【道教大神】裏柳生

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2009年12月30日

●オープニング


「十兵衛を殺せ」
 命じたのは沈毅重厚の侍だ。尋常でない気を身裡に抱いている。
 侍の名は柳生宗矩。源徳家剣術指南役である。
「兄上を」
 愕然とした眼をあげたのは少年だ。とはいえ宗矩に劣らぬ――いや、むしろ凌駕するほどの気を放っている。
 柳生義仙。柳生家の四男であった。
 宗矩は肯いた。
「そうだ。此度のこと、お前も聞いておろう」
 宗矩が云った。此度のこととは、十兵衛が源徳信康を切腹の場より浚った一件をさす。
「はッ。しかし兄上を殺せとは――」
「我らがやらねばならぬ」
 沈痛な面持ちで宗矩は答えた。
「柳生の面目にかけて十兵衛を殺らねば、柳生家に未来はない。わかるな、義仙。今日この時より裏柳生の総帥となり、十兵衛を必ずや討て」
「はッ」
 義仙は面を伏せた。

 その義仙の口から忍び笑う声がもれたのは宗矩が去ってしばらく後のことであった。
「まさかこのような日がこようとはなあ」
 義仙が顔をあげた。ニンマリと笑う。
 義仙は幼き日、兄である十兵衛の剣を見た。そして戦慄した。世にこのような天才が存在するのか、と。
 義仙は十兵衛に憧れた。同時に憎んだ。嫉妬した。
 その時から義仙は血の滲む修練を重ねた。兄に追いつくために。
 どれほど経った頃だろうか。義仙はついに十兵衛を凌いだと思った。
 それは義仙の自信となったか。
 いいや、それは義仙のあらたなる苦しみの始まりであった。
 柳生十兵衛なにするものぞ。その思いが義仙にはある。
 が、十兵衛は嫡男なのである。どのように強かろうが、妾腹である義仙が柳生家を継ぐことはできない。
 以来、義仙は昏い敵愾の炎を胸の奥にずっと燃やし続けてきた――
「親父殿。念をおされずとも、きっと十兵衛は殺してみせる」
 義仙の唇がさらに吊り上がった。それは魔性の笑みであった。


 義仙が父である宗矩から命を受けてからどれほどの月日が流れ去ったか。
 いまだ義仙は十兵衛をとらえきれずにいた。
 その間に世は激変した。源徳家康が江戸において北条早雲によって討たれたのだ。
 北条早雲その人については裏柳生により、義仙は報告をうけていた。つかみどころのない男であるという。武田信玄は早雲を鵺のようなと評したとも聞いた。
 家康が早雲に討たれたとの報せを耳にし、義仙はさして驚かなかった。早雲が裏柳生の調べどおりの人物であったならばやりかねぬ、またやることのできる男と思ったのだ。
 家康が影武者であるとの噂も流れたが、義仙は一笑にふした。
 家康が討たれ、源徳軍は潰走した。背水の陣で望んだ戦で敗れたのだ。もはや反撃する余力はあるまい。
 それで何が影武者だ。家康一人生き残り、軍はボロボロになった。軍を潰し、自身生き残ったとて何の意味があるか。ない。
 もし討たれた家康が影武者であるならば、すぐさま家康は正体をあらわし、反源徳軍を翻弄したはずである。
 それが、ない。すなわち、家康は本当に討たれたということである。
 今さら十兵衛を討つ必要があるか。その疑念をあえて振り捨て義仙はなおも十兵衛を追った。
 その義仙のもとに、突如ある報がもたらされた。
「十兵衛が病と?」
 義仙の眼が見開かれた。
「あの十兵衛が病など‥‥信じられぬ」
 義仙は報をもたらした裏柳生衆の一人、片桐才助を見据えた。
「それはまとこか」
「確かめましてございます」
 才助は肯いた。
「隻眼の武士が破れ寺にて病で倒れていると申す者がおり、ひそかに探ってみたところ――あの顔は確かに十兵衛様」
「ふむ」
 義仙は眉をひそめた。
 十兵衛が病ごときで倒れるなどにわかには信じられぬが、才助の眼は確かだ。誰かが化けている可能性はあるが、しかしどこの誰が十兵衛に化ける? 何の得がある? 十兵衛が裏柳生と服部党に追われていることを知る者は多い。自ら危地に飛び込む者があるとは思えなかった。
「よし、俺がゆこう」
 義仙が立ち上がると、同席していた二人の侍もまた立ち上がった。裏柳生衆の塚原左内、鶴木右膳の二人だ。
「義仙様、我らもお連れいただきたい」
 左内が云った。ちらりと義仙は二人の裏柳生衆を見遣ると、
「お前たちを?」
「左様でござります」
 今度は右膳が口を開いた。
「十兵衛様は我らの目標でござった。一度はたちおうてみたいと夢想しておりながら、決して剣をまじえることができぬお方。唇を噛んでおりましたが――ふふ」
 右膳は不敵に笑った。
 義仙は眼の光を強めると、再び眉をひそめた。
 敵はあの柳生十兵衛だ。病といえど、どれほどの力を蔵しているかはかりしれない。ここは確実に始末するに如かず。
「よかろう」
 義仙は云うと、腰に刀をおとした。


 義仙が江戸を発った後のことである。
 京都の冒険者ギルドを一人の娘が訪れた。
「病で倒れた柳生十兵衛様をのお命を狙っている者がございます。以後、十兵衛様が危難にあうことのなきよう、その者達を斃していただきたく」
 娘は云うと、金子をおいた。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb1065 橘 一刀(40歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785

●リプレイ本文


「ぬう、護衛対象はかの柳生十兵衛殿か」
 依頼書を取り上げて唸った者がいる。岩を彫り上げたかのような巨躯のその男の名は風雲寺雷音丸(eb0921)といった。
 雷音丸はニヤリとすると、
「いかな剣豪とはいえ人の子。病に伏せるときもあるだろう。武士は相身互いだ。助けてやろう」
「私もいこう」
 一人の男が声を発した。
 凶相ともいってよいほどの面構え。が、その眼には理知の光がゆれている。
 大蔵南洋(ec0244)。北条家家臣たる冒険者である。
 と、南洋は依頼書を覗き込み、ややあって首を傾げた。
「‥‥妙だ」
「妙? 何が妙だ」
「場所だ。大和と柳生の庄とはどれ程も離れておらず、不用意に訪れるような土地では無いはずだ」
「そう云われればそうだが‥‥。が、十兵衛殿にも事情はあるだろう。偶然訪れた大和で病に倒れたということも考えられる」
「でも」
 突如、雷音丸と南洋の背後で声がわいた。
 声の主は娘だ。可憐な美貌といい、見事な肢体といい、人間離れしている。
 セピア・オーレリィ(eb3797)という名の神聖騎士は首を傾げてみせた。
「十兵衛さんを助けようとする依頼人がいるわけでしょ。守ろうとするくせに、どうして破れ寺よりもっと休めそうなところに連れていかないのかしら」
「おっ」
 雷音丸の眼が見開かれた。確かにセピアの言には一理も二理もある。
「おまえの云う通り妙だが――」
「もしかすると」
 遠い何かを見つめるかのようにセピアは眼を眇めた。
「十兵衛さんを餌に私たち冒険者と追っ手を潰し合わせるつもりの存在がいるのかもしれないわ」
「何っ!?」
 またもや雷音丸の眼が見開かれた。
「ば、馬鹿な。いったいどこの誰が冒険者と追っ手とを噛み合わせようとしているというのだ。またそのような真似をして何の得がある?」
「‥‥」
 セピアは空しく首を振った。
 その時だ。横からのびた手が依頼書を掴み取った。
 手の主は女だ。とはいえ、女とは思えぬほどの精気を放っている。
 顔を一目見、南洋が眼を瞬かせた。見知った――どころではない。女は彼と同じ北条家家臣であった。
「渡部殿!」
「ああ」
 肯くと、女――渡部夕凪(ea9450)は依頼書をじっと見つめた。しばし声もない。
「夕凪殿、どうされた?」
「‥‥いやねえ」
 ようやく夕凪が依頼書から眼をあげた。
「よくはわからないが気になるのさ。場所は大和、集うは柳生十兵衛という剣豪とあっちゃあね」
「大和に剣豪‥‥あっ」
 今後こそ雷音丸は愕然たる声をあげた。
 彼は知っている。大和と剣豪と組み合った時に浮かび上がる朧な相を。
 かつて、彼は大和において大禍津日神と名乗る魔性と戦ったことがある。その大禍津日神が率いていた者が剣史上名高い剣豪達であったのだ。
「では、また大禍津日神が――」
「そうと決まったわけじゃないがね」
 夕凪は依頼書を雷音丸に返すと、背をむけた。村雨丸を腰におとす。
「けれど急いだ方がいいだろうね。もし大禍津日神とやらが裏で動いていて、本当に十兵衛殿が病となれば厄介だ」
「そうですね」
 答えたのは少女だ。いや、よく見ると艶がある。
 和泉みなも(eb3834)。パラである彼女は、同じくパラであり、かつ許婚でもある橘一刀(eb1065)を見遣った。
「うむ」
 一刀は肯いた。彼も、そしてみなももまた大禍津日神と対したことがある。
 敵の顔ぶれは宮本武蔵、佐々木小次郎、愛洲惟孝、芹沢鴨。いずれもが剣流の始祖たる大剣士であった。
 その四剣士中、芹沢鴨のみは斃した。その一事すら冒険者にとっては渾身の業であったのだ。そこにもし柳生十兵衛が加わればどうなるか。
「十兵衛殿は必ず守ってみせる。みなも殿」
「はい」
 みなもは静かに肯いた。恐れげもなく。
 嘘だ。恐ろしくないはずがない。
 柳生十兵衛の命を狙っている者として考えられるのは裏柳生、そして服部党。三大剣士とまではいかなくとも、どちらにしても恐るべき手練れぞろいであるはずだ。冒険者とて死ぬことも十分にありえる敵であった。
 しかしみなもはゆく。戦う。震える足で大地を踏みしめて。
 守るべき人がいる限り、斃すべき敵がある限り、みなもの歩みがとまることはない。
 それを知るからこそ、一刀もまたゆく。せめて愛する者の盾となるために。 


「あれだね」
 一人の少女が呟いた。
 年の頃なら十八ほどか。漆黒のドレスをまとっている。
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)。冒険者であった。
「だろうね」
 答えたのは二十歳半ばほどの年頃の娘だ。こちらは鷹を想起させる鎧をまとっている。
 アン・シュヴァリエ(ec0205)。依頼をうけた最後の冒険者である。
 アンはひくひくと鼻をひくつかせた。
「大禍津日神に、裏柳生。‥‥死の匂いが満ちてきたのかしら」
 疲れたように頭をふると、アンはあらためて眼前に立つ建物に眼をむけた。
 破れ寺。柳生十兵衛が臥せっているという寺だ。
 夕凪が素早く周囲に視線を走らせた。そして気配を探る。
 殺気はない。もちろん気配も。今のところは。
 あの十兵衛ならばさもありなん、と夕凪は思った。
 ――真に伏せたとあらば、知らず巻き込む者が無き様人が近づかぬ場を選ぶだろう‥人が在る事さえ妙な話さ。
「ちょっと待って」
 歩み出そうとする夕凪をレティシアがとめた。印を組む。
 印形はエックスレイビジョン。レティシアの眼が鏡のように澄み渡った。
 ややあって――
 レティシアは空に幻影を描いた。臥した一人の侍の姿を。
「これが十兵衛?」
「うむ。確かに十兵衛殿だが‥‥」
 夕凪が答えた。一見したところ、確かに十兵衛には見える。
「そう」
 次にレティシアはテレパシーを発動させた。臥した侍の胸が上下していることは確かめてある。
 そして、幾許か。
 レティシアは首を振った。思念は届いているはずなのだが、返答がない。答えるつもりがないのか、それとも答えられぬ状態であるのか。
「それじゃ仕上げに」
 さしのべられたレティシアの指先に銀光が凝縮した。それは一際眩く輝いたとみるや、突如光の矢と変じて飛んだ。目標限定言霊は最も近くにいるアンデッドである。
 樹間から獣のような呻きがあがった。次いで飛び足した者がある。
 娘だ。それはギルドに依頼を出した娘であめのだが、無論冒険者達は知らない。
「やはりいたな!」
「おのれ!」
 娘が背を返した。逃走する。追おうとして夕凪は足をとめた。十兵衛が心配だ。
 夕凪が破れ寺に足を踏み入れた。本堂の中央に布団をかけられ、寝かされている者がいる。その顔を一目見、
「十兵衛殿!」
 夕凪ほどの女が叫びをあげた。
「間違いありませんか」
 問うみなもにセピアが肯いてみせた。彼女もまた十兵衛の顔を知る冒険者の一人であった。
「間違いないわ」
「それなら」
 駆け寄りかけ、しかしみなもは足をとめた。振り返る。
「ここにいるのが十兵衛殿として、では先ほどのあの娘は何者なのでしょう?」
「アンデッドであることは間違いないわね」
 レティシアがこたえた。が、そのレティシアにしても、アンデッドの目的がわからない。
 雷音丸が眉をひそめた。
「奴、こんなところで何をしていた? もしかして依頼者の娘――」
 云いかけて雷音丸が声を途切れさせた。
 あのアンデッドが依頼者である娘の正体であるとして、しかし何故アンデッドは十兵衛を守る依頼を出したのか。やはりセピアの云う通り冒険者と追っ手とを噛み合わせるつもり――
「十兵衛殿」
 夕凪が呼びかけた。
 応えはない。ただ苦しそうな息をもらしているのみだ。これでは問いかけによって正体を探ることはできない。
 と、夕凪は気づいた。セピアの顔色が変わったことに。
 どうした、と夕凪の口が問いかけの形に動いた時、突如布団がはねあがった。はねあがった銀光は空間もろともセピアの首を刎ねている。手練れの夕凪さえ反応することを許さない、それは圧倒的な剣の一閃であった。
「じ、十兵衛殿」
 愕然として――いや、正確にはやはりという思いを込めて、夕凪は呻いた。
 彼女の眼前で、片膝たてた姿勢で十兵衛が剣を水平にふるっている。ニヤリと十兵衛は嗤った。
「さすがに冒険者。我の正体をよう見抜いた」
 十兵衛が断末魔の痙攣につつまれているセピアを見た。反射的に刀の柄に手をかけつつ、しかし夕凪は動けない。十兵衛に凝した敵が放つ凄絶の殺気に骨がらみ金縛りになってしまったのだ。
 が、一人、ずいと足を踏み出した者がいる。雷音丸だ。
「貴様の殺気、覚えがある」
 雷音丸が云った。
 十兵衛から放射される、魂すら凍りつきそうになるほどの闇の殺気。その殺気の持ち主こそー―
「大禍津日神!」
「おまえか」
 十兵衛が飛び退った。
「少々目算が狂ったが――遅い」
「何っ」
 雷音丸が抜刀した。
 その時だ。南洋の声が響いた。


 雷音丸を除く冒険者が飛び出した。
 見張りについていた南洋と一刀の前に三つの人影がある。冷気にも似た殺気に包まれているところからみて、おそらくは追っ手であろう。
 云うまでもなく柳生義仙、塚原左内、鶴木右膳の三人であった。
 中央に立つ少年――義仙が口を開いた。
「何者だ、うぬら」
「冒険者だ」
 答えたのは一刀だ。そして問い返した。そちらこそ何者かと。
「柳生義仙」
 少年は答えると、本堂に眼をむけた。
「ここに柳生十兵衛がいるはずだ。どこにいる?」
「ここにはいない」
 応えは本堂の中から響いた。遅れて姿を見せたのは雷音丸だ。
「いたのは偽者だ。大禍津日神という化け物が化けていた、な。といっても、そいつももう逃げてしまったが」
「ほう」
 義仙の表情が微かに動いた。その眼は爬虫のそれのようにじっと夕凪を見ている。
「渡部夕凪。うぬが十兵衛と最も近しい冒険者であることは承知している。大禍津日神が化けていたとはようもほざいた。云え。十兵衛はどこだ?」
「あんたねえ」
 夕凪が苦いものを口に含んだかのように顔をしかめた。
「風雲寺さんも云っただろ。大禍津日神が化けていたって」
「とぼけるか。ならば力ずくで吐かせるまで」
 一斉に冒険者達が飛び退った。面もむけられぬほどの凄愴の殺気が吹きつけてきたからだ。
「どうやら云って聞く相手じゃなさそうだな」
 すでに抜き払っていた獅子王を引っ下げ、雷音丸が歩み出した。
「柳生十兵衛を狙う柳生といえば裏柳生。姓が柳生というからには裏柳生を率いているのだろう。面白い。どうしても死合いたいというのなら、この俺が相手になってやる」
「よかろう」
 義仙が抜刀した。そして左右の侍――左内と右膳を見遣ると、
「尋常の果し合いだ。手をだすな」
 するすると雷音丸にむかって歩み寄っていった。
 今、対峙する二人の剣客。ぶつかるは迅剣佐々木流と変剣新陰流。
「むん」
 雷音丸が身裡に闘気を漲らせた。
 刹那だ。突如、義仙が腰をおとした。
 その頭上を流れて過ぎた光がある。小柄だ。
 あまりの意外事に、さしもの雷音丸の反応が遅れた。
「これはっ」
 身に突き刺さった小柄を引き抜き、刃を見た瞬間、雷音丸が歯を軋らせた。
 刃が黒く変色している。毒だ。
「ひ、卑怯」
「馬鹿め。卑怯の二文字は裏柳生にはないわ」
 刃を舞わせつつ義仙が迫った。左内と右膳はそれぞれに一刀と南洋にむかっている。義仙が投げた小柄を一刀は避け、右膳のそれは南洋を貫いていた。
 と、ぴたりと義仙の足がとまった。墨が凝縮したかのような闇が雷音丸を覆っている。それがレティシアのシャドゥフィールドであることは知らず――
 義仙の判断は早かった。
「左内、右膳」
「おお」
 こたえ、二人は義仙に従う。狙うは――アンだ。
 乱舞する光流は三つ。そのうちのひとつがアンの首筋寸前でとまった。アンのホーリーフィールドでとめることのかなわなかった義仙の刃だ。
「動くな。動かば、この女を殺す」
 義仙が冒険者を見渡した。
「云え。十兵衛はどこだ」
「知らんと云ったはずだ」
 雷音丸が答えた。すでにその身の毒はレティシアの解毒剤によって消えている。
 その後には瀕死の状態から脱したセピアの姿もあった。大禍津日神の襲撃を警戒し、周囲に視線を巡らせている。
 義仙の眼に憤怒の炎がゆれた。
「まだそのようなことを」
 アンを左内に任せ、義仙は歩き出した。雷音丸との間合いをつめ、一気にその心臓を貫く。雷音丸の顔が歪んんだ。そこにあらわれたのは苦痛というより、むしろ嘲弄の色であった。
「こうせねば俺が討てぬか。お前は強い。戦う理由を他人に預けぬおまえ自身の剣だ。だが、所詮はそこまで。戦う意思は己が内に、他人のために戦える奴はもっと強い」
「ぬかせ」
 刃をこじり、雷音丸にとどめを刺すと、義仙が冒険者を見回した。
「十兵衛の居所を吐くまで、一人ずつ殺してゆく」
「待て」
 夕凪がとめた。
「十兵衛殿の居所を教える」
「ほう。どこだ」
「本堂の中だ」
「何?」
 義仙が本堂を見た。その氷の相貌に喜色が広がる。
 本堂の中に確かに横たわる侍の姿が見えた。顔は間違いなく柳生十兵衛――
 まるで恋の相手に巡りあったかのような戦慄が義仙の身裡を貫いた。左内と右膳の両人もまた。
 それが呼び寄せたものか、一瞬裏柳生の三人に隙が生じた。何で見逃そう。アンは飛び退るとホーリーフィールドを展開した。
「逃さん」
 殺到し、しかし左内はきりきり舞いした。その背を矢が貫いている。みなもの放った矢だ。
「おのれ」
 追いすがろうとし、右膳は振り返った。反射的に刃をかまえる。
 眼前に南洋が迫っていた。渾身の一撃が袈裟に疾る。
 次の瞬間だ。光の粒子が散った。砕けた右膳の刃である。
 右膳が横に飛んだ。が、それより早く南洋の刃が右膳の胴を横に薙いでいる。
「ええいっ」
 舌打ちすると義仙が本堂の階段を駆け上がった。たとえ裏柳生の二人が斃れたとしても、要は柳生十兵衛を討ちさえすればよいのだ。
 が――
 義仙が立ちすくんだ。さっきまで横たわっていた柳生十兵衛の姿が消失している。
「ま、まやかしか」
 惑乱は一瞬。義仙は逃走に移った。そこに迷いはない。
 疾駆する義仙の迅さは風のようであった。が、別の白い疾風が行く手を塞いだ。一刀だ。
「ぬん!」
「はっ!」
 二つの刃が噛み合った。流れすぎる風景の中、一刀と義仙の視線がからみあう。殺気の圧力に空間が悲鳴をあげた。
 一瞬の攻防。それは、しかし永遠にも似て。
 義仙が疾り去った。レティシアがムーンアローを放ったが、義仙相手にどれほど効果があるかわからない。
 南洋が雷音丸の骸を担ぎ上げた。急げば蘇生は可能だろう。

 修羅の颶風は去った。あとには、ただ深沈たる静けさのみ残されている。
 その中に黄金髑髏はあった。闇の眼窩にゆらめくのは憎悪というより、歓喜の光である。
「冒険者。面白い。数百年の時を経て、このように者どもと相見えることができようとは」
 ふふ、ふふ、と。
 黄金髑髏から忍び出たものは、楽しくてたまらぬような笑い声であった。