波乱万丈乙女8〜セリーズ故郷へ
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月03日〜08月08日
リプレイ公開日:2008年08月13日
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●オープニング
●誓いと祝福
「‥‥さて、教会での宣誓だが。リリーンとセリーズ、どちらの名で宣誓する?」
「考えさせて‥‥」
心は迷っている。でも、あの人は言った。
「俺は思うんだが‥‥これはセリーズ・ルーケイに戻る良い機会ではないかな?」
「え!?」
「亡くなった父上も、セリーズの親友も、喜ばれる事と思う」
「アレクがそう言うなら‥‥でも、もう少しだけ考えさせて」
そしてあの人との結婚式の日に、答は決まった。
「決めたわ。宣誓はセリーズ・ルーケイの名で」
王都の教会で式を挙げたのは、あの人が望んだから。
「──良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを誓いますか?」
司祭の言葉が聞こえる。
もちろん心は決まっている。これからは良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、あの人と共に。
「誓います」
あの人の手が私の左手を取り、薬指に指輪をはめてくれた。
私もあの人の左手を取り、その薬指に指輪をはめてあげる。
輝く2つの指輪は、私があの人と結ばれた証し。
司祭が私とあの人を取って結婚を宣言する。
「母なるセーラの祝福を、そして末永き幸せを」
湧き起こる拍手に囲まれて、私の心は高鳴り、ただあの人だけをじっと見ている。
あの人の顔が近づいてきた。
‥‥え!?
唇と唇が重なり合う。
そうだ、これは誓いのキッス。
時よ止まれ、この時が永遠でいて欲しい。
祝福の歌声に送られて教会を出ると、教会の前は人でぎっしり。
私の右手にはウェディングドレスを飾っていたブーケ。
これを投げればいいのね?
視線で問いかけると、あの人がうなづく。
次の瞬間、ブーケは青い空に舞う。
落ちてきたブーケにたくさんの手が伸びる。
ブーケを手にしたのは町の娘。その喜びの声は私の耳にも届いた。
●和解
リリーン・ミスカは河賊上がり。冒険者出身の新ルーケイ伯に取り立てられて後は、現地家臣の一人として、かつては河賊の頭目だったムルーガ・ミスカと共にルーケイ水上兵団を取り仕切ってきた。
しかしリリーンには秘密の過去があった。彼女の本当の名はセリーズ・ルーケイ。反逆者として先王エーガン・フオロより死を賜りし、旧ルーケイ伯マージオ・ルーケイの娘だ。ルーケイ叛乱の平定で国王軍がルーケイ領内に攻め込んだ折り、セリーズも国王軍に追いつめられて自害したと世には伝えられている。しかし真実のところ、自害したのは身代わりの娘。生き延びたセリーズはムルーガの養女となり、リリーン・ミスカと名を変えて今日の日まで生き延びて来たのだった。
その後、フオロ王家と旧ルーケイ伯爵家との確執にも決着が付き、リリーンは新ルーケイ伯と数々の戦いを共にした後に、晴れて新ルーケイ伯と結ばれた。
これまでリリーンとして生きてきた彼女だが、教会での宣誓ではセリーズ・ルーケイの名を選んだ。この時には既に、河賊上がりのリリーンが旧ルーケイ伯の遺児セリーズであることはウィルの貴族界で公然の秘密であったから、結婚式の列席者もさして驚きはしなかった。
教会での挙式を終え、続いて向かった披露宴の会場は、王都の貴族街にあるマリーネ姫の館。花嫁はウェディングドレスからお色直しして、色とりどりの布を優雅にまとめたユノードレス姿。頭には銀色に輝くムーンティアラ、その胸元を飾るのはピンクサファイアの首飾り。礼服姿の新ルーケイ伯にエスコートされ、参列者の間を進み行くと、新郎新婦の目の前にフオロ分国王エーロンとマリーネ姫が立っていた。
恭しく一礼する新郎新婦に、エーロン王はいつもの砕けた口調で言葉をかけた。
「おまえ達がこの日を迎えられたことを、俺はとても嬉しく思うぞ」
王は満足の笑みを見せる。しかし新婦はどこか表情が固い。
無理もない。今、目の前にいるのはフオロ王家の王族、殺し合い憎み合い続けてきた仇敵なのだ。
王はリリーンに顔を近づけ、言葉をかけた。
「セリーズ、もはや過去は問わぬ。良き伴侶と共に、末永く幸せに暮らせ」
続いてマリーネ姫が、新郎新婦の前に進み出た。
「お二方に竜と精霊の祝福が、末永くありますよう」
うつむき加減だった顔を上げ、セリーズは言葉を返す。
「陛下と姫にも、竜と精霊の祝福を」
居並ぶ参列者達はその光景を見届けた。それは長年に渡って争い続けてきた、フオロとルーケイの和解を象徴するものにも見えた。
●追憶
披露宴から戻り、セリーズはルーケイ水上兵団が駐屯するベクトの町に戻ってきた。
「とても素敵なお姿でしたわ」
着替え室で侍女達が、ドレスから普段着への着替えを手伝おうとしたが、
「少し待って。しばらくこのままでいさせて」
侍女達の手を止めさせ、セリーズは鏡に向かう。
鏡に映るドレス姿の自分。じっと見ていると、結婚式の日を夢みていた少女の頃の記憶がよみがえる。
あの頃、そばには父と母がいた。そして仲良しのミュネも。
だが、父も母もミュネも今はいない。
かけがえのない人達は、全て失われた。
一筋の涙がセリーズの頬を伝う。
「セリーズ様?」
その様子を案じて侍女が声をかけ、セリーズは無理に笑顔を作ってみせる。
「‥‥いいえ、気にしないで。何でもないのだから」
●墓参と祝宴
8月も近づいた頃。セリーズが帰郷する準備が整った。
セリーズの故郷はルーケイの地にある。セリーズが生まれた館は中ルーケイにあった。旧ルーケイ家の当主が家族と共に代々暮らしてきた領主館だが、その館も国王軍との戦いで焼け落ち、今ではその焼け跡が生い茂る草の下に埋もれているという。
旧ルーケイ伯亡き後、その遺臣達は中ルーケイの森を拠点として、長らくフオロ王家に抵抗を続けてきた。しかし精霊歴1040年の秋、新ルーケイ伯との戦いに破れた後はその支配に服し、現在に至る。
そしてセリーズの亡き父と母、それに亡き幼なじみのミュネの墓は中ルーケイにある。セリーズが河賊上がりのリリーンとして暮らしていた間は、ずっとそれを望みながらも決して訪れること叶わなかった墓所だ。身元を明かしセリーズに戻った今、彼女は旧ルーケイ伯の娘として墓参できるようになったのだ。
セリーズの帰郷に伴い、冒険者ギルドにも招集がかかる。セリーズが墓参する場所は、南ルーケイにある元騎士達の墓と、中ルーケイにある旧ルーケイ家の墓だ。
なお今回の帰郷ではセリーズの父と母亡き後、母親代わりにセリーズを育て、今はルーケイの現地家臣団に取り立てられたムルーガ・ミスカが、セリーズと新ルーケイ伯の結婚を祝って祝賀会を催す予定だ。出席者はルーケイの現地家臣達、ルーケイ水上兵団の者達、そして冒険者。セリーズの見知った者ばかりが集まるので、彼女にとっても水入らずで楽しめそうだ。
その後、一行はワンド子爵領に立ち寄る。土地の領主ワンド子爵は新ルーケイ伯や冒険者と友好関係にあり、やはりセリーズと新ルーケイ伯の結婚を祝って、祝宴を催してくれるそうだ。
●リプレイ本文
●門出
今日は夏の盛り。フロートシップは出発の準備の最中。集う冒険者達は見慣れた顔ぶれ。でも、何かが違う。
「アレクシアス様、そしてリリーン様‥‥いえ、セリーズ様。改めましてご結婚おめでとうございます。お二人の末永いご多幸を心からお祝い申し上げます」
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)から祝福の言葉を贈られ、今さらながらにセリーズは、昔の自分に戻ったことを自覚した。
「リリーン様は、遂にセリーズ様に戻られたのじゃな。フォロ王家との和解もなり、失われた方々の願いでも有る、本来の名に戻る事が出来た事は、とても良き門出じゃと思う」
七刻双武(ea3866)からもそのように言葉を贈られた。
「有り難う。これも今まで支えてくれた皆の力添えがあってこそ。感謝に堪えない」
最初、隣に立つ最愛の人を見て、それから集った一同を見渡して、セリーズが返した言葉には何のてらいもない。それは本心から出た言葉。
するとセオドラフ・ラングルス(eb4139)が、いつものように勿体ぶって聞こえる口調でこう言った。
「ともかくもお二方の結婚により、旧ルーケイ家と新ルーケイ伯が一体となり、フオロ王家との和解も形になりました。この事実を広く知らしめる事により、ルーケイはより安全となりましょう。カオスがルーケイに再び騒乱を起こそうと企てても、ルーケイの民を唆す口実・大義名分は失われましたからな」
セオドラフのこの見立ては、セリーズを始め全員が同意するところ。皆はうなづき合う。
セオドラフは思わせぶりな視線をセリーズにちらりと送って、さらにもう一言。
「ならば、この帰郷もそのための広報活動として利用させていただきましょう」
で、アリル・カーチルト(eb4245)も例の如く、砕けた口調で祝福した。
「毎回毎回色々と大変だったが、これでひとまず落ち着いて幸福を祝えるな。俺も嬉しいぜ」
そこへぞろぞろやって来たのがアリルのお気に入り達のイクラ三姉妹と、これまで目をかけてきたゴロツキ達。
「よお、みんな準備は出来たな! よぉし船に乗れ! シメるトコはシメつつ宴は盛大に盛り上げてこうぜ! ‥‥おっと、忘れちゃいけねぇ」
アリルがアレクシアス・フェザント(ea1565)に声をかける。
「言わずもがなだとは思うが、セリーズのそばにはなるべく居てやれよ。寂しがらせちゃ駄目だぜ」
そう言った後でセリーズにも。
「結婚おめっとさん。あんま無理すんなよ。泣きたいトキは素直に愛する夫に一番に泣きつきな。そーゆーのは妻の特権だと思うぜ」
アレクシアスとセリーズ、しばし呆気に取られていたが。双武が見事な笑顔を見せて皆に告げる。
「アレクシアス殿とセリーズ殿を祝福し、これからの未来に竜と精霊の祝福あれと、祝おうぞ。じゃがその前に、拙者はルムス村に向かうとしよう」
●ルムス村で
ルムス村は今、去年の秋に撒いた小麦の収穫が大詰めを迎えている。それでもこれは全体の収穫の半分だ。残る半分は今年の春に撒いた小麦で、こちらの収穫は秋になる。
丁度、忙しい時期に来たお陰で、双武は丹念に村人達の手伝いや指導を行うことが出来た。双武の農業知識は人一倍だから、領主のルムスにも感謝される。
「やはり冒険者が村に居てくれると有り難い。俺も手足となる部下を育てているが、人手不足で色々と目が届きにくいからな」
双武はこれまで幾度もルムス村に足を運んでいるが、来る度にルムス村が豊かになっているのがはっきり分かる。畑は広がったし家畜も増えた。
それでも双武には気掛かりなことがあった。以前、ルムス村に流れてきた流民達のことだ。
「あの後、皆は上手く村に馴染めて居るじゃろうか。皆が新たな出発を行うなか、彼らが取り残されるのはあまりに悲しい」
心中の思いを口に出すと、ルムスは言う。
「俺は領主として『来る者は拒まず、去る者は追わず』の方針でやっている。前から住む者も後から来た者も分け隔てなく接し、真面目に働く者には目をかけてやる。とはいえ、両者を上手く纏めていくのは難しいし、ぶつかり合いだって起きる時には起きる。世の中それが当たり前と言えば、それまでだが‥‥」
ルムスに頼んで村人を呼び集めてもらうと、双武は村人を激励した。
「長く荒れたルーケイの地も平定され、フォロ王家との和解もなった。これは世が新しき流れに向けて動いている証しじゃ。この地で根を築いた者、新しき芽を運んだ者、色々居るじゃろうが、変革の風に見失ってはならぬ。共に手を携え、この地を豊な穂で満たした時、子等の笑顔と芳醇なる明日が訪れるだろう、共に歩もうぞ」
その言葉は喝采で受け入れられ、言葉を終えた双武の周りには人々が幾重にも輪を作る。
「双武様、お久しゅう!」
「双武様! この夏に生まれた赤子でごぜぇます!」
彼らの呼びかけに答えつつ、双武は村人の暮らしの様子を聞いて回った。
「皆とは仲良くやっているか?」
「ええ、そりゃもう!」
と、皆は笑顔で答えるが、客の前では良いところを見せようとするのが人間というもの。じっくりと村に腰を据えた人間にしか見えぬこともあろう。
●慰霊
幾人もの命が失われて、今がある。
その命、ひとつひとつを俺は忘れない。
新ルーケイ伯爵アレクシアスは、その妻セリーズと共に、立ち並ぶ墓標の前で祈りを捧げる。このルーケイの地で命をなげうってまで戦った者達の冥福を祈り、ルーケイの平和を誓う。
慰霊の儀式は、ジ・アースの華仙教大国を出自とするハーフエルフの僧兵、晃塁郁(ec4371)が率先して執り行った。ジーザス教の司祭がその場にいれば任せるつもりだったのだが、生憎と司祭は来ていなかった。そこで「僭越ながら」と断った上で、聖十字の上衣に身を包んだ塁郁が儀式を司ったのだ。
儀式にはムルーガ、ガーオン、ルムスといった、現地家臣の主立った者が参加。双武もルムス村の者達を幾人か引き連れ、儀式に与った。
「遺恨を棄て、新しき世への絆へとな」
それは祈りの前に双武が口にした言葉。ルムス村から同行した者達も、感じるところがあったのだろう。皆に倣って神妙に祈り続けていた。
その日、アレクシアスとセリーズは、墓所からさほど遠くないクローバー村に一泊。セリーズは辺りが夕焼けの色に染まるまで、ずっと自分の馬を駆っていた。
「セリーズ、もう時も遅い」
共に走り続けていたアレクシアスが馬の上から呼びかける。彼の馬はオフェリアと名付けたペガサス。セリーズは自分の馬を寄せ、オフェリアのたてがみにそして翼に触れる。
「おまえの翼があれば、遠い昔に旅だった魂達に会いに、空の向こうの精霊界まで飛んでいけるかしら?」
「???」
セリーズの言葉にオフェリアは困ったような素振りを見せた。
2人の泊まり場所は村の領主館。戦時には砦の役割も果たせるが、造りは質素だ。それでもセリーズは、辺鄙な土地にある質素な館の方が落ち着けるという。
「余計な連中に邪魔されず、2人きりでたくさん話が出来るし‥‥」
「話してくれるか? 両親やミュネの思い出のことを」
「アレクが望むなら‥‥」
リリーンからセリーズに戻った事で再び過去と向き会い、思い悩んでいるのではないか? 気分が沈んでいるなら気持ちを落ち着かせてやりたい。そう思ったからアレクシアスはセリーズの話を聞いてやることにしたのだが。セリーズの話は長く続いた。夜が更けても話は続いていたが、やがてその話し声も途絶え‥‥。代わりにアレクシアスはセリーズの吐息を近くに感じた。
「セリーズには俺が居て、俺にはセリーズが居る。これから二人で、家族を作ってゆこう。セリーズが生まれ育ったような、幸せな家庭を」
返事は無い。
「セリーズ?」
言葉をかけつつアレクシアスがセリーズの頬を撫でると、指先に涙の感触。
「アレク‥‥」
セリーズの唇が、アレクシアスの唇にそっと触れた──。
●三姉妹とお楽しみ
医師アリルの居場所はフロートシップのとある船室。いちおうアリルは船医扱いだが、彼のそばには常にイクラ三姉妹の姿がある。
「ベルーガ、俺が以前に贈ったドレスがあるだろう?」
「あれを着て欲しいのね」
三姉妹の長女ベルーガは色っぽい視線をアリルに送り、ささささっと優雅な素振りでドレスに着替えた。
「おっ、何と大胆な」
「大胆な女はお嫌いかしら?」
「嫌いなもんか。やっぱりそのドレス、良く似合うぜ」
舞踏会でそうするように、アリルはベルーガの手を取り踊り出す。すると妹2人のきつい視線を感じた。
「アリルお兄様‥‥」
「お、妬いてくれんのかい☆」
妹2人にも笑顔を見せると、ノックの音が。三姉妹を監視する警備兵が様子を見に来たのだ。
「お楽しみのところ悪いが、こいつらは処刑の執行を猶予されてる死刑囚だ。くれぐれもヘンな気を起こすなよ」
「おいヘンな気って‥‥」
「いや、あっちのヘンな気は厳禁だが、こっちのヘンな気は大目に見るってことだ」
「あ〜何となく意味は分かったぜ」
逃走幇助は厳禁。だけど多少の羽目外しはOKということで。
警備兵が引っ込むと、アリルは三姉妹に呼びかける。
「はっはっは、おはようからおやすみまで離さねぇから覚悟するように!」
とは言っても船室のベッドは固いしムード無いし。
「‥‥所詮、あたし達は籠の鳥ね」
「全財産没収されて何処にもいけないし‥‥」
三姉妹は境遇を嘆く。アリルは言ってやった。
「相変わらず状況は厳しいが気を落とすな。俺も力は貸すからよ。で、本当に悪い事したと感じる相手が居たら、改めて素直に謝った方がいいんじゃねぇか?」
相談するうちに三姉妹の目が輝き始める。
「この際だから何でもやってみるわ」
「ダメで元々」
「生き延びるために贅沢なんか言ってられませんもの」
で、船の中での相談事は、結構に長く続いたらしい。
●中ルーケイにて
森と平原とが入り交じる土地、中ルーケイ。冒険者達のフロートシップがこの地に到来すると、旧ルーケイ伯の遺臣達が出迎えた。
「アレクシアス殿とセリーズ殿に竜と精霊の祝福を。この度のご結婚を心よりお祝い申し上げます」
かつては冒険者達とも剣を交えた遺臣達だが、今は新ルーケイ伯アレクシアスの支配に服している。祝福の言葉を贈ると、遺臣達は冒険者の一行を中ルーケイの墓所に案内する。
墓所は森の奥まった場所にあった。そこに旧ルーケイ伯夫妻とミュネの墓がある。墓所は遺臣達の手で綺麗に整えられ、今日も真新しい花が添えられている。
アレクシアスはセリーズと共に、墓前に花を添える。花は夫妻とミュネが好んだというローズマリーの花。そして2人は、今は亡き彼らに結婚の報告を為す。
墓所にはルーケイ最後の戦いで落命した遺臣軍指揮官の墓もある。その墓前でゾーラクは手を合わせ、静かに誓いの言葉を口にする。
「『一人も死なせるな』という貴方の命令と遺志、今後も全力を尽くしてまっとうします。ですから、どうか見守っていて下さい」
墓参りが住むと、新ルーケイ伯夫妻の一行は森の中の館に案内された。
館は二重三重の柵で囲まれ、敵を撃退する数々の仕掛けが用意されていた。しかも館周辺の森の中には、外部から見えぬ位置を選んで麦畑が作られ、さらに森の中には豚が飼われている。守りやすく攻め難きこの館は、かつての遺臣軍の本拠地だった。
食事会には上質の肉料理が出され、パンの味わいも抜群。冒険者達は改めて、長らくフオロ王家との抗戦を続けてきた中ルーケイの豊かさを思い知らされた。
セオドラフの発案により、食事の席には旧ルーケイ伯の紋章旗と新ルーケイ伯の紋章旗の2つが並べて掲げられた。
「この二つの旗はいずれ統合するのがよろしいかと存じます」
セオドラフの言葉に遺臣達も同意。
「いずれ時を見て‥‥」
実はセオドラフにはもう1つ、望みがあった。それは、今は無人となっているルーケイ城に、ウィルの旗、フオロ王家の旗、新ルーケイ伯の旗、旧ルーケイ伯の旗の全てを掲げ、ルーケイが一つになった事を示すことだ。だが、今はまだ時期尚早だとセオドラフは思う。
●祝賀会
フロートシップは中ルーケイから紅花村へ。船が村に到着するや、ゾーラクは祝賀会に備えて救護所の設営に取りかかる。ゾーラクは写本「薬物誌」を携えていたが、
「さっぱりワケわかんねぇ」
写本を覗き見した手伝いの男が、呆れたように呟く。古代ローマ時代の医者が書いたといわれる写本だから、アトランティスの人間にはチンプンカンプン。医者の心得があるゾーラクにはそれなりに役立っているようだが、さて写本を元に作った薬の効果の程は?
塁郁も医療要員の肩書きを持っているけれど、最初のうちはアレクシアスとセリーズのメイクを担当。こういう時のために用意した取っておきのアイテムは『ビーナスのため息』だ。一見すると白い棉のような粉末だが。
「これを水に溶かして顔に塗ると、美の女神の祝福により魅力が増すんです」
「本当か?」
「本当に?」
アレクシアスもセリーズも始めのうちは半信半疑。でも実際に試してみて、塁郁の言葉が嘘でないと知った。
「セリーズ、今日の君は‥‥!」
「アレクだって‥‥!」
我を忘れたように、しばし見つめ合う2人。魔法の品の力を借りなくてさえ、塁郁の化粧の技は人並み以上で、2人の姿はうんと輝いて見える。
「アレクシアスさん、セリーズさん。御結婚おめでとうございます。誰よりも幸せになって下さいね」
2人を祝福する塁郁は体に羽飾りの衣装、足首にアンクレット・ベル、頭にはムーンティアラですっかり軽業師の衣装。
続いてゾーラクが2人に祝い品を贈る。アレクシアスには黒真珠のネックレス、セリーズにはアンチポイズンリング。
「セリーズ様には最高の守り手の方がお隣にいらっしゃいますから、その指輪は不要かもしれませんが、よろしければどうぞ」
そしてアレクシアスが、皆への挨拶に立つ。
「‥‥こうして皆に祝福されてとても嬉しく思う。歌い、踊り、楽しい一時を過ごしてもらいたい」
沸き上がる歓声と拍手喝采。そして宴は始まった。アレクシアスとセリーズの笑顔は、どこか照れているようでもあり。
「セリーズ、色々あったが‥‥」
アレクシアスがセリーズに声をかけると、
「アレクには私がいて、私にはアレクがいる。‥‥でしょう?」
セリーズはにっこり笑い、そしてアレクシアスにキスした。情熱的で力強い、唇と唇のキスを。
●蛇足
「アレクシアス殿とセリーズ殿に乾杯っ!」
「乾杯っ!」
打ち鳴らされる杯と杯。ルムス村でもクローバー村でも中ルーケイでも、皆がアレクシアスとセリーズの結婚を祝っている。
勿論、紅花村でも宴たけなわ。さあ飲めさあ食え。
そんな中でもアリルの医学的なアドバイスは続いている。
「戦いに例えるなら‥‥」
‥‥おっとっと、この命知らずめ。この先の話はまた別の機会に。セリーズと冒険者の冒険はまだまだ続く。