フオロ再興9〜闇の侵入者再び
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月28日〜05月03日
リプレイ公開日:2009年05月08日
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●オープニング
●ドーン領北部の開拓計画
悪代官の支配から解放され復興の進む王領ラシェット。その中央部にラシェットの町はある。その町には立派な領主館が建っている。かつて旧領主家のラシェット家が住んでいた館だが、悪王エーガンの暴政が猛威を振るっていた頃には悪代官フレーデンの根城と化し、町の住民にとっては恐怖の支配の象徴となった。
その悪代官無き今、かつてはお払い箱にされていた館の使用人も1人また2人と懐かしき古巣に舞い戻り、彼らは毎日せっせと領主館の手入れをしながら暮らしていた。
ラシェット家が領主の地位を取り戻し、館に帰って来る日を心待ちにしつつ。
そんなある日。館に西の隣領からの使者がやって来た。西の隣領とはアネット伯爵領。かつてエーガン王に愛されし寵姫であり、今は公爵の位を得てフオロ分国の建て直しに励むマリーネ姫の所領だ。
「姫は近々、アネット領の領主代行として王領ラシェットにお住まいを移し、この領主館を拠点としてフオロ分国東部復興の采配をお取りになる。執事並びに使用人の皆は、姫のご執務に差しさわりのなきよう、心して各自の仕事に励むことを求む」
「それはそれは、有難く存じます」
館を取り仕切る執事も、使用人達も、頭を下げて使者の言葉を聞き届ける。しかしその胸中は複雑な思いだ。かつての主人を放逐した悪王に愛されしマリーネ姫が、この館の新しい主人になるというのだから。
もっともマリーネ姫の評判は皆が知っている。かつては我がままに振舞っていた姫も今では心を入れ替え、国のため民のために尽くす領主に変わられたと。
だから皆は心からマリーネ姫を歓迎しようと決め、塵一つ残さぬよう館の掃除に励み、大広間には絵師に頼んで描かせたマリーネ姫の絵を飾った。それは、この館の今の主が誰であるかを示すもの。皆の誠意を姫がお汲みになれば、ラシェット家の復権も早まろうという期待もあった。
そして某日。マリーネ姫はフロートシップに乗って、ラシェットの町にやって来た。同行者は助言役と護衛を兼ねる2名の親衛隊員、衛士長と侍女長、そして衛士と侍女が若干名。
「意外と少人数なのですね」
もっと大勢の取り巻きを連れて来ると思ったのだが。館を管理してきた執事が口にしたのを聞いて、マリーネ姫は言う。
「だって大勢をぞろぞろ引き連れていては、あちこちを自由に飛び回れませんもの。身軽であることは大事なことなのです」
「飛び回るといいますと? もしや‥‥」
「ええ、これからはフロートシップに乗って、あちこちの土地の様子をこの目で確かめます。これから忙しくなりますわよ」
時代は変わったものだと執事は思う。ゴーレム技術が普及したお陰で、陸の上を船が飛び回るようになり、歩いて何日もかかる土地でもその日のうちに行って帰ってこられるようになるとは。
館の執務室に入ると、親衛隊員ルージェ・ルアンはフオロ分国東部の地図を広げ、その現状を姫に説明する。
【フオロ分国東部の復興途上地域】
アネット伯爵領 王領ラシェット ドーン伯爵領
∴∴∴∴∴∴川∴∴∴∴∴∴∴∴森森┏━━━━━━━┓
┏━━━━┓‖┏━━━━━━┓森森┃沼沼森森沼沼沼┃ 01:旧ラシェット子爵領
┃∴∴∴∴┃‖┃∴∴∴∴∴∴┃森森┃森森森森沼沼沼┃ 02:旧ロウズ男爵領
┃∴04┌―┨‖┃∴∴01∴∴∴┃森森┃森森森森森沼森┃ 03:旧ラーク騎士領
┃∴∴│∴┃‖┃∴∴★∴∴∴┃森森┃∴◆∴森森森森┃ 04:旧アネット男爵領
┠――┤05┃‖┃∴∴∴∴┌―┨森森┃森∴森森森森沼┃ 05:旧レーン男爵領
┃06∴│∴┃‖┃┌―┬―┘∴┃森森┠―――┬―――┨ 06:旧ルアン騎士領
┗━━┷━┛‖┠┘03│∴02∴┃森森┃∴07∴│∴08∴┃ 07:旧ワッツ男爵領
※※※※※※‖┃∴∴│∴∴∴┃森森┃∴∴∴│∴∴∴┃ 08:旧レビン男爵領
※※※※※※‖■━━┷━━━┛森森┗━━━┷━━━┛
=========================大河
←王都ウィル
★:ラシェットの町 ◆:ドーン城 ■:フェイクシティ ※:役立たずの沼地
「‥‥と、このようにしてドーン伯爵領での魔物討伐戦は冒険者側の勝利に終わり、かつては魔物の根城となっていた3つの遺跡も、今ではもぬけの殻ということです。これでドーン伯爵家から冒険者に対して話の出された、ドーン伯爵領北部の開拓計画については、当面の障害は無くなったわけですが‥‥」
ルージェは浮かぬ顔になり、その言葉が途切れる。
「何か良からぬ事でも?」
「ドーン家当主シャルナー閣下はこう言われました。ドーン伯爵領の北部の土地を冒険者に任せ、その開拓を担わせると。ですが地図を見れば一目瞭然、ドーン領北部は森と沼地ばかりの土地です。ここを開拓するのは大変な仕事で、大勢の人員を割かなければなりません。ハンの国への出陣が迫る今日にあって、この開拓計画は得策かどうか‥‥」
ノックの音がする。やって来たのはシフール便の配達人。
「冒険者ギルドからの大事な手紙だよ」
早速、手紙に目を通したマリーネ姫だが、その顔がたちまち深刻なものになる。
「フロートシップが魔物に襲撃され、ハン国王が行方不明に?」
ルージェも手紙を読み、呟いた。
「ハンへの出陣はもはや時間の問題か」
●凶事
ラシェットの町の周囲には幾つもの農村がある。かつては荒れ果てた田畑にも今では小麦が育ち、家畜の数も少しずつ増えている。
ある夜、村に住む子供の1人が、夜中に奇妙な物音を聞いた。
シューッ。
それは風の音というより、何処からか空気の吹き出す音のようだ。それは空の方から聞こえてくる。
「ママ‥‥」
横で寝ている母親に呼びかけたが。
「いいから寝なさい」
母親は気にも留めなかった。
その翌日。村は大騒ぎ。
「魔物だ! 魔物が出たぁ!」
どこから湧いて出たか、動き回る腐った犬が何匹も、人家の周囲をうろついているのだ。家畜や子供が襲われたという知らせが、次々に飛び込んでくる。
だが、騒ぎの起きたのはその村だけではない。
隣の村では。
「うわぁ‥‥うわぁぁぁ‥‥」
家畜番の男は途方にくれ、地面にへたり込む。目の前ではこれまで手塩にかけて育ててきた牛や馬が、動かぬ死体となって倒れている。
何者かが家畜の井戸に毒を投げ込み、水を飲んだ家畜は全滅したのだ。
そして、さらに隣の村では。
「大変だ、村長の家が‥‥!!」
村の村長が、真夜中に押し入った何者かに殺されたのだ。殺されたのは村長だけではない。その晩、村長の家にいた者全員が犠牲となった。
凶事の知らせが届くや、親衛隊員ルージェは現場に駆けつける。魔物犬を全て切り殺した後、殺された村長の家でルージェはそれを見つけた。
殺された者の血で壁に書かれた文字だ。
『本当の災いはこれからだ。マリーネよ、恐怖して滅びの日を迎えよ!!』
「マラディアか!」
すぐに思い当たったのは、マリーネ姫を怨み続ける悪女。
さらにルージェは住民の1人1人に聞き込みを行い、現場を丹念に調査する。
そして、ついにそれを見つけた。
春の草原に残る、草の倒された後だ。
「これは、グライダーの着陸跡と見えないこともないな。だがもしもグライダーだとして、それはどこから飛来したものか? 混乱続くハンの国か、あるいは‥‥」
急ぎ、ルージェは冒険者ギルドに連絡を入れる。冒険者の出番が来た。
●リプレイ本文
●王への請願
医療活動に力を尽くすも最近は色々とトラブルに見舞われる冒険者、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の元へエーロン分国王からの使者が来た。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、エーロン陛下がお呼びです」
「それはちょうど良かったです。私も陛下に願い出ることがありましたから」
王都の館にてエーロン王と対面すると、王がゾーラクに尋ねる。
「話があるそうだな。まずはそちらから聞こう」
ゾーラクは願い出る。その決意を王の前で明らかにする。
「話というのは連れ去られし虜囚の民のことに関してです」
ゾーラクの頭の中にあるのは、悪徳商人によってウィルより連れ去られ、奴隷としてハンの国で働かされている貧しき者達。そして故郷のルーケイより連れ去られ、王領北クィースで苦役を強いられているルーケイの民。ここでは彼らを虜囚の民と呼ぶことにしよう。
「いずれ奪還するであろう彼ら虜囚の民を受け入れ、彼らが生活し仕事のできる場所を用意する為、ドーン伯爵領北部の沼地を私の名義で購入し、開拓作業を行う許可を頂けませんでしょうか?」
「あの土地をか?」
王は険しい表情になる。
「無理であれば、どんな荒地でも構いません。どこかで虜囚の民の受け入れができるようにする作業を行わせては頂けないでしょうか? 虜囚の民や今も苦しむ住民達の明日の生活を確保する為ならば、どんな労苦も厭わぬ覚悟です。そしてこれは──」
「おい、これは何の真似だ!?」
王は驚き声を昂ぶらせる。ゾーラクはずしりと重たい金袋を王の前に並べ始めたのだ。それも10や20の数ではない。なんと100G入りの袋が100袋も。総計1万Gというとんでもない大金だ。
「伯爵領北部の購入や開拓に必要な諸経費として‥‥」
「おまえはなんと言う‥‥」
「陛下、許可を頂けるのでしょうか?」
「まあ待て。物事には段取りというものがある」
身振りも交えてゾーラクの言葉を制すると、王は補佐官リュノーを呼び寄せて命じた。
「副院長殿に説明してやれ」
「はい」
リュノーはフオロ東部の地図を広げ、ゾーラクに説明する。
「ここがドーン伯爵領の北部。見ての通り深い森と沼地ばかりの土地で、開拓には大きな困難が付きまといます。ですが、ここで他の土地に目を向けてみると、候補地として相応しいものがいくつかあります。王領ラシェットにアネット伯爵領、王領バクル、そしてもう1つ。現在、ウィンターフォルセのプリンセスが開発に乗り出した、通称『役立たずの沼地』です」
リュノーは地図に描かれた土地の1つ1つを指し示す。
「これらの土地の多くは打ち捨てられた農耕地帯なので、復興はドーン領北部よりずっと容易いはずです。『役立たずの沼地』についても、物資の運搬に便利な大河に面した土地なので、工夫次第で有益な利用が可能でしょう。そこでゾーラク殿、まずはどの土地を選ぶかを決めなければなりません」
「それはマリーネと相談の上で決めるがよかろう」
と、エーロン王は言う。
「ゾーラク、おまえには領主の資格を与えよう。具体的に領地が定まれば、その時には正式に領主としての叙任を行う」
これでゾーラクの話の件は片付いた。
「それで、陛下が私を呼ばれた理由は何なのでしょう?」
「ここ最近、おまえに多大な迷惑を及ぼしている冒険者の件だ。いつぞや俺が剣で斬りつけてやった大うつけ者──こう言えば名前を呼ばずとも判るな」
「はい」
「つい先日に行われたハンの国境越えの依頼に際しても、一部でかなりの悪影響があったらしいな。聞けばあの男はおまえに見当違いな怨みを抱き、絶対に領地を与えてはならぬとあちこちで吹聴しているとか。だが俺としてもいい加減、この件に決着をつけねばならん。これ以上、冒険者同士の内紛で依頼をガタガタにしてたまるか。そこでお前の意思を確認したかったのだ。おまえに領主となる意思が有るか無きかを。だが、それも先ほど確かめることができた」
「ありがとうございます」
「1万Gは受け取ろう。‥‥いや、待て」
王は金袋の中から金貨1枚だけ取り出して、ゾーラクに返した。
「これは‥‥」
「王たる者、がめついばかりでも困る。少しは遠慮というものがあってもいい」
こういうことをやるのが、エーロン王の酔狂王と呼ばれる所以なのだろう。
●調査
ここ王領ラシェットでは、アレクシアス・フェザント(ea1565)が仲間の冒険者ともども、敵グライダー侵入事件の捜査に乗り出している。
「一度ならず二度までも。ハンの魔物と繋がっているのか、それとも騒動に乗じてこの国を乱そうとしているのか。次こそ襲撃を防ぎ、犯人を捕えなければ」
フロートシップといいグライダーといい、カオス勢力は着実にゴーレム技術をその手に収め、しかもそれは日増しに強力になりつつある。。
やがてはドラグーンも? それはあまり考えたくない状況だ。
「マラディアの他に、グライダーを提供し彼女に協力した存在が居る筈。次の襲撃の可能性は‥‥」
フェイクシティのエブリーにフォーノリッヂを依頼してみたが、『グライダー』『襲撃』『カオス』と3つの単語で調べたところ、屋敷のある場所が狙われるかもしれないという返事が返ってきた。
手伝いに駆けつけた仲間には、死んだ村長からデッドコマンドで事情聴取してもらう。
「ヴェガ、何か分かったか?」
「夜、男、刃物‥‥と、言うておる」
目が覚めたら男がいた。気がついたら喉を刃物でかき切られていた。──と、いうことなのだろう。死人の口から得られた情報はそれだけだ。
「襲撃を受けた集落が早く日常に戻れるよう、姫のご指示を」
「では、殺された村長の弔いを」
領主館にてマリーネ姫に進言すると、姫は事件のあった村々に自ら足を運び、村長の葬儀に出席すると共に、村人達にくじけてはならないと勇気づけて回った。
姫の視察に際して、アレクシアスはペットのペガサスを同行させる。魔物が近づけば一番に気付くはず。
しかし幸いなことに、愛馬のオフェリアは平静を保ったままだった。その反応を見る限り、姫の視察中に魔物の接近はなかったようである。
オラース・カノーヴァ(ea3486)は被害のあった村での聞き込みを行う。でも聞き込みの相手は人とは限らない。
「へぇ? この馬に聞くんですかい?」
「聞いてみなくちゃ分からんだろう? まあ任せとけ」
呆れる村人を尻目に、オラースは現場のすぐ傍にあった馬小屋の馬に聞いてみた。
「あの夜、何を見た?」
「あの夜、空から嫌な物音がしたんで、外をのぞいたら何かが空から降りてきたのさ」
と、馬は答える。いや別に馬が人語を話せるわけではない。オラースの所持するインタプリティングリングの魔力のお陰で、馬が相手でも人と話すのと同じような感覚で話すことが出来るのだ。
「で、その時、月はどの辺りに出ていた?」
「ん〜とね、あそこの森の木の上にかかるくらいだったな」
馬の目撃情報で、襲撃時刻の月の位置が分かれば、そこからおおよその襲撃時刻を特定することができる。
「いいか、魔物が現れた時の対処だが‥‥」
またオラースは調査の合間を利用して、村人達にカオスの魔物が現れた時の対処法を教えてやる。
「魔物が現れたら慌てず騒がず警備兵を呼べ」
ラシェットの村々の治安をあずかる元騎士の中には、オーラ魔法を習得した者もいる。
「できれば銀の武器か魔法の武器が常備されていればいいんだが‥‥」
冒険者はともかく、銀の武器も魔法の武器もこの世界の一般人には手が届かない貴重品だ。
「色々とありがとうございます」
村人達は色々と世話してくれたお返しにと、食べ物を提供するが、オラースは断った。
「仕事中に倒れるわけにはいかねぇしな」
疫病や毒に自分がやられるのを防ぐためだったが、村人達は残念そうだった。
シャルロット・プラン(eb4219)も現場周辺での聞き込みを続ける。
「下調べなしというわけでもなし‥‥行動に一貫性がみられる。理由があるとしたら陽動か?」
敵はグライダーで侵入し、短時間のうちに悪事を成し遂げ、そして素早く飛び去ったのだ。
「最近、奇妙なモノや見馴れないモノや変化がなかったか?」
村人に尋ねてみたが、誰もが首を振る。
いや、1人だけいた。まだ小さな子供だ。
「ヘンな鳥をみかけたんだ。昼間、窓辺にとまってじっと様子を見てるんだ」
またゾーラクは村々を回って人々の治療を行うと共に、パーストの魔法で事件のあった時の有様を確かめてみた。オラースの調査で時刻はおおよそ特定できたので、その時刻に合わせて魔法を使い過去の映像を得ると、それをファンタズムの魔法で仲間達に示す。それを見てシャルロットが言った。
「闇夜の中なので判りづらいが‥‥このグライダーの形状、ウィルのものとは微妙に違う」
空戦騎士団長として常日頃からグライダーを見慣れているシャルロットだから、その違いは一目で分かる。
「これを姫に」
万が一に備え、シャルロットはマリーネ姫の親衛隊員ルージェにタリスマンを渡し、姫の住む館の警備強化を要請する。
「とくにオスカー殿下の身辺は念入りに」
「心得て」
と、答えるルージェ。その仕事ぶりの確かさは、彼女の立ち振る舞いを見れば自ずと分かる。
●姫に進言
アリア・アル・アールヴ(eb4304)が姫の館にやって来た時、姫が真っ先に聞いたのはハン国王の安否について。
「カンハラーム陛下は生きておられるのでしょうか?」
「私としてもそうあって欲しいと願うものでありますが、最悪の事態は覚悟せねばならないでしょう」
アリアはつい先日、冒険者としてハン国王を迎える依頼に参加している。だが結局、カオス勢力に襲撃されたハン国王を守りきることは出来なかった。悪くすれば自分もその責を問われ、首と胴とが切り離されるかと思いもしたが、数々の不手際にも関わらず依頼人のロッド伯は冒険者達に対して寛容な処断を下し、厳しく責任を問われる者は出なかった。
なおハン国王はマリーネ姫への手紙にあったように、表向きは行方不明ということになっているが、依頼に参加したアリアはハン国王のものと推測される遺体をその目で見ている。ただし後の調べで、それが本当にハン国王のものかどうかについては、大きな疑問が呈されることになった。
ともあれハン国王の生死については、いずれその筋から公式な声明が出されるだろう。
そういった事柄を姫の前で噛み砕いて話すと、アリアの話はドーン領北部の開拓計画に移る。
「この開拓はドーン領へ立ち入る名目です。必要があれば宿舎を兼ねた砦と館を中心に林道開発を。不要であれば縮小すべきでしょう。現在、シャミラ殿にフォロー隊を要請し、調査隊を派遣するよう願っています」
姫は問う。
「虜囚の民の受け入れということであれば、ドーン領北部以外にも使える領地はあるでしょう?」
「受け入れに必要と言う場合ですが、直ぐに使える領地は皆無であっても、荒地となってそのままにされている廃領は数多くあります」
「アネット公爵領もお忘れなく。あそこにも立て直し中の荒地はあります。それに勇敢なアネット騎士団だって存在するのです。王都にだって近いから色々と便利でしょう? 苦難の民を受け入れるなら、恰好の土地ではありませんか?」
「それは懸命なやり方です」
姫のやる気にアリアは感心しつつも、こう話を続ける。
「ですが、まずは広い視点で物事を捉えましょう。姫のお膝元に限らず、ウィル全体を見渡した上で。いわゆる悪代官4人衆の支配する土地については‥‥ここだけの話ですが」
アリアは、それが政治的に微妙な話であることを前置きして続ける。
「将来的には王領アーメルのギーズ殿が騎兵の特殊部隊の長となり、王領南クィースのレーゾ殿がアドラ家の当主に、そして王領北クィースのラーべ殿は処刑される可能性が高いと考えます。そうなった場合、大領地の統治者の地位が何名も空きます」
「その土地に虜囚の民を住まわせるというわけですね」
「はい。レーゾ殿とはアドラ家当主として認め、ラーべ殿の犯した罪を北部諸領の援助という形で購う代わりに、屈指の大貴族として影響を残して良いという処で妥協可能かと」
「聞いた話では、アーメルと南北クィースの元領主の一族はまだ存命であると」
「はい。ですが元領主・元騎士の全てが生き残っている訳でも、そのまま復帰できる訳でもありません。元領主方や相応の人物を当てるにせよ、配下の騎士・与力の下級貴族を含めても、圧倒的に不足と言わずとも満足な人数はいないでしょう。場所と仕事先が必要であれば、そういう土地こそを当てるべきです。監査官と補佐官も有効と判断されたなら必要ですしね。例えば北ルーケイの民を取り戻したら、現住所のクイース貧村が空きます」
アリアの顔と地図を見比べ、姫は呟く。
「これは大変な仕事になりそうね」
●晩餐
その日の晩餐の席ではもっぱらグラン・バク(ea5229)が話し役となり、メイとウィルを冒険で往ったり来たりしているうちに溜め込んだ話を、近況報告としてマリーネ姫に聞かせた。
地のヒュージや月の高位竜の話など。それにしても、割と竜の話が多いなと自分でも思う。
「ルナーにも会いたかったんだが、敵わなかったな。こちらはどうにも消息不明─―意外と近くにいるかもしれないが、とは言わないが」
「言ってるじゃないか」
と、姫の親衛隊員カリーナが突っ込む。
「私もオスカーが生まれる時、ルナーの夢を見たことがあるけれど‥‥」
と、姫。
カリーナが言う。
「私はメイの報告書を読ませてもらったことがある。グラン殿はヒュージドラゴンの長、レインボードラゴンにも会ったのだったな?」
「そうだ。その時にルナーのことを尋ねたのだが、レインボードラゴンは何も知らなかった」
「確かに報告書にはそう書いてあった。だが本当なのか? ルナードラゴンについては不穏な話が以前から出ている。全ては聖山シーハリオンに血まみれの竜の羽が降るという、あの異変から始まっているのだ。もしもルナードラゴンに何か異変があったとして、聖竜の長であるレインボードラゴンがそのことをお知りにならないとはどういうわけなのだ?」
「いや待て、あの時の状況をよく思い出してみよう」
メイの報告書にはさらりと触れられていただけだったが、グランはあの時に何があったのかを自らの記憶から引っ張り出してみる。
「メイの国でレインボードラゴンと会った時、ルナーについて尋ねた俺に、レインボードラゴンはこう答えたのだ。『未だ知ることあたわず』と」
「未だ知ることあたわず──って、主語が抜けているぞ」
「そういえば、そうだな」
「考えてみればこの言葉は2通りの意味に取れる。レインボードラゴンが主語であれば、『レインボードラゴンはまだ何も知ることができない』という意味に。だがもしも主語がグランであれば、『おまえはまだ何も知ることができない』という意味だ」
「つまりレインボードラゴンは、『まだお前たち人間の知るべき時ではない』と言いたかったのではないのか?」
「もどかしい話だ。折角、レインボードラゴンに会いに行ったというのに」
「もう一度、会いに行ってみるか?」
「また適当にあしらわれて帰されるかもしれないが‥‥話は変わるが、オスカー殿は元気そうだな」
晩餐のテーブルに座るオスカーにグランは目を向ける。
「アレク殿の子が生まれたら、仲の良い遊び相手になるかもしれないな」
そう言って、グランは同席するアレクシアスをじ〜っと見つめる。
アレクシアスもじ〜っとグランを見返して‥‥。
「どうしたグラン? そんなに俺を見つめて? まさか‥‥」
「その、まさかだ」
ぷっと吹き出すアレクシアス。
「おい、グラン」
「今のは冗談だ。何もアレク伯に気があるわけじゃない。ただ、アレク伯に子供ができるなんて、少し前までは考えられないことだと思ったのさ。本当に色々なことが起きるな」
その光景を見ながらつぶやくシャルロット。
「アレク伯やグランさんの人となりであれば其れなりに理解しているつもりですが、彼の方はなんとも捉えにくい人ですね」
「彼の方とは?」
マリーネ姫が問う。
「ああその、つまり‥‥冒険者には色々なタイプがいるということですよ」
●シフール便
晩餐の途中だったが、シフール便の配達人が来た。
「急ぎのシフール便だよ!」
やって来たシフール便の配達人は、オラースを見て言う。
「おじさん、王都警邏隊で聞き込みやってた人でしょう? 手紙の差出人がよろしくって」
配達人の言う通り、王都警邏隊での権限を有するオラースは、王都で積極的に情報収集に励んでいた。警備隊には破魔弓デビルスレイヤーを無期限に貸与という形で与えておいた。
「手紙は2通だよ。おじさん宛と、マリーネ姫宛に」
いやな予感がした。
「おっと待て、まだ帰るな。手紙の中味を確認してからだ」
手紙の封を切り、中味を確かめる。オラース宛の手紙にはこう書いてあった。
『お勤めご苦労。その努力に報い、マラディアについてのとっておきの情報をお伝えしよう。詳しくは姫に届いたシフール便を読め。晩餐会の当日は私も客として訪れる』
〜ドーン伯爵家の真の当主より
「なんだと!?」
そして姫に宛てられた手紙には──。
『呪われし牝犬マリーネ・アネットに告ぐ。5月1日、おまえが住むラシェット領の館で血の晩餐会を催す。晩餐会のメインディッシュとして切り刻まれて食われるのは、マリーネ姫おまえだ!! 牝犬の仔オスカーともども、魔物の胃袋に収まるがいい。なお、おまえがラシェット領の館から逃げ出すことがあれば、代わりに近隣領の村人100人を血祭りにあげる』
〜マラディア・ペレンより
姫の顔から笑みが消えうせる。
「おいなんだこれは! 誰だこの手紙を送った野郎は!?」
シフール便の配達人を問い詰める。
「僕はただ、手紙をもってきた子供に頼まれて‥‥」
「また子供をダシに使ったか。悪いがちょっと身体検査させてもらうぜ」
「うわっ! 何するの! おじさんのスケベェ!」
半ば無理矢理の身体検査だったが、配達人はただのシフールだった。魔物が化けているわけではなかった。
「悪かったな。しかし血の晩餐会とは悪趣味だぜ。‥‥って、この日付は明日じゃねぇか!!」
●カオス襲来
手紙に予告された日の夜がやって来た。
緊張した雰囲気の中、時間は刻一刻と過ぎてゆく。
グランは自らの『石の中の蝶』に何度も目をやる。しかしどういうわけか、宝石の中の蝶はぴくとりも羽ばたかない。
「このまま朝まで何もなし、ということはないだろうな」
午前1時を回ろうという頃。
「これは!!」
宝石の中の蝶が猛烈な勢いで羽ばたき始めた。
「魔物はすぐそばだ。いつの間に!?」
耳を澄ませれば、空からシューッというあの独特の物音。
「グライダーかっ!」
窓辺に駆け寄って窓を開け、夜空を見上げる。
グランの目は黒塗りのグライダーを捉えた。
「弓矢はないが‥‥!」
グランはテンペストのソニック・レミエラを発動。
魔剣テンペストから放たれた衝撃波がグライダーを撃つ。
グライダーは安定を失い、墜落した。
グランは窓から飛び出し、墜落地点に駆け寄る。
そこにマラディアがいた。
グライダーのパイロットともども、墜落して地面に投げ出されていたが、よろよろと起き上がったところにグランはタックルをかけて押し倒す。
「さて、話を聞こうか。できれば貴殿の本当の本当の腹のうち、見せてもらえると助かるが‥‥」
一瞬、怯えた目をグランに向けるマラディア。その表情がたちまた豹変する。両眼に憎悪をたぎらせ、きっとグランをにらみつける。それはマラディアの内に潜む、人ならざる者の本性をさらけ出した顔。
「ふふふふふ‥‥おまえが頼むから見せてやったぞ。これが真の私だ」
マラディアが笑う。やがてそれは強烈な哄笑にとってかわる。
「アハハハハハハハ!! グライダーがお前の落したこの一機だけだと思ったか!?」
「何!?」
館に目をやるグラン。それとほとんど同時に突然、館から火の手が上がった。
周囲に目をやれば、いつの間にかそこに現れたのか。辺りは魔物だらけ。じりじりとグランに近づいてくる。
●戦闘
「姫! 傍から離れずに!」
アレクシアスが叫ぶ。だがその時にはもう、充満する煙が部屋の中に満ち満ちている。
「オスカー! オスカーは!?」
姫が叫ぶ。
「オスカー様はここに!」
「命に代えても我らが守ります!」
2人の親衛隊員の声が返ってきた。頼もしい限りだ。
「煙を吸わぬよう身を低く!」
姫に叫ぶと、アレクシアスは同伴の火霊アータルに命じる。
「ルヴィ! 魔法で火勢を弱めるんだ!」
「うん!」
燃え盛っていた炎の火勢が弱まる。だが再び、別の場所から火の手が上がる。
「ぐわははははは!!」
下卑た笑い声と共に、魔物が姿を現した。人間サイズのカオスの魔物『炎を放つ者』、かつて王都の王城の開かずの間に出現した魔物と同じタイプだ。
同時に翼ある小鬼どもがどっと押し寄せる。
「燃やせ! 燃やせ! 燃やせ!」
「させるかよ!」
飛び出したオラースの目の前に現れたのは、覆面を被った男。
「久しぶりだな」
「またてめえか!」
ドーン伯爵家の真の当主。その姿が煙の中に紛れる。
「どこだ!?」
引き抜いた剣の先に違和感。見れば剣の先に、あの怪人の手の平が刺さっている。
「なんの真似だ?」
「その得物、見事な切れ味だな。ちょっと触れただけでこんなに切れてしまった」
「真面目に戦えってんだ!」
逃しはしない。敵の急所に剣を叩き込むオラース。剣は見事、相手の心臓を貫いた。
なのに、相手はせせら笑っている。
「見事な腕前だ。もはや並の剣士を超越しているぞ。だがその剣で、もはや私は倒せぬぞ」
「エボリューションの魔法か!」
魔物の使役する魔法だ。ひとたび武器で傷つけば、もはやその武器で攻撃しても傷つくことはない。
「ギャアアアアアアッ!!」
とどろく悲鳴。アレクシアスがその剣で、『火を放つ者』を切り殺したのだ。残るインプどもはオラースがばったばったと切り捨てる。
「見事な腕前だな。その腕前でザコしか相手に出来ぬとは、実に惜しい」
「おまえだけ高見の見物のつもりかよ!?」
「マラディアの約束したメインディッシュを楽しめなかったのは残念だが、私は十分に楽しんだ。今宵の宴はお開きだ」
怪人の姿が窓から消える。
「待ちやがれ!」
後を追うオラース。外ではグランが魔物相手に奮闘中。だが大勢の魔物を相手にしながら、戦いは一方的にグラン有利で進んでいる。魔物どもの多くは斬り倒され、残る魔物は戦意を失って逃げるばかり。
「ザコはどれだけ群れをなしてもザコということだ」
その時、彼らは見た。夜空から近づいてくる4機のグライダーを。
魔物どもが鳥に化けてグライダーに群がる。同時に突然、発生した霧が冒険者達を包む。冒険者達は視力を失い、ようやく霧の中から脱した時には、グライダーは飛び去った後だった。
「待て!」
逃げ遅れた魔物をオラースが捕まえた。見たところそいつは、ジ・アースでグレムリンと呼ばれる魔物。
「見逃してくれ! 命だけは助けてくれ!」
「なら聞かせろ。ずいぶんと手のこんだ襲撃計画を立ててくれたもんだな」
「全てはあのお方の命令なんだ! あのお方は魔物どもを小動物に化けさせて、グライダーに乗せて強襲した。小さな生き物に化けりゃ、いくらだってグライダーに乗せられるからな。さあ話したぞ、俺を自由にしろ」
「自由にしてやるぜ、魔物としてこの世で生きるつらさからな!」
「ぎゃああああっ!!」
オラースの剣が魔物を切り裂き、魔物は絶命した。
●戦利品
闇夜を逃走する4機のグライダー。その後をシャルロットがグライダーで追う。
「行かせるか‥‥!」
グライダーの速力を早め、敵機の1機に追いついた。
逃げる敵機。シャルロットは巧みに機体の方向を転じ、敵機に急接近してソニックブームを放つ。手ごたえあり。敵機の翼が損傷し、降下していく。
「もう一度!」
再び敵機への接近を試みる。
だがもう1機、さらにもう1機がシャルロットのグライダーを挟み撃ちする形で迫ってきた。
「1対4とは、やりにくい」
その時、敵機から飛び出してきた何かがシャルロットの機にくっつき、シャルロットの体によじのぼってきた。
「何!?」
翼の生えた小鬼だ。
小鬼の牙がシャルロットの手首にかみつく。
もう1匹が虫に変身し、シャルロットの口の中から体内に侵入しようとする。
無我夢中で虫を吐き出すシャルロット。だが操縦妨害のお陰で、空中戦に集中しずらい。
「せめて1機だけでも!」
邪魔する魔物を振り落とすと、ダメージくらった1機に狙いを集中。シャルロットは再びソニックブームを放つ。今度はかなりの手ごたえあり。敵機はぐんぐん高度を下げて森の中へと突っ込み、残る3機は別方向に飛び去っていった。
「どこだ!? ‥‥あそこか!」
シャルロットは森の中へ慎重にグライダーを着陸させようとしたが、どうしても木の枝に機体がひっかかる。敵機もさかさまに木の枝にぶら下がっていたが、既に操縦席はもぬけの殻。
「今回はこの戦利品を得ただけで、良しとするか」
闇夜の中、しきりに目をこらして見つめてみると、やはりウィルで作られたものとは違うようだ。いずれこのグライダーは王都に運ばれ、徹底的に調査されることだろう。