フオロ再興1〜姫君の責務

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2008年01月20日

●オープニング

●姫君の責務
 年が明けたばかりの精霊歴1041年1月2日。
 この日のマリーネ姫はいつになく気持ちがときめいていた。空を見上げれば雲一つ見えず、空の隅から隅まで精霊光の輝きに覆われているという、見事なまでの晴れた空。まるで今年が良き年であることの先触れであるかのようで、ひんやりとした冬の寒さも心身ともに引き締めてくれるように感じられて心地よい。そのまま天にふわふわと舞い上がってしまいそうな浮き浮き気分で、冒険者と共に館を出て王都の町中へと繰り出した。
 フオロ分国の主たるエーロン王から求められた、新年初めての視察も今日が最後の日。冒険者に勧められるまま、姫は王都の下町で『エーロンお掃除隊』の奉仕活動を見守ることにした。
「清潔第一!」
「健康増進!」
「新年も、我々は王国への義務を果たすのだ!」
「おいっちに! おいっちに!」
 新年早々、勇ましい掛け声を張り上げながら、お掃除隊は掃除に精を出す。元々は犯罪者の更正を目的に、エーロン王が結成した奉仕集団だ。過去にはマリーネ姫の館の門の前にゴミをぶちまける乱暴狼藉を働き、そのことで姫はカンカンに怒ったりもした。しかし今の姫には熱心に働く彼らに対し、暖かい言葉をかけるほどに心の余裕が出来ている。
「ご苦労様。あなた達の働きで、王都はなんと輝きを増したことでしょう」
「勿体なきお言葉。これも我等の使命ですので」
 姫に声をかけられた男も畏まり、誇り高き口調で答える。
 お掃除隊のきびきびした働きぶりは、見ているだけでも元気が湧いてくるようだ。それは町の人々にしても同じのようで、道を行き交う人々からもしきりと挨拶の声が飛んで来る。そのうちに姫が視察に来ていることが下町の方々に伝わり、自然と姫の周りにも人だかりが出来はじめた。笑顔で挨拶する者に、遠くから手を振る者。街人達の暖かい視線に囲まれて、姫はとっても幸せな気分になる。
「街の様子をオスカーにも、よく見せてあげて」
 と、付き従って来た乳母にもマリーネ姫は声をかける。乳母の腕に抱かれているのは、去年の始めに産まれた可愛いオスカー。マリーネ姫と先王エーガンの子であるこの子はもうすぐ満1歳。姫が街人達に微笑みを返し手を振る姿を見て、オスカーもそれを真似して言葉にならぬ声を上げながら、ぎこちなく手を振る。その仕草がまた可愛らしい。
 だが突然、温かな雰囲気をぶち壊す出来事が起きた。
「大変だ! 死人が出たぞ!」
 路地から飛び出して来た男が叫び、何事が起きたのかとお掃除隊の者達も様子を見に行く。やがて路地のその辺りは野次馬達で一杯になった。
 その様子を遠くから見守っていたマリーネ姫だが、たまたま側を通りかかったお掃除隊の男に声をかけて尋ねてみた。
「あそこで何が起きたというのです?」
「実は‥‥あそこの家で暮らしていた若い女房と、生まれたばかりの赤ん坊が亡くなりまして‥‥」
 マリーネ姫の顔からすうっと血の気が引いた。
「旦那は年末からずっと、貴族の旦那の館で奉公に。今日になって帰ってきたら、女房と赤ん坊は冷たくなっていたのでごぜぇます。女房は産後の肥立ちが悪く、ずっと病の床に伏せていたのですが、貧しい家で高い薬を買う金もなく‥‥」
 男の話に聴き入りながらも、姫の目は家の中から運び出された物をじっと見つめていた。2つの袋だ。大きな袋に小さな袋、それぞれの中に入っているのは若い母親と赤ん坊の亡骸。袋の側で泣きじゃくっているのは、まだ若い父親だ。
「‥‥お葬式は‥‥出さないの?」
「はい。何せ貧しい家なもので‥‥」
 男の言葉を聞くなり、姫はお付きの侍女に駆け寄った。その手から幾枚かの金貨を受け取ると、それをそのままお掃除隊の男に握らせる。
「このお金でお葬式を出してあげて」
 この出来事のお陰で、マリーネ姫の心はすっかり沈んでしまった。
 視察が終わってエーロン王への報告に赴いた時も、心は沈みきったまま。
「何故なの? 私とオスカーは今もこうして生きているのに、あの母と子は助かることが出来なかった‥‥」
 つい、エーロン王の前でそんな言葉を呟いてしまった。
「今ごろ気づいたのか?」
 エーロン王は素っ気なく言った。その言葉は姫にとって、あまりにも突き放したように聞こえた。
「この冬、王都だけでもどれ程の数の母親と赤ん坊が命を落としていると思う? だが、豊かな王都はまだいい方だ。王都から遠く離れた貧しい土地では、命を落とす者の数はずっと増える。病を得た者、年老いた者、十分な食事を得られぬ者、盗賊やモンスターに脅かされる者‥‥」
 王の言葉を聞きながらも、姫はずっと黙っていた。今日のあの事件のお陰で、失われる命の重さをひしひしと感じる。どう受け止めていいのか自分でも分からない。
「それらの命を救いたいか?」
 不意に王は尋ね、姫は咄嗟に答えていた。
「はい」
「だが、人々の命を救うことは生半可な仕事ではないぞ」
 そう言って、エーロン王はマリーネ姫の前に地図を広げた。フオロ分国の地図である。そして王は、王都ウィルの東方に広がる土地を示す。
「フオロ分国東部、王都から見て東側に広がるこの辺りには、かつて貴族と騎士の所領が幾つも存在した。代表的なところではラシェット領、ローク領、レーン領、ラーク領‥‥、だがそれらの土地の本来の領主は我が父上、先王エーガン陛下の治世下で放逐された。その後釜に据えられ、王領代官として土地の統治を任されたのがフレーデン・ブンドという男だ」
 エーロン王の言葉によれば、このフレーデン・ブンドという男は小心者でずる賢く、上には媚びへつらい下には威張り散らす。しかも私腹を肥やす才能にかけては天下一品。いわゆる『横領』代官を絵に描いたような奴だとか。
「この男は未だに横領代官として土地に居座り続けているわけだが、去年に王領バクルの悪代官シャギーラを討伐した折りに、ブンドの悪事の証拠もしこたま発見された。だからシャギーラに続き、俺はこいつも叩き潰す。そしてブンドが支配していた土地を、本来の領主の一族に返還する。だが、ただ土地を返せばいいという訳ではない。放逐された元領主の一族は長らく困窮の時を過ごし、土地も荒廃の極みにある。餓えに苦しみ命の危険に晒される領民は数知れず。だから大がかりな立て直しが必要だ。そして‥‥」
 エーロン王は言葉を切り、真剣な眼差しをマリーネ姫に注ぐ。その決意を求めるように。
「マリーネ、おまえにはこの立て直しの大仕事における統括者の役目を果たしてもらおう。フオロ王家の紋章旗を掲げて、フオロの東部を復興へと導くのだ。もっとも、おまえにその決意があればの話だが」
「決意なら、とうに出来ています」
 その返事を聞き、エーロン王はニヤリと笑う。
「また早い返事だな。先にも言った通り、生半可な仕事ではない。だが決意したからには最後までやり通せ。東部が復興すれば、それで大勢の命が救われる」

●討伐令
 精霊歴1041年1月3日。冒険者ギルドに所属する冒険者に対し、悪代官フレーデン・ブンドの討伐令が発せられた。
「力押しで一気に片づけるか、慎重を期した戦法でじわじわと攻めるかは冒険者に任せる。もっともあの男なら、ゴーレムの姿を見ただけで逃げ出すだろう」
 と、エーロン王は言う。
 もちろんフオロ東部の復興という大仕事に備え、今からでも土地の様子を見ておくことも大切だ。

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●済民の決意
(「私の目的はただ一つ‥‥弱き者達が蹂躙されない国を、ささやかな幸せを守り過ごせる国を、民と共に創り上げる事。立ち塞がる全ての悪業成すものは‥‥全て無に還すのみ」)
 決意を胸に、クレア・クリストファ(ea0941)はマリーネ姫の待つ大広間に足を踏み入れた。ここは王都ウィルの貴族街に所在するマリーネ姫の館。大きな館の中で、館の主である姫の姿はずいぶんと小さく見えた。が、その姿はまた輝いても見えた。
「勇敢にして慈愛深きクレア・クリストファ、あなたの偉業のことは既に聞いています。今日、こうして相見えたことを嬉しく思います」
 拝謁に参ったクレアに姫は言葉をかける。その言葉には感服の響き。クレアも率直に胸の内の思いを姫に告げた。
「この命尽きるとも‥‥夢を現と成すべく、御身と共に歩みましょう」
「私の歩む道を貴女も共に歩んでくれるなら、とても心強く思います。歩みはまだ始まったばかりで、早くも最初の戦いが迫っています。でも、今度の戦いからは生きて戻ってきて下さいね。あんな悪代官を相手に命を落とすことはありません」
 姫の言葉の最後は笑顔で語られた。
「ご安心を。小心者の悪代官ごとき、敵ではありません」
 クレアも微笑んで言葉を返す。そのまま2人が話し込んでいると、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)がやって来た。既に姫にとっては馴染みの者だが、彼はいつになく畏まって姫を激励した。
「民の為に戦おうとするその姿勢こそ、私の求めた理想の統治者の姿です。このベアルファレス、更なる忠誠をもってマリーネ様にお使えし尽力いたしましょう」
 姫は一瞬、驚いた顔になる。そして真顔で答えた。
「貴方からそんな誉め言葉をもらえるなんて‥‥。期待を裏切らぬよう命がけで頑張るわ」

●悪代官討伐3原則と司法取引
 悪代官フレーデン討伐の作戦会議はアリア・アル・アールヴ(eb4304)の提案により、エーロン分国王の館にて王の御前で行われることになった。アリアには王に進言すべき事があったからだ。
「此度の討伐においては、『悪代官であるという風評や税の軽重で裁かれる』のではなく、『犯罪に対して罪を問い、罪によって裁かれる』という姿勢を明確に打ち出すべきかと」
 このことは後々重要になるとアリアは王に訴える。
「自分も悪代官として断罪、代官でなくとも悪徳領主として領地没収されるのではないか? なら裁かれる前に叛乱だ! ──と、カオスや他国が先導せずとも、半病人のフォロではそんな展開になりかねません。ですが、裁きにおいてはもう一つ、『税の軽重を罪に問わないが、上納の多寡を功績として罪を差し引かない』という明確な姿勢をも示すべきでありましょう。多くの代官や領主のやっている後ろめたい行為は重税でしょうが、処罰に値する行為の範疇をそのように明確に規定しておけば、全ての者が反乱を起こしたいとまでは思わないでしょう」
 重税は罪にはならない。だが領内の村を離散にまで追い込めば、王国の財産を損なった罪になる。重税で得た富を意味のある目的に使ったり、将来に備えての備蓄に回すのは罪にならないが、自分の懐へ入れて贅沢三昧にふければ横領の罪となる。それがアリアの識見だ。
「例えば四大王領代官、世で言われるところの悪代官四人衆を例に挙げるなら──ギルドの報告書に載った噂が全て本当と仮定しての話ですが──ラーべ殿は真っ黒、グーレング殿とギーズ殿は裁量権内で問題なし、皮肉にも天界人バランティン殿のとった民衆支援を含めるならレーゾ殿は灰色というところでしょうか。更に『悪代官の部下を悪代官の罪に連座させず、別途に己の罪で裁く』とすれば、大規模な反乱になることは殆どないでしょう」
「流石はアリア、よく判っているな」
 エーロン王はアリアを誉め、冒険者達に言明した。
「今回のフレーデン討伐は言うまでもないが、今後に起きるであろうさらなる悪代官の討伐においても、アリアの主張する原則に則って行う。これでいいな?」
 こうして定まったのが、悪代官討伐の3原則である。

《悪代官討伐3原則》
【原則1】犯罪に対して罪を問い、罪によって裁く。
【原則2】税の軽重を罪に問わないが、上納の多寡を功績として罪を差し引かない。
【原則3】悪代官の部下を悪代官の罪に連座させず、別途に各自の罪で裁く。

 原則3に関連して富島香織(eb4410)からも、司法取引という地球の制度が紹介された。
「これは私の故郷である地球の、とある超大国にあった制度です。本当に罰するべき人を罰するために、共犯者の一部もしくは全部の処罰を免除して情報を引き出しやすくするものです。下っ端だけ処罰して、上にたどり着けないよりも、下っ端を許す代わりに巨悪を処罰可能にするものです」
 司法取引とはアメリカ合衆国に特有の法制度で、刑事裁判において被告人が罪を認める・共犯者を告発する・捜査に協力する等の条件を受け入れる代わりに、検察側が刑を減軽したりその他の罪状による告訴を取り下げる等の取引を行う制度だ。
 この司法取引のやり方を悪代官討伐に生かすならば、『悪代官の部下の小さな罪を許す代わりに、部下には悪代官の大きな悪事の証拠を確保させる』といった形で用いることが出来る。
「当然、処罰に値する者が無罪になるなど弊害はありますが、一番悪いものを処罰しやすくなります」
 これに対してエーロン王はこう答えた。
「似た例ならウィルにもある。過去の山賊討伐戦での話だが、山賊仲間を裏切って討伐隊に貴重な情報をもたらした者がいた。その情報によって討伐隊は山賊の拠点を突き止めてこれを皆殺しにしたが、裏切り者だけは生きながらえることを許された。だが香織、おまえの言う通りだ。司法取引のようなやり方は悪代官の悪事を暴くには便利だが、裁かれるべき罪が裁かれなくなるという欠点がある。このやり方をフレーデン討伐においてどこまで使うかは、現地の状況を十分に確かめた上で決めるとしよう。報告は念入りに頼むぞ」

●現地情報
 作戦会議の席上、エーロン王からはフレーデンの悪事の証拠が提示された。
 王領バクルの悪代官、シャギーラが秘匿していた帳簿である。その記録がフレーデンの悪事の証拠だ。フレーデンはシャギーラにとってお得意様の一人だったのだ。
 フレーデンの悪事とは、ハンの悪徳商人と結託しての人身売買。悪事の主犯格はシャギーラだが、フレーデンもまた大金と引き替えに、貧しき領民を奴隷としてハンの国に売り飛ばしていたのだ。
「そして、これが現在における現地の概略図だ」
 と、ベアルファレスが会議のテーブルに地図を広げる。

【フオロ分国東部の略図】
 ∴∴∴∴∴∴川∴∴∴∴森森┏━━━┓↑北
 ∴∴∴┏━┓|┏━━┓森森┃∴∴∴┃
 森森森┃01┃|┃02∴┃森森┃∴03∴┃
 ■王都┗━┛|┃∴∴┃森森┃∴∴∴┃
 □□04∴∴∴|┗━━┛森森┗━━━┛
 ==================大河 →ショアへ

 01:アネット男爵領(旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領含む)
 02:王領ラシェット(旧ラシェット子爵領、旧ロウズ男爵領、旧ラーク騎士領含む)
 03:ドーン伯爵領(旧ワッツ男爵領、旧レビン男爵領含む)
 04:王都南部諸領(ワザン男爵領、シェレン男爵領、王領バクル、ホープ村)

「‥‥と、先王陛下に放逐されたフオロ東部諸領主の領地群は、その後に周辺領地への併合が行われ、このように大きく3つの領地にまとめられた。西から順にアネット男爵領、王領ラシェット、そしてドーン伯爵領だ」
 以下はベアルファレスが急ぎ調べ上げ、会議の席で伝えた情報である。

《アネット男爵領》
 マリーネ姫の実家にあたり、今は姫の父であるモラード・アネット男爵が統治する。
《王領ラシェット》
 旧ラシェット子爵領を中心に、代官フレーデン・ブンドの支配地として再統合される。
《ドーン伯爵領》
 ドーン家は早くから先王エーガンに恭順を示し、多大なる上納を功績として先王から伯爵位を賜った。当時の当主であるファルゼー・ドーン伯爵はその後、モンスターとの戦いで落命したと伝えられ、その子息であるシャルナー・ドーンが伯爵家を継いでいる。なおドーン伯爵家の支配地域はモンスターが多数出没する地域であり、外部の者が足を踏み入れるのは甚だ困難だという。
《元領主一族のその後》
 ローク、レーン、ロウズ、ワッツ、レビンの各領主一族は、エーガン王治世下末期に勃発した『ウィンターフォルセ事変』に荷担。反逆者として国王の軍勢と剣を交えた。生き残った者達はその後に反逆の罪を許され、現在ではその多くがルーケイ伯爵の兵士として軍務奉仕に就いている。
 ラシェット、ラーク、ルアンの各領主一族は、平民として王都とその近辺に暮らす。

 冒険者達にとっては聞き覚えのある名前も多かろう。旧領主一族の中にはルーケイ平定戦の敵として、冒険者と剣を交えた者も多い。また『庶民の学校』の責任者となったり、マリーネ姫親衛隊に加わった者もいる。
「フレーデンの討伐は慎重を期して行いたく思う。表向きには公式の視察として現地を訪問し、その裏で密かに内部調査を行って包囲網を構築したい。他の悪代官の反応も考慮し、討伐の準備は慎重に」
 このアレクシアス・フェザント(ea1565)の言葉に対し、すかさずユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が同意する。
「うみゅ。言われるままに討伐するよりは、自分で情報を確かめ判断したうえで、という姿勢は重要なのじゃ。人の命がかかることじゃから吟味は必要なのじゃ。その上で、速やかな対応は必要となるじゃろうがの」
 他の冒険者達も賛意を示し、エーロン王もこれを認めた。
「よかろう。戦いは急がずともよい」
「ところで、『しふ学校』のシフールから気になる話を聞いたのじゃが‥‥」
 と、ユラヴィカは今朝方に訪れた、とちのき通りで仕入れた話を披露する。
「新参者のシフール流民の中に、フレーデンの支配地から逃げて来た者達がおってな。何でもフレーデンの酷い仕打ちに耐えかねて逃げて来た村人を森に匿ったところ、後から代官に雇われた兵士達がやって来て、謀反人を匿ったと言いがかりをつけてシフールの森を焼き払ってしまったそうじゃ」
「それが本当なら酷い話だ。まさに悪代官の所業だな」
 と、ライナス・フェンラン(eb4213)。彼は続けて言う。
「今回姫は来られないほうがいいな。正直、連中が何するかわからんし」
「同感だ」
 と、アレクシアスがうなづいた。
 リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)も意見する。
「多分、マリーネ姫一行の行動は他の代官達も注目しているはず。討伐戦決行の直前までは、意図を察知されないようひと工夫したほうがよろしいかと」
 すると、空戦騎士団長シャルロット・プラン(eb4219)が提案した。
「当面は目的を悟らせないよう、空戦騎士団による東部エアルートの設置と絡ませては? 現地で実際に調査を行った後、兵配備の下地を作るのです」
「それは名案だ」
 エーロン王は即決でその提案を採用した。
 会議が終わるとアレクシアスはマリーネ姫の元に向かい、姫に作戦方針を伝えると共に、今回は姫に王都で待機してもらいたいと告げた。
「彼の地に赴きたいお気持ちはお察ししますが、此度は我らにお任せを」
「居残りましょう、今回は。でも出来ることなら、戦いの決着だけはこの目で確かめさせて」
 姫の元より立ち去り、アレクシアスは思う。
(「気がかりなのは、救えるのが一握りの者達だとしても姫がそれを許容出来るか、という点だ。今は見守るしかないかもしれないが‥‥」)
 一方、リュドミラは会議の後、王都のエーロン治療院にランゲルハンセル副院長を訪ねた。
「多分、現地の領民達は慢性的な栄養不足に陥ってるはず。ですから栄養補給に役立つ薬草を現地に持参したいのです」
「役立つ薬草なら色々あるぞ」
 副院長は薬の保管庫から幾種類かの薬草を選び出し、リュドミラに手渡した。彼女がその対価を払おうとすると、副院長はそれを拒む。
「今回はサービスだ。エーロン陛下のお役に立つならそれでいい」

●悪代官の土地
 現地へ向かうフロートシップの船上、チカ・ニシムラ(ea1128)はもう心が浮き浮き。
「クレアお姉ちゃんと一緒の依頼〜♪ 依頼〜♪」
 クレアの横に座っていたり、抱きついてみたり。
 しかしクレアの方は、用意された現地の地図にずっと見入っている。それこそ穴が開く程に。大河沿いに航行していたフロートシップは、北から川が流れ込む地点で北上。そして川の畔にある村に到着した。
 この村がフレーデンの支配地の玄関口。村にはフレーデン当人が大勢の兵士と共に迎えに来ていた。その仰々しさにライナスは驚き呆れる。
「兵士が100人以上もいるじゃないか!」
 兵士の数は30人程度と見込んでいたのだが。
「今回は戦闘はしておきたくないな。あんなに兵士がいては、逃げられると厄介だ」
 ベアルファレスは船から下りた一同の先頭に立ち、真っ先にフレーデンに挨拶した。
「此度はマリーネ姫の視察の準備の為、事前の視察に来た」
 言葉と共に書状を差し出す。カモフラージュのために用意した書状だが、それを受け取ったフレーデンはエーロン王とマリーネ姫のサインを認めると、にこやかに言葉を返す。
「ようこそ王領ラシェットへ。ささ、こちらへ。迎えの馬車がございます」
 と、指さした場所には豪勢な馬車が待っていた。
「外は寒うございます。どうぞ我が館でおくつろぎ下され」
 フレーデンは小太りで血色のいい中年男。馬車の中で愛想良く会話を弾ませる。
「おお、ルーケイ伯爵殿に空戦騎士団長殿も来てくださったとは光栄の極み。お二方のご活躍、我が耳にも届いておりますぞ。‥‥して、こちらのご令嬢は?」
 フレーデンが香織を見つめる。
「私はエーロン陛下のしもべ。天界人で、名は富島香織です」
「天界人と? もしやベーメ領でご活躍されたお方では?」
「はい」
 その返事に一瞬、フレーデンの目つきが変わったかに見えた。しかしその表情はすぐに、にこやかな愛想笑いの下に隠れた。
「それはそれは。ご足労に感謝致します」
 こうして面と向かって話していると、フレーデンが本当にエーロン王の言うような悪代官なのかどうか、香織には分からなくなってくる。
(「もっとも人当たりのいいのは見せかけだけで、実は‥‥と言うことも有り得ますからね」)
 話しがてら、アレクシアスは馬車の窓からちらりちらりと外に目をやる。延々と広がる草ぼうぼうの荒れ地がかいま見えたが、領民の姿はまるで見当たらない。するとフレーデンに仕える従者の手がさっと伸び、窓の分厚いカーテンを広げて外を見えなくした。
「窓から冷たい風が入りますからな」
 と、フレーデン。支配地の様子も知りたかったのだが、仕方なくアレクシアスはフレーデンとの会話に集中する。
「こんな寒い日には、領民もさぞや仕事がきつかろう」
「左様で。ですがこの土地の領民は頑強な働き者ぞろい」
「是非ともその働きぶりを、この目で見たいものだ」
「いや生憎と、冬の間は遠方での賦役に赴かせており、この土地に残っている者はごく僅かでして」
「それにしても、随分と兵士の数が多いな」
「はい。近頃はこの辺りにもモンスターが数多く出没するもので、大勢の兵士が入り用なのです」
 頃合いを見て、空戦騎士団長シャルロットが話を切り出した。
「ブンド殿、実は空戦騎士団長として頼みがある。マリーネ姫の視察を機会に、フオロ分国東部でのエアルート設置を進めたいのだ。ロメル領やアキテ領などは現地でのしがらみが多くて設置できない、東部での設置は上手く進めたいと思っている。協力願えるか?」
「大ウィル国の守りたる空戦騎士団、その騎士団長の頼みとあらば喜んで」
 フレーデンは即座に了承。
「では、地理に詳しい人間を何人か手配して欲しい」
「そう致しましょう」
 やがて、馬車はフレーデンの館に到着した。館は代官の支配地で最も大きな村にある。
「やっと、町に着いたにゃ」
 チカの言葉に首を振るフレーデン。
「いえいえ、町などとは滅相もない。ここはまだまだ村でございます」
 王都の近隣に所在する町と比べたら、ここはずっと規模が小さい。それでも賑わいようを見れば‥‥まあ町と呼んでもいいだろうか。
「うにゃ、とりあえず堅苦しいことはクレアお姉ちゃん達に任せて、あたしは復興のために住んでる人達の状況見てくるにゃー」
「どうぞ、ご自由に」
 町の様子見はチカに任せ、一行は館に向かう。
 館は高台に建てられており、幅広の壕と頑丈な石壁に囲まれ、堅固な砦の役割も果たしていた。危急に際しては領民の避難所ともなる。敵が攻め落とすのに難儀するだろうことは一目瞭然。但し、それはゴーレムという新兵器が登場する前の昔の話だ。
「見事な館だ。これで配下の者に鎧騎士がいれば、まさに鉄壁の守りだが」
 シャルロットが言葉を向けると、
「残念ながら、鎧騎士はおりませぬ」
 と、フレーデン。
「貴殿は動かせるのか?」
「とんでもない」
 フレーデンは首を振った。
 一方、町の様子を見に行ったチカだが。
「うにゅ、笑顔が少ないにゃ。笑顔が少ないところは幸せな人も少ないってことだにゃー‥‥。みゅぅ‥‥」
 小綺麗な町だ。並ぶ建物は立派だし、店にはふんだんに売り物がある。ボロ服を着た住民など一人もいない。家畜も肥え太っている。なのに、この町には笑顔が少ない。
 町を回り人々と話をしてみた。町の人々は誰もが代官を褒め称える。しかし代官の有する戦力など、支配地のことを訊ねてみると、
「それはお代官様に直接お聞きにならないと‥‥」
 と、誰もが答えるのを渋る。
「魔法少女まじかる♪ チカ参上にゃ♪ 一緒に遊ばないかにゃ?」
 子供達と遊んでみた。子ども達は付き合ってくれたが、なぜか笑顔を見せてくれない。
 一通り町を調べ終え、結果を羊皮紙の切れ端にメモしていると、警備兵がやって来てメモをのぞきこんだ。
「こんな所で何を書いておいでかな? ‥‥何だこれは、何かの暗号か!?」
 チカはジ・アース人でイギリス王国出身。彼女の使うイギリス語を警備兵は読めない。事情を話すと警備兵は納得したが、メモは取り上げられた。
「このメモは没収だ。メモは次からセトタ語で書け」
 続いてチカは町の外を調べようとしたが、町の門を出ようとしたところで門番に止められた。
「代官殿の許可なく外を出歩くな。外はモンスターがうろついて物騒だぞ」

●もてなしの席で
 冒険者一同に対するフレーデンの振る舞いは豪勢だった。晩餐には贅沢な料理が並び、美酒を振る舞われる。それでもフレーデンはこんな言葉を口にする。
「この度のご来訪、王都からのシフール便により連絡を受けたのが急でして、大したもてなしも出来ませぬが」
 見え透いた謙遜。しかしベアルファレスは調子を合わせておだて上げた。
「マリーネ姫がこの場所を視察の対象に選んだのは、エーロン陛下が貴公の働きに期待しておられるからこそだろう。実際、多くの領地を治める難事をこなしている貴公の働きは、評価して下さっているはずだ」
「いや、勿体なきお言葉」
「これほどの領地を治めるには多くの協力者が必要。フレーデン卿は人望も厚いのでしょうな?」
「自分で言うのも何ですが西の隣領のアネット男爵殿に、東の隣領のドーン伯爵家の若様とは懇意の仲でして」
「そうか、マリーネ姫の父君と」
「はい。母君のマルーカ様がまだご健在の頃より。しがない地方領主の税金取りに過ぎなかったこの私めが、王領代官にまで登りつめる事が出来たのも、マルーカ様のお引き立てがあったからこそ‥‥おや?」
 フレーデンはクレアの皿に目を止める。出された料理は全くの手つかずだ。
「如何なされました?」
 クレアは淑女の仮面を被り、微笑んで答える。
「気分がすぐれませぬの。この地に入った時からずっと」
「それはいけませぬな。今宵はお休みになられては」
 フレーデンは従者を呼び、クレアを寝室へ案内するよう命じる。
 立ち去り際、クレアは思い出したように、
「ああ、そうそう‥‥。私は逃れようとする悪人には、地獄を見せるようにしてますの」
「怖いお人だ。ベクトの町での悪党退治の件は、しかと耳にしておりますぞ」
 フレーデンからはそんな言葉が返ってきた。

●だらしない警備兵
 翌朝。目覚めた香織は目を覚まし、館の外を歩き回っていた。
「それにしても大きなお屋敷ね。‥‥あら?」
 たまたま目についた兵士達の詰め所。中では大勢の兵士達が大いびきで寝込んでいる。枕元には酒の瓶が転がっていたり。
「だらしないですね。寝込みを襲われたらどうするのかしら? あの‥‥起きて下さい」
 体を揺すると、目覚めた兵士はなぜか大慌てて平謝り。
「お、お許しを! ついつい寝込んでしまい‥‥なんだ、お客人様でしたか」
 そしてフィラ・ボロゴース(ea9535)。彼女は朝早くから町の様子を見回っていた。人々は朝から忙しく働いている。
「予想に反して、領民の健康状態は良好か。それにしても笑顔の少ないのが気になるな」
 すると、背後から警備兵に声をかけられる。
「こんな所で、何をしておいでで?」
「ちょっと見学を‥‥」
 言いかけて、フィラは警備兵の不自然さに気付く。武器や防具の身に付け具合が、どこか様になっていない。言葉遣いにも気迫が感じられない。
「一つ、お手合わせ願おうか」
「いやその、おらは‥‥」
 警備兵はたじろいだが、フィラはお構いなし。右手の杖で打ちかかった。
「痛ぁ〜っ!!」
 杖の打撃をまともに喰らい、警備兵はだらしなく地面に伸びる。
「こいつ、本当に警備兵か?」
 すると、フィラの背後で拍手の音。振り返るとフレーデンが愛想笑いを浮かべて立っていた。
「いや、見事なお手並みでしたな。我が警備兵を一撃で倒すとは」

●支配地の村
 滞在3日目にして、冒険者達は支配地にある村1つの視察を許された。
 村は町のすぐ近く。村人達は笑顔で出迎えた。
 どこにでもあるような変わり映えしない村。ただ真新しい家ばかりが妙に目に付く。
「村人の健康状態は良好だな」
 フィラの目にはそう映ったが、村人達の笑顔が引きつって見えるのは何故だろう?

●王領ラシェットの潜入調査
 冒険者の中には素性を隠して潜入調査を行う者もいる。オラース・カノーヴァ(ea3486)とユラヴィカがそうだ。2人はそれぞれ流れ者と占い師に身をやつし、旅の途中を装ってフレーデンの支配地への潜入を試みた。
 だが、支配地の入口である南の関所で、2人は関所番に追い返された。
「流れ者はここより先へは通さん!」
 いやに警戒厳重じゃないか。そう思いながらも2人は計画変更。
「仕方ねぇ、森の木立に紛れて進むか」
 支配地の東に広がる森。旅人なら絶対に避けて通る危険な場所だが、場数を踏んだ冒険者にとってはどうということもない。
 ところが森の中を進んでいると、いきなり蛮族オーガの群れに遭遇してしまった。
「この森は俺達の縄張りだ!」
「人間は森から出て行けぇ!」
 まったくついてない。幸いオラースは隠身の勾玉を持っていたし、シフールのユラヴィカも身軽だ。オーガ達をやり過ごすと、そのまま隠れ場所からオーガ達の話し声に聞き耳を立てる。
「ありゃどこの人間だ?」
「後で仲間を連れて攻めて来ないだろうな?」
「その時はその時、魔物を相手にするよりよっぽどマシだ」
「故郷の森も、昔は暮らしやすかったのによぉ」
 彼らの話から分かったが、オーガ達はずっと東の森に住んでいた。その森に魔物が蔓延るようになり、オーガ達は故郷の森を捨ててこの地に移り住んだのだ。

●アネット男爵領の潜入調査
 リュドミラも潜入調査を試みる冒険者の一人。薬草師に扮して現地に向かい、辿り着いたのが南の関所。
「私は旅の薬草師です。よろしければ、病人が多くて困っているという地域があれば教えて頂けませんか?」
 訊ねると、関所番は川向こうの土地を指さした。
「ここより先に病人はいない。病人に会いたければ隣領のアネット男爵領に行け。だが森には決して近づくな。ここら辺の森は謀反人とモンスターの巣だからな」
 そこでリュドミラは、間に川を挟んだ隣領のアネット男爵領に向かい、延々と歩き続けること数時間。ところが行けども行けども、荒れ地が延々と続くばかり。やっと家を見つけたと思ったら、そこは打ち捨てられた廃村だったり。
「ここは、旧ローク領の辺りかしら? 住んでいた人達はどこへ行ったの?」
 見渡せば、あちこちに森が見える。関所番からは警告されたが、リュドミラは近くの森に向かうことにした。
 ところが森に近づいた途端、リュドミラは取り囲まれた。手に手に武器を持った男達に。
「貴様は悪代官の手先か!?」
「いいえ、私は旅の薬草師です」
 それを聞き、男の一人がリュドミラに求める。
「薬草師なら薬を持っているな。一緒に来てもらおう」
 リュドミラは森の奧の隠れ家に連れて行かれた。そこには病を得た1人の男が、今にも死にそうな様子で伏せっていた。
「彼は我等のリーダーだ。このままでは長くはない。薬を飲ませてやれ。だが、毒を飲ませればこの場でおまえの喉を掻き切る」
 付き添う男に脅されたが、リュドミラは手持ちの薬草と毒消しを病気の男に与えた。
 3日後、死にそうだった男の様態はかなり改善した。
「君は命の恩人だ。感謝に堪えない」
 男は厚く礼を述べ、自分の正体を明かした。男は森を隠れ家とする謀反人達のリーダー。そしてリュドミラは男から重大な話を聞かされた。

●拠点の設営
 フレーデンの支配地では、エアルート拠点の設営が進む。同時にそれはフレーデン包囲の拠点とも成り得る物。
「エーロン陛下は苛烈なるお方。もしも時間までに私達が戻らなければ、救出度外視の殲滅戦が決行されかねませんわ」
 フレーデンにブラフをかまし、クレアは設営場所に赴く。しかし冒険者の立入が認められたのは、川沿いの拠点のみ。
「川から離れ東に行けば行く程、モンスターに襲われる危険が大きくなります。皆様に万が一の事があったら、文字通り我々の首が飛びますからな」
 これは警備隊隊長の釈明。
 それでもシャルロットは、フレーデンとの打ち合わせを地道に進める。
「マリーネ姫殿下のご視察においては、冒険者籍も何人かくるだろう。前王の絡みもアリ、姫は冒険者を偏重しているしな。警備に混乱が出るかもしれないが、状況確認できるか?」
「館の近辺と川沿いの土地は問題ありませんが、それ以外の土地となると‥‥姫殿下のご視察は、館の近辺と川沿いに限定するのが宜しいかと。川沿いの街道は、緊急時の脱出路にもなりますし」
 フレーデンの言葉に従うなら、自然と冒険者達は支配地の東側から遠ざけられる形になる。
 王都に帰還する日が来ると、アレクシアスは見送りのフレーデンに告げる。
「領民達の様子はしかと覚えた。姫にも報告し、次の視察時に誰一人欠ける事のない姿を御覧いただけるよう願いたい」
「必ずそのように」
 と、フレーデンは約束した。
「それではブンド卿、御機嫌よう」
 と、クレアも笑顔で別れを告げる。
 なお支配地の民に対して、アレクシアスはマリーネ姫の名義で物資を提供。物資豊かな東ルーケイで産した小麦を主としたもので、視察に訪れた村では物資が村人の手に渡るのも確認した。次に訪れるまで命の繋ぎとなるのが望ましい。そう彼は思うが‥‥。

●支配地の真実
 視察団が引き上げた後も、オラースとユラヴィカの潜入調査は続いている。時には草陰に隠れて進み、時には夜闇に紛れてフライングブルームで飛び、お陰で2人は支配地のあちこちで、視察団の目に触れなかった様々な物を目にした。
「何て酷ぇ土地だ、ここは!」
 支配地は廃村も同然の貧村だらけ。村人は牛馬よりも酷く酷使されている。
「よいか! 1日のうちに村を新しく作り直すのだ! 逆らう者、怠ける者には鞭をくれてやる!」
 代官の兵士達が鞭をふるって村人達をこき使い、そうして出来たのが視察団の訪れた村だった。急ごしらえだから家が真新しく見えるのは当たり前。そして領民の中から、健康状態の良い者ばかりが選ばれてそこに送られた。視察団は騙されたのだ。
 そして2人は今、見せかけだけの豊かな村に潜んでいる。村では兵士が徴収の真っ最中だ。
「空戦騎士団によるエアルート拠点の設立に伴い、臨時の税を徴収する!」
 配られた物資が兵士達に容赦なく取り上げられる。
「お願いです! 今日一日だけでも腹一杯の食事を‥‥」
 ボガッ! ドゴッ!
 供出を拒んだ村人に対し、兵士達は殴る蹴るの集団暴行。ボロ切れ同然で横たわった哀れな村人に、兵士は言い捨てた。
「虫ケラ同然の命でも、それを奪うのだけは勘弁してやる。ルーケイ伯爵殿がそれをお望みだからな」
 兵士達が引き上げた後。オラースは隠れ場所から姿を現し、途方に暮れる村人の1人を呼び止めた。村人はオラースに怯えた表情を向ける。
「あ、あなたは‥‥反逆者‥‥?」
「しっ! 大声出すな。物資は兵士に奪われたが、代わりはここにある」
 大量に持ち込んだ保存食を、オラースは丸ごと村人にくれてやった。

●今度は戦争だ
 王都に戻った冒険者達は、フレーデンの支配地で得た情報を取りまとめる。
「抑えるべきは東ね、絶対に逃がさないわよ」
 出来上がった支配地の詳細地図を睨み、クレアは決意を新たにする。
 ライナスの見立てもクレアと同様だ。
「冒険者を冒険者が押さえれば、フレーデンは東に逃げるか。隣領に逃げ込まれると厄介だな」
 アレクシアスは視察に同行した従者を呼び集める。従者の正体は、ルーケイから呼び寄せた旧領主の縁者達。彼らからも貴重な意見が聞けた。
 戦いの時は刻々と迫っている。