【エルフの忠騎士】追跡

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月02日〜12月08日

リプレイ公開日:2008年12月11日

●オープニング

「――これは、どう言う事なのでしょうか?」


 失踪したアレックスの捜索が行われてから数日の後、冒険者達はギルドより緊急の召集要請を請け、カウンターの前に集まっていた。
 訪れた彼らを迎えたのは、数枚の羊皮紙。
 それらの内半分は、前回の調査結果を元にギルドが各所に問い合わせた結果。
 そしてもう半分は――冒険者達の推測の裏付けとも成り得る資料そのものであった。


「これは‥‥ルオウ伯!? エルガルド様からの御書簡ではないか!!」
 一人が手に取ったのは、その中の一際質の良い羊皮紙に綴られた手紙。
 そう、それはイムンはルオウを治める領主でアレックスの主、エルガルドからの物であった。
 内容に目を通してみれば、まず目に付いたのは頭語、事項の挨拶に始まる丁寧な前文。一領主たるもの、こう言った所にも決して手を抜かない様だ。
 その後も暫く丁寧な前置きが続き――そして肝心の主文に目を移した所で、冒険者は驚き息を詰まらせた。
「‥‥これによると、アレックス殿の私室にて、エルガルド様へ宛てた置手紙が見付かったそうだ。とは言え、それはどう言う訳か努めて隠そうとしている様な場所に保管されていたらしいが‥‥。ともあれそれによれば、アレックス殿がアトランティスに訪れたのは、ある者を探す為であったらしい。その者の名は――」

 ――リチャード。

 アレックスの置手紙には、それがどの様な人物なのか、何故わざわざアトランティスにまで追って来たのか等、それ以上に詳しい事情については一切触れられていなかったらしい。
 だがしかし。
「‥‥エルガルド様は、何となく察されておられたそうだ。それが、決して穏便に済む様な問題では無いであろう事。そして、その事実自体を人知れず闇に葬り去ろうとしていたのであろう事‥‥それも、自らの命と共に」
 ――勿論、手紙にはその様な事は一切書かれていなかった為、これはエルガルドの推測に過ぎない。だが、元々分国王に使える一騎士と言う身の上であった彼の経験上‥‥その手紙の文面から、全てを投げ打ち死を覚悟した者の意思を感じたのだと言う
 もしその推測が当たっているのだとすれば、これは言わばアレックスの『遺言状』の様な物と言う事になる。
 成程、そう考えれば、幾つかの彼らしからぬ行動にも説明が付く。
 遺言を既に用意しているから、あれ程義理堅かった筈の男が何も言わずに姿を消した。自らの未だ居る内に見付かってはならないから、遺言状自体も隠す様にしていた。
 恐らくは、前回にアレックスがウィルの街を避ける様にしていたのも、同じ様な理由なのだろう。事が済むまで、冒険者達に自らの所在を割り出される事があってはならないとでも考えていたのだ。
 だがしかし、冒険者達は前回の調査において、既にアレックスの行き先の目星までを付けてしまっている。この手際の良さは、彼にとって明らかな誤算であった事だろう。
「しかし、もしアレックスさんが本当に死の覚悟をしてリチャードさんとやらを追っているのだとしたら‥‥より速やかに、身柄を押さえないといけないッスねぇ」
 手遅れになる前に。
 そしてそれは、エルガルドからの手紙の最後に綴られた、冒険者に対する願いでも会った。


「しかし、リチャードですか‥‥そうなると、『あの説』が更に有力さを増しますね」
 そう呟く冒険者の前に、受付係から差し出されるのは‥‥一纏めにされた羊皮紙の束。
「これは‥‥随分前の依頼の報告書ですな。日付を見るに、丁度天界から数多くの方々がアトランティスにご来訪されて間も無く、と言った時期で御座いましょうか。しかし、これに一体どの様な‥‥‥‥っ!?」
 言葉を詰まらせた一人の視線の先には、その依頼に参加していた冒険者の名簿。
 他の者達も同じくそれに目を通すと――同じく息を呑み、そして硬直した。

『リチャード・ダンデリオン』

「‥‥これはまさか!?」
 冒険者が向き直れば、受付係も深刻な面持ちで小さく頷く。
「出身地や職業、そして人相‥‥様々な方面から確認をして見ましたが、間違いありません。その人物‥‥『リチャード・ダンデリオン』こそが――」
 『L.D.』。盗賊集団ライアーズトリオの一人。
 前回の調査において判明した、アレックスの追い求めている人物。
「――線で繋がりましたな」
 一人の冷静な呟きに、他の者達は未だ目を見開いたまま、小さく頷いた。


「ところで、もう半分の資料は何なんでしょか?」
 と冒険者が尋ねれば、受付係の口から説明されるのは、とある騎士団からの依頼。
 それは一見して、今回の事には全く関与の無さそうな内容であったが。
「‥‥ウィルの街中に、複数の不審人物ですか。依頼人は――先日にお話を伺いに参った騎士団の団長さんで、目撃地点から察するに、恐らくはアンさんを狙った刺客と思われる‥‥」
 アン。ライアーズトリオに脅されスパイとして潜り込み、現在では保護観察を受けている少女。
 尚、その身の上に関してギルドが調査をした所――彼女の証言を元に描き上げられた父親の人相図に合致する人物は確かに実在しており、ウィルにも幾度と無く行商に訪れていたそうだ。(その生業ゆえに、家族構成など詳細な情報までは得る事が出来なかったが)
 そして、現在は消息不明‥‥成程、ライアーズトリオに身柄を拘束されているのならば、それも納得である。
 ともあれ、そんなアンを狙う刺客と言う事は――。
「ライアーズトリオの手の物であると見て、間違いは無い。ともすれば、『L.D.』の足取りを追う手掛かりにも成り得る‥‥そう言う事ッスね」
 冒険者の問い掛けに、大きく頷く受付係。

 ――どうやら、今回は幾つかの調査を同時にこなす必要があるらしい。
「今回もまた大変ですね‥‥。けれど、やると決めた以上、やり通さない訳にはいきません」
 一人の言葉に、他の者達も力強く頷くのであった。



 ***

 例の絵に関しては、発見次第一切の痕跡を残さず処分して下さい。

 ウルティム・ダレス・フロルデン

 ***

 ↑完全に忘れ去られた依頼書。

●今回の参加者

 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4286 鳳 レオン(40歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●それぞれの目的
「アレックスさんはやはり『L.D.』を‥‥」
 相談の間際、ふと顔を伏せながら呟くのはフルーレ・フルフラット(eb1182)。
「アレックス殿がエルガルド様の下に残した書簡、ギルドに残っていた記録、そして『ダンデリオン』と言う性‥‥もはや疑う余地は無い」
 ただ、だからと言ってその背後にどの様な確執があるのか――それこそ、自らの手で決着を付ける上で『遺言』に近い様な書状を残す程に。
 シャリーア・フォルテライズ(eb4248)が思考を巡らせながら顔をしかめる横で、それでもいつになく凛とした表情のフルーレは。
「まだ今の段階ではどんな因縁があるのかはわかないッスけど、さっさと見つけて本人に問いただしましょう。ええ」
 そう言って、シャリーアの肩を優しく叩いた。

 そんな遣り取りの横で、今までもたげていた顔を上げるのはセオドラフ・ラングルス(eb4139)。
「‥‥ときに、先日の決闘によって『L.D.』から取り返したゴーレム関連の書類‥‥あれは奪われなかった半分と一緒に保管されるのでしょうか?」
「そうッスね、前回尋ねた時にはそうしてたと思うッスけど‥‥どう言う事っすか?」
 フルーレが言えば、セオドラフは静かに目を見開き。
「‥‥件の決闘の際、まるで『L.D.』はわざと書類の半分を回収させたようでした。もしや彼奴等は奪った方の書類を目印にし、バーニングマップのような魔法や天界アイテム等で場所を特定した上で、全てを奪う算段かもしれませぬ」
「なるほど‥‥考えられなく無い話だな。決闘の時にもあいつは何も仕掛けて来なくて、逆にこっちが拍子抜けした位だし‥‥それも全てその為の布石と考えれば、色々と納得がいく」
 鳳レオン(eb4286)も彼の推測に同意する様に頷く。
 だとすれば、詰所付近で目撃されたと言う不審者がライアーズトリオの手の者ならば、その真の目的はアンの始末ではなく、セオドラフの言う通りゴーレム関連資料の奪取なのかも知れない。
「‥‥それにしても、『L.D.』は大いなる父の徒たる神聖騎士なのですよね? 黒の教えに従う者が悪事をなしているとは、悲しい事ですね」
 顔を僅かに伏せながら言うのは白銀麗(ea8147)。
 その表情には、言葉通りの悲愴感に憤慨、そして困惑など、様々な色が見て窺える。
 自らが祖国の仏教においての『天』に遣える忠実な徒であるが故、それと同系と見なされる力を悪行に振るう『L.D.』の事が、浅ましく思えて仕方ないのだろう。
「それに、アンさんの事も気掛かりですし‥‥これ以上、彼らの思い通りに事を進ませる訳にはいきませんね」
「ああ、何よりアンの命が狙われているなら、見捨てる事はできない。‥‥ただ、『L.D.』は魔法で姿を変える事ができるから、どんなに厳重に警戒されている所でも安心できないのが厄介だな」
「一先ず、今回は手分けして動くにしても、本人確認を徹底した方が宜しいでしょうな」
 シャリーアの言葉に頷くと、その為の手段を幾重にも講じる一同。

 かくして、事前の準備も万全となり、冒険者達は揃ってアンの保護されている騎士団の詰所へと向かうのであった。



●肩透かし
「‥‥体調を崩して伏している?」
 訪れた冒険者達を迎えるのは、双子の鎧騎士姉妹のアステルとアレミラ。
 彼女達から聞かされた事実に、レオンは訝しげな表情を浮かべる。
「ええ、季節の変わり目で風邪をひいてしまったらしく‥‥。お医者様に診て貰った限りでは、暫く安静にしていれば治るそうなので、今は部屋で眠らせています」
「そうですか‥‥」
 レオンに銀麗、そして他の者達も皆が顔をしかめ、思わず察しの悪いアステルは首を傾げた。

 ――話は冒険者達が詰所に訪れる前まで遡る。
「ライアーズトリオは、アンさんを始末するべく暗殺者を遣している、と思われるッスよね? けれど、よくよく考えてみれば、彼らには最早リスクを冒してまで命を狙う理由は無い筈‥‥」
 道中でふと呟くフルーレの言葉に、一同の表情が強張る。
「‥‥もしや、抹殺ではなく、救出?」
「その可能性も無きにしも非ず、だな。もしくは、彼らにとって脅迫しているだけでは安心できず、すぐに抹殺すべき秘密でも抱えているか‥‥」
「どちらにせよ、アンさんに疑いを抱えたまま守るのでは迷いが生じます。隠し事があればそれらを全て明るみに出すべく、尋問している間にリードシンキングでこっそりと思考を確認しますよ」
「おお、それはありがたいですな。確か魔法での調査は始めての筈でしょうから、何かしら手掛かりが掴めるやも知れませぬ」
「ええ、彼女の疑いはできれば早めに晴らした方が良いですしね。私も無邪気にお菓子を食べているあの娘を見てる方が心が和みますから。お任せしますよ、白殿」

 ――――。

「‥‥どうにかお会いする事は叶いませんか? 出来る限り早い方が望ましいのですが‥‥」
 シャリーアが尋ねれば、アステルは困った様な表情を浮かべ、アレミラは静かに目を閉じながら首を横に振る。
「残念ながら‥‥。見た目にも大分体力を消耗している様子でしたし、加えてお医者様の話によると感染力の比較的強い病気らしく、ある程度回復するまで極力人との接触を避けた方が良い、と‥‥」
「それで団長の命令で、騎士団の中でも今の所アンちゃんとの接触を許されて居るのはアレミラちゃんと私だけなんですよ。それに不審者の事もあって‥‥あ、いえ、皆さんを疑ってる訳じゃ無いんですよ? でも、今は色々な事が重なっちゃってますし‥‥お話を聞くのは、少しだけ待って欲しいです」
 ――冒険者達の背後では、気付かれない様に黒く淡く身体を光らせ、黒の神聖魔法を発動する銀麗。
「‥‥どうやら、お二人の言って居る事は本当の様ですよ」
 彼女の言葉に、仲間達は頭を抱えてしまう。
「まあ、それならそれで期間中に何とか回復する様、祈るしかないか。その間、俺達は詰所の外の警備を受持つとしよう。それなら問題ないだろ?」
「はい、勿論です! コーチが居てくれると、とっても心強いです♪」
 満面の笑みを浮かべながら言うアステルに、頬をポリポリと掻くレオン。
「それに、資料の事もありますし‥‥何よりもアレックス殿や不審者の足取りを追ったりと、するべき事は尽きませぬ。今の内に出来る事は全て済ませておくに越した事は無いでしょう」

 と、言う訳で。
 アンの護衛はクラウディア姉妹にレオン、そして銀麗に任せ、セオドラフは不審人物の調査を、シャリーアとフルーレの二人はアレックスの捜索を行う事となった。
「いざと言う時には、アンさんにも気を付けて下さいッス。未だ疑いが晴れた訳じゃないッスから‥‥」
「それと、もし宜しければこれを。アン殿の緊張を解すのに使えるでしょうし、いざと言う時には犬に匂いを追わせる上での目印にもなるでしょう」
 割符により貸し出されたサイレントグライダーとグリフォンを駆ってウィルを発つ間際、そう言ってシャリーアが仲間達に手渡すのはクリスマスキャンディー。
 かくして空へと飛び立って行った二人を見送ると、他の冒険者達も各々の持ち場へ着いて行く。

 ――その様子を、物陰から窺う気配に気付いていた者は、唯一人だけ。



●騎士を追って
「‥‥あ! ギルガメシュ、ここで降りるッス!!」
 背に跨る主人の声に、翼を下げて滑空の体勢を取るグリフォン。
 グライダーを駆るシャリーアが一足先に降りていた場所に残されていたのは、比較的新しい野営の跡。
「まだ暖かい‥‥恐らくは、昨晩は此処で夜を明かしたと思われるッス」
「そうだな。決闘場を発ってからゴブリン事件で防衛した村へ立ち寄って、そして他の盗賊による被害地域を点々と回り‥‥どうやら、大分近付いて来た様だ」
 何しろ、活動地域を絞られない様にしている為かライアーズトリオの出没現場と言うのは一箇所一箇所がかなり離れており‥‥それらを効率よく回るとなると、必然的に辿るべきルートは限られてくる。
 故に、彼女達がアレックスを追う上で、彼の通ったであろう道筋を割り出す事自体はとても容易であった。
 それでも万一入れ違ってしまった場合の為に、行く先々でフルーレが『盗賊が騎士団に匿われた少女を狙っているらしい』と言った情報を流して回っている為、いざと言う時は王都に残った仲間達が彼の身柄を抑えてくれるだろう。
 もっとも、今目の前に残されている痕跡を見た限りでは‥‥その必要も無さそうではあるが。

「‥‥‥‥」
「‥‥シャリーアさん?」
「ん‥‥ああ、済まない。少し考え事をしていただけだ‥‥」
 そう言うシャリーアの表情は、何処か虚ろ。
 普段は明るく、それでいて合理的な思考の持ち主の彼女。
 今回の騒動においてもそれは変わらず、唯ひたすらアレックスを探し出す為、精力的に活動を続けていた。
 ――それでも、やはり心配に思う所があったのか。
 仲間内では比較的アレックス・ダンデリオンと言う人物を良く知る彼女であっても‥‥いや、彼女であったからこそ、彼らしからぬ今回の行動の数々に、不安を抱いていたのかも知れない。
「‥‥大丈夫、アレックスさんは絶対止めるッス。例え死ぬ事をも厭わぬ覚悟を以って居たとしても‥‥否、だからこそ、自分達の想いが彼の意思に劣る筈が無い‥‥劣ってはいけないッス」
「‥‥ああ、そうだな。私も、アレックス殿にはまだまだ言うべき事が言い切れない程ある。‥‥このまま行かせてなるものか」
 フルーレの言葉は、シャリーアを再び奮起す。
 二人の女騎士の想いは、形違えど向かうべくは同じ。

 ――迷ってはいられない。



●追跡者
 人通りの多い白昼のウィルの街道を、一人歩くエルフの騎士。
 セオドラフである。

 まず初日に彼は懸念事項を確かめるべく、シャリーアとフルーレの二名を見送った足で騎士団長の執務室を訪ねた。
 即ち、先日奪還した資料に、細工が施されていないか否かである。
 だが、結果は――白。
 これが偽造された物と言う事も無ければ、特に怪しげな物が仕込まれている形跡も無く、加えて羊皮紙と言う素材や回収されてから相応の日数が経って居る事も相まって‥‥何かしら計略ありきでこれをわざと回収させた、と言う可能性は極めて低そうだと言う結論に至った。
 だが、その事実が尚更冒険者達を困惑させた事は、言うまでもない。
 『L.D.』ひいてはライアーズトリオの真の目的は、一体何なのか。

『‥‥決闘は貴様らの勝ちだ‥‥。だがしかし、我は未だ、貴様らに裁かれる訳にはいかんのだ‥‥』

 セオドラフが思い起こすのは、決闘の末に『L.D.』が残して行った言葉。
 その時彼自身は意識を失っていた為に、事後に報告書や仲間の口伝で聞き及んだのみであるが‥‥その言葉を思えば思う程に、やはり何かしらの策謀が今この時にも、不可視の場所で蠢いている気がしてならない。
 胸糞の悪さ、身体の上を取り払う事叶わない蟲が蠢いている様な不快感を、首を振って払いながら――。

(「‥‥やはり、着いて来ている様子ですな」)

 人通りの比較的少ない路地に入り込んだ所で、ふと長い耳を澄ませて意識を向けるのは、自分よりも大分後方を往く何者かの足音。
 たまたま依頼初日から彼や仲間の冒険者の様子を物陰から探っていたと思えば、この日もたまたま数時間前から聞き込み調査をするセオドラフと同じ道を通り、たまたま彼に着かず離れず歩いていた通りすがりの人物。
 ――と、片付ける訳にもいかなそうだ。

 ごく普通の格好でわずかに不自然な行動をとる者なら、『L.D.』かその配下。
 逆に、明らかに不審な格好をして不自然な行動をとる者は、『L.D.』の足取りを追うアレックスかも知れない。
 不審者については、事前にその様な予測をもってして臨んでいたセオドラフ。だが。
(「アン殿や資料を狙うでもなければ、詰所近隣に張り付いて『L.D.』についての調査をするでもなく‥‥私に着いて回るとは、一体どの様な所存でしょうか?」)
 流石に、この事態は冷静さに定評のある(?)セオドラフにとっても、予想外であったらしい。
 現状で分かって居る事と言えば、追跡者に彼を害する意志‥‥即ち殺意は、今の所無さそうだと言う事だけ。
 だが、それも一度隙を見せればどうなったものか分からない。
 セオドラフは冷静な面持ちで緊張感を抑えながら、溶け込む様に人気の無い路地裏へと足を進め――。


「此処ならば、邪魔は入りますまい」
「‥‥‥‥」
「――お聞かせ頂けますかな? 貴殿は何処の誰なのか‥‥そして何用で、私の後を尾行ていたのか」



●やくそく
 ――はい。私は聖夜を、貴方とご一緒したく――
 ――当日を楽しみにしておりますよ――
 ――アレックス殿。

 アレックス殿――!!

「‥‥む? ‥‥いかん、眠ってしまっていたか」
 むくりと、上体を起こすアレックス。
 ――刹那、身体中に痛みが走り、顔をしかめる。
 ‥‥寝惚けているのか、どうやら状況が飲み込めていないらしく、虚ろな目で身体中の痣と治療の痕と、すぐ横で燃えている焚火を見比べながら。
「‥‥そうだ、殆ど休む事も忘れて進んでいたが故、乗馬中に‥‥」
「ええ、道中に傷だらけの貴方を見掛けた時には、何事かと思いましたよ」
「けど、一通り手当ては済ませておいたッス。もう心配ないッスよ♪」
「左様か。世話をかけたな‥‥」
「なんのこれしき。寧ろ思っていたよりもずっと元気な様子で、安心しました」
「そうか――――って」

「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」


 The☆間。


 と言う訳で、無言のまま簡素な朝食を済ませた三人――即ちフルーレにシャリーア、そしてアレックス。
 あからさまに不貞腐れた表情を浮かべながら、自らにリカバーを掛け落馬時の傷を治療する彼を前に、口を開くのは。
「‥‥どうして、何も言わず行かれたのです?」
「‥‥‥‥」
 答えは無い。それでもシャリーアは構わず続ける。
「勝手ながら、色々と調べさせて頂きました。アレックス殿の目的の事、『L.D.』ことリチャード・ダンデリオン殿の事――そして、彼を捜す上で死の覚悟をもなさって居る事も」
「な!? そ、それは‥‥‥‥!!」
「違うと仰いますか? 何ならば、伯爵様が私達に当てた書簡もあります。それを読んでも尚、否定なさる事は――貴方には出来ないでしょう?」
「‥‥‥‥」
 それは、彼と同郷のフルーレから聞いた話が故。即ち、神に遣え戒律を忠実に遵守しようとする者であれば、平気で嘘を吐く事は出来ないのだ。
 案の定、押し黙ってしまうアレックス。そんな彼に――シャリーアは、大きく溜息を吐きながら、続ける。

「‥‥何故リチャード殿を追われているか存じませんし、話したくないのでしたらあえて問いません。しかし、死を覚悟して一人で行かれるとかは納得いきませんよ、私は『約束』をまだ果たして頂いてないのですから! ‥‥『約束』が何かお忘れなようなら、ブチのめしますよ!?」

 気付けば、声を荒げてしまっていた。その剣幕は、今にも彼に掴み掛かりそうで――そして、目にはいつしか一杯に涙を溜めていて。
「‥‥‥‥忘れてなどいない。忘れよう筈が無い‥‥」
 そう答えるアレックスの顔面は蒼白。いつもの凛と胸を張る彼の姿は、今此処には無い。

「忘れていないのならば――。騎士ならば、一度した誓いは果たさなければ」
 ふと、今まで口を閉ざし、成り行きを見守っていたフルーレが口を開く。
「為さねばならぬ事があるのだとしても、死ぬ覚悟ではなく、生き抜く覚悟で以て行くべきです。自分は、貴方と今まで面識こそありませんでしたが‥‥それでも、見知らぬ人なれど死にに行く者を見殺しになど出来るものですか! そんなのは自分は‥‥『私』は、許さない。絶対に‥‥!」
「私は‥‥‥‥」
 言葉を詰まらせ、ひたすら俯く彼。
 何時になく凛々しい表情で立ち尽くすフルーレ、そして――涙を抑えたシャリーアの表情は、寧ろ何処か据わっていて。
 彼女達を前に、アレックスは拳を強く握り締めると――。

「‥‥すまなかった。貴殿達の言う通りだ、私はリチャードを刺し違えてでも討つ覚悟をしながら、心のどこかで死に逃げをするつもりで居た‥‥。どうか私を‥‥許して頂きたい」
 そう、はっきりと告げるのであった。



●疑惑の少女
 ――未だ日中だと言うのに、薄暗い室内。
 その中央に佇む卓越しに、向かい合うのはレオンと――話を聞けるくらいまでに体調を回復させたアン。
 真剣な表情で彼女を見据えるレオン、その眼差しには何処か威圧感さえも感じられて。
 その空気にすっかり縮こまってしまったアンは、緊張の余り渡されたクリスマスキャンディーを手の中でくるくるとしきりに回していた。
「すまないな。病み上がりだと言うのに、無理を言って時間を取らせてしまって」
「い、いえ、ちょこっと辛いですけど、そうも言ってられないし‥‥」
 そう言うアンの顔色は見るからに悪い。これは早く済ませた方が彼女の為だと、状況が状況にも関わらず考えてしまう辺り、やはりそこは最強のフェミニスト、鳳レオン。
「それじゃあ、これから一つずつ質問をするから‥‥正直に答えてくれ」
 彼がそう言うと、思わず顔を強張らせるアン。その表情に浮かんで居るのは――恐怖。
 それは、やはり盗賊に始末されかねない機密事項を知らされている故か。それとも――。
「‥‥大丈夫だ、例え賊が報復してこようとも、俺達が必ず護る。だから安心して、知っている事全てに答えてくれ」
 そこまで言うと、一つ大きく息を吐くレオン。
 ――その間際、チラリとアンの身体越しに向こう側の木戸を見遣ると、すぐその視線を正面で萎縮しきってしまっている少女に向け。そして、思わず申し訳ないと言う気持ちに苛まれる。
 まあ、ともあれ此処は心を鬼にして。
「じゃあ、最初の質問だ。アンは、盗賊団‥‥ライアーズトリオとは脅されていたと言う以外で、何か関係があるのか?」

 レオンが、アンへの尋問を始めたのと同じ頃。
 その部屋の入口の前には、銀麗の姿があった。
 木戸を僅かに開き、その隙間からアンの姿を確認しながら、唱えるのは黒の神聖魔法、リードシンキング。
 これにより表層思考を読み取る事で、彼女が尚も嘘を吐いていないか確かめようとしているのだ。
 余談だが、本来であればこれは隣室等から壁越しに試みようとしていたのだが、適当な部屋が無かった故、止む無くこうして扉越しに息を潜めていたりする。
 ともあれ、読心の魔法の効果により、レオンの質問におずおずと答えている彼女の考えて居る事が伝わって――。

(「――伝わって、来ない?」)

 思わず、銀麗は目を見開く。
 おかしい。そんな筈は無い。
 何しろ、発動したのは銀麗の実力を持ってすれば容易い難易度の魔法。例え高速で詠唱をしたとしても、失敗する事は有り得ない。
 ――抵抗された?
 そうだ、それしか考えられない。
 ならば、もう一度掛け直すだけ。
 気を取り直して、再度読心の魔法を唱える銀麗。

(「‥‥また? おかしいですね、見た目にはそれ程抵抗されそうには思えないのに‥‥」)

 怪訝な表情で、アンの後姿を見据える銀麗。
 ともあれ、成功するまで何度でも唱え直すしかあるまい。
 と、気が付けば思わぬテンポの良さで問答は進み、気が付けばレオンと銀麗の二人が同じく疑問に思っていた内容の質問が出されていた。
(「せめて、これだけは読み取っておかなければ‥‥!」)

「それじゃあ、次の質問だ。今この期に及んでも、君の身柄は奴らに狙われている事は知っていると思うが‥‥例えば何かしら秘密を握っているとか、そう言った理由に心当たりは無いか?」
「秘密‥‥?」

(「――なっ!?」)
 思わず、扉の向こうで銀麗は戦慄する。
 成就した魔法、抵抗されずに読み取れたアンの表層思考。
「ライアーズトリオの首領がカオスの魔物と交流を‥‥まさか!?」
 その内容に気を取られる余り‥‥彼女は気付いていなかった。

 ――レオンの背後に在る窓、その戸が僅かに開かれている事に。



●邂逅
 ――ウィルの街中を、セオドラフはひたすらに駆け抜ける。
 その足の向かう先は、レオン達の居る騎士団の詰め所。

 話は少し前に遡る。
「!? あ、貴方は‥‥!!」
「‥‥久しいな。その節は世話になった‥‥」
 路地裏において、自らの後を尾行していた者と対峙するセオドラフ。
 その顔を覆っていたフードが取り除かれると――ほぼ反射的とも言える動作で、彼は身構えた。
 無理も無い。何しろ、その人物は。
「『L.D.』‥‥いえ、リチャード・ダンデリオン!!」
「‥‥そこまで突き止めていたか‥‥」
 意外そうな言葉とは裏腹に、『L.D.』は眉根一つ動かさない。
 そんな彼に、セオドラフは依然として鋭い眼差しを向けつつ。
「‥‥貴殿からこの様な形で接してこようとは。思いも因りませんでしたな。一体どの様な風の吹き回しですかな?」
「‥‥小娘を抹殺する上での邪魔者を、各個撃破する為‥‥そう言ったら、如何する‥‥?」
「――知れた事っ!!」

 ガイィン――!!

 瞬間、セオドラフのレイピアによる一閃が、両刃の剣によって受け止められていた。
 狭い空間に響く金属音と共に、二人は距離を取り――そして、互いに構えを解く。
「‥‥戯れ、ですかな?」
「‥‥知れた事」
 今の一手で、この場では互いに本気で遣り合う気が無いと悟ったらしい。
 どちらとも無く、武器を収めるセオドラフと『L.D.』。
「では、それこそ貴方の目的は何なのです? まさか、今更ゴーレム関連資料の片割とも言いますまい」
「‥‥‥‥それは、既に我とは関係の無い話‥‥‥‥。我の目的は唯一つ‥‥先の決闘の直後より、貴様等が捜しているであろう者の事だ‥‥」
「――なんですと? それは、もしや‥‥!」
 彼の口から出て来た言葉に、思わず目を見開くセオドラフ。構わず、『L.D.』は続ける。
「‥‥首尾よく奴と会う事が出来たならば、伝えて欲しい。我が『あの場所』にて待っている事を。‥‥そう、貴様も良く知る『あの場所』だ‥‥」
 言い終わると、踵を返し立ち去ろうとする『L.D.』。
 だが、このままみすみす逃がす訳にも行かない。セオドラフは、彼に向かって飛び掛かり――直後、その視界が闇に包まれた。
「くっ‥‥待ちなさいっ!!」
 耳を澄ませてその足音を辿ろうとするも、ミミクリーを使って逃げているのか、何も聞き取る事が出来ない。
 口惜しげに歯噛みする彼の頭上から――ふと、声が響いた。
「‥‥そう、言い忘れていたが、忠告をしておこう‥‥」

 ――『L.D.』の忠告は、アンの身の危険を知らせるものであった。
 即ち、護衛をする冒険者の少ない今と言う機会を逃す筈が無いと言う事。
 そして――ライアーズトリオの手の物だとすれば、間違いなく備えているであろうその余りにも『危険な装備』について。
「くっ‥‥間に合えっ!!」



●襲撃
「!? レ、レオンさんっ!!」
「――っ!?」

 ヒュンッ――!

 微かな音を立てて飛来した何かは、アンを庇う様にして咄嗟に広げられたレオンの右腕に突き刺さる。
 窓枠から差し込む外光により煌くそれは、小さなナイフであった。
 一見して、大した殺傷能力も無さそうな武器。――だがしかし。

「ぐ、ぁっ‥‥!?」

 左腕から伝わってくるのは、彼の想像を遥かに上回る激痛。
 ――毒か?
 いや、違う。毒にしては、効果が出るのが余りにも早過ぎる。

「――ブラックホーリー!!」
 次の瞬間、開け放たれた扉から飛び込んで来たのは、黒い光。
 それは窓の向こう側に居る者にダメージを与えたらしく、次いで聞こえて来るのは呻き声。
「レオンさん、アンさんを!!」
 銀麗の声で漸く今自分のすべき事を悟ったレオンは、アンに向き直り――そして、その身体が氷に包まれた。
 水の精霊魔法、アイスコフィンである。
「アン、キミの命を守るためなんだ」
 そう、魔法の氷塊に包まれたこの状態であれば、傷付けられる事も無ければ賊に脅される心配も無い。
 すると、窓の向こうの襲撃者もそれを悟ったらしく、一つ「チッ」と舌打ちが聞こえたかと思えば、足音が逃げる様に遠ざかって行った。
「待て、逃がすか!!」
 腕から抜き去ったナイフを放り投げ、傍らに置いていた2m程の弓、オークボウを掴むと、銀麗と共に窓から抜け出て行く。
 だがしかし、その間にも敵は足を止める事無く、路地裏を一目散に駆け抜け詰所から遠ざかって行く。
 このままでは見失って――。

「そう、まさにそこだけが邪魔だったのです‥‥くらぇ!」
 逃走するのは二名の襲撃者。彼等が三方向に分岐した道に差し掛かった瞬間、突如眼前の壁が砕かれ――そして、飛来した稲妻の矢が一人の足に突き刺さった。
 もう一人の方は突然の出来事に目を見開き、悲鳴を上げながら足を押さえ転げまわる相方を見遣る。その前に、立ちはだかるのは壁を砕いたアレックスと――その影から飛び出るフルーレ。
 このままでは逃げる事叶わないと見たか、襲撃者はローブの裏から長めの曲刀を抜き放ち、素早い動作でフルーレに斬りかかって来た。
 フルーレもそれを待っていたとばかりに白銀の篭手を構え、攻撃を受け流す構えを――。

(「‥‥レミエラ!?」)
「うぐっ‥‥!」

 身を捩り、完全に攻撃を受け止めた筈だった。
 だがしかし、どう言う訳か受けた部分から伝わってくるのは、僅かなれど鮮烈な痛み。
「気を付けろ! そいつの武器には‥‥スレイヤー効果が付いてる!!」
「スレイヤー効果‥‥まさか、ヒューマンスレイヤー!?」
 襲撃者の背後から銀麗と共に合流してきたレオン、そして告げられた彼の言葉に、驚き目を見開くシャリーア。
 ヒューマンスレイヤー。その名の通り、人の命を奪う為だけに効果を発揮する、忌まわしき能力。
 すると、襲撃者はその通りとばかりに下卑た笑みを浮かべ――る頃には、フルーレのカウンターアタックにより吹っ飛ばされていた。
 地面に叩き付けられ身悶えながら、敵わないと見たか武器を放り出し、銀麗達により取り押さえられた相方には見向きもせず一目散に逃げ出そうとする彼――の正面は。

「逃しはしませぬぞ!!」

 立ちはだかるセオドラフにより退路を塞がれ。
 その後さしたる抵抗も出来ないまま、襲撃者達は呆気なく捕縛されてしまうのであった。


 縄で身動きを封じられた二人の男を前に、立ち並ぶ冒険者達。
 恐らくは彼らこそが、詰所近辺で目撃されたと言う不審人物に他ならないであろう。
 問い質すべき事は、沢山ある。まずはとばかりに、二人の前に歩み出る銀麗。
 ――それと同時に、シャリーアが石の中の蝶に視線を落としたのは、全くの偶然と言って良いだろう。

「――!? 危ないッ!!」

 咄嗟に飛び出して、銀麗を突き飛ばすシャリーア。
 直後、彼女の居た場所を二本の矢が通り抜け――次の瞬間には、それは襲撃者達の喉下に一本ずつ刺さっていた。
「なっ‥‥!?」
 冒険者達が驚き振り返るも、既に矢を放った者の姿はない。
 ‥‥当然の如く、矢を受けた二人は手当てを受けるまでもなく、事切れていた。

 ――アレックスを見付け出し、アンを襲撃者から護り抜き、『L.D.』と接触する事でその大まかな目的を知る事も出来た。
 そう、依頼の目的は十分『過ぎる』程に達する事ができたのだ。
 だがしかし――それと同時に、姿を現した強大な敵。
 これは既に、アレックスとリチャード、二人だけの問題で済ます訳には行きそうもない。

 今は唯、来るべき時を待つばかり――。