ウィルの大義1B〜ハン国王に迫る危機
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月15日〜04月20日
リプレイ公開日:2009年05月03日
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●オープニング
●国境侵犯
ウィルの隣国、ハンの国で恐るべき疫病が発生してからおよそ9ヶ月が経つ。以来、ハンの国との国境地帯では今も物々しい警戒が続いている。
フオロ分国の北部、北部領主たちの領地群のただ中にあるヒライオン領は、国境を守るウィル軍の拠点だ。今日も物資や人員を載せたフロートシップが到来し、国境線である川のこちら側にはウィル軍のゴーレムがずらりと立ち並ぶ。ゴーレムのみならず、剣や弓矢で武装した兵士も多数にのぼる。彼らはハンの国からの難民が国境を越えてウィルに入り込まぬよう、絶えずにらみをきかせているのだ。
川の向こう、ハンの国の側は酷い有様だ。そこには数百人もの難民が留まっている。疫病を恐れて村を捨てたか、賊徒に村を滅ぼされて逃げてきた者達だ。
「いつまでこんな状況が続くんだ?」
「ハンの国の国王が動かねば状況は変わらぬ。いや、ますます酷くなるばかりだ」
こんな会話がウィル軍兵士の間で、幾度交わされてきたことだろう。
ウィル国王ジーザム・トルクの王命により、ウィルとハンとの国境は閉ざされた。それでも目の前にいる難民達は、ウィルに救いを求めてここまでやって来たのだ。むざむざ見捨てるには忍びない。だから時おり食料を積んだボートを川の向こう側に渡し、何とか生き延びさせてはいる。それでも難民のかなりの者が、飢えや過労や病気で死んだ。
「おい! 何だあれは!」
兵士達は異変に気づく。国境の向こう側に武装した一団が現れたのだ。奇怪な仮面を被った賊徒どもだ。その動きは軍隊のように統制が取れ、列を為して難民に近づいてくる。
やにわに賊徒は一斉に剣を抜き放ち、難民に斬りかかった。
「大変だ! 奴ら難民を襲っているぞ!」
非常事態だ。難民に恐慌が広がる。
「助けてくれぇ!」
「殺されるぞ!」
怯えた難民達が押し寄せる波のように、ウィルの側に向かって動き始める。だが王命を受けたウィル軍兵士は、難民を追い返す以外に為す術がない。
「来るな、来るなぁ!」
兵士達が剣を振り上げ威嚇する。ずらりと並ぶストーンゴーレム・バガンも、ゴーレム剣や拳を振り上げる。だが死の恐怖に囚われた難民の動きは止まらない。ついに1人また1人と、川を越える者が出始めた。
「ばかやろう!!」
バガンに乗る鎧騎士が怒声を張り上げ、蹴りを繰り出す。反射的に取ってしまった行動だった。だが手加減なしのその蹴りは、運悪くバガンの正面へ走ってきた難民の男に命中。
ぼがあっ!! 男の体が宙に舞い、放物線を描いて川の向こう側に落下する。
「うわあっ!!」
それを目撃した難民達は恐怖し、その場に凍りついた。落下した男は不自然な体勢に体をよじらせたまま動かない。難民の前方にはウィル軍のゴーレムが盾となって立ちはだかり、後方からは賊徒が迫ってくる。
「弓を引け!」
状況を見かねて弓兵隊の隊長が号令を下す。
「狙いは賊徒だ、撃て!」
一斉に矢が放たれる。矢は難民の頭上を飛び越え、賊徒の頭上に降り注ぐ。
賊徒は後退を始め、見事な素早さで国境の遥か後方に姿を消す。
逃げ惑う難民達もやがて散り散りに姿を消し、川の向こうにあれほどいた難民達も、1人残らず姿を消していた。残ったのは命を落とした者だけ。横たわる死体の中には、バガンに蹴り飛ばされ絶命したあの男の姿も混じっている。
●グロウリング伯の懸念
ウィル国王ジーザム・トルクには2人の腹心がいる。その1人が右腕と言うべき王弟ルーベン・セクテ公だ。内政に明るく常日頃から民と接し、人心の掌握術に長けている。またジーザムも、その王位後継者の第一候補としてルーベンを捉えている節がある。
もう1人が左腕と言うべきロッド・グロウリング伯爵だ。傭兵出身ながら数々の戦いの中でのし上がり、今ではウィルの軍事と諜報を動かす重要な役割を果たしている。
国境地帯で起きた事件は、その日のうちにロッドの知るところとなった。
「事態収拾のため現地入りしたセクテ公の、その後の情報はどうだ?」
「難民を蹴り殺した鎧騎士へのお咎めはなし。セクテ公は自分が責任を負うと言明したとのことです。また国境侵犯を犯した弓兵は謹慎を命じられ、その処分はハン国王に委ねられたとのこと」
「必要以上に事を荒立てぬつもりか、セクテ公らしい」
部下から報告を聞いているところへ、もう1人の部下がやって来て告げる。
「今しがた入った情報です。ハンのカンハラーム陛下が訪ウィルを決意しました。来訪は4月半ばにフロートシップで。その際、ハンのウス分国に立ち寄り、自らの目でウスの現状を確かめると」
「そうか、やはりそう出たか。セクテ公とミレム姫の結婚についてはどうだ?」
ウィル国王ジーザム・トルクからハン国王カンハラーム・ヘイットに対し、王弟ルーベン・セクテ公とミレム姫の結婚申し込みが為されてから、既にかなりの日数が経過している。
「それについてはハン国王が直接、ジーザム陛下に伝えられるとのことです」
ハン国王カンハラーム・ヘイットが自らウィルを訪問するということは、ジーザムに対して礼を尽くしての返答を為すためもあるだろう。だが、それだけではないはずだ。窮状にあるハンの国の国王として、カンハラームはジーザムに対して何か重大な要請を行うに違いない。
「内乱と疫病で南部の国土は荒廃、北部の王侯貴族はそれに見て見ぬふり。今のハンは国として立ち行かなくなりつつある。ハン国王としては是非ともこの結婚を成功させたいはずだ」
ルーベンとミレム姫が結婚によって結ばれれることは、ウィルとハンの両国の間に同盟関係が成立することを意味する。さすればハンの国を蹂躙するカオス勢力に対し、ウィルが討伐軍を繰り出すことも可能となるはず。
しかしウィルの強大な軍事力でハンに平和がもたらされたとしても、古くからのハンの友好国でありウィルをライバルと見なすエの国やラオの国にとっては、面白くはあるまい。
「果たして上手くいきますか」
「上手くいかねばハンは滅ぶ」
●予言
その日、冒険者ギルドに所属する2人の地球人が、ロッドを訪ねてきた。その2人とはゲリー・ブラウンとエブリー・クラスト。
「急ぎ知らせたいことが」
「ハン国王のフロートシップが襲撃される危険があります」
ロッドは驚いた素振りも見せず、問い質す。
「確かなのか?」
エブリーが答えた。
「はい。私はフォーノリッヂの魔法を使い、『ハン国王』の『フロートシップ』の『危機』という3つの言葉を選んで、未来を見てみました」
「それで何が見えたのだ?」
「船の甲板に立ち尽くすハン国王と、その頭上から迫る巨大な影です。その影は異形で‥‥まるで魔物のように見えました」
「俺の他に、この件について知らせた者は?」
「ヒライオン領にシフール便を送り、警告を発しました」
ロッド卿の決断は早かった。直ちに部下に命ずる。
「冒険者ギルドに依頼を出せ。これは国一つが滅びる程の危機になるかもしれんぞ」
●リプレイ本文
●事態は紛糾
これは国境を越えてハンの領土内に進入し、ハン国王を救出しようという重大な作戦。
だが困ったことに、依頼を受けた冒険者達はサイクザエラ・マイ(ec4873)を巡って紛糾していた。
かの冒険者はジ・アースの江戸での戦いに赴いた際、自らの意思で民間人虐殺を行った──。それが、本来は一致団結すべき冒険者達が彼を糾弾する理由だ。
「それが本当なら由々しき事実だが、この大事な時に!」
依頼人ロッド・グロウリング伯は不快感を露にする。本来なら作戦準備に充てられるべき時間と労力を、冒険者達はこの一件で無駄に浪費しているからだ。
居室のドアにノックの音。
「入れ」
現れたのはアリア・アル・アールヴ(eb4304)。
「相談に参りました」
「またサイクザエラの件か?」
「いいえ、ハンの国に対する国家レベルでの対策です」
「そうか、聞こう」
このところサイクザエラへの対処を願う冒険者ばかりが続き、うんざりしていたロッド伯にとって、待ちかねていた建設的な話だ。
「ハンへ迎えのフロートシップを送る計画が進んでいますが、いっその事、高級ゴーレムを贈り物として携えてはいかがでしょうか? たとえ将来に戦争になったとして1騎2騎のゴーレムで戦況は変わりません。仮に、ウィルの兵が国境の向こうに矢を放ったことに対する決闘裁判を要求されるとしても、それに使用しても当方は構わないという態度を取れば、ハンの王家に誠意を示すことに成りましょう」
「だが、かくも強力な兵器の持ち込みを、ウィルに滞在中の親善使節団が認めるかどうかは疑問だぞ」
「たとえ無理でも、贈り物の一報と共にハン国王陛下をお迎えする使者を出すというのは、国境を越える立派な口実です。幸いミレム姫も王都へおられますので、戦闘に不向きな儀礼装備でお見せすれば、許可も得やすいのではないでしょうか? 今回の作戦においては国境に待機するドラグーンが駆けつけるまでの時間稼ぎが目的。武装は飾りで構いません」
「では、まずはミレム姫の許可を取れ」
「それと、別ルートのヒーロー偽装をするチームですが‥‥」
「別ルート?」
話の途中だったが、ここでもう1人の冒険者が入室してきた。
「入ります」
シャリーア・フォルテライズ(eb4248)だ。その姿を見るなり、ロッドは不機嫌な顔になる。
「サイクザエラの件なら既に話は聞いたぞ」
「いいえ今回はハンでの作戦に関してです」
アリアが口添えする。
「ウィルの使者としてハン国王陛下を迎える護衛隊に対して、彼女を含む別働隊はハン国王陛下救出を支援する演劇作戦を実行するのです」
「演劇作戦だと?」
シャリーアとアリアが交互に答える。
「はい。通りすがりの正義の味方、『天界戦士・ガイレンジャー』を擬装します」
「基本的には奇麗事を通すのではなく、しれっと厚顔無恥に大義名分と裏の手段を使い分ける形になります」
「後で、全て余興でしたとトボけ倒すとか、仲間と口裏を合わせ極力問題にならぬよう務めますが、可能ならばスモールドラグーンをお借りし‥‥」
やにわに、ロッドは怒りの形相で椅子から立ち上がる。
「この話、何も聞かなかったことにする!」
シャリーアに言い放つと、もはや聞く耳持たぬとばかりに部屋から出て行くロッド。アリアが引き止めようと追いすがる。
「ロッド殿!」
「たわけ者には何を言っても無駄だ!」
「しかし‥‥」
「たとえ冒険者の不手際でハン国王が落命したとしても、それはハンに国運がなかっただけの話。その時の対策も我が計画の中には織り込み済みだ。アリアよ、貴殿は自分の仕事を果たせ」
アリアを残してロッドは去り行く。よほど計画が無謀に思えたのだろう。シャリーアに対しての言葉は『別働隊に何が起きても我関せず、責任は冒険者が背負え』という意思の表れだ。
●姫の決断
アリアが王弟セクテ公の館を訪ねると、館の中はやけに騒がしい。ミレム姫率いるハンの親善使節団と、ルーベン・セクテ公と共にやってきた冒険者達との間で、話がこじれているようだ。
「なぜにウィルはフロートシップをハンに入れることに、そこまでこだわるのだ!? 大人しく国境で待っていられないのか!?」
「お話の途中、失礼しますが‥‥」
アリアが話に割って入り、迎えの船にゴーレムを持ち込みたいと希望を告げると、親善使節の騎士達はいきりたった。
「貴様は何を考えているのだ!?」
「ご安心を。これはあくまでも贈り物として」
「上辺だけの言葉など信用できるか! ゴーレムの持ち込みなど断じて認めん!」
かんかんがくがくの言い合いの挙句、
「姫、どうかご決断を」
裁断はミレム姫に委ねられる。姫は困った顔で悩んだ挙句、決断した。
「迎えのフロートシップは認めますが、親善使節の騎士も同行させます。ただし伝令のグライダーを除き、ゴーレムは乗せません。‥‥これでいいですね?」
使節団の者達は納得。アリアにとっては不本意な結果となったが。
●ハンの領内にて
護衛隊が迎えの船の準備で忙しい頃、別働隊は国境の向こう側の奥深くへ潜入を果たしていた。ここは荒廃著しいハンのウス分国。夕闇が広がり始める頃、とある森の外れにオラース・カノーヴァ(ea3486)を乗せたグリフォンが舞い降りる。
「ここです」
先に到着して森の中に潜んでいた白銀麗(ea8147)が出迎えた。
「予定だと国王陛下の船は街道沿いのルートを通るはず。この地点からなら街道も見通せます」
「なるほどね」
銀麗の言う通り、森の西側には街道が通っている。
「日中、大鷲に変身して様子を見ましたが、仮面を被った兵士が何人か通り過ぎました。以前よりも敵の動きが活発化しています」
「そいつはヤベぇな」
「護衛隊と連絡は取れましたか?」
「ああ、それがな。‥‥もしもし護衛隊、聞こえるか?」
オラースはグリフォンに搭載してきた風信器に呼びかけてみる。だが、風信器は沈黙している。
「さっきから何度も操作しているんだが、この辺りは完全に通信圏外になっちまったようだ。‥‥ん?」
風信器から微かな声が聞こえていた。
「‥‥おい、誰だこいつは‥‥誰が風信器を‥‥」
「通じたのか? もしもし俺だ、オラースだ」
再度、オラースは呼びかける。ところが風信器は再び沈黙した。
「おかしいな‥‥」
ややあって、風信器からシャリーアの声。
「私だ。今そちらに向かっているが、場所がよく分からない」
「街道は見えるか?」
「夜目を利かせれば、何とか」
「よし、それじゃ俺の言う通りに移動してくれ」
暫くすると、暗い夜空にフロートシップの船影が現れる。冒険者の持ち舟、ブンドリ号だ。オラースはランタンの灯りで船を誘導。ブンドリ号は森の外れに着地した。
どぉん! 着陸の瞬間、相当な物音が響く。船を操縦してきたルエラ・ファールヴァルト(eb4199) が現れると、オラースは苦言を呈する。
「もっと静かにやってくれ。夜は音が響くし、ましてここは敵地だ」
「済まない。大型船舶の操縦にはまだ不慣れなもので」
船の甲板に詰まれたウィングドラグーンが立ち上がり、仲間達の待つ地上に舞い降りた。制御胞のハッチが開き、シャリーアが現れる。
「これでガイレンジャーのうちレッド、ブラック、グリーン、イエローが揃ったわけだ。ブルーが居ないのが残念だが」
ちなみにレッドはルエラで、既に赤の手作りスーツを装着済み。イエローはシャリーアで、黄色の覆面と全身タイツ姿だ。グリーンはオラース、ブラックは銀麗。共に用意した緑と黒の衣装を着込んでいる。
「‥‥待て、何か来るぞ」
「何!?」
シューッ。推進装置から噴出す風が発する独特の飛行音と共に、予定外の冒険者が現れた。あのサイクザエラがグライダーに乗ってやって来たのだ。
「おいサイクザエラ!」
「どうしてあなたが!」
「ここに来るんだ!?」
冒険者達は驚きと非難の目線を向けるが、彼は平然としたもの。
「危険を冒すからこそ冒険者だ。私はハンの国王陛下を救うためにここにいる」
サイクザエラはボロ服を着込んで難民っぽく見せている。グライダーを隠すためのボロ布も用意。さっそくカモフラージュに取り掛かったが、流石にブンドリ号がすぐそばに停泊しているのには驚いた。
「あんな大きな船まで持ち込んだのか。隠すのには苦労するぞ」
「作戦を実行するのに手ごろなのはあの船しかなかった」
と、ルエラ。
「とにかく明日に備え、今日は早く休まなければ」
一同は早々と食事を済ませて相談する。
「で、夜中の見張りの順番はどうする?」
どぉん!! 突然、響いた物音に皆は驚いた。
「何だ今のは!?」
どぉん!! どぉん!! なんと立て続けに夜空から巨石が降ってくる。
「魔物だ! 近くまで来ている!」
『石の中の蝶』を見てシャリーアが叫ぶ。
「あれを!」
闇の中から不気味な影が次々と姿を現す。甦った恐獣の死骸、仮面の兵士達、そして翼ある醜悪な小鬼ども。その背後には巨石を打ち出す投石器。
「カオスどもだ!」
「こんなに早く見つかるなんて!」
緊迫する情勢。その只中にあって、オラースは平然とつぶやく。
「ま、これだけ派手に動けば見つからない方が不思議か。こうなったら派手に暴れてやるぜ!」
●強襲
夜が明けた。
「レッド、ブラック、グリーン、生きているか?」
「俺は生きてるぜ。だがこれじゃ演劇どころじゃねぇ」
カオスとの戦いは小康状態。だが敵は一定の距離を保ちながらも、なおも攻撃の機会を狙っている。ブンドリ号は投石をくらって傷だらけ。サイクザエラのグライダーにも損傷。そして鎧騎士達は夜通し続いた戦闘のせいで、一睡も出来なかった。
「そろそろ国王陛下の船が通る頃合ですが‥‥」
銀麗は空に目をやる。その目は遥か遠くの空から近づいて来る船影を捉えた。
「来ました!」
ハン国王の乗るフロートシップだ。だが船影はそれだけではなかった。3つの船影が国王の船を追って来る。しかもその速力はずっと早い。見るからに新型のフロートシップだ。
空に閃光が閃く。1つ、また1つ。国王の船に火の手が上がり、ややあって爆音が届く。
何が起きたかは一目瞭然、これは大変な事態だ。
「陛下の船が襲撃されています! 敵は3隻のフロートシップ!」
「大変だ!」
もはや目の前の敵どころではない。冒険者達はブンドリ号に駆け込み、船を急発進させる。サイクザエラのグライダーも空に舞い上がる。
「おい魔物まで乗せちまったぞ!」
「蹴り落とす!」
シャリーアのドラグーンがキックを決める。船の甲板まで攻め上がってきた恐獣魔物がボロボロと落下していく。
だが、それから数分後。
ボウウウン!! 閃光、そして火球の爆発。ブンドリ号が衝撃で揺さぶられる。
敵フロートシップの1隻が急接近し、搭載する精霊砲で攻撃を仕掛けてきたのだ。機動性では敵船が遥かに有利。旧式のブンドリ号は恰好の標的となり、2発3発4発5発と立て続けに火球が直撃する。
「もう船が持たない! 総員撤退!」
速力を失い、次第に高度を下げ行く船から冒険者達が脱出する。目指すはハン国王の船。グライダーで真っ先に到着したサイクザエラは、プットアウトの魔法で船の火災を消火。その目の前に敵船の影が迫る。
「させるかっ!」
サイクザエラはファイヤーボムを放った。火球の爆発で船体の一部が砕け散る。だが船全体からすれば取るに足らないダメージだ。
敵船が後退。魔法の射程外に逃れるや、その精霊砲が再び火球を放った。
「うわあっ!!」
爆発に巻き込まれるサイクザエラ。吹き飛ばされ甲板に倒れた彼は、頭上から迫り来るもう1隻の敵船を見た。その船倉の扉が開き、おぞましい物がわらわらと落下する。
それは恐獣の魔物だった。大中小とよりどりみどり。国王の船の甲板は、たちまちにして魔物の群れで埋め尽くされた。
●国王の危機
「陛下、早く脱出を!」
国王の船の甲板上、ハン国王を脱出させようと取り巻き達はおおわらわ。その前に、全身赤ずくめの異様な姿が現れる。
「誰だ貴様は!?」
「新手の敵か!?」
その者、ルエラは名乗りを上げる。
「天が呼ぶ! 地が叫ぶ。悩める皆様を燃える情熱でお助け、天界戦士・ガイレンジャーが一人、レッド参上!」
たちまち周囲の魔物どもがルエラに目をつけ襲い来る。
「セクティオ‥‥じゃない、レッドストライク!」
ルエラは剣の突撃で数匹を仕留め、
「ルケーレ‥‥じゃない、レッドライジング!」
盾のガードを生かした攻撃でまた数匹を仕留める、だが敵の数が多すぎる。
どおおん!! 船の甲板を踏み破らんばかりに、頭上の敵船からそれは落下してきた。
ルエラの目の前に出現したそれは、人間の身長の倍以上もあるカオスゴーレム。
「で・か・す・ぎ・る!」
「そいつの相手は私が!」
シャリーアのドラグーンが、ルエラを守るように割って入る。
突然、シャリーアは強烈な眠気に襲われた。
「こんな時に‥‥!」
昨晩の戦闘で休息もままならず、限界時間に達してしまったのだ。
カオスゴーレムがドラグーンに突進。両者はそのまま船から転落。シャリーアは必死に眠気と戦うも、動くことままならぬドラグーンはカオスゴーレムの下敷きとなって地面に激突した。
船の別所では銀麗が船の乗組員を守り、必死に戦っている。
「長くはもちません。今のうちに、ウィルに、救助の要請を出してください」
「駄目だ、ここからウィルまでは遠すぎる」
グリフォンに乗り魔物を蹴散らしていたオラースが、風信器に怒鳴る。
「おい聞こえるかっ!?」
返事が返ってきた。護衛隊を乗せた船が、風信器の通信圏内までやって来たのだ。
「オラースか! 今どこだ!?」
「国王陛下の船の上だ! 敵の襲撃で大ピンチだぞ!」
風信器からの声は、護衛隊の船に乗るアリアの声に変わった。
「今、グライダー伝令が飛びました。じきにウィルからの援軍が来ます」
●残されし物
国境を越え、ウィルの援軍が駆けつけたことにより形勢は逆転。ドラグーンとトルクの軍船の攻撃の前に、敵は早々と退散した。墜落した敵フロートシップ1隻をその場に残して。
だが、ハン国王は──。
「陛下は‥‥お亡くなりになりました。ハンの鎧騎士のグライダーで船から脱出したところを敵に襲われたのです。ですが、陛下が自らウィルに届けるはずだった国書は、無事に回収することが出来ました」
風信器を通じ、アリアは仲間達に報告する。その手には国書を収めた皮筒。ハン国王の遺体と共に、グライダーの墜落現場から回収されたものだ。
「国書は無事に回収され、船の乗組員もその多くが救出された。冒険者達には礼を言うぞ。生き残った乗組員達は、ウィルが正義の戦いを為した目撃証人となることだろう」
満足の意を示すロッド。そのその双眸には尋常ならぬ光が宿る。
後にアリアは、国王の死に重大な疑念が投じられたことを知る。遺体の特徴が冒険者の目撃情報と一致しないのだ。