フオロ再興2〜悪代官フレーデン誅討

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 47 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月18日〜02月26日

リプレイ公開日:2008年02月27日

●オープニング

●悪代官フレーデン
 フオロ分国東部、王都ウィルの東側に位置する王領ラシェットは、王領代官フレーデン・ブンドの支配する土地だ。だがこのフレーデンという男、正に悪代官を絵に描いたような腹黒い人物であった。
「フレーデンは強欲でずる賢く、人の命を何とも思わない。しかも自分が助かる為ならば、どんな悪事だろうが平然と行う最低最悪の悪党だ」
 これは、フレーデンに深い遺恨を抱くロウズ家の元騎士の言葉。今は新ルーケイ伯の元に身を寄せる彼だが、その領地は先王エーガンの暴政下で没収され、今では悪代官フレーデンの支配地に組み込まれていた。
 現・フオロ分国王エーロンが悪代官フレーデンの討伐令を発したのを受け、冒険者達が視察名目で王領ラシェットの偵察を行った際にも、土地を奪われた元騎士達が幾人も偵察に同行した。彼らは口々に言う。
「フレーデンの悪にまみれたやり口は、昔とまるで変わらない。いや、昔よりも一層悪くなっている」
 フレーデンの支配地は貧村だらけ。領民達は家畜以下の扱いで重労働を強いられる。しかもフレーデンは私腹を肥やすために、あろうことか貧しい領民達を隣国ハンの悪徳商人に売り渡してもいた。
 だが、そんな領地の実態を誤魔化すために、フレーデンは見せかけだけの豊かな村をわざわざ造らせた。村人達をこき使って真新しい家を建て、そこに健康そうに見える者ばかりを選んで送り込むと、視察に訪れた冒険者達をその村へ案内したのだ。
 だが、そんな上辺だけの姿に誤魔化される冒険者達ではない。裏から探りを入れていた冒険者仲間が、しっかりと領地の実態を突き止めていた。

●悪代官の支配地
「で、俺が調べたところだと、ざっとこんな感じになる」
 作戦のテーブルの上に地図が広げられる。

【王領ラシェット中心部の概略図】
 ∴┃川┃△∴∴∴∴∴×貧村∴∴∴∴森森森
 ∴┃川┃‖∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴森森
 ∴┃川┃‖∴×貧村∴∴∴∴∴×貧村∴∴森
 ∴┃川┃‖∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲∴∴森
 ∴┃川┃△∴∴∴∴∴■王領代官の館∴∴森
 ∴┃川┃□村====□町====▲===→ドーン伯爵領へ
 ∴┃川┃‖∴∴∴∴∴∴∴□村×貧村∴森森
 ∴┃川┃‖林林∴∴∴×貧村∴∴∴▲森森森
 ∴┃川┃‖∴∴×貧村∴∴∴∴∴∴森森森森
 ∴┃川┃△∴∴∴∴∴∴∴×貧村∴∴森森森
 ↑アネット領

 △:冒険者が設置したエアルートの拠点
 ▲:フレーデンが設置したエアルートの拠点

 少しばかり解説を加えておこう。先に冒険者達が行った王領ラシェットの視察は、近いうちに実施されるであろうマリーネ姫による本格的な視察の準備と、ラシェット内におけるエアルートの設置を表向きの理由にして行われた。エアルートとはゴーレムグライダーによる航路のこと。戦争が勃発するなどの危急に際しては、重要な情報の伝達路となる。
 この地図を見て、冒険者達は気がついた。
「フレーデンが東を固めているのが一目瞭然じゃないか」
 エアルートの拠点にはグライダーの目標物となる櫓(やぐら)が立てられ、物資や食料も運び込まれる。拠点の周囲には侵入者防止のための柵が設けられる。そこに兵士を送り込めば、エアルートの拠点は砦の役目を果たすことになる。
 フレーデンはその支配地におけるエアルート拠点の設置を認めながらも、冒険者達には西側にある川沿いの土地にだけ立ち入りを認め、東側には決して行かせようとはしなかった。
 そしてフレーデンが設置した東側のエアルート拠点は、フレーデンの住む領主館から東へと延びる街道を守るように並んでいる。
 その街道を東へ行った先には、フレーデンと親密な関係にあるドーン伯爵領だ。
「マリーネ姫のご視察にエアルートの設置となれば、少なからぬ兵力が王領ラシェットに集結することになるわ。フレーデンはその兵力の本当の目的が、自分の討伐である可能性も疑ってもいるようね。だから、東側のエアルート拠点をこういう形に設置して、逃走路となる街道の安全を確保したに違いないわ。フレーデンが逃げ延びる先は、間違いなく東よ」
「東のドーン伯爵領に逃げ込まれると、厄介なことになるな」
 ドーン伯爵領は今回の討伐戦の対象となってはいない。ここにフレーデンが逃げ込んだ場合、冒険者を含む討伐軍は領地の境で追撃を止め、ドーン伯爵領の領主に使者を送ってフレーデンの引き渡しを求めなければならない。
 だが、土地に詳しい元騎士達からはこんな意見が出された。
「今は亡きドーン伯爵は悪王エーガンの暴政が始まるや、真っ先に悪王に取り入った男。フレーデンとは共に甘い汁を吸った仲のはずだ」
「今はその息子が伯爵家を継いでいるとはいえ、あまり期待は出来ぬ。表向きは討伐に協力しつつも、裏からフレーデンを逃すことも考えられる」
「しかも、王領ラシェットとドーン伯爵領との境に広がる森は、モンスターの出没地域だ。フレーデンを捕らえる際には森のモンスターの動きにも注意すべきだ。あの男なら自分が逃げ延びる為に、モンスターだって利用しかねないからな」
 フレーデンが東に逃げるなら、何としてでもドーン伯爵領に逃げ込む前に捕らえねばならないのだ。

●悪代官の人質
 冒険者の中には王領ラシェットの西側、間に川を挟んだ隣領のアネット領を偵察した者もいた。アネット領にはフレーデンに反旗を翻す謀反人達の拠点があり、幸いにもその冒険者は謀反人達のリーダーと接触し、彼から次のような話を聞くことが出来た。
「フレーデンの領主館の隣には、小綺麗な町があるだろう? あの町に住む者は、支配地のあちこちにある貧村からかき集められた者達で、いわばフレーデンの人質なんだ。どこかの貧村で謀叛の動きがあれば、町に住む誰かが絞首台にぶら下がることになる。だからフレーデンのやり方がどんなに横暴でも、謀叛に走る人間はなかなか出てこない。それこそ家族の全てを失ったか、家族総出で謀叛に走った俺達みたいな人間以外にはな」
 リーダーとの接触を果たした冒険者が王都に戻って暫くすると、リーダーに教えておいた連絡先に密書が届けられた。その密書の内容たるや凄まじい。
『フレーデンは例の町を始め、領内各地の貧村にも大量の薪と油を運びつつある。それと同時に怪しげな連中を大勢雇い、番兵として町と村に貼り付かせている。フレーデンは支配地に住む者全てを人質に取ったのだ。いざ討伐戦が始まれば、フレーデンは町と全ての貧村へ火を放つ。討伐軍を人々の救出に向かわせ、自分が東へと逃げ延びる時間稼ぎをするためにだ』

●戦力増強
 悪代官フレーデンの動きは、フオロ分国王エーロンの元にも次々と届けられる。
「討伐戦の準備に時間をかけたのはいいが、逆にフレーデンにも準備の時間を与えることになったか」
 エーロン王にとってはそれが口惜しくもある。奇襲作戦で一気に片を付けるか、それとも慎重を期した作戦で行くか、その選択を冒険者にさせたのは王である。そして冒険者は後者の方法を取る決断を下した。だが、それはそれでよい。仮に奇襲を選んでいた場合、奇襲は成功したかもしれないが、準備不足で失敗に終わった可能性も高いのだ。
 ともかくも、サイは振られたのだ。王は決断する。
「ジーザム陛下に掛け合い、討伐戦へ投入する戦力を増やさねば」
 トルク王家への借りが増えることになるが、討伐戦を成功に導くためには致し方ない。

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●討伐軍の軍略
 冒険者達の作戦会議は大詰めを迎えていた。
「今後に続くであろう悪代官討伐の先駈けとしても、フレーデン殿は調度良い目標ですな。既にベクトの町にて証拠は上がっていますが、先の視察における虚偽の案内は偽証に当たる重罪。今後の範に適材ゆえ是非とも捕らえたいもの」
 アリア・アル・アールヴ(eb4304)が言うには、フレーデンの罪状は斯くの如し。

 1.重税を着服した通常の横領罪
 2.支配地の実態を偽った偽証罪
 3.国家の最も重要な財産である民衆を他国に売り飛ばした人身売買罪

 最の重さは人身売買罪が最も重く、次いで偽証罪、一番軽いのは横領罪だとアリアは見るが、それにしても大それた犯罪だ。これに比べたら重税や過度の賦役など、罪のうちにも入らない。今後のためにもフレーデンの裁判においてはその罪状を明らかにし、他の代官や領主達が斯様な悪しき道に走らぬよう、範を示さねばならない。
 正鵠を射たアリアの指摘を聞きながら、新ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)は静かに怒りを示していた。
「私服を肥やす為に領民を苦しめたばかりか、人質として利用し保身を図ろうとは‥‥呆れた男だ」
 言葉ではそう言うものの、心中では『呆れた』どころの騒ぎではない。フオロの国にへばりついて民の生き血をすする害虫を、大軍をもって叩きつぶす決意はとっくに出来ている。
 今回の討伐戦の主力となるのは、アレクシアス配下の軍勢だ。精鋭と雑兵併せて300名のルーケイ水上兵団に加え、元テロリストのシャミラが率いる対カオス傭兵隊に、かつてはフオロ王家に反旗を翻しながらも今ではアレクシアスに忠誠を誓う元騎士達。これにゴーレムを操縦する冒険者を加えた大戦力でフレーデンを攻めるのだ。
 作戦会議の結果、作戦は次のようにまとまった。
 討伐軍は3つの部隊に編成され、それぞれフレーデンの支配地である王領ラシェットの中心部を、北部・中央部・南部に分けて攻略する。これらの部隊はさらに幾つかの班に分けられ、それぞれに解放を担当すべき村が割り振られる。
 北部隊には小型フロートシップ『コローネ』を、中央隊には中型フロートシップ『レプラカーン』を配し、南部隊は大河から船で上陸して進軍する。
 各部隊には案内役として、ラシェット領の近辺に詳しい元騎士を配置。
 さらに対カオス傭兵隊から隠密行動に適した者を選抜し、領主館近辺の町と村を中心に放火の妨害工作を依頼。討伐戦時にすぐ動けるよう、現地への潜伏を指示した。
 そして王領ラシェットの東に広がる森には、冒険者で編成されたフレーデン捕縛班が移動し、潜伏して戦いの時を待つ。
 討伐軍の旗艦はフオロ王家の所有船である旧型フロートシップ『アルテイラ』。マリーネ姫が座乗するこの船が王領ラシェットに到着したその時が、討伐戦の開始の時だ。北部隊・中央隊・南部隊の同時進軍により、被害は最小限に抑えられる見通しだ。
 ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が特に気をつかったのが、討伐軍の象徴的人物である王族マリーネ姫の安全確保である。
「旗艦アルテイラ号は緊急時の退避経路も含め、素早い対応ができる位置に配置したい」
 彼の強い主張により、アルテイラ号は戦いの趨勢が決するまで本陣に待機することとなった。本陣に定められたのは大河の北岸、北から流れる川が大河に注ぐ辺り。かつてここにはラシェット家の所有する小さな町があったのだが、今では荒れ果てたゴーストタウンと化している。ちなみにこの場所は王領代官グーレング・ドルゴにより、フオロ東部復興に備えてた『訓練の町』の建設が予定されている場所でもある。

●反代官派との接触
 エーロン治療院で薬草を入手すると、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)は新ルーケイ伯配下の元騎士達を数名引き連れて、以前に訪れたアネット領を再訪した。王領ラシェットの隣領であるこの地に潜んで抵抗を続ける、反代官派との接触が目的だ。
「先にお会いした時には身元を騙りました。その非礼をお詫びします」
 リュドミラは反代官派のリーダーに詫びを入れ、フレーデン討伐を進める冒険者であることを明かす。
「そうか、やはりな」
 リーダーも薄々、正体に気付いてはいたようだ。
 反代官派の面々に元騎士達を引き合わせ、リュドミラがフレーデン討伐への協力を求めると、リーダーは快く応じた。しかしリュドミラの提案した作戦に対しては、首を横に振る。
「敵の兵士を襲って装備を奪い、敵兵に成りすまして村に侵入するだと? 俺達は以前にそれをやって失敗した」
 敵兵はゴロツキだがバカではない。いつの間にか仲間がいなくなれば警戒するし、村の入口では合い言葉を言わされる。代わりにリーダーは提案した。
「ここは陽動でいこう。俺達が派手な動きで敵兵を引き付けて、討伐軍の動きに対する注意を逸らすんだ」
 協力へのお礼にと、リュドミラはリーダーに小太刀「永遠愛」を進呈しようとした。しかしリーダーは小太刀を見て不満を示す。
「刃が潰してあるじゃないか」
「ですが、これはカオスの魔物を倒せる武器です。そして、愛に生きるものたちに希望を与えるといわれる武器です」
「だが、こんな武器ではフレーデンの心臓を貫けない。戦いの間はお守り代わりに預かっておくが、後で君に返す」
 結局、リーダーは小太刀を自分の所有としなかった。

●懐柔
 空戦騎士団長シャルロット・プラン(eb4219)は、討伐戦に先んじて王領ラシェットを訪れた。表向きの名目はエアルート拠点の設置に伴っての、地理状況の確認。しかし本当の目的は、フレーデンの配下を買収すること。
 着いたその日からシャルロットは豪勢な歓待を受け、視察にはフレーデンの部下数名が同行した。それらの部下をよく観察しながら、シャルロットは人選を行う。忠義より物欲を優先し、人手を集めれそうな人間がいい。
 目星をつけると、シャルロットは選んだ男と二人きりの時間を作り、その手に10Gの金貨を握らせて尋ねた。
「領地の東側の情報を知りたい。代官殿が決して私を近づけようとせぬ場所だ」
「実は‥‥」
 男は声をひそめて話しつつ、絵を描いて示す。それは事前に冒険者達が、密かに入手していた地理情報と一致するものだった。
「ふむこちらの情報と符号するな。では報酬の提示だ。こちらの欲しい情報を提供するなら、これだけ追加しよう」
 シャルロットは男の目の前に、どんと20Gを置いた。男の目の色が変わる。その目の奧では金に対する欲と、裏切り者となる緊張とがせめぎ合っている。
「意味はわかるな?」
 シャルロットは畳みかけた。
「働き如何によっては、さらなる追加報酬を。そして今後、例え代官殿がどのような立場に追い込まれようとも、貴殿の手に縄がかかることはない」
 男は唾を呑み込み、意を決して自分の知る全てをぶちまけた。各村における代官側の兵士の配置状況、そして代官が村を支配する手口を。
「以上が、私の知る全てでございます」
「今後の情報提供も宜しく頼むぞ」
「承知しました」
 30Gを受け取って男が立ち去ると、シャルロットは今後の事に思案を巡らせる。
 暫くして、離れた場所で羽音が響いた。見ると、空に舞い上がる1羽のカラスがいる。
 妙に嫌な予感がした。

●朗報
 ここは王領ラシェットの南を流れる大河。そこに浮かぶ川船は、交易船を装ったルーケイ水上兵団の船。甲板ではフィラ・ボロゴース(ea9535)が戦いの時を待って待機中。
「フレーデン‥‥か、全く腐ってる感じだねぇ。だけどまぁ、あたいの主達が捕まえにいくって言うんだから大丈夫だろ」
 ぶるる、耳元で愛馬のシャインが鼻を鳴らす。目の前を眺めつつ、戦いが始まればこの岸辺を越えて進軍するのだと思うと、胸が高鳴る。
「チャリオットとかは運転できないが‥‥あたいには愛馬のシャインがいるしな。こいつにも協力してもらわないとな、頼むぞシャイン。フレーデンの兵を一緒に蹴散らしにいくぞ!」
「おいおい、そう簡単に話は運ばねぇぞ!」
 フィラに話しかけたルーケイ水上兵団の男は渋い顔。
「何かあったのか?」
「冒険者達が立てた軍議だが、ありゃ何だ!? 南部隊は大河から上陸して、王領ラシェットの南側を攻めるだと!? 一体、何考えてんだ!?」
 男は不平をぶつける。南部隊の主力はルーケイ水上兵団だが、そもそも水上兵団が得意とするのは川沿いの拠点の攻略や、水際・川中での戦いだ。船の数なら多いが、攻略すべき王領ラシェットの中心部は大河から何キロも離れた場所だ。高速を出せるフロートシップならあっという間に到達できても、大河から上陸しての徒歩の進軍では時間がかかる。移動時間を縮めようにも、兵士の数に比べて馬の数が足りていない。
 加えて悪代官の側は、領民を人質に取って待ち構えている。もしも南側から進軍してくる大軍勢を見れば、悪代官の兵士達は村々に火を放ち、人質の村人達を焼き殺して逃げるに決まっている。
「‥‥じゃあ、どうすればいい?」
「こっちが聞きてぇよ!」
 2人の間で額を突きつけて議論が始まったが、いい智恵は浮かばず。
 しかし、やがて朗報がもたらされた。駆けつけた兵士が、王都からの知らせを2人に告げる。
「喜べ! 討伐戦にマーレン殿が参戦なされるぞ! しかも王家のフロートシップも一緒だ」
 フィラの相手の男は喜色を露わにした。
「そうか! これで万事、うまく行くぜ!」
 旧ルーケイ伯の遺児にして、今はフオロ直属の騎士マーレン。そのフロートシップで南部隊を移送するなら短時間で事は足りる。
 そして、男はフィラに向き直って訊ねる。
「ところで、おまえは船に乗りたいか? それとも馬に乗りたいか?」
「もちろん、こっちさ」
 フェラが示したのは愛馬シャイン。男は言う。
「ならば、やる事は決まりだな。敵兵の目を逸らすための陽動だ」
「そっちの出発はいつになる?」
「早ければ、今夜にも」
「んじゃま、民を人質扱いする悪代官にきつーくお仕置きしに行くかっ!」
 時に、明後日に決戦を控えた2月23日。

●森のオーガ達
 ラシェット領の東に広がる森には、蛮族オーガも住み着いている。その事を前回の偵察で知ったオラース・カノーヴァ(ea3486)は、富島香織(eb4410)を連れてオーガとの接触を試みた。自分の戦闘馬に香織を乗せ、自身は馬を引きながら森と平地の境を移動。目的地であるオーガの住む場所に踏み込むと、またしても血相変えたオーガが現れた。
「人間は森から出て行けぇ!」
「待て、待て。俺達は話し合いに来たんだ。贈り物もたっぷり用意してあるぞ」
 そう言ってオラースは数々の贈り物を示す。新巻鮭、大斧、発泡酒にワイン。香織も物持ちなルーケイ水上兵団に用意してもらった、大量のケーキや甘いお菓子を差し出した。
 しかしオーガ達は不審の眼差しを向けている。
「大丈夫です。毒は入っていません」
 香織はケーキの1つを手に取り、美味しそうに食べて見せた。甘い香りに誘われて、近くにいた若いオーガが思わず手を伸ばす。すると、オーガの中でも一段と屈強なオーガが、若いオーガを張り倒して怒鳴りつけた。
「バカ野郎! 人間の贈り物にうかつに手を出すんじゃねぇ!」
 その屈強なオーガは身を低くして香織と目線を合わせ、名乗りを上げた。
「俺は族長のゴロンゴスだ。贈り物などいらん、さっさと森から出て行けぇ!!」
 ドスの効いたド迫力な声で迫られる。が、これしきの事で引き下がるオラースではない。
「どうした? 過去に贈り物のせいで嫌な目に合ったか?」
「今から1年前、人間どもが贈り物を持って来た時のこたぁ忘れはしねぇぞ! 仲良くしようと言って俺達にしこたま酒を飲ませ、俺達が酔っぱらって眠った途端、隠していた武器で襲ってきやがっただろうが!」
 顔を見合わせる香織とオラース。
「その人間どもってもしかして、フレーデンの手下でしょうか?」
「さもありなん。あの野郎ならやりかねねぇ」
 香織とオラースはゴロンゴスに向き直り、説得を試みる。
「俺達はそいつらとは違う」
「あなた方とは協力関係を結びたいと‥‥」
 だが、族長は頑なだった。
「ええい、聞く耳持たぬ! うだうだ抜かすと首を胴から引きちぎるぞ!」
 突然、森の奧から1人のオーガが騒ぎ立てながら駆けつけてきた。
「魔物だぁ! 魔物が出たぁ!」
 見ればその首筋に魔物がくっついてがなり立てている。羽根の生えた醜い子鬼、ジ・アースのインプに似たヤツが。
「げぇへぇへぇへぇ! 図体ばかりでかいだけの馬鹿オーガが! てめぇに俺は倒せねぇ!」
 オーガ達は動揺して大騒ぎ。
「この森にも魔物が出たぁ!」
「この森もおしめぇだぁ!」
 その中で族長が大声を張り上げる。
「静まれぇ! 静まりやがれ!」
 が、雷のような怒鳴り声もその場を収められず。
 その時、香織が高速詠唱でムーンアローの呪文を放った。
「ぎゃあああああ!」
 光の矢に貫かれ、魔物が叫ぶ。続けて香織が2発、3発、4発とムーンアローを放つと、魔物は命からがら森の奧へと飛び去った。
 その場の騒ぎは静まった。オーガ達は驚きの表情で香織を見つめている。
「たかが魔物1匹で、この騒ぎかよ」
 オラースは呆れてぼやいたが、オーガの族長はまじまじと香織を見つめて呟く。
「この俺でさえ倒せなかった魔物を、この小さな人間の娘は退散させた」
 そして族長は、どっかりと香織の目の前に腰を下ろした。
「人間の娘よ、話を聞こう」
 香織は事情を話し、族長は状況を理解した。
「なるほど。つまりこの土地に居座る悪い人間を倒すのに、力を貸して欲しいというのだな?」
「はい。私達は悪代官フレーデンとは違って、あなた達を害したりはしません。むしろ今後は継続的な協力関係を結びたいと思います」
 フオロの西の端、ワンド子爵領のそのまた西に広がる魔獣の森にはオーガの部族も住んでいる。ワンド子爵はそのオーガ達と交易があり、オーガ達が持ってくる毛皮などの交易品で大きな収益を得ている。
 ラシェット領の東の森に住むオーガとも、そのような友好関係を築きたいと香織は考えていた。
「では人間の娘よ、力を貸してやろう」
 族長はがっちりと香織の手を握り、約束した。

●夜空に
 月精霊の明かりは、眼下の広大な森を照らす。
 高々と夜空を飛ぶグリフォンの背には、クレア・クリストファ(ea0941)とチカ・ニシムラ(ea1128)。誤って落ちればひとたまりもない高さだが、チカはクレアの背中をぎゅっと抱きしめて、まさしく空飛ぶようなウキウキ気分。
「にゅふふ、クレアお姉ちゃんの背中〜♪」
 しかしクレアは密やかな怒りを抱きつつ、唇を噛みしめる。
「私には聞こえる、民の苦しみが‥‥その慟哭が。待っていなさいフレーデン、思い知らせてあげる」
 グリフォンの後からは、チカのペットであるイーグルドラゴンパピーのジュンも飛んでくる。
 目的地である森の外れにつくと、そこにはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が待っていた。
「無事に到着できて一安心じゃな」
 と、ユラヴィカ。
「でも、これからの待ち時間が長いわね」
 と、クレア。
 すぐ目の前には森を通って東に抜ける街道。離れた場所には、フレーデンの館から伸びる隠し通路の出口。冒険者達は森の中に潜み、逃走してくるであろうフレーデンを待ち受けるのだ。
 夜空を見上げれば満天の星。ユラヴィカがウェザーコントロールの魔法をかけたお陰で、天気が晴れる確率は増した。晴れは合戦向きの天気だし、サンワードやサンレーザーの魔法だって使える。
「他の場所の様子はどう?」
「ん? ちょっと見てみるかのぅ」
 クレアボアシンスの魔法で、ユラヴィカは離れた村の1つの様子を見た。かつての偵察の時に村の1つだ。
「ううむ、戦闘が始まっとるようじゃ」
 馬に乗って拳を振り上げる者の姿が見えた。恐らくはクレアの従者のフィラ。しかしユラヴィカがその場所を良く知らないことに影響を受け、魔法で見えたその姿はずいぶんとぼやけていた。

●陽動
「ええい、何をしてやがる!? 相手はたった1人と馬一匹だけだぞ!」
 村の兵士どもを取り仕切る隊長が怒鳴る。その目に映るのは馬に跨った不審者。汚いボロ服姿のその者は叫んでいる。
「悪代官の手下どもめ! 家族を殺された恨み、晴らさでおくものか!」
 フレーデンに楯突く反逆者の1人だと隊長は見た。おっかなびっくりで不審者に近づいていくのは、村人の中から徴用されたにわか兵士達。だがあっという間に不審者に蹴散らされ、村に逃げ帰ってくる。
「ええい、話にならん! 俺が相手だ!」
 ついに隊長が乗り出した。精鋭の手勢を引き連れて不審者を取り囲む。だがその途端、
「なぬ!?」
 不審者の馬が動いた。その体当たりをまともに喰らい、地面に倒れた隊長の目に光る物が映る。槍の穂先だ。
「うがあっ!!」
 馬上から槍に貫かれ、隊長が叫ぶ。不審者はそのまま馬で疾走して消え失せ、隊長に駆け寄った部下達が見れば、傷は相当に深い。
「早く館に運んで手当てを!」
 さて、逃げ去った馬上の不審者は、安全圏までたどり着くと顔を覆い隠す覆面を取り去った。下から現れたのはフィラの顔。
「‥‥生半可な覚悟であたいらを止められると思うなよ」
 水上兵団に教えられた通りの陽動作戦だ。1人で村に近づき、弱い振りを装って敵兵を引き出しては倒していく。そしてフィラは運良く隊長を仕留めた。
「さぁ、絶対この作戦成功させるぞ! 頑張ろうぜ!!」
 愛馬に声をかけ、フィラは次なる村を目指す。

●予兆
 25日の朝が来た。
 朝には旗艦アルテイラ号が王都を発ち、程なく本陣に到着する。そして戦いが始まるのだ。
 東側の森では、フレーデン捕縛班の冒険者達が戦いの時を待ち続けている。
「それにしても、何だか森が騒がしいにゃー」
 チカが言う。昨晩あたりから森の中で物音や、動き回る影が増えた。
「あっ!」
 森の奧から何かが駆けてきた。モンスターかと思ったが、それは森に住むシカ。
「しっ! まだ何か来るのじゃ!」
 ユラヴィカが警告する。
 やがてそいつは現れた。足を引きずりながら呻き声を発し、周囲に腐臭を漂わせながら。
 動き回る死体だ。しかもそのカオスの魔物は1匹だけではなかった。

●出撃
 夜明けから約1時間後。河岸の本陣にマリーネ姫の座乗艦アルテイラ号が到着。その船上でマリーネ姫が開戦の号令を下す。
「今こそ悪逆非道なるフレーデンに正義の裁きを!」
 本陣に集結したフロートシップが動き出した。レプラカーン号、コローネ号、そして騎士マーレンの指揮する増援部隊を乗せたミントリュース号。さらに、その船を先導するように空を行くものがある。シャルロットの操るウィングドラグーンだ。ゴーレム工房に掛け合ったところ、何とか貸出を許可されたのだ。
「あんなご大層な代物まで持ち出して‥‥」
 と、水上兵団の兵士がつぶやく。
「他の奴らの出番が無くなっちまわないか?」
 ベアルファレスはレプラカーン号の甲板に立つ。アルテイラ号に敬礼すると、彼は勝利の予感を胸に呟いた。
「国という樹木にはりつく害虫は駆除してやらねばな‥‥」

●解放
 中央隊の指揮を取るはアレクシアス。レプラカーン号が村に到着するより先に、ペガサスの愛馬オフェリアに乗って船から舞い降りる。
「悪代官フレーデンよりラシェット領を解放する! 家族を、同胞を救わんと思う者は我に従え!」
 村人達は幻を見るかのようにその姿を仰ぎ見る。そして悪代官の手勢どもは、我勝ちに村から逃げていく。
 村々の解放は思いの外、順調に進んだ。対カオス用兵隊や反代官派の事前工作が功を奏したこともある。だが、後から知ったところによれば、別件の依頼として討伐戦に参加した冒険者達の行動も、討伐戦を勝利に導く大きな助けとなったのだ。 
 討伐軍はまさしく解放軍として村々に迎えられた。逃げずに村に居残っていた兵士達は、武装を脱ぎすてて討伐軍に降伏した。彼らは皆、村から徴用されたにわか兵士。
「抵抗せぬ者の命は奪わない」
 アレクシアスは降伏した敵兵達に寛大な処置を約束し、事実そのようになった。

●進撃
 平原を逃げる敵兵達の前方に、コローネ号が舞い降りる。ぞろぞろと下り立った兵士達の先頭に立ち、真っ先に敵兵へ迫るのはライナス・フェンラン(eb4213)のバガン。その姿を見て敵兵どもは観念した。
「降伏する! 命だけは助けてくれぇ!」
 敵兵の中味といえば、フレーデンに金で雇われたゴロツキばかり。
「何だ、あっけないな」
 ライナスは拍子抜け。
「貴殿らは己の罪においてのみ裁かれる。代官に連座して罪は重くならぬ」
 同じくバガンで出撃したアリアが、降伏した敵兵達に通告する。
「フレーデンは捕まったかな?」
 東の森に潜む仲間を思い、ライナスは東に目をやる。そして異変に気付いた。
「あれは何だ!?」

●魔物
 フレーデンの設けた東のエアルート拠点は、あっけなく制圧された。というよりも本隊の冒険者が駆けつけた時には、既に制圧されたも同然だった。別依頼の冒険者達とロック鳥によって。案の定というか、拠点には逃走用のフロートチャリオットが隠されていたが、今やそれは残骸と化している。
「こうもあっけないと物足りぬ」
 乗り込んだバガンの中で気落ちするベアルファレス。
「同感です。勝利は喜ばしいとはいえ」
 ドラグーンに乗るシャルロットの声が、風信器から聞こえてきた。
「‥‥まて、あれは何だ!?」
 ベアルファレスは気付く。東の森から一斉に出現した異形の者達の姿に。
 ジ・アースでズゥンビと呼ぶ、カオスの魔物の群れだ。ざっと数えただけでも30体、その数はさらに増えている。人間の死体にオーガの死体、そしてあろうことかジェトに住む恐獣の死体までもカオスの魔物と化し、森の中から一斉に押し寄せてきたのだ。
 しかも、空にも魔物の姿がある。翼の端から端まで4mもある巨大なハゲタカが2匹。その足に血まみれの人間を掴み、血の臭いで魔物を森から誘き寄せている。その向かう西の先には村がある。
「行かせるものか!」
 魔物の行く手にベアルファレスのバガンが立ちふさがる。すると恐獣の魔物が迫ってきた。全長9m、3本角のトリケラトプスだ。死体の魔物故に動きは鈍いが体は重たい。
「誰がどこからこんな物を連れて来た!?」
 ベアルファレスのバガンが押される。そこへライナスとアリアのバガンが駆けつけた。
「せぇのっ!」
 恐獣の横からライナスが幾度も体当たりをかます。ついに恐獣はひっくり返り、ライナスはその腹にゴーレム剣を叩きつけた。
 シャルロットもドラグーンで奮戦中。
「流石、バガンとは動きが違う」
 だが、魔物相手の殺戮でその機体は腐った血と肉片まみれ。
 すると、空を飛ぶハゲワシの魔物が掴んでいた血まみれ男を放り出し、地上にいた女をかっさらって舞い上がった。
「逃がしはせん!」
 後を追ってシャルロットのドラグーンも空に舞い上がる。

●援軍
 フレーデン捕縛班の冒険者達は、森から出てくる魔物を相手に戦い続けていた。
「これではフレーデンの捕縛どころじゃないにゃー!」
「とにかく1体でも多くここで倒して、数を減らさなければ!」
「しかし動きは鈍いが数が多いから厄介じゃ!」
 ユラヴィカがサンレーザー、チカがライトニングサンダーボルトで立ち向かうが、敵の数が多すぎる。
「そろそろ魔法が尽きそうだにゃー! そうだ、ジュンを呼ぶにゃ!」
 空からの警戒に就かせているイーグルドラゴンパピィを、テレパシーのスクロールで呼び寄せる。やがて頭上を大きな鳥の影が過ぎると共に、パピィの放ったサンレーザーの光りが魔物の頭上に降り注いだ。
 オラースと香織も森の中で、オーガ達と共に魔物と戦っている。
「これで6体目!」
 剣で頭を叩き割り、ソードボンバーで薙ぎ倒す。それでも倒れた魔物はもぞもぞ動き続け、全身めった打ちにしてやっと動きが止まる。
「討伐戦が終わるまでは、誰もここを通さねぇ!」
 言うが早いか、オラースの目にとんでもない代物が移る。どでかいトリケラトプスの魔物が、こっちに突き進んでくるじゃないか。
「でかすぎるぜ、バカ野郎!」
 でかくたって通してたまるか! 恐獣の足に狙いを定め、オラースは長巻「相州行光」を構えて突撃。
「うりぁああああーっ!!」
 勢いつけて突き入れた刀身が深々と足に突き刺さり、恐獣はごろりと転倒。あわやオラースも下敷きになりかけたが、素早く身を避ける。
 だが、恐獣はよろよろと起きあがり、足を引きずって進み出す。
「畜生! 待ちやがれ!」
 尻尾をひっつかんで止めようとすると、尻尾がぶちっと千切れた。中は腐っている。
「これじゃラチがあかねぇ! こうなったら森に火を放って、丸ごと焼き殺す!」
 それを聞いて、オーガの族長ゴロンゴスがオラースに怒鳴る。
「俺達の森を勝手に燃やすんじゃねぇ!」
 だが、森に火を放つまでもなかった。
「あれを見て!」
 香織が指さす方、着陸したフロートシップから続々と下り立つ兵士達が見えた。しかもバガンとチャリオットも一緒だ。
「助かったぜ! 森を燃やすのはヤメだ!」
 オラース、前言撤回。

●フレーデン捕縛
 ドラグーンが戻り、操縦者のシャルロットが仲間達に報告する。
「魔物に連れ去られた女性は救出しましたが、残念ながら魔物には逃げられました」
 ハゲタカの魔物はドラグーンとの戦いを避け、鬱蒼と生い茂る森の樹木の間に飛び込んで姿をくらました。図体のかさばるドラグーンでは追跡は困難。こういう状況へいかに対処するかが、今後の課題となろう。
 魔物の群れはおおかた撃退され、冒険者達は隠し通路の出口に集まった。
「フレーデンの野郎、いやに遅ぇじゃねぇか」
「しっ!」
 ぼやくオラースを制すると、クレアは地面に耳を寄せる。聞こえてくるのは水音と、幾人もの野郎どもの罵り声。
 やがて、出口の穴がぽっかりと開き、ずぶ濡れになった男達がぞろぞろと現れた。が、外で待ち受けていた冒険者達を見て、顔色変えて硬直する。その後でやっとこさフレーデンが現れたが、出口から姿を現すなりぶるぶる震えながら顔面蒼白になって叫んだ。
「き‥‥貴様らはぁっ!!」
 真っ先に反応したのはチカ。
「人質を取るような卑怯な人には‥‥魔法少女まじかる♪チカがお仕置きするのにゃ! マジカルサンダーにゃ!」
 チカのぶっ放しライトニングサンダーボルトを受け、フレーデンの取り巻きの1人がぶっ倒れる。チカは続けて攻撃しようとしたが、クレアはそれを手で制し、フレーデンに歩み寄った。
「フレーデン卿‥‥私の言葉、覚えていて?」
 冷たい微笑みを浮かべ、クレアは佇む。
 本音を言えば、千の肉片に刻み万の罰を与えても生温い。今すぐ八つ裂きにしてやりたいけど、それは我慢。
 その代わり、フレーデンの顔面に怒りの鉄拳!
 どけしっ! どげしっ! どげしっ!
「ぐああああっ!」
 フレーデン、顔面ボロボロになってぶっ倒れ、クレアは言い放つ。
「処刑法剣十一ノ法、砕月聖闘断破‥‥執行完了」
 さらにもう一言。
「その痛み、民に比べたらどれ程軽い事か!」
 制裁を見届けたシャルロットは、フレーデンに背を向けてつぶやいた。
「仮にも空戦騎士団の前からエアルートで逃げきれると思ったのか‥‥舐められたものだ」
 その目線の先には残骸と化したグライダー。フレーデンがここから近い森の中に隠し持っていたものだが、冒険者に発見されるやたちどころに破壊されたのである。
 この後、フレーデンは冒険者のアイスコフィンの魔法でガチガチの氷漬けとなり、フロートシップに乗せられて王都へ移送された。

●裏切りの代償
「シャルロット殿! あれを!」
 兵士に呼ばれて森の中に導かれたシャルロットは、惨たらしい死体を目の前にして言葉を失った。
 シャルロットが30Gを握らせたフレーデンの部下だ。その亡骸は木に縛り付けられ、体は魔物に食い荒らされて原型を留めていない。目は苦痛と恐怖に見開かれ、口には猿ぐつわ。猿ぐつわを取り去ると、口の中から金貨がぼろぼろとこぼれ落ちた。
 亡骸の頭上には一枚の羊皮紙が掲げられ、血文字で次の言葉が書かれていた。

『空戦騎士団長殿、意味はわかるな?』

 シャルロットの直感が訴える。真の黒幕はまだ残っていると。黒幕は裏切り者の存在を知るや、これを処刑したのだ。

●勝利
 討伐軍の勝利はここに決した。制圧されたフレーデンの館の間近に旗艦アルテイラ号が乗り入れ、戦いを終えた冒険者達を船内に迎え入れる。
「姫様、お約束通り‥‥無事に戻りましたわ」
 勝利の報告を為すクレアに、マリーネ姫は微笑む。
「貴方なら無事に戻ると信じていました」
 アレクシアスも早々と姫への挨拶に赴き、その後でルーケイ水上兵団を束ねるリリーンに暫しの別れを告げる。これからアレクシアスはエーロン王への報告のために王都へ向かい、リリーンはこの地に留まって事後処理を行うのだ。
「アレク、私の馬にも翼が欲しい」
 と、アレクシアスの愛馬を見てリリーンが言う。
「翼があれば、共に馬を並べて空を飛べるのに」
 戦場でもアレクシアスは、馬を駆るリリーンの姿を空から垣間見た。その姿がとても輝いて見えたのは、はっきり覚えている。
 マリーネ姫新鋭隊隊長を務めるベアルファレスは、配下のカリーナとルージェに告げる。
「少し考えたい事があり私は世俗から身を引く決意をした」
 突然の引退表明に2人の隊員は驚いたが、ベアルファレスの決意は固い。
「本来なら、親衛隊の増員が完了してから行おうと思っていた事だったが‥‥。マリーネ様、オスカー様の事は貴公等に任せる事になる。元々、女性だけで構成されるべき組織だったからな。これが本来の親衛隊の姿だ」