フェイクシティ1〜掃き溜めのヒロイン
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月03日〜02月08日
リプレイ公開日:2008年02月11日
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●オープニング
フオロ分国のラント領と言えば、高潔にして聡明なるレーガー・ラント卿が切り開いた新興地。元々は不毛に近い土地だったが、ラント卿の根気強い土地開拓が実を結び、この地はフオロ分国でも有数の豊かな土地に生まれ変わった。
だが、先のウィル国王にして希代の悪王エーガン・フオロの悪政に異を唱えたことが災いし、ラント卿は王の怒りを買ってその身分を剥奪され、領地を没収された。
代わりにエーガン王によって土地の代官に任ぜられたのが、グーレング・ドルゴという男である。強突張りだとか実はロリコンだとかとかく評判が悪い男だが、領地経営にかけては才覚があり、ラント領は豊かな領地であり続けた。
そして精霊歴1041年1月現在もなお、グーレングは王領ラントの代官の位置にある。代官の仕事は多忙だが、所用で王都を訪れた時には馴染みの店でくつろいだりする。
その日もグーレング卿は行きつけの高級レストラン、『シェリーキャンの恵み』で一杯やっていた。テーブルの真向かいにはグーレングが招いた客がいる。冒険者ギルドで連絡係を務める地球人、知多真人だ。グーレングは真人に酒と料理を勧めつつ、アトランティスより遙かに文明の進んだ地球の話をさせていた。
「地球の戦闘訓練はすごいですよ。訓練のために町一つ作って、そこでドンパチやるんですから」
真人が何気なく口に出した話題は、グーレングの興味を惹きつけた。
「その町について、詳しく話してもらえるかね?」
「ええと‥‥正確には都市型戦闘訓練施設って言います。そこには本物そっくりの町並みがあって、射撃の標的になる敵の人形と、撃ってはいけない一般人の人形とが置かれているんです。まあ、町自体はハリボテみたいな模造品ですけど、訓練を受ける側にとっては本物の町で戦闘する時の感覚がはっきりつかめて、群衆の中にいる敵や人質を取った敵を倒す訓練にとても役立つんです」
「それだ!」
グーレングの頭に考えが閃いた。
「どうしたんですか?」
「悪いがここから先は国家の機密事項だ。場所を変えて話そう」
店を出て向かった先は冒険者ギルド。その一室でグーレングは1枚の地図を真人に示した。
王都の東に広がる土地の地図だ。
「ああ、ここは悪代官フレーデンの‥‥うわっ!」
言いかけて、真人は慌てて口をつぐむ。
しかしグーレングはとっくに察していた。
「この土地に居座る悪代官フレーデンの討伐は近い。そのために冒険者が動き始めている。そういうことだな?」
「あ、あの‥‥僕からは何も聞かなかったことに‥‥」
「そういうことにしておこう。何、心配はいらん。私は冒険者の味方だ。フレーデンに秘密を漏らすような真似は決してしない」
そしてグーレングは話を進める。
「実は悪代官フレーデンの土地に、かねてより私が目をつけていた場所がある」
そう言うと、グーレングは地図の一ヶ所に×印を付けた。
「ここに君の言う訓練のための町を造るのだ。資力豊かな王領代官の私だからこそ出来る救国の事業だ。エーロン陛下には機会を見て上奏申し上げる」
グーレングが真人に語り聞かせた話をまとめると、次のようになる。
新ウィル国王ジーザム・トルクの即位以来、ウィルは全体として良い方向に向かっているが、過去7年に渡る悪王エーガンの暴政がもたらした傷は深い。とりわけ深刻なのが、多くの貴族や騎士が身分を失い領地から追放されたことで、その子弟に対する教育の機会が失われたことだ。
悪王によって据えられた悪代官達による領民の搾取も深刻で、離散に追い込まれた村は数知れず。村を捨て流民となった者の中には、職人として村を支えてきた職能者も少なくない。
目下、フオロ分国王エーロンは懸命にフオロ分国の立て直しを進めているが、それには7年に及ぶ悪政のツケを支払わねばならない。元貴族と元騎士を復権にあたっては、その子弟に領主としての教育の機会を与え、村の復興にあたっては、手に職ある者を育て上げねばならないのだ。
加えて日々強まりゆくカオス勢力の脅威もある。カオスは手段を選ばぬ敵、民を巻き添えにしたり人質を盾にしたりという卑劣な戦いを平然と行う。とりわけ懸念されるのが、カオス勢力が王都で大きな戦乱を起こすことだ。これまでにも小規模ながら、カオス絡みの忌まわしい事件が何度も引き起こされている。さらなるカオスの伸長を阻むためにも、カオスとの戦いを想定した訓練の場が必要なのだ。
「そこで、この町の出番だ。最初はハリボテでもいいから、王都を模した町をこの土地に造るのだ。この町は元領主の子弟達の教育の場であり、職人を育て上げる場でもあり、かつカオス勢力に対する戦闘訓練の場ともなる」
「はぁ、話は分かりましたが‥‥」
「では、冒険者達に最初の仕事を与えよう。シェーリン・ラシェットという娘を探し出し、私の元へ連れて来るのだ。彼女はこの土地の元領主の娘。今は平民として暮らしているはずだが、本来なら領地の相続権を有する者の1人。話は通しておくべきだろう」
●ナンパ男ルキナス再び
で、その翌日。
「話は聞いたぜ。シェーリンを探してるんだってな?」
「ル、ルキナスさん! いつの間に!?」
真人の前にいきなり現れたその男は、ルキナス・ブリュンデッド。築城軍師かつ地図絵師かつナンパ男として、冒険者の間に名を馳せた人物。過去には妙齢の女性達を追いかけ回す一方で、『王都ウィルの門』たる重要拠点ウィンターフォルセの防衛に携わっていたりもした。今も彼はウィンターフォルセ領主の下で仕事をしている‥‥はずなのだが。
「こういう事にかけて俺は耳ざといんだ。で、シェーリンだけど。彼女なら王都の場末の酒場にいるぜ。平民に格下げされて以来、悪代官のフレーデンに何度も結婚を迫られていたんだが、それが嫌で王都に逃げ出して、今じゃ酒場の歌姫ってわけ。『あんな悪代官の元に嫁ぐくらいなら、場末の酒場で朽ち果てた方がましよ!』とか本人は言ってるんだが、これがまた場末の酒場にはもったいない程の美人なんだよな」
「ルキナスさん、詳しいですね」
「そりゃ、去年の暮れから例の酒場に通い詰めていりゃ、この程度のことは分かってくるって」
「は? 通い詰め? ルキナスさん、予め断っておきますけど‥‥」
「勘違いすんな! これはナンパじゃなくて人助けだ。だから俺にも一枚かませろ。彼女を口説き落としてグーレング卿の所へ連れて行くなら、是非とも場数を踏んだこの俺に‥‥」
「そんなこと言ったってルキナスさん、過去のナンパじゃことごとくフラてるって言うじゃありませんか?」
「だからこれはナンパじゃなくって人助けだって言ってるじゃないか!」
そういう訳で、場末の酒場への案内はルキナスが引き受けることになったが、そこから先の展開はどうなることやら。
●フオロ分国東部の略図
∴∴∴∴∴∴川∴∴∴∴森森┏━━━┓↑北
∴∴∴┏━┓|┏━━┓森森┃∴∴∴┃
森森森┃01┃|┃02∴┃森森┃∴03∴┃
■王都┗━┛|┃∴∴┃森森┃∴∴∴┃
□□04∴∴∴|×━━┛森森┗━━━┛
==================大河 →ショアへ
←ウィンターフォルセへ
01:アネット男爵領
02:王領ラシェット(悪代官フレーデンの支配地)
03:ドーン伯爵領
04:王都南部諸領(ワザン男爵領、シェレン男爵領、王領バクル、ホープ村)
×:『訓練の町(仮称)』の建設予定地
●リプレイ本文
●ナンパ男再び
で、今日は依頼の初日。
「ルキナスさん、ずいぶんウキウキしていますね?」
「そりゃ、久々の依頼だからな。どんな女の子‥‥いや、どんな冒険者がやって来るか楽しみじゃないか」
なんて話をしながらルキナスと知多真人が冒険者ギルドで待っていると‥‥。やって来た、ちっちゃくて可愛い女の子が。
「げげっ! プリンセス!」
いきなり顔色を変えるルキナス。そりゃそうだ、目の前に現れたのはルキナスの主人、ウィンターフォルセ領主のレン・ウィンドフェザー(ea4509)だからして。
「るーちゃんにもこまったものなのー。しごとほーりだしてナンパだなんて、いーこんじょーしてるのー」
「プリンセス、それは誤解だ! これはナンパじゃなくて人助けなんだ!」
おや? また一人、やって来た。
「あれがルキナスお兄ちゃんにゃ? ナンパ失敗率100%のー」
興味津々で見つめるチカ・ニシムラ(ea1128)に、気がつけばルキナスは声をかけていた。
「そうさ、俺がそのルキナスお兄ちゃんだよ。君とは初対面だね。もしかして依頼に出るのも初めてかな?」
「うにゃ? これでも色々、お仕事してきたにゃ」
「よかったら、これまでのお仕事のことを話してくれるかい?」
とか言いつつ、さり気なくチカの肩に手を回すルキナス。すると背後から声が。
「ルキナスが女の尻を追いかけるのに何故、とは愚問じゃが。ゆかりという嫁がありながら他の女にラブコールを送っておるのは如何なものか」
‥‥ギクッ! 恐る恐るルキナスが振り向くと、いつの間にか後ろにヴェガ・キュアノス(ea7463)が立っていた。そのお隣にはシフールのギルス・シャハウ(ea5876)がふわふわ浮かんでいる。
「ルキナスさん、相変わらずですね〜」
「ふむ。これはビシリとシメておいた方が良いかのぅ?」
ギルスとヴェガとで含み笑い。すると、助け舟を出してくれた者がいた。時雨蒼威(eb4097)である。
「まあ、待て。彼もやましい気持ちがあるわけではあるまい。彼の優しさ故の事、むしろこの依頼を遂行するに当たって渡りに船、皆の助けになりたいと助太刀をしてくれたのだよ」
そういうことにしておくか。
●シェーリンの全て
「冗談はさておき。依頼の目的はシェーリンに事情の説明をし、グーレング卿と引き合わせることじゃの。まずは本人に会う前に、ルキナスからシェーリンについて詳しく聞かせてもらおうかの? 経歴やら何やらも詳しいのじゃろ?」
と、ヴェガが求める。そしてセオドラフ・ラングルス(eb4139)も。
「シェーリンの人物像を知る事は交渉の成否に関わることですので。プライドが高いなら、利益をちらつかせるのは逆効果ですし。争いを好まないなら、フレーデン討伐に勘付けば拒む可能性もあります。逆にフレーデンを殺したいほど憎んでいるなら話は簡単なのですが」
さらに蒼威がもう一押し。
「さあ親愛なる友よ。シェーリンに話を持ち出すにあたって必要な情報を、彼女の性格から好みのタイプまで細かく教えてくれたまえ」
ルキナスの目がキラリと輝いた──ように見えた。
「では諸君、聞かせてやろう。俺が酒場に通い詰めて知ったシェーリンの全てをだ」
その話を要約すると、次のようになる。
シェーリンは旧ラシェット子爵家の長女。父の名はヴォルダー、母の名はアイオリーン。兄弟は幼い弟のモルデーンに、幼い妹のフェルシーナ。
シェーリンの誕生日は4月8日、満年齢は17歳。好きな色は赤とピンク、好きな花は赤い薔薇、好きな食べ物は肉料理、好きな飲み物はハチミツたっぷりのワイン、好きな動物は犬と猫、嫌いなものは悪代官とゲロ吐き酔っ払い、性格は情熱的で負けず嫌いの猪突猛進タイプ。得意技は必殺・平手打ちに必殺・張り倒し。
「で、好みのタイプはズバリ、俺みたいなタイプらしいぞ」
さも自信たっぷりにルキナスが言った途端、水を打ったような沈黙がその場を支配した。
「おい、どうしてみんな黙り込むんだ?」
いいから先を続けろと促され、ルキナスは話を続ける。
シェーリンが生まれたラシェット家は過日、羽振りをきかせた子爵家だった。ところが隣領であるアネット男爵家とは昔から犬猿の仲。長年に渡る諍いの末、アネット家の肩を持つ先王エーガンの不興を買い、貴族の身分を取り上げられ領地を没収されてしまった。
で、後釜としてラシェット領の支配者となったのが悪代官フレーデン。フレーデンはシェーリンに懸想し、ろくでもない贈り物を山のように寄越すわ、事あるごとにしつこくいやらしく言い寄るわで、散々にシェーリンから嫌われた。しかし貴族から平民に格下げされて以来、シェーリンの父は代書人の仕事に追いまくられ、母は復権を求めて嘆願状を書いてばかりの毎日で、苦境にあるシェーリンはほったらかし。
そんな生活に嫌気がさしてシェーリンは家を飛び出し、今では場末の酒場の歌姫として生きる有り様というわけで。
「ふむ‥‥そんな女性をフレーデンにしろグーレングにしろ渡すわけにはいかんなあ、友よ」
と、蒼威がポンとルキナスの肩を叩く。
「そう思うだろう! だからみんなでシェーリンを助けに行こう!」
我が意を得たりでルキナスが外へ向かおうとすると、麻津名ゆかり(eb3770)の声がルキナスの頭の中に響いた。
(「だけど、秘密裏に準備が進んでいるフレーデン討伐について、うっかり誰かに漏らしたらいけませんからね」)
テレパシーの魔法である。
「うわっ! ゆかり!」
びっくりしてルキナスが周囲を見回すと、当のゆかりはルキナスの横で罪の無い笑顔を浮かべている。
「いきなり頭の中で喋るから、びっくりするじゃないか!」
実は真人も、テレパシーでゆかりに話しかけられていたりして。彼はぼそっとつぶやいた。
「でもグーレングさんは案外、いい人かもしれません」
「実はそのグーレングのことで相談があるんだが」
話を持ちかけたのはオラース・カノーヴァ(ea3486)。
「シェーリンのためになることだったら、何だって相談に乗るぜ」
と、最初は応じたルキナスだったが、オラースから相談の内容を聞かされた途端に考え込む。
「果たしてうまくいくかな?」
「だけど依頼人の誠意をシェーリンに示すには、これしかないぜ」
ルキナスはしばし考え、そして決断した。
「ダメモトで、やるだけはやってみよう」
●場末の酒場の歌姫
ここは王都の町はずれ。場末の酒場の真ん前に冒険者達はやって来た。
ギルスの連れて来た犬達は外で待たせ、皆で店の中に入ると崩れた感じの主人がニヤニヤ笑いながら出迎えた。
「お客さん達、新顔ばっかりじゃねぇか。やっぱりシェーリンがお目当てかい? おやおや、こんなガキんちょまで」
と、主人はフードを深く被ったレンを見て言う。
「子どもはダメか?」
「構わんが、ガキに酒は飲ませんからな」
店にはセオドラフが先に来ていた。薄汚い身なりで正体を隠している。
そして酒場のステージには、踊り子のような姿で熱唱する歌姫がいた。
「あのお姉ちゃんがシェーリンお姉ちゃんかにゃー? うに、確かに綺麗な人だにゃー」
その姿にチカは見とれる。歌は下手っぽいけど歌う仕草は派手で、歌声には妙に迫力がある。
♪腐りきった世の中は腐りきった奴等だらけ
見下され蔑まれて泥の中をはいずりまわり
砂と泥とを吐き続けて心はズタボロ
だけどくたばってたまるかこんな掃き溜めで
仕返しの日を指折り数えて元気取り戻せ
人間のクズども首を洗って待っていろ♪
1曲、歌い終わるとシェーリンは客のテーブルへ。
「さあ飲んで飲んで飲んで〜っ!」
酒を勧められたのは馴染みの客。飲むうちにすっかり酔い潰れると、シェーリンがさっとテーブルの皿に伸び、食いかけの料理を口に放り込み、懐にも忍び込ませ、さらにスカートの下にもこっそりと。
「客を酔い潰しては食べ物をかすめ取る。店ではずっとその繰り返しです。よほど食べ物に困っていると見えますな」
と、皆に解説するのはセオドラフ。
すると、シェーリンが皆に笑顔を向けた。
「あら? 新しいお客さん達ね。あたしの歌を聞きにきてくれたの?」
輝くばかりの営業スマイル。
「私の見たところ、実にしぶとい性格をしていますな」
と、小声で伝えるセオドラフ。
「にゅ、初めましてだにゃ♪ あたしは魔法少女のチカ・ニシムラにゃ〜♪」
さっそくチカが話しかけ、シェーリンに抱きついた。抱きつき加減を確認すると、シェーリンの体は意外と引き締まった筋肉質。
あれ? 今度はルキナスが抱きついた。シェーリンとチカの体を両脇から抱え込み。
「初めての出会いを祝して、俺から何か奢ろうか?」
シフールのギルスが、上からルキナスの頭をつんつん。
「ルキナスさん、余り悪戯が酷いと魔法で固めて外に放置しますよ〜」
「やめてくれそんな殺生な」
シェーリンがルキナスに声をかける。
「あらルキナス、あなたの新しい彼女?」
「いや、彼女はカノジョというより、俺にとっては新しい妹みたいなもので‥‥」
すると蒼威がルキナスを押しのけ、優雅にシェーリンの手を取った。
「お初にお目にかかります‥‥貴方に結婚を申し込みに来ました」
ルキナスが慌てる。
「おいそんな話は全然聞いてないぞ!」
蒼威にとっては軽いジョークのつもり。シェーリンも落ち着き払ったもので、水で薄めた安酒をぐっと飲み干して一言。
「あら、そうだったの」
「随分と馴れておいでですね」
「酔っぱらった挙げ句に結婚の申し込み、場末の酒場じゃ珍しくもないわ。でも、貴方はまだ素面みたいね」
「その話はひとまず置くとして‥‥実は王領代官グーレング・ドルゴ殿から言伝を給わっています。一度、貴方と話をしたいと」
言った途端、シェーリンの顔つきが変わった。
「あなたは悪代官の手先!?」
「違うよシェーリン、俺達は君の力になりたいと‥‥」
バシィ!! 顔を寄せたルキナスにシェーリンの平手打ち。
「いい気にならないでよこのナンパ男!」
「シェーリンさん、ご安心を。このヒトのナンパ癖はあたしの全てで食い止めますから‥‥!」
いつの間にか、ゆかりがルキナスに寄り添い、彼の片腕を柔らかく抱きすくめている。
「あなた、このナンパ男の何様のつもり?」
「あ、ルキナスはゆかり嬢の『婚約者』でね。代官殿から依頼が出された時、たまたま彼に君の事を聞き、紹介してもらおうと」
と、蒼威が代わりに答える。その背後では、ゆかりに捕まったルキナスがじたばたやっているけれど、蒼威にとってはもはや用済み。
「ふ‥‥愛は奪い合う物だよ」
回りに聞こえぬよう小さく呟くと、蒼威は再びシェーリンに向き直り、一通り事情を説明した後で訊ねる。
「一度、代官と話をしてみては? 色々と噂のある男です、何かを企てる可能性はありますが‥‥その時は俺が必ず貴方の助けとなりましょう」
チカも横からシェーリンに寄り添いつつ。
「にふふ〜♪ とりあえずシェーリンお姉ちゃん、嫌な思い出も多いかもしれないけど故郷を復活させるためということで戻ってみないにゃ?」
「‥‥‥‥」
シェーリンは疑わしそうな目で2人を見続けている。
ややあって、ゆかりだけが1人で戻って来た。
「ルキナスは?」
「外で犬の番をさせています」
そして、ゆかりはシェーリンに話しかける。
「男性の求婚を断る理由として、新しい町作りの事業協力に忙しいとかいかがでしょう」
「だけど町作りが終わったら? フレーデンの求婚を断れなくなるじゃない?」
すると、ギルスが横からシェーリンに質問を向ける。
「ラシェット領の旧領民の現状を知っていますか?」
「色々と聞いているわ。フレーデンって本当に酷いヤツ!」
「その苦難を何とかしてあげたいとは思いませんか?」
「何とか出来るなら、とっくに何とかしてるわよ!」
「お家を再興したい気持ちがありますか?」
「あたしにそれが出来るのなら‥‥」
質問で得た感触は上々。一連の質問が終わると、ヴェガが一押し。
「詳しい説明はグーレング卿が直々にして下さるが、賛同するにしろせぬにしろ、お会いいただければと思うのじゃ。面会の場にはわしらも立会い、フォローをいたすゆえ」
「‥‥分かったわ。会うだけは会ってみるから」
「いいへんじがもらえて、よかったのー」
横から響いた少女の声にシェーリンが目を向ければ、そこにはレン。
「この子は誰?」
「ウィンターフォルセ領主のプリンセス・レン。君とは初対面だ」
なぜかルキナスがシェーリンの横に現れて言う。
「え!? この子が!?」
突然、酒場に怒声が響く。
「シェーリンはここかっ!?」
●高利貸し乱入
いきなり乱入して来たのはガラの悪い男達。
「ヤバっ! 高利貸しだわ!」
シェーリンは身を隠しそうとしたが、もはや手遅れ。男の一人がシェーリンを威圧する。
「てめえの借金、利子が膨れに膨らんで、今じゃきっかり100Gだぁ! さあ今すぐ返せぇ! 返せねぇならてめえを娼館に売り飛ばしてやらぁ!」
「金ならあるわよ!」
シェーリンは蒼威を指さしてきっぱり言い放つ。
「あたしはこの方と婚約したの! 借金はこの人からの結納金で返すわ!」
思わずシェーリンを見つめる蒼威。
「君はこんな連中から金を借りたのか?」
「場末の酒場じゃよくあることよ。お金はあるんでしょ、早くこいつらに払って! あたしが娼館に売り飛ばされてキズモノにされてもいいの!?」
成り行きとは恐ろしい。シェーリンは蒼威の耳に囁く。
「100Gは必ず返すわ。でも払いは分割でお願いね」
●王領代官登場
蒼威が自腹切って100G払い、高利貸しの男達がニコニコ顔で店から去ると、入れ違いに王領代官グーレングその人が姿を現した。
「話はまとまったようだな」
「えっ!? まさか‥‥」
目を丸くするシェーリンにチカが言う。
「あれがグーレングお兄‥‥って、年齢じゃないにゃ。グーレングさんにゃー‥‥?」
グーレングがわざわざ店にやって来たのは、オラースの計らいによる。自分から会いに行く方かシェーリンの受けが良いからと、ルキナスと2人で頼み込むと、グーレングはあっさり承諾したのだ。
「外に馬車を待たせてある。すぐにでも我が館に出発するが」
「あの、少しお待ちを‥‥」
シェーリンはどぎまぎし、ゆかりを連れて奧へ引っ込むと、ゆかりの手できっちり整えられた身だしなみで戻って来た。
場末の酒場よ、さらば。
代官の館に向かう馬車の中で、シェーリンはゆかりと話し続けていた。
「ずっと昔、晩餐会に招かれた時に、まだ子どもだった頃のルキナスと会ったことがあるわ。あの頃もルキナスはあんな感じで、いつも回りから怒られてばかり」
ゆかりも自分の思い出話をしながら、自分の夢を語る。
「いつかムーンロードのスクロールを多数作り、皆と月道発見に尽力するのが夢です」
「その夢、叶うといいわね」
シェーリンはどこか遠くを見るような表情で呟いた。