波乱万丈若妻1

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月26日〜03月31日

リプレイ公開日:2009年04月04日

●オープニング

●結婚は戦いなり
 これは河賊の娘リリーン・ミスカとして育てられながら、冒険者出身の新ルーケイ伯との運命的な出会いを遂げ、ついには結ばれてその妻となった旧ルーケイ伯爵の娘、セリーズ・ルーケイのその後の物語である。
 さて、この新たな物語をどこから始めよう?
 そうだ。結婚式の後、夫と共に故郷たるルーケイの地に里帰りしたセリーズを迎えての、あの祝宴の時から始めるのがよろしかろう。
「新郎新婦に乾杯っ!」
「新旧のルーケイ伯爵家に乾杯!」
「末永く竜と精霊のご加護を!」
 祝福の言葉と共に杯が打ち鳴らされ、河賊上がりの猛者どもはなみなみと注がれた酒を一気に飲み干してはまた一杯。
「さあ飲めさあ食え! 今宵は無礼講だ!」
 ドラ声を張り上げて音頭を取る野郎がいれば、胸元も露な衣装で舞い踊る踊り子もいる。肉を頬張っては酒で胃袋へ流し込む荒くれ野郎どもに、けたたましい笑い声を響かせる姐御衆。王都の貴族達が見れば眉をひそめそうなお行儀の悪さだが、そこは強い絆で結ばれた河賊達。今はルーケイ水上兵団と名を変えてはいても、その心根は昔とまるで変わらない。
 そのうちに、宴に招かれた冒険者の客が、何やら演説をぶち始めた。
「結婚を戦いに例えるなら‥‥」
「何だ、声が小さくて聞こえねぇぞ!」
 面白がって野次が飛ぶ。
「だから、結婚を戦いに例えるなら‥‥」
「戦場はベッドの上だな!」
 この茶々入れにどっと笑いが巻き起こる。
「おい頼むぜ、静かにしてくれよな。これは大事な医学的なアドバイスなんだぞ。で、戦いに例えるなら‥‥」
 苦笑しつつ冒険者もますます声を大にして演説を続ける。え〜その‥‥これは夫婦の営みを戦いに例えたもので、詳しい話の内容は省略するが‥‥周りの者達はますます面白がって、口から次々と言葉が飛び出す。
「そりゃ、戦いは領主の大事なお勤めだ!」
「しかし戦場が戦場だけに、伯爵殿の戦いっぷりをこの目で拝めないのは残念至極!」
「だが百戦錬磨の伯爵殿だ! 今度の戦いも大勝利間違いなし!」
 昔からこんな連中だ。いざ戦場では頼りになるけれど、酒を飲めばガラが悪くなるのは分かりきっている。それでセリーズは最初のうち我慢していたけれど、段々に虫の居所が悪くなってきた。夫のルーケイ伯に目をやれば、困ったような顔で苦笑いしているばかりで。
「もう、いい加減に‥‥!」
 勢いよくセリーズは席を立つ。
「セリーズ?」
 心配そうに夫が差し出すその手をセリーズは掴んで。
「さあ、出陣致しましょう。私達2人の戦場へ」
 何事かと見守っていた男達は唖然。女達はくすくす笑っている。
 セリーズはそのまま夫を外まで引っ張っていき、2人が消えておろおろしている連中を尻目にして。
「ほとぼりが冷めるまで、ここでのんびりしてましょう」

●奪われし民
 あの日から半年余りが過ぎていた。
 セリーズは夫たるルーケイ伯の代理人として、王領バクルを統治するという務めを果たしている。
 この土地は王都に近い王領で、大河の畔に位置している。もともとは貴族の領地だったのだが、先王エーガンの暴政下で悪代官に乗っ取られた。後に悪代官は冒険者とルーケイ水上兵団の手によって討伐されたが、元の領主たる貴族家はお家断絶も同然の有様。そこで悪代官討伐に功績のあったセリーズに、統治のお役目が回ってきて現在に至る。
 さて王領バクルの西側には、ホープ村という冒険者出身の領主が治める村がある。元々は貧民村と呼ばれる程に貧しかった村は、この領主の下で大いに発展した。
 ホープ村領主は領地経営にことのほか熱心で、王領バクルに利用されることなく放置されている土地があることを知ると、セリーズにその土地を食糧増産の拠点として利用することを願った。セリーズは協力を約束し、ホープ村領主の願いを実現すべく動き始めたのである。
 そのホープ村の領主には、果たさねばならぬ使命があった。それはバクルの悪代官と結託した悪徳商人の手によって、奴隷としてハンの国に売り飛ばされたウィルの貧しき民を救い出すこと。
「つまりはホープ村領主も私も共に、奪われし民を取り戻す責務を負う者というわけだ」
 セリーズにはホープ村領主の抱える苦悩そして使命感が、あたかも自分のものであるかのように感じられる。何故ならセリーズの出自である旧ルーケイ伯爵家もまた、その土地から民を奪われた過去を有するからだ。
 それもまた先王エーガンの暴政下での話。旧ルーケイ家の遺臣達がフオロ王家に叛旗を翻し、ルーケイ内乱が勃発した時、エーガン王に与する王領代官の軍勢がルーケイ領内に侵攻し、大勢の民を連れ去ったのだ。その民の多くは悪代官ラーベ・アドラの支配する王領北クィースに抑留され、今も奴隷同然の扱いで苦役を強いられている。
 ウィルの王座に新たな王が着き、エーロン分国王によるフオロ分国の改革が進みつつある今も、悪代官ラーベは討伐されることもなく北クィースの支配者であり続けている。
 その最大の理由は、北クィースが王都ウィルにとって、小麦をはじめとする食料の一大供給地であるからだ。北クィースに戦火が広がりその穀倉が焼き払われることになれば、王都はたちまち食料不足に見舞われるだろう。
 言うなれば悪代官ラーベは、小麦を人質にとって身の安泰を保っているのだ。
「だが、奴に引導を引き渡すべき時は近づきつつある。エーロン陛下の改革も実を結びつつある今、ようやく行動の時が巡ってきたか」
「では冒険者ギルドにも手配を致しますか。王領北クィースの潜入調査を依頼するなり、あるいは‥‥どうなさいました?」
 長年、仕えてきた腹心のベージーが、セリーズの顔を見て怪訝そうな顔になる。彼はセリーズの顔に浮かんだ戸惑いの色を見てとったのだ。

●先にするか後にするか
「何かお悩み事でも?」
「ああ、その‥‥伯爵夫人としてのお勤めのことを考えていた」
 セリーズの胸中に、かつて夫からかけられた言葉が甦る。──これから二人で、家族を作ってゆこう。セリーズが生まれ育ったような、幸せな家庭を。
「でも、子どもを持つのはまだ早い。カオス勢力がなおさら勢いを増し、激しい戦いが始まろうかというこんな時に」
「いやセリーズ様、俺はそうは思いませんぜ」
 その言葉に、思わずセリーズはベージーをまじまじと見つめる。
「なぜそう思う?」
「こんな事を言うと気を悪くなさるかもしれないが、いくら百戦錬磨のルーケイ伯でも不死身という訳じゃない。戦いで落命なされた時、お世継ぎがいるのといないのとでは後の話が大いに違ってくるじゃありませんか? 領地と民に責任を持つ領主なれば、お世継ぎを残すことも重要なる務め。お世継ぎ無くば伯亡き後、ルーケイの地が有象無象どもの領地争いに巻き込まれることだって‥‥」
「確かにその通りだな、ベージー」
 その意見には納得できる。でも‥‥。セリーズはじっと考え続け、最後にこう言った。
「先にするか後にするか、それが問題だ」
「ま、それはともかく‥‥」
 ベージーは努めて明るい口調で告げる。
「俺は冒険者ギルドへ行って依頼を出してきやしょう。まずは悪代官ラーベに対する情報収集ってことで」
 そう言って立ち去りかけたベージーを、セリーズが呼び止める。
「あともう一つ。ハンに連れ去られたウィルの民の救出についても」
「分かりやした。北クィースの虜囚とハンの虜囚、その双方の解放のために」

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ヴェガ・キュアノス(ea7463

●リプレイ本文

●オニキス号
 オニキス号は今日もガンゾの町の船着場に停泊している。ガンゾはシム海に流れ込む大河に面した町、オニキス号はカラン商会が所有するハンの国の商船だ。
 船着場ではバードと占い師の2人連れが営業中。でも2人の正体は冒険者だ。シフールの占い師はユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、バードはケンイチ・ヤマモト(ea0760)だ。2人はオニキス号への人の出入りを探っていたのだ。
「この船はハンの国王陛下のお膝元、ヘイット分国の港から来てるのさ」
 占い師の客となった船の船員が言う。船員の客はこれで3人目。話すうちに結構、色んな情報が入ってくる。
 船に出入りする人間の種類は色々だ。裕福そうな商人、貴族の使い、それに大勢の人夫達。
「さて、船の中も調べてくるかのぉ」
 頃合を見て、シフールのユラヴィカはオニキス号へ接近。人目につかぬよう離れた場所から、テレスコープやエックスレイヴィジョンの魔法で探りを入れる。見たところは普通の商船で、船倉には積荷がごろごろ。
 船室には商会の有力者、レミンハール・カランがいる。カランは宝石を検分していたが、やがて宝石を船室の隠し金庫にしまい込み鍵をかけた。
「金庫はあそこじゃな」
 調べるうちに船の構造や、どこに何があるかをユラヴィカは理解した。
 念のため龍晶球も使ってみたが、魔物の反応はない。
 やがてケンイチの所に戻ると、彼はユラヴィカに伝えた。
「竪琴を弾いてたらカラン商会から誘われましたよ。近々開かれる晩餐会で演奏しないかって」

●将来への布石
 信者福袋(eb4064)もまたカラン商会を調査中。主にガンゾの町で商会の周辺に探りを入れ、何人かの商人に当たりをつけてみた。小麦など合法商品のルートについては楽に情報が入ったが、商品が奴隷となると。
「わっはっは、ご冗談を!」
 尋ねてみても、どの商人も営業スマイルで首を振る。私どもはそんな恥ずべき商売とは無関係ですと言わんばかりに。
「奴隷も商品である以上は流通ルートがあるわけですし、それを辿ることができれば消息も掴みやすいかと‥‥思ったのですが」
 調査を終えた福袋の、そんなぼやきを聞いてベージーが言う。
「かつてベクトの町にあった奴隷売買の拠点は、冒険者にぶっ潰されちまったからな。今じゃ闇商売の連中もやり難いのさ」
「表の商売の手がかりが得られただけでも良しとしますか」
 案の定というか、福袋の調査によれば王領代官ラーベはカラン商会のお得意様。小麦やぶどう酒など、相当な金額の農産物が商会を通じて取引されている。しかしそれもラーベの関わる商取引のほんの一部なのだ。
「全体像を把握するには王領クィースからの情報も必要ですね。それと今回、将来に備えての布石を打ちましょう」
 福袋はベージーに提案する。
「つまり、北クィースに武力制裁を加える段階に達したときのための準備です。あちらはウィルの食料を確保することによって今まで安全を保ってきました。戦術レベルの対抗策なら北クィースの食糧備蓄の奪取ですが。これを戦略レベルで考えるなら、『北クィースの食料が失われた時のために、ルーケイその他の土地から不足分を供給できるかどうか』が戦略目標になるはずです。食料をどのくらい用意すればいいか? 食糧増産計画を立てたとして間に合うか? このへんを検討してみようかと‥‥」
 その着眼点の良さにベージーは唸る。
「これは大きく出たな。よし善は急げだ、ちょっと付き合ってもらうぜ」
「付き合う? どちらへ?」
「旧ルーケイ家の家臣の皆様方のとこだ。戦略目標達成のためには、是非ともご協力頂かなくてはな」

●王の忠告
 フオロ分国王エーロンは多忙だが、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が拝謁を求めるとあっさり許された。彼女はそれだけ王の信任が厚い。
「ハンに売り飛ばされた虜囚の行方を掴み、ウィルへ取り戻すという最終目的に変わりはございません。恐れながら、その手段の一つとしてカラン商会との取引を『より手広く』行い、流通ルートの解明に向けて動いてもよろしいでしょうか?」
 ゾーラクはエーロン王の判断を仰ぎ、回答を待つ。
「この件は麻薬絡み。逐一、報告を入れろと命じたのは俺だが、おまえはマリーネ治療院やホープ村でも沢山の仕事を抱えていたろう?」
「申し訳ありません、力不足は常日頃から痛感しています」
 その言葉に一瞬、ゾーラクは非難されたのかと思った。しかしそうではなかった。
「誤解するな、おまえの献身ぶりは分かっている。だが人間1人でやれる事には限界があろう。ゾーラク、おまえは既に人の上に立つ身だ。自分1人だけで無理して頑張ろうとせず、これからはもっと人を動かすことに馴れろ」
 エーロン王は傍らに控える補佐官に命ずる。
「リュノー、冒険者ギルドに図って早急に応援態勢を整えろ。騎士ボラットを始め、ゾーラクの為に動ける人間はいるだろう?」
「はい」
 その後でエーロン王はゾーラクに答えた。
「カラン商会の件についてはおまえの判断で動いてよい。決して無理はするな。だが、動くべき時には躊躇わずに動け」

●新たな命
(「あの日、私の力足らずで奪われた数多の民は必ず取り戻す。同じ責務を負う者として、セリーズ‥‥貴女の願いも成就させよう」)
 クレア・クリストファ(ea0941)にとって忘れもしないあの日。村を悪党どもに襲撃され、ワザン男爵の館から出られぬまま民を連れ去られた。クレアがセリーズに惹かれるのも、共に民を奪われた過去を持つが故。
 でも時には友人としてまた人生の先輩として、一声かけることもある。
「子育ては戦争並よ、如何に決めても頑張りなさいね」
 その一瞬、遙か離れた故郷の世界で別離した娘の姿が、クレアの心中に甦る。
 そしてクレアはカラン商会との交渉へ。セリーズはその夫アレクシアス・フェザント(ea1565)と共に生まれ故郷のルーケイへ赴く。
「すみませんね、わざわざお二方にも同席頂いて」
 恐縮する福袋。ルーケイ伯爵夫妻も一緒なら、家臣達と交渉するにも心強い。
 アレクシアスとセリーズは言う。
「いや、王領アーメルに向かう用事もあることだし」
「私も里帰り出来て嬉しいわ」
 フロートシップなら到着もあっと言う間。新ルーケイ伯の一行は旧ルーケイの家臣達の手厚い歓待を受け、夜は森の中の館で一泊した。
「ここは落ち着くな」
 館の警戒の物々しさは、以前にアレクシアスとセリーズが訪れた時と変わらない。しかしその中にあって、アレクシアスは心底くつろぐことが出来た。ここでは誰もが新ルーケイ伯と、旧ルーケイ家の出自であるその妻に信頼を寄せているからだ。
「これから二人で、家族を作ってゆくのね」
 寝室で2人きりになった時、セリーズがアレクシアスに言った。
 なぜこんなことを言うのだろう? 不安なのだろうか?
 アレクシアスはセリーズを安心させようと、その体を優しく抱きしめる。
「愛する妻と可愛い我が子をこの腕に抱きたい。そう思うのは領主でなくとも当然の事だ」
 ふと、セリーズが囁いた。
「アレクの気持ちを知りたいの。今はその時なのかしら? ‥‥それとも後にすべき?」
「俺としては‥‥先かな?」
「決心がついたわ」
 セリーズの腕がアレクシアスの背中に回る。鼓動の高まりが体を通して直に伝わってくる。言葉はいらない。気持ちは一つ、それは十分すぎるほど分かっている。
 ──やがて時は過ぎ、部屋の明かりが消える。2人はまだ知り得なかったが、その夜は新たな命がセリーズのお腹に宿った日となった。

●交渉
 カラン商会のレミンハールと会う前に、クレアはイクラ三姉妹の店に立ち寄った。もう一度、カラン商会に関する情報を確認するために。
「どんな些細な事でもいいから、死ぬ気で思い出しなさい。時間は無情に過ぎるわよ」
 やがて三姉妹の1人が返事した。
「思い出したわ! 実は‥‥」
 そっとクレアの耳に囁く。
「‥‥え? 富貴の王に貢物を?」
 聞いてみると相当に眉唾物な話のようで。でも話す方は真剣そのもの。
「その話は口外無用よ」
 三姉妹に口止めすると、クレアはゾーラクを連れてオニキス号へ。ルーケイ水上兵団の兵士も数名が護衛として付き添った。
 万全を尽くす為、クレアは事前にスネークタングを咀嚼。レミンハールが現れると大胆に要求を突きつける。
「単刀直入に言うわ。私が欲しいのはハンの悪徳商人が奴隷として連れ去った者達の情報よ。まさか何1つ判らないとは言わないでしょ?」
 レミンハールは最初、困惑の表情を見せる。
「さて困りましたな。そのご質問に答えれば、ハンの国の恥を他国人に晒すも同然。なれど人徳厚きクレア殿なればこそ、特別にお教え致しましょう」
 レミンハールはクレアの耳に囁く。
「商会の掴んだ情報によれば、彼らはウス分国の山岳地帯にある鉱山で、奴隷として働かされています。元々は善良なドワーフ達の住む鉱山だったのですが、今は悪党どもに支配されているのです。塗炭の苦しみを受ける無辜の民を救う為とあらば、私も協力を惜しみません。ただし、事は内密に運ばねば」
「有難う。ところで‥‥」
 クレアは別の要件を切り出す。
「以前に打診した麻薬取引の件、結論は出たかしら?」
 麻酔として使う目的で、ウィル国内で生産される麻薬を合法的に取引する件だ。
「実はあの話を商会の上層部に相談したところ、この私に交渉の全権が与えられました。是非とも末永き取引を」
「それは良かったわ」
 満足の意を示すと、クレアはレミンハールにゾーラクを紹介する。
「今後、医療用麻薬の取引は彼女を名義人として行うということで。但し、この件はまだ本決まりではなくてよ。契約成立後も民衆等に横流した場合、誰であろうと同じ悲惨な結末になるだけ」
 クレアは冷たく笑う。
「私の噂、知ってるわよね? 次が貴方達にならない事を祈るわ」
 レミンハールの眉がぴくりと動く。しかし彼は、言葉だけは丁寧に同意を示した。
「異存はありませぬ。して、取引は名義人が全責任を負うということで宜しいですかな?」
 元からそのつもりだったので、ゾーラクは明言する。
「はい。不測の事態が起きた際には自分が責任を負います」
「ならば、これで仮契約は成立ですな」
 この交渉の一部始終を、後にクレアはエーロン王に余すことなく報告した。

●代官ギーズとの交渉
 アレクシアスは今、王領アーメルにいる。王領の支配者たる代官ギーズと交渉するためだ。
「確認したい事がある。ルーケイの反乱が起きた当時の状況を教えて欲しい」
 そもそもは当時の傭兵隊長だったギーズの行為が、北クィースの虜囚を生み出す発端となったのだ。アレクシアスの求めに応じ、ギーズは反乱の経過を詳しく話して聞かせる。だが正義が自分にありと主張することも忘れない。
「俺はあくまでも当時のウィル国王エーガン陛下の王命に従ったまでだ。ルーケイの地に侵攻し、大勢の民を連れ去った事は荒っぽいやり方だったかもしれん。だが反乱の拡大を阻止するにはそれしかなかった」
「民をアーメルに留めず、北クィースに送った理由は?」
「謀反を起こしかねない民を、その根城であるルーケイから出来るだけ遠くに切り離す必要があったからだ。当時のアーメルはまだ混乱が収まらず、ルーケイの民を留めるには危険すぎた。何よりも北クィースの代官ラーベは当時から実力者で、向こうからも民を引き取りたいとの申し出があったのだ」
 アレクシアスはギーズに明言した。
「俺はルーケイ伯爵として、連れ去られた民を取り戻す義務がある。ギーズ殿にも民の救出の為の協力を要請したい。ただし、今暫くは動くべき時ではないが‥‥」
「事と次第によっちゃあ、ラーベと戦争になるぞ」
 そう言うギーズの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「だが、いずれは決着をつけねばならぬ相手だろう? 俺はあんたに協力するぜ」
 実を言うとギーズとの交渉に際して、アレクシアスはギーズがルムス村の一件を持ち出すのではないかと懸念していた。が、ギーズの方からその事を持ち出すことはなかった。

●北クィースの地で
 王都とフオロ北部とを行き来するフロートシップに便乗し、長渡泰斗(ea1984)は北クィースにやって来た。最初に足を運んだのが傭兵の募集所。
「腕は確かなんだろうな? 試してやろうじゃねぇか」
 募集所の担当者が勝負を持ちかけ、泰斗は5人の猛者相手に対戦することとなった。
 結果は4勝1引き分け。
「強ぇなあんた、気に入ったぜ。ところで何でまた、この北クィースで雇われようって気になったんだ?」
「色々あって、食い扶持に困ってな」
「ならこれから先、食う心配をすることはねぇぜ。最初の給金だ、持っていきな」
 めでたく採用された泰斗を、傭兵達は土地の酒場に誘う。
「さあ今日は祝い酒だぜ!」
 荒っぽい連中だが、金遣いの方も実に荒っぽい。飲んだり食ったり博打を打ったりで、どんどん金が減っていく。
(「まともに付き合っていたら身が持たんな」)
 思いながらも泰斗は酒盛りに付き合い、色んな話を聞きだした。例えば代官ラーベが赴任する前に土地を支配していた領主一族が、今ではラーベの人質になっているとか。
「まあ、土地には土地の事情があるってことだ。うるさい事は言わず目をつぶってりゃ、それで済む。さぁて、次なるお楽しみと行こうぜ」
 傭兵達は泰斗を娼館の入り口に引っ張っていった。
「いや、もう金がない」
 断って帰ろうとしたが、その泰斗の目に1人の娘の姿が映る。
「あれは‥‥」
 その娘は娼館の窓辺に立ち、寂しげに遠くを見やっている。娼館で働く女性だろうか?
 一方、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)もまた、北クィースでの潜入調査を試みていた。表向きの立場は吟遊詩人として。
「おや新入りさん、この町は初めてかね? 案内するぜ」
 以前から北クィースで商売している芸人達が、土地の中心部たる町を案内する。
「景気がいいだろ、この町は」
 北クィースが豊作続きなのは間違いない。町の住民は身なりも血色も良く、芸人への金払いもいい。市場には食料があふれている。
 念の為『石の中の蝶』の動きも注意するが、反応は無い。
「あれは‥‥?」
 ディアッカは気づいた。町の表通りからは目立たぬ場所に、みるからに貧しそうな家々の密集した場所がある。ディアッカがそちらに向かおうとすると、芸人が厳しく呼び止める。
「おい、そっちには行くな!」
「どうしてです?」
 芸人は声を潜めて言う。
「この町で稼ぎたければ、汚い物には目をつぶれ。それが賢いやり方だ。代官殿に町から追い出されたくはないだろう?」
 後の調べで分かったことだが、その場所にはルーケイから連れ去られた民が住まわされていたのだ。
 こうして泰斗とディアッカは調査を続け、王都に戻った時には貴重な数々の情報を仲間にもたらすことが出来た。その詳細は次回の依頼書にて。