ハンの疫病1〜災厄の予兆
|
■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月05日〜07月10日
リプレイ公開日:2008年07月14日
|
●オープニング
●エーザンの所領
ウィルの国の北部、ハンの国と国境を接する場所に、エーザン・ヒライオンの領地はある。そこはウィルの国を構成する6分国の1つ、フオロ分国の領土内。北部領主たちの領地のど真ん中だ。
エーザンはフオロ分国王エーロンの庶子である。先王エーガンの治世下で、極端に悪化した北部領主達との関係を修復すべく、エーロン王はその信頼するエーザンを、北部領主達を束ねる要(かなめ)としてこの地に封じたのだ。
「今年の実りは期待できそうだ」
今日も馬に乗り、領地を視察するエーザン。かつては飢饉に苦しんだこの地も、今では畑に小麦がすくすくと育っている。
振り返って遠方に目をやれば、小高い丘の上に建てられた館が見える。そもそもこの館は、冒険者達の協力があって建てられたものだ。
「早いものだな。あれからもう1年と3ヶ月か」
かつて自分と関わった冒険者達、その1人1人の顔を思い出すと、懐かしさがこみ上げてくる。
「彼らは今、どうしていることだろう」
彼ら冒険者と最後に会ってから、既に1年3ヶ月もの月日が流れていた。
当時、北部領主達が割拠するフオロ分国北部は、困難な問題を数多く抱えた地域だった。
飢饉、隣国ハンから流入する難民、そして先王エーガンと領主達の確執。一時は領主達の謀叛さえ噂され、疲弊しきった当時のフオロ分国は、北部領主達によって喉元に剣を突きつけられたも同然だった。
この事態を打開するため、先王の長子であり現在のフオロ分国王であるエーロンは、その庶子であるエーザンを北部に置き、統治すべき領地と民とを与えたのである。
エーザンの領地経営が始まったばかりの頃には、少なからぬ数の冒険者が彼に協力し、その領地は順調に発展する兆しを見せていた。
それがちょうど、精霊歴1040年の新年明けから春にかけての話である。
だがその年の夏になって、とんでもない事件が発生した。
今だから明かせることだが、当時の冒険者ギルド内では一連のゴタゴタがあり、そのとばっちりでフオロ分国北部への冒険者の派遣が中止されてしまったのだ。
もっとも冒険者に代わり、ルーベン・セクテ公やロッド・グロウリング伯といった王国の重鎮が北部にテコ入れしてくれたお陰で、エーザンの領地は当時の困難を乗り越えて今に至る。
かつてウィルの国を悩ませた、隣国ハンからの難民流入も、今では沈静化している。
ここのところ事件らしい事件といえば、北部のとある村に正体不明のフロートシップが墜落した事件くらい。村の家畜小屋に被害が出たが、被害の補償はトルク王家によって為され、セクテ公も現地を訪れて村人達を慰問した。お陰で事件は、北部にさしたる悪影響を及ぼしていない。
「久しぶりにあの村を訪れてみるか」
フロートシップの墜落した村は、エーザンの領地の隣領にある。隣領の領主とは仲がいいから、訪問ついでに足を伸ばすのもいい。
領内の視察を続けていると、馬に乗ってこちらに駆けてくる一隊がある。あれはエーザン配下の兵士達ではないか。
「どうした、何か事件でも起きたか?」
「殿下! ハンとの国境に急行願います! ことによったら、とんでもない事件になるかもしれません!」
●恐るべき疫病
このところ平和だったウィルとハンとの国境。そのウィル側に立てられた小さな砦に、十数名の傭兵達が押しかけていた。
「彼らはハンのウス分国で貴族に雇われ、戦い続けていた傭兵達です。つい先ほど国境を越え、ウィルの国に保護を求めて来ました」
「武装は解除したのか?」
「はい。国境を越えさせる際、全ての武器を手放させ、我々が回収しました」
国境警備隊の隊長がエーザンに報告する。
「彼らから直接、話を聞いてみたい」
「お言葉ですが、それには賛成しかねます」
「何故だ?」
「彼らが言うには、ウス分国内で恐るべき疫病が蔓延しているというのです」
「疫病だと!?」
エーザンはハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。疫病の蔓延が本当なら、それが国境を越えてウィルの国にまで広がることも有り得るのだ。
「その疫病とはどのような疫病なのだ?」
「傭兵達が言うには、疫病は突然の腹痛に始まり、数日間を苦しみ抜いた後、全身の至る所から血を吹き出して死に至るのです」
「本当かそれは!」
我知らず、エーザンは大声を出していた。
「殿下。疫病が伝染する危険がある以上、傭兵達との接触は極力、避けるべきと思われます」
突然、砦に押し掛けた傭兵達が騒ぎ始めた。
「疫病だっ! 疫病だぁ!!」
見れば傭兵の1人が地に倒れ、腹を押さえて苦しんでいる。他の傭兵達は苦しむ傭兵を恐れ、そのそばから遠ざかって口々に叫ぶ。
「こいつをどっかにやっちまえ! こいつに疫病を移されたくねぇ!!」
傭兵達のあの恐れようからして、エーザンには疫病の話が本当であるように思えてきた。
「大至急、エーロン陛下に連絡を! 傭兵達は砦の中に閉じこめ、1歩たりとも外へは出すな!」
●エーロン王動く
ここはトルク城。エーザンからの報告書は今、ウィル国王ジーザムの手の中にある。
「何たることだ‥‥」
報告書を一読したジーザムは、傍らに控えるセクテ公とロッド伯に報告書を回す。2人の表情もジーザムと同様、険しいものになった。
「報告書の話が真実ならば、ウィルの国を揺るがす災厄をもたらしかねません」
と、セクテ公。
「それが真実か否かはさておき、まずは早急にして徹底的な現地調査を行うことが急務」
と、ロッド伯も意見を述べる。
次いでジーザムは、報告書を携えて登城したエーロン分国王に求める。
「フオロ分国ではエーロン治療院が疫病の防止に取り組んでいたな。是非ともその力を借りたい」
エーロン王に異存は無い。
「我もフオロ分国とエーロン治療院の総力をもって、疫病の蔓延を阻止する覚悟」
「その任務の指揮を任せるに足る人物はおるか?」
「エーロン治療院副院長のランゲルハンセル・シミター医師が適任と存じます。このエーロンもシミター医師と共に、現地に向かいましょう」
エーロン王はエーロン治療院の院長も務めている。天界人を通じて吸収した医療知識には、相当なものがある。
冒険者ギルド所属の冒険者に対しても、その日のうちに募集がかけられた。冒険者の仕事はフオロ分国北部での調査、およびエーロン院長とシミター副院長のサポートだ。
ただし砦に収容されている傭兵との直接的な接触は、エーロン王によって禁止されている。疫病の正体や感染経路が不明である以上、それは致し方ない。
●魔物
エーザンは国境付近の見回りを重点的に行うようになった。
その日も見回りを続けていると、警備兵達が騒がしい。
「どうした、また傭兵が逃げてきたか?」
「いいえ、今度は魔物です」
「魔物だと!?」
「はい。動き回る死体を目撃した者がいます。国境の向こう側から現れたと思われます」
いやな展開になってきたと、エーザンは思った。
●リプレイ本文
●再会
現地に到着したフロートシップから下りると、殿下が待っていた。
「お久しぶりです、エーザン殿下」
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)と富島香織(eb4410)にとっては久方ぶりの北部。
「懐かしい顔ぶれだな。他の冒険者達もよく来てくれた」
久々に会うエーザンは、以前よりも一回り大きく見える。
香織が言う。
「今回、殿下の領地が最初の接触だったことは、極めて幸運だったかもしれません。無理に自分で解決しようとして事態を悪化させるようなことを招かず、すぐに適切な援助を求めたことは賢明でした。疫病の危機は、殿下の領地だけの問題では済みませんからね」
「それは‥‥」
何か言いかけたエーザン、次の言葉が出てこない。その視線の先には、冒険者と共にやって来たエーロン王がいた。
「俺もまったくその通りだと思うぞ。案内を頼む」
「御意」
王に一礼すると、エーザンは香織達に言葉をかけた。
「私とてまだまだ未熟者。自分の成せる事とそうでない事は分かっているつもりだ。だが以前には一夜のうちに館を建てさせ、今度は疫病の相手。無茶な依頼ばかりで済まぬな」
香織は続ける。
「殿下にお願いが。傭兵達と接触した者達の隔離を頼みます」
「隔離を?」
「危険度はそこまで高くないとは思われますが、接触した人達と親しい人達に万が一の事がないようにするためです」
エーロン王もその言葉に頷いている。
「分かった。指示があるまで隔離しよう」
●出血熱?
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は、ランゲルハンセル・シミター副院長をサポートする形で作業を進める。
王都から持ち込んだ消毒用の物資は、大量の石灰と古ワイン。まず傭兵達が隔離されている砦の周辺に石灰を撒き、消毒が完了すると香織がパーストの魔法を使い、傭兵達がやって来た当時の様子を調べる。
苦痛にのたうち回る傭兵が見えた。見たところ強烈な腹痛に苦しんでいる。
「疫病は突然の腹痛に始まり、数日間を苦しみ抜いた後、全身の至る所から血を吹き出して死に至ると。これは一体‥‥」
疑問を示すケンイチ・ヤマモト(ea0760)に、ゾーラクが説明する。
「情報が少ない為、断定は禁物ですが‥‥。症状から鑑みて、私のいた世界でいう『出血熱』という種類に分類される疫病の可能性があります。この種の病は私の世界でも特効薬はまだ完成しておらず、解熱薬・鎮痛薬を投与して患者当人の自然治癒力を促進させる対症療法が、現状では有効と愚考します」
その言葉に、その場の空気が深刻になる。
「出血熱──エボラとも呼ばれるアレか。どうやら我等は最悪の事態に備えねばならぬようだ」
と、エーロン王。ゾーラクは言い足した。
「あくまで病が出血熱という仮定の上ですが、この病気は患者の体液・唾液等の飛沫物に触れると感染しますので、患者の身につけたものに直接触れないよう、作業従事者や砦の兵士達に注意をお願いします」
「そのことは徹底させよう」
エーザンは請け負った。
「それから傭兵の方々にテレパシーで問診を行い、原因を探りたいのですが。何卒ご許可を願います」
「許可しよう」
エーロン王の許可は下りた。
●傭兵達
「これで口を覆えと?」
「酔っ払っちまいそうだ」
ゾーラクの指示に従い、砦を守る兵士達は消毒用の古ワインを染みこませた布で口元を覆う。彼らは当分の間、砦の近くに張られた天幕に隔離されて暮らすことになる。
傭兵達を閉じこめた砦は、扉も窓も固く閉ざされて外から固定され、中の様子はほとんどうかがえない。だが時折、砦の中から叫びが聞こえてくる。
「ここから出せぇ! 出してくれぇ!」
「騒々しいのう」
つぶやいたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)に兵士の一人が言う。
「数日前まではもっと騒々しかったんだ」
「中に傭兵は何人おるのじゃ?」
「17人だ」
ならば、もっと騒々しくて当たり前。
「う〜む、嫌な予感がするのじゃ」
早速、ユラヴィカはエックスレイビジョンの魔法を使い、砦の壁を透かして中を覗いてみた。
砦の中は薄暗い。だが、暗がりの中に幾つもの人影が見える。やたらと動き回りわめいている者、うずくまってじっとしている者、床に転がって呻いている者。だが一番数が多いのは、横たわったままぴくりとも動かぬ者達だ。
外から差し込む僅かな光が、骸と化して倒れた傭兵の顔を照らし出している。一面、乾いた赤黒い血がべったりとこびりつき、顔全体が腐敗したように変色し膨らんでいた。
「何ということじゃ! 話は本当であったか!」
「テレパシーで連絡を取ってみましょう」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)はテレパシー魔法の使い手だ。だが以前、敵に包囲された味方の援護に行った際、テレパシーで連絡を取ろうとしたら幻聴と思われたことがある。そこで予め、エーザンの兵士に大声で呼びかけさせた。
「いいかよく聞け! これから冒険者が魔法を使って、頭の中に直接話しかけるからな!」
「畜生! ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
案の定、傭兵達から罵声が返ってきた。疫病の恐怖で我を失っているのだ。
「彼らの心を静めなければ」
ディアッカは愛用のフェアリー・ベルを取り出し、メロディーの魔法を込めた呪歌を歌い始めた。
♪怯え狂い牙剥く猛き獣よ
海へ帰れ 深き安らぎの海へ‥‥♪
恐怖心を静める呪歌。騒いでいた傭兵は静まった。
ディアッカはリシーブメモリーとファンタズムの魔法の使い手でもある。ユラヴィカから見たばかりの記憶を受け取ると、ファンタズムの魔法を使って砦の中の様子を皆の前で再現した。
「‥‥と、中はこのようになっています」
続いてディアッカは、中の傭兵にテレパシーで呼びかける。窓の隙間から垣間見えた、最初にずっとわめき散らしていた傭兵の1人に会話を試みた。
(「話があります。最初に幾つか、尋ねたいことがあるのですが‥‥」)
「答えるから早く俺をここから出してくれ」
ゾーラクが質問を向ける。
「どこかで蚊に刺されたことはありませんか? また、ここに来る前に動物の死体に触りませんでしたか?」
質問はディアッカのテレパシーで傭兵に届けられ、答が返ってきた。
「虫刺されならしょっちゅうだぜ。動物の死体? 知らねぇなぁ」
質問の間、白銀麗(ea8147)は壁越しにリードシンキングの魔法を使い、傭兵の思考を読み取った。
「なんて酷い‥‥」
知らないどころではない。傭兵の心の中には幾つもの死体が、ありありと思い浮かんでいた。家畜の死体に人間の死体、殺したのは傭兵だ。傭兵はハンの国で殺戮と略奪の限りを尽くしていたのだ。
続いてディアッカは、別の傭兵にテレパシーで話しかけた。その傭兵は見た目が若い感じで、隅っこの方にじっとうずくまっている。
(「話があります」)
「わっ!」
驚く傭兵。
(「大丈夫、幻聴じゃありません」)
先と同じ質問を向けてみると、この傭兵は先の傭兵よりも詳しく答えてくれた。
「虫刺されなら、蚊よりもノミやシラミの方が多かったな。動物の死体なら珍しくもない。馬とか犬とか‥‥。だけど一番多いのは人間の死体で、戦場にはゴロゴロ転がっている。それに国境を越える前、僕は動く死体の魔物と戦ったりもした」
ディアッカのテレパシーを介し、さらなるゾーラクの質問が向けられる。
(「野生動物を狩って、十分に加熱しないまま食べたことは?」)
「野良犬を狩って、他の傭兵達と食べたことはある。僕が食べた肉は生焼けのままだった」
(「詳しく答えてくれてありがとうございます。良かったら名前を教えてくれますか?」)
「僕の名はマーシ・マルロー。まだ駆け出しの傭兵なんだ」
●感染経路
「いやご苦労」
と、エーザンの兵士がユラヴィカに声をかける。ユラヴィカは今、砦の見取り図を見ながら水周りの確認を取っている。
「井戸や排水がどこに繋がっているか、それを知ることは大切じゃろう? そういうところから病が広がる可能性もあるのじゃし」
その言葉を聞いて、兵士の顔色が変わる。
「そりゃ大変だ!」
砦のそばには井戸があったが、早々と集まった兵士達によって、しっかりと蓋がされた。排水についても、水が外に流れぬよう処置が為される。半ば呆れつつも、ユラヴィカはその作業を見守った。
「まあ用心に越したことはないがのう」
●魔物
冒険者達はエーザンと共に、魔物が目撃された現場にも足を伸ばす。
「国境の向こうから動く死体が現れるそうじゃな。魔物が疫病の発生源である可能性も捨てきれぬ。その辺りにも焦点を当て、詳細を調べねばならぬのぅ」
と、ヴェガ・キュアノス(ea7463)が言う。銀麗もそのことが気になっていた。
「疫病発生と時を同じくしたカオスの魔物の襲来ですか。たとえ悪魔のごときカオスの魔物であっても、疫病を任意に起こすような能力は持っていないと思うのですが‥‥。全くの偶然か、魔物が疫病を利用しているのか、あるいは疫病に見せかけた別の何かなのか、確かめないといけませんね」
「パーストで確かめてみます」
魔物が目撃された日時に合わせ、ディアッカがパーストの魔法を使用すると、確かに見えた。おぼつかない足取りで歩き回る死体の魔物だ。
「魔物は川の方からやって来たように見えます」
川はウィルとハンとの国境を為しているが、水深は浅い。その気になれば人だろうが魔物だろうが、簡単に渡って来られるだろう。
「あと何回かパーストを繰り返せば、侵入ルートを確かめられるかと」
するとエーザンが言う。
「いやそれよりも、魔物が今どこに潜んでいるかを突き止めたい」
「ならば、わしの出番じゃな」
ヴェガが最大限の力でもって、デティクトアンデットの魔法を唱える。魔物の存在が感知された。
「2匹もおるぞ」
「2匹もだと!?」
「1匹はあそこの茂みに」
ヴェガが指差す茂みに向かって、一行は慎重に歩を進める。その放つ生気に気づいたのだろう。茂みの中から魔物がよろよろと現れた。
「うっ!」
思わず顔をしかめるエーザン。目の前にいるのは腐った人間の死体だ。顔の肉はごっそりと剥がれ落ち、下の骨がむき出し。それでもそいつは動いている。
とっさに銀麗はディストロイの魔法を放った。
ボンッ! 魔物の下半身が砕ける。
ドサッ! 残った魔物の上半身が地に落ちた。
それでも魔物は歩行の力を失いながらも、上半身だけでまだしつこく動いている。
「気をつけてください! そいつが疫病の原因かもしれません!」
銀麗が警告する。
「何、心配は無用じゃ」
ヴェガはにっこり笑うと、魔物に向かってピュアリファイの魔法を放った。広がる白い光が魔物を包み込み、魔物は浄化され消滅した。
「さて、もう1匹は‥‥あそこじゃ」
続いてヴェガは、かなり遠くの場所を指差す。川の近くの茂みだ。皆で近づくとそいつは茂みの中から現れた。
「ガウ‥‥ガウウ‥‥」
またしても死体の魔物、今度は腐った犬だ。
「こんな代物までも!」
エーザンは苦り切った顔。再びヴェガがピュアリファイの魔法を放ち、魔物は浄化され消滅した。
「今後は国境の厳重な警戒が必要だ。近隣の領主達にも警告せねば」
エーザンは国境の向こう側をじっと見つめていたが、やがてディアッカに求めた。
「魔物の出所を確かめてくれるか?」
「任せてください」
国境での調査はさらに続いたが、リュドミラはハンの国の側の動きに不自然さを感じる。
「普通ならハンの国境警備兵が動いても良さそうですが‥‥」
「あれを見ろ」
エーザンが国境の向こう側、かなり遠くの場所を示す。そこに砦と物見櫓が見えた。
「最近になって造られた砦だ。以前はハンの国の警備兵が駐留し、ウィルに向かう人の流れを監視していたのだが‥‥。今は静まり返っているな」
●発症
その日、朝早くから冒険者達は、兵士達の呼び声で目を覚ました。
「早く砦に来てください!」
砦の中で叫び声がする。叫んでいるのは傭兵のマーシだ。
「いやだ! もういやだ! ここから出せぇ!」
明らかにパニックを起こしている。窓に近付いたときを見定め、ヴェガは砦の壁越しにメンタルリカバーの魔法を放つ。
叫び声が静まった。
ケンイチがテレパシーで呼びかける。
(「何があったのですか?」)
「ヤツが病気になった」
(「一緒にいた傭兵ですか?」)
「そうだ。昨日までさんざん喚いていたヤツが今、床を転げ回って苦しんでいる。このまま放っておけば、体中から血を吹き出して死ぬ。‥‥次は僕の番かもしれない」
銀麗が提案する。
「これが疫病に見せかけた毒である可能性もあります。患者に解毒剤を飲ませてみましょう」
そのことをテレパシーで伝えると、マーシは抗った。
「こんなヤツの命を救えっていうのか!?」
マーシは憤っている。その態度が意味ありげに思えたので、銀麗はリードシンキングでマーシの心を読んでみた。
「‥‥そうだったのですか」
やはり、マーシにはワケアリな事情があった。
「疫病の原因を確かめるためです。協力をお願いします」
なおもケンイチがテレパシーで呼びかけると、マーシもしぶしぶ従った。
「消毒は念入りに頼むぞ」
感染防止のため頭からたっぶり古ワインを浴びた兵士達が、閉ざされた砦の窓をこじ開ける。そして銀麗が持ってきた解毒剤を、長い棒の先にくくりつけて中のマーシに手渡した。
「さあ、これを飲め」
苦しむ傭兵の口の中に、マーシが解毒剤を流し込む。
傭兵の様態が快復した。それまでの酷い苦しみようが嘘のように。
「あ‥‥ありがとうよ。助かったぜ‥‥」
銀麗がゾーラクに問いかける。
「やはりこれは疫病ではなく、毒が原因だったのでしょうか?」
「それは、もうしばらく様子を見てみないと‥‥」
しかし、ものの10分もしないうちに、再び傭兵は苦しみ出す。
「う、うあああああっ!! 腹が‥‥あががががぁ!!」
「早く解毒剤を! お願いします!」
銀麗は仲間達から解毒剤をかき集めると、砦の中のマーシに手渡す。マーシがそれを与える度に傭兵の苦しみは止まるが、時間が経つと再び苦しみ出す。
「これが最後の解毒剤だ」
ついに最後の解毒剤を飲ませる時が来た。
「俺は‥‥もうお仕舞いだ‥‥」
傭兵の口から掠れた声で呟きが漏れる。
その翌日。傭兵は苦しみ続けた挙げ句に絶命した。
だがマーシは、その後も生き続けた。
●報告書
その後も国境の向こう側の極秘調査、フロートシップの墜落現場の調査、ハンの国からの物流の調査と、冒険者による数々の調査が続けられた。その結果は祐筆役を自認するリュドミラによって報告書にまとめられ、エーロン王に提出された。