ナーガと大冒険1〜不遇の敵国王子
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月25日〜04月30日
リプレイ公開日:2009年05月05日
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●オープニング
●王子の決意
エの国はセトタ大陸の北西部に位置する国だ。大陸の中央部から見て、ちょうどウィルの国の反対側に位置している。そして近年、台頭の目覚しいウィルの国をライバル視する国でもあり、両国の関係は悪化の一途をたどっている。
そのエの国の国王、ショグラ=ナーカウが住まうナーカウ城から、この物語は始まる。
「おまえは何度言ったら分かるのだ! そんなことを儂が許すと思うか!」
温厚で知られるショグラ王が、珍しく声を荒げている。怒鳴られている相手は第2王子のショーン=ナーカウだ。でも、いつもは物静かで優しげなショーン王子も、決意の表情できっぱりと言葉を返す。
「父上! 僕の決意は変わりません! 僕はウィルに行きます! どうしてもお許しが出ないのならば、たとえ1人で城を抜け出してでも!」
ショグラ王は大きくため息をついた。
「まったくショノアといいお前といい、身勝手な息子ばかりを持ったものだ」
言いながら、王はショーン王子の隣の椅子を見つめている。そこは第1王子ショノアがいつも座っていた食卓の椅子だ。だがかなり以前より、宮廷に第1王子の姿はない。
「父上もお判りのことでしょう」
ショーンは穏やかな調子になって言葉を続ける。
「この世界の至る所でカオスの魔物がはびこり、大勢の民が犠牲になっています。しかもそれはカオスと手を結んだ悪しき謀略国家、憎きウィルのせいだと人は言う。この王城を出れば『ウィル討つべし』と叫ぶ民の声が、日に日に高まりゆくのが分かります。しかし果たしてウィルとの戦争が正しい選択なのでしょうか? むしろこういう時にこそ、敵とされる者に敬意をもって接し、話し合うことが必要なのではありませんか? だから僕はウィルに行くのです」
「そうか、そこまで言うのならば‥‥」
ショグラ王の声も、全てを悟りきったかのように穏やかなものになる。
「ショーンよ、お前1人だけでウィルに行くがよい。ただし王家から一切の援助はしないし供もつけぬ。見送りもなしだ。だが、もはや前には進めないとなったその時には‥‥いつでも帰ってこい」
ショーンも微笑んで答えた。
「僕が帰るその日まで、父上もお元気で」
●旅立ち
さてショーンが自室で荷物の整理をしていると。
「ショーン様、王妃様がお呼びです」
まだ幼い従者が呼びに来た。
春の花咲くナーカウ城の庭にショーンが来てみると、そこに彼の母君である王妃シャルネ=ナーカウがいた。いつものように、たくさんの子供達に囲まれて。子供達はシャルネの従者。王妃は子供好きなのだ。
「これは私から」
王妃から金袋を差し出され、ショーンは戸惑う。
「しかし母上‥‥」
「いいえ、これはエの国の王妃としてではなく、あなたという息子の母親として。気をつけていってらっしゃい」
王妃の隣には年老いた宮廷預言者の女性が控えている。彼女は王妃の話し相手でもあったが、うやうやしくショーンの前に進み出て告げた。
「一つ助言を。セーラ・エインセル、この名をお忘れなく」
「セーラ・エインセル?」
「はい。王子殿下をはじめ、大勢の人々の命運に関わるお方のお名前です」
王妃に別れを告げてショーンは王城を出たが、しばらくして後からついてくる者達の姿に気付く。それはナーカウ城で働いていた地球人、アイリス・楊と地元民のシフール、エルミスだった。2人ともショーンの顔見知り。
「どうして付いてくるんだ? お供なんか必要ないのに?」
すると2人は言う。
「お供してるんじゃないわ」
「行く方向が一緒だから、同じ道を進んでるだけよ」
ショーンは尋ねる。
「それで、2人ともどこへ?」
2人は揃って答える。
「ん〜と‥‥ちょっと用事があってウィルの国へ」
やれやれ、ショーンは肩をすくめた。
「付いてくるのは勝手だけどね、自分の身は自分で守ってくれよ。僕は非力なんだから」
●嫌がらせ
それから約1ヶ月後。ショーン王子と連れの2人はウィルの国に着いた。だが2人を待ち構えていたのはウィルの軍事と諜報を取り仕切る重鎮、ロッド・グロウリング伯。
「ウィルに手紙を送ったのですが、届いていますか?」
ショーンはウィルの王城に手紙を送り、留学生としてウィルの騎士学院で学びたいという希望を伝えたのだ。ウィルの騎士道と文化そして人の有り様を学ぶには恰好の場所と考えたからだ。
だがロッド伯は冷たく言い放つ。
「手紙は読んだ。だが騎士学院への入学は認められんな」
騎士学院はウィルの軍事の要。敵国に知られてはならない軍事機密も山ほどある。そんな場所に敵国の王子を入れるわけにはいかない。
「でもウィルの国のことを学ぶには‥‥」
「ならば貴族女学院はどうだ? そちらへの入学なら特例として認めてやろう」
「‥‥え? 貴族女学院?」
「ウィルの国を学ぶには恰好の場所ではないか」
ロッドの目には嘲りの光。敵国の王子に対するあからさまな嫌がらせだ。
「ただし学ぶからにはショーン王子にも女学生になりきってもらう。女学院ではドレスを着て女として振舞え。それが嫌ならエの国に帰れ」
●出会い
「ああまで言われて大人しく引き下がるつもり?」
「一発、ぶん殴ってやりたいくらいだわ」
連れの地球人とシフールは息巻いてるけど、ショーン王子の口調は大人しい。
「そんなことしたら戦争になるじゃないか」
「で、これからどうするの?」
「とりあえず泊まり場所と仕事を探さなきゃ。母上から貰った路銀は節約しないといけないし‥‥」
3人で町中を歩いていると、看板が目に入った。
「冒険者ギルド? ここで雇ってもらえるかな?」
王子達がギルドの中に入ると、事務員が対応に出る。
「ギルドへの登録はお済じゃない? じゃあ、この羊皮紙に名前と職業を書いてね」
言われてショーン王子が羊皮紙にショーン=ナーカウと名前を書き、エの国の第2王子と職業を書き込むと、事務員は目を丸くしてショーンから羊皮紙を取り上げる。
「申し訳ありませんが、そういうお方の登録は致しかねます」
「でも‥‥」
「生憎と前例がありませんので」
さあ困ったぞ。
「そこで何をしておるのだ?」
背後からの野太い声に振り向けば、そこに異形の姿があった。
人の体に竜の頭を持ったナーガの男が3人。彼らはウィルに滞在するナーガ族の特使達だった。しかも彼らには竜の子供である2匹のドラゴンパピィ、ウルルとメルルが連れ添っている。
「あの、あなた方は‥‥?」
「うむ、我らは住処たる聖山シーハリオンの麓を離れ、今は特使としてこのウィルの国に留まり、人間の文明を学んでおる。言ってみれば留学生のようなものであるな」
「実は僕も‥‥」
ショーン王子もかくかくしかじかと己の事情を説明すると、ナーガの特使達は3人は大いに同情心をそそられた様子で。
「これは見捨てておけぬな」
「人間の王子よ、泊まる場所が無いなら我らの家に泊まるがよい。ちと狭いがな」
「今後のことについても、我らが何とかしてやろう」
そのやり取りを聞いて慌てたのは事務員。
「そんな、勝手に話を進められても困ります。よりにもよって敵国の王子に‥‥」
ナーガ達の目がじろりと事務員をにらみつけた。
「お主はそんな狭い心で、人として竜の前に恥ずかしくないのか?」
「あ‥‥いいえ」
押し黙る事務員。それからすぐに、ギルドの掲示板にナーガの特使達を依頼人とする依頼書が張り出された。
『ショーン王子の手助けをする冒険者よ来たれ!』
●リプレイ本文
●いざねじ込み!
「‥‥しかし一国の王子とあろう者が、また思い切ったもんだねぇ? ま、その気概は認めるけどな」
と、シン・ウィンドフェザー(ea1819)はショーン王子に言うけれど、今のウィルはただでさえ、内政のゴタゴタだのカオスの侵攻だので色々と混乱している状況だ。エの国はまだ仮想敵扱いではあるが、これ以上のゴタゴタが増えるのは正直勘弁して欲しい。
「ここはひとつ、王子殿にはウィルの実情を把握してもらい、何とか両国間での開戦と言う事態を回避する事が一番かと。となれば王子に冒険者になってもらい、この国の事を見てもらうのは強ち間違いではないと思えるな」
「出来ることなら何だってします」
と、ショーン王子。
「俺もやれるだけやってみよう」
早速、シンは動き始めた。ショーンが冒険者としてギルドに登録してもらえるよう、まずはギルドに出向いて、事務員と直談判。
「‥‥ほぅ、王族の冒険者なんて前例が無い? おっかしいねぇ? 俺のものすっごく身近に、お姫様でありながら冒険者なんてやってる奴が居た気がすんだけどなー?」
引き合いに出しているお姫様、実はウィンターフォルセの領主やってるシンの義理の娘である。
「いえプリンセス・レンはウィルのお方だから問題はないのです。しかしエの国の王子となると、後でギルドの責任問題に発展しかねませんし‥‥」
と、事務員。
それを聞いて、おせっかいにも一緒にやって来たナーガの特使達が揃って口を出す。
「なぜに人間はこうも細かいことにこだわるのだ?」
「国がどうの身分がどうのと、かくも騒々しく」
「竜の前ではいとも小さきことに過ぎぬではないか」
長々とお説教の始まりそうな雲行きに、シンは対策を講じることにする。
「おいガングラーズ」
外で待たせていたペットの名を呼ぶと、ドラゴンの頭がギルドの入り口からにゅうっと現れる。事務員は唖然。
「あ‥‥困ります、ああいうペットの持ち込みは」
と、事務員。
「何を恐れることがある? 竜の前に恥じぬ人の道を歩む限り、竜が人に危害を加えるわけがないではないか」
と、ナーガの特使は言うが、
「しかし後で責任問題になっては‥‥」
事務員はうだうだ言い続け、シンは特使達に目配せ。
「悪いが、皆が怖がらないよう竜の相手をしてくれるか?」
「仕方ない、我らに任せておけ」
特使達はぞろぞろと外に出て、ペットのドラゴンのお相手を始める。
これで目論見通り、邪魔者は消えた。
「で、話の続きだが‥‥」
「手立てがないことはありません」
と、事務員は言う。
「エの国の王族とは無関係、まったく別人の冒険者として登録するのです。ほら、某国の王族がお忍びで依頼に参加した前例もあるじゃありませんか。でも、こんなことを私が言ったなんて、誰にも言わないで下さい」
それがギルドで出来る限度だろうとシンは思う。
「まぁ別に国絡みじゃなく、庶民的な依頼を中心に請けさせればそう問題無いだろう」
●いざ女装!
「天は時に大きな試練を与えます。でもそれは人が進歩するのに必要なもの‥‥。試練を乗り越えた時、人は一段大きく成長しているでしょう」
ショーン王子にかけられたその言葉は白銀麗(ea8147)のもの。彼女は華仙教大国を出自とするジ・アース人で、エルフにして僧侶。
「入学するしないは別にして、一度貴族女学院を見学してはいかがですか? 私の知り合いにセーラさんという方が入学しているのですが、彼女達にも協力してもらえると思いますし。転入するか熟考中の入学希望者という事なら、見学の許可は取れるでしょう」
「セーラさん?」
聞き覚えのあるその名にショーンの心が反応する。もしかしたらこれは渡りに船?
「分かりました、それでは見学の許可を取っていただけますか?」
すると仲間の冒険者が言う。
「ロッド卿はショーン王子殿下が女装に抵抗して戸惑う姿をご覧になりたがっているようですから、どうせでしたら開き直って完璧な女性を演じてみて、ロッド卿の期待をいい意味で裏切ってみるのはいかがですか?」
どきっ。
「開き直る?」
王子の目が点になったけど‥‥他の冒険者からも色々言われた挙句、ショーンは決意した。
「分かりました、これも試練ですから」
「ショーン! 本気なの!?」
アイリスが呆れる。
「これも試練だと思って受け入れます」
「ほんっとに、変なところでクソマジメなんだから!」
そしてショーンはドレスを着せられ、お化粧担当の冒険者によってすっかり女性に仕立て上げられた。
「さあ、どうぞ」
鏡の前に経たされるショーン。
「あ‥‥」
ショーンは鏡の前で言葉を失い、なんだか複雑な表情。アイリスはクスクス笑っている。
「必要なら変身の魔法ミミクリーをおかけしましょうか?」
と、銀麗が言う。
「私の魔法は達人級。魔法の力で女性の姿に変身すれば、1時間は絶対に男と発覚しませんから」
「それじゃ‥‥お願いします」
その手がショーンに触れ、ミミクリーの魔法の力が送り込まれる。
たちまちショーンの姿は鏡の前で変化した。
「これが‥‥僕‥‥?」
ほっそりした顔つきになり、胸はふくらみ、体全体のラインがふくよかで女性的になる。
ショーンは呆然と鏡の前に立ち尽くし、不意にその体がぐらりとよろめく。そして冒険者にさっと抱きとめられた。
「どうかなさいましたか?」
「すみません‥‥自分の姿にくらっときてしまい‥‥本当に‥‥これが‥‥僕‥‥?」
「違います、『これが私?』です」
お化粧担当からすかさず女言葉の指導。
「でもこれなら、『どこの場所に出しても恥ずかしくない立派な淑女』です」
そう言ってショーンの頭にベールを被せた。
銀麗が言う。
「何か偽名も考えておいた方がいいですね」
「それじゃ‥‥ショーナというのはどうかな‥‥いえ、どうでしょうか?」
これでこの美しき淑女の名前はショーナに決定。女言葉にはまだ馴れていないけれど。
●いざ身体検査!
こうしてショーン王子は冒険者にドラパピともども、貴族女学院にやって来た。表向きには、お忍びでやって来た某国の貴族の淑女ショーナという触れ込みで。
だが、待ち受けていたのは何かと口うるさい女教師トゲニシア。
「不穏な噂が流れているザマス」
そう言ってショーナの顔をじろじろ見つめる。
「どうかしましたか?」
「女に化けた男には見えないザマスね。でも万が一のため、徹底的に身体検査をするザマス」
ショーナは別所に連れて行かれたが、しばらくしてトゲニシアと一緒に戻ってきた。
「噂は当てにならないザマス。これで本物の女性であることがはっきりしたザマス」
流石、ミミクリーの魔法の力は偉大だ。でもショーナは真っ赤な顔。
「僕、見ちゃった‥‥いえ、私、見てしまいましたの‥‥僕の体‥‥いいえ私の体、あんな風になってしまったなんて‥‥ああ‥‥どうしたら‥‥どうしましょう‥‥」
何を見たんだ? というツッコミは無用だ。
1人の女学生がショーナに歩み寄り、明るく声をかける。
「ショーナ、そんなに恥ずかしがらないで。私はセーラ・エインセルよ」
「え!? セーラ・エインセル!?」
ショーナはどぎまぎして相手の顔を見つめる。エの国の女預言者の口から名前の出た女性と、まさかこんな所で出会うなんて。
「女に化けた男の見学者がやってくるなんて、変な噂が流れてたから心配しちゃったけど‥‥。でも、あなたみたいな綺麗な人で、よかったわ」
「そんな‥‥綺麗な人だなんて‥‥」
そこへ銀麗がやって来た。実は銀麗、セーラとは依頼を通して知り合った仲だ。セーラが聖剣の力を使い、貴族女学院に出現した魔物を封印したあの時も、銀麗はセーラと共にいた。
「もうお知り合いになったの? 改めて紹介するわ。こちらがセーラ‥‥エインセルさん、ところで藤野睦月さんは?」
セーラの友の1人、地球人の娘のことを尋ねると、
「それが‥‥風邪を引いて寝込んでしまって、ずっと部屋に篭りっぱなしなの」
「そう、それは残念。後でお見舞いに行ってあげましょう」
学園の中を色々とショーナに見せてやりたいと思い、銀麗はトゲニシアに許可を取る。
「私は以前に臨時講師として女学院で錬金術の授業をした事もありますし‥‥」
「いいザマス。でも、くれぐれも羽目を外さないようにするザマス」
教室や調理室など女学院の各所を一通り回り、銀麗がショーナ達を最後に案内した場所は、セーラと冒険者が魔物を封印したあの場所だ。
「ここです」
かつて、そこには地下宮殿に通じる倉庫があった。だが、封印のなされた今では倉庫も移され、代わりにそこにあるのは封印の像。
台座の上に乗ったほぼ等身大の守りの像を集めたもので、セーラとその友ディーナを真ん中に、セーラと共に戦った冒険者がさまざまなポーズで2人を囲んでいる。
「‥‥そうですか、そんな戦いがここであったのですか」
セーラと銀麗から話を聞かされ、ショーナ達はとても心を動かされた様子。
「私、まるで知らなくて‥‥いえ、何も知りませんでしたわ。それで魔物を封印したという剣は、その後どうなったのですか?」
「封印が完成した途端に消えてしまったの。セーラ神様の力が宿ったフラワーストーンも、封印のために力を借りたらただの宝石に戻ってしまったし‥‥。でも今のウィルは、あの時以上に魔物の脅威に晒されているとは思わない? もう一度、あの剣やあの宝石の力が必要だと思ったりするのだけれど‥‥」
そう言った後でセーラはため息一つ。そして言葉を続けた。
「封印が完成したあの時、私はセーラ神様に帰ってこいって言われたんだけれど、断ってこちらの世界に残っちゃったの。‥‥でも、それでよかったのかしら?」
●いざ歓迎会!
ショーナを迎えて女学院で開かれた歓迎会はとても賑やかなものになった。シフールの冒険者2人が歌い踊り、2匹のドラパピも元気に女学生へ挨拶して回っている。
その賑やかな最中、
「あら?」
ショーナを取り囲んでいた女学生達が、不思議そうな顔になる。
「ショーナったら、顔つきが変わって見えるわね」
「ほっそりしてたのが、ちょっとがっちりしてきたみたいな」
ミミクリーの魔法が解けてた。
「‥‥失礼」
銀麗は、さり気ないふりを装ってショーナを木陰へ連れ出す。
「ここなら見つかりませんから」
ミミクリーの魔法をかけなおし。ショーナは再びほっそり体型になって戻ってきた。
ところがその後で。
「あの‥‥あの‥‥」
ショーナはもじもじ。
「どうしたのですか?」
「トイレに行きたいのですけど‥‥その‥‥女性の体は初めてだし‥‥どうやって用事を済ませればいいのか‥‥わからなくて‥‥」
「もう! しょうがないわね!」
アイリスがショーナの手を引っ張って、トイレに連れて行く。
ところがその後で。女学生達がひそひそ話。
「見ちゃったわ! ショーナとアイリスがお手手つないで、一緒にトイレの個室に入るのを!」
「ええーっ!?」
「もしかして、もしかして‥‥」
思いっきり怪しまれている。
さて歓迎会も終わり、女学生達がぞろぞろと去って行ったその後で。
「実は‥‥話があるの」
セーラが冒険者を呼びとめ、話を持ちかける。
「私、エの国と連絡を取りたいの。何かと悪い話ばかり流れている国だけど、このままではウィルの国とエの国は戦争になってしまう。そうならないためにも」
それを聞いて、銀麗はセーラの耳に囁いた。
「ここだけの話だけど、ショーナはエの国の王族とお知り合いなんです」
「ショーナ! 本当なの!?」
セーラに迫られ、ショーナはドキリ。
「ええ、知り合いといっても‥‥嘘にはなりませんけど」
セーラはショーナの手を取って訴える。
「お願い! 是非とも協力して!」
「‥‥ええ、あなたの為なら」
●いざ謀議!
さて貴族女学院が歓迎会で盛り上がっている頃。セオドラフ・ラングルス(eb4139)はショーン王子の不幸の元凶、ロッド・グロウリング伯への館に足を運んでいた。
「王子に嫌がらせとは、ロッド卿も仕方ありませんな。政治的な利害対立ならまだしも、感情的な敵意を煽っても、後始末が面倒になるだけでしょうに」
そう考えつつも、ロッドには率直に自分の考えを伝える。
「以前にも申しましたが、敵国の中にこそ親ウィル派を育てておく必要があるのですから。まあ、尋問でも脅し役となだめ役、双方が居た方が話は聞き出しやすいと言います。ウィルではなくロッド卿個人に悪感情の向け先を引き受けていただき、こちらでさりげなくフォローすれば好意は得やすいというもの。ロッド卿には憎まれ役となっていただきましょう」
「貴公は面白いことを言う男だ」
ロッドの顔に笑みが浮かぶ。
「以前、貴公が語った言葉を俺は覚えているぞ。陛下の就任式以来、貴公はまるで変わらぬようだな」
そこまで言うと、ロッドは妙に芝居がかった口調になる。
「だが、俺から特に言うことは何もない。好きにしろ」
それだけ言ってロッドは立ち去った。
「つまりはお墨付きをもらえたということですかな?」
ロッドの背中に投げかけるように、セオドラフはつぶやく。
ロッドは賛成も反対もせず、好きにしろといった。好きにしていいが、何かあったら騎士の名誉にかけて責任を取れということなのだろう。
「なればショーン王子を親ウィル派に導く仕事、このセオドラフにお任せを」
続いてセオドラフは冒険者ギルド総監のカイン・グレイスに会いに行き、ショーンを冒険者ギルドに登録してもらえるよう願う。
「これは困りましたねぇ」
と、カインは言うが、微笑んでいるところを見ると状況を楽しんでいる節がある。
「冒険者は無理でも生業的な仕事はできるかもしれませんな。王子の得意分野を伺ったところ、激しい肉体労働には向きませんので、頭脳労働や軽作業の仕事を世話してやるべきかと。ただ、代書人のような機密に触れかねない仕事は避けていただく必要がありますが」
「女装がうまくいったのなら、そちら方面の仕事も良いかもしれませんね」
「はぁ!?」
「冒険者にはファミレス経験者やゴスロリ服所有者もいることですし」
「それはさておき住居については‥‥、本当に貴族女学院に入るつもりなら寮で済みますが‥‥」
「いや、それは問題です」
「そうでなければやはり冒険者街、ということになるでしょうか?」
「妥当なところですが、王子殿下がペットに食われてしまっては大問題です。もっともナーガの特使達が世話をしていると言っているのだし、さし当たっては彼らに任せておけば問題はないでしょう。当分の間は身分を隠した上での居候、ということになりますが」
そういうわけでカイン総監の許可を得て、ショーン王子ご一行の滞在場所は冒険者街に決まった。
「どうしてここまで、僕に親切にしてくれるのですか?」
尋ねたショーン王子にセオドラフは答える。
「それが両国のためになると信じているからです」