【少女と剣】騎士を救出せよ!

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2009年02月17日

●オープニング

 ジャック、ジャック――。
 何処に居るの、ジャック?
 離れないで、私の傍に居て。
 ずっと、ずっと――。



「そうですか、煽る魂の狩人が‥‥」
 報告書に目を通しながら受付係が呟けば、カウンターの前のミーヤは微かに俯く。
「でも、結局逃げられてしまって‥‥」
「なに、あの状況じゃ仕方ねぇ。それより、あの城にはカオスだけでなくジャックも居るって分かったんだ、一先ずはそれで良しとしようぜ」
 一人の冒険者の言葉にその仲間達も、何処か釈然としない様子ながら大きく頷いた。
「後は再度古城に向かい、彼を助け出すだけ、だな。狩人の事も気にはなるが、黒い靄を纏った状態でなければ完全に滅ぼす事叶わぬだろうし‥‥目的としては、ジャックの方を優先させた方が良いだろう」
「けど、それを狩人が妨害して来ないとも限りませんよ? 前回の口振りや罠の多さから察するに、傍観するつもりも無さそうでしたし」
「そしたら、今度こそ蜂の巣にしてやるまでさ。靄を纏って向かって来るまで、何度でも‥‥ね」
 そう言う冒険者の手には、手入れの行届いた一張の弓。
 心なしか、その弦さえもが狩人を射抜く時が来るのを心待ちにしている様に見えて‥‥。

「‥‥まあ、お手柔らかにする必要は無いけど、余り殺気を撒き散らさないのよ。ミーヤちゃんが怯えているわ」
「ああ、ゴメンゴメン」
 一転して朗らかに笑みを浮かべながら、ミーヤの頭を撫でる冒険者――だが、それでもやはり彼女の身体の震えは収まらず。
「‥‥‥‥どうかしたかい?」
 尋ねられて上げた顔は、今にも泣き出しそうな色で満たされていて。
「その‥‥‥‥‥‥‥皆さんに、お話しておきたい事があるんです」
 そう切り出し、そしてミーヤの口から告げられた事実は――一同を驚嘆させる。

「実は、ここ数日でルーベルさんの容態が更に悪化してしまって‥‥。メイドさん達が懸命に看病に当たっているのですが、気になって彼女がこのままジャックさんに会えずにいたらどうなるか、フォーノーリッジで見てみたんです。そ、そうしたら‥‥」
 ――見えたのは、病魔に苛まれた末、息を引き取ったルーベルの姿。
 驚いたミーヤが、彼女の診察に当たっている天界人の医者に話を聞いてみた所――。
「‥‥今はまだ、何とも言えない。けれど、今の彼女自身には病気を治したいと言う意志が、殆ど見受けられない。もしこのままの状態が続けば‥‥十分に有り得る話だ、って‥‥」

「そんな事に‥‥させるものですか!!」

 響くのは、冒険者の強い叫び声。
「ええ、逆に言えば、迅速にジャックさんを連れ戻し、彼女に希望さえ持たせれば‥‥十分に回復は可能だと言う事なのでしょう?」
「うむ。このままむざむざ彼女を死なせはしない。その為にも――」
「何としても今回でジャックさんを助け出し、引き摺ってでもルーベルさんの下へ連れて行きましょう!!」
 おうっ!! と、力強い声が響く中――その中心に居るミーヤは、嬉しさ余りその目一杯に涙を溜めていた。




「――ほう、奴らに刃を向けたくは無い、と?」
「‥‥」
 暗闇の中響く声、俯く影はその問いに顔も上げず、ただ押し黙っているばかり。
「だが、良いのか? 万一『これ』が奴らに見つかってしまえば‥‥良い様にはして貰えまい。何しろ、冒険者とてトルクの権力下にあって初めて足を動かせるものだからな。或いは終身刑を――」
「そ、そんな事、分からないじゃないか‥‥」
「‥‥何?」
「ぼ、僕は知っているさ。彼等は決して法や規律、しきたりに捉われてばかりな人達ではない‥‥。この事だって、彼等ならきっと良きに計らってくれる! だから――」

「――もう良い」

 直後、冷徹な事この上ない声色で、打ち消される言葉。
「汝が反骨心を抱いている事は、良く分かった。なれば止むを得まい、汝にもくれてやるしかあるまいな――猟奇殺人鬼『マスクド・ジャック』の名を!」
「ッ‥‥‥‥うわああぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 ――薄れ行く意識の中にあっても、彼の心は至って穏やかであった。
 それは、冒険者達に対する信頼、そして愛する者への想いが、恐怖や不安に打ち勝っているが故であろうか。

(「頼み、ましたよ――皆さん――どうか、ルーベルに――――」)

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●見取り図作成
「‥‥よし、こんな所かな」
 冒険者達が一台の卓を囲む中、その中央に置かれた羊皮紙を掲げるのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。
 彼等は古城へ赴く前に、各人の記憶を頼りにその見取り図の作成を行っていたのだ。
 前回の調査では全員が一塊で行動した為、然程広い範囲を書き出す事は出来なかったが‥‥逆に、少なくとも一度通った場所に関してはとても正確な見取り図を作り上げる事が出来た。
「後は、この一階部分の地図から地下通路の構造を割り出すだけですね。蛍石さんの話によると、狩人は此処の謁見室から‥‥こっち、北側の書庫の方向へ逃げて行った所で見失った訳ですね?」
 その道筋を指でなぞりながらファング・ダイモス(ea7482)が尋ねれば、導蛍石(eb9949)は何処か申し訳無さそうに頷く。
「はい、脇道の有無などは分りませんが、少なくともこの部分は一本道となっている筈です」
「ここが一本道か‥‥あ、でもこっち側には柱があるから、城の地下全部を貫く通路って言う訳でも無さそうだね。とすると‥‥」
 自らの持ち合わせる設計上の知識を元に、地下通路の構造を推測していくアシュレー。
 だが、現状では余り手掛かりが無いので、それ自体の詳細な構造までは分からなかったが‥‥。
「これだけでも、ある程度入口らしき物の場所を予測するには、十分な手掛かりですね」
「ええ、現状で最も怪しいのは――この階上に通じる階段付近ですか」
 蛍石は、城の最西端にある階段を指差す。
 アシュレーによれば、設計上を鑑みてもこんな所に階段があると言う事自体が不自然だと言うのだ。
「手前にも階段はあるのに、何でこんな所にも‥‥とは思ってたけど、成程ね。一見無駄に思わせておけば、誰も此処を使わない。‥‥地下通路への入口の隠し場所としては、うってつけな訳だ」
 かくして、今に立てられる限りの予測は立った。
 後は、それが正しいか否か‥‥確かめるばかりである。

「準備は出来たな。では、一刻も早く古城に向かうとしよう」
 アルジャン・クロウリィ(eb5814)が皆を促せば、仲間達も大きく頷き、バックパックを身に付ける。
 その一人ひとりの目に宿って居るのは――強い意志。
「‥‥ミーヤさんの予知に因れば、今回でジャックを救い出さなければルーベルさんの身が危ういそうですからね」
「ええ‥‥彼女の命を救うためにも、急いでジャックさんを救出する必要があります」
 白銀麗(ea8147)の言葉に頷くミーヤも、心は同じ。
 何しろ、彼女はこの中で唯一、その場面を目の当たりにした人物だ。
(「絶対にそんな事には‥‥させません!」)
 大脇差と桃の木刀を握り締めて意気込む彼女に――アシュレーから手渡されるのは、身代わり人形。
「依頼の目的も大事だけど‥‥それと同じかそれ以上に、ミーヤが無事って言うのも大事な事だからね。これはあくまで保険用‥‥出来れば使う事の無い様、無理せず臨むんだよ」
 ‥‥何しろ、今回の事件には彼女の命を狙うカオスの魔物、煽る魂の狩人が関わって居る事も判明している。
 彼女と狩人の因縁を考えれば、感情的になって自ら危険に晒されてしまう事も十分に有り得るのだが‥‥この時のミーヤはあくまで冷静な表情で、小さく頷いていた。
 そんな彼女の様子に、少なからず安心感を覚える冒険者達。
「‥‥そう、ついでで申し訳ないのですが、ミーヤさんにお願いがありますよ」
「はい、何でしょうか?」
 そう切り出す銀麗が気にしていたのは、やはり騎士ジャック・ブリューゲルと、猟奇殺人鬼『マスクド・ジャック』との関係であった。
 故に、彼女の陽精霊魔法を用いて、今一度『ジャックの武器』『ジャックとの戦闘』『マスクド・ジャック』に関しての未来を視て貰いたいと言うのだ。
「分かりました、やってみます」
 銀麗に言われるがまま、ミーヤはフォーノーリッジの魔法を唱える。
 ‥‥だがしかし、案の定『ジャックの武器』と『マスクド・ジャック』と言う言葉に関しての未来は、陽精霊が受け付けてくれなかったか、何も視る事が出来なかった。
 一方で、唯一未来視に成功したのは『ジャックとの戦闘』に関する未来。そして、その内容は――。
「‥‥やはり。煽る魂の狩人の他、ハート刺繍のマントを羽織った騎士様が見えます。やはりこの方が、ジャックさんに間違いないのでしょう。けれど、それならばどうして、私達と戦う事に‥‥?」
「それは恐らく――」
 彼が操られているから、であろう。
 誰しもが、そんな予感を胸の奥の何処かで抱いていた。
 とは言え、それが果たして狩人によるものなのか‥‥。
「もしくは、前にも言いましたが魔剣等に依存させられてしまって居ると言う可能性もありますよ。それを確認する為に、武器を見たかったのですが‥‥」
 残念そうに目を伏せる銀麗。
「いや、剣とは限らない。カオスの魔物は様々なものに変身する能力を持ち合わせている故‥‥或いは、マスクや箱等と言った物が黒幕と言う可能性もある。‥‥ミーヤ、そう言った物は見えなかったか?」
 アルジャンの問いに、ミーヤは僅かに俯き首を横に振る。
 どうやら、今回も運悪く『ハート刺繍のマントの騎士』に関しては後姿しか視えなかった様だ。
 加えて、周囲には箱等の怪しい物品も特に見当たらなかった、との事。
 こうなれば、直に確認する他に手は無い。
 だがしかし、一筋縄ではいかなそうな状況であるのも事実‥‥。
「僕自身の狩人との因縁などこの際どうでも良い。‥‥『剣』やミーヤの魂はいずれ返してもらうが。今はジャック・ブリューゲルを連れ戻し、ルーベルに会わせる。それが第一だ、な」



●奇襲
 冒険者達が、件の古城の再調査を始めた初日に、それは見付かった。
 事前に見取り図で確認していた、不自然な位置にある階段。
 前回の調査でも訪れはしたものの、まさか此処に階段を地下まで繋げる仕掛けがあろうとは、その時には誰も思いも因らなかった。

 ――ガタン!!

 積み上げられた樽や木箱を、銀麗がディストロイを持ってしてことごとく破壊した後‥‥現れたのは、何処からかぶら下がっている一本のロープ。
 それを引くと、轟音と共に目の前の階段が床下に落ち、一階と二階を繋げていた階段がその役目を変え、地下空間と地上とを繋げる階段として一同の目の前に鎮座した。
「随分大掛かりな仕掛けですね‥‥」
「それだけ、この先には大変な物を隠していたって事だよ。‥‥まあ、それが何なのか、大体想像はつくけどね」
 アシュレーが思い出すのは、前回にこの城の謁見室で会った煽る魂の狩人、その口から聞かされたかつての城主の行い。
 ‥‥この先に進めば、その凄惨な痕が今尚遺されているに違いない。
 出来れば、ミーヤにはそれを見せない様にと――。
「わ、私なら大丈夫です」
 ふと張り上げられた声に、一同は目を見開く。
「その‥‥この先にあるものを怖がっていたら、調査なんて出来ません。私だって皆さんと同じ冒険者です! で、ですから‥‥」
 ――そう、彼女は冒険者としての一歩を踏み出した時から、決めていた筈だ。
 辛くとも、挫けず‥‥彼女の先達であるアルジャンやアシュレー、そして銀麗達の様な、己の身を賭してでも誰かの為になれる冒険者になりたい、と。
 その為には、調査時にまでお姫様扱いをされていてはいけないのだ。
 可愛い子には旅をさせよ、と言う天界の諺ではないが、辛い事でも苦しい事でも今した経験が、必ず今後の彼女の糧となる筈である。
「‥‥ん、そうだね。分かった、但し本当に辛くなったら、無理せずに言うんだよ?」
 そう言ってミーヤの頭を撫でるアシュレーの表情は、心なしか何処か寂しげだった。
「けれど、もうすぐ夜になりますね。カオスの魔物の動向も気になりますし‥‥地下の調査は明日にして、今日は一旦切り上げましょう」
 ファングの提案に頷き、踵を返す一同――。
「‥‥? 如何しました、蛍石さん?」
「‥‥‥‥っ」
 その中で唯一、蛍石だけは険しい表情でその場に立ち竦んだまま、動こうとしない。
 ‥‥何かあったのだろうか?
 仲間達が不安に胸を高鳴らせる中‥‥ふと、地下空間から吹き上がってきた風が、アルジャンの携えていたホーリーキャンドルの炎を揺らし。
 ――そして、灯りが消えた。
「‥‥気を付けて下さい!! 近くに潜んで‥‥!?」

 ――ヒュンッ!!

「うっ‥‥!?」
 微かな風切り音が一同の頭上を裂くと、その中心からくぐもった声が聞こえる。
「!? ミ、ミーヤさん!!」
 途端に崩れ落ちる彼女の身体を銀麗が支えれば、その背中に突き立って居たのは一本の矢。
「これは‥‥くっ! アシュレー、これをミーヤに! 急げ!!」
 アルジャンが取り出すのは解毒剤。
 そう、それがもし彼の思った通りの物であれば‥‥間も無くミーヤの身体に毒が回り、ろくに動けなくなってしまうからだ。
「何処だ‥‥奴は、何処だ!!」
「‥‥上です!!」
 蛍石の声が響き、一斉に頭上へと集まる一同の視線――かと思えば、階上から崩れた床越しに此方を窺っていた影は、踵を返し、一目散に逃げ出して行った。
「待て! 逃がすか!!」
 慌ててその後を追う冒険者達。
 この先には、間も無く階上へと通じる大きな階段がある。そこで迎え撃てば――。

「!?」

 一際開けた空間に出た所で、一同は足を止める。
 彼らの前には、カオスの魔物煽る魂の狩人と、低級なカオスとして知られる邪気を振りまく者が大勢‥‥そして、それらに囲まれる様にして、騎士の姿をした何者かが立ちはだかっていた。



●狩人と仮面
「‥‥貴方がジャック・ブリューゲル、ですか?」
 騎士に向けて問い掛けるファング。
「‥‥‥‥」
 ――だがしかし、どう言う訳か騎士は無言のまま、立ち竦むばかり。
 痺れを切らしたファングが、彼に歩み寄ろうとした瞬間‥‥口を開くのは煽る魂の狩人。
「そうだ。此奴こそが、汝等の探していた男に違いな――」
「貴方には聞いていない。彼の口から直に答えて貰えない事には、信じられません。‥‥どうなんですか、貴方は――っ!?」
 ――ガァンッ!!
 唐突に、室内に響き渡る高い音。
 それは、ファングのカークルシールドが、長剣によって叩き付けられた事による物だった。
 近付いた瞬間瞬いた斬撃を盾で咄嗟に受け止め、その弾みで後方に飛び退くファング。
 その音を皮切りに、周囲の邪気を振りまく者達が、一斉に冒険者目掛けて襲い掛かってくる。
 それを蛍石が紙一重でホーリーフィールドを張って防ぎ、そしてアルジャンがフィールドを破られない様カオスの魔物達の迎撃に当たり始めた。
 そんな中――。
「‥‥駄目ですよ! 今の彼に近付いては‥‥っ!!」
 騎士相手にリードシンキングを行使していた銀麗‥‥彼女は、顔を戦慄に引き攣らせながら声を張り上げる。

 ――殺す。殺す、殺す、殺す殺す――。
「殺す殺す殺すっ‥‥!!」

 ヒュンッ、シュッ!!
「どう言う事ですか!? 彼は一体何を‥‥!!」
 続けて二度、三度とファング目掛けて振るわれる剣。彼はそれを往なしながら、銀麗に尋ねる。
 ‥‥騎士が今、声に出している言葉と、銀麗の読み取った表層思考。それは、全く同じもので。
「今、彼を突き動かして居るのは殺意のみ‥‥! どうやら、彼が本物のジャック・ブリューゲルか確認する為には、正気に戻す他無さそうですよ!!」
「くっ‥‥!!」
 歯噛みする蛍石。彼は騎士が狩人の魔法にかかって居るのでは無いかと予測し、ニュートラルマジックを行使したのだが‥‥。
「駄目ですね‥‥銀麗さんのリードシンキング以外に、解除できる魔法は無い様子です」
「‥‥何をした?」
 冷酷な口調で、傍らの狩人に問い掛けるのは、弓に矢を番えたアシュレー。
 同じく狩人も、弓矢を構えており‥‥ふとしたきっかけで、二人の間を狙い済まされた矢と矢が飛び交いそうな雰囲気の中。
「我は何もしていない。‥‥と言うと、語弊があるか」
「‥‥茶化さないで質問に答えろ。何故彼はあんな状態になっている?」
「‥‥そうだな、この部屋は一際暗い故、確かにそれ程離れていれば分かるまい。だが、相応に近づけば――」

 ブォッ――!!
 騎士が大きく剣を振り下ろした弾みに、それを紙一重で避けたファングの目に飛び込んできたのは。
「!」
 彼の顔を覆う――道化師の様な仮面だった。
 ‥‥いや、良く見るとそうでは無い。
 その仮面が道化師の様に見えるのは、表面に塗りこまれた染料によるもので‥‥本来それがどの様な表情の仮面であったのかは、窺い知る事は出来ないが。
「これは‥‥まさか『マスクド・ジャック』の!?」
「クックック‥‥正解だ」
 アシュレーに向けて弓を構えながら、笑みを漏らす狩人。
「そうか‥‥その仮面が、『マスクド・ジャック』の正体だったのか!! 銀麗さん!!」
「分かっています! ‥‥ディストロイ!!」
 高速詠唱で紡がれるのは、再現神の力による達人級の破壊の魔法。
 その凄まじい破壊力の前には、並の物品であれば一瞬にして粉々に砕け散る‥‥筈なのだが。
 ――仮面には、一筋のヒビが入ったのみ。
「‥‥!! まさか、抵抗された‥‥!?」
 驚きの声を上げる銀麗。
 ‥‥もしあの仮面がただの『物』であれば、魔法抵抗などする筈が無い。とすると――。

 しかし、仮面は完全に破壊できなくとも、騎士の動きを止めるには十分だった。
 その隙を突いて騎士の背後に回り込み、身体を羽交い絞めにするファング。
「今です!! アルジャンさん!!」
 彼の声に応じ、手近な邪気を振りまく者を切り伏せたアルジャンは、刀の刃を返して騎士へと一気に詰め寄ると。
「帰らねば悲しむ人が居る。その背に負っているものを思い出せ、ジャック・ブリューゲル!!」

 ――バキィッ!!!

「あっ‥‥!?」
 瞬間、冒険者達は驚きの声を上げる。
 振り下ろされたサンソードによる一撃が、ヒビ入った仮面を捉える寸前。
 なんと、仮面はその攻撃を避ける様に、その場から飛び退いたのだ。
 当然斬撃は、騎士の顔面に直撃‥‥峰打ちでなければ、大惨事である。
「仮面は‥‥仮面は何処へ行った!?」
 慌てて周囲を見回す一同‥‥だが、どうやら邪気を振りまく者の群に紛れ込んでしまった様だ。
「これではデティクトアンデットをもってしても、居場所を特定できません‥‥!」
「くっ‥‥! このまま逃がしてなるものか!!」
 彼らは仮面を必死に探そうとするものの、それを周囲のカオスの魔物達が黙認する筈も無い。
 群がる邪気を振りまく者達を蹴散らしつつ、足下に目を凝らす冒険者達。
 だがしかし‥‥室内のカオスが一掃され、静寂を取り戻した後にも、結局それを見付け出す事は叶わなかった。



●ジャックの事情
「‥‥本当にすみませんでした。ご迷惑をお掛けしてしまって‥‥」
 心底申し訳無さそうに口を開くのは、古城において仮面に操られるがまま、冒険者達に刃を向けてきた騎士。
 そう、彼こそがルーベル・アニスの婚約者にして、今まで行方を晦ませていたジャック・ブリューゲルに他ならなかったのだ。
 若干衰弱こそしていたものの、特に酷い怪我を負っているでもなかった彼は‥‥正気を取り戻すや冒険者達に促されるまま、ウィルへ戻ることを望んだ。
 理由は言うまでも無く――彼の身を案じる余り体調を崩し、命の危機に晒されているルーベル。彼女に無事な姿を見せ、生きる希望を与える為である。
 かくして、冒険者達の護衛の元、ジャックはウィルへの帰路を急ぎ足で辿っていた。

「なに、気にする事はない。君もミーヤも、それに僕達冒険者も皆無事だったんだ。それで十分さ」
 アルジャンが言えど、尚も申し訳無さそうに顔を伏せるジャック。
「けれど、例のカオス‥‥『殺戮の仮面』と言いましたか。あれを逃がしてしまったのは、痛かったですね」
「そうだね。ついでに狩人もどさくさに紛れて逃がしちゃったし‥‥まあ、今回はジャックを助け出す事が目的だったから、あいつはどうでも良かったんだけど」
「す、すみません‥‥私が動けず、足を引っ張ってしまったばかりに‥‥」
 ジャックだけでなく、どうやらミーヤも責任を感じている様子で‥‥顔を俯けている。
「何、仕方ないよ。寧ろ俺達が上方の警戒を怠っていたせいなんだから。‥‥こっちこそ、辛い目に遭わせて悪かったね」
 そう言って、ミーヤの頭を撫でるアシュレー‥‥と、ここで蛍石が何かを思い出した様に手を打つ。
「‥‥そう言えば、皆が仮面を探している間、アシュレーさんは狩人と何か話していましたよね? あれは一体何を‥‥?」
 蛍石が尋ねれば、アシュレーは頭の後ろで腕を組みながら。
「ああ、あれ? そうだね、何でジャックを拉致監禁するような真似をしたのかとか、ミーヤの母親‥‥アルメーダはどうしているかとか、色々。まあ、あいつの口から大した事は聞けなかったけどね」
 そう言って、苦笑いを浮かべる。
 ‥‥だが、実を言うと彼にはもう一つだけ、狩人から聞きだして居る事があった。
 それは即ち――ジ・アースにおいて跋扈している『オレイ』と言うデビルとの関連性について。
 だが、その結果返ってきた答えは‥‥。

『さて‥‥奴は我で、我は奴。関係があるといえばあろうし、無いと言えば無かろう。少なくとも我はカオスの魔物、煽る魂の狩人‥‥それ以上でも以下でも無い。だが、もし我が天界に赴く事があれば、我は奴と同じものと扱われるやも知れんな―――』

(「あいつはあえて回りくどい言い方をする事で、明らかに俺を混乱させようとしていた‥‥。何か隠して居る事があるのかも知れないけど、取り敢えずこの事に関しては気にしない方が良さそうかな」)
 アシュレーはそう自分に言い聞かせるも‥‥その時の事を思い出す度に湧き上がってくるのは、耐え難い気分の悪さ。
 だが、ポーカーフェイス故にその表情から、彼の機嫌が悪い事を窺う事の出来る仲間は無く‥‥。

「‥‥ときに、ジャックさん。やはり、話しては頂けませんか? あの城の地下で、一体何があったのか‥‥」
 ――――。
 銀麗が尋ねれば、途端に顔を俯け黙りこんでしまうジャック。
 彼を殺戮の仮面の戒めから助け出し、意識を取り戻してからここに至るまで、同じ質問を何度もされた。
 だが、どう言う訳かその度にジャックは口を紡ぎ‥‥決して話そうとはしない。
「すみません‥‥。ですが、近い内に必ず、皆さんにもお話して聞かせますので‥‥どうか今は、考える時間が欲しいのです」
 ‥‥どうやら、ジャックを古城に縛り付けていた『何か』。
 それが、今尚彼の心に迷いを生み出しているらしい。
 冒険者達からしてみれば、それが何なのか気になって仕方ない所ではあるが‥‥いずれ話すと誓う彼から、無理に聞き出す訳にも行かず。
「では、一つだけ‥‥これだけははっきりさせておきたい。君がカオスの魔物に拉致されるきっかけとなった、件の村での殺人事件なのだが‥‥そこで見た事、それから、如何にして古城に辿り着いたか。答えてくれるな?」
 アルジャンが問えば――ジャックは僅かに迷った後、小さく頷いた。
「あの時は‥‥本当に驚きました。遠征から帰る最中に日が暮れてきて、何処か泊めて貰える場所を探している所で、あの村に辿り着いたのです。ですが、どう言う訳か全く住人の姿が見えず、不審に思いながらも渋々立ち去ろうとしたら、目立たない所に大きな箱が置かれているのが見えて‥‥そ、その中には、村の人達の亡骸が‥‥っ」
 その光景が余程凄惨な物だったか、顔面を蒼白させながら語るジャック。
 ‥‥此処までは、冒険者達が今までに調査で調べた通りだ。
「その後、訳も分からず気付いたら、村の周囲の森の中に逃げ込んでいて‥‥。それから戻ろうともしたのですが、既に来た道さえも分からない状態で、途方に暮れていたのです。そこに現れたのが‥‥‥‥煽る魂の狩人でした」
 そして導かれるまま、連れて行かれたのが例の古城だったと言う訳だ。
 その先に何が起こったか――それは未だ、彼が話そうとしない域ではあるが。
「奴は、僕の名が『ジャック』である事を知ると、さぞ愉快そうにしていました‥‥」
「って、以前に奴から話を聞いた時には、ジャックさんの事を『そんな名だったか』とか言っていましたよね? けど、それだとまるで名前が『ジャック』である事を知っていたから、古城へ連れて行った事になるのですが‥‥」
「‥‥要するに、カオスの魔物‥‥特にあの狩人の言う事は疑って掛かった方が良いと。そう言う事ですね」
 ファングと蛍石は、頭を垂れて大仰な溜息を吐いた。
 ともあれ、何故カオスの魔物が、それ程までに『ジャック』と言う名に拘ったのか――。
 残された謎の答えは、ジャックの心中に秘められているが‥‥未だ、その答えを聞く事叶わず。
 一同の心中に不可解な要素を残したまま、今回の依頼は一先ずの幕を迎えるのであった。