残されている場所があった。それは悪名高きイクラ三姉妹の館である。その館はベクトの町一番の高級娼館であり、悪代官や悪徳商人や裏世界の顔役達が連日のごとくどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。娼館の経営者である三姉妹も有り余る金を湯水の如く費やし、豪勢に着飾っては美味い物を食べ、夜の女王達と呼ばれる程に羽振りを利かせていたのである。
その館も、今や無人の館も同然にひっそりと静まり返っているが、三姉妹はしぶとく館に居座り続けていた。固く閉ざされた扉の向こう、館の奧の奧のその部屋では、今日も口汚い罵り声がする。
「何よっこの豚の餌はっ!?」
テーブルに並ぶ銀食器が乱暴に投げつけられ、盛られていた食べ物が盛大にぶちまけられた。干からびた干し肉、しなびた野菜、ガチガチに固くなったパン──威勢を振るっていた頃の豪華な晩餐とは正に雲泥の差だ。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「でも、食料庫にはもうロクな食べ物が残っていないんです!」
食事を運んで来た年若いメイド2人が泣き顔になってペコペコ頭を下げるが、三姉妹の侍女オシェトラの怒りは治まらない。
「食べ物がないなら水上兵団からぶんどって来たらどうなのさ!」
「そんな‥‥怖くてできません!」
「この、役立たず!」
ぼがぁ! ぼがぁ! ぼがぁ!
オシェトラは銀の皿をひっつかみ、メイド達の頭を殴りまくり。
「痛ぁい! 痛ぁい!」
「お許し下さい、オシェトラ様ぁ!」
すると、食事のテーブルから冷ややかな声が投げつけられた。
「あまり怒ると小じわが増えますわよ、お姉様」
三姉妹の三女、セブルーガである。怒り狂うオシェトラとは対照的に、セブルーガはお上品な仕草で貧しい食事を口に運んでいる。
「ふん、余計なお世話だね! メイドに八つ当たりでもしなけりゃ、やっていけないさ!」
と、オシェトラ。セブルーガが言う。
「で、お姉様。これからどうするつもりですの?」
「どうするって‥‥おまえこそどうするつもりなのさ!?」
「どうしようもないから、訊ねているんじゃありませんこと?」
「こんな状態で何が出来るっていうのさ! 外では水上兵団が見張っていて、うっかり外に出ようもんなら捕まっちまうじゃないか!」
「捕まれば、これまでの悪事を洗いざらい白状させられますわね。あーんなことや、こーんなことや、それこそ山のようにありますわよ、お姉様」
気がつけばオシェトラの顔が、ゼブルーガの真ん前に迫っている。怖い目がじろりとセブルーガを睨んでいる。
「おまえ、どうしてそんなに落ち着き払っていられるんだい?」
「‥‥‥‥」
「まさか、悪いことは全部あたしに押しつけて、自分だけは逃げ延びようっていう魂胆かい!?」
「‥‥‥‥」
「やっぱり図星だねっ!」
オシェトラが銀の皿を振り上げようとしたその時。
ぎぎぃ〜っ。と、不気味な軋み音を立て、隣り合う部屋の扉が開いた。
寝間着姿でずりずりと足を引きずって現れたのは、長い髪を垂らして顔を隠した女。それは三姉妹の長女ベルーガ・イクラ。その姿を見てオシェトラとゼブルーガの顔色が変わる。
「やだっ! お姉様ったら!」
「こっちに来ないで!」
ベルーガの長い髪の毛の間から、くぐもった声。
「ふふふふふ‥‥。おまえ達、あたしの病気がそんなに怖いのかい? だけど、あたし達の運命も定まったようだねぇ。水上兵団に捕まるのも時間の問題。だけど、あたしだけは逃げ延びてやる。‥‥そして、国中に伝染病をばらまいてやるのさ!」
「お姉様! いいから、これを飲んで大人しくしていて!」
食卓に置かれた古いワインの瓶をゼブルーガが掴み、ベルーガの足元にさっと置いて素早く退く。ベルーガは瓶を拾い上げると、よろよろした足取りで隣の部屋に戻って行った。
「お姉様の言う通り、時間の問題かもね」
ゼブルーガがぼそっと呟く。
「だからって、むざむざとっ捕まってたまるかい! さあ、おまえ達にも手伝ってもらうよ!」
オシェトラはメイド達を連れ、向かった先は館の地下室。
「うがぁ?」
眠りこけていたそいつは目覚め、眠たそうな目をオシェトラとメイド達に向ける。
それは館に残った最後の用心棒、ボーマというジャイアントの男。
腕っ節はやたらと強いが頭が悪く、すぐにブチ切れて見境なく大暴れするので、普段は地下室に閉じこめてあるのだ。
「水上兵団がやって来たら、こいつをぶつけてやるのさ。で、お前達。得物は用意できたろうね?」
「はい、オシェトラ様」
メイド達が台所からかき集めて来たのは、調理用のナイフにフライパン。オシェトラの顔に凄みのある笑みが浮かぶ。
「いざとなったら、それで水上兵団を殺っておしまい」
しかし彼女達は気づかない。物置の物陰に隠れて聞き耳を立てる男の姿に。
男はルーケイ水上兵団の密偵。彼が見聞きした一部始終は、直ちにリリーンへと伝えられた。
「伝染病の話は本当だったのか!?」
「はい、この目でしかと確かめました」
密偵の報告にリリーンは頭を悩ませた。これまで三姉妹の館に踏み込めなかったのも、あの館には伝染病患者がいるという話が広まっていたため。逮捕を恐れる三姉妹が広めたガセネタかとも思ったが、どうやら話は本当のようだ。
「伝染病とあっては我々の手に余る」
悩んだ末に、リリーンは冒険者ギルドに依頼を出すことにした。
●リプレイ本文
●集結
時は年末。冒険者達はベクトの町に集結。
「さて、暫くの間に色々なことがあった様です。リリーン様も女性としての幸福を手に入れられたご様子の様でなによりの事です。守って下さる殿方がいらっしゃるので最早、私の護衛は必要なさそうですね」
のっけから本多風露(ea8650)に言われ、思わずリリーンが横を向けばそこにはアレクシアス・フェザント(ea1565)が。彼はリリーンに銀の指輪を贈った当人である。
「新年を迎えようというのに難儀な事だな」
その言葉にリリーンは畏まり、
「ご助力に感謝します、ルーケイ伯爵殿」
年末だからって、こんな厄介仕事を控えていては浮かれてもいられまい。
風露はにこりと微笑むと、真剣な顔に。
「冗談はさておき、街の浄化の続きと参りましょう」
しかし今度の相手は伝染病患者とは。
「伝染病を故意に流行らせようなどと、最近の悪党はより物騒になってきましたな。これも天界の悪影響の一つ、ですかな?」
と、セオドラフ・ラングルス(eb4139)は案じるが、長渡泰斗(ea1984)の方は余裕を見せている。
「伝染病なら同居していた他の者にもとっくに感染していそうではあるが、今のところ無事なのであろう? ならば天然痘やら赤瘡(麻疹)のような、罹れば即死に繋がる類じゃなさそうだ。ま、目に見えない在るかどうかさえ定かではないモノに、一々ビクついていたのでは仕事にならんが」
すると、アリル・カーチルト(eb4245)が言う。
「伝染病といえば、天然痘なら俺ぁ種痘を受けてて一応の抵抗力もあるが、狂犬病とかだとキツいな‥‥さて?」
アリルがリリーンに目を向けると、リリーンは深刻な顔。
「天界には恐ろしい伝染病がそんなにあるとは知らなかった」
そんな話をしていると、少し遅れてゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が到着。
「エーロン陛下に拝謁し、エーロン治療院での受け入れ準備を整えて来ました。そして皆様にはこれを」
と、ゾーラクが全員に配ったのは治療院で消毒済みの布。
「伝染病の感染防止のため、これをマスクにして鼻と口を覆って下さい」
配られたマスクを着用し、泰斗は呟く。
「ここまでやって、それでも流行り病で死ぬのなら、それもまた天命だろうさ」
「ところで、ここにハチミツはありませんか? いつもの栄養ドリンクを作りたいのですが」
ゾーラクが求めると、水上兵団の兵士が小さなハチミツの瓶を持ってやって来た。
「1瓶で10Gもする品だが、今回は特別サービスだ。大切に使ってくれよ」
この世界でのハチミツの高価さに、ゾーラクは今更ながらに驚いた。
●作戦
続いて冒険者達は作戦会議に移る。
「密偵の情報から推測すると、用心棒は囮ですな。大暴れする用心棒が我々の目を引き付けている隙に、オシェトラは裏から逃げ出すつもりでしょう」
と、セオドラフは予想し、風露も同意。
「屋敷内に逃走用の隠し通路があるかもしれません。ルーケイ水上兵団には逃がさぬ措置を願います」
続いてはアレクシアス。
「水上兵団とリリーンには屋敷の外を押さえて貰い、我々冒険者は屋敷内へ。三姉妹ら屋敷に居座る者達は、生きたまま捕縛の方針で。一人は病人でもあるしな」
「では、わたくしは館からの逃走に備え、水上兵団と共に待機しましょう」
セオドラフは自分の持ち場をそう決めた。
程なく全ての段取りはまとまり、作戦決行の時が来る。
●突入
「うへぇ! こりゃ何だ!?」
導蛍石(eb9949)が連れて来たペットのウッドゴーレムを見て、水上兵団の兵士は驚き呆れた。ゴーレムといっても人が乗るそれではなく、木から削りだした人形に魔法で擬似的な生命を与えたものだ。
「伝染病患者を館から運ぶのに使おうと思いまして」
「そりゃいいが、まったく冒険者ってのはヘンなペットばかり連れて来やがるぜ」
冒険者達は今、イクラ三姉妹の館を目の前にしている。リリーン率いる兵士達とセオドラフは館を包囲する態勢を取り、逃走路となりそうな要所要所を警戒中だ。
「用心棒のジャイアントは、まだ地下室か?」
アレクシアスは外から注意深く館を観察するが、玄関の扉も窓の扉も全て固く閉ざされている。アレクシアスはマスクの上からフェイスガードを被って素顔を隠し、皆に呼びかける。
「よし、行くぞ!」
冒険者達は行動に出た。館まで素早く進み、玄関口に辿り着く。
玄関の扉は鍵がかかっていなかった。
だが、勢いよく扉を開いたその時。
「うがぁぁぁ!!」
獣じみた雄叫びと共に、大斧の刃が繰り出された。両手に2本の大斧を握り、玄関口に居座っていたのはジャイアントの用心棒ボーマ。だが、アレクシアスもたかが斧ごときを恐れる男ではない。
「これで誘き出す手間が省けたな!」
もとからボーマは玄関口に誘き出すつもりだった。ひらりと身を翻し、迫り来る大斧を余裕で避ける。
「うがぁ〜っ!!」
ボーマは焦り、がむしゃらに大斧を繰り出すが、アレクシアスが相手ではどれも見事な空振り。そのボーマの横を、アリルが蛍石と共に駆け抜ける。
「斧男は任せた! 俺は患者の所に行くからな!」
「あがぁ〜!?」
2人の姿に気づいたボーマが大斧で打ちかかろうとしたが、その攻撃を泰斗と風露が阻んだ。
「あがぁ〜!!」
雄叫びと共に迫るボーマの大斧。だが泰斗と風露は、あたかも水の中の小魚が掴み取ろうとする指からするりするりと逃れるように、巧みな回避動作で攻撃をやり過ごす。お陰でボーマの大斧は周囲の壁にぶち当たり、無駄な大傷を付けるばかり。
「こうしてみると狭い玄関口だな。作りだけは綺麗なのに、傷物にしちゃ勿体ない」
余裕で呟くと、泰斗は風露に声をかける。
「斧が武器なら、懐に入ってしまえば威力は発揮すまい。俺が大振りさせた後に誰か懐に入ってくれれば、反撃は早々出来まいて」
「ならば、その役目は私が」
風露は泰斗の言葉通りに動いた。泰斗がボーマの攻撃を誘って大振りさせるや、風露は一気に間合いを詰めてボーマの懐に飛び込む。ボーマと比べたらずっと小柄な風露だ。図体のでかい敵は狙いを定めやすい。間髪を置かず、風露はボーマの腕の付け根に日本刀「長曽弥虎徹」の切っ先を突き入れる。さらにもう片方の腕の付け根にも。
「あがああああ〜っ!!」
苦痛の叫びを上げ、ボーマは両腕の大斧を取り落とす。
今だ! 風露はボーマの胴に日本刀の峰打ちを叩き込んだ。
どおおおん!! まるで巨木が倒れるように、ボーマはひっくり返って床に伸びた。
●戦闘
ボーマを倒した冒険者達は館の奧へ急ぐ。ところが館の奧の大広間に来ると、先に来ていたアリルと蛍石が立ち尽くしているではないか。
「何があった!?」
「いや、ちょっとばかり想定外の事態が‥‥」
大広間にはオシェトラとセブルーガ、そして2人のメイドがいた。セブルーガは観念したように落ち着き払って椅子に座り、2人のメイドは怯えた目でおろおろ。そしてオシェトラといえば、どこからか持ち出して来た油の大樽をでんと床に置き、その大樽にしがみついて冒険者達を怖い目で睨んでいる。
「それ以上、近づくんじゃないよ! 近づけば館に油をぶちまけて火をつけてやる!」
オシェトラが怒鳴った。
「御婦人に乱暴な真似はしたくはない。大人しく投降すれば良し、なおも抗うならば多少は痛い思いも覚悟せよ」
アレクシアスが投降を促すや、オシェトラは樽を蹴飛ばして火の点いたランプを床に放り投げた。
「不味い! 火事になる!」
焦る冒険者達。だが、たら〜りと大樽から流れ出した油は、ほんの僅か。
「なんだ、ハッタリか!」
ランプからは漏れ出た油が燃え始めたので、泰斗が急ぎ自分の外套で炎をうち払って消し止める。だが安心したのも束の間、2人のメイドがナイフとフライパンを手にして襲ってきた。
「おい君達、馬鹿な真似はよせ!」
逃げ回りながらアリルが叫ぶが、2人のメイドもいい返す。
「ごめんなさい! ご主人様のご命令なんです!」
「死にたくなければ出ていって下さい!」
すると蛍石が、アリルとメイド達の間に割り込む。
「少林寺流、蛇絡!」
月桂樹の木剣でメイドの足を払って転倒させ、よろよろと起きあがったところへ急所狙いの一撃。メイドは気を失ってころりと転がった。もう1人のメイドにもダメだめ押しとばかりに、太刀「天国」を手にした泰斗が迫る。
「年頃の娘さん、しかもその道の者じゃないのに手を上げるのは少々心苦しいが、事が一段楽するまで寝ていてもらおうか」
メイドは得物を手放し、へなへなと床にへたり込んだ。
「降伏します、許してください」
突然、冒険者の背後から獣じみた叫びが。
「あがあ〜っ!!」
振り返るとボーマがいた。気絶させたと思ったら、もう意識を取り戻したのだ。だが、ボーマは叫ぶばかりで、ちっとも前に進まない。それもそのはずで、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が素早く放ったシャドウバインディングの魔法で、ボーマは足元の陰に縛りつけられている。
「世話が焼ける」
泰斗と風露が両側からボーマの胴に峰打ちを叩き込む。
「がああっ!!」
ボーマは一声叫び、悶絶してぶっ倒れた。
ところが、気が付けばオシェトラの姿が無い。
「騒ぎの隙を突き、秘密の逃げ口から逃げおおせたか。ヤマモト、ムーンアローを頼む」
「了解です」
アレクシアスの求めで、ケンイチがムーンアローの呪文を唱える。
「月光の矢よ、オシェトラに当たれ!」
放たれた光の矢は壁を突き抜けて消え、しばらくして女の叫びが返って来た。アレクシアスは窓を開き、外にいる水上兵団に呼びかける。
「オシェトラは向こうに逃げたぞ!」
外から館を見張っていたセオドラフは、館の裏口と窓に目を凝らす。オシェトラはそこから逃げて来ると踏んでいた。ところが、そのセオドラフの目の前を、淡い光の矢が掠めて飛んでいくではないか。
「今のは‥‥!」
ムーンアローの矢だ。しかも矢が向かった先はセオドラフの後方。振り向けば路地の陰から姿を現し、逃げていくオシェトラの姿が。
「あんな所に逃げ道の出口が!」
セオドラフは走る。走って走ってオシェトラに追い付いた。水上兵団の兵士たちも駆けつけてオシェトラを包囲。
「もう逃がしはしません」
「くるな! くるなぁ!」
迫るセオドラフ。だが、オシェトラの手にはナイフが。
その時、またも飛来したムーンアローの矢が、オシェトラの体に吸い込まれる。
「うっ!」
オシェトラが苦痛の悲鳴を上げる。その一瞬の隙をついて、セオドラフはオシェトラの腕にレイピアの一撃。オシェトラの手からナイフが落ちる。間髪を置かず、セオドラフはオシェトラの首筋にレイピアを突きつける。オシェトラは観念し、もはや逃げようとはしなかった。
●伝染病
一方、館の中では。
「さて、捕り物も大方済んだことだ。ベルーガの所へ案内してもらおうか」
アリルに求められ、セブルーガは隣の部屋に通じるドアに手をかける。
「ベルーガお姉様はこの部屋に‥‥」
ぎぎぃ〜っ。不気味な音を立てて扉が開くと、中にはモンスター‥‥違う。まるで幽霊のように長い髪を垂らして顔を隠したベルーガが立っていた。
「ふふふふふ‥‥。それ以上近づけば、おまえ達にも伝染病を移してやる!」
「へん! 病気が怖くて医者がやってれっかてんだ!」
アリルはずかずかと部屋に踏み込み、ベルーガに歩み寄る。
「おまえ、あたしの病気が怖くないの?」
「いいから診察させろよな」
感染防止に手袋をはめたアリルの手が、ベルーガの髪の毛をさっと払いのける。現れたベルーガの素顔を見るなり、見守る冒険者達は息を飲んだ。
だがアリルは医者らしく、冷静に言葉を投げかける。
「これは皮膚病か? また随分と悪化させたもんだ。今すぐ治療院に入院だな」
「嫌だ! そんな所にぶち込まれてたまるか!」
「てめぇよりもっとヒデぇ患者を診た事あらぁ、立って歩ける奴がナマ言ってんじゃねぇっての。‥‥つか、おめぇ酒の飲み過ぎだ。病人はもーちっと身体大事にしろや」
やにわにベルーガは置いてあったワインの瓶をひっ掴み、アリルをぶん殴ろうとしたが、アリルはその手を掴んで言葉を続ける。
「あのな。てめーの病気、全然大した事ねーわ。自分を醜くするだけの足掻きは止めとけ。あんたは病気治して、もっと美人に磨きをかけた方がぜってー有意義だって」
思わぬ言葉にたじろぐベルーガ。
「美人‥‥? こんな病気持ちのあたしが?」
「そうさ、その証拠に‥‥」
アリルはマスクを外し‥‥そしてベルーガの唇にキスした。
「な、なんと‥‥!」
あまりの大胆な行動に、見守る冒険者達は視線釘付けで固まってしまい、ベルーガもまたガチガチに硬直。いや、こちらは蛍石がタイミングよく放ったコアギュレイトの魔法で固まってしまったのだけれど。
「拘束時間は6分です。早く館の外へ」
●一件落着
こうして悪名高き三姉妹とその手下達は取り押さえられ、ベルーガはエーロン治療院に送られた。
冒険者達はアリルも含めて消毒を念入りに済ませ、その後でベルーガの診察を担当したゾーラクから病気の説明を受けた。
「予想通りというか‥‥。ベルーガのかかった病気は、いわゆる水虫でした。通常は足の裏など体の一部が冒される病気ですが、ベルーガは酒びたりの不健康な生活のお陰で免疫力が低下して、白癬菌が全身に広がってしまったのです。接触で人に感染しますから、伝染病には違いありませんから」
リシーブメモリーの魔法まで動員して病気の原因を突き止めたにしては、あっけない幕切れ。それでも冒険者達は、副院長からお褒めの言葉を頂いた。
「伝染病への対処としては見事な合格点だ。迅速な行動のお陰で、悪い噂も広まらずに済んだしな」
捕らえられた者達に対して、アリルはリリーンに減刑を願う。
「女殺すのは後味が悪いしよ」
蛍石も罪の軽い者に対して更正の機会を与える事を提案したが、リリーンはこう答えた。
「気持ちは分かるが、それをお決めになるのはエーロン陛下だ。但し、冒険者からの要望は伝えておこう」
仕事の終わった冒険者達が、治療院でハーブ茶を飲みながらくつろいでいると、外から人々が賑やかに騒ぐ声が聞こえてくる。そういえば今日は大晦日。いつもなら日暮れと共に早々と店仕舞いする町の酒場も、今夜だけは特別で夜明けまで店を開いている所も少なくない。
「それでは私は‥‥伯とリリーン様の幸せを祈らせて頂きます」
風露の言葉に、思わずアレクシアスとリリーンは顔を見合わせ、そしてアレクシアスが言った。
「仕事が早く終わって時間が出来たな。一緒に馬で王都を一走りするか」
「伯の行くところへなら、どこへでも」
リリーンは生真面目に答えたが、それは照れ隠しのようでもあり。
「馬で一走りした後は、どこへ?」
「それは、走りながら考えよう」
そして2人は仲間達が見守る中、馬を並べて走り出した。