【十一番隊・薩摩謀略編】死神、覚醒

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:02月27日〜03月04日

リプレイ公開日:2006年03月09日

●オープニング

 黒と銀の静謐。
 それはぞっとするような。まわりのすべてが消えて、地も消えて、まるで自分独りであるような。
 夜空を見つめていると、いいしれぬ孤独におそわれることがある。いや、孤独ではない。消滅するような感覚。それは虚無感に近いものだろうか。
 でも、巡る。明日、太陽は昇り、やはり夜は訪れる。
 終わりはないみたい。
 娘は思う。
 が、幻想だ。全てに天数があり、それはやがて尽きる。その証拠に――
 娘の人生にも終止符がうたれようとしている。
 死神が目覚める日は近い。

「薩摩?」
 新撰組十一番隊組長・平手造酒が組んでいた腕をといた。
 その眼前、重く肯首したのは局長・近藤勇である。
「平手君も聞き及んでいるだろう。此度の要人暗殺の下手人として土佐の岡田以蔵や肥後の河上彦斎の名があがっていることを」
「ああ。しかし、それは――」
 応えかけた平手を、近藤が手をあげて制した。
「知っている。斬り痕が違うというのだろう」
「そうだ」
 平手が頷いた。
 岡田以蔵によって斬られた隊士、そして謎の人斬りによって斬られた今井宗慧と賀茂陽憲。新撰組組長数あるうちで、実際に平手のみはこの三名の斬り痕を検分している。
「それに聞いてるぜ。人斬りの正体が沖田かも知れねえってことを」
 捕らえたジェロニモという男が吐いた事実。それはシープの剣と一体と化した沖田が要人暗殺を繰り返していたという驚くべきものだ。
 まだ一部の者しか知らぬ秘事だが、すでに平手は掌中のものとしていた。
「さすがに‥‥耳が早い」
「なんせ、一度殺りあってるからな」
 平手は皮肉に笑った。
 殺りあったといっても、事実は違う。実際に人斬りと刃を交したのは十一番隊隊士であって、平手はその剣筋を見とめたのみであるが――今にして思えば、あの尋常ならざる人斬りの豪剣。シープの剣の力が宿っているとするならば頷ける。
「それでも薩摩を疑うってことは、それなりの理由があるってことか? 確か、薩摩には中村半次郎てえ凄腕がいるって噂だが‥‥」
「そこまで承知なら話は早い」
 副長・土方歳三がぎらと眼をあげた。
「要人暗殺の件を除いても、近頃藤豊の動きがおかしい」
「だから、その尖兵たる薩摩をあらえってか」
「そうだ。とはいえ、今、下手に薩摩を刺激したくはない」
「だから、俺か」
 平手が頬をかいた。すると土方はニヤリと片えくぼを彫り、
「十一番隊らしい仕事だろう?」
「ふん」
 口をゆがめると平手は立ちあがった。戸に手をかけ――ふっと足をとめる。
「確かに、面白い」
 平手もまたニヤリとした。

「――隊士には私が」
「いや」
 ごろりと寝そべったまま、十一番隊隊士を呼びに向かおうとする十一番隊伍長・伊集院静香を平手がとめた。
「おめえは行かなくていい。おい、紅緒」
「はい」
 ぴょこんと十一番隊伍長・神代紅緒が立ちあがった。
「では私が」
「ああ。人手が足りねえ時は冒険者ぎるどに助けてもらえ。おい――」
 すでに駆けだしかけている紅緒を、慌てて平手は呼びとめた。
「此度の件はえらく面倒だ。口のかたい奴を頼むという口上を忘れるんじゃねえぞ」
「はい――」
 紅緒の返事はかなり遠い。本当に聞こえているのか、少し心配だ。
 苦笑を零し、平手は一升徳利を口に運んだ。
 
 静かな午後。
 運命の薩摩藩邸内偵まで、あとわずか――

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8628 月風 影一(26歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb0202 藤袴 橋姫(24歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1496 日下部 早姫(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2658 アルディナル・カーレス(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

白河 千里(ea0012)/ 観空 小夜(ea6201)/ デュランダル・アウローラ(ea8820)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ 片桐 弥助(eb1516)/ 静守 宗風(eb2585)/ 所所楽 銀杏(eb2963

●リプレイ本文

 みしみし、と。
 まだ明けやらぬ寒夜が軋んだような気がして、観空小夜は空を見上げた。
「空の長様、何か――?」
 問うたのは パラの忍び。名を月風影一(ea8628)という。
「いえ‥‥。それよりも――」
 応えを返し、小夜はひたと影一を見据えた。
「風の長様に頼み、あなたに京まで来てもらったのは他でもありません。それは――」


「おはん――」
 誰何の声。薩摩藩邸の前だ。
 呼びとめられた侍は、物珍しそうに見まわしていた眼を一人の侍――訛りから薩摩隼人と知れた――に転じた。
「――拙者‥で、ござろうか?」
「‥‥」
 無言のまま、薩摩侍は相手を凝視する。
 侍は――にやつく笑いを顔にはりつけ、そのくせどこかおどおどと。どうやらお上りさんであるらしい。
 が、薩摩侍の眼の凶気は消えることなく。どころか陽炎にも似た殺気すら立ち上らせて。
「何かあったのですか?」
 降り積もる霜のように静かな声があがり――硬直しかけた空気に亀裂をいれた。
 ちらと走らせた薩摩侍の視線の先――そこに雪精の風情の少女が立っている。おそらくは声の主――
「いや」
 口をゆがめると、薩摩侍は白けた顔で肩をゆらし、薩摩藩邸へと姿を消した。
 残された侍は――
 しばらくぼうっと薩摩藩邸を眺めていたが、やがて眼をすがめると背を返した。その面からは先ほどの魯鈍ぶりは窺えず、ただ的を射とおす鏃のような銀の光のみを眼にとどめている。肩を並べて歩き始めた少女と二人――一軒の茶店の二階に上がった。
「どうしました、もめていたようでしたが」
 通りを見下ろす窓から離れ、新撰組十一番隊隊士・日下部早姫(eb1496)が問うた。
 すると少女が事情を説明し、
「山野殿、危なかったですね」
「和泉殿のおかげでござる」
 応え、侍――山野田吾作(ea2019)はふっと息をついた。
「和泉殿が駆けつけてくれなければ、今頃は――」
「いえ、駆けつけたというわけでは――」
 少女(可憐なんだけれども、恐るべきことに実は三十一歳なのだ!)――和泉みなも(eb3834)は面映い。
 本当を云えば、偶然。みなもは物の怪調べと称して薩摩藩邸に入り込もうとしたがさすがに果たせず、けんもほろろに追い返されたところ――門前での騒動に出会ったというだけであったのだ。
「――しかし、何者でしょう、あの侍?」
「もしやすると――」
 早姫は柳眉をひそめた。
「例の人斬り?」
「!」
 田吾作とみなもは顔を見合わせた。
 要人暗殺を繰り返す人斬り。その正体は不明だが、噂では薩摩には中村半次郎という凄腕の剣士がいるらしい。先程の御仁がそうなのだろうか。
「よし、俺が――」
 調べようと立ちあがったのは白日の中でなお蒼白く――デュランダル・アウローラである。すると早姫と並んで窓際に座っていた、どこか瓢然とした浪人もまた腰をあげる。
「では俺も」
 浪人――哉生孤丈の眼は、藩邸から出てきた恰幅の良い侍を追っている。同じく早姫もまた眼で追い、
「薩摩‥‥。藤豊の支配下にある最南の藩。潜んでいるのは鬼か蛇か‥‥」
 呟いた。
 まるで呪の如く――。
 

 町屋の二階。
 その二階の窓からは薩摩藩邸の裏口が良く見える。
 覗いているのは新撰組十一番隊隊士・所所楽柊(eb2919)と妹の所所楽銀杏だ。
「薩摩の陰謀は何か、更に証拠もか〜‥。面倒な事になったな〜」
 顎を窓枠においた手で支え、柊がもらす。と、柱にもたれ善哉を口にしていた藤袴橋姫(eb0202)がニッと笑んだ。
「‥頭を使うのは‥苦手だが‥‥やっぱり新撰組の傍は‥面白い‥。薩摩の屋敷に強い奴が居る‥それに、人斬りも‥‥」
 舌なめずりしそうな笑顔。橋姫は強い者が好きでなのである。さらに云えば、その強い者と殺りあう事が。
「ばかやろう。此度は派手なたちまわりはならねえぞ」
 一升徳利から口を離し、ニンガリと笑ったのは十一番隊組長・平手造酒である。
「‥斬っちゃ駄目なのか‥」
 残念そうに橋姫が肩をおとす。
 その時、柊の眼が見開かれた。
「あれは――」
「どうしました?」
 身を乗り出したのは新撰組十一番隊伍長・伊集院静香である。
 その見下ろす先――薩摩藩邸裏口から、その時異様な組み合わせの三人連れが姿を現した。
 一人は侍だ。
 小刀のみを腰におとし、颯爽たる立ち居振舞いは見ていて気持ちが良い。顔立ちは西洋人との混血かと思われるほど彫りが深く――いや、それよりも特徴的なのは侍の眼だ。好奇心にきらきらと煌き――まるで子供の眼である。
 そして、残る二人。
 こちらは身なりから察するに渡世人である。一人はやや小柄で、背に刃が通っているようにきびきびとしている。
 もう一人はといえば隻眼。ふてぶてしさがふきこぼれてくるようで、斬り結ぶ刃の下ですら平然と昼寝をしてのけそうだ。
「何者だ?」
 柊が振り返る。しかし平手は頭を振って見せた。
 すると黒狼の如き印象の浪人が組んでいた腕をといた。
 浪人――名を静守宗風といい、彼もまた新撰組十一番隊隊士である。
「俺がゆく」
 云うと、宗風は立てかけてあった長巻を引っ掴んだ。
 立ち去るその後姿をどこか愛惜の眼で見送った後、柊は平手に向き直った。すでに静香が厠に立ったのを確かめてある。
「それはそうと、内通者に関しては何かわかったのか〜?」
「内通者、だと?」
 問い返した平手に、柊はくくくと笑ってみせた。
「とぼけたってだめだぜ〜。賀茂陽憲の時の騒動、ありゃあどうみたって内通した者の仕業だ〜」
「ずいぶんと聡いな、てめえ」
 口に当てた一升徳利の向こう、平手の眼がこの蒼く煌いた。
「よかろう。柊よ、てめえだけには教えといてやる。内通者は――」
「内通者は?」
「沖田総司」
「!」
 さしもの柊が絶句した。
 まさか沖田総司――一番隊組長が内通者であろうとは。さすがにそれは柊にとって想到の範囲外であった。
 が、良く考えてみれば頷けることは、多々ある。見廻組と十一番隊を噛み合わせた時、誰が一番利するか。もし沖田が人斬りであるなら、それは彼自身であろう。
「だろう?」
「あ、ああ――」
 胸の重心をぐらぐらさせながらも、しかし柊は認めざるを得ない。
 が――
 天か地か。
 誰が知ろう。内通者という符牒が冒険者を真実に導き、そしてまた真実への道を阻むことになろうとは――。


 濡れ光るような影が紅を唇にさしている。
 ただそれだけの挙措だが、舞のように美しく――いや、それは実際に舞であったかも知れない。
「私は忠臣か、不忠者か‥。いや、人面獣心の鬼畜生か‥」
 幽鬼のように、神楽龍影(ea4236)の繊手は翻った。

「なにやら小難しい顔をしているな」
 肩をたたかれ、アルディナル・カーレス(eb2658)は瞳に灯火をとりもどした。ぎごちなくあげた視線の先――夜道に白く、白河千里の笑みが揺蕩っている。
「あ、ああ」
 曖昧に頷いたアルディナルであるが。
 先ほど、彼は薩摩藩邸の小者のあとを尾行け、とりあえず酒を奢って縁を結んだ。が、それは序の段に過ぎない。
 本当に困難なのは明日から。薩摩藩士に知られぬように、その薩摩藩士の動きを探る。それは小刀で薄皮一枚削いでいくかのように、実に微妙な手さばきが必要で。自ずと身も心も硬直せざるを得ない。
 それに此度の依頼、誰にももらせぬ秘事でもある。
 が、その事あるは一番隊隊士である千里も重々承知している。
「訳は聞かぬ」
 それきり。
 黙ったままみたらし団子の包みを差し出す。
 アルディナルもまた黙然と、ただ団子を一本手にとり、口に含んだ。
 甘露。
 何やらころころと、生きる力がわいてきた。


 そこは将門司(eb3393)が入り込んだ料亭の一室。すでに裏口から上がり込んでいた宗風と柊が肴を突ついている。
 前掛を丸めながら遅れて現れた司といえば――妙に活き活きとしている。もしかすると料理人こそがこの男の本分かとも思えるほどだ。
「遅うなって、すまん」
「ご苦労さんだな〜」
 司の猪口に酒を注ぐと、柊は子犬に似た眼を宗風に向けた。
「ところで、あの侍と渡世人って何者だったんだ〜?」
「あれか――」
 酒を干すと、宗風は猪口を卓においた。
「あれは勝麟太郎。源徳家の旗本だ」
「なにっ!」
 司が瞠目した。
 源徳と薩摩とは、この京においてはいわば犬猿の間柄。それなのに、何故源徳の旗本が薩摩藩邸などに出入りしているのか‥‥
「それでは、あの渡世人達は?」
 再び柊が問う。
 宗風、応えて、曰く――。
「小政と森の石松」
「えっ!」
 今度は柊がうめいた。
 小政と森の石松といえば駿河の侠客、清水次郎長の身内である。確か二十八人衆と恐れられ、次郎長の身内中でも最強の二人のはずだ。
 しかしわからぬ。勝麟太郎とその二侠客が共にいる理由が――。
 青ざめた顔で、司は宗風の猪口に酒を注いだ。
「嵐の予感がする。静守はん、いよいよあんさんの刀が必要になってきたで」

 同じ頃、薩摩藩邸表側の町屋の二階で朱鳳陽平(eb1624)は首をぐきぐき鳴らしていた。
「「あー、らしくねぇ格好してっと肩こるぜ」
 見たところ、生真面目な書生風。平手は膝を叩いて笑った。
「馬子にも衣装ってところだな」
「馬子はひどいっすよ、組長」
 童のように陽平はふくれて見せた。
 代書人となり薩摩に入り込む為の苦労の数々。片桐弥助の助けを借りて、まずは薩摩ご用達代書人の身辺を調べ。その者が所用で数日京を離れると知るや、すぐさま代理としてつかわされたと薩摩藩邸に。最初疑わしそうにしていた薩摩侍も、役人の眼すら欺く弥助の技量を一目見るや態度を豹変し――
「それで明日から日参するってわけか?」
「色々調べることがありますからね」
 平手に応えはしたものの、それだけではない。
 屯所で待機している十一番隊伍長・神代紅緒。あの賑やかな娘がひょっとして薩摩藩邸に乱入しやしないかと気が気でないのだ。
「組長――」
「何だ?」
 弟を見るような眼で見返す平手をから、何故か眩しそうに陽平は顔を背け、
「いや、何でもありません」
 と頭を振った。
 本当は、自分が気をつけておいた方がいい事があるかと尋ねたかったのだが、平手が同席を許した静香の前ではそれを切り出すこともできず――それに柊から内通者の正体は沖田だと聞いたこともあり、陽平は腹の底の方に転がっている冷えた石に、一人ぱらぱらと土をかぶせた。


 さつまみまわりぐみせつりつ‥‥
 薩摩藩京都留守居役・吉井幸輔の唇は確かにそう動いた。
 読み取って、しかし屋根裏の散歩者、影一は動けない。
 吉井幸輔と相対する者。中村半次郎と知れた侍の発する剣気に身動きもとれないのだ。
 湖心の術を使えば無音で行動することが可能となるが、気配の一滴でも零そうものなら、たちどころに中村はこちらの存在を嗅ぎつけてしまうだろう。
 
「新鮮なキビナゴが手に入れば良かったんやけどね」
 すまなそうに頭をかいたのは司だ。が、彼を呼んだ薩摩藩士・鎌田政清は満足げに卓におかれた薩摩揚げや地鶏もも肉の炭火焼(柚子胡椒をつけてさっぱりといただきます!)を見まわしている。
「鎌田さん、お気に入りになられたようですよ」
 云って、鎌田にしなだれかかったのは龍影だ。どうやらアルディナルの情報に従い見事に薩摩侍を篭絡し、司がもぐりこんだ料亭へ誘うことに成功したようだ。
「やっぱり漢は薩摩の方ですね。壬生浪なんて乱暴者ばかり‥‥」
 うるうると。龍影は縋るような眼をあげた。それは白蛇がからみつくような、ぞっとするほど艶かしい眺めである。
「鎌田様、お慕いしています。御傍に、置いて下さい‥」
「細雪華虎、愛い奴」
 鎌田は白い細身を抱くと、司をはばかることなく、 龍影の口を吸った。


 五日目の夜。
 雲が迅く。
 光陰は矢継ぎ早に。
 その刹那を縫うように、柊と司は摩藩邸庭に潜入した。
 と――
 ぎくりとして柊と司は身を凍りつかせた。突如床下から這いだしてきた者がいる。その者の顔を見とめ、二人は小さく叫んだ。
「橋姫!」
 それっきり。声もない。
 平手に新撰組の存在を感じさせるのは拙いと訪問の件を却下され、その後何事か考え込んでいる様子ではあったが、まさか一人で乗り込んでいようとは――。
 が、そんなと柊と司の思惑などよそに、橋姫は愉しそうだ。
 ‥‥潜入といえども‥‥獲物を狩る時と一緒だ。‥‥殺気は消すんじゃなくて‥奥に潜める‥‥。
 想い。それは父親に仕込まれ、骨の髄まで染み込んだ戦う者としての習性だ。
 ともかくも。
 再び二人――いや橋姫を含めた三人が動き出した。足音をころし、手筈通り雨戸に手をかける。
 それはすっと開いた。影一の細工である。
 邸内に滑り込むと、三人は音もなく廊下を進みはじめた。柊と司は隠身の勾玉を握り締め。そして橋姫は猫族にも似た忍びやかさで。向かうところは奥座敷。ぎるどでのうちあわせで聞いた影一と陽平、そしてアルディナルの調べでは、そこが一番怪しいらしい。
 やがて――
 三人は奥座敷の中に。
 そこは十畳を越える広さ。が、探す場所は限られている。
 しばらくして、
「ここだ」
 押し殺した声があがり――柊の手は掛け軸をめくりあげ、裏につくられた穴におさめられた手文庫をあらわにしている。
 急いで中をあらため、三人はひとつの書状に眼をとめた。死亡した華山院忠朝の後任として、藤豊派の公卿である近衛忠広を新しい大納言に推すよう記した工作の書状だ。
「よし」
 頷きあうと、司は書状を懐にねじ込み、再び手文庫を穴に戻した。

 月が雲間に隠れ――
 蒼い湖底が深海の暗さになった時、薩摩藩邸から三つの影が疾り出て来た。いや、もうひとつ。覗きはじめた銀盆のような月を背に蝙蝠に似た影が空を躍り――影一だ。書状消失に気づいた薩摩藩士の動きを見分したかったが、依頼期限がある故にそれは諦めざるを得ない。
 さらに――
 物陰に隠れていたアルディナルと田吾作も合流し、勇躍六人の冒険者は闇の道を駆けぬけていく――。

 びしゃりと早姫は窓を閉めた。
 あの六人の様子では上手く何らかの証拠を掴んだようだ。此度は何事もなく――やはり仲間を信じて良かった。
 振り返ると、早姫は柔らかい笑みを平手と静香に向けた。 


 それは何時の間に降りはじめたものだろう。
 燈篭の灯りに霧のような雨が光って――
 刃も光り、それは屯所を目前にした平手の腹を刺し貫いた。
「私の事を薄々気づいていながら背を許すとは‥‥平手様も甘いようで」
「静香、てめえ‥‥」
 顔をねじむけた平手の口から、その時鮮血がしぶいた。
 それは――
 伊集院静香の新撰組十一番隊伍長としての人生に終止符がうたれ――
 同時に死神として目覚めた瞬間であった。