【少女と剣】踏み出す一歩

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月17日〜04月23日

リプレイ公開日:2008年04月25日

●オープニング

 ――夢を見ていた。
 目を覚ますと、いつも通りの部屋のベッドの上で。
 お母様が、私を優しく起こしに来てくれて。
 お父様や弟のカルスと一緒に談笑しながら朝食を食べていたら、誰かがお屋敷を訪ねて来て。
 玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは『剣』を持った男の人で。
「迎えに来たよ」って言いながら、私の事をしっかりと抱きしめてくれると言う。

 ――とても悲しい夢を。



「あれから、アルメーダさんは行方不明‥‥。恐らくはカオスの魔物と共に、どこかに隠れて居るのだろう。自分が騙されているとも知らずに‥‥」
 ギルドに集まった冒険者達。その表情は、皆が皆沈鬱なもので。
 前回の依頼において、彼らはアルメーダと対決した。
 その末に彼女の背後に居たカオスの魔物『煽る魂の狩人』を燻り出す事に成功、更にはその真の狙いであったミーヤの魂も護り切る事が出来た。
 そしてアルメーダが領主を偽り統治していた地域は、当面の間国の管轄化におかれる事になり‥‥結論からすれば騒ぎが必要以上に大きくなる事も無く、事態は収拾したのだ。
「けれど、まだ終ってない事は沢山あるんだよね。アルメーダもカオスの魔物も、結局は取り逃がしてしまった訳だし、それに『元気の出る剣』に関しても、また振り出しに戻った訳だし‥‥」
「それに、何よりもミーヤさんの事が心配です‥‥」
 目を伏せる冒険者達。
 そう、前回に奪われていた魂の一部を取り返せた事により、ずっと彼女の身体を蝕んでいた衰弱症状は改善したのだが。
 一連の事件で母親のアルメーダとは生き別れ、更にはその血縁が無い事を明かされ、そしてカオスの魔物に『剣』を奪われ‥‥。
「考えれば考えるほど心配だ、な。迂闊な行動に出なければ良いのだが‥‥‥‥!」
 目を見開きながら言葉を詰まらせる冒険者。仲間達が彼の視線を追うと、その先には恐る恐ると言った感じで顔を出すミーヤの姿があった。


「冒険者になりたい?」
 開口一番、彼女から出た言葉を繰り返す冒険者。
 大分前の事になるが、彼女は同じ様な事を言ってアルメーダを悩ませていた時があった。
 その時には体力的、経験的に不十分だったと言う事と、何よりも『剣』を手放すと情緒不安定になってしまうと言う深刻な問題点があった為、冒険者達に諭されて断念したのだが‥‥。
 あれから考えると、今の彼女は最低限の勉強や訓練はこなしてきた様子で、ある程度の長旅に堪える事が出来ていたし‥‥加えて、長い事剣が手元に無いと言う状態が続いているにも関わらず、その影響は目に見える程もない。
 それに、今の彼女には冒険者になる事を望む上での明確な『目的』があった。
「今回の事で、色々な事が分かって‥‥。お母様がカオスに従わされている事、私の本当の親が他にいる事、そして『剣』の事‥‥。けど、このまま皆さんに守って貰いながら、何かが起こるのをじっと見てるだけなんて、そんなのイヤなんです! 私には、やらなければならない事が沢山あるんです! お願いします、どうか私を皆さんと同じ、一人前の冒険者に仕立て上げて下さい!!」
 必死に懇願するミーヤの目からは、涙が溢れていた。
 けれど、彼女に対する冒険者達の顔に浮かんで居るのは‥‥迷い。
 と言うのも、もし彼女が冒険者となったとすれば、遅かれ早かれ必ずカオスの魔物と対峙する事になる。
 余りにも強大すぎる敵との戦い。その渦中に彼女の様なか弱い少女を踏み込ませて良いものなのか。

「‥‥‥‥」

 室内を支配するのは長い沈黙。
 やがて、それを破る冒険者の口から出た言葉は――。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4163 物輪 試(37歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●一人前の
「一人前の冒険者に仕立て上げて下さい‥‥か」
 ギルドへ訪れた客人。その後姿が見えなくなった所で、口を開くのは加藤瑠璃(eb4288)。
 彼女の言葉に頷くアルジャン・クロウリィ(eb5814)も、考えている事は同じ。
「彼女と関わる事になった最初の依頼を思い出すな」
 それは、今から大分前の事。
 一人の身体の弱い少女は、とある不思議な『剣』と出会った事により、見違えるほど元気になった。
 だが、その元気は過ぎたるが余り、彼女の冒険者への憧れを強い物とさせるに至る。
 とは言え、このままでは余りに無謀。それは誰の目にも明らかな事実。
 その後彼女の『平穏無事』な生活を願う母親に雇われた冒険者達の説得により、今にも屋敷を飛び出して行ってしまいそうな少女は無事思い止まるに至ったのだが。
「ですが今回はあの時とは違って、目的も明確な様ですし‥‥。私はミーヤ様が冒険者になりたいのであれば応援したいと思います」
 その際に関わった冒険者の一人、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は口元に指をあてがいながら言う。
 そして。
「私もジャクリーンさんと同意見です。冒険者をする覚悟があるなら、止める気にはならないですね」
 皇天子(eb4426)は、その時からミーヤの心身の状態を診続けて来た医師。もっとも身体の状態にもよりますが、と付け加えるも、以前と違って論外と言う事は無い様子で。
 主に以前にもミーヤと関わった事のある冒険者達を中心に賛成の意見が出る中――その傍らでアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、何やら難しい顔をしていた。
「うーん、俺からすると‥‥本音を言わせて貰えば、まだあのカオスの魔物の件もあるし、魂が全部戻ってるわけでもないから、賛成はしかねるんだけどね」
 困った様に苦笑を浮かべながら頬を掻く彼の懸念はもっともである。
 アシュレーに同じく白銀麗(ea8147)も眉根を寄せながら。
「出来れば、カオスの魔物との決着を付けて、魂を全部取り戻してからが望ましいのですけれどね‥‥」
「とは言え、冒険者になるにしろならないにしろ、ミーヤさんがある意味カオスの魔物の『標的』になっているのは確かなので‥‥。大事なのは、彼女の意思と覚悟だな」
 物輪試(eb4163)が言うと、仲間達は同意するように大きく頷く。
「そうですね。恐らく彼女が冒険者になってから歩むであろう道程は、決して生易しいものではないでしょうから‥‥。もし中途半端な気持ちであれば、もっと別の道を考えさせるのも一つだと思います」
 ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の言葉に意見するものは居ない。
 ただ生きているだけでも生命の危険に晒されている様な状態の者が、自らその運命に立ち向おうと言うのだから‥‥生半可な覚悟であれば、どうなるかは想像に容易い。
「それに、話を伺った限り以前ミーヤ君が冒険者になりたいと言った時には、とてもではないが無理な健康状態だった様だしな。一部とは言え魂を取り戻した現在ではどうか分からないが‥‥一先ずその確認も兼ねて、ミーヤ君に会いに行ってみるべきだろう」
 篠崎孝司(eb4460)が言うと、一同は一斉に席を立ち上がる。
「願わくば、彼女の意志と将来の幸せが共に満たされる様にしたいが‥‥」
 続々と冒険者達がギルドを後にする中、その後方で呟かれた試の言葉は――皆の心の中にそっと仕舞われて。



●ミーヤの覚悟
 治療院の一室で冒険者達を前に、何も言わず話に耳を傾けているのはミーヤ。
 彼女が聞かされているのは、試による苦労体験を主にした冒険談。
「以前にも言われたと思うが‥‥冒険者とは自由気ままに思い通りの冒険が出来る訳ではなく、ましてや吟遊で語られる様な華々しい活躍をする事などそうそうない。どちらかと言えば、我慢する事も少なくないのが現実だな」
 話しながら試はミーヤの様子を伺うも、その表情は顔を俯けるばかりで知る事は出来ない。
「‥‥率直に聞こう。君は、本当に冒険者になりたいのかい?」
 不意に切り出すのはアシュレー。そして、彼の質問に対するミーヤの答えは――イエス。
 そこでふとアシュレーが視線を医者の天子と孝司へと向けると、二人は同時に頷き。
「身体の方は問題ありません。今の健康状態ならば、冒険者になっても大して差し支えは無いでしょう。ですが‥‥」
 そこまで言って言葉を詰まらせる天子。だが、次の瞬間にはすっと顔を上げながら眼鏡を直して。
「‥‥冒険者とは、基本的に自分の為ではなく助けを必要とする人の為に動くものです。そう、それは例えアルメーダさんや『元気の出る剣』を諦めることになったとしても、です」
「要は、冒険者になって仕事を請ける事で、君の目的を達するのに不都合が出る場合もあるって言う事だよ。それに――とても大変な覚悟をする必要がある」
 それは‥‥とアシュレーが言いかけた所で、口を開くのはルエラ。
「それは、『戦う』覚悟です。冒険者は自分で依頼を受け、見知らぬ誰かと出会い、見知らぬ土地で新しい価値観や世界の一端を知ることができるのが魅力と言えます。けれど‥‥その上で戦う覚悟は、必要不可欠となります」
 ここで一旦ミーヤの顔色を伺うも、相変わらず俯き気味でただ黙々と話に耳を傾けるばかり。
「勿論依頼の中には戦わなくてすむものもありますが、例えば山賊退治といった依頼等は誰かを殺す、という事です。殺人というのは辛く、苦しく、不意に首を締め付ける縄です。それでも尚、殺さなければならない時があります。どういう時かわかりますか?」
 問い掛けに顔を上げるミーヤ。その目には涙が溜まっており‥‥些かの罪悪感が心の中に芽生えるものの、ルエラは構わず続ける。
「‥‥大切な人を護る時。弱い者を護る時です。戦わなければ見知らぬ‥‥或いは見知った誰かが傷つき、死ぬ。それは自分が罪を被るよりも辛いものです。ですから覚悟をなさい。罪を背負う覚悟を。殺される覚悟を。戦う覚悟を。そして生き残る覚悟を。それが出来ないのであれば‥‥」
 それより先は言わない。優しさでも躊躇いでもない。言わなくても分かっている筈だから。

 そして、長い長い沈黙が室内を支配する中。

「それでも、ミーヤは冒険者になるのかい?」

 迫るアシュレーの口調は、半ば脅す様なもの。これでも気を遣っている方らしいが、もし彼女の覚悟が生半可であったならば――ここで確実に決意を揺らがせていた事だろう。
 気付けば、ミーヤの目からはボロボロと涙が落ちていた。そう、涙を流していたにも関わらず――上げられた顔は、真っ直ぐに冒険者達を見据えていて。
「わ、私‥‥‥‥。ま、前にも言った事があると思いますけど、冒険者になって、私と同じ様に身体の弱い子の励みになりたいって思っていたんです。それは今でも変わっていないですし‥‥それに、今ではお母様やカオスの魔物、そして本当のお父様を探すと言う目的もあります。けれど、私が冒険者になりたいって思った一番の理由は‥‥」
 そこまで言うと、不意に俯くミーヤ。
 その後少し間を置いて上げられた顔は、少し赤らんでいて。
「‥‥その、皆さんに憧れたんです。私、今までずっと誰かに頼りながら生きてきました。お母様や『元気の出る剣』、それに皆さんにも‥‥。自分の事さえも手一杯で、どうしようもなく弱い私‥‥。けれど、皆さんはそんな私の為に剣を探してくれて、お母様を止めてくれて、そして怪我を負いながらカオスの魔物と戦ってくれた。私も‥‥私も皆さんの様な、誰かの為に尽くせて、命を賭けられる様な冒険者になりたい! 勿論、その途中にどんな困難が待ち受けているか、今の私には想像も出来ません。けど‥‥けどっ‥‥!!」
 いつの間にか、叫ぶ様にして言葉を紡いでいたミーヤを――正面から抱き締めるのは瑠璃。
「ミーヤちゃんの気持ちは良く分かったわ。けど、それは‥‥今すぐにやらなくちゃいけない事?」
 瑠璃の胸元で泣きじゃくりながら、しきりに首を縦に振るミーヤ。恐らく考えているのは、カオスの魔物と共に姿を消した母親――アルメーダの事。
 彼女がカオスの魔物と契約している以上、早く止めないと大変な事に成り得る。それは冒険者達のみならず、ミーヤでさえも薄々気付いている所。
 彼女には急ぐ理由がある。
「そうね‥‥そこまで意思が固いのであれば、私達が止める理由は無いわ。ミーヤちゃんが冒険者になれる様、手伝ってあげる。まずは相談から始めましょう。さ、だから泣き止んで」
 ゆっくりと身体を離し、頭を撫でながら言う瑠璃。
 そんな彼女の後ろでは、アシュレーを始めとする仲間達が暖かな眼差しで二人の事を見守っていた。



●冒険者診断
「さっきも聞いたけど、前に話を聞いたときと違って、今はただ憧れのために冒険者になる事を望んでる訳じゃないのよね。今のミーヤちゃんには、目指すべき目的があるはず。ならその目的によって、適した職業は違うと思うのよ」
 漸く落ち着いたミーヤを前にして、説明するのは瑠璃。
 彼女の目的――勿論『誰かの為』にと言うのは抜きにして、その為に最も適しているであろう職業は。
「アルメーダさんを助けるつもりなら神聖魔法[白]の使い手になれると良いのですが。残念ながらアトランティスで神仏の教えに目覚めた話は聞きませんね」
 残念そうに言う銀麗。
 ジ・アースと違ってアトランティスでは元来神を崇拝すると言う習慣が無い為、アトランティス人であるミーヤが神の僕たるクレリックや神聖騎士等になるのは現実的ではないだろう。
「これは俺の観点からの意見だが‥‥ミーヤさんの行動力を鑑みるに、レンジャーなどは向いているのではないかな? それか、非力でもゴーレムで活躍の出来る可能性の在る鎧騎士とか‥‥」
「そうですね。レンジャーなどは力よりも技で勝負できる職業ですし。鎧騎士は、ゴーレム頼りとなると少し厳しいでしょうけれど‥‥」
 試と天子の意見に、頷く一同――だが。
「‥‥ところで、アトランティスじゃあんまりレンジャーって一般的じゃないんだよね?」
 ふと口を開くのは、今まで石の中の蝶に注意を向けていたアシュレー。
 そう、アトランティス人にとってレンジャーと言う職業も、クレリック等同様余り周知されていない。
 特に資格等は必要無いものの、どの様な職業なのか余り良く分かっていないのにレンジャーになろうというのは、難しい話であろう。
「まあ、例外としてサマエルなんかは、アトランティス人でレンジャーみたいだけど‥‥そう言えば、彼は一体どうやってなったんだろう?」
 ふと浮かんだ素朴な疑問は、一先ず置いておくとして。
「ミーヤ様はどの様な冒険者になりたいのですか?」
 天子の質問に、腕組みをして悩むミーヤ。確かに今までが今までだけに、自分がどの様な事に向いているのかなど、考えたところですぐに分かったものではないだろう。
 そんな彼女に、助け舟を出すのは瑠璃。
「複数の望みがある時も、優先順位を決めて考えてみて。例えば‥‥」
 予てからの憧れ、即ち冒険者として活躍する為であるならばゴーレムの使える鎧騎士。
「アルメーダさんを助ける為ならば、拘束系の魔法として優秀なアイスコフィンの使える水のウィザードか‥‥」
「カオスの魔物を倒す為であれば、遠距離攻撃魔法の優秀な風、もしくは火のウィザードが向いてますよ」
「アルメーダ夫人やカオスの魔物、そして本当の父上を探す為ならば、交渉や捜索魔法に長けたバードやジプシー、だな」
「もし将来的にでもアルメーダさんの領地を継ぐつもりであれば、鎧騎士がよろしいですわね」
「自衛に徹するのであれば、土のウィザードが一番安全でしょうか?」
 冒険者達の口々の説明に、尚の事頭を抱えるミーヤ。
 そんな中、このままでは埒が明かないとばかりに口を開くのは孝司。
「まあ、これに関しては彼女の適性を見てからでも遅くは無いだろう。僕自身、今のスタイルに決まるまでに結構時間が掛かっているからな」
「それに、資質よりも自分の理想に対して近付いていこうとする意思が大切だと思いますよ。実際私も非力で決して鎧騎士に向いているとは言い難いですが、何とかなっていますしね」
 だから、やりたいものをゆっくり気楽に選んでください。そうジャクリーンが締めた所で、話題はある意味冒険者としての職業よりも大事な、生業と住居の事へ。
「ミーヤさんには、どの様な仕事が向いているのでしょう‥‥」
「実入りの良い依頼はそう多くないからな。生業である程度稼げないと、じきに行き詰るぞ」
 天子と孝司が考える中、ふと口を開いたのは銀麗。
「ミーヤさんはセトタ語の読み書きが出来ましたよね。でしたら、生業は代書人がお勧めでしょうか?」
 彼女の提案に、アルジャンも成程と横で腕を組みながら頷き。
「そうだな。当座の食い扶持として、申し分ないだろう。僕もそうだしな」
 そしてミーヤ本人の意思も伺うも、特に不都合などはある筈も無く。
「よし。それじゃあ僕の職場の伝で働き所を探し、紹介してみよう」
「私からも、管轄するネバーランドと取引のある店、業者を回って見学許可をお願いしてみます。実際にミーヤさんの目で見学や仕事の体験をする事で、生業の候補と成り得るでしょう」
 と言う訳で、彼女の生業に関しては割とあっさりと話が纏った。
 だがしかし。
「住居はどうするかな‥‥」
 試が言うと、言葉を詰まらせる一同。
「もし未だ体調が安定しないようでしたら、ウィルの診療所で預かる事も出来るそうですが‥‥」
 ルエラが言うも、天子や孝司の診断によれば、今のミーヤは至って健康体。発作を伴う様な持病も無い為、医師の元に置いておく必要も無さそうだ。
「冒険者になるなら、冒険者街に棲家を‥‥あ、いや、ごめん。今の無し」
 さらっととんでもない事を口走って口を紡ぐアシュレーに、ミーヤは小首を傾げる。
 まあ、その理由は後々彼女も思い知る事になるのだが‥‥今はさておいて。
「住居探しの一番の問題は、彼女に一人暮らしができるかですよ」
「そうだな。それによって、随分と選択肢も変わって来るが‥‥」
 一同の注目がミーヤに集まる。
 思えば、彼女はつい最近まで箱入り生活を強いられていた故に世間知らずな訳で‥‥更には屋敷に住み着いていた使用人の数等から察するに、身の回りの世話を焼いてもらい続けて来たであろう事は、想像に容易い。
「‥‥取り合えず、ミーヤさんに何が出来るか、確認する必要がありますね」
「それなら、いっそ皆でキャンプしない?」
 ふと声を上げたアシュレーに、一同の注目が集まる。
「だってさ、冒険者と野宿は切っても切れない関係だし。俺も野外活動のエキスパートとして色々レクチャーをしようと思ってたから、ついでにミーヤが一人でも生活できるかを確かめるって事でさ」
「なるほど‥‥良い考えだな」
「そうですね、冒険者たるもの机上で論議するよりも、実際に活動するべきですし」
 彼の提案に異論を唱える者は無く。
 それから暫く後、簡単な準備を終えた一同は、ミーヤの生活力を確かめると言う名目の下キャンプをするべく、ウィル近郊の草原へと向かって行った。



●放火魔
「す、すみませんすみませんすみません〜っ!!」
「ああ‥‥大丈夫、構わないよ。俺も迂闊だったしね‥‥あはは」
 青空の下、しきりにぺこぺこと頭を下げるミーヤの眼前には、ギャグっぽく顔を焦がしたアシュレーの姿。
 と言うのも、数分前。

『それじゃあ、まずは自分一人でどこまで出来るか見せて貰おうかな』
『ア、アシュレーさんっ! 火が点きません〜!』
『ええ? おかしいなぁ。薪が湿気てたのかn‥‥』
 ゴゥッ。

「ともすれば悪意としか見えないドジっぷりでしたよ‥‥」
 何とも言えない表情を浮かべながら呟く銀麗。
「ま、まあ、ともあれ今の一幕で、ミーヤさんの生活力が如何なものか、十分過ぎる程良く分かったな」
 試の言葉に、仲間達も微妙に重苦しい溜息を吐く。
「それじゃあ、俺が手本を見せるから覚えるんだよ? まずは‥‥」



 ――――。



「‥‥断言するよ。あの娘はいつか必ず火事を起こす」
 程よくウェルダンなアシュレーが、理美容技術を用いて身嗜みを正しながら愚痴る。
「診療所に預けるのも避けた方が良さそうですね‥‥あちらの方々が泣きます」
 彼の手伝いをするルエラも、苦笑を禁じえないと言った様子で。
「取り敢えずは、火精霊に関わる可能性のあるウィザードは没、と‥‥」
 ふっと呟きながら横を通りすがるのはジャクリーン。
「ともあれ、こうなったらミーヤちゃんの下宿先を探してあげないといけないわね」
 今回は、誰も『冒険者街』とは口走らない。文字通り『飛び火』されたくないからだ。
「とは言っても、一体どうやって探せば良いやら‥‥」
「‥‥こうなったら、仕方ないか。余り気は進まないんだが‥‥」
 そう言う試が提案したのは――困った時の珍獣頼み。
「それは、確かにある意味最後の手段ね」
「けど、仕方ないだろう。まさかミーヤさんがあそこまで火の扱いに不慣れだとは思わなかったのだから。それに、もし暫く下宿先が見付からなかったとしても、ウルティムさんなら(以下略)」
 と言う訳で、彼女の住居に関しては珍獣ことウィル在住の貴族のウルティムに任せると言う事で話は纏った。

 さて、当のミーヤはと言えば。
「踏み込みが甘いぞ。動作も大きい。まずは当てる事に専念するんだ」
「は、はいっ!」
 医師二人の立会いの下、アルジャンが打ち込みの相手を務める事で、ミーヤの戦闘面に関しての素質を確認していた。
 彼女の振るうのは、以前にアルジャンに預けられた大脇差「一文字」。
 彼の手に持った剣とぶつかり合う金属音が止んだ頃‥‥ミーヤは荒い息を吐きながら、地に手を着けていた。
「うむ。ここまでにしておこうか」
「は、はいっ‥‥ありがとう、御座いました‥‥」
 剣を仕舞った二人に、手を叩きながらゆっくりと歩み寄るのは天子と孝司。
「驚きました。以前に冒険者を志していた時よりも、格段に体力が付いていますね」
「それに、今後の鍛錬次第で更に伸びる余地があるな」
 頻繁に彼女の事を診て来ていた天子と、ウィルカップにおいてスポーツドクターを兼任した経歴もある孝司が言うと、これ以上無い程に説得力がある。
「ああ。加えて未だ荒さは目立つが、剣の筋も中々だ。もし良ければ、その剣は瑠璃の渡した木刀と併せて、存分に使って貰って構わない」
「えっ‥‥? で、でも‥‥」
 思いも因らないアルジャンの言葉に、目をパチクリさせるミーヤ。すると、アルジャンはにっこりと微笑みながらミーヤの肩を叩き。
「何、僕なら構わない。それに、今のミーヤには必要な物だろう?」
 彼の言葉に、俯きながら小さく頷くミーヤ。かと思うと、すっと顔を上げ。
「それじゃあ、お言葉に甘えてこの剣は大事に預からせて頂きます。でも、いつかきっと『あの剣』を取り返して‥‥そうしたら、必ずこの剣を返しに伺わせて貰いますね!」
 意気込みながら言うミーヤの言葉に、アルジャンは――。



●剣
「あくまで推測ですが‥‥あの『元気を持つ剣』には、カオスの魔物がミーヤさんから奪った生命の一部‥‥つまりデスハートンの玉が埋め込まれている可能性がありますよ」
 夜も更け、月精霊の淡い輝きが空に浮かぶ頃。
 ジャクリーンの用意したテントの中でミーヤが寝静まったのを見計らい、集まった冒険者達を前に、切り出すのは銀麗。
「本人によりますと、やはり本物の『元気の出る剣』を持っていた時と、偽物を本物だと思い込んで持っていた時では、感覚に違いがあった様でしたし‥‥」
「ああ。本物を持っていた時には、心の奥底から力が湧いて来る様な感じがして、手放すとそれが急激に萎えた。だが、偽物ではそれが無かった‥‥と言う話だったな」
 銀麗の言葉に付け足す様に言うのは孝司。すると、腕を組みながら試が口を開き。
「つまり、本物は唯の『偽薬』では無かったと言う事か‥‥」
「恐らくね。でなければ、カオスの魔物がアレを盗って行ったり、わざわざ偽物を用意したりまでした行動の意味が無くなるだろうし」
 アシュレーの言葉に、頷く一同。そして、銀麗が口を開き。
「私の推測通りなら‥‥彼女は自分自身の生命力に触れている事で、失った活力を取り戻せていたのでしょう」
「もしそれが本当だとすれば、かなり厄介ね」
 瑠璃が言うと、小さく深く頷く銀麗。
「根本的な解決には『元気を持つ剣』から埋め込まれているデスハートンの玉を取り出す必要があります。場合によっては、取り出すために御仏の加護ディストロイで『元気を持つ剣』を破壊する必要もあるでしょう」
 彼女の話を聞く冒険者達の眼差しは真剣そのもの。
 先日は黒幕たるカオスの魔物『煽る魂の狩人』の企みを阻止する事が出来たとは言え、まだ彼が何を企んでいるのか、知り得る所ではない。ともすれば、今この瞬間にも暗闇の中に潜み、彼らの隙を伺っているのかも知れない――。
 ふとアシュレーが石の中の蝶に目を落とすも、蝶は静かに佇むばかり。
「それなら、確かに辻褄は合う、な。だが‥‥」
 沈黙の中、口を開くアルジャンに仲間達の注目が集まる。
「こうも考えられないだろうか? 本物の『元気の出る剣』はミーヤの実の父親からの贈り物で、その効果は本当の物だった‥‥と」
 大分楽観的な考えではあるが‥‥と、僅かに自嘲っぽい笑いを漏らす彼に、首を振るのは天子。
「いえ、その可能性も十分に有り得ますよ。ミーヤさんの12歳の誕生会の時に現れたと言う『フードを被った男性』についても、未だ正体ははっきりしていない訳ですし‥‥」
 その時の話を改めて本人から聞くと、その男はミーヤに剣を渡すとすぐに姿を晦ませた為、特に危害を加えてきたりはしなかったそうだ。
「いずれにしても、真実は『元気の出る剣』を取り戻すか‥‥もしくはミーヤさんの本当のお父様を探すまでは、分かりえない事ですわね」
 ジャクリーンが言うと、一同は顔を俯ける。
 そして――自然とその視線は、ミーヤの眠るテントへと集められるのであった。



●踏み出した一歩
 そして依頼最終日。
 アシュレーの提案で催された冒険者街観覧ツアーを終えたミーヤは、目を虚ろにしながら苦笑いを浮かべていた。
 と言うのも、冒険者街と言えば珍獣魔獣精霊が闊歩していそうなイメージがある、まさに王都の魔境。
 ‥‥些か大袈裟かも知れないが。
 とは言え、何も知らない一般人が散策するには、余りに刺激的過ぎる場所である事は間違いない。
 そして、そんな魔境を練り歩かせたアシュレーの目的はと言うと。
「こういう場所やこれ以上危険なところにいくかもしれないという事を、身をもって教えようと思ったんだけどね。まあ、精神的には思った以上にタフみたいだね」
 言いながら、どこか楽しんでいる様にも見えるのは気のせいだろうか‥‥?

 ともあれ、数日間の日程を無事に終え、ミーヤが決めた道は。
「確か、師を探しジプシーを目指すのだったな? 探索系魔法や占術に長けているから、アルメーダ夫人等を探すにはもってこいだろう」
 もっとも、それで見付かる保障も無いが――とはあえて言わない。
 それは元来口数の少ない孝司故なのか、それともお堅い彼なりの優しさなのか‥‥真実は本人のみが知り得る所。
「まあ、色々と脅す様にしちゃったけど、君にそれだけの覚悟があるんなら、ミーヤの事を応援するよ。これは餞別。冒険者になってから役立てて欲しいな」
 そう言うアシュレーから差し出されたのは、ヒーリングポーションにリカバーポーション、そして装備した者に強固さを与える魔法の指輪プロテクションリング。
 ミーヤはそれを受け取りながら、躊躇いがちな表情をしていて。
「‥‥あの、皆さんにはお世話になりっぱなしで、このままじゃ悪いので‥‥お礼の品をご用意させて頂きました。粗品ですけど、受け取って下さい」
 そう言うミーヤがバックパックから取り出したるは、ドレスやアクセサリー等をはじめとする小物の数々。
 それは、主無き後の屋敷に残っていた品の数々で‥‥大部分は処分してしまったのだが、比較的上等で状態の良い物を、彼らに贈る為に残して置いたのだとか。

 かくして、冒険者への一歩を踏み出す事を決意した一人の少女。
 そんな彼女と道を別つ際、名残を惜しむ様に冒険者達は一人ひとりしっかりと手を握り。
「『剣』を取り返そうと思ったなら、呼んで欲しい。くれぐれも、前に家出した時の様に一人で先走らないこと」
「アルメーダさんやカオスの魔物と対峙する時もです。神仏の教えの下、お力添えしますよ」
「病気の診断の依頼があったら、私も誘ってくだされば、いつでも協力します」
「それと、もし体調を崩した時には言ってくれ。病気は早期発見が大事だからな」
「私達は皆貴女の味方です。困った事があれば、いつでも仰って下さい」
「ああ。これからは同じ冒険者として、仲間同士になる訳だからな」
「そうなってもし依頼とかで一緒になったら、よろしく頼むよ。今回じゃ教えきれなかった事、色々と教えてあげるよ。そう、色々とね」
 悪戯っぽく微笑むアシュレー‥‥の後ろから放たれる、何とも言えない『バスターズ』の威圧感。
 その本人は、あくまで口調は穏やかに。
「‥‥それと、『珍獣』には気を付けて下さいね。短期間とは言え、何かしら危害を加えられる様であれば、すぐに『粛清』しに参ります」
「ま、まあ、ともあれ本当に大変なのはこれからよ。私達全員、ミーヤちゃんの事を応援しているわ」
「はいっ! 皆さん、本当に‥‥本当にどうもありがとう御座いますっ!!」
 気が付けば大粒の涙を流しながら、大きく頭を下げるミーヤ。
 それは、依頼初日に流していたものとは全く別物で‥‥その気持ちは冒険者達にも伝染するが、彼らは涙を流す代わりに眩しい位の笑顔を作って彼女に向けるのであった。

 そして、ミーヤは旅立って行った。
 余りにも困難な目的を胸に、多くの冒険者――仲間達に見守られながら、自らの決めた道へと。
 一本の木刀に一本の剣、そして形を成したばかりの未だ歪な『心の剣』を胸に、力強い足取りで。