希望の村1〜お祭りをやろう
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月22日〜07月27日
リプレイ公開日:2008年07月30日
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●オープニング
●オープニング
●月夜の宴
ホープ村は王都ウィルの南にある小さな村だ。
この村に井戸掘りドワーフ職人の一行と、女座長に率いられたジプシーの芸人一座がやって来たのが、6月の半ばの話である。
ドワーフの職人達は村の井戸を清めるために村へやって来た。
ジプシー達は東への巡業に向かう途中で村に立ち寄った。
村の井戸を清めるにあたり、ドワーフ職人の親方は村の領主に4つの誓いを立てさせる。
「そなたは竜と精霊を崇め、その怒りを招く悪しき行いを為さぬと誓うか?」
「誓います」
「そなたは井戸を独り占めせず、民に分け隔てなく水の恵みを与えると誓うか?」
「誓います」
「そなたは我等、井戸掘りのドワーフを敬い、これから先も決してその生業を邪魔せぬと誓うか?」
「誓います」
「あともう一つ。これらの誓いに背いた場合、その償いを果たすと誓うか?」
「誓います」
誓いを聞き届けると、親方は満足の笑みを見せる。
「では、仕事にかかるとするか」
村の井戸は長いこと手入れが為されず、水は濁りきっていたが、ドワーフ職人達の手で再び清水の湧き出す井戸として甦った。
一仕事が終わった後は宴会だ。ドワーフにジプシーに村人達、そして手伝いに来た冒険者がみんなして、歌ったり踊ったり酒を飲んで語り合ったり騒いだり。
親方の前には冒険者の差し出した酒がずらり。
「宴で飲むも道中の休憩時に飲むも自由だ。悪いな、真新しいモンじゃなくて」
「なんのなんの、酒は寝かせた方が味わい深くなるものじゃ」
冒険者が差し出す酒の中には、珍しい酒もあったりする。
「これは『化け猫冥利』と呼ばれるマタタビ酒で、バケネコも喜ぶと言われる珍酒です」
「それは珍しい。話の種に飲んでみるか」
親方が酒瓶を手に取ろうとした時だ。
どぼん! 井戸の方で派手な水音がした。
「大変だ! キラルが井戸に落ちたぞ!」
村の住人の1人、若いバードのキラルが酔っぱらって井戸に落ちたのだ。
「なんと! それは大変じゃ!」
宴会を中断して、みんなでキラルを井戸から引っ張り上げ、手当てを施すと皆で盛大に乾杯。
「水の祝福を受けたキラルに乾杯!」
「乾杯!」
再び賑やかな宴が始まり、歌ったり踊ったり酒を飲んだり騒いだり。
「さあ今度は飲み比べよ!」
「よおし受けて立つ!」
ついにジプシーの座長とドワーフの親方の親方が、酒の飲み比べをおっ始めた。
気がつけば空には月精霊の光が輝いている。
●希望の村
ホープ村は冒険者が統治する村だ。
そもそも、冒険者達がこの村に関わるようになったのは、冒険者による救護院創設の進言が、先のウィル国王にしてフオロ分国王のエーガン・フオロに認められた時に始まる。その数々の失政により国をガタガタにし、今では悪王とも評されるエーガン王だが、その治世の末期に冒険者の進言を積極的に取り入れたことは、フオロ分国再生の出発点ともなったのである。
当初の計画では、寄る辺なき子どもや老人を保護する救護院を建設することになっていた。その建設予定地として選ばれたのが、当時は貧民村と呼ばれていたホープ村だったのだ。この村には王都から流れ込む貧民が住まわされていたが、当時の村の領主であるワザン男爵は、貧民達を厄介者扱いしてはばからず、貧民村の誰もが無気力だった。
その後、紆余曲折とすったもんだを乗り越えた末に、冒険者達の努力は認められ、ホープ村は冒険者の領主が統治する村となった。それに伴い村の名前もホープ村と改められた。
ホープ──それは新たな領主の故郷イギリスの言葉で、希望を表す言葉。
かつては無気力だった村の住人達も、親身になって面倒を見る冒険者達に感化され、今では活気ある村に生まれ変わりつつある。
●3人の村長
ホープ村には3人の村長がいる。村で最も人生経験の豊富な老人ジェフ・ゼーロ、村で最も貫禄のある女性マリジア・カルル、そして村で唯一魔法の使えるバードのキラルだ。3人も村長が立てられたのは領主の意向で、領主不在の時に村に何かあった時には、この3人で対処して報告することになっている。
今日も3人の村長は、3人で集まってハーブ茶を飲みながら話し合い。
「村も豊かになったもんじゃな」
と、ジェフが言う。
「本当だねぇ。畑は広がって麦が育ってるし、家はきちんと修繕されたし、家畜も増えてるしさ」
と、マリジア。
「しかし、何か物足りないのぅ」
しばし、ジェフは宙を見つめながら考え込んでいたが、やがて何が足りないかに気づいた。
「そうじゃ、祭じゃ」
アトランティスのごく普通の村では、月に1度の祭が行われるのが習わしである。かつてのホープ村は貧しすぎて祭を催す余裕は無かったけれど、今はそうではない。
そして7月は『竜精祭』の月。アトランティスでは全世界的に降雨量の多いこの月には、竜を讃える祭が行われるのだ。
「お祭か‥‥いいかもしれない」
キラルはもう遠い目になり、賑やかなお祭りのことを夢想している。
●お祭りはもうすぐ
早速、3人の村長が村人達を集めて意見を聞いてみると、賛成が圧倒的多数だった。
「ここまで立派な村になったんだ! パーッと盛り上がろうぜ、パーッと!」
「もちろん、領主様も祭にお呼びするんだろ?」
「あったり前じゃねぇか!」
で、数日を経ずして、ホープ村からの使いが冒険者ギルドにやって来て、事務員に告げた。
「‥‥そういうわけで村で祭りをやることになりましたので、領主様にお伝えください。村民一同でお待ちしております」
●隣の領主たち
ここは王都ウィルの貴族街にあるサロン。テーブルで話に興じているのはベージェル・ワザン男爵とメルート・シェレン男爵。ご両人ともホープ村に隣接する男爵領の領主だ。
「そうですか、ホープ村で祭りを。村もとうとうそこまで来ましたか」
「だが救護院男爵にとって、大変なのはこれからですからな。領主のお手並み拝見と致しますか」
ホープ村領主との契約で、村の警備は隣領のワザン男爵領から派遣された警備兵が行っている。シェレン男爵もホープ村とは商取引がある。その関係で村に何か動きがあれば、それは遅かれ早かれ隣領の男爵達に伝わることになる。
そして2人の男爵は、共にホープ村に対して大いなる関心を寄せていた。
「ホープ村は場所も近い。村で行われる『竜精祭』には、私もちらりと顔を出すとしますか」
と、ワザン男爵。
「私も祭をのぞいてみるとしまょう。ホープ村の畑の小麦も、今はすくすく育っている頃合いでしょうな」
フオロ分国王エーロンの農業復興策により、ホープ村にはフロートチャリオットが持ち込まれ、大型の鍬を使って耕地を押し広げた。畑に撒かれた麦は今年の秋に実を結ぶはずだが、隣の領主達もその実りに無関心ではいられない。
ホープ村に小麦の豊かな収穫があれば、村の財政も潤うから隣領との交易も増加が見込まれる。隣の領主達にとっては美味しい話だ。
逆に収穫が少なければ、それはホープ村の不安定化につながる。食えなくなった村人達が他領に流れ出すことだって、決して有り得ない話ではないだろう。そうなればホープ村は隣領にとってのお荷物になってしまうが、隣の領主達はそんな事態など望んではいなかった。
●リプレイ本文
●畑仕事
今は夏の盛り。
ホープ村にやって来た領主クレア・クリストファ(ea0941)は、農業指導者のレーガー卿と共に、青々とした小麦畑を見回っている。
「軟禁状態ばかりでは息も詰まるでしょう? それに意見も聞きたいの」
お供の中には、クレアのペットのエレメンタラーフェアリーもいる。グリーンワードの魔法が使えるので、クレアは畑の小麦に色々と質問させている。
「あると嬉しいものは何?」
「肥やし」
レーガー卿が言う。
「今は雨の多い時期だ。水は足りているが、施した肥料が流れやすい。追肥として木の灰を与えるのが良かろう」
クレアは尋ねる。
「村に花園を作りたいのだけれど、どうかしら?」
「花園を?」
少し考えてからレーガー卿は答えた。
「花園を作るならハーブを植えてはどうかね? 花が終わった後も薬草として使える」
見回りの後は雑草取りや肥料作りの仕事。ソード・エアシールド(eb3838)が中心になって行った。それが一段落して、ふとソードは気づく。
「そういえば、前の宴の時にキラルが井戸に落ちたが、井戸周りに柵って作ったか? 小さな子供が落ちたりしたら大変だし‥‥昔、養娘が落ちかけた事があってな‥‥」
見れば、井戸の周りの囲いは丈が低い。急遽、囲いを作り直した。
仕事を終えた夜、ソードはキラルと会って話をした。
「イシュカは今回これなくてな、伝言で『お約束守れなくてすいません』と。‥‥俺も一応弾けるが?」
キラルの手にはソードの与えたリュート。
「ソードの曲、聴かせてよ」
リュートはキラルの手からソードの手へ。
「音の出し方は、こうだ」
びょ〜ん♪
「おっと、間違えた」
調子っ外れな音が出た。暗いので手元が狂う。
キラルがくすっと笑った。
「大丈夫、時間はたっぷりあるからさ」
●特産品
村にやって来た冒険者達は、いつの間にかお祭りを催す側に回っている。
龍麗蘭(ea4441)はお祭りに出店するためにやって来た。小麦粉、塩、食用油、タマネギ、ハーブ、鶏肉といった食材は、まだほとんどを王都や隣領の市場から調達しているけれど、将来的にはホープ村で食材を賄えるようにしたい。
「小麦が実れば特産品として宣伝できるでしょ? その時にその小麦を使った料理を振舞ったりすれば名物になると思うのよ」
村の炊事場で試作品の料理を作っていると、美味しそうな匂いに惹かれて村人達が集まってきた。
出来上がったのは、小麦粉を捏ねて薄く焼き、炒めたお肉と野菜を包んで、ハーブを散らした料理。地球で言うトルティーヤに似たものだ。
「他にもあるけど今回はお祭りだし。片手で気軽に食べれるものにしてみたの。今回は私が持参した材料で作ったけど、小麦が収穫できればソレを使ってこの皮は作れるし、巻く具も人それぞれで色々作れるから面白いと思うの」
早速、試食に預かった村人達は、顔をほころばせる。
「こりゃ、うめぇ!」
「美味しいよ〜!」
そこへソードがやって来た。
「これ、食材の足しにしてくれないか?」
持ってきたのはイール(ウナギ)にシーバスにフラウンダー(カレイ)。麗蘭の目が輝く。
「次は魚で作ってみるわよ」
●舞台と山車
翌日も、朝早くからフィラ・ボロゴース(ea9535)は仕事に取りかかった。
「さて、祭りだ祭り! 盛り上げねぇとな!」
村人の手も借りてずっと作り続けているのは、演奏や踊りに使う舞台である。ただし舞台を置く場所が村の広場なので、村人から色々と意見が出た。
「あまり大きすぎると広場が狭くなりゃしませんか?」
「祭まで、日もあまり無いことですし」
それで舞台の大きさは程々に。
材料となる木は、王都の材木商から仕入れてきた。村の近くには森もあるけれど、木を切り出すのに熟練した者が、まだまだ足りない。だからお金を出して買うのが手っ取り早いのだけれど、支払いは領主クレアのツケ払いになる。
「さて、舞台はこんなもんでいいだろう」
フィラの一言を聞き、手伝いの村人達もやっと一息つけると思ったが、まだ続きがあった。
「次は、舞台をゆっくりと見る人の為に長椅子も作ろう。足腰の弱いお年寄りとかも楽しんで貰えるだろうしな」
「はぁ‥‥長椅子ですか?」
「分厚めの板を組み立てるだけだから簡単だ。作り方を教えるから、何人か手伝ってくれかな? 完成のチェックはあたいがしよう」
村人達は、やれやれという顔になり、
「いや、私らどもに長椅子など勿体ない。地面に敷物引いて座ればそれで十分。お年寄りだって、それで楽できますとも」
「そんなもんか?」
話しているところへ領主クレアがやって来た。
「舞台は出来上がったようね」
クレア自身も村人から祭の案が出たことを、村人の心に余裕が生まれた事だと評価して喜んでいた。会場の設営関係はフィラに一任していたが、クレアにも一つ頼みたいことがあった。
「余裕ができたら、竜ハリボテの山車を作ってもらえるかしら?」
実はフィラもそれを作りたがっていたらしく、
「よっし。長椅子は後回しにして、山車を作るか」
フィラは率先して山車作りに取りかかった。
まず馬車を用意。次に馬車の上に竜の骨組みを作り、その上に大きな布を被せて竜の形にする。
手っ取り早く調達できる布といえば船の帆だ。それで隣領のワザン男爵領から、古い船の帆を購入してきた。これも費用はクレアのツケ払い。
やはりこの手の作り物が好きな者はいるもので、夢中になって仕事にかかりきりになる若者も出始めた。
「竜の背中の形が良くねぇなぁ。おいハシゴ持ってこい、ハシゴ」
作りかけの山車にハシゴをかけて、えっちらおっちら登っていくが、端から見ていると足元が危なっかしい。ソードが声をかける。
「おい、気をつけろ」
「平気、平気‥‥うわあっ!」
案の定、ハシゴがぐら〜っと傾き始めた。ソードはサッと動いてハシゴを押さえ、転落を免れた若者に一言。
「怪我したらせっかくの祭りも楽しめないだろう?」
「へい、気をつけます」
見かねてシフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がやって来た。
「高い所の仕事は、わしらに任せて貰えるかのぅ?」
「そうだな、それが安心だ」
と、ソード。
ユラヴィカは幾人ものシフール達を連れてきている。みんな過去の依頼でユラヴィカが知り合った、しふ学校のシフール達だ。
「そーれ! 持ち上げるぞー!」
「せーの!」
空を飛べるシフールが手助けしてくれて大助かり。やがて竜のハリボテが出来上がった。
「こりゃ見事な‥‥」
「いや、しかしなぁ‥‥」
出来上がった山車を見て、村人達はどこか物足りなさそう。
「竜の色が今一つ‥‥」
材料に古い帆を使っているから、色の映えが悪いのだ。
「ならば、色を塗ろう」
フィラは色を塗ることに決めた。手っ取り早く色を塗るなら、炭を使って黒く塗ればいい。
「とにかく真っ黒にすりゃいいんだな?」
「よーし、やるぞー!」
シフール達もあちこち飛び回って、ハリボテに炭をペタペタ。ユラヴィカもその仕事を手伝いながら、ふと思う。
「竜精祭の月には、ドラパピやナーガ達もまたあちこちで引っ張りだこじゃのう」
過去の依頼で知り合ったナーガの特使にドラゴンパピィ達。今も彼らはあちこちの竜精祭に顔を出して、さぞや忙しいことだろう。
●歌の練習
いよいよ明日はお祭りの本番。だけどその前の日から、村はワクワクした雰囲気に包まれている。
夜になっても村の灯りは消えない。広場からはリュートの音や歌声が流れ、その調べに警備兵達も耳を傾ける。
「祭の始まる前から、またずいぶんと賑やかだな」
夜になっても歌の練習は続いているのだ。しかもリュートで伴奏するのは、国でも指折り数える程に演奏の上手いケンイチ・ヤマモト(ea0760)だから、警備兵だって聞き惚れてしまう。
村の子ども達を集めて、歌の練習に励んでいるのはチカ・ニシムラ(ea1128)。仕事の合間に歌の好きそうな子ども達を集めたら、たくさん集まった。歌っている子どもだけではなく、近くで見ている子どももいるけれど、チカはそういう子を見つけると歌う子どもの中に引っ張っていく。
「にゅ、ねえねえ君お歌好きにゃ? 好きなら一緒に歌ってみないにゃ?」
チカは明日の本番が待ち遠しい。
「皆の前でお歌歌うの久しぶりだにゃ〜♪」
どれ程長く歌い続けただろうか。チカはクレアがやって来たのに気づいた。
「にゃ〜♪ クレアお姉ちゃん〜♪」
いつものように甘えた素振り。
「チカ、もう夜も遅いわよ。何時までも起きていると、明日のお祭りに差し障りが出るわよ」
「分かったにゃ〜♪ 練習はこれでおしまいにゃ〜♪ もう寝るにゃ〜♪」
そうして床に着いたチカだが、その夜はなかなか寝付けなかった。
●見積書
夜も領主クレアの仕事は続く。村の村長3人も、寝ないでクレアの仕事を手伝っている。
「領主様にはご苦労をおかけしますなぁ」
と、老村長ジェフが言った。
「大事な時だからこそ、偶には息抜きを。お祭りを開いたのは良い判断ね」
と、クレアは答える。
「息抜きも時には必要であり楽しむ時もまた全力で。でも引き締める所は引き締めて」
クレアの行っている仕事は、ホープ村の領地経営に関する大雑把な見積書の作成だ。
もともとは隣領のワザン男爵領から割譲された村だ。その後もワザン男爵には色々と世話になっている。村人はワザン男爵領の市場に買い物へ行くこともしばしばだ。村人の所持金で賄える物はいいが、高価な物品は領主クレアのツケ払いになる。
それだけではなく、これまでに商人から購入した資材や家畜の代金も、クレアのツケ払いだ。エーロン王の覚え目出度き冒険者ということで評判が良く、領主としての信用があるからそれが出来るのだ。
しかし領主クレアが考えねばならないことは、まだまだ沢山ある。
「貯水池の修繕のこともあるわね。領民だけの手に負えないようなら、専門職手配を考えないと‥‥。それに粉ひき小屋の設置も‥‥」
●お祭りの日
夜が明けた。お祭りの日がやって来た。
なのに空はどんよりとした曇り空。
「こりゃ、朝のうちから一雨来るかなぁ?」
「竜精祭の月だ、仕方あるめぇ」
村人達は思案顔で空を見つめる。
「多少の雨も『水の祝福』と考えるなら良い話じゃしな」
ユラヴィカはそう言って空を見上げたが、これは大雨になりそうな雲行きだ。
「どれ、わしの魔法で何とかするかのぉ」
ユラヴィカがウェザーコントロールの呪文を唱えると、分厚い雨雲がだんだん薄くなっていく。これなら曇り、運が悪くても小雨で済みそうだ。
「こりゃ、たいしたもんだ」
村人達はこの小さな魔法の使い手に感嘆した。
「いよいよお祭りですか‥‥ちょっと前までは明日にもなくなってしまいそうなくらい沈んでいた村だったのに‥‥感無量ですね」
ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)はしみじみと過去を思い出したが、仕事の手は休めない。ニルナは麗蘭が料理を作る手助けをしている。村の女達も忙しく、でも楽しそうに料理を手伝っている。その姿がニルナには喜ばしい。
「今回のお祭りは私達にとっても、村の人々にとっても、ひとつの区切りでしょうか‥‥これからも苦楽があると思いますが、お祭りはつづけていきたいですね」
次の月には秋祭り、その次の月には収穫祭、お祭りはまだまだ続く。
いよいよ準備が整うと、領主クレアが村の広場の舞台に立ち、祭の開始を告げた。
「共に祝おう、竜祭祭を。村に住む者も村を訪れし者も、共に喜びを分かち合おう」
その言葉が終わるや、村の男衆が広場に竜ハリボテの山車を引っ張ってきた。男衆の先頭で声を張り上げるのはフィラ。
「さぁ、祭りだ! 楽しもうぜ! さぁ飲め食え歌え踊れー!! おっと、はしゃぎすぎて怪我するなよっ!」
山車の周りで踊るのはユラヴィカとシフール達。その踊りがあまりにも楽しそうなので、見る者もつられて踊り出し。
「今宵は夜明けまで踊ろうぜ!」
「さあ飲め歌え踊れ騒げーっ!!」
賑やかなのはいいけれど、踊る勢いに任せてぶつかったり足を踏んだり。
「痛ぇじゃねぇかこの野郎!」
ボカッ!
「野郎、殴りやがったな!」
酔っ払いとケンカは祭の名物。あちこちで怒声が上がり、取っ組み合いが始まるが、それを静めるのも冒険者の役目。
「ここは皆で楽しくする場所です‥‥最低限の決まりを守って頂かないと‥‥」
「嫌なら出ていってもらうが」
ニルナとソードに左右から詰め寄られ、乱暴者はたじたじ。クレアも微笑みながら、人々に声をかけて回っている。
「楽しむのは良いがハメは外し過ぎないように」
するとクレアの正面に、立派な身なりをした2人の人物が現れた。
「クレア殿、ここにいたか」
隣領の領主達、ワザン男爵とシェレン男爵だ。
「この村も賑やかになった。これが、かつての貧民村だったとは信じられん」
ワザン男爵の言葉に、クレアは笑顔で答える。
「1度決めた事は如何なる障害があろうとも成し遂げる、それが私よ。今後も協力をお願いするわ」
●歌声よ響け
ニルナの食事は見回りの合間に、忙しく料理に精を出す村の女達と一緒になって。リーサとルシーナも一緒だ。
「みんなで同じ場所で美味しいものを食べる‥‥こんなに素敵なことはありませんね。頑張らないといけません」
ニルナの言葉にリーサとルシーナは神妙にうなづいていたが、そこへキラルがやってきた。
「リーサ、一緒に踊らない?」
「でも‥‥」
「大丈夫、僕がリードするよ」
キラルとリーサが舞台の上で踊り始める。その様子をルシーナは離れた場所で見ていたが、その様子はどこか淋しげで。
そこへやって来たのが、チカに率いられた子ども達。チカは魔法少女ルックから踊り子の服に着替えている。
「さって、本番にゃ〜♪ 元気に行くにゃよ〜♪ 緊張しないで気楽に行くにゃ♪ 間違えても気にしないで歌うのにゃ♪」
やがて舞台の上で歌が始まる。伴奏はケンイチ、そのリュートの調べがあまりにも素晴らしかったせいか、ルシーナは一歩一歩と舞台に近づき、気がつけば舞台のすぐ近くで歌を口ずさんでいた。
それをチカと子ども達に見付かった。
「お姉ちゃんも一緒に歌おうよ!」
「え!? でも‥‥」
チカが舞台から飛び降りる。
「ちょうどぴったりのドレスがあるにゃ〜♪」
チカはルシーナを着替え場所に引っ張って行き、再び2人が姿を現した時、ルシーナはチカのドレスを着せられていた。
「あの‥‥」
「恥ずかしがらないで歌うにゃ〜♪」
皆と一緒に舞台に上がったルシーナを、人々の拍手と声援が包んだ。
ルシーナは歌い始める。チカや子ども達と一緒に。最初はおずおずと、でも次にはさらに大きな声で。気がつけば幾つもの歌を一緒になって歌っていた。
チカと子ども達は歌いながら舞台の上で飛んだり跳ねたり踊ったり。
その楽しい時は、病を抱えるチカの身体を案じたクレアが、舞台のチカに休息を命じるまで続いた。