【少女と剣】封じられしは

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 47 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月16日

リプレイ公開日:2009年03月17日

●オープニング

 ――古城での調査から数日。
 冒険者ギルドに、一通の手紙が届いた。
 差出人は‥‥ルーベル・アニス。
 その内容によると、無事にジャックを助け出して貰えた事により、彼女の体調は好転。完治に至るまでもそう時間は掛からないとの事だった。
 そして文面には、今回の事に関する感謝の言葉が延々と書き連ねられていて‥‥関わった冒険者達がこそばゆい感覚を覚えざるを得なかったのは、言うまでも無い。
 他人の幸せの為に行動する。これが、冒険者である。

「これで、一先ずの不安は無くなりましたね」
「ああ、ジャックも助け出したし、ルーベルも元気になったしね。‥‥けど、これで大団円って言う訳には、まだ行かないんだよね」
 冒険者達の視線が、手紙を届けた張本人‥‥騎士ジャック・ブリューゲルの方へと集まる。
「今こそ、聞かせて貰えるな‥‥? 一体あの城には、何があるのか‥‥」
「‥‥はい。それをお話しする為に、僕は此処へ来た様なものですから‥‥」



 ジャック、ジャック――?
「‥‥ふむ。奴が居なくなってからかなり経つが、大分不安定になりつつある様だな」
 何処に行ったの、ジャック――?
「確かあの男は、かつて此奴を氷棺に封印した者に瓜二つだと言っていたな。おまけに双方とも名が『ジャック』‥‥まったく、数奇な運命とはよく言ったものよ」
 お願い、離れないで――。
「しかし、汝も汝だな。カオスの魔物でありながら、其処まで一人の人間如きに拘るとは‥‥。利用価値があれこそこうして手を貸してはいるが、普通ならば抹消の対象とさえ成り得る所業だぞ」
 もう、一人ぼっちはイヤなの――。
「まあ良い。それよりも、奴らは必ず此処へ来る。気の毒ではあるが、この事実を知る者達全てを葬り去る‥‥そうすれば、『マスクド・ジャック』と言う伝説は誠淑やかに実在する恐怖として在り続け、我等に数多の魂を齎し続ける事になろう」
 ――お願い、戻って来て。私の所に。
 早く、速く、はやく、はやくはヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク――。



「‥‥地下に、女の子が‥‥?」
 冒険者の言葉に、ジャックは顔を伏せながら――ゆっくりと、大きく頷く。
 彼の説明‥‥と言うよりも、彼がカオスの魔物から聞かされた話によると、件の古城の城主が暴虐の限りを尽くしたのは遥か昔の事。
 その際にカオスの魔物が召喚された事で、儀式場となっていた地下の一部が常に凍て付く程の冷気で包まれる様になっていた。
 ‥‥その少女は、かつて儀式の一環として生贄同士殺し合いをさせられる為に連れ攫われた者の生き残りであったと言うのだ。
 一人、また一人と殺していく内、徐々に気がふれていった彼女は、とある青年の水精霊魔法アイスコフィンにより、儀式によって呼び出されたばかりの殺戮の仮面ごとアイスコフィンの中に封じ込められた‥‥。
「そして悠久の時を経た後、その封印が解かれた‥‥と言う事ですね」
「‥‥はい」
 それが、例の古城の地下に秘められていたものの正体。

 ‥‥だが、それでもまだ疑問が残る。
「けど、ジャックさんがあそこに留まっていたのは、カオスの魔物に強制させられていたからと言う訳では無いのよね‥‥。ならばどうして、貴方はすぐ逃げ出そうとしなかったの?」
 冒険者の質問に、口篭ってしまうジャック。
 そして、出て来た答えは――。
「‥‥その少女にはかつて、兄が居たそうなのです。その兄も同じく生贄として連れ攫われたそうなのですが‥‥殺し合いの末に何とか一命を取り留めていた彼は、最後の力を振り絞って妹を守る為、アイスコフィンを‥‥」
 そして、その兄の名は――ジャック。
 少女は封印が解かれた後も兄に逢いたい一心で、いとも容易くカオスの魔物の口車に乗せられてしまう。
 城の地下には、かつて彼女によって――正確には殺戮の仮面だが――ともあれ、連れ攫われて来た『ジャック』が大量に幽閉されていたそうだ。
 ‥‥その内八割は、一年程前の時点で既に息絶えてしまっていたそうだが。
 何とか生き長らえていた者達も、殺戮の仮面により精神を乗っ取られ、魂をかき集めるか‥‥もしくは、新たな『ジャック』を連れ攫ってくる為に利用されていた。
 そう、この事実こそが『マスクド・ジャック』の‥‥『ジャック』の名を持つ者ばかりを付け狙う猟奇殺人者の正体だったのだ。
「けれど、僕が来てからと言うもの、新たな『ジャック』が拉致されてくる事は無く‥‥。その理由は、至って単純なものでした」
 何故なら――彼女の兄ジャックとジャックブリューゲル、何の偶然かこの二人は、妹でさえも見紛う程に瓜二つだったと言うのだ。
 漸く本物の兄に会えたと思い込んだ彼女は大いに喜び、そして『マスクド・ジャック』として活動する理由を失った。
 そしてジャックとしても、そんな彼女を放って置く事が出来ず‥‥兄を演じながら、古城に留まっていたと言うのだ。
 けれど、カオスの魔物にしてみれば彼らの事情など、関係無い筈なのだが‥‥どう言う訳か、ジャックが失踪した直後から『マスクド・ジャック』は一度も出没して居ないと言う事実も在る。

 カオスの魔物、殺戮の仮面と煽る魂の狩人は一体何を企んでいるのか‥‥其処までは流石に窺い知る事叶わなかったが‥‥。
「どうか、お願いします‥‥! 彼女を‥‥城の地下に閉じ込められている『フレイ』を、助け出して下さい! 彼女を、ジャックの幻想と言う呪縛から解き放って下さい! 貴方達にしか、出来ない事なのです‥‥‥‥!!」
 ギルド中に響き渡らん程に声を張り上げるジャックの眼からは‥‥涙が零れ落ちていた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7851 アルファ・ベーテフィル(36歳・♂・鎧騎士・パラ・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●ジャックの想い
「鎧騎士のリュドミラと申します。よろしくお願いいたします」
 ジャック他、今回の依頼を共にこなす事となった仲間達を前に、丁寧に挨拶をするのはリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)。
 今回この事件に初めて関わる事となった冒険者は、彼女ばかりでは無い。
 同じく飛び入りと言う形で依頼にあたるアルファ・ベーテフィル(eb7851)。彼はパラ故の小さな体躯の中に、溢れんばかりの信念や正義感等を詰め込みながら、自らの心に強く誓っていた。
 カオスから人々を助け出す、と。

「殺戮の仮面がジャックさん達を操ってたから『マスクド・ジャック』‥‥なるほど」
 そんな中、加藤瑠璃(eb4288)は今一度情報を整理しながら口を開く。
 事件の手口から動機、そしてその正体に至るまで謎だらけだった『マスクド・ジャック』。
 今目の前にある事実を見詰めなおせば、散在していたありとあらゆる要素が一本の線で結ばれていると言う事が分かるが‥‥それにしても、ややこしい。
「何にせよ、フレイさんと言う方の想いを利用していた煽る魂の狩人、そして殺戮の仮面‥‥この二体のカオスの魔物が、黒幕と言う事には違いありません。‥‥私は今度こそ、殺戮の仮面を破壊しましょう」
 白銀麗(ea8147)が静かながら力強く言えば、仲間達も大きく頷く。
「そうね‥‥仮面を人間がつけていたら、私の攻撃じゃ人間も傷つけちゃいそうだし、私はアシュレーさんと一緒に『狩人』の足止めを担当するわ」
 言いながらアシュレー・ウォルサム(ea0244)に視線を向ければ、彼はアルファや導蛍石(eb9949)と共にジャックから話を聞きながら、前回同様に古城地下の見取り図を作成していた。
 自らが前衛を務めるにあたり、彼程背中を安心して預けられる人材は居ないだろう。

「――さて、これで見取り図は完成ですね。後は古城に行くばかりです」
「それと、アシュレーさんは念の為ミミクリーで変装する練習もしておいた方が良いでしょう」
 蛍石の提案に頷くアシュレー。
 何しろ、今回の変装は絶対に見破られる訳にはいかないのだ。
 尚且つ出発してからでは、変身するものがどの様な姿であったか、記憶を頼りにするしか無くなってしまう。
 ならば、今の内にどの様にして変身するのか、身体に覚えさせておくのが最善の――。
「っと、その前にやらなきゃいけない事があるんだ。少しだけ、時間使っても良いよね?」
「? はぁ、まあ、少しだけなら」
 仲間達が頷けば、アシュレーは嬉々とした様子で別室へと姿を消して行った。

 ‥‥ミーヤを連れて。

 その後、部屋の中から73とか52とか70とか聞こえたけれど‥‥計算の訓練でもしていたのだろうか?(待て)



●煽る者の誘い
「‥‥それでは、いきますよ」
 確認すると、前回見付けた地下に行く為の仕掛けの紐を引くのは蛍石。
 そして階段が地下へと繋がると同時に、冒険者達は武器を手に身構える。
 無論、不意打ちを警戒しての事だ。
 だが、幸い此処では狩人はおろか他のカオスの魔物や罠さえも、彼らに襲い掛かって来る事は無かった。
「此処からが本番ですね‥‥。何時何処から、何が来るか分かりません。用心して進みましょう」
 リュドミラは最前列でサンシールドを構えながら、仲間達に促す。
 彼女のすぐ後ろにはアルファと瑠璃。そして銀麗、蛍石、アシュレー、ミーヤと続く。
 僅かな隙を突かれ、狩人の闇討ちを受ける事となった前回‥‥その事実が、一同の警戒心をより強いものとしていた。

 ――そうして、どれ程進んだだろうか。
 事前に作成しておいた見取り図に因れば、間も無くジャック達の捕われている地下牢跡と‥‥かつてフレイが封印されていた極冷の空間へと繋がる分岐点に至る筈だ。
 そして、その空間を抜けた先には、フレイの待つ部屋がある。
 いよいよ、此処からが本番‥‥改めて気を引き締め、通路の先を見据えた一同の視線の先に。

 ――おぼろげな灯りが、揺らめいて居るのが見えた。

「‥‥っ。気を付けて下さい。あの灯りは、カオスの魔物によるものです」
 蛍石のデティクトアンデットが、それに反応したらしい。
 自然と、各々の武器を持つ手に力が篭もる。
 一歩、また一歩と近付けば、灯りもより近くへと彼らを誘う様に小さく揺れ動き――。

 ――ガチャン!!

「!? 待ちなさい!!」
 揺れていたのは、古いランタンの光。
 それが地面に叩き付けられ、けたたましい音を発する直前――微かに見えたのは、冒険者達にとっても最早顔馴染みとなりつつある者の姿であった。

 煽る魂の狩人。

 それが踵を返して逃げ出せば、後を追うのは瑠璃とアシュレーの役目。
 恐らくは追った所で罠が待ち構えているのだろうけれど‥‥そうと知りつつ、けれど他の者達がもしかしたら残っているかもしれない『ジャック』の生き残りの救出を行う際、奴に邪魔される様な事があってはならない。
 故に、二人でその相手をする事で動きを封じる‥‥それは事前の打ち合わせ通り。
 分岐点で、通路の闇の先へと消えて行った二人の背中を、仲間達は祈る様な気持ちで見送りながら――。
「‥‥地下牢跡はこっちですね。急ぎましょう」
 アルファの言葉に仲間達は小さく頷き、石畳の床上で炎を上げるランタンの灯りを背に、早足で先へと進んでいった。



●マスクド・ジャックと二つの箱
 ――地下牢跡へ辿り着いた一同。
 一際広大な通路の左右には、所狭しと鉄格子の張られた独房が並んでいて‥‥その内部を覗き込めば、死んだ『ジャック』かそれともかつての生贄によるものか、見るも無惨な痕跡がいずれにも生々しく遺されていた。
 ‥‥だが、それ以上に一同の視線は、通路の中央に鎮座している『ある物』に釘付けにされている。

「木の箱と黄金の箱‥‥これはまさか『マスクド・ジャック』事件の事例に出て来た‥‥!?」
「けれど、ジャックさんは此処にこんな物があるとは言っていませんでしたね。‥‥それに、辺りの独房にも生き残った人の姿は見えませんし‥‥」
 事前にジャックから聞かされた情報の、実際目の当たりにしている光景との食い違い。
 だがそれは、カオスの魔物が冒険者達の潜入捜査を予測していたのだとすれば、十分に説明のつく所ではある。
 ‥‥恐らくこの箱は、彼らを迎えるべく狩人かもしくは仮面が用意した、悪趣味な演出の一環なのだろう。

 ――ゴトッ。

「!?」
 唐突に動き出す、二つの箱。
 思わず冒険者達は後ろに飛び退き、武器を構える。
「‥‥そう言えば『マスクド・ジャック』の事件では、この箱には何が入れられていたのでしたっけ?」
 リュドミラが尋ねれば、銀麗は今までの調査で得た情報を思い出すべく、記憶を辿る。
「確か、黄金の箱にはそれを選んだ『ジャック』さんの家族の死体が詰め込まれていて‥‥そして木の箱には、『マスクド・ジャック』本人が入っていた筈ですよ」
「けれど、よくよく考えてみれば、木の箱は此処に『ジャック』の名の付く人物を運んで来る為の物だったのですよね? だとすると‥‥‥‥っ!?」

 ゴトッ、ガタガタ、ドサッ!!

 二つの箱が横倒しになったのは同時。
 その弾みで開かれた蓋、そして中から蠢く様にして出て来たのは――いずれも不気味な仮面を着けた人々。
 彼らは緩慢な動きで立ち上がると、まるで動く死体の様にぞろぞろと冒険者へと迫って来た。
「な!? こ、これは‥‥!!」
「殺戮の仮面に操られた人々‥‥!? けど、こんなに沢山居るなんて‥‥」
「いえ、この中で本物の仮面はきっと一つだけ‥‥残りは恐らく偽の仮面を着けられ、魔法か何かで操られている人達です!!」
 アルファの言葉に、一同は目を見開く。
 成程、となればこの中でどれが本物かさえを見分ける事が出来れば――。
「くっ‥‥どうやら黄金の箱の中には、アンデッドが入れられていた様ですね。こう数が多いと、どれが殺戮の仮面なのか‥‥!」
 デティクトアンデットを行使していた蛍石が首を横に振る。
 何しろ、その探知魔法で分かるのは生命を持たず活動する者の大体の距離に大きさ、そして数‥‥それらにこうもごちゃごちゃと群がられては、厳密に探知する事は不可能である。
「しかし、中には生きた人間も混ざっているかも知れませんので、手当たり次第に倒していくと言う訳にもいきませんよ。本来ズゥンビと言うものは腐敗した死体である事が多いので、見た目で判断出来る場合が多いのですけど‥‥」
 しかし、今此処に居る者達はいずれも腐敗した様子など見受けられない。おまけに生者も死者も全員が仮面を被っているので、表情などから判別する事も不可能である。
「くっ、けれどこのままでは‥‥!!」
 手を出そうにも出せないまま、蛍石の張ったホーリーフィールドの中、群がる者達を睨み付ける冒険者達。
 アルファが目を凝らして一人ひとりを観察し、どれが本物の殺戮の仮面かを見極めようとするも、やはり数の多さと動きの統合性の無さ故に特定できない。
 せめて、動く死体だけでも見分ける事が出来れば――。



●解放へ
 一方アシュレーと瑠璃は、煽る魂の狩人を追う内に極寒の空間へと誘い込まれていた。
「‥‥見失ったか。まったく、毎度毎度逃げ足ばっか速いんだよね、あいつは」
 白い息を吐き出し、防寒服に身を包みながら毒づくのはアシュレー‥‥いや、ジャック・ブリューゲル?

 ――話は、少し前に遡る。
 古城に入る前、冒険者達が蛍石のレジストデビルや瑠璃のオーラエリベイションの付与を受ける中で、アシュレーだけは唯一銀麗よりミミクリーの魔法を受けていた。
 その効果を利用し、顔や身体付きを調節して、彼はジャックへと姿を変えていたのだ。
「う〜ん、練習はしたものの‥‥やっぱり明るい場所で間近に見られると、見破られるかも知れないね」
 苦笑を浮かべるアシュレー。
 だが、それに気を付けさえすれば、まず見破られる事は無いだろう。いざとなれば強引にでもアイスコフィンを行使して、外に連れ出してしまえば済む話である。
 ‥‥そうまでしてジャックと言う兄の幻影を用意した理由。其処には、フレイに対する冒険者なりの想いがあった。
「黒の僧侶としては、フレイさんに兄の死を理解し、受け入れて欲しいですが‥‥それも救助できればこそです。‥‥お願いしますよ、アシュレーさん」

 ――――。

「この先にフレイが居る筈よ。けど、狩人が待ち伏せている可能性も高いわ」
「分かってるさ。‥‥けど、まずはフレイに会いに行かない事には始まらない。気を付けて進もう」
 アシュレーの言葉に頷くと、勇気の盾を手にゆっくりと前を行く瑠璃。
 その後に続くアシュレーも、いつも以上に神経を研ぎ澄まして狩人の襲撃に備える。
 だが、結局狩人は彼らの前に現れないまま‥‥やがて、大仰な鉄扉が眼前に立ちはだかった。
 ジャックからの情報に因れば、この先の部屋にフレイが居る筈だ。
「‥‥開けるわよ」
 二人は頷き合うと、凍て付かんばかりに冷え切った扉の取っ手に布を巻き付け、ゆっくりと扉を引く。

 ――目の前に広がる其処の景色は、まるで別世界の様だった。
 薄暗く窓の無い部屋の壁や天井は明るい色で塗りたくられており、暖炉に灯る火が室内を暑いほどに暖め、取り揃えられた家具は見るからに高級品。
 そして床に散乱しているのは、年端も行かない少女が好む様な玩具の数々――その大部分は無惨に壊されていたが。
 今まで見て来た古城の空間は、いずれも生活感どころか人の居たと言う痕跡さえも残されていなかったというのに‥‥この部屋だけは、まるで違う。
 一体誰が、こんな環境を用意したのか‥‥。
 疑問は尽きないが、今すべきはそれを突き止める事では無い。
 瑠璃が部屋の入口を見張る中、ジャック――否、アシュレーはゆっくりとベッドへと歩み寄る。

 ――立ち止まった彼の眼前、引き千切られた毛布の上には、少女が微かな寝息を立てていた。
 癖の強い髪を二つに結い、細い手から覗かせるのは未だ消えない様々な傷跡。
 間違いない。この少女こそ、今回の事件の目の中心に居た人物――フレイなのだろう。
 アシュレーはそっと手を伸ばすと、赤い頬に浮かぶ泣き腫らした痕を指で拭う。
「――フレイ」
「‥‥」
「迎えに来たよ、フレイ。さあ、一緒に此処を出よう」
「‥‥‥ん」
 ジャックの声色で語りかけられる声に、うっすらと、瞼を開くフレイ。
 その視線がジャックの姿であるアシュレーの顔を捉えると――途端にその大きな瞳が見開かれ、そして。

「――ぐッ!?」
 唐突に、首を絞められた。
「!? ア、アシュレーさ‥‥!!」
 思わずその名を呼びながら駆け寄ろうとする瑠璃を、アシュレーは手を突き出して制す。
 ――何故なら、彼には分かっていたから。彼女が、今如何な思いでこの様な行動に出ているのか。
「‥‥遅い。遅い遅い遅い遅い遅いオソイオソイッ!! ずっと、ずっと呼んでたのに‥‥!! ジャックの事、ずっと‥‥っ、ひっく‥‥!!」
 グググググ――。
 首を締める手に、力が篭もる。
――それはまるで少女の、いや、最早人間のものとは思えない程に。
(「っ‥‥ミミクリーで上手い事往なせてないと、危なかったかな‥‥」)
 大粒の涙をあふれさせるフレイを見据えながら、心の中で溢すアシュレー。
 だからと言って、首を絞めて良いものでは無いと思うが‥‥恐らくは、かつて生贄同士の殺し合いを生き抜いたが故の条件反射なのだろう。
 そんな彼女の手に、アシュレーはそっと自分の手を重ね。
「――ゴメン、遅くなっちゃったね。けど、僕もフレイの事が心配で‥‥だから、こうして戻って来たんだ。大丈夫、もう大丈夫だから‥‥」
「っ‥‥ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
 途端にフレイは首から手を離すと、アシュレーの腕の中へ飛び込んで来る。
 その様子を見て、瑠璃もホッと胸を撫で下ろした。

 一頻り泣かせた後、今まで子供をあやす様に背中を撫でていたアシュレーは、肩を持ってすっと身体を離す。
 ‥‥間近で顔を見られてバレ無い様、出来るだけ遠くに。
 そして、フレイの目を真っ直ぐに見詰めながら口を開いた。
「良いかい、フレイ。君は此処にいてはいけない。僕は、君を外へ連れ出す為に迎えに来たんだ。‥‥一緒に外へ出よう」
 彼の言葉に、驚いた様に目を見開くフレイ。
 かと思えば、その表情に浮かぶのは明らかな怯え。
「い、いや‥‥外は恐いの。外に出たら、皆がまた私の事を殺そうとしてくるの。そうしたら、私、また沢山殺さないと‥‥‥‥い、いやぁっ!!」
 途端にフレイはアシュレーの手を振り払うと、毛布の中に潜り込んでしまった。
「‥‥どうやら、トラウマを利用されて外に出ない様に洗脳されているみたいね。困ったものだわ」
 眉間を押さえて呟きながら、アシュレーに歩み寄ってくる瑠璃。
 このままでは強硬手段を取って外に連れ出した所で、人を見る度に情緒不安定になってしまうのが関の山であろう。
 如何したものか‥‥二人が頭を抱えている所へ。
「無駄だ。汝等が幾ら説こうと、その娘の心の闇が晴れる事は無い」
「「!?」」
 唐突に聞こえた声に振り返ると‥‥部屋の入口には、先程見失った煽る魂の狩人が、腕を組みながら立ち竦んでいた。



●物言わぬ仮面は笑い、怒り、そして泣く
「‥‥銀麗さん、手前の人は魔物です!!」
 声を響かせるのはミーヤ。
 その言葉に驚きの表情を浮かべつつ、彼女を信じて銀麗はディストロイの魔法を眼前の者へ一度‥‥そして間を置いて二度と放つ。
 そしてアルファが止めの一撃を加えれば――集中攻撃を受けた一体は、床に崩れ落ちる様にして動きを止めた。
「! アンデッドが、一体減りました‥‥!」
 口を開くのは蛍石。
 そして驚きの表情は、ミーヤへと向けられる。
 何故、彼女はアンデッドを見抜く事が出来たのか?
 ――それは、先のアルファの『魔法か何かで操られて』と言う発言があってこそ。
 少なくとも、生きた人間を操る魔法に関してならば、ミーヤには心当たりがあった。
 その効果を受けている者であれば、リーヴィルマジックで特定する事が出来る。
 ――ならば、逆に何の魔法効果も受けていないにも関わらず、彼らに襲い掛かろうとしている者は?
「成程、よく考えましたね。それならば、少なくともアンデッドは判別出来そうです」
「ええ、けれどもしかすると、殺戮の仮面に操られている人も魔法効果を受けている様には見えないかも知れませんので‥‥気を付けて下さい」
 ミーヤの言葉に頷くと、冒険者達は彼女の指示の下、一体ずつアンデッドの数を減らしていく。
 だが、いくら死者を片付けた所で、やはり殺戮の仮面を特定できない事にはキリが無い。
 何とか見分ける事が出来ないか――と、一同が頭を捻ると。

「‥‥! 皆さん、目を伏せて下さい!」

 声を上げるのは、盾を構えるリュドミラ。
 そして次の瞬間、彼女の身体が激しい輝きに包まれた。
 サンシールドの効果による陽精霊魔法ダズリングアーマーである。
「銀麗さん、私にニュートラルマジックを!!」
「あ‥‥成程! 了解ですよ!」
 リュドミラの身体を包む極光の中に一瞬黒い輝きが混じったと思うと、見る見る内に収まっていく光。
 すると冒険者達の目の前には、一時的に視界を奪われた事で混乱する余り、ホーリーフィールドの外で右往左往する者達の姿が現れた。
 ――ただ一人を除いて。
「‥‥あれです!」
 アルファが指差すのは、精神操作が解けてか呆気に取られたまま立ち竦む青年の姿‥‥そして、その頭上では仮面が宙に浮いていた。
 あれこそが、本物の殺戮の仮面に間違いない。
「――ホーリー!」
 蛍石から放たれる白い光が、仮面を捉え直撃する。
 その弾みで床に落ちた仮面は、動く死体や操られた者達の足下に紛れた。
 どうやら前回同様の手段で、逃げ果せようとしている様だ。
「させません!!」
 一声と共にホーリーフィールドを飛び出すと、殺戮の仮面に向かって低い位置を駆け抜けて行くのはアルファ。
 彼は薙刀「牙狼」を逆手に構えると、襲い来る死体等を峰打ちで薙ぎ払いながら、真っ直ぐに仮面の下を目指す。
 ――死者か生者か咄嗟に判断出来ない以上、生き残っている者を傷付けまいと言う彼なりの配慮である。
 そして群がる者達の足下を抜け、殺戮の仮面の目前へと辿り着くと、アルファは再度刀を返し大きく振り被った。
「てやあぁぁっ!!!」

 ――ガコッ!!

「!?」
 ――薙刀を通じて伝わって来た手応え。それは、明らかにダメージを与えたものではない。
 仮面を改めて見遣ると、それを包んでいたのは黒い靄。
 どうやら、カオスの魔物として本来の力を発揮した殺戮の仮面に、彼の持つ武器は通用しなかったらしい。
 そうなると、今のアルファに出来る事は‥‥身体を乗っ取ろうと襲い掛かってくる殺戮の仮面を、往なす事ばかり。
 攻撃を避けつつも、打撃を与えられないと知りながらフェイントアタックによる斬撃を繰り出し、牽制を続ける。
 幾許か、その様なせめぎ合いが続けられた後。
「アルファさん! 仮面を上へ!!」
 響いたリュドミラの声に振り向けば、死者達の頭越しに見えるのはホーリーフィールドの球体。
 ――アルファは大きく頷くと刀を低く構え、渾身の力を篭めて対し振り上げる。
 すると、斬撃を受けた仮面は高く宙に飛び上がり、死者達の頭上さえも越えて、ホーリーフィールドの中に居る仲間達からも見える位置へと躍り出た。
「‥‥今です!!」
 次の瞬間、銀麗から放たれるのは破壊の魔法ディストロイ。
 達人級の能力を持ってして発現された御仏の裁きは黒い光となり、殺戮の仮面を捉えると‥‥。
 次の瞬間、仮面の中央からヒビが一気に全体へと広がり――そして、粉々に砕け散って行く。

 ――フ―――レ‥‥‥‥。

「!!」
 破片の床に散る音が、微かに哀しげな声を響かせた様な錯覚を、誰しもが覚える中。
 殺戮の仮面は、まるで地に積もった雪が溶けるかの様に、消えて行った。



●呪縛の解放
 その後残った動く死体を全て片付けた冒険者が調べた所、地下牢跡に捕われていた中で生き残っていた者は僅か三人。
 彼らに加えて、アイスコフィンで凍らせたフレイを連れ、冒険者達は古城を後にした。

 ‥‥先にフレイと接触している最中、煽る魂の狩人の妨害を受ける事となったアシュレーと瑠璃。
 相手が相手なだけに、二人だけで彼女を護りながらまともに戦うとなると、どう考えても分が悪い事この上ない
 なので、一先ずその場での説得は断念し、手早くアイスコフィンを行使してフレイの安全を確保すると、やっとの思いで狩人とその手勢を振り切って脱出してきたのだ。
「‥‥けど、気のせいかしら。何だか狩人は本気で私達を仕留めようとはしていない様に感じたわ。黒い靄はおろか、魔法さえも使って来なかったし‥‥」
「いえ‥‥それは多分気のせいじゃないと思います。殺戮の仮面が消滅した以上、もう『マスクド・ジャック』が出現する事はなくなった訳ですから‥‥即ち、狩人にとってフレイさんの存在はどうでも良くなった。なので、逆にアシュレーさんや瑠璃さんを相手にしてまで深追いする必要は無かったのでしょう。‥‥あくまで推測ですが」
 蛍石が言えば、僅かに顔を伏せるのはアシュレー。
「けど、その割に俺はあいつの矢で防寒服に穴を開けられたりもしたんだけどね。瑠璃もランタンを割られたみたいだし‥‥」
「それでも、お二人が無事で何よりです。狩人もいずれは倒さなければならない相手ではありますが‥‥今回は大した被害も無く、目的を達する事が出来た。それで十分でしょう」
 蛍石の言葉に、仲間達は大きく頷き――そして未だ解け切らない氷の棺に封じられたフレイの姿を見遣る。

 彼女を未だ強く縛るのは、過去の殺し合いから来るトラウマ。
 其処までは流石に誰も考え至らず、故に今回だけでは完全に彼女の心の傷を癒す事は出来そうも無いが‥‥。
 それでも一先ずは、殺戮の仮面に利用され『マスクド・ジャック』と言う架空の殺人鬼を作り出していた、余りにも強い兄への想い‥‥それだけでも何とかしなければ、真に事件が解決したとは言えないだろう。

 ――――。

「‥‥ん」
 ゆっくりと蘇る意識、繋がる感覚。
 まるで夢から引き戻されるかの様な非現実的な心地を覚えながら、身体中から伝わってくるのは現実的な違和感。
 その正体は、段々と意識が覚醒して行く事で、明らかとなる。
「ま‥‥ぶしい‥‥‥‥?」
 目を瞬かせながら、フレイの視界に飛び込んでくるのは、見慣れない部屋。
 窓から差し込む陽精霊の光、木造の壁が露に湿った匂い、固いベッド――。
「ここ、は‥‥?」
 ゆっくりと身体を起こせば、ギシリと床が鳴る。
 そのまま歩き出せば、頬を切る風は肌を刺す様に冷たくて。
「――いつもの、私の部屋じゃない。此処は何処なの‥‥?」
 思わず身震いをしながら、その場に伏して頭を抱えるフレイ。
 襲い来るのは、何とも言えない不安。
 夢だ、これは夢だ。
 そう、自分に何度も言い聞かせていると――。

 ――フレイ。

「‥‥!」
 何処からともなく聞こえた声に、顔を上げる。
 聞き慣れた声、それだけで安心感を誘う声。
 だが、その姿は見えない。
「‥‥ジャック? ジャックなの!?」

 ――フレイ。

 声は、木製の扉の向こうから聞こえていて。
「っ、ジャック!!」
 ――だが、扉を開けどあるのは無人の廊下。
 それでも尚声は止まず、フレイを呼び続ける。
「何処に居るの‥‥何処に居るの、ジャック!?」
 声を追う内に、建物――宿屋の外へと誘われるフレイ。
 瞬間、彼女の視界を眩い光が包み――そして、目の前には一人の青年の姿が浮かび上がった。
「ああ、ジャック‥‥! やっと会えた‥‥!」
 その身体に抱き付こうと腕を伸ばす‥‥と、ジャックは首を横に振りながら、後方へと飛び上がり。
「‥‥ごめん、僕はもう君の傍に居る事が出来ないんだ」
「え‥‥?」
 ジャックの言葉に、呆気に取られ立ち竦むフレイ。
「‥‥僕はもう死んでいる。けれど、どうしても君の事が心配で仕方なくて‥‥精霊の力を借りて、こうしてこっちの世界に戻ってきてたんだ。‥‥しかし、それももう限界。僕は精霊界に帰らなくちゃならない」
「そ、そんな‥‥!!」
 途端にフレイは地面へと崩れ落ちる様にして座り込み、しきりに口をパクパクと動かす。
 言いたい事は沢山あるのに、言葉にならない。
 力なく上げられた腕は、ジャックを掴む事叶わず、宙を掻くばかり。
「――けど心配は要らないよ。僕はずっと君の事を見守っているから。フレイが誰にも傷付けられない様、誰も傷付けない様にって、祈り続けながら――」
「い、いや‥‥!!」
 ――行かないで。
 言葉は声にならないまま、ジャックの姿と共に眩い光に包まれていく。

「元気でね、フレイ」

 ――――――。


 冒険者達の目の前には、泣きじゃくる少女の姿。
 その中のアシュレーはヴェントリラキュイとイリュージョンのスクロールをバックパックに仕舞うと、ゆっくりと彼女の背に歩み寄り、優しく声を掛け慰める。
 ――ジャックの声色を真似したものではなく、自らの地声をもって。
「‥‥これで、フレイさんも兄の死を認識して下さったと思いますよ」
 その様子を見詰めながら呟くのは、この演出を考え出した一人である銀麗。
 そう、フレイの事が心配で幽霊になって現れた本物の兄が、フレイを助け出した事で安心して精霊の元に帰ると言う一連の幻覚を彼女に見させたのは、他ならぬ冒険者達だったのだ。
 とは言ってもアトランティスには元来『幽霊』なる存在が無い為、それをフレイが理解してくれるかと言う疑問もあったのだが‥‥どうやらジャックの声を担当したアシュレーの演技力もありきで、問題なく伝わった様だ。
「後は、フレイさんが事実を受け入れてくれる事を望むばかりですね」
「はい。それに、一先ずあれだけ怖がっていた屋外に出て来てくれたと言え、未だトラウマも完全に克服できていないでしょうし‥‥それも一緒に乗り越えていかないといけません」
 蛍石、そしてミーヤが目を向けると、フレイは瑠璃の腕に抱かれ鳴咽を上げていた。
 これから彼女は、文字通り失われた時間を自らの力で取り戻して行く事になるのだろう。
 年端も行かない少女には、余りに辛く険しい道程‥‥だが、冒険者達の尽力が無ければ、その為の一歩を踏み出す事さえも出来なかった。
 そんな彼女の姿に、何処か自身を重ねて見て――。
「あ、あれ? どうしてで、私‥‥」
 気が付けば、ミーヤも目から涙を溢していた。
 拭えど拭えど、止め処なく溢れ出てくる大粒の涙に、戸惑うミーヤ。
 そんな彼女の目元に、アシュレーはそっと布を当て。
「次はミーヤのお母さんの番だね」
 優しく微笑めば、不思議と止まる涙。
 その最後の一粒を拭い取ると、ミーヤも満面の笑みを浮かべ――。

「‥‥はい!」



 ――それから数日後。
 事件の舞台となった古城‥‥その調査が、国から遣わされた騎士団により正式に行われる事となった。
 きっかけは、リュドミラが個人的にスクロールに書き記していた報告書。
 これによって、古城に纏わる数々の事実が明るみに出る事となり、尚且つウィル近郊におけるカオスの魔物の脅威が一つ取り除かれたと言う事実が確定する。
 それもこれも、全ては冒険者達の勇敢且つ適確な調査活動によるものである。
 彼らによって救われたのはルーベルやジャック、そしてフレイと言った者達ばかりでは無い。
 カオスが跋扈している今日、今回の一連の依頼の結果はその脅威に怯えるウィルの民々を大いに励まし、勇気付けるものとなった事だろう。
 ギルド伝手でその始終を聞かされた冒険者達は、満足気な表情を浮かべると共に――今後より激化するであろうカオスの魔物との戦いに想いを馳せ、より一層気を引き締めるのであった。