【柳生武芸帖】紅鶴 中編
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 71 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月12日〜03月17日
リプレイ公開日:2006年03月22日
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●オープニング
血飛沫をあげて、女が倒れた。
その背を踏み、首領らしき酷薄そうな唇の薄い男が刀を突き刺した。氷のような白刃は、豆腐のようにあっけなく女の身を貫いていく。がぼがぼと、女の口から血が溢れ出した。
「どうだ、皆、殺ったか?」
刃を引きぬき、男が顔を振り向かせた。
へいと答えたのは男の手下であろう。返り血をあびた顔をニンマリと歪ませた様は、さながら悪鬼のようだ。
「庄屋の爺もかみさんも、一人残らず殺りやした」
「よし」
男が頷いた時だ。がた、と裏戸の開く音がし、駆け去る足音がした。
「馬鹿がっ、下手うちやがって!」
舌打ちし、男が裏口に駆けつけた。見れば、小僧が一人、裸足で走ってゆく。おそらく庄屋のもとでつかわれていた下働きの者だろう。
「逃がしゃしねえよ」
ほくそ笑むと、男は指を口に当てた。その口がヒュウと鳴った刹那――
黒い旋風が疾った。
「あっ」
小僧が悲鳴をあげ、倒れた。
その小僧をかすめるようにして、再び黒風が翻る。小僧はただ、頭を抱えるようにしてうずくまったままだ。
「小僧――」
いつの間に近寄っていたのか、男が呼びかけた。恐る恐る小僧が涙に濡れた顔をあげる。
その顔を覗き込む男の口が、鎌のように吊りあがり――。
「選べせてやるぞ。ひとおもいに斬り殺されるか、それとも烏に食われるか――」
男の背後の樹上。黒々とわだかまる巨鳥がこの時、不吉な鳴声をあげた。
「逃がした?」
縁側に寝そべったまま、柳生十兵衛は問い返した。
はい、と頷いたのは飴売りらしき身なりの若者。名を半助といい、裏柳生の一人である。
「襲ってきた刺客は三人。そのうちの二人を」
「ふうん」
さして慌てた様子もなく、ごろりと十兵衛は向きを変えた。その姿に、半助の面を不審の翳がよぎった。
「十兵衛様、驚かれぬので?」
「冒険者のことだ。何か思案あってのことだろう。それより――」
十兵衛の隻眼に、この時ようやく微かな光がともった。
「内藤‥‥いや、田口武太夫が入婿となった経緯、調べはついたのか?」
「はい。内藤の娘が暴漢に襲われているところを田口が救い、それが縁となったようで」
「ふうん。よくある話だな」
「はい。ただ、婿養子となる際、田口がかなりの金子を持参金として用意したと聞き及びました」「なに?」
十兵衛の眼光がさらに炯と。
「確か田口は浪々の身であったな」
呟き、十兵衛はがばと身を起こした。
「面白くなってきた」
黒々と。
とろとろと。
竹林の庵。中に集まった面々はどれも凶相に怨嗟の色をやどしている。
身なりは様々だ。浪人者、行商人、虚無僧。
と、中の行商人ふうの男が、上座に座った酷薄そうな薄い唇の男の前ににじり寄った。
「お頭、あれが――」
目配せし、示した先。そこに泰然自若とした女浪人の姿があった。
「ほう。井上播磨を救ったと聞いたが‥‥。かなりできるらしいじゃねえか」
「へえ。腕っ節だけじゃなく、度胸の方も」
「そいつはいい」
嗤い、お頭と呼ばれた男は傍らに座る青白い顔色の浪人者に視線を転じた。
「井上播磨ともあろう男がかたなしじゃねえか」
「ふん」
青白い顔色の浪人――井上播磨が口をゆがめた。
「油断しただけよ。――それより、これからどうするつもりだ?」
「決まっている。こけにされたまんまじゃあ、夜烏党の面目にかかわるんでな。その丞太郎ってえ若造の命は必ず奪う」
応えを返すと男は立ちあがり、女浪人の前に歩み寄った。
「俺は夜烏党の頭、彦右衛門だ。おめえさんには播磨が世話になったと聞いた」
「仕事だ。金さえもらえば、それでいい」
女浪人の応えは簡単至極。男――彦右衛門はニヤリとした。
「気に入ったぜ。おめえさん、名は何という?」
「夕凪。渡部夕凪だ」
孤影飄々と。
女浪人――渡部夕凪は淡々と声をあげた。
●リプレイ本文
闇よりも、なお黒々と。
それは死をまねくが如く哭く。
鬼よりも、なお禍禍しく。
彼らは陰深い庵の内でふつふつと毒念を凝らしている。
「‥‥さて、どうしたものか」
凶影のひとつ――夜烏党の頭目、彦右衛門がぎらつく眼で周囲を睥睨した。
「まずは邪魔者を始末しちゃあどうだい」
「なにぃ」
彦右衛門の眼が転じた。
その先――壁に背をもたせかけた浪人者が一人。女だ。名を――
「夕凪、どういうことだ」
彦右衛門が問うた。
すると女浪人――渡部夕凪(ea9450)は顔色も変えず、
「丞太郎を仕留める前に、同じ長屋に住む手練れを先に殺っちまった方がいいってことさ。また邪魔されちゃあたまらないからねえ」
「へっ」
彦右衛門の唇がめくれあがった。
「女の身でたいしたたまだぜ、おめえって奴はよ。では――」
夕凪を誘った行商人風の男に向かって彦右衛門が顎をしゃくって見せた。
「吉次。弥五郎と夕凪を連れて長屋に向かいな」
「待て」
制止した者がいる。蒼白い顔色をした侍。名を井上播磨といい、先の長屋襲撃の際に羽紗司(ea5301)とよって邪魔だてされた浪人者だ。
「邪魔者は長屋の奴だけではない。雇った浪人者の首をかっさばいた奴がいるのを忘れるな」
「そうだったな」
頷くと、彦右衛門は腕を組んで瞑目する。唇を割って掠れた声がもれ、
「変な野郎が若造の周りにうろついてやがるようだ。嫌な予感がしやがる。‥‥よし」
ふっと、彦右衛門の眼が開かれた。
「若造ともども火攻めでいく」
彦右衛門がニンマリと嗤った。
●
「だからレオンではだな‥‥」
柳生門下・多羅尾半蔵の道場の片隅、フィル・クラウゼン(ea5456)の剣術談義に、伊吹丞太郎は子供のような熱心さで聞き入っている。
「やはり技の多彩さではレオンが勝っているようですね」
「欧州では力のコナン、技のレオンといわれているくらいだからな。新陰流はその中間といったところか」
「そうですね」
うんうん、と丞太郎が頷く。
その様子を――
縁側で眺める隻眼の若侍がくすりと笑った。
「何が可笑しいの、十兵衛さん?」
碁盤をはさんで隻眼の若侍――柳生十兵衛と対座する久遠院雪夜(ea0563)が問うた。すると十兵衛は呆れたように、
「丞太郎め、ずいぶんとフィルと気が合ったようだな」
「二人とも身内を殺された過去があるし、それにどっちも剣術馬鹿みたいだし」
云って、雪夜は眼前のもう一人の剣術馬鹿を見つめた。
柳生十兵衛。同じ剣術に生涯をかけていながら、十兵衛とあの二人はまったく違う。
いや、徹頭徹尾漢臭いところは同じだが、眼前の隻眼の若者はどこか掴み所がなく――まるで空をゆく雲を相手にしているようだ。
「気になるの?」
「なるさ。あの年で女子より剣に興味があるのはなぁ‥‥」
十兵衛の眼が丞太郎の近くに座す異国の娘に向けられた。共に月光でなしたかのような髪をしているが、一人は蒼の、一人は紅の瞳の。
シオン・アークライト(eb0882)とセピア・オーレリィ(eb3797)である。
「またいやらしい顔して」
ぴっと雪夜が十兵衛の耳を引っ張った。十兵衛は顔を顰めはしたものの、すぐに真顔に戻ると、
「ところで夕凪からの知らせは?」
「‥‥」
黙したまま雪夜は頭を振った。刺客とともに姿を消してから、夕凪からは何の連絡もない。
その時、半蔵につれられて剣術道場には珍しい二影が現れた。
一人は雪凝ったるような白麗の、もう一人は飄々たる笑師――
所所楽林檎(eb1555)と玄間北斗(eb2905)の二人である。
「あっ、貴方方は――」
二人に気づいて丞太郎が立ちあがった。同じ長屋に住んでいるということもあり、すでに林檎と北斗とは顔見知りである。
「この間は危ない所を助けてくれてありがとなのだ。おいら一人じゃ守りきれなかったのだ」
ぺこり、と。屈託なげに北斗が頭を垂れた。丞太郎はやや狼狽し、
「いや、私は何も‥‥」
謙遜、ではない。事実、襲撃者のほとんどを撃退したのはフィルやシオン、セピア達であったのだから。
「それはそうと、その後不埒者達は?」
「その事でお伺いしたのです」
北斗に代わり、林檎が口を開いた。声音は綺羅星のように静かだが、聞く者をして身を正さねばならぬ神託めいた響きが込められた発語。続けて曰く。
「以前、黒僧侶であるあたしを頼ってきた者を手助けしたことがあるのですが、その結果、あの者達の邪魔をする事となり――」
「それで命を狙われる事に?」
「その通りなのだ」
応え、すぐに北斗は表情を曇らせた。きらり――その眼のみには蛍火にも似た光をやどしつつ、
「で、林檎ちゃんを守ってくれる人が欲しくってここに来たのだ」
「なるほど」
得心しつつ、しかし丞太郎の手は無意識的に木剣を握り締めている。それは北斗から滲み出た針の先端の如き気に呼応した故であるが。
「うら若き娘を付け狙うとは‥‥見捨ててはおけんな」
と、煽るかのようにフィルが拳を握り締めた。
「なら、丞太郎、貴方が守ってあげれば」
「えっ、私が!?」
丞太郎は見開いた眼をシオンに向けた。すると傍らに座しているセピアもまた片目を瞑って見せる。
「同じ長屋に住んでいるのも何かの縁よ。やったげなさいな。お姉さん達もぴったりくっついていてあげるから」
「じ、十兵様!」
身をよじらせ、胸と尻を強調するセピアから丞太郎は慌てて目をそらし、悲鳴に似た声をあげた。
「十兵衛様」
「うん?」
林檎と北斗、それにフィルとセピアを巻き込んで護衛計画を練る丞太郎を眺め遣りつつ、十兵衛は背後ににじり寄る美影身に耳を傾けた。
「どうした、シオン?」
「丞太郎のことだけど‥‥刺客を潰しに行く時、連れて行ってもいいかしら?」
「いいぞ」
至極あっさりと。シオンが拍子抜けするほどに。
「本当にいいの?」
「ああ。仇討前に奴に白刃の下をくぐらせるのも良いだろう。それにいざとなれば――」
「私が庇えば良いんでしょ」
シオンが皮肉に笑った。
柳生十兵衛という男、本当に憎らしい。が、ロシアの狼が怒ったらどうなるか、見せつけてやるのも一興だ。それに事がすべて終わった後、丞太郎にあんなことやこんなことも教えてやるという楽しみもある。
シオンの笑みに蛇の艶が混じった。
と――
きゃははは♪
愉しくてたまらぬような。はっと振り向いたシオンの視線の先――冷血の志士、彼岸ころり(ea5388)が笑っている。
「さーて、今回も沢山斬れるといいなー♪」
「お前」
ぐいと胸倉掴んで、十兵衛がころりを引き寄せた。
「とらえた奴を殺したそうだな」
「ああ」
薄ら笑いを浮かべるころりの面が突如強張った。
彼の眼前、十兵衛の隻眼が薄蒼い光を放っている。その身からゆらりと立ち上っているのは凄絶無比の殺気だ。
その時、死神であるはずのころりは死を予感した。
「そ、それがどうかした?」
ころりらしくもなく、彼は喘鳴のような声を発した。対する十兵衛は何故か哀しげな眼で嘆くが如く。
「勿体無い。それほどの天稟をしていながら斬る殺すだけに執心していれば、いずれ剣のみならずその身までも滅ぼすことになるぞ」
寂として十兵衛がこたえた。
●
残留した怨念のように。
物陰から長屋を見つめる四つの影があった。
云うまでもなく丞太郎の長屋を見張る吉次、弥五郎、播磨、そして夕凪の四人である。
「奴だ」
播磨が眼で示した先――山陰に忍び歩く黒狼の印象の浪人者がいる。井戸水をいれた桶を運ぶその者こそ――
「羽紗司というらしい。この長屋に住んでいる。無手だが、侮れぬ使い手だ」
「ふん」
虚無僧姿の弥五郎がせせら笑った。
「いかに使い手だろうが、炎にまかれればどうしようもあるまい」
云って背を返した。
が――
彼らは知らぬ。後を追うように、闇が産み出したかのようなひとつの影が流れ出したことに。
小さな鳥の声。
それに夕凪が反応するより先に、けたたましい烏の鳴声にうたれた夜烏党の面々が刀を引っ掴んで庵を飛び出した。
慌てて続いた夕凪だが、察しの程はついている。
片桐惣助(ea6649)。端倪すべからざる御影一族の忍びなら必ず後を尾行けて来ると踏んでいたが――。
どこだ?
逸る眼で夕凪は闇を透かし見た。
どうしても託さねばならぬものがある。その仕掛け、惣助ほどの男ならば気づくはず――。
刹那。
夕凪の手から銀光が疾り、光の尾をひいたそれは藪の中に吸い込まれた。
「やったか?」
「いや」
彦右衛門に問われた夕凪は無念そうに首を振る。
「手応えはあったが――どうやら逃げたようだ」
●
がらりと開いた戸の隙間から寒風とともにするりと長屋部屋に入り込んだ惣助を見とめ、雪夜が湯気のたつ鍋をもったまま顔をほころばせた。
「お帰り。寒かったでしょ。今から夕食だよ」
「ちょうど良いところに戻ってきたようですね」
惣助もまた微笑み返すと座についた。そしてごろりと小柄を転がす。
「何、それ?」
眉をひそめ、セピアが覗き込んだ。その前で惣助は小柄を分解していく。
「夕凪さんからの知らせです。敵の正体と狙いは――」
云って、惣助は小柄内部に仕込まれた文を広げた。
●
「関東を荒らしまわった凶賊?」
多羅尾道場に響き渡るほどの。雪夜が素っ頓狂な声をあげた。
惣助がもたらした夕凪の情報(中には長屋に火を放つ際に同時に丞太郎を襲うとも書かれていた)。それをもとに裏柳生の者が調べた結果を十兵衛が披露した直後の事である。
「ああ。女子供でも容赦なく皆殺しにする連中だ。それともうひとつ。どうやら彼奴らは大烏を使うらしい」
「ああ」
十兵衛の最後の言葉に、惣助は翻然として頷く。
やはり存在を告げたあの鳴声は烏であったか。ひょっとして式神かも知れずと陰陽師である小野麻鳥に確かめたところ、反応からしておそらくは生き物だろうと返答は得てはいるのだが、それはそれで厄介だ。
「ところで武太夫の元を訪れていた商人は何者か、わかりましたか?」
「ええ」
惣助は問主――林檎の宇宙の深淵を思わせる黒瞳を見返した。
「遠州屋」
材木商です。続く惣助の声音が消えぬ間に、聖光、焔立つ。
「今回はこの槍の出番になるみたいね」
銀槍を引っ立てたセピアの眼が、この時血色に煌いた。
●
夜。
春が近くなったとはいえ、まだ月も星も凍りつくようで。
毒吐くように、凶人散る。
その一人、井上播磨は夜闇に紛れてまいた油に火種を近づけようとしていた。
が――
ぴたりとその手がとまった。
「貴様‥‥」
ぎらりと向けた眼の先。忘れようもない顔――司が笑っている。
「何故――。外には出なかったはず」
「たまに床下を這うこともあるのさ。それに、降りかかる火の粉は払わないと、な」
「ぬっ」
播磨が刀の柄に手をかけた。そうと見るより早く、司の手から手裏剣が飛んだ。
同じ刻。
薄皮剥ぐようにのばされた刃がひたと。別方向から長屋に火を放とうとしていた弥五郎の首筋に凝せられていた。
「動くなよ〜♪」
じりと。
刃が流れ、着物を切り裂きつつ虚無僧の背に。
「動かなくても殺しちゃうけどね〜♪」
きゃはははは♪
哄笑をあげつつ、ころりは一気に弥五郎の心臓を刺し貫いた。
抜刀一閃。
木枯らし鳴った後、鋼の飛牙は弾き飛ばされている。
が、その一挙動こそ司の狙い。そこに開いたのは破滅への洞穴。飛び込んだ黒狼の牙――司の手刀は播磨の鳩尾に吸い込まれている。
ずる――
ゆっくりと身を折る播磨を見下ろし、司は重い息をおとした。
「掛かる奴が悪いのさ。何でも試してみるもんだな」
「――おかしい」
軋るような声音を吉次がもらした。何かを探るような手は自然と懐の刃にのびている。
「遅い。もう火の手があがってもいい頃だ」
「いや」
夕凪の、応え。さらに――
「もうあがらんさ」
「なにぃ」
匕首を引きぬきつつ、吉次が飛び退った。その眼前を疾風が吹いて過ぎた故だ。
「てめえ、やはり――」
「というところをみると、感づいていたようだね」
苦笑を零す夕凪の肩に、先ほどの疾風が凝ってとまる。
鷹。名を銀という。
「自分達と同じ手を喰らうも、業さ」
「ぬかせ! 忍び込んで来やがった奴といい、てめえの小柄の投げっぷりといい――。どうも怪しいと踏んでいたが」
「そうか」
夕凪の手がすうと霞刀の柄にのび、その身が獲物を狙う猫族の如くに低くなった。
「が、今さらそれを告げることはできぬ」
「馬鹿め。すでに頭は承知よ!」
「なに!?」
夕凪の口から愕然たるうめきが発せられ、身中にたわめられつつあった殺気に亀裂が入った。
なんでその隙を吉次が見逃そう。
背を返した吉次が地を蹴った。化鳥のように軽々と宙を舞うその姿は一気に数間の距離を飛び――地に降り立つ吉次めがけ、白光が噴出した。
「ぐはっ」
口から大量の鮮血を吹き散らしつつ、吉次は己の胸を刺し貫いた槍の奮い手を血筋のからみついた眼で睨みつけた。
「て、てめえ‥‥」
「逃がすわけにはいかないのよ」
応える槍持つ者の眼も血色に濡れ。セピアは桜色の唇をゆがめた。
●
あれか‥‥
石と化し、草と化し、陰そのものと化し。
藪にひそんで気配を断った北斗が見上げる彼方。竹の先端にとまった巨烏の姿がある。
あの高さから俯瞰されていては迂闊に近寄れぬ。惣助が春花の術を施せなかったのもむべなるかな。
でも、何とかしてあの巨烏は封じなければならないのだ。
ぎり、と北斗が唇を噛んだ時。
凍結。
まるで時が凍りついたかのように北斗の動きがとまった。
いや、とまったのではない。数十間先から放射された呪によってからめとられれたのだ。その身からのびる影を通じて。
必死に気力を奮い起こした北斗が影縛を振りほどき、微塵隠れを発動すべく印を組んだ時にはすでに時遅く、振り下ろされた刃の峰が彼の身を打ち据えている。
殺すな。こいつには聞きたい事もあるし、使い道もある――掠れた耳障りな声音がした。それが意識が闇に沈む前に北斗がとらえた最後の言葉であった。
●
「俺が吐くと思うか」
「吐いてもらわねば困るのだ」
播磨の昏い嘲りを斬り捨てるかのように、フィルは刃を抜き払った。
「吐かねば、無理にでも吐かせるまでだ」
夜烏党の事。
すでに庵に残党の姿なく。のみならず北斗の姿もない。おそらくは連れ去られたものだろう。
惣助から武太夫に動きはないと知らせもあった。残る手づるは此奴のみ――
フィルの眼が細くつりあがった。もはや仲間の死は見たくない。
と、繊手がフィルの刃をおさえた。
「このような者の為にクラウゼンさんの手が汚れる必要はありません」
林檎。
愛とは試練であると信ずる呪法者は、刃を払った指をそのまま心気の刃と化して播磨の眉間に近づけていく。
「貴方の心、覗かせていただきます」