●リプレイ本文
「限界、の様だな」
「うん‥‥ゴメンね、僕が巧くやれなかったばっかりに‥‥」
「気にすんな。元はと言えば、あいつの事を見縊ってた俺のせいだ。よもや折角奪ったゴーレムの資料を持ち逃げされたばかりか、いつの間にか手勢までごっそり減らされちまったからな‥‥」
「そうだよね。まったく、本当ならあいつだってとっ捕まえて手足引き千切って胴を切り刻んで、魔物の餌にしてやりたい所なんだけどさ!」
「まあ、それは万事巧く行けばの話だろうな。なに、最善手は取れなくなったってだけの話だ。そう難しい事でも無いぜ‥‥その為に、手駒は増やしてあんだろ?」
「うん、勿論。単純な奴でねー、ちょこっと脅してやったら、あっさり丸め込まれてくれちゃったよ♪」
「よし、なら問題は無い。後は、時を待つだけだ‥‥」
●訝しきは
「カオスの魔物と関わりのあるライアーズトリオ首領と、カオスの魔物と敵対するかの様な行動をとる『L.D.』ことリチャード・ダンデリオン。‥‥未だ神聖騎士としての矜持は捨ててはいない、か」
アレックスの背中を見詰めながら、ふと口を開くのはフルーレ・フルフラット(eb1182)。
彼女にそう言わしめる理由は、幾つかある。
その内でも最も有力なものを挙げるならば‥‥つい先日、ウィルの街中に潜入したカオスの魔物、その討伐に当たる冒険者に力添えをして来たと言う一件が、筆頭として思い浮かばれるであろう。
彼女とて報告書にて知り及んだのみではあるが、それによるとどうにも間接的にとは言え、彼の素行はカオスの魔物との協力関係にあるとはとても思えないものであったらしく。
「けど、そうだとすると尚の事不可解アル。一体そのリチャード氏とやらが何を目的として何をしようとしているのか、さっぱり分からないアル」
孫美星(eb3771)が首を傾げながら言えば、他の者達も同じく頭をかしげる。
そう、例え神聖騎士としての矜持を捨ててはいなかったとしても‥‥いや、捨てていなかったのであれば尚更、そもそもカオスの魔物と手を組む様な輩に加担する意図が知れない。
「盗賊の仲間になったのも、或いは魔物を討ち果たさんが為、か‥‥」
ポツリとフルーレが呟けば――他の者達も納得した様に頷く。
成程、確かにそう考えれば、諸々の事実に説明が付くだろう。
――と、そこに今まで目を伏せていたシャリーア・フォルテライズ(eb4248)が、ふっとアレックスに一瞬視線を向けると、意を決した様に顔を上げ。
「‥‥加えて、リチャード氏の身辺の事情についてならば、分っている事もある」
彼女の言葉に、仲間達は皆驚いた様に目を見開く――とは言っても、彼女が「それ」を知っている事自体が不思議な訳ではない。
「これは、アレックス殿から直に伺った事なのだが‥‥」
「待て」
――続く言葉を遮る様に身を乗り出してくるのは、先まで果たし状を前に一人思い悩んで居た筈の。
「アレックス、殿‥‥」
「これは、私の口から言うべき所であろう。‥‥否、シャリーアにも改めて聞いて頂きたい」
そして、彼の口から告げられるのは――アレックスとリチャード、その因縁の正体。
リチャードが、実の父親である事。
幾度と無く失敗を繰り返せど、決して目標を見失わない頑固さ、意志の強さを持った父を心から尊敬していた事。
にも関わらず、母親亡き後にも故郷へ帰って来る事の無かったリチャード‥‥彼への怨恨が、今までのアレックスを突き動かし続けてきた事。
――そして。
「死の間際‥‥母上は私にこう言い遺した」
――――。
「頑固者、か」
一同を何とも言えぬ静寂が取り巻く中、ふと口を開くのは鳳レオン(eb4286)。
「‥‥親子で似た者同士、ッスね」
フルーレが呟けば、他の者達も心の中で大きく頷く。これにはアレックスも返す言葉が無い様子で。
「ともあれ、リチャード・ダンデリオン――彼が信仰を捨てて悪事をなしているのか、黒の僧侶の立場としては確認したいところですね。しかし、もし彼の方にも何かの事情があったとしても、息子と決闘までする以上真相を告げる気は無さそうです」
そう切り出した白銀麗(ea8147)が、提案するのは‥‥読心の魔法リードシンキングによる真意の確認と言う手段。
「‥‥彼奴の事だ。そうでもしなければ、まず口を割る事は無いだろう」
どうか宜しく頼む。アレックスの言葉に、銀麗は大きく頷いた、
「どうか負けないで‥‥必ず私と一緒に帰りましょう」
無事を願いつつ交わされたシャリーアとの口付けの下に、アレックスの意志も固められた様子で。
「ふむ。リチャード・ダンデリオンの方には十分な人数が集まっているようですな」
仲間達の様子を見据えながらセオドラフ・ラングルス(eb4139)が言えば、レオンに美星の二人も大きく頷く。
「ああ。敵がこちらの警備の手薄な時を狙っているなら、『L.D.』と冒険者が戦うこの時期も決して安全とは思えないからな」
「それに前回の報告書を見た限りだと、未だ事実を全て解明出来た訳じゃ無さそうアルし‥‥あたし達三人は、アンちゃんの方へ向かった方が良さそうアルね」
アン。件の盗賊に付け狙われているが故、今回の件においても何かと関わり合いになった少女。
とは言え冒険者達にとっては、盗賊達が何故執拗にその命を狙って来て居るのかに加え、前回に何度も神聖抵抗に成功した事がどうしても気になって仕方が無いらしく。
「前回の『L.D.』の言葉をすべて信じるわけではありませんが、アン嬢が狙われていた事は事実ですし、ライヤーズトリオに関する秘密を未だに抱えているようですからな。魔物や暗殺者に殺されるわけにも、奪われるわけにも参りますまい」
言いながら、セオドラフは視線をサポートのアリル・カーチルトの方へと向ける。
「何にせよ急ぐに越したことは無いでしょう。アリル殿、詰所までの送り届け、よろしく頼みますぞ」
「おうよ、任されて」
かくして、ギルドを発つ三人を見送った仲間達は‥‥改めて、想いを三日後の決闘へと巡らせるのであった。
●蒸発
アリルの駆るサイレントグライダーにより、騎士団の詰所へと先行したセオドラフと美星。
一方陸路をもって現地へ向かったレオンは、彼らよりも少し遅れて到着した。
「‥‥? 何か騒がしいな?」
建物の前で首を傾げながら呟くと――その入口の扉が勢い良く開き。
「むぎゅ‥‥っと、レオンさん! 良い所に来たアル、大変アルよ!!」
突然胸に文字通り飛び込んで来た美星を受け止めれば‥‥その表情から伺うに、明らかに只事では無い様子で。
「お、おい、どうした? 一体何があったんだ?」
「‥‥ア、アンさんが‥‥アンさんが攫われてしまいました‥‥ッ!」
その後ろ続くアレミラが言うと、レオンの表情も見る見る陰り。
「な‥‥‥‥‥なにいぃぃぃぃっ!!? 一体どうしてっ‥‥!!」
「アレミラ殿のお話によれば、我々が到着する僅か前に、見張りをしていたアステル殿の目を盗み賊が忍び込んだ模様で‥‥。アステル殿が現在その行方を追っておりますが、未だウィルの街中から出ていないと思われますので――」
「逃がしてしまわない内に、急いで探し出すアル!」
美星の言葉に頷くと、冒険者達とアレミラは一斉に街中へ向けて駆け出して行く。
「‥‥しかし、きな臭い話ですな」
「? 何がですか?」
セオドラフの呟きに、首を傾げるアレミラ。
「‥‥今回我々が動き出す直前、まるでそのタイミングを見計らった様に消えたアン嬢‥‥」
「前回の聞き込みでも、結局の所ライアーズトリオの秘密に関して、決定的な事実は聞き出せなかったし‥‥」
「或いは、再度の尋問を恐れて‥‥アルね」
「!?」
●黒の徒
――そして、決闘の当日。
ウィル南西に佇む岩場‥‥以前にも『L.D.』と冒険者達が相まみえた場所。
アレックス、そして冒険者達が赴いた頃には――既に其処には彼の姿があった。
「リチャード‥‥!」
「‥‥‥‥久しいな、アレックス‥‥」
互いに交わす言葉はそれきり、はたと止み‥‥リチャードは漆黒のフードの下で鋭い眼光を覗かせ、アレックスは奥歯を噛み締めながら拳を震わせる。
そんな彼の肩に、ポンと手を置くのは――シャリーア。
真っ直ぐに向けられた視線は、今にも飛び掛らんばかりだった彼の心を鎮め‥‥。
「一つだけ、確認したいことがありますよ」
アレックスに代わって前に歩み出、口を開くのは銀麗。
「貴方が‥‥果たして、本当に倒すべき『敵』であるか否か。黒の教えに背き、デビル‥‥いえ、カオスの魔物に魂を売っているのか」
「‥‥愚問だな‥‥。第一、その答えが是であれ否であれ‥‥貴様らは我の言葉を信じはしまい‥‥」
「ええ。ですが、御仏は嘘を仰りません。‥‥少し手荒ですが、この魔法が何よりの答えを示してくれるでしょう!」
言葉と同時に高速詠唱で放たれるは、黒の光ブラックホーリー。
それは真っ直ぐリチャードへと向かって行き――。
「‥‥!」
皆が息を呑んでその様子を見守る中――魔法を受けた彼には、苦しむ様子も痛がる様子も無い。どうやら、抵抗した様だ。
その事実が示す意味は‥‥彼、リチャード・ダンデリオンが完全に悪では無いと、黒の神が認めた事に他ならない。
思わず、一同の表情が安堵に緩む。
「リチャードさん‥‥やはり貴方は信仰を捨て、道を外れた訳ではなかったのですね」
「‥‥だったら何だと言うのだ‥‥。大いなる父が我を見放していなくとも‥‥少なくともそこのアレックスにとって、我が討つべき敵である事には変わりは無い‥‥」
「――何故そう言い切りますか?」
彼の言葉に、喰い付く様に口を開くのはシャリーア。
「それは、愛する者の死に目に会えなかった事への後悔、罪悪感ですか? それ故にアレックス殿は未だ貴方の事を憎んでおり‥‥そしてその手で討たれる事で、二人への贖罪になるとでも?」
「‥‥‥‥‥‥貴様に、何が分かる‥‥」
「分かりますとも! 少なくともアレックス殿の心の中に生きる貴方は、当時の頑固で愚直で、何よりも家族想いなリチャード・ダンデリオンと何ら変わりは無い! 彼が最も憤りを感じていたのは、そんな父親像を踏みにじられた事なのです! それに、アレックス殿のお母様‥‥レナ殿も、命尽きる最期の瞬間まで、貴方の事を愛していた! いずれ必ず家族の下へ戻って来て下さると信じながら、息を引き取った! だと言うのに、貴方は‥‥また一人で、誰の手にも届かない場所に往かれようとしますか!!」
――――!!
声を張り上げるシャリーア、その姿を見据えていた目を、慌てて擦るリチャード。
その拍子に、分厚いフードが捲くられ――彫りの深いエルフの素顔が顕になった。
何処かアレックスに似た面影を漂わせるその顔に、浮かべて居るのは明らかな動揺。
だがそれも束の間、表情から感情が消え失せると。
「笑止‥‥そこの青二才の言うリチャード・ダンデリオンは、既に死んだ‥‥。此処に立つのは、『L.D.』‥‥かつて依頼主を斬り、路頭に迷った挙句盗賊衆に誑かされ、元の世界へ戻るべく悪事に手を染め続けてきた、愚かな冒険者の亡霊に他ならぬ‥‥」
自嘲っぽいその言葉には、何の想いも無い。
「‥‥そして、亡霊を討つは、神聖騎士たる者の務めであろう‥‥?」
口が開かれれば、唯淡々と発せられる声。それは、もはや絶望故の達観さえも感じさせる様な物言いで――。
「‥‥逃げるな」
誰しもが押し黙る中響くのは、震える声で紡がれた言葉。視線が向けられれば、その先には両の拳を強く握り締めるフルーレの姿。
俯かれた顔が上げられると、真っ直ぐ正面にリチャードを見据え。そして一歩、二歩と力強く前へ踏み出し。
「亡霊を討つは神聖騎士の務め? ‥‥ふざけるのもいい加減にしなさい。貴方が今までどんな目に遭い、どんな事をして来たのかは知りませんが‥‥後の事を子に託し、自分は憎まれたまま討たれて終わろうというならそうはいきません」
「フルーレ殿‥‥」
それは、少し前にアレックスにも言った事。
自ら死を選ぼうとする者を、放ってなど置けない。例え辛かろうと、罪を背負っていようと、命ある限り生き抜き『生』を全うすべき。
「‥‥もう一度言います」
今一度、これ以上無い程の力強さがフルーレの表情に宿り。
「逃げるなッ!!」
――リチャードは何も言わない。
迷っている様子も無い。
ただ、その口を引き結び、目を閉じているばかり。
その真意は本人と、先程からリードシンキングの魔法を用いて読心を続けている銀麗のみの知る所。
「‥‥リチャード。これだけははっきりさせておく」
そんな彼へ向けて、アレックスが口を開く。
「私は、貴様との決闘において、手を抜くつもりも無ければ逃げるつもりも無い。貴様相手に、少しでも雑念が混じれば討たれるのは此方の方であろう。‥‥だが、私は怨恨故に剣を振るうでなければ、自ら死ぬ気も無い。私は、私の未来の為に、私の敬愛する仲間達の笑顔の為に‥‥そして何よりも、愛するシャリーアの為に戦う。そして‥‥必ずや貴様に勝つ!!」
「――――」
「強くなりなさい。そして、リチャードに会いに行きなさい。‥‥死の間際、レナ殿がアレックス殿に遺された言葉です。もし愛する者のそばに居られなかった事をもし悔やまれるなら‥‥どうかこれからの生で償って頂きたい。私はアレックスがあなたより強くあろうとしているのを誰よりも信じています。もし私たちが勝ったら‥‥孫の顔を見て幸せになって頂くまではもう決して逃がしませんからね!」
ギュッと握られた二人の手には、守護の指輪。
心の繋がった二人。誓いの証。そしてその意志は一つ。
――未来を勝ち取る。そして、リチャードを救い出す。
「‥‥後は存分に親子喧嘩をなさればよろしい。いえ、シャリーア殿にとっては『親子』と言うには未だ気が早いかもッスけど。兎も角、自分達は水を差そうとする無粋な輩を除きに行きましょう」
「はい、決して第三者の妨害を許しませんよ。此方は私とフルーレさんに任せて、お二人は決闘に専念して下さい」
フルーレと銀麗の言葉に頷くと、シャリーアはライトロングボウに弓を番え、アレックスはラージクレイモアを手に、リチャードへ向かって飛び込んで行く。
――長きに渡る因縁に幕を下ろす決闘の火蓋が、切って落とされた。
●決着?
息の合った二人を相手にすれど、リチャードは一歩たりとも引けを取っていなかった。
アレックスの力一杯の斬撃はその軽やかな身のこなしの前に悉く宙を切り、おまけにミミクリー等の撹乱やミサイルパーリングをも用いてくるので、シャリーアの矢もその身体にまで届かない。
更には相手はスタンアタックを使ってくる以上、一撃で決着をつけられかねない。
自ずと二人は受動的になり、ジリジリと追い込まれていく。
「‥‥如何した? 攻撃を凌ぐばかりでは、我に勝つ事など出来ぬぞ‥‥?」
「くっ‥‥!」
後方に飛び退きながら腕を伸ばしての攻撃を、クレイモアの刀身で受け止めるアレックス。
かと思えばそれを弾き飛ばし、続け様にカウンターを試みるも、その一撃は腕を捉える事叶わず。
「‥‥力押しか。貴様は昔からそうであったな‥‥盲目的な余り融通が利かず‥‥ッ!!」
瞬間、飛来した矢を避けるべく、咄嗟に身を捩るリチャード。
だがシャリーアにより放たれた矢は3本。その全てを避けるには、必然的にある程度行動を抑制せざるを得ず。
「今です、アレックス殿!!」
「うおぉぉぉっ!!」
――ゴウン!!!
凄まじい風切り音と共に、振るわれるクレイモア。
だが、それでもリチャードを捉えるには至らず‥‥舞う様に空中に逃れた彼を、目で追うと。
――危ない!!!
「っ!? ホーリーフィールドッ!!」
パリィン――!!
何かが弾ける音と共に、高速詠唱で紡がれた結界が砕け散り、銀麗やフルーレの背後から飛来した矢が地に落ちる。
振り返れば、其処には弓を番える男の姿があって。
「! あれは確か、ライアーズトリオの首領格の‥‥!!」
フルーレが思い出すのは、以前にギルドで見た似顔絵に描かれていた男の顔。
その口元が、ニヤリと吊上がり。
「ッ!?」
――パキィ!!
別の方向から響くのは、再びホーリーフィールドが何かを阻む音。
結界の砕けた後には、一振りのナイフが転がっていて。
「あ〜あ、失敗しちゃったよ」
声と共に、岩陰から姿を見せるのは、一人の少女。
「!? あ、貴女はアンさん!?」
驚き目を見開く冒険者達。だが、その表情には今までに彼女が見せた事のない様な狡猾さが見て取れた。
「違うアル!」
其処に降り立つは、先にホーリーフィールドでナイフを阻んだ美星。次いで、レオンとセオドラフの二人も駆け付け。
「この子はアンなんかじゃない! こいつは、ライアーズトリオの一人が変装して紛れ込んでいた姿だ!」
「な‥‥!?」
「なぁんだ、やっぱしバレちゃってたんだ? 流石冒険者だねー。ちぇっ、でももう少し混乱してくれてればなぁ」
両手を頭の後ろで組みながら、おどけた調子で言うアン‥‥いや、アンに扮していた女盗賊。
「リク、テール‥‥!」
「よう、『L.D.』。さっきまで死にたがってたって割に、随分と元気そうじゃねぇか」
「ホントホント。折角ヒューマンスレイヤーまで使って、お望み通り息の根を止めてあげようと思ったのに‥‥相変わらずつれないなぁ☆」
まるで相手を小馬鹿にした様な口調で言う二人。そんな彼らに、冒険者達は憤りを感じざるを得ず。
「‥‥噂の盗賊達がお揃いで、一体何しに来たッスか? 先の攻撃は、此処を決闘の場と知り及んでの狼藉で?」
「んなもん、俺達の知ったこっちゃねぇ。ただ、裏切り者を始末すんのに絶好の機会と見ただけだ」
「裏切り者‥‥それって‥‥」
「リチャード氏、の事でしょうな」
セオドラフが言えば、二人はニタリと笑みを浮かべ。
「そうそう、もっとも僕達も最近になってその名前を知ったんだけどね。ま、別に興味も無かったから良いんだけど。ね、『L.D.』?」
「‥‥‥‥」
無言のまま立ち竦むリチャード――彼を庇う様に冒険者達、そしてアレックスが立ちはだかり、武器を構える。
「これ以上貴方達の思い通りにはさせないアル!」
美星が声を張れば、僅かに後ずさるリクとテール。
確かに、これだけの冒険者を相手にしながら、リチャードを始末する事など容易ではない筈――。
「! 石の中の蝶が‥‥気を付けろ! 何処かにカオスの魔物が潜んでいる筈だ!!」
逸早く違和感に気付いたのはシャリーア。だが、辺りを見回せどそれらしき姿は無く。
「‥‥否、それは恐らく彼奴‥‥リクに反応しているのだ‥‥」
「――え?」
リチャードの言葉に、目を見開く一同。
そして、次いで告げられた言葉に――。
「‥‥彼奴は‥‥デビノマニだ」
「!!?」
思わず、集められる視線。
デビノマニ‥‥デビルに、否カオスの魔物に魂を捧げた者が最後に至ると言われる姿。
すると、リクは口元をニヤリと歪ませ。
「そう言うこった。今や俺はカオスの魔物同然‥‥この力があれば、お前達なんざ怖くも何ともねぇんだよ。まあもっとも――」
「兄さんが直に手を下すまでも無いんだけどね♪」
「何だと‥‥!?」
――シュッ!
「ぐぅっ‥‥!?」
それは、余りにも突然の事だった。
前方のリクとテールに気を取られる余り、背後からの奇襲に気付ける者は無く‥‥背中に矢を受けたリチャードは、くぐもった声と共に地面に崩れ落ちる。
「リ、リチャードさん!?」
慌てて彼の下に集まる冒険者達。彼等が矢の飛来した方向に目を向けると、そこに佇んでいたのは――。
「な‥‥ア、アステル!?」
アステル・クラディア。アレミラの双子の姉にして、先日までアンの護衛をしていた鎧騎士。
何故彼女が‥‥動揺を隠せない一同に、アステルは怯えた様な表情を見せる。
「ご、ごめんなさいコーチ、皆さん‥‥でも、こうしないと‥‥っ!」
言い終わるが早いか、唐突に踵を返し、その場から立ち去ろうとするアステル。
「ま、待て、アステル! 何処へ行く気だっ!!」
そんな彼女に追い縋ろうとしたレオンを、咄嗟にセオドラフが引き止めた。
「お待ち下され! 今はリチャード氏の介抱が先決です!」
「っ‥‥! だが、このままじゃアステルが‥‥!!」
見れば、彼女は岩場の高台の下に繋いであった馬に跨ろうとしている。
今から追っても、人間の足では追い付く事は不可能だろう。
「彼女は私とアレックス殿がサイレントグライダーで追う! 皆はリチャード殿を!」
「分かったアル! 大急ぎで教会に運び込むアルよ! 此処にあたしが居る限り絶対誰も死なせないアル!」
「では自分のギルガメシュに乗せて行くッス! 空路を辿れば、少しでも早くウィルに着けるッス!」
一同が忙しなく動き回る中、ふとリクとテールの居た方へ向き直るのは銀麗。
――案の定、混乱に乗じて逃走したか、既に其処に二人の姿は無くなっていた。
●勝ち得たもの、失ったもの
「‥‥結局、アステルさんの身柄の確保は叶わず‥‥リクとテールの二人にも逃げられてしまいましたね」
ウィルに帰還するや、ギルドに集まった冒険者達。その中の銀麗が呟けば、仲間達も口惜しげに顔を伏せた。
「アン嬢はやはりライアーズトリオの手の者であった‥‥そこに気付けたまでは良かったのでしょう。ですが、テールの方も自分が疑われて居る事に気付いた為、アステル殿を懐柔する事で手を打って来た‥‥。敵の方が一枚上手であった、と言う事なのでしょうな」
「くそっ! アステルは騙され易そうだと気付いていたのに‥‥! くそっ!!」
悔しげに壁を殴り付けるレオン。そんな彼を見据えるセオドラフの表情も、静かながら途轍もない怒りに満たされている。
「アレミラさんも、凄く落ち込んでたアル‥‥。精霊招きの歌を聞かせてもあげたけど、あんまり効果なかったアル‥‥」
「それは、自分と血を分けた姉があんな事になってしまっては‥‥無理も無いッスよ。けど、何時までも悔やんでいても仕方ないッス。今度奴らと相対する事になったら、必ず彼女を助け出す。その為にも、今後とも鍛錬を怠らない様にするッス!」
フルーレが鼓舞する様に言えば、仲間達の表情にも僅かながら活気が戻って行った。
一方、ウィルの教会前。
石造りの壁に背を持たれながら落ち着かない様子で腕組みをしているのは、アレックス。
やがて礼拝堂へ続く木戸が物々しい音を立てて開かれると、中から現われたシャリーアの下に小走りで駆け寄り。
「‥‥リチャードの様子は如何か?」
「大丈夫、今は体力の消耗の為眠っていますが‥‥矢に塗られた毒が回りきらない内に、レオン殿がアイスコフィンを使ってくれましたし、急所も外してありましたので、命に別状は無い様子です」
「左様か‥‥。後ほど彼には、否、皆にも謝礼を述べておかねば」
「ふふ、そうですね」
微かな笑みを浮かべる二人。‥‥勿論、心の底から笑う事は出来ないが。
だがしかし、少なくともリチャードを助け出す事は出来た。未だ確執が完全に無くなった訳ではなく、過去に犯してきた罪への償いもしなければならないが、それは今後ゆっくり時間を掛けて解決していけば良いだろう。
「目が覚めたら、改めてご挨拶をしなければなりませんね。それと、ルオウ伯にも‥‥」
意味深なシャリーアの言葉。そして、アレックスも心中は同じ。
左手の薬指に輝く守護の指輪。後に返す気ではあったが、その意味を知った今では、外す事叶わず。
言葉少なな二人は、互いに温もりを感じながら、寒風の吹き抜ける街中を寄り添いながら歩いて行った。