【四国動乱】潜入、魔界伊予
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:15 G 20 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月19日〜03月28日
リプレイ公開日:2009年04月02日
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●オープニング
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高松城。
別名玉藻城とも呼ばれる高松藩主城内の披雲閣において、藩主細川定禅は苦い表情を浮かべていた。
丸亀城をめぐる攻防。冒険者の助力を得て、ともかくも伊予兵は退いた。が、それは一時のことだ。
すでに冒険者というこちらの手の内は知られた。伊予松山において、藩主である河野通宣は着々と戦備を整えつつある。いずれこの高松城を攻めることは必定だ。
「その冒険者のことでござりますが」
重臣、安富盛範が口を開いた。
「奇妙なことを申しておりました」
「妖狸のことであろう」
定禅が答えた。その声音には苛立ちが滲んでいる。
先日招いた冒険者が松山藩には妖狸が巣くっていると云っていた。足軽に化け、幾人もの娘を浚い、その生肝を喰らっていたという。が、本当であるかどうか。
また本当であったとして、それが何の足しになるか。それよりも戦である。
「その戦のことでござります」
「何?」
定禅の表情が動いた。
「戦がどうした?」
「平岡房実のことでござります」
盛範が答えた。
「丸亀城攻めの将が平岡房実であったこと、殿もご承知でござりましょう。その平岡房実の正体が妖狸であったと冒険者が申しておりました。もしそれが事実であったなら」
「事実であったなら?」
「面白きこととなりましょう。平岡房実と申さば荏原城城主。その荏原城城主の正体が妖と知れれば、松山藩の者どもにどのような動揺が広がるか」
「ううむ」
定禅の顔にようやく血の色がもどった。
「なるほど。妖狸のことなど戯言と聞き流していたが、よくよく考えてみれば盛範の申すとおり。これは、もしやすると河野を退ける妙手となるやもしれん」
「それでももう一度冒険者を」
「うむ、呼び寄せよ。そして伊予に潜入させ、松山藩を調べさせるのだ」
声高く定禅が命じた。
●
伊予、浮穴郡。
荏原城。
深夜、庭で水音がはねた。
偶然その音を耳にしたのは平岡通倚の妻の梨花である。平岡通倚は荏原城城主である平岡房実の嫡男であり、梨花は眠れぬ為、一人庭に出ていたのであった。
その水音に誘われるかのように、梨花は池に足をむけた。池には鯉がいる。今の水音は鯉が水をはねたものであろう。
と――
梨花の足がとまった。誰もいないはずの池で、何者かが屈み込んでいる。よく見ると、それは義父である房実の背であった。
「義父上様、このようなところで何を」
していらっしゃるのですか――問いかけた梨花の声が途切れた。
わずかに見える房実の顔。それは異様なものであった。鼻面がのび、口が耳まで裂けている。獣の顔だ。
ひっ、と息をひいた梨花に気づいたものか、房実がくるりと顔をむけた。まるで笑ったかのように、口の端がわずかに吊り上る。
「見たな。見られた上は――」
房実の眼が爛と光った。
翌朝。
騒ぎを耳にし、房実は足をとめた。
「何の騒ぎだ」
「父上」
通倚が只ならぬ声をあげた。
「梨花の姿が見えぬのです」
「何?」
房実の眉がひそめられた。
「梨花殿の姿が見えぬ? 庭でも散策しているのではないのか」
「いいえ。私は良く眠ったいて気づかなかったのですが、どうやら昨夜から戻っていないようなのです」
「昨夜から?」
さすがに房実の表情が変わった。
「わかった。家臣どもに命じて探させよう。――それもそうだが通倚。三ノ井戸の水が濁っておる。早々に埋めておけ」
「はッ」
答え、通倚は退っていった。故に知らぬ。見送る房実の眼が黄色く底光っていることを。そしてくつくつと笑っていることを。
●リプレイ本文
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讃岐と伊予との国境。
そこに広がる山中をすすむ一団があった。総勢七人。身のこなしといい、身にまとわせた冷えた気配といい、只者ではなかった。
「いやはや、東でも西でも狸が暴れるとは」
苦笑しつつ、異国人の美貌の若者が口を開いた。背に負うているのは布で巻いて隠してはいるものの、弓である。若者は続けた。
「三河の古狸に四国の妖狸、どちらも大人しくなれば良いのですがねぇ」
「そうじゃのう」
肯いたのは河童であった。
「古狸めが意外に働く故、わしの主も大汗をかいておられる。迷惑なことじゃ」
河童は唸った。古狸とは三河藩主である源徳家康のことであり、彼の云う主とは仙台藩藩主伊達政宗のことである。河童はその政宗の家臣であり、黒脛巾組の一忍であった。
「ふふふ」
愛くるしい瞳の混血の娘が微笑んだ。二足の草鞋も大変だと思ったのだ。
その娘のその頬を、髪を涼やかな風がくすぐるようにすぎてゆく。混血の娘は風に髪が揺れるに任せ、
「もうすっかり春ね〜。造酒兄さん、元気かしら」
ふと振り返る。遥か京の方角にむかって。
混血の娘の胸には懐かしい面影が去来していた。ふてぶてしく、しかしどこか孤独の翳のある男の面影が。
「また会えないかなぁ」
「ここまでだ」
突如、先頭をゆく元侍らしき男が立ち止まった。
そこは山の頂であった。下界には家々がぽつんぽつんと建っている。村が見えていた。
「讃岐はここまでだ。ここからは先は伊予となる。用心しろ」
元侍らしき男が云った。
彼は高松藩隠密。そして六人は伊予潜入を目論む冒険者――設楽兵兵衛(ec1064)、ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)、磯城弥魁厳(eb5249)、ステラ・デュナミス(eb2099)、アン・シュヴァリエ(ec0205)、所所楽柳(eb2918)であった。
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人になりたい 山狸
山を飛び出し 旅に出た
人に紛れて 人のふりして
紛れてみたが 狸は狸
人を夢見る 山狸
ふりばかりじゃ 疲れちまう
奇妙な歌である。が、舞い歌う娘の艶やかさに、人々はその違和感を喪失していた。
松山城――別名金亀城城下。戦のために空気にはひやりとする緊張感が滲んでいるが、それでも攻める方である故か、人々の日々の生活には活力があるようであった。
歌はさらに続く。
嫁さん欲しい 山狸
山を飛び出し 町に出た。
人に紛れて 人のふりして
探してみたが 狸は狸
嫁さん夢見る 山狸
腹が減って 食っちまった
「おい」
声に、娘――柳は歌うのをやめた。見ると、一人の侍と数人の町人らしき男達が立っている。
「何をしている?」
侍が問うた。その手には十手が握られている。どうやら役人であるらしい。
柳は静かな声で答えた。
「歌と舞いを披露している。僕は楽士なのでね」
「ふふん」
役人はじろじろと無遠慮に柳の全身を眺めると、
「貴様、不審のところがある。調べる故、番屋まで来てもらおうか」
「何っ」
柳の眼に一瞬殺気がはしった。が、すぐにかまえを解いた。
役人の背後を顔を伏せた数人の百姓らしき一団が歩き去っていく。冒険者だ。
役目は果たした。柳はゆるりと微笑んだ。
「いこうか」
●
日はやや傾きかけている。
その柔らかな日差しの中にぽつねんと立つ少女を見とめ、茶店の老婆は足をとめた。
「どうかしたのかね」
「お団子ちょうだい」
少女は答えると、縁台にちょこんと腰掛けた。
「ねえ、お婆ちゃん」
老婆がもってきた団子を頬張り、少女は老婆に声をかけた。
「私、行方知れずになったお姉ちゃんを探してるんだけど」
少女は姉の人相を語った。が、老婆は空しく首を振る。
「なんじゃ、人探しかの」
奥から出てきた老人がちらりと少女を見た。
「最近行方知れずが多いのう。お城の奥方様もお姿が見えなくなったらしい。きっと讃岐の侍の仕業じゃな」
「お爺ちゃん」
少女が只ならぬ声を発した。
「今の話は本当なの? お城の奥方様が行方知れずになったっていうのは」
「本当じゃ。城に出入りしている小間物屋の善兵衛から聞いたからの」
「ふーん」
どこか遠い眼をして、少女は団子をぱくり。桃色のそれは梅の花に似て、春の味がした。
●
荏原城。伊予松山藩の支城の一つである。
その濠端を一人の男がゆらりと歩いていた。兵兵衛である。
と――
兵兵衛の足がとまった。笑みのうちから、すっと剣呑な表情が覗く。
「どうですか、通倚様の様子は?」
問うた。通倚とは荏原城城主である平岡房実の嫡男、平岡通倚のことである。
「城の中じゃ。いつ城外に出るかわからん」
返る声は濠の中からした。魁厳である。
「困りましたねえ」
さすがの兵兵衛も困惑の態で唸った。
平岡房実の正体が妖狸であることはステラが見抜いている。その事実を嫡男である通倚に示し、味方につけることが今回の策の要であった。が、その肝心の通倚の動きが掴めない。
すると魁厳は今夜、と答えた。
「わしが城に潜り込み、様子を探ってくる」
●
その魁厳が、荏原城城下の宿に戻ってきたのは子ノ刻をすぎてからであった。
「通倚様の様子は?」
兵兵衛が問うと、魁厳はかぶりを振った。
「相変わらず城の中じゃ」
「弱りましたねえ」
ルーフィンも笑みを消し、首を振る。
彼は矢文を放ち、通倚を導くつもりであった。が、通倚が城中にある限り、その策を行うのは不可能だ。
「じゃあ私が城にいくわ。わざと捕まって通倚さんに会ってくるわ」
「だめです」
兵兵衛がちらりとステラを見た。
「わざと捕まったとして、どうやって通倚様と会うつもりなのですか」
「父親の正体をほのめかせばどうかしら」
「捕まえた役人に云うのですか? そのような途方もないことが通倚様に伝わるかどうか‥‥」
兵兵衛が溜息を零した。
此度の策において、通倚との接触は不可欠である。房実の正体を暴くのは、何としても通倚の前でなければならないのだ。
「そうだ!」
突然アンが手を叩いた。
「通倚で思い出したけど、彼の奥方が行方知れずになっているらしいよ」
「行方知れず?」
ぽつりと声をもらしたのは魁厳だ。ルーフィンの眼がすっと細くなった。
「どうかしたのですか」
「いや、行方知れずと聞いての。わしも気になることがあったのじゃ。さすがに城中までは無理であったが、城に潜り込んでみた。その折、おかしなものを見た。井戸が一つ、埋められておった」
「井戸が?」
兵兵衛の眼がぎらりと光った。
篭城に備え、飲み水の確保は重要である。その水源となる井戸を埋めるとはいかにも不自然だ。
「とうとう尻尾を掴んだわね」
ステラがニッと笑った。
それは妖しく。しかしあくまでステラは聖女のように美しかった。
●
番屋奥。
薄暗い牢の中に柳はいた。責めを受けたようで、顔色は青ざめて、やつれている。が、背は昂然とのばしていた。
「しぶとい奴」
忌々しげに舌打ちしたのは牢の外に佇む侍だ。筆頭与力で、名は浅井甚四郎という。
「楽士などとほざいてはいるが貴様、讃岐の隠密であろう。狸を歌った奇妙な歌といい、何を企んでいる?」
「知らない」
柳は真っ直ぐに甚四郎を見据え、答えた。
「ほう」
甚四郎はニヤリとした。その眼に一瞬はしったものがある。ぬらりとした殺意だ。
「生きてここから出られると思うなよ」
甚四郎の手が刀の柄にかかった。斬り捨てる理由などどうとでもなる。
その時――
「ヤナを迎えにきました」
声がした。懐かしいその響きは――
「ルーフィン!」
「はい」
柳に微笑み返し、ルーフィン甚四郎に向き直った。
「ヤナの妹さんに頼まれて迎えにきました」
「妹?」
「はい。所所楽柊。新撰組十一番隊の隊士です」
「新撰組!」
甚四郎の表情が変わった。ややあって彼は刀の柄から手を離した。新撰組と事をかまえるのは得策ではない。
「今日のところは見逃してやる。が、これで逃げおおせたと思うなよ」
甚四郎はニタリとした。
番屋からやや離れたところで柳の足がもつれた。それをルーフィンは抱くようにして支え、
「大丈夫ですか」
「キミこそ大丈夫なのか。僕のところになど来て」
「私は城には忍びこめませんからね。それに私にとってはヤナの方が四国より大切ですから」
「ば、馬鹿」
怒鳴ろうとしてよろけ、今度こそ柳の身はルーフィンにしっかりと抱きしめられた。
●
宵の口であろうか。が、蔵の中のステラには時の感覚はない。
城に乗り込んだステラであったが、捕らえられ、彼女はこの蔵へと連行された。通倚の奥方の行方を知っている素振りを見せたが、彼女を捕らえた侍達がどれだけ信用したか。
ともかく通倚が現れることなく、ステラは責め抜かれた。今やステラの雪の肌は血にまみれ、衣服は申し訳程度に身体にまとわりついているのみだ。
その時に至り、一人の侍が姿を見せた。荏原城城主、平岡房実である。
「この女か。梨花の行方を知っていると申しておるのは」
「はッ」
ステラを捕らえた侍が肯いた。
「ご下知の通り痛めつけておりますが、通倚様にしか話せぬとの一点張りにて」
「強情な奴」
呟き、房実は鼻をひきつかせた。
「‥‥女。貴様、丸亀城攻めの際、わしの陣に忍び込んだ者だな」
「さすがに鼻がいいわね」
ステラは血笑をうかべた。
「妖狸。上手く城主に化けたものね」
ステラは侍達にむかって叫んだ。
「貴方達の主は妖よ!」
「何を世迷い言を」
房実は冷笑をステラにむけた。そして命じた。
「この女、細川の隠密かもしれぬ。殺してもかまわぬゆえ、何を企んでおるか白状させよ」
責めはどれくらい続いたであろうか。
このままでは責め殺される。その予感に、無意識的にステラが印を結びかけた時だ。
突然、侍が崩折れた。
異変に気づき、よろよろとステラが顔を上げる。そして見た。一人の侍がうっそりと佇んでいるのを。
「お前か、梨花の行方を知っているというのは」
侍――通倚が口を開いた。
「放っておけという父上の命に逆らうが、しかし梨花にかかわることなれば捨て置くわけにはいかぬ。本当に梨花の行方を存じているなら申してみろ」
「いいわ」
ステラは血の滴る唇を開いた。そして告げた。房実の正体が妖狸であること、そしてその房実の手により梨花はすでに亡き者となり、井戸に埋められてしまったことを。
「馬鹿な」
通倚が顔をゆがめた。
「父上が妖狸だと? 戯言もいいかげんにせよ」
くるりと背をむけると、通倚は吐き捨てた。
「一縷の望みにすがったが、無駄であった」
「‥‥だめだったね」
蔵の入り口にすっと人影が現れた。月明かりに逆光となり良くは見えぬが、どうやら全裸であるしい。小ぶりだが形の良い乳房と下半身の淡い翳りがうかがえた。アンである。
「ごめんね遅くなって。カリンとユリアンが見ててくれたからここの場所はわかっていたんだけど」
「いいえ。それよりも通倚様のことよ」
アンの手により戒めを解かれ、ステラはがくりと地に這った。かなりの傷を負っている。
「信じてもらえなかったわ」
「仕方ないよ。それよりも早く逃げ出さないと」
アンが印を組んだ。次の瞬間、闇と同色の光が煌き――
幾許か後。
蔵から二匹の猫が忍び出た。音もなく‥‥。
●
三ノ井戸近くの木陰に魁厳は忍んでいた。その足元には黒装束をまとった人影が倒れている。
伊予忍び。魁厳の仕業であった。
が、魁厳も無傷というわけではない。背に手裏剣による傷を負っていた。
「そろそろ寅ノ刻か」
魁厳は呟いた。
あと少しで夜が明ける。そうなれば冒険者は引き上げねばならない。
依頼は果たせずか。
魁厳の胸に諦念がきざしはじめた時だ。
ふっと闇の中に人影がわいた。通倚だ。
通倚は井戸に近寄ると、中を覗き込み、
「この中に梨花が埋められているだと」
馬鹿な、と笑いつつ、しかし通倚には否定しきれぬものがあった。
篤実剛直であった房実の最近の変わりよう。さらに急に三ノ井戸を埋めるように命じたられたこと。
振り払っても振り払っても、通倚の胸に蘇ってくるのだ。蔵の中の女の一言が。
房実の正体は――
「通倚」
呼ばれ、通倚はびくりと身を強張らせた。声は房実のものであったのだ。
「このような夜更け、何をしておる」
通倚をじっと見据え、房実が問うた。
「は‥‥そ、それは」
通倚が口ごもった。
刹那である。何かが爆ぜたような音が響き渡った。
「ぬっ」
房実は灼熱の殺気を背後にとらえた。が、間に合わぬ。
「椿!」
殺気の主――魁厳はセイクリッド・ダガーを振り下ろした。それは狙い過たず、房実の胸を貫いた。
「まだじゃ」
魁厳は刃でえぐろうとした。たとえ秘術椿をもってしても威力の低いセイクリッド・ダガーで致命傷を与えることは難しい。とどめを刺す必要があった。
が、反射的に魁厳は飛び退った。一瞬遅れ、刃が薙いですぎる。通倚の一刀だ。
「父上に何をするか!」
「房実殿ではない。妖狸じゃ」
「何を――誰か。誰かおらぬか。曲者じゃ」
通倚が絶叫した。同時に魁厳に斬りかかる。
飛び退りつつ、魁厳は舌打ちした。これでは房実にとどめは刺せぬ。
魁厳の琥珀の瞳に絶望の色が一瞬よぎり――それはすぐに希望の光に変わった。
彼の眼は、この時、疾風のように走り来る一つの人影を見出したのだ。それは――
「覚悟!」
空に舞ったのは兵兵衛であった。その背に手裏剣を浴びつつ。
月光に飛鳥のような黒影を刻み、兵兵衛は全体重を乗せた鉄扇を房実に叩き込んだ。渾身の一撃は房実の頭蓋を西瓜のように粉砕するはずであった。
が――
鉄扇をとまっていた。房実を包む銀色の光球に阻まれて。
「こ、これは――」
愕然として通倚が呻いた。何が父の身に起こったのか、よくわからない。
いや――
父の様子が変だ。顔が‥‥あれではまるで獣のようで――
刀をもつ通倚の手が力なく垂れ下がった時、突然房実の姿が消失した――ように通倚には見えた。それは房実が足元の影に潜り込んだのだが、魔法を知らぬ通倚の眼には房実の身体が空にかき消えたとしか映らなかったのだ。
「ち、父上――」
喘ぎ、通倚は二人の冒険者を睨みつけた。
「う、うぬら、父上に何をした?」
「わたくしたちは何もしていませんよ」
取り囲む伊予忍びに対して身構えつつ、兵兵衛は答えた。そして告げた。
「通倚様にはわかっているはずです。今、目の前で起こったことの意味が」
「う、うう‥‥」
糸が切れた操り人形のように、通倚は膝を折った。
●
山越えをし、讃岐に入る七つの影があった。高松藩隠密と冒険者であるが――。
その冒険者の相貌には複雑な色が滲んでいた。
確かに通倚は冒険者の云うことを信じたようである。井戸を掘り返せば証も見つかるであろう。が、肝心の房実を逃した。それが今後、どのような影響を及ぼすか。
足軽大将である三宅藤右衛門の名を告げ、通倚には用心するようにと注意を促したものの、果たして――
四国を覆う暗雲は、さらにその濃度を増しつつあるようであった。