【鬼神】雷

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:07月17日〜07月24日

リプレイ公開日:2008年07月26日

●オープニング


 ぽつり。
 額に落ちた水滴に眼が覚めた。
 うっすらと眼を開ける。
 真っ暗だ。何も見えない。とろりとした闇が辺りを覆っている。
 ここは、どこだ?
 自身に問うてみるが、まるでわからない。また暗闇の為に検討もつかない。ただひやりとする湿った空気と、剥き出しの土の感触があった。
 ともかくもじっとしているわけにはいかない。
 身を起こした。身体中の節々が痛い。筋肉も悲鳴をあげている。かなり長い間眠っていたようだ。
 足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。どうやら広さは十分にあるようだ。
 足を踏み出す。と――
 何かが足にあたった。
 硬いもの。金属だ。
 手探りで拾い上げ、あらためて持ち直してみると、どうやらそれは棒のようなものであった。
 どういうわけか手にしっくりと馴染む。まるで身体の一部ででもあるかのようだ。
 その時、風を感じた。
 惹かれるように歩き出し――
 やがて、光を見た。


 瑛太と宇美は樹海に入り込んでいた。
 そこは青木ヶ原樹海。富士裾野に広がる大原始林である。
 数ヶ月前、青木ヶ原樹海には死霊や黄泉返りが満ち溢れていた。が、冒険者の活躍により、現在においてはよほど深く樹海に入り込まない限りは死霊を目撃する事はない。それで樹海周辺は子供達の格好の遊び場となっているのであった。
 が――
 瑛太と宇美は知らなかった。樹海の中に潜んでいるモノは死霊だけではない事を。
「もう帰ろうよ〜」
「何云ってんだよ」
 着物の端を掴む宇美を、瑛太は馬鹿にしたように笑った。
「まだ来たところじゃないかよ。恐いのか」
「恐くなんかないもん」
「だったらいいだろ」
 宇美を引っ張るようにして瑛太は歩き出し――
 すぐにぴたりと足をとめた。
 前方で何か音がする。重なる木々の為に見通しはきかないが、確かに何かが近づいてくる。それもものすごい速さで。
 宇美が瑛太にしがみついた。
「瑛ちゃん‥‥」
「だ――」
 いじょうぶ、と瑛太が答えようとした時だ。何かが飛び出してきた。
「わっ!」
 驚いた瑛太と宇美が尻餅をついた。と同時に、二人は飛び出してきた何かの正体を見とめている。
 猪だ。かなりの大物である。
「な、なんだ‥‥」
 瑛太がふっと息をついた。そして気がついた。宇美がまだ恐怖の表情を浮かべている事に。
「大丈夫。猪だって」
「‥‥」
 無言で宇美が指をのばし――
 振り返り、瑛太の顔が恐怖で歪んだ。
 そこに、異様なモノがいた。
 黄色く底光りのする眼。耳まで裂けた口からは獣のもののような牙が覗いている。身の丈は八尺を越しているだろう。鋼をよりあわせたような筋肉をまといつかせている。そして――
 額からは二本の角がぬらりと生えていた。
「お、鬼――」
 瑛太の口から喘ぐような声がもれた。
 刹那だ。鬼の血筋のからみついた眼が爛と光った。そして鬼のもつ棒がぶんと唸った。
 それは空間すらひしゃげかねぬ勢いで瑛太の頭蓋に薙ぎおろされている。無論恐怖に硬直した瑛太がかわしえるはずもなく。一瞬後、瑛太の頭蓋は西瓜のように爆ぜ割れて――
 鋼と鋼の相打つ音を響かせて、鬼の棒が瑛太の頭上でとまっている。横からのびた、金色の金棒によって。
 はっとして瑛太は金色の棒の主を見た。
 それは人のように見えた。着物を纏った体躯は、鬼には及びもつかないが、かなりの大きさである。おそらくは八尺近くあるだろう。
 相貌は野性的であるが、端正といえなくもない。煌く金色の瞳が印象的であった。
 ただ――
 金色の金棒の主の相貌に、常の者にはないあるモノを見出して、瑛太の顔が再び歪んだ。
 そのモノとは、角だ。鬼と同じ――いや、さらに巨大な二本の角が金棒の主の額には確かにあった。
「ひ――」
 悲鳴をあげようとして、瑛太は異変に気づいた。鬼の様子が変なのである。
 鬼は全身を小刻みに震わせていた。おそらくは渾身の力を棒に込めているのだろう。
 が、対する金棒の主は平然と、右腕で金色の金棒を支えている。
 驚くべし。金棒の主は、鬼の棒をたった片腕一本で受け止めているのであった。
 その瞬間、鬼が飛び退った。もしかすると動物的ともいえる直感で、天と地ほどの力量の格差を悟ったのかもしれない。
 鬼が背をかえし逃走にうつった。遠くなるその背を一瞥すると、金色の金棒の主は瑛太に手をのばした。
 ――殺される!
 瑛太は眼を閉じた。
 そして、幾許か。
 何事も起こらぬ事に気づき、瑛太が再び涙に濡れた眼を開けた。
 その前、金色の金棒の主は手を差し出ている。瑛太が眼を閉じる前と同じ姿勢だ。
「立てるか」
 金色の金棒の主がニッと笑った。


 冒険者ギルドの手代が、依頼書を掲げてみせた。
「依頼でございます。駿河に鬼が現れたとの事。退治でいただきとうございます」

●今回の参加者

 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1276 楼 焔(25歳・♂・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2364 鷹碕 渉(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

蛟 静吾(ea6269)/ キドナス・マーガッヅ(eb1591)/ ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)/ エリザベート・ロッズ(eb3350)/ 常盤 水瑚(eb5852)/ ツバメ・クレメント(ec2526)/ アナマリア・パッドラック(ec4728

●リプレイ本文


 眩しいほどの夏空を見上げ、ジェシュファ・フォース・ロッズとエリザベート・ロッズは慨嘆した。フライングブルームとババ・ヤガーの空飛ぶ木臼を使って駿河まで赴き、情報を得ようとの目論みであったが、やはりたった一日での往復は無理で。
「仕方あるまい」
 切って捨てるように呟いたのは、五尺ほどの背丈の、十四、五ほどの年頃の少年であった。しかし――
 この少年、名は鷹碕渉(eb2364)というのだが、もし彼を見た者がいたなら首を捻るに違いない。その落ち着きぶりに、である。
 それもそのはず、いかに若く見えようとも渉の実年齢は二十歳であった。その精神は外見を裏切って遥かに深い。
「では、いってくる」
 ぼそりと告げると、渉は銀嶺という名にふさわしい白馬に跨った。
 その姿をちらりと見遣り、すぐに蛟静吾は盟友たる風守嵐(ea0541)に眼を戻した。
「鯉ヶ滝です」
 静吾は告げた。
 彼が以前にかかわった依頼。その時、暗躍する修験者どもは鯉ヶ滝に地蔵菩薩を封じていた。すでにその封印は解かれているが、もし鬼の巣窟があるとするなら、その地である可能性が高い。
「承知」
 短く答えた嵐であるが、その顔色がやや変わっている。達人級の隠密能力を有する嵐が。
 信じられぬものを見るように眼を見開かせ――すぐに静吾はその理由がわかった。
 嵐の傍に、一人の娘が立っている。細身で、理知的ともいってよい顔立ちの美しい娘だ。
 ステラ・デュナミス(eb2099)という名のウィザードと聞いたが、その衣服は‥‥静吾は苦笑した。
 ステラの身形は巫女装束であった。その胸元から、おさまりきらぬ桃のような二つの膨らみがはみ出ている。
「鬼とは。‥‥なかなかかしぶとくて厄介な相手ね」
「あ、ああ」
 短く応えを返すと、逃れるように嵐が歩き出した。後にはきょとんとしたステラが残されているばかり。乳房に浮いた汗がきらきらと光っていた。


 東海道を西にのぼり、駿河に逸早く辿り着いたのは木賊崔軌(ea0592)、ステラ、小鳥遊郭之丞(eb9508)の三人であった。嵐と所所楽林檎(eb1555)、大泰司慈海(ec3613)の三人も韋駄天の草履を所持していたが、それぞれに愛犬や愛馬をひきつれている為、草履の能力を最大限に生かす事ができなかったのだ。
「つか死人の次は鬼かよ‥忙しいトコだぜ」
 遠く樹海を眺めつつ、崔軌が口をゆがめた。その脳裏に蘇るのは常盤水瑚の予見である。
 一匹の鬼による大量殺戮の光景。金色の金棒を打ち振り人々を殺してのけているその様は、まさに鬼神のようであったという。
 そこで崔軌には思い出されるものがある。依頼の中に、金色の金棒を持つ鬼の目撃が記されていた。
「その金色の金棒を持つ鬼ってのが曲者みてえだが」
「鬼神、か」
 郭之丞の蒼の瞳が薄く光った。
 もし捨ておけば、その鬼は鬼神と化して血の雨を降らせるに違いない。どれほど強大な敵かは知れぬが、そんな事はさせぬ。この身は護るべき者の盾なのだから。

 ともあれ――
 三人の冒険者達は村に入った。
 村にはすでに林檎の文が届いていたらしく、村人達は待ちかねていたようである。すぐさま三人の冒険者達は村長宅に案内された。
「よくぞお出で下された」
 村長が破顔した。すると、まず崔軌が口を開いた。
「現れた鬼ってのはどんな姿形をしてやがったんだ。熊の身体をした奴とか――そういうのは目撃されちゃあいねえのか」
「はい。そういう鬼はおらぬようです」
「ふむ」
 崔軌は腕を組んだ。
 村長の云う通りだとするなら、鬼の正体は山鬼、もしくは人喰鬼に違いない。山鬼ならばよいが、もし人喰鬼が相手となると厄介だ。
 村長が憂慮の滲んだ眼をむけた。
「大丈夫でございましょうか」
「俺には荷が重い」
 事もなげに答えると、崔軌はニヤリとした。そして郭之丞を見遣ると、
「が、心配はいらねえ。そこの――郭之丞は美しい面には似合わず、鬼より強えから」
「ほう」
 数人の村人から一斉に声があがった。
 郭之丞は一つ咳払いした。その面が朱色に濡れているのは、窓から差し込む陽のせいばかりではない。
 もう一度咳払いすると、郭之丞は村長の隣に座した木乃伊のような老人に眼を据えた。
「ご老人、一つお尋ねしたい。鬼が姿を見せ始めたのは最近になってからのようだが、過去にこのような事は全く無かったのだろうか」
「何度かはありましたようで。なんせ樹海は怪異の巣でありますからな」
「怪異の巣、か。‥‥では、もしやすると鬼の伝承など残っているのではないか? 聞けば、金色の金棒を持った珍しい鬼も目撃されておる様子だが」
「その鬼の伝承などありませぬが、樹海には鬼の話は多うございます。赤夜叉、悪童子など数え上げればきりがありませぬほどで」
「しかし、その鬼どもは金色の金棒はもたぬ、か‥‥」
 郭之丞は肩を落とした。
 その郭之丞の落胆振りを見かねたのか、村長がわざとらしい笑みを顔に押し上げて、
「今日は他所からお越しの方が多うございますなあ」
「他所から?」
 ステラが眉をひそめた。樹海近くの小村に立ち寄る旅人が、そう何人もあるとは思えない。
「私達の他に?」
「はい。お侍様が三人、そして修験者の方々が」
「修験者、だと」
 崔軌の口から愕然たる呻きがもれた。
 樹海に死霊が溢れた事件。その裏で蠢動していたのは修験者であったのだ。
「もしや、奴ら‥‥」
 知らず、崔軌は声を発していた。

 他の冒険者達が村に辿り着いたのはすでに夕刻であった。黄昏の光の中に闇が忍び込みつつある。
「おっにたっいじー♪」
 慈海の浮薄ともとれる声が響いた時、ステラは数人の子供達と遊んでいた。
「随分と楽しそうだな」
 ぼそりともらしたのは隆々たる筋肉の持ち主で。
 楼焔(eb1276)。どこか飢餓感にも似た光を眼にためたドワーフは村を見回した。なかなかに豊かそうであるが、ここは彼の住まう地ではない。
「楽しいわよ」
 答えると、ステラは一人の子供をぎゅっと抱きしめた。柔らかな乳房が子供の顔を包む。
「鬼はお姉ちゃん達がきちんと退治するから安心してね」
 ステラが告げた。その時だ。
 はっとして嵐と林檎、渉が振り返った。殺気を感得した故だ。
 そこに一人の子供がいた。八歳ほどの年頃だろうか。腕白そうな少年だ。
「あなたは――」
 その少年の瞳に憎悪に近い色を見とめて、林檎は息をひいた。すると少年はぷいと横をむき、そのまま駆け出していった。
「あの子、だあれ?」
 林檎が子供の一人に問うた。
「瑛太だよ」
「瑛太‥‥」
 林檎は立ち上がると、瑛太の駆け去っていった方を眺めた。
 そこにはすでに瑛太の姿はない。しかし瑛太の怒ったような瞳は、いつまでも林檎の脳裏に焼きついていた。


 飛鳥かと思われた影が大きくなる。よく見ると慈海だ。
 ややあって空飛ぶ絨毯からひらりと地に降りた慈海は、苦笑しつつ肩を竦めた。
「樹海の簡単な見取り図を作ろうと思ったんだけど、緑ばっかだった」
「それはそうね」
 返す林檎の口調は素っ気ない。優しき雪の精のように見えて、その実彼女は氷の女王のように厳しい存在であった。
 林檎は崔軌に向き直った。
「それでは手筈通りに。火夏をお願します、崔」
「おお」
 快諾して、仲良く頼むぞと崔軌は柴犬を預かったが――
 崔軌は知らぬ事であったが、もし林檎を知る者が今の彼女の一言を聞いたならば、我が耳を疑ったに違いない。林檎はよほどの事がない限り相手の名など呼ばぬからだ。
「お返しってわけじゃあねえが」
 崔軌が手を差し出した。その掌の上には珊瑚の指輪が光っている。ニッと笑んだ崔軌の顔は、どこか照れくさそうであった。


 嵐はやや姿勢を低くし、樹海の中を進んでいた。その身ごなしは猫族の獣のようにしなやか、かつ密やかで。
 この時、嵐が目指しているのは鯉ヶ滝であった。その後の情報収集により、鬼の棲みつきそうな洞窟など村人は知らなかったからだ。因みに行方不明者はない。ともかくも鬼による被害は今のところないという事だ。
「確かに獣道じゃないわね」
 嵐の後ろ――やや離れて歩くステラが呟いた。
 彼女にはわかる。土の固さ。何にも人が踏み固めたものだ。
 が、周囲の木々には異常はない。鬼の痕跡は見当たらなかった。
「では鯉ヶ滝に続く道は、これで間違いないんだな」
「ええ」
 渉の問いに、ステラが答えた。
 その時だ。空を裂く擦過音が響いた。
 咄嗟に動いたのは、殿をつとめていた慈海だ。迷わぬ目印とするために折り取っていた小枝をふるう。
 かきいっ、と乾いた音たてて、地に何かが転がった。
「これは‥‥?」
 当惑の表情を浮かべて、慈海が屈んだ。再び身を起こした時、彼の手には小石が握られていた。
「どうやら俺達を邪魔者と思っている者がいるようだね」
 云って、慈海はくすりと笑った。

 同じ頃、残る三人の冒険者は村近くの樹海の中にいた。村の警護も兼ねている為である。
 先頭をゆくのは崔軌であった。油断なく周囲に眼を配る。足跡だけでなく、枝の折具合なども見逃さない。
 後に続くのは郭之丞だ。さらに、その後に焔が続く。
「鬼はいそうか?」
「いや」
 手近の樹木に浅く切り込みを入れ、崔軌が焔に答えた。すると焔はふんと鼻を鳴らし、
「それならよいが。‥‥まあ鬼が出て来たとしても俺は当てにはせんでくれよ。ま、無問題無問題」
 気楽に云う。それもそのはず――
 実のところ、焔は鉄の御所に味方する者であった。いわば鬼側の人間と云ってもよい。
 崔軌の口の中で舌打ちの音が大きく鳴った。
「問題大有りだっつーの。けっこう手練れのくせしやがって‥‥って、何でどんどん遅れてやがんだ」
「おっ」
 見つかったか――苦く笑いながら焔が形ばかり足を速めた。その時だ。
「ぬっ」
 突如、郭之丞が呻いた。彼女の猛禽並みの視力を有する眼は、樹海の中に佇む三つの人影を捉えている。
 身形からして侍のようだ。いずれも深編笠をかぶっている。
 故に人相の程はよくわからないが、しかし郭之丞にはわかる。この三人が尋常の者でない事が。
 一人はとてつもない迫力をその身に有し、まるで己のもののように地に足をつけている。別の一人は流水の如く自然に立っていた。その身ごなしから恐るべき剣客と知れる。
 そして残る一人。この侍には気配そのものがはなかった。まるで風が人型をとっているようだ。
 こやつらが、おそらく村長の云っていた三人の侍であろう――抜刀に備えて日本刀の柄に手をそえたまま、郭之丞が三人の侍に歩み寄っていった。
「こんなところで何をしている?」
 郭之丞が問うた。すると一人の侍の笠の内から含み笑う声が忍び出た。巨大な精気を有した侍だ。
「迷った」
 侍が答えた。その声音は、意外な事に若い。まだ二十歳にも満たぬようだ。
「ほう」
 郭之丞の眼が剣呑に光った。
「とぼけた事を。何者だ、貴様ら」
「俺は新九郎」
 侍が答えた。続いて剣客らしい侍が、
「主水」
「小太郎」
 と、残る一人が名乗った。
 その堂々たる様子に、返って郭之丞がひるんだ。その時、新九郎と名乗った若い侍が顎をしゃくってみせた。
「良いのか、鬼がいるぞ」
「何っ!」
 見えぬ一刀にはたかれたように崔軌が視線を飛ばした。その先――なるほど、二匹の化生の姿がある。殺戮と破壊の権化。鬼だ。
 鬼は血筋のからみついた眼で村を凝視していた。その身から放散されているのは、熱泥にも似た強烈な飢えである。
「させねえ!」
 崔軌が殺到した。その気配に気づいたものか、鬼が牙をむく。されど、それは一瞬。
 一匹の鬼が苦悶した。怒りの闘気に撃たれて。崔軌のオーラショットだ。
 何でその隙を見逃そう。郭之丞はすべるように一気に間合いを詰めると――
 キラッ。
 白光が閃き、風鳴りの音は後からした。
「散華」
 郭之丞が刃を鞘におさめた時、鬼の首筋から血がしぶいた。
「ふん」
 木陰に身を隠した焔が再び鼻を鳴らした。
 彼から見て、崔軌と郭之丞はなかなかやる。一瞬にして山鬼の首を落としてのけた。が、問題は残る鬼だ。おそらくは人喰鬼――一筋縄ではいかぬ。
「そうら」
 焔の口から、芝居見物でもしているかのような声がもれた。彼の眼は、人喰鬼が手にした棒で郭之丞の刃をはじきかえし、崔軌に襲いかかる様をとらえている。鬼の爪に引き裂かれた崔軌の身は只ではすまないだろう。
 そうと知り、しかし焔には動くつもりはなかった。郭之丞がやられても、まだ。


 さっと手をあげ、嵐は仲間を制した。彼の刃のように鋭い眼は、樹間に佇む異形の姿を映している。
 鬼だ。二本の角を額に生やしている事から間違いはない。さらには、その手に握られた黄金光をはね散らす金棒――
「奴か」
 渉の口から、やや震えをおびた声がもれた。
 恐れか。いや、違う。渉の精神はすでに生死の境を読みきっている。戦うに恐怖する事などありえなかった。
 では、渉の声を震わせたものは何か。
 それは興奮である。剣客としての本能から発せられたものだ。
 渉にはわかった。眼前の鬼の計り知れぬほど巨大な技量が。
「待て」
 引き寄せられるように進み出かけた渉を、嵐がとめた。
 鬼の様子がどこか変だ。
 着物を纏い、相貌は野性的といえるが人のそれである。むしろ端正といってもよい。そのような鬼を嵐は見た事がなかった。
「どうした?」
「奴には殺気がない」
「それがどうした」
 渉が飛び出した。
 このまま捨ておけば、この鬼が殺戮の嵐を吹かせると予見されている。話してわかる相手ならばよいが、もしそうでなければこの手で斬る!
 疾風のように渉が鬼に迫り――
 ぴたり、と渉の足がとまった。
 その前、一つの小さな影があった。まるで立ちはだかっているように両手を広げている。
「あなた‥‥」
 林檎が足をすすめた。彼女はその小さな影の顔を知っている。
「瑛太君ね」
「‥‥させない」
 瑛太の口からかすれた声がもれた。そして真っ直ぐな眼差しを林檎にむけると、叫んだ。
「お前らには雷を傷つけさせない!」
「雷?」
 首を傾げつつ、慈海は鬼を見た。金色の金棒を手に、うっそりと佇む姿からは戦意は読み取れない。
「ん? なんか様子が違う鬼さん?? 人懐っこいような??? 着物きてるし。鬼にしては小さいし。‥‥キミは誰?」
「わからん」
 鬼の口から発せられたもの。それも思いかけぬ完璧な人語であった。
 鬼は瑛太の頭にそっと手をのせると、
「されどわかっている事がある。俺は瑛太の友達だ」
 ニッと笑った。
 反射的に林檎は口を開きかけ――そして気づいた。犬の鳴き声が近づいている事に。
「火夏! では、村が――」
 林檎が身を翻した。今は、この鬼にかまっている場合ではない。
 その林檎を追って、他の冒険者も続き――

 五人の冒険者が駆けつけた時、血にまみれた二人の冒険者の足元に二匹の鬼の骸が転がっていた。ただ焔のみ無傷で、近くの岩に腰かけている。すでに三人の侍の姿はなかった。