●リプレイ本文
●真実を
陽精霊の光が差し込む室内。
立ち並ぶ冒険者達の前には、ベッドから上体を起こすミーヤ。
その手に握られる物は、『何の変哲もなかった』一振りの剣。
重苦しい空気が漂う中―篠崎孝司(eb4460)が口を開く。
「‥‥医者としての立場から言わせてもらうと、患者に関する情報は全て患者に伝えるべきだ。しかし、ミーヤ君にとっては衝撃的な内容をかなり含んでいる。それでも、聞く覚悟はあるかね?」
彼等が話そうとしている事。それは、ミーヤの母親アルメーダの事、カオスの魔物の事、その生贄に捧げられた家族の事‥‥。
「きっとこの事実は、ミーアさんならいずれご自身の力で突き止めてしまうでしょう。ですが‥‥私達も関わってしまった以上、貴女のお力になりたいのです」
皇天子(eb4426)はすっとミーヤに顔を近付け、優しげな表情で告げる。
そして、他の冒険者達に目を向ければ、誰もがミーヤに対する優しさを秘めた眼差しをしていた。
そんな彼等の意思に、ミーヤは手に持った3本の剣をぎゅっと握り締め――。
「‥‥はい。お願いします‥‥」
小さな声で、呟く様に言うのであった。
ミーヤの所へ赴くよりも少し前、冒険者達は二手に分かれ、それぞれ聞き込みに当たっていた。
その内一方は、前回身柄を確保した盗賊の生き残りの下へ。
「‥‥やはり間違いない。この男は、以前に見た人攫いの一人だ」
物輪試(eb4163)が前回、この盗賊の男を見た時から感じていた既視感。その正体は、この期に及んではっきりした。
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)のパーストとファンタズムの併用によって見る事の出来た、人攫いの姿――その中に、間違いなくこの男は居たのだ。
すると、厳しい表情で男に詰め寄るのは加藤瑠璃(eb4288)。
「良い? 私達の質問に正直に答えて。まずはあの『剣』を手に入れた経緯。それと、ミーヤちゃんを攫った理由、そしてそれが誰かに雇われての事だったか‥‥」
「後は、例の『狩人』についても聞いておきたい。一体何をされたのか、だな」
瑠璃と試に問い詰められるが、男は何やら怯える様な表情をしたまま沈黙するばかり。
「もしかすると、恐怖の余り喋れなくなってるのかも知れませんよ?」
合掌しながらのリードシンキングで男の表層思考を読み取った白銀麗(ea8147)が言うと、その傍らで男の様子を見ていた天子も小さく頷く。
となると、彼自身の口から事情を聞く事は難しい。
「‥‥いえ、もしかするとケンイチさんのテレパシーを使えば‥‥?」
言いながら、情報収集がてら同行していたケンイチ・ヤマモトに視線を向ける天子。
ともあれ、彼女の予測通りケンイチの通訳を通じて男から事情を聞く事に成功した。
『俺は何も知らなかったんだ! 身振りの良さそうな娘が歩いてたから、金目当てで捕まえたと思ったら、突然化け物に襲われて‥‥!』
「それはつまり、ミーヤちゃんを攫ったのは全くの偶然だったと‥‥そう言う事?」
瑠璃の質問に、大きく頷く人攫いの男。冒険者達は怪訝な表情を浮かべるが、リードシンキングで表層思考を読み取った限りでは、口封じをされている訳でも無さそうな様子。
「ところで、その化け物と言うのは、もしかして『狩人』の事ではないですか?」
銀麗の問い掛けに、男は怯えながら頷き。
『そうだ! 奴は突然俺達の馬車の前に立ち塞がってきたと思うと、突然訳の分からない術で身体から白い玉を抜かれて‥‥! それから暫くは、脅されるまま奴の言う通りに動いていたんだ! あの『剣』だって、奴に渡された物だ! なのに‥‥』
「‥‥駄目ですね。怯えてしまって、これ以上は答えられない様です」
ケンイチの言葉に、目を伏せる一同。
ともあれ、これで一つはっきりした事がある。
「やはり、あの『狩人』はカオスの魔物だったのですね‥‥」
白い玉を抜く。それが意味するものを、僧侶である銀麗は良く知っていた。
一方、ウィルの最端部に佇むとある屋敷へと向かって居るのはゾーラクに孝司、アシュレー・ウォルサム(ea0244)、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)、アルジャン・クロウリィ(eb5814)の4名。
だが、その中の数名は道中どこか微妙な面持ちをしていて。
「サマエル様の苗字にものすごく不穏‥‥失礼。聞き覚えのあるものを感じていましたけど‥‥」
「『フロルデン』って言ったら、もう『あれ』しかないよねぇ」
眉間を押さえながら言うゾーラクに対し、それでもアシュレーはどこか余裕を持った面持ちをしている。
「ともあれ、ウルティム氏の親類ならば警戒する必要も薄いだろう。‥‥別の意味で警戒が必要かも知れないが」
アルジャンの言葉に頷く面々――を、首を傾げながら見据えるのは孝司とジャクリーン。
そんな二人の肩をゾーラクは叩き。
「『珍獣』がいますので、ご用心下さい」
と言う訳で、所謂『珍獣屋敷』に辿り着いた面々を迎えるのは、珍獣ことウルティム・ダレス・フロルデンに仕えるメイド達。
そして通されるまま赴いた客間では、サマエルとウルティムが彼らを待っていた。
「おや? 貴方は、いつかの剣武会でお会いしましたね?」
アシュレーを見るなり、声を上げるのはサマエル。すると、アシュレーも「ああ」と手を打ち。
「あの時の! その節は、お世話になったね」
「? お知り合いだったのですか?」
ジャクリーンが問うと、二人は声を揃えて「まあ、少しだけ」と答える。
すると、ふとウルティムに目を向けていた孝司が。
「それにしても、ウルティム氏は何やら消沈している様に見受けられるが‥‥何かあったのかね?」
彼の言う様に、いつもであれば迷惑な程に舞い上がっている筈のウルティムが、この時に限ってはずっと俯いていて‥‥。普段の彼を知らない者でも、明らかに様子がおかしいと一目で分かる。
それでも本人は「何でもない」と主張するので、一先ず彼の事は置いておくとして。
「お二人は親戚同士と伺っているが、即ちどの様な間柄なのだろうか?」
アルジャンが問うと、答えるのはサマエル。
「ウルティムさんは、僕の義兄です。詳しく説明すると、長くなってしまうのですが‥‥」
なんでも二人はイムンと言うウィルの南方にある分国の、とある領主の息子(サマエルは養子)であるらしい。
ちなみにこれに関しては後にギルドを通じて確認も取ったので、妄言と言う事は無さそうだ。
彼が信頼に値するとある程度の確証を得る事が出来た所で。
「貴方は、以前盗賊の事をお調べになっていると仰っておりましたわよね? 彼らや彼らの持っていた剣について、何かをご存知だったのでしょうか?」
「それと、ミーヤ君の母親のアルメーダ婦人についても、知っている事は無いだろうか?」
そんな質問に対してサマエルの口から出てきた情報は‥‥冒険者達にとって周知の事実ばかり。
「‥‥どうやら、彼は本当に何も知らなかった様子だね」
肩を落としながら言うアシュレー。ともあれ、彼等がフロルデンの屋敷を訪ねたのは、サマエルに聞き込みをする為ばかりではない。
「お二人に折り入ってお願いがあるのですが‥‥」
そう切り出したゾーラクが、頼んだ事は。
「試さんが仰っておりました通り、いざと言う時には珍獣‥‥いえ、ウルティム様に弁護をして貰う様お願いしておきました。一抹の不安は残りますが、一先ずは彼を信じて、私達はカオスの魔物との戦いに集中しましょう」
ゾーラクの言葉に、頷く一同。だが、その表情は皆暗いもので。
「それにしても、ミーヤさんかなりショックを受けていましたね‥‥」
ふと呟くのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。
そう、冒険者達はミーヤに今までの事を全て話した。
加えて、カオスの魔物に取り憑かれたアルメーダとの決着を付けに行く事も。
それに対するミーヤの落ち込み様は、相当なもので‥‥アシュレーの手品や天子達の励ましも、功を奏す事が無かった。
「きっと、一度に余りにも沢山の事が起り過ぎたから、付いて行けなかったのだろう」
「ええ。頭の中を整理する為にも、今は少しそっとしておいてあげた方が良いでしょう」
医者として言う孝司と天子の表情も、どこか暗い。
ともあれ、この後どうなるかはミーヤ次第。冒険者達は手を貸す事が出来たとしても、乗り切れるか否かは彼女に懸かっている。
ならば、彼等が彼女の為にする事はただ一つ。
決意も新たに冒険者達は頷き合うと。
「それと、ミーヤさんの護衛は、付いておいた方が良いだろう。‥‥何やら嫌な予感がするのでな」
「でしたら、私が彼女の傍に居ましょう。心のケアも兼ねて‥‥」
試の言葉に、申し出るのはルエラ。
それに反対する者は無く――ふとルエラにゾーラクは歩み寄り、魔法瓶を差し出して言った。
「岩塩と蜂蜜を溶かしたお湯です。落ち着ける様、これをミーヤさんに与えてあげてください。‥‥こちらはお任せしましたよ」
●封じられた記憶
その後、ミーヤの護衛の為に残ったルエラに見送られながら、二手に分かれてウィルを発った冒険者達。
その内一方、試にゾーラク、そして天子と孝司は今回の事件で幾度と無く関わった場所‥‥アルメーダがカオスと契約してまで護ろうとした村を尋ねていた。
勿論、その目的はと言えば‥‥。
「俺達が知りたい事は、アルメーダさんやミーヤさんと、この村との関わり‥‥何故アルメーダさんがここに固執するのかだ」
村長を前にして言うのは試。
「彼女は、自らカオスの魔物と契約し、夫と息子を生贄に捧げてまでミーヤさんとこの村を護ろうとした。その背景にあるものを、貴方ならご存知の筈だ」
続く孝司に問い詰められると、今まで顔を俯け黙秘を続けていた村長が、ゆっくりと口を開く。
「‥‥そうですね、知っていると言えば知っているのかも知れません」
そう切り出して彼が話したのは――今から十年以上前の事。
この村には、とある青年の夫婦が在住していた。
何やら婚姻を結ぶ前にトラブルがあったらしいが、それを乗り越えて結ばれた二人は、誰が見ても円満この上ない仲であったそうだ。
ところが、そんな二人の間に子供が生まれて間も無く。突然、カオスの魔物が村に現れ‥‥その時に、夫婦の妻の命を奪われてしまった。
愛する者を失った青年は失意に呑まれ、ずっと自宅で塞ぎ込んでいたのだが‥‥ある日突然、子供を連れて村から姿を消したのだそうだ。
「きっと彼は、妻を奪ったカオスの魔物に復讐する為に、村を出て行ったのでしょう。ですが、私達はそれによる報復を恐れ、彼に手を貸す事無く‥‥以後ずっと決して口に出してはならない禁忌として、封じ込め続けてきたのです」
村長の話を聞いて、考え込む冒険者達。その中でゾーラクがふと口を開くと。
「その夫婦の子供と言うのは、もしかして‥‥?」
彼女の問いに、村長はゆっくりと首を縦に振るのであった。
●大切なもの
『結局は、対立しないといけないのでしょうか‥‥』
村に残った者達と別れる際、悲しげに言っていた天子の姿を思い起こすのは、領主館へと向かう冒険者達。
晃塁郁の協力により古着屋の行商と言った身形で、恙無く検問を通過しながらふと呟くのはアシュレー。
「ふぅ‥‥なんだかやりにくい状況になってきたものだね」
「ああ。『剣』が只の剣であった事で、また難しくなってきたが‥‥。しかしそれならば、それを贈った人物は何故その様な事をしたのだろうか?」
アルジャンの疑問は、ウィルを発つ前からずっと抱え続けていたもの。
「それに、アルメーダ婦人が魔物と契約してまで行った事は、すべてミーヤとあの村の為の事。彼女にとって、何か特別な事があるのだろうか?」
尽きない疑問に頭をもたげていると、口を開くのはジャクリーン。
「勘なのですが、もしかしたら『元気の出る剣』はミーヤ様の『本当の御父上』の物なのかも知れませんわね‥‥」
「本当の父親‥‥?」
アシュレーの上げた声に、頷くジャクリーンと瑠璃。
「そう、アルメーダさんの夫と息子を生け贄にしてまで娘を守る為にカオスの魔物と契約したって言う行動について、考えてみたのよ。それで思ったんだけど‥‥ミーヤちゃんの本当の父親は、亡くなった領主とは別人なんじゃないかって」
「成程、もしアルメーダさんが政略結婚によって嫁いでいたのだとすれば、有り得ない話では無いですね」
瑠璃の推測に、同意する様に言うのは銀麗。
「これは、一度アルメーダに聞いてみる必要があるだろうね」
アシュレーの言葉に、一同は頷く。とは言っても、相手が果たして聞く耳を持ってくれるかどうかさえも怪しい所であるが‥‥。
「しかし、自らデビル魔法を使うと言うことは‥‥アルメーダさんを救うのには非常に厳しい状況です」
言いながら、前回の領主館での出来事を思い出す銀麗。
「それでも、ミーヤの為にも何とかして救い出したいものだが‥‥何か手段は無いのだろうか?」
アルジャンの問いに、銀麗は少し考え込み。
「デビルから契約の証となるデスハートンの玉を取り戻せればあるいは‥‥」
「その為には、アルメーダさんの背後に居るカオスの魔物を、何としても討たねばなりませんわね」
もとよりそのつもりだが、言葉に出して言うと、尚の事難しい事の様に感じてしまうのは何故だろう。
そんな事を考えながら、ふと石の中の蝶に目を落とすアシュレー。
今は未だ静かに羽を佇ませる蝶を見据えながら、出発前にイコン・シュターライゼンに言われた事を思い出す。
『デビノマニとかには反応しない場合があるので、頼り過ぎない様に‥‥』
「デビノマニ、ねぇ」
ふとした彼の呟き。だが、それに反応する者は居ない。
それは、誰しもが信じたくないから。今考えうる、最悪のシナリオだから。
(「御仏を信ずるものとしては判断が難しいですが、せめて彼女が全てをかけて守ろうとしているミーヤさんだけは救って差し上げたいものです‥‥」)
銀麗はぎゅっと拳を握り締めた。
かくして、慎重に検問を抜けながら足を進める冒険者達の前に――やがて、目的地である領主館が姿を現した。
正門から少し逸れた所に一同は集まり。
「それじゃあ、俺と銀麗で内部に潜入して、カオスの魔物を探して来るよ。皆はどこか目立たない所に‥‥」
「その必要はありません」
突然掛けられた声に顔を上げると、彼らの前に居たのは――。
「ア、アルメーダさん‥‥!」
どうやら彼女は冒険者達の動向を探りつつ、彼等が来るのを待ち構えていたらしい。
その手に握られたダガーと、彼女の背後に集まる武装した使用人達が、それを物語っている。
思いもかけず早い段階で姿を現したアルメーダと向き合いながら――冒険者達は、各々武器を抜き放つのであった。
●カオスの力
「あなたがカオスの力まで借りなくてはならない理由は何です? 一体『何から』ミーヤさんやあの村を守ろうとしているのですか?」
一触即発の空気の中、真っ直ぐにアルメーダの目を見ながら問い掛けるのは銀麗。
すると、アルメーダは冷笑を浮かべて。
「理由の一つは、『こうする他無かった』と言った所でしょう。また、ミーヤを狙う者‥‥その正体は私も明確に判っている訳ではありません。ですが、それは恐ろしく強大な何か、と言う事だけははっきりしています。そして、それに対抗する為には、『力』が必要なのです」
彼女の答えは、冒険者達にとっても判りえた事。
「破滅させる力を使って他の破滅から守っても、それは結局破滅をもたらすしかない。それは、貴女も分かっている筈だ。それに‥‥あの子を1人にさせてしまうつもりか!?」
声を張り上げるのはアシュレー。
だが、それでもアルメーダは表情を崩さず。
「いいえ、私はこの力を破滅の為に使うつもりはありません。‥‥今この時、貴方達からミーヤを奪い返す為と言う目的の他には。それに、ミーヤを一人にするつもりもありませんわ。あの娘は、私と‥‥ずっと一緒に居るべきなのです」
それが、本心から出た言葉ではないと願いたい。締め付けられる様な想いで口を開くのは瑠璃。
「貴女がミーヤちゃんの事を大事に思っている事は判ったわ。けれど、彼女は本当に貴女の‥‥いえ、貴女と今は亡き領主の娘なのかしら?」
「‥‥どう言う意味か、理解し兼ねます」
ここに来て、アルメーダの顔に浮かぶのは動揺。
そして、瑠璃達は話した。ここに至るまでの道中で話し合った事、即ちアルメーダがカルスの事を差し置いてまでミーヤを護ったと言う事から導き出された、自分達の推測を。
すると、話の間ずっと俯いていたアルメーダは、ふとその顔を上げ。
「‥‥お察しの通り、ミーヤは私の娘ではありませんわ。そこまで推測できて居ると言う事は、あの子の背景についても、既に調べがついている事でしょう」
そう、調べはついている。村で冒険者達が聞いた昔話‥‥それに登場する『夫婦の子供』こそが、ミーヤに他ならないのだ。
とは言え、今この場にいる者達にとっては未だ存じない所なのだが‥‥。
先程まで以上に重苦しい空気が場を支配する中、口を開くのはアルメーダ。
「ですが、それでもあの子は私の娘です。世界にたった一人の、かけがえの無い私の‥‥。そして、あの子を奪い返す為にも、私は貴方達を‥‥!!」
●少女を狙う者
ウィル近郊の上空を、羽ばたきながら駆ける一頭の白馬。
普通ではアトランティスには存在しない筈のそれの手綱を握るのは、ミーヤを連れたルエラだ。
事実を打ち明けられた翌日。ルエラの尽力の甲斐もあって少しだけ立ち直ることの出来たミーヤは、これから起こる事を自身の目で見届ける事を強く望んだ。
ルエラはその気持ちに応え、今こうして他の冒険者達の下へと向かっていると言う訳だ。
やがて眼下に試達の居る村が見えて来ると、ゆっくりと高度を下げて中心に降り立つペガサスのグラナトゥム。
その姿を認めた冒険者達は、急ぎ足でルエラ達に歩み寄る。
「ミーヤ君! もう、大丈夫なのか‥‥?」
問い掛ける孝司に、顔を伏せるミーヤ。
大丈夫な訳が無い。伝えられた事実は、未だ12歳の少女にとっては余りにも重過ぎる。
それは孝司も承知しているが、この場に姿を現した彼女を見て、聞かずには居られなかったのだ。
「あのままずっと治療院に閉じ篭っていても、事態が好転するとは思えませんでしたし‥‥」
少し申し訳無さそうに言うルエラの言葉に、天子は首を横に振り。
「いえ、その判断は間違っていませんよ。既に事後となってしまった事を口頭で伝えられるよりは、自身の目で事実を見た方が、彼女にとっても受止め易い筈ですから」
そう言う彼女は、今回の事をミーヤにとってのトラウマにしない様にと、最も気を遣っている人物の一人。
医学をこよなく愛しているというだけあって、その根本である『人を助ける』と言う事に、懸命になっているのだ。
勿論それは、同じ医者である孝司やゾーラクも同様。
彼らはそれぞれ魔法の力が込められた武器等を携帯し、ミーヤの事を護ろうと――。
――シャンシャンシャン!!
突然に鳴り出したけたたましい音に、身を竦ませるゾーラク。
それは、彼女の持つ退魔の錫杖から発せられた物であった。
先端に仏像の象られたそれが音を発する理由は唯一つ‥‥。見れば、ルエラと試が手に持った石の中の蝶も、ゆっくりと羽ばたいている。
「近くにカオスの魔物が‥‥!」
「何処だ、一体何処に‥‥!?」
ミーヤを囲う様にしながら、ふと一同が目を向けるのは――周囲を飛び回っている一匹の蝿。
「グラナトゥム!!」
飼い主の命令に従い、ペガサスが白く淡い光を発すると、同じく光に包まれた蝿は直後地面に墜落し‥‥そして、見る見るその姿を翼の生えた小鬼の様な醜悪な物へと変化させていった。
「キャーッ!! チクショウ、ばれたっ!! 邪魔されたっ!!」
ホーリーの魔法によるダメージが効いているのか、苦しげに身を屈めながら地団駄を踏むのは――カオスの魔物、『夢を紡ぐ翼』。
「‥‥こいつがミーヤ君を狙っていたのか!?」
「どうやらその様ですね。相手がカオスの魔物と分かったのであれば、手加減は無用です!」
言いながら、武器を構えるルエラ、試、孝司の三人。
「お前らなんかに倒されない! 出て来い、邪気を振りまく者達!!」
夢を紡ぐ翼が声高に叫ぶと、次いで周囲の森や草むらからわらわらと出て来る邪気を振りまく者。
彼らは冒険者達を取り囲む様に円陣を組むと。
「掛かれっ!!」
声と同時に、邪気を振りまく者に混じって冒険者達に襲い掛かるのは猫や犬、鼠などの小動物。
どうやらそれはカオスの魔物によって操られたものらしく。
「くっ‥‥! こうも数が多いと見分けが‥‥!」
極力小動物を傷付けない様に気を付けながら、邪気を振りまく者のみを魔力の宿った剣で叩き落して行く三人。
だが、孝司以外の二人は中々巧く見分けを付ける事が出来ず、間違えて小動物を切り倒してしまう事も多々あり‥‥。
そんな中、突然冒険者達に降り注ぐのは大量の黒い炎の塊。
だが、ミーヤや彼女の周囲を固めるゾーラクと天子に向けて放たれた物は、グラナトゥムの張ったホーリーフィールドに阻まれ、空中で姿を消して行く。孝司も慌ててその中に飛び込む事で、何とか難を逃れた。
ルエラと試の二人は、各々手に持った盾で受け流すも、幾つか被弾してしまい‥‥。
「こう数が多いと‥‥っ!」
試は傷を負いながらも、オフシフトとカウンターアタックで飛び掛ってきた魔物を迎え撃つ。
そして。
「キャーーッ!!」
魔法と魔物、小動物の群れに混じり、ルエラに向かって飛び込んでくるのは夢を紡ぐ翼。
それをルエラはガードを持ってして受け止め――。
「くっ‥‥てえいっ!!」
直後、振るわれた剣により吹き飛ばされる魔物。
悲鳴と共に、その身体から零れ落ちた白い玉は――ミーヤの足下へと転がって行った。
●煽る魂の狩人
「くそっ‥‥カオスの魔法が、まさかこれ程に厄介な代物だったなんて‥‥!」
領主館の庭先において、襲い掛かる使用人達の攻撃を避けながら歯噛みをするのはアシュレー。
彼の後ろでは、矢の刺さった部分を押さえながら苦悶の表情を浮かべる銀麗と、アルメーダの口から発せられる命令に必死に抗おうとするジャクリーンの姿があった。
アルメーダの声と共に襲い掛かって来た使用人達は、愛馬のセラブロンディルを駆って弓を引くジャクリーンに翻弄され、アシュレーの破魔弓から放たれた矢に足を貫かれ、アルジャンや瑠璃の手加減をした斬撃の元に戦闘不能に追い込まれ‥‥と、冒険者に対して全く歯が立たなかった。
ところが、銀麗から放たれたブラックホーリーの魔法、そしてジャクリーンの強弓「十人張」から射られたアルメーダに向けての攻撃は、全て見えない境界によって阻まれてしまう。
その上、あろう事か力の篭もった言葉によってジャクリーンは操られ、その矢先を味方の冒険者に向けさせたのだ。
その後何とか発動された銀麗のニュートラルマジックにより、ジャクリーンの魔法効果は解かれたものの。
「くっ‥‥卑怯者! そんな所で高みの見物してないで、こっちへ来なさいよっ!!」
瑠璃が使用人を叩き伏せながら挑発をしてみるも、アルメーダは僅かに口元を綻ばせるばかり。
「駄目だ、このままではいずれ同士討ちさせられてしまう。‥‥こうなれば!」
使用人の攻撃を剣の背で受け止めると、直後アルメーダへ向けて一直線に飛び込んで行くアルジャン。
やがてアルメーダとの距離が6mにまで迫ったと言う所で、突然に身体を魔法の炎が焼く。それは、アルメーダを護る結界の表面で燃え盛る漆黒の火炎。
だが、アルジャンはそれをもろともせず、結界を一気に突破すると。
「はああぁぁっ!!」
ゴッ――!!
「うぐっ‥‥!?」
峰打ちで振り下ろされたサンソード「キサラギ」が、アルメーダの肩口を捉えた。
苦悶に顔を歪める彼女に、更に振り下ろされる斬撃。――だが。
「!?」
異質な手応えに、思わず後退するアルジャン。
それは何と、信じられない事にアルメーダの細い二の腕によって阻まれたのだ。
次いでアルメーダから繰り出されるのは、ダガーによる斬撃。
だがしかし、それもアルジャンに有効打を与えるには至らず――数度の打ち合いの末、腕と剣の峰との鍔迫り合いになった。
――すると。
「‥‥貴女は、自らの与している魔物の狙いを知っているのか?」
「え‥‥?」
突然の問い掛けに、目を見開くアルメーダ。アルジャンは構わず続ける。
「支配下にあった使用人に託したのに届けられた手紙、魔物に依るものと思われるミーヤの衰弱‥‥。ミーヤの身を狙っている魔物は、すぐ近くに居るのではないか? 僕達が戦うべきは、こんなものでは無い筈だ」
彼の言葉に、浮かんで来るのは迷い。やがて、やっとの思いで紡ぎだされた言葉は――。
「そ、それはどう言う‥‥」
「アルジャンさんっ!!」
直後、結界の中へと飛び込んで来たジャクリーンとアシュレーに掻き消された。
彼女の使役する結界は敵に進入されてしまえば、もはや無用の長物。旗色の悪さを感じたアルメーダは、止む無く後退してその外へと逃れる。
その後を追う様に、アルジャンも結界から飛び出し‥‥た直後。
「ぐあっ‥‥!?」
何処からとも無く飛来した矢が、アルジャンの腕を捉えた。
突然の事態に驚きの表情を浮かべるのは、冒険者だけではない。アルメーダも大きく目を見開き‥‥そして直後、右手上空に目を向ける。
冒険者達がその視線の先を追うと――そこに居たのは、宙に浮かぶ凛々しい姿の『狩人』。
「煽る魂の狩人‥‥! 何故出て来たの!? 手を出さないと約束したでしょう!?」
激昂しながら言うのはアルメーダ。その瞬間、冒険者達は理解した。アルメーダに『煽る魂の狩人』と呼ばれたあの者こそが、彼女の背後に潜むカオスの魔物だと。
「『手』はな。我が出したのは『弓』と『矢』、それに『毒を少々』だ。これならば約束を違えた事にはなるまい」
「くっ‥‥屁理屈を!!」
歯噛みするアルメーダ。それに対し、言葉を紡ぐ狩人は小馬鹿にする様な口調で。
「そうは言えど、我が助けに入らなければ、汝とて危うかったであろう。‥‥ここは一度退くのだ」
「なっ!? そんな事出来ないわ! 彼らを倒さなければ、ミーヤは‥‥!」
「命さえあれば、今後幾らでもその機会は巡って来よう。それに我とて、汝をここで失う訳にいかぬのだ。殿は我が務める、さあ行け」
狩人に促されるまま、歯噛みをしながら踵を返し領主館の中へと姿を消して行くアルメーダ。
だが、一番近くに居たアルジャンは、彼女を追おうとはしない‥‥いや、出来なかった。
狩人の言っていた『毒』が回っているのか、身体中が痺れて動かないからだ。
「アルジャンさん!」
そんな彼の元へ薬を手に駆け寄るのは――村で一旦別れた筈のゾーラク。
他にもルエラに天子、試、孝司と言った面々が駆け付ける。
だが、狩人はそんな彼らには目もくれず‥‥ホーリーフィールドの張られた空間の中で銀麗を介抱するミーヤを一瞥すると。
「小娘がここに居ると言う事は‥‥そうか、しくじったか」
その口から紡がれた言葉に、一同は大きく目を見開いた。
●真の黒幕
「やはり‥‥黒幕は!」
「その通り。剣が無くなった事に始まり、小娘を攫った不届き者を利用し、そしてアルメーダと対決する様に仕向けるまで‥‥全てはそこの小娘の魂を手に入れる為に我が仕組んだ事であった」
煽る魂の狩人の言葉に、歯を噛み締めるアシュレー。
「汝らが我が僕であるアルメーダに気を取られている隙に、配下を送り込み衰弱死させる予定だったのだが‥‥どうやらそこの天界人の男には、勘付かれてしまっていた様だな。お陰で我が配下は手負いとされてしまった」
言いながら、試を指差す。そう、彼がウィルを発つ前に言っていた『嫌な予感』が、見事に的中していたのだ。
そして、狩人はそのまま介抱を受けるアルジャンにも目を向け。
「更にはそこの銀髪の騎士にも、真実を見破られかけていた。小娘の魂を欲すると言っても、アルメーダにそれを気取られてはならんのでな。その前に止めを刺してしまいたい所であったが、どうやらそれも叶わぬ。‥‥今回は、我の敗北を認めざるを得まい」
言いながら、手をさっと上げる狩人。すると、周囲に蹲っていた使用人の一部――比較的小柄な者達がこぞって立ち上がり、その姿が次々とカオスの魔物に変化していく。
その他にも、屋敷内や茂み等から邪気を振りまく者達がわらわらと姿を現し‥‥気が付けば、村の時同様一同の周囲はカオスの魔物によって取り囲まれてしまっていた。
「だが、これで終った訳ではない。まだ時間は悠にあるのでな。いずれ我が目的を達さん暁には、此度の礼として汝等も血祭りに上げてくれよう」
「その様な事‥‥決して許しません!」
上空の狩人を見据えながら言うのは銀麗。だが、魔法を放つ余力は無く‥‥それを分かっているのか、狩人は口元に笑みを湛え。
「くくく‥‥。そうだ、小娘。これが何だか分かるか?」
不意にそう言って、狩人が取り出した物は一振りの剣。その外見には、何やら見覚えが――。
「ま、まさかそれは‥‥!?」
言いながら、今まで握り締めていた『剣』に目を向けるミーヤ。
「左様、今汝が持っている物は『偽物』だ。これを奪い返したくば‥‥くくく」
狩人が笑みを溢すと同時に、一斉に飛び上がる周囲の魔物達。
そして。
「危ないっ!!」
――ゴオオッ!!
一斉に襲い掛かって来た黒い炎の塊を、ホーリーフィールドが退けると‥‥それが晴れた頃には、カオスの魔物達の姿は跡形も無く消え去っていた。