ハンの疫病8〜最後の敵はカオス
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月18日〜01月21日
リプレイ公開日:2010年10月04日
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●オープニング
●疫病の正体
ハンの国に蔓延する恐るべき疫病を根絶する鍵は、老婆バヤーガがその製法を知る特性スープにあった。冒険者によってウィルへ送り届けられたバヤーガは今、ハンの国との国境に近いヒライオン領のエーロン治療院分院に滞在している。
「疫病の正体は突き止めた」
治療院に勤めるランゲルハンセル・シミター医師がピンセットでつまんでバヤーガに示したのは、くねくね動く赤い紐のような生き物。寄生虫である。
「疫病で亡くなった者達の死体を、天界で言うところの病理解剖で調べたところ‥‥」
「ビョーリカイボウ?」
「有体に言えば、死体の腹をかっさばいて内臓を調べたのだ」
それを聞いてバヤーガが顔をしかめる。地球では普通に行われている死体解剖も、アトランティス人は強い抵抗を感じるものだ。
「そして出てきたのがこの寄生虫だ。亡くなったどの患者も腹の中にもこの寄生虫が湧いておる。おっと、湧くという言い方は不正確だな」
アトランティスの多くの人々は寄生虫も蛆虫も自然発生するものと考えているが、エーロン治療院で天界の医療を学んだシミター医師は真実を知っている。
「寄生虫もハエも、成虫が産卵した卵から発生するのだ。特に寄生虫の場合、たとえ大きな成虫であってもその卵は目に見えないほど小さい。そしてこの寄生虫は腹の中で毒素を出し、その毒素が全身に回ると体中から血を噴出して死に至る。カオス勢力はこの寄生虫を使い、寄生虫卵の入った食料をあちこちにばら撒き、ハンに疫病を蔓延させたというわけだ。天界人のもたらした医療知識は、疫病の謎を解き明かすのに大いに役立ったぞ。さて、バヤーガ殿の作る特製スープの材料だが‥‥」
シミター医師はリストアップした30種類以上もの薬草の名を読み上げる。それらの薬草は全て特製スープの材料だ。バヤーガと彼女の保護する孤児達は、寄生虫卵の仕込まれた食物を口にしながらも、寄生虫の活動を封じる特製スープのお陰で生き長らえることが出来たのだ。
「この薬草のうち、寄生虫に効果のある成分を含むものの見当がつくかね?」
「わしが思うに‥‥」
バヤーガは数種類の薬草の名を挙げた。
「そうか、これでかなり絞り込めた」
これらの薬草を大量にしかも大急ぎで取り寄せねばならないが、今ならウィルの保有する多数のフロートシップがある。月道を使って諸外国から取り寄せてもいい。これでハンの疫病を根絶する道が開けた。
●ロッド伯の軍略
ウィル軍の総司令官ロッド伯の前に、ハンの国の地図が広げられている。
ウィル軍を示す駒はハンの南側、ウスの都を中心に配置されている。
対するハンの北側にはハンの国・エの国・ラオの国の正規軍と、各国の志願兵から成る義勇軍の駒がひしめいている。その中でもとりわけ大きく、ウィル軍を狙うように突出しているのが義勇軍の旗艦、エの国のショノア王子が乗船する戦艦バスターだ。
「エの国とラオの国の正規軍は開戦に備えてハンの王都に待機しているが、ミレム姫のウィル擁護発言のこともあり、両国ともウィルに対する宣戦布告を思いとどまっている。臨戦態勢を取っているのはハンの国の正規軍、そしてショノアの乗る大型戦艦バスターと義勇軍だ」
軍議を進めながらロッドは空戦騎士団長の顔を思い出す。彼女の機転がロッドの暴発を抑えなければ、ウィル軍はさらに多くの敵を相手にするところだった。
(今度ばかりは救われたな)
内心そう思うが、そのことは表情には出さない。
「ウスの都のウィル軍が北進すれば、それに対抗して義勇軍が南進する。本来なら激突する両軍だが、激突を回避して両軍の合流を為さしめ、カオス殲滅の連合軍として一気にカオス本拠地に進撃する」
大胆なロッドの軍略を聞かされ、部下が尋ねる。
「出来るのですか?」
「あのショノアの性格なら、明白な証拠を見せればその矛先をウィル軍からカオスへと転じるはずだ」
ロッドの言う明白な証拠の最たるものは、死亡したと思われながらも実は生きていたハン国王。冒険者によって救出されたハン国王は今、秘密の場所で保護されている。
問題はどうやってその証拠をショノア王子に示すかだ。
●敵本拠地の攻略
ここは冒険者ギルドの総監室。この部屋を訪れたロッド伯の目の前には、黄金の輝きを放つ2枚の護符が示されていた。言うまでもなく、護符の1つはウスの都からもたらされたもの。もう1つはハン商人レミンハールが持っていたものだ。
「これが、富貴の王の宮殿への移動を可能にする転移護符というわけだな」
「難点は護符の発動に、人間の命を犠牲にしなければならないことですが」
ウスの都で護符を手に入れた冒険者は、富貴の王を崇める邪教の神官が、実際に護符を使う場面を目撃してもいた。
護符を手にした神官は1人の男の喉を掻き切って殺害し、流れる血を護符に注ぎつつ、その血を自分の額に塗りたくったのだ。傍にいた神官の腹心達もそれに習い、それぞれの額に殺された男の血を塗りたくった。やがて護符は強烈な黄金の光を放ち、神官とその腹心達はその光に飲み込まれて消え失せた。
「発動に使う人間が必要なら俺が手配してやろう。処刑を待つ死刑囚で構わないな?」
まるで傭兵でも調達するような口調でロッドは言ってのける。
「しかし移転する先は敵の本拠地。強力な敵が大勢ひしめいていることでしょう」
カインの言葉を聞いたロッド伯は、我が意を得たりというようにニヤリと笑った。
「俺が冒険者なら次のように作戦を立てる。まずハン北方へ向かうと見せかけたウィル軍を『富貴の王』の宮殿攻略に転じ、敵主力の注意を引き付けたところで、少数精鋭の部隊を転移護符の力で宮殿内に送り込み、敵中枢の混乱を誘発。それに乗じて敵の首魁を一気に叩き潰す」
宮殿の場所を示す地図は、既に冒険者の手で入手済みだ。しかしカインは言う。
「見事な軍略ですが問題があります。リーガという女性の話によると‥‥」
「リーガ?」
「沼地から石像として引き上げられ、冒険者の手によって石化解除された女性です」
「ああ、あの女か」
「カオスと通じるドーン伯爵家当主の愛人だった彼女は、シャルナー・ドーンの身近にいたことから、カオスの秘密を知りすぎました。ために口封じされ石像に変えられたのですが。その彼女の話によれば、富貴の王の宮殿は1年を通じて絶えず深い霧に包まれた谷にあるというのです。その霧の谷にはカオス側のフロートシップも出入りしていますが、小型魔物の霧吐くネズミを案内人にすることで、霧の中でも自由に船を動かすことが出来るのだそうです」
霧吐くネズミは身長1m強のネズミの姿をしたカオスの魔物だ。ジ・アースでクルードと呼ばれていた悪魔によく似ている。ベテラン冒険者にとってはザコだが、霧の中でも視界を得ることのできる魔物なのだ。
ロッドは言う。
「霧か‥‥厄介だな。霧の中を見通せるエックスレイビジョン魔法の使い手を徴募し、配下の軍船に乗せねばなるまい」
●リプレイ本文
●出陣
「黄金の札は使わぬぞえ。死刑囚といえど、もののついでのように死を与えることなど出来ぬ」
そう言うヴェガ・キュアノス(ea7463)に代表されるように、冒険者達は概して転移護符の使用に否定的だ。
「だがロッド卿のことだ‥‥使わずに廃棄することは有り得まい」
オルステッド・ブライオン(ea2449)がそう見立てた通り。出発の直前になって、ロッド卿からの連絡が届いた。冒険者の志願者が確保できたので、予定通り転移護符を使用するとのこと。
「やはりな‥‥まあ、冒険者が甘いのはいつものこと‥‥私は雇用内容通りの仕事をするだけだ」
オルステッドは軍船への乗船手続きに向かう。立場上、知人の冒険者に雇われた傭兵ということになっていた。担当官の承認を受けると、オルステッドはカオス攻略に向かうフロートシップ上の人となる。
「すごい数だな‥‥」
甲板からは並走して飛ぶ幾多もの軍船が見える。大戦争への出陣という言葉が相応しい、壮観な眺めだ。
それにしてもカオスの本拠地に潜む『富貴の王』とは何者なのか? 冒険者の中には魔王マンモンとの関連を疑う者もいる。
「いずれ‥‥戦ってみれば分かることだ」
●転移護符発動
ウィル軍の旗艦、大型戦艦イムペットにオラース・カノーヴァ(ea3486)は乗船していた。彼が転移護符の使用に志願したからだ。
目の前にはロッド卿がいる。
「これで護符は無駄にならずに済んだ」
その表情からは感情をうかがえない。彼の隣には命を断たれる死刑囚。
「始める前に祈らせてくれ」
オラースがヘキサグラムタリスマンを手にして祈ろうとすると、ロッドが言った。
「祈ってもよいが、結界が張られるのは今、タリズマンが存在するこの場所だ。ここから転移すれば無駄になる」
「いいから祈らせろ」
オラースの祈りが終わると、ロッドはその手に剣を握った。死刑囚は観念して目を閉じている。
「すぐに終わる。苦しませはしない」
その言葉が終わるのとほとんど同時に、ロッドの剣が動いた。風のように滑らかに。
それは一瞬の間の出来事。気がつけば死刑囚の首は床に転がり、鮮血が床に広がっていく。その血をロッドは護符に、そしてオラースの額に塗りつける。
「成功を祈るぞ」
ロッドの言葉を聞いたのはそれが最後。オラースの体を黄金の光が包み、回りの空間がぐにゃりと歪む。やがて黄金の光が消え失せると、そこは‥‥。
「ここがカオスの本拠地ってわけかい?」
オラースの耳が最初に聞いたのは、わめき声だった。
「何故だっ!? なぜ戦争が始まらない!?」
「ウィル軍と戦艦バスターはぶつかり合わずに素通りだと!?」
「待ってくれ! ‥‥たった今、両軍の進路が分かった。大変だ! こちらに向かってくるぞ! あいつら手を結んでこの拠点を攻撃するつもりだ!」
「何故だ!? 何故、こうなるんだ!?」
オラースが立っているのは奇妙な魔方陣の中央部。その周囲には魔法装置を構成するらしい魔物の石像がぐるりと並び、さらにその回りには敵の士官とその取り巻き達。叫んでいるのはそいつらだった。
ここは敵の中枢だけあって、戦場の情報が逐一届く。計略ではウィル軍と戦艦バスターが激突するはずが、当てが外れてうろたえているのだ。
「そうか、こっちの作戦は成功したってわけだ」
オラースの顔ににやりと笑いが浮かぶ。
「おい! 転移装置に誰かいるぞ!」
「何者だ!?」
敵どもはやっと、オラースの存在に気がついた。
「取り押さえろ!」
敵兵がどっと押し寄せる。
「ザコどもが」
オラースの剣が閃き、敵兵の体に吸い込まれる。
それが戦闘の始まりだった。
●霧の中の戦い
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は船の操縦を望んだが、軍船の艦長によって断られた。ウィル軍所属の船だから専任の操縦士がいるし、ルエラの技能では戦場での十分な危険回避が保障されない。艦長はそう判断したのだが、その代わりルエラは操船室に立ち入り、操船の場に立ち会うことを許された。
「見て学ぶことも大切だからな」
これは艦長の言葉である。
操船室にはオルステッドもいて、艦長や仲間達と作戦を詰めている。
「対空監視を潜り抜けて敵本拠地まで降下できるか‥‥? 主力部隊が敵艦隊などと交戦したら、ペガサスにて隙をついて降下したい‥‥」
「他に降下に使える随伴獣は?」
「ペガサスがもう1頭とドラゴンが3頭」
「なら、全員を降下させるに不足はないな」
シフール冒険者のユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)は船の甲板にいる。ユラヴィカはエックスレイビジョンの、ディアッカはテレパシーの使い手だ。
ウィル軍艦隊はハン西部の山岳地帯上空を進み続け、そして今、前方に霧の立ち込める谷間が見える。霧の谷間だ。
「あそこを突っ切れば敵の本拠地じゃな」
透視の魔法を使い、ユラヴィカが霧の中を見通す。
「先行する偵察艦が動き始めたのじゃ。それにしても険しい谷間じゃな」
透視の結果を聞き、ディアッカがその内容をテレパシーで艦長に伝え、さらに艦長からの言葉をユラヴィカに聞かせた。
「この船も偵察艦に続きます。ただし、距離を十分に保って」
船は霧の中を進み始める。突然、ユラヴィカが叫ぶ。
「敵襲じゃ! 偵察艦が襲われておるぞ!」
ユラヴィカには見えた。谷間の陰から3隻の敵フロートシップが出現し、偵察艦を強襲したのだ。さらに偵察艦の後方にも敵出現。眼下の森に潜んでいたカオスゴーレムだ。
いや、それだけではない。
「またしても敵じゃ! こっちに向かってくるのじゃ!」
4隻目の敵船が出現。エレメンタルキャノンを搭載している。
「こちらを砲撃する気じゃな」
ユラヴィカとディアッカの通信を受け、冒険者の船が後退する。だが霧の中での航行は敵の方が一枚上手だ。敵船との距離はじりじりと縮み、そして敵の精霊砲が火球を放ち、それは船体を直撃した。その衝撃は指揮所にも伝わってきた。
「我々も反撃を! 私もペガサスで向かいます!」
訴えるルエラに艦長は答える。
「慌てるな。この船はそう簡単に墜落せぬ」
艦長は旗艦へ通信を送り、やがて船の上空に旗艦イムペットの巨大な影が現れた。
「ユラヴィカとディアッカ、これからイムペットへ迎え。一斉砲撃を行うのに人手が足りん」
艦長の命令をテレパシーで受け取ると、2人のシフールは旗艦へと飛び、艦長からのさらなる指示に従って精霊砲の砲塔の一つに向かう。そこには砲手が待っていた。
「照準合わせを頼む。砲身を真っ直ぐ敵船に向けてくれ」
「よし、少し右じゃ。‥‥行き過ぎ、左じゃ」
そして一斉砲撃が始まった。集中砲火を浴びた敵船の一隻が炎上しながら墜落し、残る敵船も満身創痍の状態となって撤退していく。
●侵攻
敵船の強襲を退けたウィル軍艦隊はそのまま進軍を続け、やがて霧が晴れた。
目の前に出現したのは、険しい山々の合間に建てられたピラミッド状の遺跡。敵の本拠地だ。
どぉん! 何かが船に衝突する音。敵の攻撃だ。偵察艦に続いて接近する冒険者の船に向かって、遺跡に設置されたカタバルトが石の球や、火の点じられた油の樽を次々と投げつけてくる。
「ここはこの船を盾としよう。冒険者諸君はここから降下して敵本拠地に向かえ」
「はい!」
艦長の言葉に従い、降下が始まった。空中の船に敵の攻撃が集中する中、冒険者を乗せたペガサスとドラゴンが遺跡に舞い降りる。敵もそれに気付き、攻撃の矛先が地上に転じられる。さらに遺跡の中からもぞろぞろと魔物が出現し、冒険者達に群がり寄せる。トロル、魔犬、蠢く死体と骸骨。ヴェガは防御の魔法を仲間達に付与して回り、冒険者のドラゴンが魔物どもに体当たりを食らわせ、なぎ倒していく。
ユラヴィカもサンレーザーで魔物を狙撃。攻撃しつつ空中から魔物の位置をうかがっていると、遺跡の外部に開いた穴が見えた。魔物を外に送り出す通路の出入口だ。
「あそこが出入口じゃ! 内部に侵入できるのじゃ!」
ユラヴィカが皆を出入口から内部へと誘導。通路の途中で出会う魔物を片っ端から倒し、奥へ奥へと進む。
「早くオラースと合流せねば‥‥彼はどこだ‥‥?」
仲間が気がかりなオルステッド。そのうち騒々しく敵兵達の騒ぐ声が聞こえてきた。
「相手はたった1人だぞ! 何を手間取っている!?」
「強くてとても歯が立たない、増援を急げ!」
皆で通路の物陰に身を潜めると、その前を敵兵がぞろぞろと駆けて通り過ぎる。
「そうか、居場所は分かった‥‥」
皆はこっそりと、敵の後に続いていく。
●合流
周囲は血の海。かつて敵兵やモンスターだったものの残骸が一面に散らばる。死骸を残さず消滅した魔物もいる。戦い続けるオラースが片っ端から斬って捨てたのだ。
「ゴーレムを出せ!」
ついに敵はゴーレムを繰り出した。身の丈はオーラスの2倍。
「待っていたぜ!」
強い敵を待ち望んでいたオラースだ。ゴーレムパンチが繰り出される。オラースは受けの構えで受け止めたが、そのまま後方へふっ飛ばされる。
「こいつは効いたぜ」
起き上がり、平然と口にするオラース。その防御力の前にゴーレムパンチなど苦でもない。逆襲に転じ、ゴーレムの拳と蹴りを受けながらも装甲の薄い関節部を狙い、剣で連打する。ついにゴーレムの右足膝が砕け、よろめいて倒れた。
「そろそろフィニッシュといくぜ!」
そう口にするや呪文詠唱の響きが。次の瞬間、オラースは身動きが取れなくなった。
(くっ‥‥やられた!)
いつの間にか敵の神官どもがオラースを取り巻いている。呪文はそいつらが放ったのだ。右足を封じられたゴーレムがじりじりとにじり寄って来る。絶体絶命か!?
「フォデレ!」
雄叫びが響いた。ルエラの声だ。ペガサスで駆けつけ、その馬上から振るう剣の衝撃波が神官どもをばたばたとなぎ倒す。
「セクティオ!」
続くルエラの攻撃が神官どもにとどめを刺し、彼らの体はペガサスの蹄の下敷きとなった。
「おっ!?」
オラースを縛っていた魔法の呪縛が消えた。仲間の冒険者達も次々と駆けつけ、敵と剣を交えている。オラースを救ったのはヴェガの魔法解除呪文だった。
自由を取り戻したオラースはゴーレムの首を集中攻撃。ゴーレムが動きを止めると、コクピットのハッチをぶち壊して操縦士を引きずり出す。残る敵どもも仲間の手で始末され、オラースは操縦士の首根っこを押さえて問い詰めた。
「さあ、案内してもらおうか。『富貴の王』とやらの所へ」
「分かった、案内する」
素直に従う操縦士。するとディアッカが警告する。
「リシーブメモリーで敵達の記憶を読みました。『富貴の王』は罠を張って待っています。自分の回りを強力な魔物で固め、我々を火責め水攻めその他諸々の罠にはめて行動を封じ、確実に始末する気です。戦闘が長引けば我々は全滅です」
その一同、顔を見合わせる。ややあってオラースが言った。
「時間はかけられねぇ、か。‥‥上等だね」
どの道、ここまで来てむざむざ後戻りは出来ない。
●富貴の王
奇怪な彫像の彫られた分厚い石の扉が開く。冒険者達が足を踏み入れるや、彼らは見た。そこは燦然と輝く大広間。豪勢に着飾った見目美しい男女にかしずかれ、王者の貫禄を備えた髭面の男が黄金の玉座に座している。それこそが『富貴の王』だ。面構えからして尊大にして倣岸、ハンの国を巡る数々の謀略を動かしてきた自信に溢れている。まさに邪悪の巨魁だ。
「取り巻きの9割方は魔物じゃぞえ」
魔法で探知したヴェガが警告する。
「冒険者の諸君、剣を収められよ。我には話し合いの用意がある」
『富貴の王』が言い放つ。オルステッド、オラース、ルエラの3人は互いに目配せした。
耳を貸すな、奴の時間稼ぎだ。
一気に片をつけるぜ。
一撃必殺、失敗は許されません。
お互いの意思の強さを確かめ合い、オラースは一気に玉座へとダッシュをかける。さらにその頭上をペガサスに乗ったオルステッドとルエラが飛び越えていく。
「何っ!?」
「まさかっ!」
主を守ろうと取り巻き達が魔法を飛ばし、剣で打ちかかる。ペガサスが翼をやられた。オルステッドとルエラは馬上から転がり落ち、それでも態勢を立て直して突進していく。
「俺を盾にして一気に駆け抜けろ!」
叫ぶオラース。数々の修羅場を潜り抜けてきた冒険者だから。普通の人間なら重症を負う程の攻撃だって難なく受け止める。後の2人も気概ではオラースに負けてはいない。
仲間達が魔法で援護する中、3人は玉座までの距離を一気に縮め、ルエラが『富貴の王』への一撃を最初に決めた。
「ルケーレ!」
雄叫びと共に剣が『富貴の王』の肩をざっくり切り裂く。噴出す鮮血が王者の服を真っ赤に染める。『富貴の王』は絶叫し、初めてその顔に焦りと恐怖の色が浮かんだ。
「この我が‥‥人間ごときに!」
人間だったその顔が醜悪な獣のそれに変わる。一瞬遅れて、オルステッドの剣が振り下ろされる。
「ウィルの夜明けを起こさせてもらうぞ、カオスの王‥‥!」
掴みかかろうとした『富貴の王』の右腕を剣は切り飛ばし、さらなる絶叫が響き渡る。
とどめを刺したのはオラースの剣。剣は深々と『富貴の王』の胸を貫き、『富貴の王』の体は玉座から転がり落ちた。魔物の例に違わず、絶命した『富貴の王』の体は灰のように崩れて消滅していく。
だが息絶える寸前、富貴の王はトラップを発動させていた。
轟音と震動が冒険者達を包む。
「気をつけろ! でかいのが来るぞ!」
頭上の天井が、周囲の石壁が崩れ落ち、床に大穴が開く。
周囲から噴出した大量の水が、冒険者達を飲み込まんと押し寄せる。運悪く、ヴェガとその周りにいた冒険者達が大水に飲み込まれ、ごうごうと音を立てながら水を吸い込む床の穴へと消えた。
「ヴェガ!」
「ルリ!」
「泰斗!」
「昴!」
残された冒険者達が名前を呼ぶ声は、崩壊する遺跡の轟音にかき消されていく。
●生還
戦場に静けさが訪れた。ウィル軍艦隊の攻撃を受け、敵本拠地は瓦礫の山と化していた。戦いは終わったのだ。
瓦礫の山の一角が音を立てて崩れた。ぽっかり開いた穴から最初にユラヴィカとディアッカの2人が現れ、続いてヴェガ達が姿を現した。
「道案内、ご苦労じゃった」
ヴェガ達を追って咄嗟に穴へ飛び込んだ2人の働きがなければ、果たして無事に脱出できたかどうか分からない。地上で待っていた冒険者達も、仲間の生還を喜んだ。ヴェガが言う。
「そうじゃ、大事なことを一つ伝えておくぞえ。長年、追い続けていた悪党ヴァイプスをついに仕留めたのじゃ」
その報告書もそう遠からず仕上がるだろう。
シフールの冒険者2人が微笑んで言う。
「では、次の仕事に向かうかの」
「バヤーガさんのお手伝いに。特効薬の宣伝ならバードの本領発揮です」
それに今度の冒険で、老婆バヤーガやシミター医師への土産話がたっぷり出来た。