ハンの疫病7〜ウスの都への進撃

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月04日〜01月09日

リプレイ公開日:2010年01月31日

●オープニング

●国王の死?
 カオスに蹂躙されるハンの国。祖国を国難より救うべく、ハン国王カンハラーム・ヘイットは固き決意を胸に、自らフロートシップに乗りウィルの国を目指した。
 だが、これをみすみす見逃すカオス勢力ではない。国王を乗せた船はウィルとの国境にたどり着く以前に、カオス勢力の猛攻を受けた。
 急ぎ駆けつけた冒険者達の活躍で、船の乗組員は大勢が救出された。しかし脱出したハン国王が搭乗するグライダーは墜落し、墜落現場には国王のものと思しき亡骸と、国王自らが携えてきた国書が残されていた。

「お父様‥‥! そこまで決意されていたのですね」
 ハン国王の息女、ミレム姫の目に大粒の涙が浮かぶ。ウィル国王の王弟ルーベン・セクテ公は、読み上げたばかりの国書を閉じると姫の肩を優しく抱いた。
 国書にはハン国王の遺志が書き綴られていた。国の惨状を憂い民の苦難を嘆き、祖国を救うにはもはや大国ウィルの力に頼るしかないと決した国王は、その国書においてセクテ公とミレム姫の結婚を認めたのである。
 この結婚によってウィルとハンの両国は同盟関係で結ばれた。セクテ公にとってもハン国王の死は悲痛な出来事だったが、ハンの国の行く末に一筋の光明を見出した思いだった。
 これでハンの民を救うことが出来る。
「姫、陛下の元に参りましょう」
 セクテ公はミレム姫を、ハン国王の亡骸のもとへと誘う。ハン国王の遺体は安らかな死に顔で横たわっていた。ところが姫はその顔をまじまじと見つめ、怪訝そうな顔をしている。
「どうかなさいましたか?」
「違うような気がするのです‥‥。似ているけれど‥‥」

●御前会議
 ハンの宮廷からの耳を疑うような知らせがもたらされたのは、急ぎ開かれた御前会議の席上だった。あろうことか、ハン国王の残した真の国書なるものが、ハンの宮廷で発見されたというのだ。即ちウィルに届けられた国書は偽物で、真の国書なるものはハンの国難の全てをウィルの陰謀に帰し、声高にウィルを非難するものだったという。
 情報をもたらしたのは、ウィルの軍事を統括するロッド・グロウリング伯。ウィル国王ジーザムが誰何する。
「それは真か」
「はい。ハン宮廷に潜ませた密偵の情報によれば、カンハラーム陛下亡き後のハン国内で、反ウィル派が王妃ミレニアナ陛下を中心に結束。ウィルがハン領内に侵攻するなら全面戦争も辞さず、国を挙げてウィルの侵略軍を迎え撃つとの宣告が為されたとのこと。既にハンの友好国であるエの国、ラオの国が義勇軍を送ったとの情報も届いております。そしてつい今しがた──」
 届いたばかりの伝書をロッドはジーザムに差し出す。それはハンの宮廷よりジーザムの元へ使者を使わすという知らせ。一読したジーザムの表情が険しくなる。
「とても友好の使者とは思えぬな」
「この使者の携える知らせはセクテ公とミレム姫の婚約破棄、そしてウィルに対する最終通告、これ以外に考えられません。使者が陛下の御前にて新たな国書を読み上げしその時が即ち、開戦を告げるトランペットの鳴る時となるはず」
 ロッドの回答を聞き、ジーザムは宣告する。
「皆の者、覚悟の程はよいか!? 次なる戦いは大戦争となろうぞ!」

●侵攻作戦
 トルク城の作戦室でロッド伯は軍略を練る。
「戦いは迅速さが勝敗を決する。大型フロートシップ・イムペットを筆頭に十五隻の軍船からなる空中艦隊を編成し、搭載したゴーレムと騎士団でウスの都を一気に攻め落とす。そしてウスを軍事拠点と為した後、反ウィル同盟軍の牙城となったハンの王都に矛先を向けるのだ」
「バスターは如何なさいますか?」
 部下の1人が問う。バスターとは反ウィル同盟の雄、エの国が建造した大型フロートシップ。
「ウィルの脅威となる船だ。この戦いで真っ先に沈める。その栄誉ある役目を担うのはウィルの誇るストームドラグーンだ」
「冒険者は如何なさいます? 彼らも戦力のうちに組み込みますか?」
「いや、冒険者達には別の仕事をやってもらう。彼らの戦場はハンの山岳地帯だ」

●ハン国王は生きていた
「話してくれるか、真実を?」
 セクテ公が問い詰める。ここは特別あつらえの病室。向かい合う相手の男は、ハンの船から救出されたハン国王の随行者だ。
「人払いを頼む」
 セクテ公と二人きりになると、男は話し始めた。
「俺はウィルの冒険者に命を救われた。だからセクテ公の誠意を信じ、真実を話そう。発見された陛下の亡骸は実は影武者。カオスの目をくらますためのおとりだ。本物の陛下は目立たぬ別ルートから船を脱出し、今は安全な場所に避難されている」
「その場所とは?」
「ウス分国の奥地にある、精霊によって守られた土地だ。このことは俺のような陛下の腹心をはじめ、ごく僅かな者しか知らぬことだ」
 その言葉を聞き、セクテ公は闇の中に一条の光を見出した心地がした。ハン国王が生きて戻るなら国書の真偽も明らかになる。大戦争を回避することが出来るのだ。
「精霊の守る土地といえば‥‥」
 以前に読んだ冒険者ギルドの報告書にそのような記録があったはず。

●セクテ公の依頼
「ウス分国内で潜入調査を続けてきた冒険者達に伝達を頼む」
「畏まりました、ルーベン閣下」
 セクテ公直々の依頼、冒険者ギルド総監カイン・グレイスは身を引き締める。
 伝達内容はしかと承った。即ち、バヤーガの捜索を続行すること。彼女はハンに蔓延る疫病を駆逐する鍵を握る人物だからだ。加えて、差し迫った大戦争を回避に導く重要人物、ハン国王の捜索を行うこと。両者は共にウス分国の奥深く、精霊の守護する土地に避難している可能性が大きい。かつて冒険者達がその入り口まで達しながらも、精霊の声によって追い返されたあの場所だ。
「あの時はペットの犬が問題だったのかもしれません。精霊の守護する土地に入るなら、精霊を警戒させないようなペットを連れて行った方が良いでしょう」
 と、カイン。成功を期すため、ナーガの特使を団長に立てた別働隊にも、ハン国王の捜査に加わってもらうことにした。
「実はロッド伯からも依頼がありまして」
 それは、これまで冒険者達が潜入調査を行っていたハンの山岳地帯で、冒険者による大規模な軍事工作を行うというものだ。
「ロッド伯からの要求は、かの地の虜囚に武器を与えて反乱を扇動し、そのどさくさに紛れて敵フロートシップから敵本拠地の情報を持ち去ることです。敵側の重要人物を生きたまま捕らえられるならなお良い、可能であれば証拠隠滅のため、敵フロートシップは焼き払うのが望ましいとまで仰せです」
「いかにもロッドらしい。攻撃的だな」
「そのためにナーガ特使を利用し、船を仕立てて向かうのです。最初、私は迷いましたが、冒険者の腕を信じてこの依頼を受理することにしました。勿論、これまで潜入調査を続けてきた冒険者にも、引き続き行動してもらいます。完全に別行動を取るか、とれそも共同作戦とするかは冒険者の判断に任せます」
「片方が失敗しても、片方が成功すれはよいというわけだが‥‥」
「共倒れにならないことを祈りましょう。それで、ルーベン閣下はこれからどうされます?」
「私はロッド伯と共にウスの都へ向かう。占領作戦の総司令官はロッド伯だが、作戦終了後はこのルーベンがウス総督として、かの地の統治を任されることになる。その事を冒険者達にも伝えてくれ」
「畏まりました」
 カインは一礼し、セクテ公を見送った。

●今回の参加者

 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ec5470 ヴァラス・シャイア(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)

●リプレイ本文

●密偵タンゴ
「うーむ、いよいよごちゃごちゃしてきたのぅ」
 ハン戦争が勃発し、各勢力の思惑が絡み合う中、冒険者の行動範囲も多方面に広がっている。ヴェガ・キュアノス(ea7463)にとってもその全容を理解するのは大変なことだ。
 ともあれヴェガは自分の仕事に専念する。潜入した先のウスの都で密偵タンゴと接触し、作戦への協力を仰いだ。
「ウスの事は裏の裏まで知っておろう? 民を助ける為じゃ、宜しゅう頼むぞ」
 こんな時でもヴェガは笑顔を忘れない。
 もっともタンゴのこと、既にウィル上層部からの仕事を引き受けているかも知れないとヴェガは思ったが。
「それじゃ仕事をお願いするわねぇん。ウィル軍フロートシップの爆撃に備えて準備をしてもらうわよん」
 タンゴはあっさり言ってのけた。
「爆撃じゃと?」
「そう。天界でよく使われる戦法よん」

●作戦会議
 タンゴ、山嵐団、冒険者が一同に会し、作戦会議が開かれた。
「ウィル軍の進行に対し、ウスの都を支配するカオス勢力はどういう手に出るか? 恐らく町に火を放つなどして民の恐怖を煽り、混乱を広げようとするはずだ。進軍するウィル軍をてこずらせると同時に、民の犠牲を増やしてウィルへの憎悪を昂ぶらせるためにな」
 山嵐団のリーダーはそのように見立てる。
「だがそうはさせるか。放火は俺達、山嵐団が食い止める。冒険者達もそれぞれの得意分野で協力してくれ。ところでお前、名は何と言う?」
 初めて顔を合わせる冒険者、ヴァラス・シャイア(ec5470)にリーダーは尋ねる。
「鎧騎士のヴァラスと申します。先輩方の足手まといにならないよう頑張ります」
 ヴァラスはボロ服を着込み、食い詰めた流民のように装っている。
「今回、私が必ずなすべき仕事は、城の食料の破棄です」
 と、白銀麗(ea8147)が発言した。
「先の作戦で城の食料に下剤と痺れ薬を混ぜましたが、もしこれを都の民が口にすることがあっては大変です。兵士達を無力化する為の策ですが、戦いが終わってしまえば、毒入り食料はもはや害でしかありません。民の口に入る前に、確実に消し去らなければなりませんよ」
「あの食料か‥‥」
 リーダーは暫し考え込んでいたが。
「分かった、あんたは城に向かうということで。ヴェガには俺達の援護を頼む」

●ウスの都攻略
 冒険者達はウィルの進軍と日程を合わせて作戦を開始した。
 ウスの都にも開戦の噂は伝わっている。都に流れ着いた大勢の流民は戦争に巻き込まれることを恐れ、都から離れようと動き始めた。
 その行く手を恐るべき者達が阻んだ。異形の仮面をつけたカオス兵の軍勢だ。
「助けてくれぇ!」
「殺されるっ!」
 流民達は恐怖の叫び声を上げ、我勝ちにウスの城門の中へ逆戻りし始める。
 カオス兵が一斉に弓に矢を番える。狙いを逃げる流民に定め、まさに殺戮が始まろうとしたその時。
 ビュウッ!! 飛来した矢がカオス兵司令官の喉を貫いた。
 ビュウッ!! ビュウッ!! 次々と飛来する矢が敵司令官に命中。司令官は馬から落ち、敵兵達に動揺が走る。
 攻撃を開始したのは山嵐団だ。都の城壁を盾とし、各所から矢を浴びせる。
「下っ端には構うな! 指揮を執る奴から狙え!」
 司令官の次は各部隊の隊長クラスを集中攻撃。敵軍の指揮系統を分断する戦術だ。
 敵が反撃に出る。山嵐団に向かって敵兵が矢を放つ。
 だが山嵐団はヴェガのかけたホーリーフィールドの魔法で守られていた。敵対する者にのみ効果を発揮する結界だ。攻撃を結界に阻まれ、敵兵どもは1人また1人と矢をくらって倒れていく。もはや都に火を放つどころではない。
 その頃、ヴェガは城壁の内側で民の誘導に当たっていた。
「心配はいらぬ。落ち着いて進むのじゃ」
 民が空を見て騒ぎ始める。
「ウィルのフロートシップだ!」
 ウィルの軍船がついにウスの都へ達したのだ。整然と編隊を組み、低空飛行で迫ってくる。それを見つめる民の目に怯えの色が走る。
「大丈夫じゃ、ウィルの軍隊は危害を加えぬ」
 ヴェガの言葉が人々のパニックを抑える。
 空の軍船から人々の頭上にバラバラと何かが降り注ぐ。一瞬、人々は驚いたが、すぐにその正体に気付いた。
「パンだ!」
「食べ物だ!」
 食料による爆撃、都の民を味方につけるためのウィルの作戦だった。誰もが飢えていたから、我勝ちに食料へ手を伸ばす。
「これこれ争ってはいかんぞ。食料はたっぷりあるから安心するがよいぞ」
 ヴェガは人々を広場へ誘導。ここまで来れば一安心。さあ、次の仕事が待っている。

●ハンの怒り
 人々の頭上に食料の雨が降り注ぐ中、銀麗とヴァラスはウス城に忍び込んだ。
 銀麗のミミクリーを使い、2人は大鷲に化けて空から侵入。その後はミミクリーの効果で自由に変形できる体を活かし、隙間から隙間、物陰から物陰へと移動を続ける。
 城の中ではハンの兵士達が苦しんでいた。毒入りの食料にあたったのだ。
「おのれウィルのスパイめぇ‥‥」
「城の中にまで疫病を蔓延させやがって‥‥」
「畜生、下痢が止まらねぇ‥‥」
 そこかしこにうずくまり横たわる兵士達が、腹痛にうめきながらウィルを罵っている。
 やがて2人は城の食料庫にたどり着く。食料庫の扉は開け放たれ、中には食料がぎっしり。だがもはや手をつける者はいない。
「早いとこ消滅させましょう」
 銀麗は最初、ディストロイの魔法で毒入り食料の消滅を試みた。
 ぼぅん! 食料袋の1つがバラバラに砕け散り、中の小麦粉が宙に舞う。
 だが消滅はしていない。ディストロイは破壊の魔法だが、消滅の魔法ではないのだ。
「ならばマジッククリスタルで」
 銀麗は手荷物から赤い水晶を取り出す。精霊の力を宿した水晶だ。水晶に念じるや、水晶が砕けてファイヤーボムの力が放出された。
 ボウウウウン!! 食料庫の中で火球が炸裂する。中の食料は爆発で派手に撒き散らされる。その爆発に城の兵士達は気付いた。
「食料庫に曲者だ!」
「さてはウィルのスパイかっ!」
 腹痛の腹を抱えてよろめきながらも、兵士達は食料庫へ殺到。銀麗とヴァラスは逃げ出す。だが城の出口の前で、2人の前にストーンゴーレム・バガンが立ちふさがった。
「ウィルのスパイめっ!! 逃さぬぞぉ!!」
 操縦しているのは老騎士アルマート。先の作戦で銀麗がぶち壊したバガンを応急修理し、無理矢理に動かしている。当然、動きのバランスがむちゃくちゃ悪い。
「くらえハンの怒りだぁ!!」
 繰り出される怒りのゴーレムパンチ。狙いは思いっきり外れたが、当たれば大ダメージだ。
「カオスの手先は死ねぇ!!」
 ぶうん、ぶうと飛んでくるパンチをかわしつつ、ヴァラスはブロッケンシールドを手に持って念じる。
 シールドの魔法が発動し、ヴァラスとそっくりな姿の身代わりがすぐ隣に現れた。
「盾を掲げろ」
 命じるや身代わりが盾を掲げ、ヴァラスも同じポーズを取る。
「何っ!?」
 突然の出来事にゴーレムの動きが止まる。その隙を逃さず銀麗がデストロイの魔法を放つ。
 バギッ!! ゴーレムの肩膝が砕けた。
「お、おのれぇ!! ハンの栄光、やらせはせんぞぉー!!」
 片膝着いたゴーレム、残った片足だけで踏ん張ろうと頑張るが、またも銀麗のデストロイ攻撃。
 バギッ!!
「う、うがあああっ!!」
 ゴーレムは両足を失い地面に転がる。
「さあ今のうちに!」
「待って、その前にもう一仕事」
 じたばたするゴーレムはそのままに、銀麗は城のゴーレム格納庫へ向かう。中にはまだゴーレムがある。そいつに出撃されたら面倒だ。
「見つけたぞ、ウィルのスパイめ!」
「成敗してくれる!」
 後からハンの兵士達がぞろぞろと追いかけてきた。ヴァラスが銀麗にかけてもらったミミクリーの魔法はまだ有効だ。ヴァラスは精神を集中、その姿が不定形のモンスター、クレイジェルになって兵士達の前に立ちはだかった。
「うわっ! 化け物だっ!!」
「魔物め正体を現したな!」
 たじろぐ兵士達。その隙に銀麗は格納庫の入り口に向かって、デストロイを連発でお見舞いした。壁と天井が崩れ、瓦礫が入り口を塞ぐ。これで当面の時間稼ぎにはなる。
「ウィルのゴーレムだぁ!!」
 兵士達が叫びを上げる。フロートシップから降り立ったゴーレムが、とうとう城の中にまで進撃してきたのだ。

●黄金の護符
 都の城壁の内側に設けられた、怪しげな教団の祈祷所。かつては信者で溢れていたその場所にもウィル軍は進軍してきた。
「神官殿! ウスの都はもうおしまいです!」
「かくなる上は『富貴の王』のお慈悲にすがるしかあるまい」
 神官とその取り巻き達は祭壇の前に集まる。同じその場所にウス分国の最高権力者、フェルシェン・ハーリム総督とその部下達もいた。
 彼らは気付かなかったが、祈祷所の片隅の物陰にはヴェガが潜み、様子を窺っている。ウィル軍より一足先に到着したヴェガは、逃亡を図る教団関係者を捕らえんと、行動を起こすタイミングを見計らっていたのだ。
 取り巻き達が2人の流民を無理矢理に引っ張ってきた。痩せこけた貧相な男と、やつれきった若い女。
「た、助けてくれぇ‥‥」
「どうか、命だけは‥‥」
 取り巻きの1人が祭壇の前に置かれた宝箱の中から、黄金の光を放つ2枚の護符を取り出した。神官がナイフを男の喉下に押し当てる。
「貴様の命を『富貴の王』に捧げる」
 男の命が危ない! ヴェガはコアギュレイトの魔法を放つ。だが不幸にも魔法は抵抗され、神官のナイフは男の喉を掻き切った。
 鮮血が勢いよく噴き出し男は絶命。神官は流れ出すその血を護符に注ぎ、またその血を自分の額にも塗りたくる。傍にいた神官の取り巻き達も、それぞれの額に殺された男の血を塗りたくった。
 護符が強烈な黄金の光を放つ。神官とその取り巻き達はその光に飲み込まれて消え失せる。黄金の護符は『富貴の王』が住む宮殿への転移護符だったのだ。
「フェルシェン様、我々も参りましょう」
 残されたもう1枚の護符を手に取り、フェルシェンの部下が主人に告げる。そして流民の女の喉元にナイフを当てた。
 ヴェガは再びコアギュレイトの魔法を放つ。今度は成功した。フェルシェンもその部下も彫像のように凍りつく。
 そこへウィル軍が到来。兵士達がどっと祈祷所になだれ込み、フェルシェン達の身柄を取り押さえる。そしてヴェガは未使用の転移護符を手に入れた。

●バヤーガ
 オラース・カノーヴァ(ea3486)は道案内役に傭兵シフールのクーリンカを雇い、別依頼でハン国王の捜索に携わる冒険者と共に、フロートシップに乗り込んだ。
「俺と目的地が一緒だから同乗させてもらうぜ。バヤーガという老婆を見つけ出し、連れて帰るのが俺の目的だ」
 目的地は精霊の守護する地。そこにバヤーガもいるはず。途中、カオスのフロートシップが追尾してきたが、操縦士の機転で振り切りった。
 そして船は精霊の守護する地に到着した。
 船を下りて森の中に踏み入った冒険者達は、やがて大きな門のような遺跡の見える場所まで来た。かつて冒険者達が森を守る精霊に追い返された場所だ。
 冒険者達がさらに前へ進もうとすると。
 ウオオオオオオオン!!
 恐ろしい叫び声が森中に木霊し、霧が森の中に立ち込める。
「ここから先へ進めば命はないぞ!」
 恐ろしい声が叫ぶ。
 しかし今回は冒険者達の誠意ある態度が精霊の警戒心を解き、冒険者達はさらに森の奥へと進むことが出来た。
 子供達の笑い声が聞こえる。くすくすくす、あはははは‥‥。楽しそうに笑っている。
 一行が進むにつれて笑い声は大きくなり、やがて森の中の広場に出た。
 周りは巨木で囲まれ、頭上には木の枝が広がり、木の葉の間から漏れる陽光に照らされた広場だ。そこには古代の遺跡、かつては神殿だったであろう建物が建っている。半ば崩れてはいるものの、雨風をしのぐには十分な場所だ。
 ハン国王カンハラーム・ヘイットはそこにいた。国王には身辺を世話する騎士が侍り、その周りでは子供達が遊んでいる。さらに離れた場所には老婆が1人、子供を見守りながら森の精霊と話をしている。その老婆こそがオラースの探すバヤーガだった。
「こんな所にいたのかい。見つけ出すのに苦労したぜ」
 オラースが砕けた口調で呼びかけると、バヤーガはしわだらけの顔に笑みを浮かべた。
「こんな辺鄙な場所までよく訪ねて来たものじゃ」
「で、頼みがあるんだ。俺と一緒にウィルへ来てくれ。あんたが作り方を知っている特製スープ、あれがハンに蔓延る疫病の特効薬になりそうなんだ」
「あれまぁ!」
 バヤーガは驚いた顔になる。
「じゃが、いくら何でもウィルまでは遠すぎるぞ」
「心配はいらねぇ。空飛ぶ船がすぐそこまで来てるんだ。ハンの国王陛下を迎えに来た船だが、それに乗ってウィルに向かうのさ。ルーシは一足先にウィルへ来ている。もちろん子供達も一緒に連れていく」
「そうか、ルーシが」
 バヤーガの顔が明るくなる。ルーシが彼女とはぐれて以来、ずっと心配していたのだ。
「そういうことなら、世話になるか」
 バヤーガは同意した。
 帰り道についてはクーリンカが意見を出した。直接にウィルに向かうのではなく、距離的に近いウスの都を目指し、そこからウィル軍と合流して帰国した方がよいと。皆は相談の末、クーリンカの提案を受け入れることにした。
「こいつを身につけてくれ」
 オラースはバヤーガに泰山府君の呪符を手渡す。
「万が一の時のためだ」

●復興の都
 ウィル軍が進駐して以来、ウスの都の雰囲気は明るくなった。ハン総督に赴任したルーベン・セクテ公は都の民の救済のために奔走し、冒険者達もそれぞれの能力を生かして復興支援に当たっている。
 ヴェガは都に設けられた避難所で、怪我人の治療や食料の配布に従事している。
 ヴァラスは大工仕事を担当し、これまでろくに補修もされていなかった家々の修理にかかりきり。そこへオラースがやって来た。
「ウィルに戻ってまたこっちに来たぜ。しかしひでぇ目に会ったな」
「カオスの襲撃ですか」
「まぁな」
 国王とバヤーガを乗せてから、船はカオスの襲撃を受けた。
「敵船がやって来て、魔物どもがどかどか降ってきた時には参ったぜ。バヤーガも魔物にたかられて、危うく命を落とすところだった。ま、俺の渡した呪符のお陰で命は助かったけどな」
 襲ってくる魔物どもを次から次へと斬り捨てた、戦いの感触は未だに生々しい。
「バヤーガさんは今どこに?」
「ウィルの治療院分院だ」
 話しているところへ、銀麗が食事を持ってきた。
「お食事、まだでしょう?」
「ありがとよ」
 オラースが食事を食べ始めると銀麗が言う。
「その食事、元々は毒入り食料なんです。破棄するのはもったいないと山嵐団の皆さんに言われて、それで水でよく洗って毒を洗い流してみたんですけど‥‥」
 オラースの手が止まり、彼はこう言った。
「ま、味は悪くはねぇな」