ハンの疫病2〜破滅の足音
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月20日〜08月25日
リプレイ公開日:2008年08月29日
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●オープニング
●偵察
空を1匹の鷲が飛んでいる。大きな鷲だ。翼を広げて舞うその体は人間並みの大きさがある。それでも空を飛んでいれば、地上から見る者の目にその姿はさほど大きく映らぬだろう。
鷲の目に地上の砦と物見櫓が映る。ウィルの国との国境近くに造られた、ハンの国のものだ。だがそこに人の動きはみられず、無人であるようだ。
──いや、よく見ると人の姿があった。物見櫓の見張り台の上に倒れている兵士が1人。さらに砦の柵の中にも、倒れて動かぬ兵士達が幾人も見える。
もっとよく見えるように鷲は高度を落とす。そして、しかとその目で確かめた。
兵士達は全て死体だった。肉体はかなり腐敗が進んでいる。
鷲はその場所から遠ざかり、北東に向かって飛ぶ。やがて下界に小さな村が見えた。
いや、そこは村というよりも、村があった場所だ。
建物は焼かれ、動く者は誰1人としていない。代わりにあちこちに骨と化した死体が、幾つも幾つも転がっている。
さらに遠くへ飛ぶと、同じく全滅した村の跡がいくつもあった。
鷲はぐるりと南へ方向を転じた。国境を越えたウィルの側にあるヒライオン領に入り、森の中に舞い降りる。着地するや、その姿が変形して鷲の姿から人間の姿に変わった。
鷲の正体は、魔法で姿を変えた冒険者だったのだ。
「国境付近の村は全滅、砦の兵士も全滅。手を下したのは何者? ‥‥ともあれ、早く殿下に知らせなければ」
本当は地上に降りて調べたかったのだが、それはエーロン王により禁じられていた。ハンの国のウス分国に蔓延するという、疫病に感染する危険があったからだ。
●エーザンの所領
ウィルの国の北部、ハンの国と国境を接する地にあるヒライオン領は、フオロ分国王エーロンの庶子たるエーザン・ヒライオンが統治する領地だ。去る7月、傭兵の一団がハンの国との国境を越えて、この領地に流れ込んできた。
彼らは恐るべき疫病の感染者だった。直ちに隔離された彼らは次々と発病し、実に17人中16人が病死したのだ。
深く掘られた穴に、見るも無惨な死体が幾つも投げ込まれ、その上から油が撒かれ火が放たれる。死体は黒煙を上げ、凄まじい死臭を放ちつつ燃え上がる。
「竜と精霊よ、我等にご加護を」
死体の始末に携わった騎士とその配下の者数名は、我が身の無事を祈って祈りを捧げた。
ここはヒライオン領の国境近くにある砦。疫病に感染した傭兵達が隔離された場所。
病死した傭兵達の死体が焼かれて骨になると、そのまま上から大量の土と石灰を被せて土中深くに埋める。疫病の蔓延を防ぐために、エーロン王の命令でこのような処置が取られたのだ。
そして、それから約1ヶ月後。
「マーシ! まだ消毒は終わらんのか!」
兵士の怒鳴り声が砦に響く。
「も、もう少しで終わります!」
「砦に住ませて食わせてやってるんだ。その分、しっかり働いてもらうぞ!」
「‥‥もう、人使いが荒いんだから」
マーシはぶつぶつ呟きながら、消毒液をたっぷり浸した雑巾を絞りつつ顔をしかめた。
「うぇぇ‥‥何日経ってもこの臭いには馴れないよ」
消毒液は発酵しすぎた古ワインだから、臭いはきつい。
マーシはハンから流れてきた傭兵達の、唯一の生き残りだ。年齢は19歳とまだ若い。今は掃除係としてこき使われているが、砦の外には出られない。砦に詰める兵士だって、未だに感染を恐れてマーシの近くに寄ろうとしない。
マーシと食事を共にするのは唯一人、疫病対策の責任者としてこの地に留まるエーロン治療院副院長、ランゲルハンセル・シミター医師だけだ。
「体調はどうかな?」
朝の食事の前に、ランゲルハンセルはマーシを診察する。
「何だか体がだるいです」
「このところ暑さが続いたからな。食事はきちんと摂っているか?」
「暑いのと、砦の中から一歩も出られないのとで、食欲が湧きません」
「食事だけはきちんと摂ることだ。体の抵抗力が弱まって、体が疫病に勝てなくなるぞ」
「‥‥それは嫌です」
マーシの脳裏に、亡くなった傭兵達の最期の姿が浮かび上がった。苦しみ続けた挙げ句、体中から血を吹き出して死んでいった、見るも惨たらしい最期の姿が。
医師がマーシに問う。
「死亡した傭兵達と一緒にいながら、なぜ君は発病しないのだ? 疫病の病毒に対する免疫があるのか、それともまだ病毒が体の中に入り込んでいないのか」
「僕の方こそ知りたいですよ」
「生き残った君と、死んでしまった他の者達との違いは何だ? 何でもいい、心当たりがあれば話してくれるか?」
マーシはしばし沈黙した後、ためらいがちに話し始めた。
「‥‥先生だから本当のことを言います。僕は‥‥傭兵に皆殺しにされた村の生き残りです。村を襲った傭兵隊の隊長に復讐するため、たまたま出会った傭兵の集団の中に潜り込み、ずっと傭兵の振りをしてきたんです。それで心当たりですけど‥‥他の傭兵達はあちこちの村を襲って食料を奪っていましたけど、僕はそれに参加しませんでした。ずっと手持ちの食料だけでしのいできたんです」
「そうか‥‥。君の村は国境の近くか?」
「いいえ、国境からはずっと離れています」
●魔物と難民
ヒライオン領が位置するこの一帯で、ハンの国との国境を為すのは川だ。幅も深さも人が歩いて渡れる程度。だがこのところ、川の周辺の警戒は厳重を極めている。
「また流れてきたぞ!」
見張りの兵士が声を上げ、兵士達がボートに乗って川の中へ繰り出す。
流れてきたのは、一見するとただの犬の死骸。だが兵士の一人が槍の穂先で突くと、そいつは目を見開き、歯を剥いて暴れだした。
動き回る死体の魔物だ。
「くらえっ!」
たちまち数本の槍が突き刺さり、魔物は動かなくなる。今度こそ本当の死骸と化し、そのまま下流へと流れていく。
見守る兵士達はうんざり顔だ。
「一体、これで何匹目だ?」
以前に冒険者が調査して分かったが、このところ領内に出没する魔物は川の上流から流れてくる。恐らくハンの国の側の対岸に、魔物を生み出す何かがあるはずだ。
「おい、あれを見ろ!」
見張り兵が対岸を指差す。
「人だ! ハンの国から人がやって来るぞ!」
それはボロボロの服を着た一団。先導しているのは行商人風の男で、兵士達に大声で呼ばわる。
「我らはハンの国から逃れて来た! 頼むからウィルに匿ってくれ!」
難民である。兵士達は顔を見合わせた。
「難民とは‥‥このところなりを潜めていたのに」
「ともかく殿下に伝えねば」
●事態は急転
ここはトルク城。部屋の扉が開き、フオロ分国王エーロンが姿を現した。たった今、ウィル国王ジーザムとの御前会議を終えたばかりだ。エーロン王の補佐役リュノーがその後に続く。
「これから忙しくなるぞ」
会議の席で、ハンとの国境における兵力の増強が決定されたのだ。国境にはゴーレムの駐屯地が設けられ、フロートシップの発着所や補給所も新設される。王は歩きながらリュノーに命じた。
「冒険者にも召集をかけろ。依頼内容は国境における駐屯地設営の支援だ。それと、かねてから計画していた治療院分院をヒライオン領に建設する。その支援もやってもらおう。いつぞやの依頼のように1日で建てろとは言わぬが、疫病を広げぬ対策だけは念入りに頼む」
「そこに難民を収容するのですね」
「そうだ。だが流れてくる難民の数によっては、10人のうち9人を追い返すことになるかもしれん。覚悟はしておけ」
●リプレイ本文
●国境地帯
ウィルとハンとの国境地帯で駐屯地の設営が始まった。急遽、徴募された大勢の人夫達がフロートシップで運ばれ、現場は人でいっぱいだ。その中に1体だけ、人夫と共に働くストーンゴーレム・バガンがある。乗り手はオラース・カノーヴァ(ea3486)だ。
「ゴーレムの稼働時間が限られているからな、一気に運ぶぞ」
建築資材の材木を肩に担ぎ、片っ端から運んでいく。ちなみにこのゴーレム、貸出品ながらオラースは『レダ』という名前を付けている。その姿を見て、船で一緒にやって来たトルク王家の鎧騎士達は呆れていた。
「あれじゃ軍馬で畑を耕すようなもんだ」
冒険者ならいざ知らず、一般の鎧騎士にとってゴーレムはあくまでも戦の道具。エーロン王はチャリオットで畑を耕させたりしているが、それは正統なゴーレムの使用法からはズレている。
そういう訳で鎧騎士達は、専ら周囲の警戒任務についているが、ヴェガ・キュアノス(ea7463)も彼らと行動を共にして魔物の探知に励んでいた。
それにしても、国境地帯のなんと物々しくなったことか。
「兵力の増強‥‥このまま戦へと発展せねば良いがの。ハンの国の者達にもセーラの加護があらん事を」
祈りの言葉と共に十字を切り、ふとヴェガが空を見ると、こちらに向かって来るフロートシップが見えた。
「おお、ついに来たか」
その船には築城軍師ルキナスが乗っていた。
「野郎だらけの船は勘弁してくれよ‥‥」
とか呟きながら船を下りたルキナスだが、ヴェガを見るとその顔がほころぶ。
「俺が来たからには安心して仕事を任せてくれ」
ルキナスには建築の豊富な知識と経験がある。だからヴェガは彼を呼んだ。治療院分院の建設を手伝わせるために。
ヒライオン領の館では、エーロン分国王とゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が待っていた。
「これが図面だ」
ゾーラクが手ずから描いた設計図が、エーロン王からルキナスへ手渡される。
「見ての通り衛生環境に配慮した、日当たりと風通しの良い建物だ。施設から出る廃棄物は全て、敷地内で処分される。排水が周囲を汚染せぬための備えも万全だ」
医療に深い知識を持つゾーラクならではの設計と言える。
「来月までにこれを建てられるか?」
「俺には経験があります。必ずや」
王に一礼すると、ルキナスはゾーラクにも一言。
「貴女の為に仕事が出来て、俺は嬉しい」
早速、ルキナスはその日のうちに仕事を始め、ヴェガはこれまでに現地で知り得たことを色々と教えてやる。
「‥‥あちら側の砦の兵士は全滅か、そりゃひでぇな」
「これは魔物の仕業とも思うが、全滅した村の方は傭兵が荒らした結果、かの?」
「‥‥ん?」
仕事がてら空を見上げると、またも飛来するフロートシップが。トルク王家の紋章旗を掲げた船だ。王弟ルーベン・セクテが国境の視察に訪れたのだ。
●セクテ公の視察
セクテ公は冒険者達を呼び集める。
「これまでの調査で判ったことを教えて欲しい。意見があれば、それも」
これまでの現地調査を踏まえ、富島香織(eb4410)が発言した。
「疫病が川や往来する獣を感染経路として、ウィル国内に入り込んでいる可能性もありますが、国境地帯のこちら側ではまだ魚や獣の異常死は見当たりません。発症者に解毒剤が一時的に効いたことから、毒性の物質を体内に撒き散らす細菌が原因である可能性も否定できません」
「サイキン?」
生粋のアトランティス人には耳慣れぬ言葉。同席するエーロン王がセクテ公に説明する。王は治療院の院長も務めるので、地球の医療知識にも明るい。
「細菌とは目に見えぬほど小さな生き物のことだ。その1匹が体内に入ると、やがて何千何万にも増殖して人体に害を及ぼす。これが病気の正体だ」
「そういうことか」
セクテ公は理解し、香織は続ける。
「食べ物は、長期間加熱してから食べることを厳守するようお願いします。細菌ならば、通常は加熱に弱いですから」
「了解した」
「ゴーレムの駐屯地で消費される食料には、それがどこから来たものでどこに行くかを明示する票をつけて、問題がおきた食料はすぐに使用停止できるようにすべきかと」
「判った、そのように手配しよう」
「それと基本的には、難民は受け入れない方向でいくべきだと考えています。全面的に排除ではウィルの体面にも関わりますので、『ハンの疫病を、故意・意図せぬかに関わりなく、ウィルに持ち込もうとする者』ではないと証明された者に関してのみ、受け入れると発表してはいかがでしょう?」
「それを証明することは出来るのか?」
「実質的には不可能です。病気を発症していなくても細菌に感染した者はいますが、今のアトランティスの医療技術でそれを確かめることは出来ません。ですが証明という条件を設けることで、受け入れられない難民には過失があると宣伝することが可能になると考えるのです」
「誰にとっても不可能なことを、過失扱いすることは出来ない」
セクテ公は香織の最後の意見を却下し、エーロン王に尋ねる。
「ヒライオン領の治療院分院が完成したとして、収容できる人数は?」
「いいとこ100人だ。それ以上増えれば、周囲の領主達に不安が広がる」
ここで白銀麗(ea8147)が意見を出す。
「明らかな感染者は追い返すとハンに疫病を撒き散らす恐れがありますので、隔離した方が良いかもしれません。現在の収容施設では足りないなら、ウィルの前国王のように離島に隔離するとか。フロートシップを1つ捨てる覚悟は要りますが、幸いというべきか、魔物を乗せていたフロートシップが1隻ありますし」
「いや、大人数の感染者の移動は危険だ。船が事故で不時着する可能性もある」
と、エーロン王。セクテ公は考えた末、結論を出した。
「差し当たりウィル側で受け入れる人数は、分院に収容可能な100人を限度とし、残りは食料を与えてハンの国に戻らせよう。ジーザム陛下には私から進言する」
●難民
行商人に率いられてハンの国から逃れて来た難民達は、先客であるマーシと共に砦に隔離されていた。万が一の事を考え、冒険者達は彼らが携えてきた食料を全て没収。代わりに保存食が配られたが、難民達の評判は意外に良い。
「これでやっと、毎日食事にありつける生活に戻れました。とても感謝しております」
何しろ難民達が携えてきた食料ときたら。ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がリヴィールポテンシャルの魔法で物品鑑定してみると、出るのはこんな結果ばかり。
──これは古くなりすぎたパンです。とても不味いです。売り物にはなりません。
──これは干からびたチーズです。とても不味いです。売り物にはなりません。
──これは干からびたニンジンです。とても不味いです。売り物にはなりません。
「ううむ、これではのぅ‥‥」
こんなのに比べたら保存食だって立派な食事だ。
「それで、ハンの国境警備の警戒は如何にして切り抜けてきたのかの?」
ヴェガが尋ねると、行商人が難民達を代表して答えた。
「切り抜ける必要もなかったさ。連中、みんな死んじまってたんでな」
「死んでいた?」
「そうさ。俺達はずっとハンの国の悪い奴等から逃げ回っていたんだが、国境の近くに来てみると警備兵どもが全滅してるじゃないか。だからこれ幸いとばかり、ウィルの国に逃げ込んだってわけさ」
行商人の言葉は、先に冒険者が行った偵察の結果と一致している。銀麗も隠れた場所からリードシンキングの魔法を使ってみたが、彼らは嘘をついてはいなかった。
ゾーラクは難民達を診察したが、皆が栄養不良で持病を幾つも抱えている。
「‥‥しかし現在のところ、発症の兆候はありません。また推論の域を出ませんが、マーシという傭兵が生き残れたのは、彼の体内で出血熱に対する抗体ができたため病を克服できたとも考えられます。今後の疫病対策に彼は必要な人材と愚考します」
ゾーラクはエーロン王とランゲルハンセル医師にそう報告したが、マーシを診察してみるとやはり栄養失調が目立つ。食料状態についてならむしろ、死亡した傭兵達の方が良好だったくらいだ。
ランゲルハンセルは言う。
「マーシが貴重な生き残りなのには違いない。だが疫病の正体を突き止めるなら、疫病の中にあって生き残った者をもっと数多く調べてみねばな。彼らに共通するものがあるとしたらそれは何か。出来ればハンの国に出向いて調べたいところだが‥‥」
ユラヴィカはマーシに尋ねてみる。
「参考までに、これまで一緒にいた傭兵達が略奪を行った場所を教えて欲しいのじゃが」
「ええと‥‥ええと‥‥。ごめん、僕はずっと自分の村から離れたことがなくて、どこをどう通ってウィルの国にたどり着いたのか判らないんだ」
土地勘がまるで無いから地図もかけない。
●潜入調査
シフールのディアッカ・ディアボロス(ea5597)とユラヴィカは、国境の川を遡る。
空から見下ろせば、目に映るのは森や平原が広がる平和な景色。
予想していたような、植物の枯死や生物の大量死はどこにも見られない。
精霊光の降り注ぐ空の下、鳥はさざめき川には魚が泳ぎ、森には獣の影。
1匹の若いシカが水を飲みに川辺にやってきた。
(「もしもし?」)
ディアッカがテレパシーで呼びかけると、シカはきょとんとした目をむける。
(「この辺りで最近、仲間が死んだり体調が悪くなった者が多くなってはいませんか?」)
(「いいや。でも最近はこの辺りでも、夜になると魔物が騒ぐようになって怖いんだ。あと、人のいるところは危ないから近づかない方がいいよ。餓えた人間だらけだから、シフールだって食べられちゃうよ」)
鳥など他の生き物にテレパシーで尋ねても、同じような答が返ってきた。魔物ははぴこり、人心は荒廃している。しかし疫病に関する何かが、土地の植物や動物に害を及ぼしている様子は見られない。
銀麗もまたハンの国の偵察を行っていた。以前の偵察と同様、ミミクリーの魔法で大きな鳥に化けて。ただし魔法の効果時間は限られているから、偵察の範囲は国境の近くに留まった。
国境警備隊の砦の様子は以前と変わらず。ただし放置された兵士の死体はもはや白骨化している。滅びた村々も以前と同じ有り様だ。──いや待て、よく見ると地面に足跡がある。滅びた村には何者かが出入りしていたようだ。しかも心なしか、村のあちこちに転がる死体が減っているような気がする。
偵察を続けていると、ウィルの国へと向かう人々の一団が見えた。難民だ。街道からだいぶ外れた場所を歩いている。銀麗は急遽、ヒライオン領へ舞い戻って皆に告げ知らせた。
●老人の死
あと少し歩けば国境の川。だが難民達は、川の向こう側に現れたバガンの姿を見て、思わず足を止める。斧と盾とで物々しく武装したバガンの操縦者はオラースだった。
「おまえ達、難民か!? ウィルの国に行くつもりか?」
その呼びかけに、難民達は声を上げる。
「頼むからウィルに行かせてくれ! こっちには急病人がいるんだ!」
「急病人だって!? 判った、俺に付いてこい!」
こうして5人の難民が川を渡り、ヒライオン領の砦に収容された。難民は元農民の一家で、急病人は年老いた男。腹痛でひどく苦しんでいる。明らかに発症して死亡した傭兵と同じ症状だ。
「これはもしかすると、もしかするぞ。悪いが食料は全て没収だ」
ヴェガが呼ばれ、急病人の老人にアンチドートの魔法を施す。最初に植物毒の解毒、2度目には鉱物毒の解毒を指定したが、効果は現れない。3度目に動物毒の解毒を指定すると、効果が現れた。
「気分は良くなりましたか?」
「はい、ありがとうございます」
世話役となって看病するケンイチ・ヤマモト(ea0760)に、老人は笑顔でお礼の言葉を述べたが、しばらくすると再び苦しみが襲ってきた。
「い、痛い‥‥体が‥‥焼ける‥‥」
「辛抱するのじゃ」
アンチドートの魔法をヴェガは繰り返しかけるが、心は疑念に苛まれる。どれだけの回数、魔法をかければよいのだろう? ヴェガの魔法の力が尽きた時は、この老人を見捨てる時なのか?
10回も魔法を繰り返しかけた頃には、老人は繰り返される苦痛でぐったりしていた。
「わしは‥‥もう疲れた‥‥」
ため息混じりに言葉が唇からこぼれる。
「何か一曲、弾きましょうか?」
気分転換にとケンイチが尋ねると、老人も心の慰めを求めていたようで。
「そうしてくれ。何か心の落ち着く曲をな」
ケンイチが馴れた手つきでリュート「バリウス」を爪弾き始める。絶妙な音色が砦の中に響き渡る。弾き終わった時、老人の疲れ切った顔には満足の笑みが浮かんでいた。
「今のをもう一回、聞かせてくれぬか?」
「いいですよ」
再びケンイチは曲を繰り返す。老人は静かにその曲に聴き入っている。
やがて、曲は終わった。
「もし?」
ケンイチは老人に声をかける。だが返事がない。
ケンイチは老人の体に手を触れ、そして気づいた。
老人は眠っているような安らかな表情で、息を引き取っていた。繰り返される苦痛に体が持たなかったのだろう。
●危険なパン
難民から没収された食料はユラヴィカに引き渡され、リヴィールポテンシャルの魔法による物品鑑定が行われた。食料の多くは不味くて売り物にならない品ばかり。だがその中に、見るからに美味しそうなふっくらしたパンがあった。魔法をかけてみると──。
──これは危険なパンです。とても美味しいですが、危険な混ぜ物が入っているので、食べると何日も経った後でひどい苦しみ方をして死にます。
「なんと‥‥! このパンをどこで手に入れたのじゃ!?」
ユラヴィカの問いに難民の男は答える。
「たまたま出会った通りすがりのお方に食料を分けてもらったのです。あまりにも美味しそうだったので、私の父に食べさせてあげることにしたのですが‥‥」
男は亡くなった老人の息子だった。
●提案
「これから難民が増えていけば、追い返される難民も出てこよう。そこを利用して、追い返した難民を装ってハンの国に調査員を送り込むのはどうじゃ? ただし様々なリスクを考慮し、調査員は冒険者のみで」
提案したのはヴェガ。
「確かにリスクの高い任務だが‥‥」
提案されたエーザンは思案した末に同意した。
「やはりやるしかないか。国境の向こう側の事情は何としてでも知りたい」