【少女と剣】消えた剣

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月15日〜02月22日

リプレイ公開日:2008年02月20日

●オープニング

 それは、ある日の午後の事だった。
 冒険者ギルドのカウンターに血相を変えた一人駆け込んで来たのは、一人の貴婦人。
 そんな彼女の顔に覚えのある受付係が、挨拶をしようと口を開くよりも早く。
「お願いしますっ!! 娘を、ミーヤをっ!!」
 胸倉を掴まれ揺さぶられ、目を回してしまった。

 ミーヤとは、地方領主の妻である彼女の娘の事である。
 12歳の誕生日を境に活発な性格になったミーヤが、冒険者になりたいと言い出したのは今から二ヶ月程前の事。
 その時に家庭教師として雇われ、彼女の屋敷に滞在した冒険者達の説得により、以来訓練に励んでいる筈なのだが‥‥。
「剣が‥‥消えたですって?」
 目を見開く受付係の言葉に、貴婦人は小さく頷いた。

 実は、本来身体が弱くで内向的だったミーヤが、突然に元気になった影には――『元気の出る剣』と言うアイテムの存在があったのだ。
 誕生日の折に謎の男にプレゼントされたと言うそれに、本当にそう言った魔法的効果があるのか否かは定かではないのだが‥‥当時の彼女は、それを手放すだけで情緒不安定になってしまうという、言わば依存状態に陥ってしまっていた。
 冒険者達は、それを是正する様彼女に諭し――今日に至っては、少しずつ剣を手放して生活出来る様に努力をしている筈だった。

「ですが、朝起きたら枕元から忽然と姿を消していたそうでして‥‥。あの子は目を覚ますや否や半狂乱になった挙句、部屋に篭もりがちになってしまいました‥‥」
 話しながら目を伏せる貴婦人。その表情の深刻さ加減から、如何にミーヤが取り乱していたか‥‥その片鱗でも、窺い知る事が出来る。
「‥‥事情は分かりました。では、今回の依頼は剣の捜索と言う事で、宜しいでしょうか?」
「はい‥‥。それともう一つ、剣が見付かるまでの間、娘を‥‥ミーヤの事を励ましてあげて欲しいのです。勿論、私もあの娘の傍に居てあげるつもりですけれど‥‥きっと冒険者の方が居て下さった方が、安心できると思うのです」
 貴婦人の言葉に一つ頷き、依頼書をしたためていく受付係。
 かくして、冒険者ギルドに新たな依頼が張り出される事になった――頃。



 閉め切られた自室で、机に向かって手紙をしたためるのは一人の少女。
 ぎこちない手付きで漸く書き上げたそれを、机の中心にそっと置くと‥‥。
「‥‥ごめんなさい、お母様」
 一言呟き、小さな荷物を背に部屋を出て行くのであった。

●今回の参加者

 eb4163 物輪 試(37歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●消えた少女
 一足先に帰った依頼人の後を追う様に、ミーヤの屋敷へ向けてウィルを発つ冒険者達。
 その道中。
「いけませんね。精神状態に支障をきたすと、肉体にも影響がでます」
 腕を組みながら言うのは皇天子(eb4426)。その手に握られている保存食は、出発直前にウィルで買っておいた物だったりする。
 同様に、篠崎孝司(eb4460)の羽織って居る防寒服も出発直前になってから調達した物だ。
「医者の不養生、なんて事になったら世話無いからな」
 苦笑を浮かべながら言う孝司。
 その横を歩く加藤瑠璃(eb4288)は。
「あの剣はいずれ手放すべき物だったけど、お母さんの様子からすると早過ぎたみたいね」
 そう言って、僅かに進む足を速める。口調は厳しいものの、彼女なりにミーヤの事を心配しているのだろう。
 ‥‥それを指摘した所で。
『べ、別に心配なんて‥‥!』
 と言った反応が返って来そうと言うのは、勝手な想像(以下略)。
「まあ何にしても、まずはミーヤさんの様子を見て、励ましてあげたい所だな」
 言いながら、瑠璃に合わせて歩く物輪試(eb4163)。
 それにつられる様に一行が歩調を速める中、一人最後尾で腕組みして居るのはアルジャン・クロウリィ(eb5814)。
「贈られたのも突然ならば、消えるのも突然‥‥か。益々もって胡散臭いな」
「ああ‥‥それに、前回の気配の事もある」
 試は彼の横に並び、真剣な表情で応える。

 前回、冒険者達が家庭教師としてミーヤの屋敷に滞在した際――。
 夜も更けて屋敷の者達がすっかり寝静まった頃‥‥アルジャンは、得体の知れ無い妙な気配を感じたのだ。
 その時には、特に何事も無く気配は消えてしまったものの‥‥以来アルジャンやその場に居合わせた試は、『元気の出る剣』に対しえもいわれぬ疑念を抱く様になっていた。

「やはり、魔物の類が関わっているのだろうか‥‥」
「今は何とも言えないな。しかし、何やら嫌な予感がする‥‥」
 そんな試の予感が的中したかの様に、突然進行方向から現われた一人のシフール。
 彼は依頼人からの遣いの者らしく‥‥冒険者達に対し、至急屋敷に来てくれと捲くし立てた。
 その様子に只ならぬものを感じた一同は、急ぎ足で屋敷へと向かう。



 そして目的地について一番、彼らが見たものは慌てふためく依頼人と、その手に握られた一通の手紙だった。
「‥‥ミーヤ様は出立した後ですか。これでも急いで来たのですが‥‥」
 拙いセトタ語で書かれた置手紙に目を通し、嘆息を吐くのはジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)。
「こういう時こそ、頼ってくれていいのに‥‥」
 瑠璃も手紙を覗き込みながら、悲しげに呟く。
(「それにしても、剣が盗まれたと聞いて心配していましたが、自ら取り戻す為に動いたという事は、少しは成長したという事なのかも知れませんわね」)
 一転して少しだけジャクリーンは何処か嬉しそうな表情もしていたりする。‥‥と、その考えを悟ったか、瑠璃は彼女に歩み寄り。
「冒険者に必要なのは『自分に何ができるか、正確に見極める力』。自分一人でできそうに無ければ、仲間の力を借りるのは当たり前の事よ」
 そう捲くし立てた。気が立つのも無理は無い、彼女からすれば心配を上積みさせられた様なものなのだから。
 ‥‥とは言え。
「でも、ミーヤが自分でやると決めたのなら、その決意を押し止めて連れ戻すべきではないわね」
 瑠璃も、積極的(むしろ無謀と言う方が適切な気もするが)な判断をする様になったミーヤの成長を、心のどこかで喜んでいた。
「ともあれ、剣よりもまずミーヤの捜索を優先に切り替えよう。仮にあの剣が魔物の関わっている物だったとすると、一人で居るのは非常に危険だ」
 アルジャンの言葉に、一同は大きく頷いた。



●捜索開始
「ど、ど、どうしましょう! ミーヤは無事なのでしょうかっ!!」
 まず冒険者達は、慌てふためく依頼人を落ち着けることから始める事にした。
「落ち着いて。今のミーヤさんはそれ程遠くには行けない筈。俺達が早く見付ければ、大事にはならない」
「ええ、私達に任せて下さい。その為にもまず、お話を聞かせて頂けないでしょうか?」
 試とゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)に諭され、多少なりとも冷静さを取り戻した依頼人を前に、歩み出るのは孝司。
「篠崎孝司、天界人だ。普段は治療院に勤務している。早速だが、娘さんが居なくなった時の状況を教えて貰えないか?」
 彼の質問に、依頼人は僅かに考える素振りを見せた後。
「あの娘は、私がウィルへ向かっている間に出て行ってしまった様なのです‥‥。当時屋敷に残っていた使用人達の話を聞いても、誰もあの娘が出て行く姿を見た者はなくて‥‥」
 まあ、独断で屋敷を出て行こうとするミーヤの事を誰かが発見していれば引き止めていただろう。当然と言えば当然だ。
「それじゃあ、ミーヤさんの部屋から無くなった物を調べさせて貰っても宜しいだろうか?」
 申し出る試は、あくまでもミーヤさんの装備を推定する為にな、と付け加える。

 その後、冒険者達は依頼人の立会いの元、ミーヤの部屋の中を捜索した。
 ゾーラクのパーストとファンタズムの併用により出発時のミーヤの格好を見た上で、大体の装備の見当を付けると。
「持って行ったのは革の外套に鞄、それに筆記用具‥‥。いくらなんでも軽装過ぎるわね」
 部屋の様子を見渡し、腕組みしながら言う瑠璃。ちなみに食糧に関しても当時キッチンに居た使用人が彼女の姿を見ていないと証言している事から、何も用意せずに出て行ったものと思われる。
「早く見付けてあげなければ‥‥きっとお腹を空かせています」
 そう言う天子の手に握られて居るのは、ゾーラクと共同で作った薬湯の入れられた魔法瓶。
「ところで天子さん。少々お伺いしたい事があるのですが‥‥孝司さんも宜しいですか?」
 ゾーラクに声を掛けられ、揃って退室する医師三名。どうやら彼らは、医学的な観点からミーヤの体力等を分析し、行動範囲を絞り込もうとしているらしい。
「あちらは専門家である三方に任せておけば大丈夫でしょう。ときに、何かしらミーヤ様の持ち物をお借りしても宜しいでしょうか?」
 依頼人に尋ねるのはジャクリーン。彼女は犬の嗅覚を頼りに捜索をするつもりらしい。

 かくして、必要な情報を揃え準備を整えた冒険者達は、一斉に屋敷を発って行った。
「‥‥魔物などに、彼女の夢を食い潰させてなるものか」
 呟きと共に、手に持った刀を握り締めるアルジャン。その背を見詰める視線に、今は何を思うで無く――。


●捜査は足を使って
「エリヴィレイト、出来るわね」
 依頼人から預かったミーヤの靴を、エリヴィレイトの鼻先に近付けるジャクリーン。
 それに並ぶ様に、それぞれ孝司と試から預かったハスキーの友司と千代も鼻を寄せる。
 やがて三匹は一吠えしたかと思うと、一斉に同じ方向へ向けて走り出した。ジャクリーンは愛馬セラブロンディルに跨り、その後を追う。

 一方。
「12歳くらいの、長い銀髪の少女を見掛けなかっただろうか?」
 近隣の街や村を回り、聞き込みを行うのはアルジャンと瑠璃。武器屋や鍛冶屋、酒場、古物商等を手当たり次第に巡りながら聞き込みを続けるも。
「ふぅ‥‥参ったわね。剣を探すならばまず立ち寄りそうな所を、ことごとくスルーして居るなんて‥‥」
 眉間に指を当てながら俯く瑠璃。ミーヤが吟遊詩人の語る冒険譚程度の知識しか持ち合わせていない事は分かっていたが、まさかここまでの冒険素人振りを発揮しているとは思ってもみなかったのだ。
「だが、剣に関する情報も全て空振りだったし‥‥もし聞いて回っていたとしても、結果は同じだったかも知れないが、な」
 瑠璃に同じくげんなりしながら言うアルジャン。とは言え、代わりの収穫としては微妙かも知れないが、二人はとある情報を入手していた。
「それにしても、まさかミーヤの父親の評判がここまで悪いとは、な」
 今まで聞き込んだ領主邸、すなわちミーヤの屋敷に程近い地域での領主の話は、何処で聞けども悪評ばかり。
 唐突に税を跳ね上げられたり、主要道路や一定の地域に関しての検閲を異常に厳しくしたりと‥‥何がしたいのか分からないままに突飛な政策を打ち出して来る為、それに振り回される彼らからすると溜まったものでは無いのだそうだ。
「それも、数年前に病床に伏して以来突然そうなったみたいね。何か領主の心を変えてしまう様な出来事があったのかしら?」
「どうだろうか。何にしても、今はミーヤを探すのが先決だな。これだけ領主殿の悪評が広まっているとなると‥‥その娘であるミーヤの身が尚更心配だ」
 アルジャンの言葉に頷く瑠璃。そして二人は、次の村へ向かって足を進めていった。

 その頃。
「どうやら、ミーヤさんはこちらの方向へ向かった様ですね」
 パーストによる過去視を行いながら、ミーヤの足取りを辿るのはゾーラク。
「そっちの方角だと、いずれ街道に突き当たるな」
「ええ。もしかするとミーヤさんは、遠出をする為に馬車を拾いに行ったのかも知れませんね」
 彼女に続いて歩きながら、孝司と天子が言う。天界で曰く、タクシーと言う物を拾う様な感覚だそうな。
 とは言え、『超』が付くほどの冒険初心者であるミーヤが、そこまで機転を利かせられるものか微妙な所ではあるが。
「ですが、もしそうなると‥‥いよいよ追跡が難しくなってしまいますね」
「そうだな。とは言え、御者が親切な人だったら最低限の食糧は確保させて貰えているかも知れない」
 楽観的な考えではあるがな、と付け加えて苦笑を浮かべる孝司。
 そんな会話をしながら足を進めていると、三人は突き当たった街道の脇にふと見覚えのある後姿を認める。
「‥‥あら? ジャクリーンさん、どうかしましたか?」
 天子の声に振り返るジャクリーンの顔に浮かんで居るのは、困惑の表情。
「それが‥‥どうもここに至ってから、ミーヤ様の足取りが途絶えてしまって‥‥」
 その言葉を証明する様に、彼女と行動を共にしていた三匹の犬達もしきりに周囲の地面を嗅ぎ回り、ミーヤの匂いを探している。
「とすると、ここで何かがあったのですね。恐らくは、馬車を拾ったのだと思いますけど‥‥パーストで見てみましょう」
 そう言って、本日何度目とも知れない過去視の魔法パーストを唱えるゾーラク。
 ――と。
「‥‥あっ!?」
 唐突に上げられる驚きの声に、一同は何事かと視線を向ける。やがて過去視を終えた彼女が、ファンタズムで今見た光景の幻影を象ると‥‥。
「! これは‥‥!」
「成程、馬車に乗ったのは確かな様子だが‥‥これは明らかに、『乗せて貰った』と言う状況ではないな。むしろ、『無理矢理乗せられている』と言った方が‥‥」
「と言う事は、ミーヤ様は誘拐されたのですか!?」
 途端に一同を不穏な空気が包む。恐らくは令嬢らしい身形をしていたので、人攫いか何かに狙われてしまったのだろう。
 幸い馬車がどちらの方向へ向かったのかの見当は付く。一同は大急ぎで街道を辿って行った。

「‥‥ん?」
 村で聞き込みをしていたアルジャンの元に、手紙を携えたシフール飛脚が舞い降りる。
 差出人を訪ねると、それは一人ウィルへと戻っていた試から宛てられた物であった。
 何事か思いつつ、その内容に目を通してみると――。
「‥‥なんだってっ!?」
 突然に上げられた声に、隣に居た瑠璃は驚き目を見開いた。



●発見
「やれやれ、屋敷に着いたと思ったら、すぐにまた戻る事になるとはな」
 苦笑しながら足を進めるのは試。
 彼は調査の為にジャクリーンに愛犬の千代を預けた後、予備の防寒具を棲家へ取りに行く為に、歩いて一日は掛かるウィルへの帰路を辿っていた。
 その道中、街道沿いに佇む村と言う村に立ち寄りつつ聞き込みを続けるも、やはり耳に入るのは領主の悪評ばかり。ミーヤの所在に繋がる手掛かりは全く出て来ない。
 彼がウィルへの道程の中間地点辺りに佇む寂れた農村に至る時には、もはやダメモトの様な感覚になっており。
「すまない、少し尋ねたいのだが‥‥この村に銀髪で12歳くらいの身形の良い少女は来なかっただろうか?」
「ああ、もしかして髪が腰まである、めんこいお嬢ちゃんの事かい? それじゃったら、村長が自宅で介抱しておるよ」
「そうだよな、そう都合良く見付かる訳無いよな‥‥」
「いや、だから村長が介抱しておるって‥‥」
「ああ、分かった。仕事の邪魔をして済ま‥‥‥‥‥な、なんだってぇっ!!?」

 ――と、言う訳で。
「一人で此処まで遠出できたのは『心の剣』によるもの、だろうか」
 試にシフール便で呼び付けられ、村に集った冒険者達。村長宅の一室で思い思いに寛ぎながら、その中のアルジャンが感慨深げに言う。
「そうですね、彼女にとっては大冒険だったのでしょうし‥‥。それにしても、あの街道での光景は一体何だったのでしょうか?」
 顎に手を当てながら、ジャクリーンが思い出すのはミーヤが馬車に無理矢理詰め込まれる光景。無論、それはゾーラクがパーストで過去視したものを幻影として映し出した物であるが‥‥彼女が勘違いしたとも考えにくい。
「村長は見てないか? ミーヤさんを攫った馬車の姿とか‥‥」
 孝司の言葉に、冒険者達と同席する村長は腕を組み。
「そうさのう。わしらが見付けた時には、ミーヤ嬢は街道とは反対側の森の辺りで倒れておったし‥‥馬車の轍は確かに残っておったのじゃが、森の奥に続いておったからどこへ向かったものか見当もつかんのう」
「馬車が‥‥森に?」
 その言葉に、僅かな違和感を覚える冒険者達。馬車と言う物は基本的に平地や街道等を進む為にある物。故に森の中を進むとなると障害物は多く地面は不安定な為にまともに動けない筈である。
 人攫いが、それ程の無理を推してまで一体何故森へ向かったというのか――。
 一同が考え込んでいると、不意に寝室の扉が開き、中からゾーラクと天子に連れられたミーヤが姿を現した。
 つい今しがた意識を取り戻したばかりな故か、それとも無理が祟ったのか、どこか顔色の悪い彼女は開口一番。
「ご心配をお掛けして‥‥本当にごめんなさいっ!」
 そう言って、深々と頭を下げた。
 思わず、彼女の事を叱ろうと考えていた瑠璃は言葉を飲み込み、代わりに――。
「‥‥まあ、ミーヤが無事だったから良いんだけどね‥‥」
 ぼそぼそっと口から出た言葉は、安堵を示すもの。
 無論瑠璃だけでなく、他の者達も思い思いに胸を撫で下ろす。
「ミーヤ様、頑張るのも良いですが御両親に心配を掛けてはいけませんね。後でご自分の字で、お手紙を出してあげて下さい。それに、一人では難しい時には仲間を頼っても良いのですからね」
 ジャクリーンは優しい笑みを浮かべながら、ミーヤの前で屈み込みその頭を撫でた。
 その後ミーヤは勧められるまま空いた椅子に座ると、ゾーラクの魔法瓶から注がれた薬湯が差し出される。
「‥‥美味しいです」
 顔を火照らせながら、薬等を啜るミーヤ。そんな彼女を微笑ましく見詰めながら‥‥ゾーラクは小声で天子と孝司を促し、部屋の隅へと移動した。

「‥‥如何でした?」
「ええ、以前に診断した時よりも大分体力が落ちている様子でした。きっと短い間に色々あったから、その反動だと思うのですけれど‥‥」
「だと良いのだが‥‥。もし呪い等によるものだったりすると、後々厄介だぞ」
「その線でも診察はして見ましたが、衰弱と全身の擦り傷以外には特に目立った外傷や症状もありませんでしたし‥‥。やはり魔法的な作用が関わっているかどうかの特定は、医学だけでは難しい様です」

 と言った感じで、部屋の隅で医師三名が込み入った話をしている間に、ミーヤを囲む冒険者達の方では――。
「それで、ミーヤさんはこれからどうするんだ?」
 試が問うと、ミーヤは僅かに顔を俯ける。
「あの‥‥やっぱり『剣』を探しに行こうと思ってます。きっとまだ訓練が足りて無いからだと思うんですけど、あれが無いとどうしても心も身体も重くて‥‥」
 ミーヤの言葉に、僅かに目を伏せる一同。
「‥‥故郷の話になる」
 そう切り出すのは、孝司。医師同士の話し合いも一段落したので、ミーヤの近くに戻って来た彼は。
「新しい薬が出来上がったとき、それが期待した効果があるか確かめるために、被験者には秘密でワザと効果の無いモノを与える事がある。ところが被験者が『効果がある』と思っていると、効果が無い代物を使ったにも関わらず、ほぼ同じ効果が得られる事がある。『偽薬』と呼ばれる物なのだが‥‥もしかすると『元気の出る剣』とやらも、それと同じなのかも知れないな」
 サングラスを外してミーヤを見詰める彼の目は、続けて語り掛ける。

 ――それでも尚、剣を探すのか、と。

 彼の無言の問い掛けに、ミーヤは暫く俯いた挙句‥‥。
「‥‥私、あの剣のお陰で外の世界を知る事が出来たんです。それに、皆さんの様な冒険者を夢見る事だって‥‥。例え剣の効果が偽物だったとしても、あれは私にとって大事な物なんです。だから‥‥!」
 言葉を紡ぐ彼女の目には、今までに無く強い意志の光が宿っていた。
 ところが‥‥ここに居る冒険者の中の一部は、こうも思っている。

『あの剣には魔物が関わっているだろうから、これ以上関わるのは止めた方が良い』

 無論確証がある訳では無いが、それでなくとも謎の男に渡された事に始まり、持っているだけで魔法が掛かったかの様に元気になったかと思うと、突然にその姿を消し‥‥あの剣には、不審な点が多すぎる。
 その背後にはどんな事実が潜んでいるのか、今は知る事は出来ないものの‥‥ミーヤが関わるには、それは余りにも重過ぎるものであろう事は想像に容易い。
 だが、ここに至るまで彼女を突き動かし、そして今の宣言によりしっかりと形を成したミーヤの強い意志。それを無理矢理押し込める事は、彼女本人にとって決して良い結果にはならないだろう。そう悟った冒険者達は。
「‥‥ミーヤの気持ちは良く分かった。だが、やはり一人で無茶をするものじゃ無い」
「ああ。それに何にしても、ミーヤさんは捜索をするには装備不足だ。‥‥今は一旦家に帰ったほうが良い」
 アルジャンに続く試の言葉に、「そんな!」と言って身を乗り出すミーヤ。そんな彼女を。
「‥‥すまない、言い方が悪かったな。そもそも俺達はミーヤさんの剣を探す為に集まったんだ。今回は俺達に任せて、ミーヤさんは家で鋭気を養っておいて欲しい」
 試が嗜めると、ミーヤは僅かに目を伏せながら小さく頷いた。
「それに、一度お母さんにも話しておかないとね。ただし、自分の決心はちゃんと自分の口で伝える事。いいわね?」
 言いながら、瑠璃は一本の木刀を差し出した。桃の木から削り出されたそれを、手に取って眺めるミーヤに。
「これには心を落ち着かせる力なんて無いけど‥‥でも、きっと今後ミーヤの役に立つと思うわ」
「成程。それでは僕からも、この刀を預けよう」
 そう言ってアルジャンが差し出した物は、見るに名工による逸品を思わせる60cm程の刀、大脇差「一文字」。
「ミーヤが剣を見付けるまで‥‥いや、『心の剣』を作り上げるまで、瑠璃の木刀と一緒に持っていると良い」
 そう言って微笑むアルジャン。彼ら二人にミーヤは――。
「‥‥はい! ありがとう御座います‥‥!」
 目から涙を溢れさせながら言い、二本の剣をぎゅっと抱え込んだ。



●『剣』の行方
「どんな病でも睡眠が一番の薬です。お家に着いたら、ゆっくり休んで下さいね」
 天子に諭されるままミーヤは村長の用意してくれた馬車に乗り、領主邸へと帰って行った。
 彼女を見送った冒険者達は、続けてミーヤとの約束通り剣の捜索に取り掛かる。
「‥‥そう言えば、ミーヤさんを攫ったあの馬車の行方も気になりますね」
 腕を組みながら言うのはゾーラク。かくして一同は分担し、それぞれ調査に当たる事になった。

 入り組んだ森の中を進むのは、ゾーラクと試。道らしい道も無く、茂みを踏み荒らす様にして続く轍を辿りながら。
「‥‥改めて見ると、とてもではないが馬車が入り込む様な場所では無いな」
「そうですね。その上、かなりのスピードで駆け抜けた様子ですし‥‥」
 ゾーラクの言葉を裏付ける様に、木を避ける様にして急激に曲がったと思われる場所には、馬車の破片と思われる物体が転がっていた。恐らくは曲がり切れず車体の一部をもぎ取られようとも、構わず駆け抜けたのだろう。
 ――まるで、何かから逃げる様に。
 やがて、見えて来たのは横倒しになった馬車の車体。勿論それを引く馬や御者等の姿は無い。
 一体ここで何があったというのか――。
「‥‥‥‥ゾーラクさん、すまないが‥‥」
「ええ、分かっています‥‥」
 アルジャンに促され、パーストによる過去視を開始するゾーラク。
 だがしかし、『何か』が起こった時間を特定しようと連続でパーストを詠唱する内‥‥その現場を目撃するよりも早く彼女の気力が尽きてしまい、結局真相は分からず仕舞いとなってしまった。

 一方、他の面々は今までの情報を検証し直し、剣の捜索に当っていた。
「無くなった当時、不審者の目撃例も無ければ進入した形跡も無く‥‥朝起きたら忽然と姿を消していた、ですか。ゾーラク様のパーストでも期間的に状況を見る事は出来ませんでしたし‥‥難儀ですね」
 ジャクリーンの呟きに、頭を抱える一同。
 その中でアルジャンは、出発前にミーヤに問うた質問‥‥それに対する彼女の答えを思い出す。

『あの剣を貰った時の状況ですか? う〜ん、あの日は家で誕生日パーティーをして貰っていて‥‥そうしたら突然フードを被った男の人が近付いて来て、「誕生日のプレゼントだ」って言って剣を渡してくれたんですよ』
『その男の人ですか? う〜ん、フードを被ってたので、あんまりよく顔は見れなかったんですけど‥‥でも、知らない男の人でしたよ。けど、なんだろう‥‥ちょっと不思議な感じのする人でした』

「‥‥すなわち、あの剣は謎の男が唐突に屋敷に持ち込んだ物故、場所の手掛かりは無し。そして、男についてもミーヤとは面識の無い者の為、居場所はおろか何故ミーヤに剣を渡したのかさえも不明、か。‥‥手詰まりだな」
 目を伏せながらのアルジャンの言葉に、他の面々も力なく頷く。
 結局その後も地道な聞き込みを丸一日続けたにも関わらず、全く収穫らしい収穫は無く‥‥。
 止む無く冒険者達は一度ミーヤの屋敷へと引き上げる事となった。

「そう‥‥ですか」
 首尾を聞かされ、がっくりと肩を落とすミーヤ。
「そう落ち込まないの。一生懸命探していれば、いずれ見付かるわ」
 言いながら、瑠璃はミーヤの頭を撫でる。
 その様子を遠目に見ながら、話をするのは孝司と試。
「それにしても、もし剣が『偽薬』ではなく、魔法効果がある物ないしは魔物が関わる物だとすれば‥‥彼女が見付ける前に、なるだけ早くこちらで確保しておいた方が良いかもな」
「そうだな。聞いたところでは『魅入られてしまって、不利益があるにも関わらず手放したがらなくなる』類の物の呪いもあるそうだし‥‥」
 試に続き真剣な面持ちで言う孝司は。
「まさかゲームやファンタジーの解説本から得た知識とは言えないがな‥‥」
 と、付け加える様に呟いた。



●密会
「‥‥どうした? 貴様の方から私を呼ぶなど、珍しい‥‥」
 ――暗闇の中に響くのは、低く威圧感のある声。
「‥‥何を言っているのか、理解し兼ねるな」
 ――だがしかし、その声の主と向かい合う者は臆する様子も無く。
「ああ、あの箱入り娘の事か。誤解している様だが、私は何も知らん」
 ――どこか憤慨した様子で、語り掛ける。
「だが‥‥成程。私が察した限り、貴様の考えも強ち間違いとは言え無い様子だな。どうやら私の与り知らぬ所で何かがあったらしい、とだけは言っておこう」
 ――対する声の主は、終始相手を小馬鹿にする様な態度で。
「‥‥まだ疑うか。そもそも、貴様との『約束』に反してまで、私があの娘を狙う理由など無かろう?」
 ――下卑た笑い声を漏らし。
「くくく、巧い事を言うものだ‥‥。真実が明るみに出るとして、その光に焼き尽くされるのは、果たしてどちらの方なのだろうな?」

 ――そして、闇の中に消えて行った。