【飯綱忍法帖・狂ノ巻】後編
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 1 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:12月27日〜12月30日
リプレイ公開日:2006年01月07日
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●オープニング
一際大きく燃えあがった護摩木の炎が、護摩壇の前に座する陰陽師然とした男の横顔をてらてらと妖しく照らす。
やや吊りあがった眼と細い鼻梁をもつ男の面は端正といえなくもないが、それよりも男の存在を際立たせているのは、この世の全てを嘲笑うかのような眼の光であろう。それは刃のように白々と煌き、虚空を刺し貫いている。
「皆の衆」
男がばさりと両の手を広げた。とたん護摩壇の炎が奇妙にゆらめき、男の後ろに平伏したままの者達の口から恐れとも喚声ともつかぬざわめきがもれる。が、男が続く第二声を発した時、その潮騒にも似た声音はぴたりと止んだ。
「皆の衆。――九つ様よりお告げが下された。皆の衆に塗炭の苦しみを与えし元凶が何なのか――」
男がすうと立ちあがった。振り向き、平伏する者達を睥睨する。
「焦熱地獄に餓鬼地獄。何故に罪無き者に苦痛が下されるのか。――それは偏に源徳が為」
「げ、源徳様の――」
平伏する者達のうち、一人がうめいた。
すると陰陽師然とした男はその者に眼をやり、ニタリと笑って見せる。
「左様。源徳の業の深さが仇となり、この世に地獄を生む。――生き地獄から逃れたくば、方策はひとつ。それは」
男の顔が細くつりあがり――告げた。
「源徳弊すべし」
「なんと!?」
先ほどの男の口からひび割れたような声がもれた。
「そ、それは、あまりに――」
「その方――」
陰陽師然とした男の眼差しが、まるで死体を見るかのように冷たく男に向けられた。
「九つ様を疑うか」
「い、いや、そのような――」
言葉は中途で立ち消えた。代わりに、男の喉がひゅうと鳴っている。続けて、その肩が、胸が裂けた。
何が起こったのか、分らない。それは、まるで見えぬ何者かが、見えぬ刃をふるっているかのように凄絶な光景であった。
ひっと悲鳴に似た声があがったのは、驟雨のように男の鮮血が散りしぶいた後のことであり、それも、陰陽師然とした男の一喝によって微塵に砕けた。
「静まれい! ――見たか、九つ様の神通力を。この者は九つ様を疑った。故に九つ様が天罰を下しおかれたのだ!」
陰陽師然とした男が叫び、平伏した者達の口からおおうというような畏れの声がもれた。
「この者と同じ末路を辿りたくなくば、ゆめゆめ九つ様を疑うことなかれ」
一旦言葉を切った陰陽師然とした男の眼が、この時異様な光を放ったようだ。そして、男は云った。
「蜂起てよ。そして討て、源徳を!」
「‥‥始末したか」
「はっ。‥‥したが幻妖斎様、彼奴、何者でござりましょう」
「知らぬ。が――」
幻妖斎と呼ばれた陰陽師然とした男が薄笑いを浮かべつつ、眼前の女と見紛うばかりに美しい若者に眼を向けた。
「大方源徳の間者であろう。騙しおおせたと思い、百姓どもの中に紛れ込んだのであろうが‥‥。それより、宗兵衛の方は大丈夫であろうな」
「ぬかりなく。黒彦をむかわせる所存」
「よかろう」
頷くと、幻妖斎は呪紋が描かれた見事な拵えの太刀を若者に手渡した。
「右京。黒彦に、これを」
「はっ」
若者――風祭右京はうやうやしく太刀を受け取った。
刹那――
狂ったように風が渦巻いた。
凍りつくような蒼い月を背に、佐助と名乗った旅人が佇んでいる。
狂信の村を見下ろす丘の上。所々焼け落ちた跡が見える。
ひょうと吹き荒ぶ風に紛れるように、声が一つ。
「金狐教というもの、使えまするか」
「まだ分らぬ。あまりにも邪である故‥‥が、強い毒ほど良く効くということもある」
旅人が微かに嗤った。
「それに一揆の結末がどうなるか‥‥」
「そのことで――」
別の声がわいた。
「名主の宗兵衛が村々の代表者と会談をもつ由」
「宗兵衛? 宗兵衛といえばなかなかの人物と聞くが‥‥。一揆をとめる所存か」
「まさに。冒険者の報を受けてのことと」
「なるほど。‥‥が、金狐教が放ってはおくまいなぁ」
旅人の笑みがさらに深くなった。わいた声も面白げにゆれて、
「そのことは宗兵衛も承知しているようで。‥‥冒険者ぎるどに護衛を頼んだと聞き及びましてござる」
「ほお」
旅人の眼が異様な光を放った。
「奴らがからんでくるとあらば、ただではすむまい」
「では」
「いや。最後まで見届けたいが、俺にはやることがある」
「ならば――」
ぼう、と。
朧な影が浮かびあがり、声に実体があたえられた。
「紅蓮。おぬしがゆくか」
「はっ。霧隠忍軍の中でも冒険者どもとは浅からぬ因縁がある故」
「よかろう。したが冒険者の中に一人、俺の正体に気づいておるらしき者がおった。油断するな」
告げ終え―
瞬間。
旅人――霧隠才蔵の身を銀灰色の霧が覆い隠した。
●リプレイ本文
●
宗兵衛というのは、ひどく物腰の柔らかい人物で、予想していたのとは大分違うと桂照院花笛(ea7049)は思った。
その花笛はといえば。流れる清水の如き挙措で茶を淹れる。
道の達人の振舞いとはこうも美しいものか。
感嘆し、眞薙京一朗(eb2408)は茶を啜る。同じく宗兵衛も茶をふくみ、ふうと溜息一つ。
「金狐教とは、やはりそのような‥‥」
「ああ。九つ様とやらの贄となすべく生娘がかどわかされ、ある村では旅人までが襲われる始末」
「ふむ」
さして驚いたるふうもなく宗兵衛が頷く。その様子に、京一朗の瞳が水晶にも似た煌きを放つ。
「護衛を自ら依頼されたことから察していたが、どうやら一揆以外にも思うところがおありのようだな」
「確信などはございませなんだが‥‥」
金狐教を批判する者が次々と不慮の死を遂げている、と宗兵衛は告げた。
「百姓衆は祟りだと畏れておりますが、私は金狐教の手によるものと‥‥」
「それで宗兵衛殿は護衛を頼まれたんだね」
それまで黙然と話を聞いていた月下真鶴(eb3843)が顔をあげた。
「はい。‥‥いや、私の命などどうなってもよろしゅうございますが、今一揆など起これば苦しむのは民百姓の方でございます。それに、この一揆には何やらきな臭いものを感じまして」
「ほう」
真鶴は瞠目する。
此度の一揆騒動。その要となる宗兵衛という人物がどれほどのものであるか見極めようとしていた真鶴であるが。なるほど、大した人物のようである。
「その金狐教の事だが‥‥」
その時、その場に控えていた四人目の冒険者が口を開いた。
名を夕弦蒼(eb0340)といい、狂信の村から逃れる事を得た一人である。
「何者が教えを広めているか、ご存知か」
「葛葉幻妖斎と申す、妖しの術者でございます」
「葛葉幻妖斎‥‥」
脳裡に刻み込むように蒼は呟いた。ややあって、
「では、今一つ。その金狐教の本山についてはご存知ないか、?」
「本山? ‥‥しかとは分りませぬ」
「そうか‥‥」
蒼が重い吐息を零した。
もしや本山から金狐教の素性が探れるかと思ったが、やはり事は簡単にはゆかぬようだ。が、彼には確信があった。敵の正体が飯綱の忍びであると。
花笛と京一朗、そして真鶴、蒼の四人が奥の間から出て来た時、宗兵衛宅の庭先には数名の冒険者――平山弥一郎(eb3534)、ヨシュア・グリッペンベルグ、渡部夕凪、片桐惣助の四人が佇んでいた。骨を噛む寒風の中、平然として。
「終わりましたか?」
腕組みのまま弥一郎が問う。宗兵衛との面談が、ということである。
ええと返した真鶴の火照った頬に、おやと弥一郎が小首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、感心しましたので」
宗兵衛のこと。命を顧みず一心に進む様は、真鶴の心に鐘の如く鳴り響いている。それは彼女の目指す光と同色であるから。
「で、金狐教のことは?」
「聞いた。宗兵衛も薄々とは感づいておるようだな、金狐教の狙いに。‥‥大方、焚きつけた材料は江戸近郊での事件を要因とした不安・焦燥感というところだろうが、その裏で真に狙うは要石たる源徳候であることに」
「それよりも――」
口を挟んだ惣助の優しげな面が、この時昏く――
「金狐教の本尊が九つ様である以上、来るぞ」
「生き残りの忍び、か‥‥」
弥一郎がぽつりと呟いた。
上州において九つ様の生贄として生娘をかどわかしていた忍びは三人。そのうち討ち果たしたのは二人のみだ。となれば、暗殺の刃をかかげてくるのは残る一忍‥‥
「が、それだけではないぞ」
庭に下りた京一朗が輪に加わった。
「厄介なのは、其れに絡み第三の勢力も見え隠れする事‥だな」
「真田、ですか」
眩しげにあげた弥一郎の眼は、狂信の村で出会った旅人の面影を追っている。
「佐助‥‥」
「そうだ。もし弥一郎の見当通りだとしたら、十勇士の一人が農民などに捕らわれているなどは信じられぬ。おそらくは村を――金狐教を探る為であろう。ならば、此度もその佐助と申す忍びが現れる可能性もある」
「佐助、か‥‥」
襟元から出した手で顎をまさぐり、夕凪は肩を竦めた。
真田とは浅からぬ因縁。何ぞの助力をと駆けつけては来たものの、さすがに佐助なる忍びは知らぬ。
その時、だめだとヨシュアの悔しげな声があがった。その彼の前にはちりちりと燃えあがる紙片、火粉を散らす。
バーニングマップ。地図を燃して標的の影を掴む呪法だが、いかんせん触媒の一つである手掛かり――駒が揃っていない。真田、佐助、霧隠才蔵という言葉だけで正鵠を射抜くことはできなかった。
●
所所楽柳(eb2918)と糺空(eb3886)は勝手口近くにいた。
潜入を予想定しての屋敷の間取りを調べていた二人であるが。柳が呼ぶと、子犬のように駆け寄る空の姿は例えて云うなら震える水鳥のように可憐で白く。一方の柳はいわば黒き鶴。きりりと立つ姿はえらく美しく。しゃんしゃんと、空の身につけられた鈴の音、響く。
「こら、盗み食いはいけないんだぞ」
こんと。柳は拳固をくれてやる。すると空はくるくると目をまわし、
「そうじゃないよ。毒見だよ」
「毒見ねえ。‥‥何と何を毒見したんだい」
「うーんと‥‥お芋を煮たのでしょ。それからお魚の――」
づらづら、づらづら。
しばらく続いたつまみ食いのお品書きに、これだけ食欲があるのなら、あの時感じた空の身体の異変は気のせいだったか、と柳が思った時――
空が柳の背にまわりこんだ。どうしたんだといぶかしむ柳の背から、おずおずと半分だけ姿を晒し、ぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい、おばさん」
「誰がおばさんよ」
いつの間に。
勝手口に立つ農婦風の女がごちると、頭に巻いた手拭を取り去った。
とたん、はらりと乱れなびく深紅の流糸。壱原珠樹(ea9521)である。
「あっ、珠樹お姉ちゃん」
「遅いっての」
にべもなく。が、空を見る眼はどこか柔らかい。
彼女も知っているのだ、空の身体の異常を。あの時見せた咳き込む様子は決して演技などではない。
「ところで、どんな具合だい」
珠樹が柳に眼を転じた。
「屋敷内の死角はあらかた。で、そちらは?」
「周辺の下調べを、ね。どうやら宗兵衛自身の護衛役はたんといるようだから、私は参集する他村の者を護ろうと思ってさ。人質にされちゃあ堪らないし」
「そうだな。僕は宗兵衛さんの家族や使用人を護ろうと思っている」
「そりゃあ、良い」
柳の肩をぽんと叩いて行き過ぎかけ、しかしすぐに珠樹は足をとめた。
「さっき同じように周辺を嗅ぎまわっていた蒼と出会ったんだけど‥‥どうやら宗兵衛は九つ様って奴の企みに気がついているようだよ」
「へえ。‥‥なら、なおさら護らないとな」
背を向けたままの柳の眼が、この時異様な光を放ち出した。
――実は、柳の妹の一人が妖しの術師を追っている。もし、九つ様の背後にその者が蠢いているのだとしたら‥‥
「僕も追わないわけにはいかないな」
●
陽が中空よりわずかに傾いた頃。
「七十郎さん」
宗兵衛宅を見下ろす丘の上。
名が呼ばれ、立ちあがった大兵の浪人者。かなり目立つ。
太い眉にぎょろりとした眼。口髭が濃く、まるで熊のよう。が――
呼んだ方は、それ以上に目立つ。金髪碧眼の貴婦人。騎士であるが、薄桃色のドレスを纏った姿はとてもそうは見えない。
浪人者は鬼切七十郎(eb3773)といい、貴婦人はフィーネ・オレアリスといった。
「フィーネ、どうであった?」
「はい。遊山を装い、不審な者を見張っておりましたが、今のところは‥‥」
「そうか。では、そろそろ発ってくれ」
「承知しました。で、七十郎さんは?」
「俺か?」
七十郎の唇がめくれ、野太い笑みが浮いた。
「俺の面は金狐教のみならず、佐助とか申す胡散臭い奴にも割れてはいない。その利点を活かすべく、しばらくは離れて眺めさせてもらうさ」
●
翌日。
続々と、会談の為に村長達が参集しだした。
その面々を確認するのは珠樹と蒼だが、さすがに同行の使用人までは確かめる事は得ず。あとは宗兵衛に寄り添う形の花笛と、縁ある浪人者を装った京一朗の眼がさばく。
その間、柳と空は屋敷中をぶらついていた。のみならず、柳は時折誰にともなく見聞きした事を話している。
それで、良い。と、柳は思っている。
もし敵の眼と耳があれば、警護の者の存在に気づくはずだ。それは――牽制だ。
●疾風動く
月は蒼く。
宗兵衛宅は湖底に沈んでいるかのように見えた。そして蒼月の光は寝所の宗兵衛にも垂れている。
しんと凍る夜気の中。彼は寝返りをうち、わずかに畳にしみる影もまた――
いや、違う。
動いているのは宗兵衛の影ではない。
彼の影から、その時影とは異なる実体をもった腕がぬうと突き出、ついで黒覆面をつけた頭が現出した。それは沼から怪物が這い出してくるような物凄い眺めで。
完全に姿を浮かびあがらせた黒装束――蓑輪黒彦は一瞬だけ周囲の様子を探る様を見せ、すぐに能面に似た顔にニタリと笑みを刻むと、背に負うた太刀に手をのばした。月光を撥ね散らしつつ、ゆっくりと刃を引き抜く。
闇の中、鎌振りかぶる死神にも似て――不吉の影、今、刃を一閃せんとす。
刹那――
吹く、一陣の疾風。
梁から吹き降ろすそれは畳の上で凝結し、手裏剣かまえた人の姿へと変じた。
それこそ――この一時の為、ただひたすらに穏忍した月風影一(ea8628)!
「ぬっ」
突然の影一の現出に愕然としたものの、しかし黒彦の振り下ろした刃はとまらない。それは盾となった影一の肩を易々と貫いた。
「くっ」
さすがに影一の口を割って苦鳴が迸り出た。一瞬後、黒彦が飛び退る。襖戸を蹴破るようにして、隣室に控えていた花笛と京一朗、そして真鶴が躍り込んで来るのを見とめた故だ。
「させぬ」
京一朗の腰から白光が噴出し、さらに黒彦が飛び退った。同時にその手から放たれる別の一刀。それは身を起こした宗兵衛へと吸い込まれ――見えぬ壁に阻まれたかのようにがしゃりと畳上に落ちた。
それが花笛が展開した聖結界の仕業と黒彦が気づき得たか、どうか。すでに黒彦は廊下へと逃れ出ている。その黒彦の眼が獣のように空をまさぐり――廊下の先に寂と立つ痩身の影を見出した。
「こちらへはやらせん」
柳の腕がすらりと斜めにはしり、鳴いた。鉄笛、慟哭す。
その鳴笛に追われるように、黒彦は雨戸を破り、一気に庭へと――
「待て!」
黒彦を追って、宗兵衛が立ち上がった。彼の目的が人質奪取と見ぬいたからである。が――
はっしと彼の肩が掴まれた。花笛の柔らかく、つよい手に。
「軽挙な行動はお慎みなさいませ。今あなた様に何かあってはこの会合は意味をなしません。今の宗兵衛様は最早あなた様個人の身では御座いませんよ」
「花笛の云う通りだ。重要なのは宗兵衛‥貴殿自身。命を賭して動くのは今では無い。真に民を思うならばその時迄は惜しむべきです」
静かに、うつ。真理はいつも沈黙に似て。
宗兵衛は項垂れた。
同じ刻。
いや、正確には黒彦が雨戸を破った時、闇に滲む赤光に気がつき、弥一郎が滑り寄った。
「油揚げを狐は食すと思いましたが、どうやら六文銭も食われたようですね」
「冒険者よな」
赤光を身にまといつかせたまま、宗兵衛宅の裏林の中で影が振り向いた。
「ほう。一瞥して冒険者と見ぬき得るとは――もしや、霧隠才蔵殿の御配下か」
「左様。紅蓮という」
「お名前をお明かしくださるとは――」
菩薩の笑みが深くなり、弥一郎の手がすうと刀の柄にのびた。同時に紅蓮の身を再び赤光が覆う。
「聞いたとて、誰にも告げることはできぬ」
声が終わらぬうち、焔立つ。
紅蓮の手から噴出した火球が空を焦がしつつ疾った。飛びのく弥一郎の足が土を蹴りあげたものの、その眼前、地で炸裂した火球から飛び散る炎は土ごと弥一郎をのみこんだ。
「そこまでじゃ」
まとわりつく炎を払い、弥一郎が再び刀の柄に手をかけた時――
その首に氷結。刃がぴたりと押しつけられた。
「時雨の仇。死ねい」
「待て」
声が、夜を斬る。吹きつける殺気も、また。
下生えを蹴散らしつつ疾り来る小山のような影を見とめ、わずかに紅蓮の殺気が揺らいだ。
なんで弥一郎がその隙を見逃そう。新当流の一撃が逆袈裟に薙ぎあげられ――一瞬遅れた紅蓮の刃が弥一郎の首を刎ねた。
散りしぶく鮮血は紗幕。それを境として、紅蓮と駆けつけた七十郎が対峙した。斬り結ぶ視線は宙空に火花を散らせ――
が、それは一息。背を返した紅蓮を見届け、すぐさま弥一郎を介抱すべく、七十郎は片膝を地につけた。
猿の如く地を疾り。
黒彦は参集した村長の仮寝所である離れ屋へと――
黒彦の足がぎくりとしてとまった。
彼の前に立ち塞がる影一つ。天地騒ぐ、紅い髪翻らせて。
「ここから先は行かせないわよ」
「うっ」
たじろぐ黒彦が転じた視線の先。そこにも寂とした立つ影が――これは蒼だ。
「飯綱の忍び、だね? 君ら金狐を信仰してたわけじゃないはず。忠告しておくけど、今や金狐は国の敵だよ。君達や君達の里がそれに与すれば国賊として淘汰されるのを覚悟で、牙を剥くのかい?」
「ほざけ!」
嘲笑の形に口をゆがめたものの、しかし彼の眼は宗兵衛宅から走り出て来た柳と空、真鶴の姿をとらえている。白粉を塗りつけたような彼の顔が、焦慮にさらに白茶けたように見えた。
刹那――
狂風、哭く。一瞬後、珠樹の肩が爆ぜたように裂け、鮮血がしぶいた。
「なにっ!」
驚愕に呻く冒険者達は眼をさ迷わせ――見た。宗兵衛宅の屋根にうっそりと立つ美丈夫を。
「黒彦、退けい!」
「はっ」
「やらせぬ」
黒彦の身が黒光を放ち出したことに気づき、蒼と柳が足を踏み出した。が、再び風が吼え、二人は慌てて身を伏せた。
そして――
二人が顔をあげた時、すでに黒彦も屋根の上の美丈夫の姿も消えうせ、世界は静寂を取り戻している。ただ空の紡ぐ癒しの呪のみが夜天めざして高く細く――。
それは星の流れる音のように、冒険者の耳に響いた。