【柳生武芸帖】紅鶴 前編
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 29 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月17日〜02月22日
リプレイ公開日:2006年02月28日
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●オープニング
「待て」
呼びとめられ、格之助は振り向いた。
「これは――」
背後に佇む武士の顔を見とめ、格之助の眉がわずかに寄せられた。
「田口殿。何用でござる?」
「知れたこと。うぬとの決着をつけるため推参した」
「何を――」
格之助は肩をゆらせ、
「貴殿との勝負はついたはず。それを」
「問答無用!」
田口と呼ばれた侍が抜刀した。
「この田口武太夫。やられたままで終わる男ではない」
「馬鹿な」
云って、格之助が憫笑をなげた。
「二度たちおうたとて、結果は同じ」
「そうかな」
応えとともに、武太夫がびゅうと刃を疾らせた。
戛!
小星を散らせ、格之助が刃を抜きあわせた。
「やめよ。木剣での勝負ではない。負ければ貴様、ただではすまぬのだぞ」
「ただですまぬのは、うぬの方だ」
刹那。
光波舞い、殺気の飛沫がほとばしり――
一息二息。どうと格之助が崩折れた。
「馬鹿め」
ニタリと笑う武太夫の背後。闇に紛れた漆黒の影が浮かびあがった。
そして、数年後――
木刀の撃ち合う響きが小気味良く響き――
江戸には雪が舞い、骨を噛む寒風が吹き荒んでいるが散る中、ここ江戸城下の剣術道場の中だけはむっとするほどの熱気に溢れている。
と――道場の上座。道場主の横で退屈そうに顎をまさぐっていた隻眼の若侍が、突然道場主に面を向けた。
「おい、あれは――」
「さすがにお目が高い」
若侍が顎で指し示した白皙の美少年を見遣り、道場主が苦笑をもらした。
「彼は伊吹丞太郎といい、仇持ちです」
「仇もち?」
「はい」
道場主が頷いた。
伊吹丞太郎の父親は西方の国で町道場を開いていたのだが闇討ちにあい、果てたらしい。丞太郎はその闇討ちの相手を追って江戸に出てきたものである。
一度小首を傾げ、すぐに若侍は木剣を手に立ちあがった。
「稽古をつけてくださるので?」
道場主はやや驚いた顔だ。ものぐさで有名な彼が手ずから稽古をつけるなど椿事に等しい。
「ああ」
頷くと、するすると若侍は道場の中央に滑り出た。
「伊吹丞太郎。俺が稽古をつけてやろう」
「ほ、本当でございますか」
歳の頃なら十六くらいであろうか。少年の満面が薔薇色に輝いた。
およそ剣をとる者の中で、眼前の若侍の名を知らぬ者はいない。その彼が声をかけ、のみならず稽古までつけてくれるという。
「お、お願い致します!」
「そう鯱張らなくてもいいさ」
ニンガリと笑い、
「さあ、この十兵衛を仇だと思ってかかってこい」
云って、隻眼の若侍――柳生十兵衛は木剣をかまえた。
「十兵衛様」
「半助か」
「はい」
応えとともに、ぼうと闇の彼方に人影が現出した。裏柳生の一人、半助である。
「十兵衛様ご懸念の件、調べてまいりました。伊吹丞太郎、仇の田口武太夫を見出しましてございます」
「ほお。ならば丞太郎の長い旅も終わるな」
十兵衛の口辺に微笑がはかれた。彼の脳裡には、それほど歳のかわらない少年剣士の面影が描かれている。
道場で見つけた鶏群の一鶴ともいうべき伊吹丞太郎。あの剣の天稟に秀でた少年にざらにたちあえる者がいるとは思えない。
「しかし――」
「うん?」
半助の声の不審の響きを耳にし、十兵衛が懐手をといた。
「どうした?」
「はっ。その田口武太夫と申す者、丞太郎に刺客を放ったようで」
「なに」
十兵衛の隻眼が、この時薄蒼い光を放った。
「拙いな」
十兵衛が呟く。
まともにたちあうならともかく、刺客はどのような手で襲ってくるか知れたものではない。丞太郎の父、格之助と武太夫のたちあいにも何か裏がありそうだ。
「では、我らが――」
「いや」
十兵衛は半助を制した。
「お前らが動くと大事になる。親父から江戸ではおとなしくしておれと釘を刺されているんだ」
「では丞太郎は」
「大丈夫だ。江戸には面白い奴らがいる」
云って、十兵衛はにやりとした。
●リプレイ本文
●
忍び寄る影、一つ。音なく気配なく。まさに、影。
その眼前、縁側でごろりと惰眠を貪っているのは無頼の気風漂う若侍だ。
その時――
若侍が身動ぎし、影の手が己の頭上を払う仕草をした。そして開いた影の掌、そこに――
「美味い豆だぞ。半蔵の内儀が茹でてくれたんだ」
横になったままの若侍が云った。影は苦笑しつつ、庭木の陰から姿を見せる。
「気づいておられましたか、十兵衛さん」
「冒険者だな」
若侍――柳生十兵衛は横になったまま問う。
「名は?」
「片桐惣助(ea6649)と申します」
「お前は?」
再び十兵衛の指が枝豆をはじき――
抜きうたれた刃が豆を断ち切った。
「彼岸ころり(ea5388)」
「殺気が出過ぎだ」
「きゃはははは♪」
笑うと、ころりは真っ赤な舌でぞろりと刃を舐めあげた。
●
「今日は面白い奴らを連れてきた」
十兵衛の背後、そこに三つの人影がある。うち二人は異国人だ。
と、影の一つ、ジャパン人の娘が興味津々たる丞太郎の前に進み出た。
「僕、久遠院雪夜(ea0563)。友人のフィルがジャパンの剣術に興味があって‥‥でね」
雪夜は声をひそめ、
「最近彼、恋人が出来ていろんなものが緩んでるみたいなんだよ〜。良い機会だから、ぎっちり締め直してあげてほしんだけど」
「えっ」
戸惑う丞太郎が見遣り――
十兵衛はニヤリと頷いた。
「やってみるか。異国の剣とたちあうのも良い稽古になるぞ」
「はい!」
木剣を手に、丞太郎は道場の中央に歩み出した。
と――
待ってとばかりに道場に飛び込んで来た者がいる。白髪紅眼のはっとするほど魅惑的な美女――セピア・オーレリィ(eb3797)だ。
「剣術に興味があるの。たちあいするのなら、見学させてもらっても良いかしら」
「かまわん。美人が多い方が丞太郎もやる気がでるだろう」
「十兵衛様!」
丞太郎の白い頬に桜が散った。
●
一礼し、フィル・クラウゼン(ea5456)は木剣をかまえた。
青眼。対する丞太郎は八双だ。
ふっと。無愛想なはずのフィルの口元がかすかに緩んだ。
所詮は縁を結ぶ為だけの仮試合。そう割り切ったはずであったが――
対峙してわかった。柳生十兵衛ほどの剣客が見込む理由を――若年ながら、並の技量ではない!
刹那、袈裟懸けに丞太郎。横薙ぎにフィル。
かっと音して木剣が噛み合い、二振りの刀身を挟んで二対の眼が火花を散らす。
「やるな」
「フィル殿こそ」
「そこまでだ」
十兵衛の声が木剣斬り結ぶ二人の剣客を割った。
すると、その傍らに端坐していた月色の髪の娘が胸を揺らして立ちあがった。
「次は私が」
「いや――」
眉宇を寄せ、丞太郎が手をあげた。
「私は女子とは――」
「阿呆」
顎の無精髭をまさぐりながら十兵衛が叱咤した。
「こいつ――シオン・アークライト(eb0882)の手並みは俺が知っている。女と思ってなめてかかると痛いめを見るぞ。それに、お前もそろそろ女を相手とした方が――」
耳を引っ張られ、十兵衛が顔を顰めた。
「雪夜、何をする」
「もうニヤニヤしていやらしい。それより十兵衛さん、囲碁のお相手してよ」
「うん?」
怪訝な顔をしつつも、いやに素直に十兵衛は雪夜に従い縁側に。そこには道場主である多羅尾半蔵に借りたものか、すでに碁盤がおかれている。
「さぁ〜て‥‥」
座に着くなり、雪夜が石を置き始めた。おい、と声をあげかけ、すぐに十兵衛の隻眼が薄い光を放ち出す。
「なるほど。この石をこう守るわけか」
「さすがに察しが良いね。じゃあ、この石の事、教えて」
雪夜が盤端の黒石を指で指し示した。
「こいつか‥‥」
苦い顔をし、十兵衛が黒石の脇に白石をぴしりとうつ。そして、
「――どこでどう潜り込んだものか、今は内藤という旗本の入婿になっている」
「そいつは拙いのだぁ」
ぬうっと庭に人影がわいた。
狐面。すっとあげた後は猫笑い。玄間北斗(eb2905)である。
「十兵衛殿、久々なのだぁ」
「おっ」
眼をあげた十兵衛の満面が輝く。北斗のさらに後、うっそりと立つ雪の精のような娘を見とめた故に。
「所所楽林檎(eb1555)と申します。こちらの道場の近くに引っ越して参りましたので、そのご挨拶に」
云って、林檎はゆるりと頭を下げた。
「十兵殿、ご依頼の丞太郎殿、拝見させてもらったよ」
「おっ、夕凪か」
十兵衛の顔に複雑な表情が浮かんだ、
午睡としゃれこんだ彼の側に腰をおろした渡部夕凪(ea9450)。気に入ってはいるのだが、姉のように口やかましくもある。
「で、どう見た?」
「白皙の美少年。十兵衛殿が入れ込むわけと」
「ば、馬鹿!」
子供のように十兵衛が口を尖らせた。その様が可笑しいと、たまらず夕凪が吹き出す。
「‥十兵衛殿は解り易くて良い」
と、しばらくして夕凪は笑いを消し、
「冗談はさておき、あの天稟、一途な気性、闇討ちなんぞで散らすには勿体無い」
「だろう」
応える十兵衛は、染み入るような蒼穹に隻眼をあげた。
●
「なるほど。で、仇が見つかったと?」
「はい」
肯首すると、丞太郎はフィルの猪口に酒を注ぎ足した。
「偶然、この江戸で。今は旗本の入婿となり、名も内藤武太夫と変えております」
「ふうむ。俺も昔は似たようなことをしていた。丞太郎の気持ちもわかる」
「えっ、フィル殿も」
丞太郎は上気した顔を綻ばせた。
稽古帰り。意気投合して繰り出した居酒屋。彼ら二人の傍らではシオンとセピアが何か云い合っている。
「丞太郎」
急に呼びかけたのは、シオンだ。
「は、はい」
この女子二人はどうも綺麗過ぎて苦手だ――慌てて丞太郎は眼を向ける。
その前に、ずんと双丘二つが突き出された。
「な、なに――」
当惑し、眼をぱちくりさせる丞太郎であるが。その顔に、セピアは自身の顔を近づけ、
「今シオンともめてるのよ。どちらの胸が大きいかって。ねえ、あなたはどう思う?」
「え、ええっ!?」
二つの柔らかそうな膨らみをキョロキョロと。が、すぐに熟し柿のように満面を朱に染め丞太郎は俯いた。
見下ろすセピアはくすくすと。そして――
シオンは唇を濡れた舌でなめまわした。
――可愛い娘専門だけど‥‥美少年も‥‥良いかも――。
●
「良い気なものだな」
行灯の明かりに浮かびあがった苦味走った顔立ちの浪人がごちた。
丞太郎の斜め向かいの長屋部屋を借り、ひそかに入り込んだ羽紗司(ea5301)である。
と、ころりは嘲笑の形に唇をゆがめ、
「仇討ちなんて格好つけたコト云わずにさ、単純にそいつ殺したいでいいじゃない、ねぇ?」
「‥‥」
無言のまま、他の冒険者達は冷えた眼差しを送る。が、その針の先にも似た視線など意にも介さないのか、ころりは嗤う。
「ボクと一緒にするなって? ごもっとも♪ きゃはははは♪」
「――ともかく、フィルさん達が共にある以上、今宵は刺客も襲っては来ないでしょう」
呆気なく、そっけなく。林檎の言辞はころりとは別種の冷ややかさがあり、冷静だ。が、司は頭を振る。
「いや、そうとも云いきれん。すでに――」
丞太郎の周辺。窺う影を、遠見に徹した司は見出している。浪人者に町人。身なりは様々だ。
「田口‥‥いや、内藤武太夫に動きは?」
「いいえ。ただ――」
応えたのは惣助だ。植木の剪定にと内藤屋敷に入り込もうとしたのであるがさすがに果たせず、近隣の聞き込みがてら屋敷を見張っていたものであるが。
「一人の町人がたずねてきたのですが、どうにも胡散臭く‥‥」
●
金に藍。そして、黒。
すでに黄昏が終わりかけた時分。稽古を終えた丞太郎は家路を辿っていた。傍らには昨日と同じくフィル、シオン、そして仇討までは身辺に気をつけないと云い出したセピアの姿も見える。その立ち位置が常に物陰と丞太郎との境にあることを、その丞太郎自身気づいてはいないが。
さらに丞太郎の知らぬ風景。後方雪駄の音を忍ばせて雪夜も、いる。
「おや、貴方がたは――」
犬を散歩させている雪の精のような娘とにこやかな笑みを浮かべている若者を見とめ、丞太郎は会釈した。
昼も見かけた二人。同じ長屋に越してきた――確か娘は名を林檎、若者は護衛役で雇われた北斗といったが。
「またお会いしましたね」
「縁があるのだぁ」
会釈を返す林檎と北斗。
と、丞太郎の手が刀の柄にかかった。
その眼前、闇からわいたかのように現出したのは数名の黒覆面の侍だ。
「何者――」
誰何の声をあげかけた丞太郎であるが。
それを遮るように北斗が進み出た。
「見つけたのだっ! 女の子を付回すなんて、ふてぇ〜奴なのだ!」
「この者達は貴方がたを狙って――」
やや狼狽した丞太郎の言葉を断ち切るように、
「ええい、面倒だ」
しゃりんと鞘走りの音響かせ――刃を舞わせて侍達が殺到した。
と――
一人の侍がのけぞった。
何が起こったのか、わからない。いや、冒険者を除いては。仲間である冒険者のみは、闇に隠れた林檎の身が黒い燐光に包まれたことを知っている。
「うっ」
続けてあがる苦鳴。見れば、別の侍の胸に手裏剣が突き立っている。のみならず――
まるで、このことあるを予期していたかのように疾りこんだフィルの刃が閃き、三人目の侍が胴薙ぎされて崩折れた。
同時に翻る銀。背から白光を噴出させたシオンと侍の一人が交差し、小星を散らせた。鋼の撃ち合う響きに酔ったように彼女の蒼の瞳がけぶり――続く第二撃は茜の光撥ね、さらに侍の首を刎ねている。
が――
丞太郎達は知らぬ。闇の奥にさらに刺客がひそんでいることを。
その侍はきりきりと弓を引き絞り、必殺の鏃をぴたと丞太郎に向けた。闇をついて飛んだ矢は確実に丞太郎を仕留めることだろう。
しかし、時は凍結している。その侍においては。
何故なら――侍の背に浅く刃が突き刺さっている。
「動くと、殺しちゃうぞ」
きゃははは♪
ころりが笑った。
●
居酒屋に駆け込んできた浪人者は店内を見まわすと、隅で猪口を傾けている行商人風の男と青白い顔の浪人者を見つけると足早に近寄って行った。
「首尾は?」
徳利をあおりむせかえる浪人を見遣り、男が問うた。
ぴたり、と男が足をとめた。
荷を背負った行商人。先ほど丞太郎を襲った浪人と会話を交していた男だ。
「あっしに何かご用で?」
「有り金、おいていってもらおうか」
応えの主が暗闇からぬうっと姿を見せた。
「ほお、女のご浪人様で‥‥」
男の表情に嘲りの色がよぎった。
「その三味線で、どうしようってわけで?」
「こうするのさ」
きら、と。
一瞬星の瞬きの如くに空間が煌いたかと見えた一瞬後、氷柱にも似た細身の刃が男の首に凝せられた。
「これは――」
この場合、しかし男は愉快そうに笑い、
「仕込みの三味とは。――ものは相談だが、ひとつ仕事を頼まれちゃあくれめえか。俺っちの懐を狙うより、もっと良い儲けになりやすぜ」
「――よかろう。話をきかせてもらおうか」
ややあって。すうっと刃がひかれた。男は首筋をぺたりと撫でると、
「良い腕をしてるぜ。名を聞かせてくんねえ」
問うた。すると女浪人は野太い笑みを浮かべ、
「夕凪。私の名は、渡部夕凪だ」
●
深更。闇の底に蠢くものがあった。
それは物の怪のように闇に同化しつつ。見交わすの三対の眼。肉食獣が牙をぬらりとむくように、刃を抜き払う。
凶意を抱いて三影が忍び寄ったのは長屋の一部屋。丞太郎の住まいだ。
影の一つが戸に手をかけた。その時――
「夜中に何やってんだ」
「!」
はじかれたように三影が振り返った。殺意に尖る彼らの視線の先――そこに煩わしげに立つ司の姿があった。
「まったくこんな真夜中に‥‥迷惑な奴らだ」
またもやごちる司。その冷然たる語調に触発されたか、一つの影が司めがけて踊りかかろうとし――きりきり舞いし、その場に倒れ伏した。
空に開く紗幕――血煙の彼方に走り去る影一つ。それは颶風のように擦り抜けざま、凶人の一人の首を刃でかき切った惣助である。
「おのれ」
影の一つがうめいた。
戸越しに丞太郎の殺気が吹きつけてくる。こうなっては夜襲は失敗だ。
影は地を蹴った。殺意の尾をひきつつ向かった先は――無手のまま茫乎と佇む司だ。
刃と無手。当然刃が有利であり、常人の眼には司の命は風前の灯火とも見えたことだろう。が――
刃持つ影の手を払い、司は影の懐に飛び込んだ。
陸奥流にとっては四肢そのものが武器。司の拳が空を灼くように疾り――一気に数間の距離を司は飛び退った。残る一影の仕込み剣が邪魔だてした故なのだが、司を狼狽させたのはその剣の冴えのためではない。
「何があったのですか」
「いや――」
がらりと戸を開け放った丞太郎を一瞥し、司は遠くなりつつある二影に視線を転じた。
――夕凪、頼んだぞ。
司の心中の叫びは、夕凪を追うように闇の中に紛れて、消えた。
●
司が襲撃者を迎え撃つより少し前。
十兵衛が用意した屋敷の中。捕らえた浪人を冒険者達が取り囲んでいた。
「田口‥‥いえ、内藤さんに云われてきましたね」
猿轡を取り去るなり、刃突くようにして林檎が問うた。が、浪人は鼻で笑い、
「内藤だぁ。‥‥知らねえな、そんな奴は」
「嘘っ!」
雪夜の繊手がぴしゃりと浪人の頬を打った。
「丞太郎さんの命を狙っておいて、知らないとは云わせないよ!」
「けっ」
浪人が唾を吐きかけた。
「知らねえものは知らねえんだ」
「仕方ないなぁ」
にんまりと。唇を歪めたころりが白々と光る刃を浪人者の首筋に当てた。
「こんな仕事で命落とすなんて馬鹿馬鹿しいでしょ? 大人しく全部ゲロっちゃいなよ♪」
囁き、浅く浪人の首を切り裂く。
たまらず浪人が悲鳴に似た声をあげた。
「し、知らないんだ、本当に――」
「‥‥」
言葉もなく冒険者達は肩を落した。どうやらこの浪人から手繰れる糸はないようだ。
刹那――
しぶく鮮血が冒険者達を真紅に染めた。ころりの刃が浪人の首をえぐったと知るより早く、ころりの哄笑が響く。
「ご苦労様でした〜♪」
きゃははは♪
呆然と立ちすくむ冒険者の魂に刻みつけるかのように、いつまでもころりの笑い声は夜を震わせていた。
●
内藤屋敷にひっそりと人影が入り込むのを見届け、木陰から惣助が立ちあがった。
昨日見た町人。やはり、奴は――。