【鬼神】建御名方

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 68 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月19日

リプレイ公開日:2008年12月25日

●オープニング


 屋敷の奥、二人の人間が相対している。
 一人は老人だ。名を丹兵衛といい、この村の村長である。
 対するのは修験者だ。結袈裟に鈴懸という身形である。それ自体は別段珍しいものではなかった。
 ただ――
 その修験者を異様な存在たらしめているモノがあった。
 仮面だ。その修験者は能面に似た不気味な面をつけているのであった。
「丹兵衛殿」
 面の内からくぐもった声がもれた。
「いかがでござるかな」
「う、うむ」
 丹兵衛が苦しげに肯いた。それを満足そうに見遣ると、修験者はくつくつと笑った。
「雷なる鬼が姿を消した冒険者とやらが申していたそうじゃが、やはりそうではござるまいが」
「うむ」
 再び丹兵衛が忌々しそうに肯いた。
 まさに修験者の云う通り。雷は姿を消したはずなのに、依然として人死には出た。村人の中には金色の金棒を持った鬼を目撃した者もあるという。
「この村は雷なる鬼に呪われてござる。村の者の血の一滴まで流れつかさずにはおさまるまい。されど呪いを解く法はござる」
「そ、それは」
 すがりつくように丹兵衛が身を乗り出した。
「何なのだ?」
「呪いには因と果がありもうす。俗に云う因果というものでござるな。雷の呪いが果であるとするなら、必ず村に因があるはず。雷の呪いを解くには、その因を滅すればよい。――その因について、丹兵衛殿には心当たりはござらぬかな」
「因‥‥」
 考えに沈み――ややあって丹兵衛はかっと眼を見開いた。
「瑛太!」
「瑛太?」
 修験者が繰り返した。その言葉には嘲笑の響きが含まれている事に、しかし丹兵衛は気づかない。
「そうだ。雷と仲の良い子供がいる」
「それでござる」
 修験者が膝を叩いた。
「その瑛太なる子供が村に災いを呼んでいる。雷の呪いを解くには、その子供を滅するしかござるまい」
「滅するとは云うても‥‥」
 さすがに丹兵衛は当惑した眼をむけた。
「具体的にどうすればよいのだ」
「神の供物として捧げるのでござる」
 修験者の眼に陰火の如き光がゆらめいた。


 富士樹海の奥。
 日の光すら差さぬ鬱蒼と茂った木々の底、それはいた。
 鋼をねじりあわせたような筋肉におおわれた巨躯の持ち主。野性的な相貌の中には金色の瞳が炯と光っている。
 雷であった。
「天津甕星か」
「ふふふ」
 含み笑う声と共に、ふわりと雷の前に一人の少年が舞い降りた。修験者の身形の、神々しいと云ってさえよい美貌の少年である。
「と云うところをみると、思い出したようだな」
「すべてではないがな」
 ぼそりと答えると、雷は少年――天津甕星にむかって問うた。
「建御雷はどうした? 俺は奴を斃さねばならぬ」
「無理だな」
 少年――天津甕星は嘲るような声音で答えた。
「奴はもうこの世にはおらぬ」
「そうか」
 雷は鉛のような声をもらした。
「どうやら俺はとてつもなく長い間眠っていたようだな」
「ああ」
 冷笑を浮かべながら少年――天津甕星は肯いた。
「お前は天津神どもに氷漬けにされ、富士の風穴に封じられていた。その間に膨大な時が流れすぎ、世は変わり、人も変わった。どうだ、建御名方。他の国津神と同じように、俺に手を貸さぬか」
「お前に? ‥‥天津甕星、何を企んでいる?」
「何も」
 天津甕星はニヤリとした。
「ただ、この国から虫けらを放逐したいと思っているだけだ」
「人間を、か?」
「それもある」
 天津甕星が答えた。そして吐き捨てるように、
「人間など生きている価値があろうか。いや、生きておってもよい。ただ虫けらの分際をわきまえさせねばならぬ。神々としての我らがな。そうは思わぬか、建御名方」
「さあて」
 雷――建御名方は曖昧に答えた。
「俺にはよくはわからん。人間が虫けらであるのか、どうか。かつてはそう思っていたような気もするが」
「ふふふ」
 天津甕星の唇の端がきゅっと吊り上がった。
「ならば己の眼で確かめてみるのだな。村の者は瑛太という小僧を殺そうとしている」
「何っ!」
 建御名方の形相が悪鬼のそれに変わった。その身から面もむけらぬような凄愴の鬼気が放たれる。
「それは本当か」
「本当だ」
 建御名方の凄絶の殺気を平然と受け流し、天津甕星はさらに笑った。
「数日後、瑛太は殺される。小僧の命と引き換えに己だけは助かろうとしているのだ。人間とは、所詮そのようなもの。ふふふ」
 天津甕星の眼がきらりと光った。
「ゆけ、建御名方。小僧を助けたくば村へゆき、村の者どもを皆殺しにせよ。さもなければ瑛太に未来はないぞ」
「ううぬ」
 ぬうっと建御名方が立ち上がった。
 刹那である。
 轟と地が震えた。まるで恐れてでもいるかのように。
 それは、ジャパン三大軍神の一柱と数えられる鬼神が目覚めた瞬間であった。


 江戸の冒険者ギルドに依頼が出された。
「瑛太と雷を助けて」
 依頼の内容である。依頼主は宇美という名の少女であった。

●今回の参加者

 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3582 鷹司 龍嗣(39歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 ただひとつ
 鬼の神たる
 証にと
 雷に御名問う
 心細さに


 七人の冒険者が足をとめたのは二日目の夜、駿河の手前の森の中であった。
「これを使ってください」
 星より舞い降りた天女のような娘が毛布を差し出した。所所楽林檎(eb1555)だ。
 冷厳ともいえるその声音と瞳の色に、一瞬気色ばみながらも、しかし風守嵐(ea0541)は有難く毛布を受け取った。
「すまぬ」
「いいえ」
 蛍の光のような微光を残し、林檎が背をみせた。
 その背を見送り、ふっと声をもらした者がいる。
 大泰司慈海(ec3613)。剃髪しているところから僧であるらしいが、どう見ても並みの僧ではない。衣服から覗く腕のごつさはどうだ。鋼のような筋肉がまとわりついている。
「瑛太くんと雷くんの絆、守りたいよ‥‥ね」
「そうじゃな」
 肯いたのは人ではない。河童だ。磯城弥魁厳(eb5249)という。
「しかし難しかろうな。此度、村の者は我らにとって敵同然」
「建御名方もいるしね」
 セピア・オーレリィ(eb3797)が溜息を零した。
「ああ」
 と答えたのは嵐だ。その眼をセピアからそらせて。炎に照らされ、紅く濡れたセピアはぞくりとする艶かしい。
「だがな、神代の存在であろうと古より風も又在る。ならば、どうという事はない」
「あなたはそうでしょうけど、普通の者はそうはいかないわ」
 セピアの口から白い息がもれた。
 そうだなと肯きながらも、しかし鷹司龍嗣(eb3582)の貴族的ともいえる端正な相貌は昏く翳っている。
「怒れる鬼神を、私達人の身で止めることができるだろうか」
「その鬼神の事なんだがな」
 木賊崔軌(ea0592)が炎にむけていた眼をあげた。
「どうにも何かが動き出しやがった気がする」
「何か? 心当たりでもあるのか」
「まあな」
 崔軌は肯いた。
「村に現れた修験者ども。俺の勘が当たりなら、奴らは黄泉人だ」
「えっ」
 冷徹な龍嗣の表情にも漣がたった。
「それが本当なら村は――」
「踊らされてるのさ。雷を人から引き離すには瑛太を使うのが効果的だからな」
「黄泉人か」
 龍嗣が唸った。鬼神だけでなく、黄泉路よりの使者まで相手をせねばならぬとは。
 が、この場合、慈海はくすくすと笑った。
「恐いなあ。あまりに恐くって小便をもらしそうだよ」
「でけえ図体で、何を云ってやがる」
 崔軌がニヤリとした。
「が、俺も恐いぜ」
「そうじゃ」
 魁厳が肯いた。
「だからこそ戦わねばからぬのじゃ。誰かを守る為に戦う時こそ、人は強くなれるのだからな」
「うん」
 慈海が微笑んだ。
「瑛太くんは村で一人で、心細くて、村の大人達に厄介者扱いされて。その上、生贄にされそうになって」
「助けたい、のでしょう?」
 林檎が問うと、慈海は微笑を深くした。
「瑛太くんも雷くんも、ね」
「それと村の方々も」
「おい、林檎」
 崔軌は苦笑した。
「そいつは贅沢ってモンだぜ」
「はい」
 あっさりと林檎は肯首した。
「私は欲張りなのです」

 同じ頃、八人目の冒険者であるリン・シュトラウス(eb7760)はまだ小田原の手前にいた。焚き火にあたりながら、毛布にくるまり、一人星空を見上げている。
「今頃、みんなどうしているかな」
 寂しくなって、リンは一人の冒険者の事を思い浮かべた。可憐で、かつ豊満な肉体をもつ女魔術師である。
リンはその魔術師に憧憬に近い想いをもっていた。
「私もあんなふうになりたいな。でも、これじゃあなあ」
 リンは哀しげに胸に視線をおとした。


 翌、明け六つ半。
 吉松は身を強張らせた。すっとのびた手に、いきなり口を塞がれた為である。
「吉松だな」
「うっ」
 低く問う声に、吉松は首をこくこくと上下させた。
「静かに。わしらは冒険者じゃ」
 声とともに、ぬっと姿を見せたのは魁厳であった。嵐が吉松の口から手を離す。
「依頼を受けてきた。瑛太が生贄にされるそうだな。仔細を聞かせてもらおうか」
「はい」
 落ち着きを取り戻したか、吉松が話し始めた。事の次第を。
「やはりそうか」
 小さく呟いたのは龍嗣だ。
 何故、村の者は瑛太を供物にしようとしたのか。その事が疑念として龍嗣の脳裏にあったのだが、吉松から仔細を聞いて氷解した。
 焦燥の滲んだ声で林檎が問うた。
「どこにいるのですか、瑛太さんは」


 翌、辰の下刻。
 燃えるような真紅のコートの裾を翻して、颯爽と一人の騎士が村に足を踏み入れた。セピアである。
 驚いたのは村人だ。一人の男がゆったりと周囲を見回しているセピアに近寄ると、
「村に用かね」
「ええ」
 肯くと、セピアは名乗った。
「村で怪しい儀式が行われてるって仲間から聞いてね」
「仲間から‥‥あんた、誰だ」
「冒険者よ」
「‥‥」
 言葉もなく村人達は顔を見合わせた。ややあって一人の村人が駆け出していき、すぐに老人を連れて戻ってきた。
「村長の丹兵衛だが」
 老人は名乗ると、セピアをじろりと睨みつけた。
「冒険者らしいが、呼んだ覚えはないぞ」
「当然よ。呼ばれてないもの。ただ聖職者として、私も儀式を手伝いたいの」
「冒険者などには用はない」
 突如響いた声に、はじかれたようにセピアが振り返った。
 背後に、いつの間にか一人の修験者が立っている。能面に似た面をつけた、不気味な修験者だ。
「貴様、異教の者だな。儀式を邪魔しに参ったか」
「違うわ、私――」
「いいや」
 仮面の修験者はセピアを遮ると、
「怪しい。もしや鬼の使いではあるまいな」
「何を――」
 咄嗟に右手の聖槍をかまえようとし――セピアの動きが凍結した。殺気に満ちた村人達がセピアを取り囲みつつあったのだ。
 セピアの手が力なく垂れた。彼女の力をもってすれば斬り抜けるのは容易いが、まさか村人を傷つけるわけにはいかない。
 仮面の修験者が命じた。
「儀式が終わるまで、邪魔されぬよう閉じ込めておかれるが宜しかろう」
「くっ」
 唇を噛むセピアは、すでにこの時デティクトアンデットにより修験者の正体を看破している。
 奴は――
 不死者だ。


 風すら息をひそめているようで。
 樹海の中、龍嗣はしゃがみこみ、草に何事か囁いていた。
「やはり雷はこの奥にいるようだ」
 龍嗣が顔をあげた。慈海は大きく肯き、
「来るかな、雷は」
「さあて」
 慈海の問いに、崔軌は樹海の奥から視線をはずさずに答えた。
「修験者どもが何か仕組んだのなら、必ず雷は現れるはずだ。殺戮の鬼神と化して。おそらくはそれが奴らの――」
 崔軌の声が途切れた。そして、知らず彼は腰を浮かせていた。
 樹海の奥から、何か来る。姿も見せぬうちから二人の冒険者の肌をちりちりと粟立たせるほどの高圧の気配を放つ者だ。
 わずか後、ゆらりと巨大な影が現れた。


 林の中から、リンを含めた四人の冒険者がじっとある建物を見つめていた。
 村外れに建てられた蔵。吉松から聞いた瑛太の監禁場所である。
「瑛太さんはいるわ」
 リンが口を開いた。テレパシーにより、瑛太に来訪を告げたのであった。
「仮面の修験者はどこに行ったのでしょうか」
 林檎が問うた。
 最初、蔵の前には三人の修験者が立っていた。が、突然、その中の首領格らしき仮面の修験者が姿を消した。どうやら村で何かあったらしい。
 嵐は獲物を狙う獣の如く眼を眇めた。
「雷が何時現れるかわからん。それに仮面の修験者が戻って来ると面倒だ。やるぞ」
「私が注意をひきつけます」
 林檎が歩みだした。
 一瞬の黒光の煌き。はらりと着物が落ち、白狼が修験者めがけて駆けた。
「何だ?」
 修験者達の眼が白狼を追った。
 何でその隙を見逃そう。魁厳が豹のように襲った。同時に嵐も。疾風のように地を馳せる。
「ぬっ」
 一人の修験者が印を組んだ。が、間にあわぬ。顔面を嵐の放擲した分銅が粉砕した。同時に魁厳もまた別の修験者の首筋に手刀を叩きこんでいる。
「これでしばらくは眼を覚まさぬじゃろう。さあ、早く瑛太殿を」
「うん」
 リンが蔵に飛び込んだ。鍵はかけられてはいない。
「何てひどい」
 瑛太を見つけ出したリンの眼に青い炎が燃え上がった。瑛太は手足を縛られ、猿轡までかまされていたのである。
「可哀想に」
 リンが瑛太を抱きしめた。その身の温もりで瑛太の凍りついたであろう身も心もとかせるように。
 その時、衣服を身に纏った林檎が瑛太の肩に手をおいた。そしてじっと瑛太の眼を見つめた。
「瑛太さんを雷と会わせます」
「雷と?」
「はい」
 肯く林檎の眼の光が強まった。闇を裂く月光のように。
「貴方と雷との絆は、貴方が思う以上に試練なのです。崩さぬ為、確かな愛とする為にも目を逸らせてはいけません」
「俺」
 瑛太が立ち上がった。体が弱っているのか、わずかによろめいている。
「姉ちゃん、ありがとう。俺、雷に会うよ」
「そうはさせぬ」
「何っ」
 はじかれたように振り向いた嵐は、そこに仮面の修験者の姿を見出した。


 冒険者達は身を強張らせた。
 八尺近くある巨躯に金色の魔眼を有するソレは鬼の中の鬼、まさしく鬼神だ。
 雷。
 三大軍神の一柱に数えられる建御名方である。刃をかわさぬうちに冒険者が圧倒されたのもむべなるかな。
「どけい」
 雷から凄絶の殺気が吹きつけた。実際、それは熱風と化して冒険者の髪をなびかせている。
「くっ」
 手をかざして豪風を避けながら、崔軌は顔色をなくした。
 戦ってどうなる相手ではない。まさに竜車に歯向かう蟷螂の斧。が――
「どかねえ」
 崔軌は云った。
「てめえ、瑛太を助ける為に村人を皆殺しにするつもりだろうが、そうはさせねえ。あいつを育てた総てを、お前だけにはぶち壊させる訳にゃいかねえんだ!」
「ならば、死ね」
 その言葉が消えぬうち、雷の姿が消失した。と、しか冒険者には見えなかった。
 次の瞬間、崔軌の眼前に雷が現出した。
「うっ」
 と崔軌が呻いたのは一瞬。振りおろされる金色の金棒は彼の頭蓋をとらえ――槍の柄ががっきと受け止めた。
「くうっ」
 今度は慈海が呻いた。ドレッドノートで雷の一撃を受け止めたものの、槍の柄はひしゃげ、そして彼の腕も粉砕されている。ドレッドノートががらりと転げ落ちた。
 ぎろりと雷が見下ろした。対する慈海はがくりと膝をつき、それでも雷を睨み上げ、
「瑛太くんが喜ぶと思うの?」
「何?」
「きっと瑛太くん、村人を皆殺しにしたいなんて思ってないよ」
「ふふん」
 雷が唇をめくりあげた。
「村の者どもに生きている価値などあろうか」
「価値とかなんて関係ない!」
 慈海が叫んだ。
「雷くんに殺戮なんかさせたくない。そう瑛太くんが思っている事が大事なんだよ」
「何故、瑛太がそう思うのだ」
「友達だからだ」
「友‥‥達」
 雷の憤怒の相に亀裂が入った。
「そうだ」
 崔軌が、今度は慈海を庇うように前に立った。
「わかってくれ、雷。前にも云ったが‥俺ぁ子供を友と呼んで笑う奴を本物の鬼になんざしたかねえんだよ」
「貴様」
 雷がゆっくりと金棒を振り上げた。
 彼の前にあって、崔軌は鼠同然の存在であった。いくら奮闘しようとも、雷の身に掠り傷一つつける事はかなわないだろう。
 そうと悟りつつ、しかし雷は金棒を振り下ろす事ができなかった。
「死を覚悟した眼だ。そうまでして‥‥何故だ」
「云ったはずだぜ、おめえを本物の鬼なんぞにしたくねえって」
 崔軌がニヤリとした。ふっと笑い、雷が金棒をおろした。
「この建御名方、負けたわ」
「馬鹿め!」
 嘲る声が響いた。はっと振り上げた冒険者の眼は、空に佇んでいる修験者姿の美少年を見とめている。
 美少年――天津甕星が嗤った。
「建御名方ともあろう者が、負けただと。ガキがどうなってもよいのか」
「瑛太さんはここです!」
 リンの叫びが空を震わせた。


 時は、少し戻る。

「ゆけ」
 嵐が冒険者と瑛太を促した。
「させぬ」
 ずいと足を踏み出した仮面の修験者であるが。その眼前を分銅が薙いですぎた。
「貴様の相手は俺だ」
「ええい、邪魔だ」
「とは、貴様だ」
 嵐の手から白光が疾った。手裏剣だ。
 が、仮面の修験者はよけない。手裏剣は光の尾をひきつつ修験者の身に吸い込まれ――
「ふふふ」
 胸に手裏剣を突きたてたまま、修験者が嘲笑った。
「俺にこのようにものが効くものか――ぐっ」
 仮面の修験者が突如苦悶した。今度は嵐が笑った。
「そいつは八握剣といってな、貴様らを殺す為につくられたものなんだ」
 嵐の手から分銅が飛んだ。わずかに遅れて仮面の修験者が横に跳躍する。
 地に降り立った時、仮面の修験者の口から呻きがもれ、同時に砕けた仮面の欠片がはらはらと落ちた。
「ぬ、ぬかった」
「おお!」
 騒ぎを聞きつけて集まっていた村人達の間からどよめきが起こった。
 彼らは見たのである。修験者の正体を。人はではなく、それは――
「やはり黄泉人か」
 嵐がもらした声は、しかし黄泉人から吹きつける衝撃波すらともなった風によって吹き消されている。風が凪いだ時すでに黄泉人の姿はなく、身をかがめてやりすごした嵐はすっくと立ち上がり、丹兵衛のもとに歩み寄った。
「一人の少年を犠牲にしようとしてまでお前が信じた物はなんだったのだ?」
 嵐が問うた。
 丹兵衛は答えられぬまま、ただ黙然と立ち尽くしていた。


 天津甕星は去り、樹海には五人の冒険者と瑛太、そして雷が残されていた。
 崔軌が問うた。
「そういや雷は神サンなんだってな。これからどうすんだ?」
「雷と瑛太、二人で旅にでるのもいいかもしれない」
 龍嗣が告げた。が、林檎は哀しげに首を振る。
「難しいでしょうね。どこに行こうときっと安住の地などないでしょう。あたしは貴方と瑛太さんの絆を信じますが、信じぬ者、信じることを邪魔する者の方が世には多いですから。山奥などに隠れ住むなら別ですが」
「それはできぬな」
「ええ」
 雷の答えに、林檎が肯いた。
「瑛太さんには未来がありますからね。日陰にとどめおかせてはなりません」
「それならどうすればいいの?」
 竪琴を爪弾いていたリンが手をとめた。と――
「俺のところに来い」
「えっ」
 びくりとして眼をむけたリンは、何時の間に現れたか、樹間に立つ三人の深編笠の侍の姿を見出した。
「そ、早雲様――」
 慌ててリンは口を押さえた。すると侍の一人が笠をあげ、花のような美貌に苦笑をきざんだ。
「よく知らせてくれたな、リン。――雷」
 北条早雲は雷に眼を転じた。
「このジャパンにおいて、唯一瑛太とお前が安穏に暮らせるところがある」
「それがお前のところだというのか」
「そうじゃ」
 答えたのは小さな童であった。伽羅と名づけられた座敷童子である。
 さすがの雷も瞠目した。
「お前は――。お前まで、この男のもとにいるのか」
「うむ。いてやっておる。まあ、このような馬鹿でもなければ、お前と共にあるなどできまいな」
「馬鹿か‥‥」
 雷は冒険者を見渡した。他人の為に平然と命を懸ける事のできる馬鹿者達の顔を。
「ゆくか、瑛太」
「うん」
 答えた瑛太の顔は、紛れもなく男の顔であった。讃えるように、再びリンは爪弾いた。優しき陽だまりの歌を。