【鬼神】雷、抹殺

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月10日〜09月17日

リプレイ公開日:2008年09月26日

●オープニング


 助次郎は後悔していた。
 まだ鬼をすべて滅ぼしていない故、樹海に入るな。そう冒険者から警告されていたのに、獲物欲しさに樹海に入った。そして今、鬼に殺されようとしている。
 振り下ろされる棒の唸りが、助次郎がこの世で聞いた最後の音であった。


「瑛太め。厄介な事を‥‥」
 村長である丹兵衛は歯を軋り鳴らせた。
 彼は冒険者から雷なる鬼の存在をしらされた。そして、その雷と瑛太が親しくしているらしいことも。
 いや、それだけではない。こともあろうに宇美までが雷と親しくしているらしい。宇美は丹兵衛の孫娘であった。
 助次郎が樹海に入ったきり戻らなくなって七日。おそらくは鬼に殺されてしまったのだろう。その災厄が、いつ宇美の身に降りかかるか――
「どうしたものか‥‥」
 丹兵衛の口から、彼自身気づかぬ呻きにも似た声がもれた。
 その時だ。丹兵衛は勝手の方が騒がしい事に気づいた。
「どうしたのだ」
 戸を開き、丹兵衛が顔を覗かせた。すると勝手の方から娘の希佳が駆けてきた。
「宇美が」
「宇美?」
 希佳のただならぬ様子に、丹兵衛の顔色が変わった。
「宇美がどうしたのだ?」
「戻ってこないの。遊びに行ったきり」
「遊び、だと」
 はじかれたように丹兵衛は中庭を見た。すでに闇が降りている。小さな子供が遊んでいる時刻ではなかった。
「宇美はどこに遊びにいったのだ?」
「それが‥‥樹海の入ったらしいの」
「何!?」
 丹兵衛が絶句した。
「お父様」
 希佳が丹兵衛にとりすがった。
「人を‥‥宇美を探させて」
「だめだ」
 丹兵衛はかぶりを振った。
 宇美の為とはいえ、村の者を死地ともいえる樹海の中にゆかせるわけにはいかなかった。助次郎のこともあるのだ。死を強制した場合、村の者がどのような暴挙に及ぶか、丹兵衛には想像もつかなかった。
 と――
 中庭に人影が動いた。よく見ると勘吉という名の村の者である。そして、その勘吉に抱かれている者は――
「宇美!」
 丹兵衛が中庭に駆け下りた。
「宇美はどうしたのだ?」
「へえ。村外れで倒れていなさったので」
「村外れ!?」
 丹兵衛が宇美を抱き取った。
 息はある。大きな傷などないようだ。あったとしても擦り傷程度だろう。どうやら疲れて眠っているらしい。
「よかった」
 丹兵衛はほっと息をついた。
「しかし、何故村外れなどに‥‥」
 丹兵衛が呟いた。安堵すると同時に疑問がわいて出てきたのだ。
 すると勘吉が口を開いた。
「丹兵衛様。宇美ちゃんを見つけた時、大きな影が樹海に入っていくのを見ました」
「大きな‥‥影?」
「はい。八尺ほどの大きな影で、手に金色の金棒をもっていました」
「何っ!?」
 驚愕に丹兵衛の眼がかっと見開かれた。
 ややあって、丹兵衛は低い声で告げた。
「勘吉。そのことは黙っているのだ」
「へ、へえ。わかりましたが‥‥どうしてでございますか」
「わしに考えがあるのだ」
 答えると、丹兵衛はニヤリとした。

 それから間もなくの事である。江戸の冒険者ギルドに依頼が出された。
「駿河に赴いていただきます。助次郎を殺し、さらには宇美を殺そうとした金色の金棒をもつ鬼を斃す。これが依頼の内容です」
 ギルドの手代の声が、ギルド内に大きく響いた。


 ぱたり、と。
 胸に何かがあたる感触に、雷は眼を覚ました。そして、その何かの正体を知り、雷は苦笑した。
 彼の胸に乗っていたもの。それは、隣で昼寝している瑛太の腕であったのだ。
 この時、雷はすでに自らの存在が鬼というモノである事を承知している。そして鬼と人とが相容れぬ間柄である事も。
 しかし、と雷は思うのだ。本当に鬼と人とは相容れぬ存在なのだろうかと。
 瑛太や宇美との絆。それは決して幻想ではあるまい。
 雷の手が瑛太の頭にのばされた。その時――
 雷は頭を抱えた。鉄杭を打ち込まれたような激痛が彼の頭蓋を襲っている。
「くっ」
 雷の口から苦鳴がもれた。脳裏には閃光にも似た光が瞬いている。
 その光の中、雷は異様なモノの影を見た。朧として、その正体は良くわからないが――
 敵だ。
 そう認識した刹那、雷の全身の筋肉がみしみしと音をたて、膨れ上がった。その身から放射される凄絶の殺気に樹海そのものが震える。
 うおぉぉぉぉぉ。
 雷の喉を押し破るようにして、獣の如き声が迸り出た。それは憎悪と敵愾心の雄叫びであった。


 

●今回の参加者

 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1276 楼 焔(25歳・♂・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3582 鷹司 龍嗣(39歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天乃 雷慎(ea2989)/ 所所楽 柳(eb2918)/ フォルナリーナ・シャナイア(eb4462

●リプレイ本文


「兄貴」
 という声があがった。天乃雷慎である。
 呼ばれてちらりと振り向いたのは、黒豹のようにしなやかな肢体の男で。風守嵐(ea0541)である。
「お前か。で、どうであった?」
「ちゃんと伝えたよ。風魔小太郎に、ね」
「そうか。で、何と?」
「さあて。‥‥そう云って、笑ってたよ」
「そうか。笑っていたか」
 嵐は小さく肯いた。
 雷慎が風魔小太郎に告げたというのは、雷の事である。それに対し、風魔小太郎は笑っていたという。そこに肯定はない。が、同時に否定もない。風魔は理解してくれたという事なのだろうか。
 と――雷慎の顔が輝いた。馴染みの顔を見出した故だ。
「リンさん」
「あっ」
 雷慎と同じく満面を輝かせた者がいる。
 それは少女――いや、人と呼んでよいものか、どうか。可憐な顔立ちはどこか人間ばなれしている。
 リン・シュトラウス(eb7760)。北条家家臣である。
「依頼、受けたの?」
「はい」
 リンはこくりと首を縦に振った。
「変わった鬼について知りたくて」
 リンは答えた。
 人と鬼は理解しあえるものなのか。――リンの興味はそこにあった。
 と、突然、おい、と声がかかった。
 小首を傾げたリンと雷慎の前に、一人の青年が立っている。飄々として、しかしどこか獰猛な気を身裡にひそませた青年は若い虎を想起させ――木賊崔軌(ea0592)という。
「今、風魔とか何とか云ってたが。まさか、あの三人の侍の事じゃねえだろうな」
「いや」
 答えたのは嵐であった。
「ならいいんだけどよ。けど奴ら、鬼から村を守る訳でもなし‥つうより俺らの素性に気付いた上で任せた、んな感じしたんでな。何モンだって思ってよ」
 崔軌は頭をかいた。この男、実に勘がいい。
 その隣では、リンが小さな声で鼻歌を口ずさんでいた。
「ふうま〜のこ・た・ろ〜♪」
「ところで」
 口を開いた者がいる。透けるような白い肌の、高貴な顔立ちの陰陽師だ。名を鷹司龍嗣(eb3582)といい、この村の依頼は初めてなのだが、と切り出した。
「違和感を覚えてならないのだ。雷という鬼は、人を襲うような印象ではなかったと聞く。それがどうして村人を襲ったのか‥‥」
「確かに」
 大泰司慈海(ec3613)が片目を瞑ってみせた。
「雷くんは、すっごい人好きのする笑顔で、とても人を襲うようには見えなかったよ」
「そうね」
 ステラ・デュナミス(eb2099)が同意した。その姿から嵐は慌てて眼をそらせた。
 ステラは巫女装束を纏っているのだが、胸があまりに大きく、ともすれば胸元から桃のような乳房の谷間が覗く。嵐としてみれば眼のやり場に困るのである。
「そうすっと、依頼自体にちと引っかかる面があるんだよな」
 崔軌がふともらした。すると龍嗣が伏せていた眼をあげた。
「確かにな。何故、雷くんだけご指名なんだろう? どうせなら鬼を全て退治してくれ、って頼むはずだ」
「そうですね」
 所所楽林檎(eb1555)が不審げに呟いた。が、同時に林檎は依頼主である村長の気持ちもわかるような気がした。
 情報によれば、雷は村長の孫娘である宇美をも殺そうとしたという。祖父である村長が雷のみを異様に憎悪しても無理からぬ事と思われる。
 けれど‥‥
 さらに林檎は思考を紡ぐ。雷を信じてみたいと。
 彼女の脳裏にあるのは瑛太の眼だ。そこにあるのは強い光である。友を想う光だ。
 その光を、そして種族を越えた雷と瑛太の絆を信じてみたいと林檎は思うのである。
「村長に確かめてみなければなりませんね」
「そう‥‥」
 ステラは一瞬考え込み――ふっと視線を転じた。
「嵐さんはどう思う?」
「俺は」
 嵐が口ごもった。
 うん? と小首を傾げ、ステラは嵐に歩み寄った。そしていきなり嵐を抱きしめた。
「前から様子変だけど、何か不安な事でもあるの?」
 ステラが問うた。むぐっという嵐の声は、ステラの胸の谷間からもれた。
「心音聞かせると落ち着くって話もあるし。‥‥大丈夫、落ち着いていきましょ」
 ステラが嵐を解放した。
 やや遅れて、嵐がばたりと崩折れた。ピューと噴いているのは嵐の鼻血である。
「羨ましいというより、いっそ哀しいぞ、俺は」
 しゃがみ、嵐を覗き込んで、崔軌は泣いた。

 一人、冒険者ギルドから離れたところで、じっと冒険者達を見やっている者がいる。異種族であるドワーフの楼焔(eb1276)だ。
 彼もまた依頼を受けた冒険者の一人であるのだが、他の七人と行動を共にするつもりなどさらさらなかった。彼としては、いざとなればむしろ鬼につくつもりであったからだ。
「無理だろこれ‥俺は無理だな‥うん」
 ぼそりと声をもらす。そして日本橋にむかって歩き始めた。
「まあ、あれだな。詳しい事がわかるまで、あまり積極的に動かぬ方がいいな」


 辰刻。日はまだ中天には達していない。
 その柔らかな日差しの下、林檎は樹海の前に立っていた。妹である所所楽柳も別の依頼で訪れるなど、彼女達姉妹と駿河は縁が深い。
 その林檎の視線の先、白絹を纏った龍嗣が草木に身を寄せていた。そして何度目かの指刀を切る。
「どうでした?」
「面白い事がわかった」
 林檎の問いに、冷然として龍嗣は答えた。
「助次郎を殺した者が何者かはわからぬ。宇美を襲った者もだ。が、宇美がここに運ばれた事はわかった」
「運ばれた? 誰に?」
「鬼だ」
 龍嗣は云った。草木の答えは一言である為に今一つ要領を得ないが、どうやらその鬼とは金色の金棒をもっているらしい。
「それでは雷は宇美を襲った後、ここに運んで来たというわけ?」
 ステラが眉をひそめた。どうも腑に落ちない。
「そこまではわからぬ」
 龍嗣の応えは、相変わらず氷の響きをもっていた。


 日は中天に移った。そして冒険者達も場所を村長である丹兵衛宅へと変えた。
「よくお出でくだされた」
 丹兵衛が破顔した。
 その顔を、そ知らぬ顔で盗み見ているものがいる。嵐だ。
 座に着くなり、崔軌が口を開いた。
「犠牲が出たのは気の毒だが、嬢だけでも無事で良かったな」
「本当に」
 丹兵衛は悲しげに笑った。その笑みをじろりと見つめつつ、崔軌には笑みはない。
 ――本当に雷が襲ったのなら、嬢のみを仕留め損なったのは何故だ?
 疑念がある。
 すると慈海が首を傾げて、
「どうして助次郎を殺したのが金色の金棒をもつ鬼だとわかるの?」
「見た者がおりましてな。勘吉という村の者です」
「それでは」
 今度は林檎が口を開いた。
「その勘吉という方なのですが、よく雷から逃げられましたね。理由はご存知ですか」
 問う。柔らかな口調であるが、有無を云わせぬ氷の破片のような鋭さが込められていた。
 が、丹兵衛はぬけぬけと笑って、
「さあて。それは雷にでも訊いていただかねば」
「ふーん」
 またもや慈海は首を捻った。
「宇美ちゃんも襲われたってことだけど、子供の足でよく逃げられたね。彼女とお話できないかな?」
「駄目ですな」
 静かに、しかし断固たる口調で丹兵衛は答えた。
「今、臥せっておりましてな」
「なるほど」
 肯いた林檎の身が、突如闇色に光った。驚倒し、声を失った丹兵衛に対し、林檎は謎めいた微笑を投げかけた。
「おかしな気配がしましたので、呪法をおこないました」


「おかしい」
 丹兵衛宅からやや離れたところで、嵐が云った。
「丹兵衛は何かを隠している」
 丹兵衛の眼の動き、声の響き。動揺があった。
「宇美さんの事は嘘ですね」
 あっさりと林檎が云った。彼女は丹兵衛の心を読んだのであった。
「やはり、一度雷さんと会った方がいいでしょうね」


 翌日の事だ。駿府にむかっていたリンと合流し、六人の冒険者は樹海にむかった。
 リンが駿府に赴いたのは主である北条早雲に会う為であった。が、早雲はおらず、また伽羅と名づけられた童の姿もなかった。
 慌てて村に取って返したリンであるが、すでに時はなく。瑛太の両親にも、丹兵衛の娘である希佳に会う事もできなかった。
「‥‥で、宇美ちゃんには会えたの?」
 リンが問うと、龍嗣がかぶりを振った。アースダイブの呪法を用いれば土間から丹兵衛宅内に潜入はできようが、宇美の傍には常に誰かが付き添っており、接近は不可能であったのだ。

 七人の冒険者が樹海に入り込むのを見届け、木陰から中背の男がすうと身を現した。焔である。
「卑怯? せこい? ‥‥何とでも云ってくれ。俺は死にたくない」
 ニンマリすると、焔は冒険者達を追って樹海に足を踏み入れた。


 どれほど歩いた頃だろうか。
 他の鬼の襲撃を警戒しつつ、以前に雷と遭遇した場所まで進んでいた冒険者達は足をとめた。リンが制止した為である。
「瑛太君がいた」
「本当か」
 問うたのは龍嗣である。彼のグリーンワードでは雷の居場所の特定までには至っていなかった。
 そして幾許か。
 木々の奥から、小さな人影が姿を現した。瑛太である。
「おいらの頭ン中に話しかけて来たのはお前らか」
「そうです」
 ゆるりと肯くと、リンは瑛太の背後に立つモノを見つめた。
 異形の者。雷である。
「ふーん」
 恐れげもなく、まじまじとリンは見つめた。
 八尺近くある巨躯といい、煌く金色の魔眼といい、そして額からぬらりと生えた角といい、見た目は確かに鬼だ。が、何か違和感を覚え、リンは小首を傾げた。相貌が端正な為だろうか、それとも全身から放散される気配の為だろうか、雷は鬼というよりむしろ――
「精霊?」
「おい」
 その時、瑛太が口を開いた。
「また雷を苛めに来たのか。もしそうなら、おいらが許さないぞ」
「そうではない」
 臨戦態勢に滑り込んでいた嵐が構えをといた。雷は以前に見た通りで、殺戮を行うような殺気は感じ取れない。
 慈海がゆったりと微笑んだ。
「話し合いに来たんだよ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないよ。俺は瑛太君と雷君の絆は本物だと思うから」
「そうさ」
 崔軌がニヤリとした。
「子供を友と呼んで笑う奴を、ただ鬼で済ませたくはねえからな」
「瑛太」
 雷が瑛太の肩をおさえた。そして兄のように微笑いかけた。
「彼らは話をする価値のある者達のようだ」
「雷」
 嵐が呼びかけた。
「助次郎という村人を殺した事があるか。そして宇美を襲ったのか」
「知らぬ」
 雷は静かにかぶりを振った。
「瑛太の安全の為、この辺りに棲む鬼どもは斃したがな」
「やっぱり‥‥」
 ステラの口から溜息に似た声がもれた。
 瑛太の姿を見た時から疑念があった。何故、瑛太が無事で宇美が襲われたのか、と。
 その疑念が今氷解した。やはり雷は殺戮鬼ではなかったのだ。となると――
「雷さん」
「何だ?」
「貴方は鬼? それとも瑛太君の友達?」
 ステラが問うた。すると雷は苦笑めいた笑みを片頬に浮かべ、
「問うまでもなかろう」
「そう」
 ステラが満足そうに肯いた。
「これで私達が貴方を斃す理由はなくなったわね」
「ならば」
 慈海が口を開いた。笑みをおさえたその相貌は、これが慈海かと疑うほどに荘厳さに満ちている。
「しばらく身を潜めていてくれないかな? どうやら雷君を良く思わない者がいるようなんだよ」
「俺を?」
 雷が眉をひそめた。
「何故、お前達は俺を助けようとするのだ」
「いつか鬼と共に肩を並べられると信じている馬鹿がオレの身の回りに居る。それが理由じゃだめか」
 嵐が答えた。その時だ。
「建御名方」
 声がした。
 はっとして振り向いた冒険者は、そこに四つの人影を見出した。深編笠の三人の侍と童である。
 その童の顔を見とめると、リンの満面が輝いた。
「伽羅!」
 駆け寄ると、伽羅と呼ばれた童の手をとり、そして三人の侍の顔を下から覗き込んだ。
「やっぱり」
 リンがくすりと笑うと、一人の侍が笠を持ち上げた。現れたのは眩しいほどの美貌である。
「まさかお前がいようとはなあ」
 美貌の若者が苦笑した。するとリンは悪戯っ子のように微笑み返して、
「いいんですか、こんなところにまで遊びにいらして」
「いいんだ。面白そうだからな」
 若者が答えた。
 と――
「たけ‥みな‥かた」
 呟く声がした。雷の口から発せられたものだ。
 木陰からその様子を覗き見ていた焔の眼がかっと見開かれた。雷の表情が変わっている。何かの衝撃を受けたかのように。
 刹那――
「そうだ。お前の名は建御名方だ」
 別の声が響いた。はじかれたように冒険者達は眼を上げ――一本の巨木の枝の上にふわりと立つ人影を見出した。
 少年だ。結袈裟に鈴懸という身形である。
 それにしても、その少年の何たる美しさであろうか。人を遥かに超越したそれは、とてもこの世のものとは思えない。
 が、その美しさには、どこか禍々しきものがひそんでいた。深編笠の若者の美が太陽のような輝きを放っているとしたら、この少年の美は星のように闇にあって燦然たるものである。
「ぬしは――天津甕星!」
 伽羅が叫びをあげた。が、その叫びは途中でかき消された。雷の、まさにその名の如き雷に似た咆哮によって。
「うっ」
 林檎が身を仰け反らせた。雷から颶風の如き殺気が吹きつけてくる。
「大丈夫だ」
 林檎を庇うように崔軌が立った。が、その満面からは血の気がひいている。
 一瞬にして崔軌は見抜いたのだ。雷の実力を。まともに戦って、とても太刀打ちできる相手ではない。
 崔軌は死を覚悟した。そして決意した。たとえ死すとも、この身をもって皆を守る壁となる。
 が、突如雷が背を返した。そして走り出した。樹海の奥にむかって。
「待て!」
 嵐の手から蛇の如き黒線が流れた。それは生き物のように空を疾り、雷の腕をからめとった。
「やめろ!」
 龍嗣が叫んだ。その一瞬後の事だ。雷が腕を振った。
 咄嗟に嵐は手を放した。気づけば掌の皮がずるりと剥けている。もし手を放さなければ腕そのものが引き抜かれていたかもしれない。
「雷!」
 瑛太の絶叫が響いた。まるで母を呼ぶ迷い子のような声音だ。
 が、雷はとまらない。疾風のように地を駆け――あっという間に樹海の闇に消えた。
 もはや追っても及ばず――そう判断した慈海は泣き崩れている瑛太の肩をそっと抱いた。リンはぎゅっと伽羅の手を握り締めると、強張った面をむけ、
「建御名方って‥‥雷って何者なの?」
「鬼神じゃ」
 静かな声音で伽羅が答えた。

「鬼神だと」
 木陰にひそんでいた焔の口から、その時思わず声がもれた。
 その手には一振りの日本刀がある。もし戦闘になれば雷につくべく、彼は刀を抜き払っていたのであった。
 その焔の脳裏には、雷の姿がある鬼と重なって映っている。
「酒呑童子‥‥か」 


 その後、冒険者達は村まで戻った。雷の姿が消えた事を報告する為である。
 これでしばらくは村に静寂が訪れるだろう。が、その沈黙は恐るべき破滅を内包するもので。
「雷はどうなってしまうのかしら」
 ステラがほつりと呟いた。すると林檎はある一点をじっと見つめつつ、そっと答えた。
「友を想う少年の為、このままには捨て置きません」
 林檎の視線の先――瑛太が樹海の前で立ち尽くしていた。友の姿を求めて。