【十一番隊・薩摩謀略編】士道不覚悟
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:10人
サポート参加人数:8人
冒険期間:03月20日〜03月25日
リプレイ公開日:2006年03月30日
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●オープニング
「私の事を薄々気づいていながら背を許すとは‥‥平手様も甘いようで」
「静香、てめえ‥‥」
顔をねじむけた平手の口から、その時鮮血がしぶいた。静香が刃をこねたためだ。
満面を朱に染め、しかしこの場合、平手は笑った。
「覚えてやがれ‥‥」
「ふん」
刺し口に布をあて、静香が刃を引きぬいた。口と腹から血煙あげ、どうと平手が崩折れる。
舞い落ちる霧雨に肩をぬらせつつ、じっと静香は動かなくなった平手を見下ろした。
が、それも一刹那。すぐに静香は足でごろりと平手を仰向けた。屈み込み、刃の血糊を平手の羽織で拭う。それから平手の懐から書状を奪い、自らのそれに――
「十一番隊は私がいただきます。上手く使います故、安堵してお眠りください」
冷えた微笑。
この瞬間、伊集院静香の新撰組十一番隊伍長としての人生は終止符をうたれ、代わりに――
新撰組の首筋に刃を凝した死神として、静香は新たな人生を歩み出しはじめた。
背を返し駆け出す静香の姿をすぐに霧雨がけぶらせ、後には――
深淵のように広がる血溜まりの中、眠っているかのように平手は身を横たえていた。
「平手は死んだ」
副長・土方歳三の声音が、新撰組屯所奥座敷に重々しく響き渡った。
はっと顔をあげた十一番隊面々には声もない。平手が怪我を負ったとは聞いていたが――
「――そ、そんな冗談は‥‥」
「冗談でこんなことが云えるか」
唇を震わせる十一番隊伍長・神代紅緒を土方はねめつけた。
「傷は深く、多少は息があったもののついに意識は戻らず、それっきりだ」
「そんな――」
はじかれたように紅緒が立ち上がった。そのまま奥座敷を飛び出そうとする。
「待て、神代」
「とめないでください。せめて組長に――」
「もう奴はいねえよ。荼毘に付しちまったあとだ」
「そんな――」
紅緒ががっくりと膝を折った。糸の切れた操り人形のように畳に手をつく。
「どうして一目組長の死に顔を拝ませていただけなかったのですか」
「ばかやろう」
土方が口をゆがめた。
「ただでさえ五番隊の野口が殺られたあとだ。この上組長が殺されたなんてことを隊士に知られるわけにはいかねえ。下手に平手の亡骸を見せちまうと、どうしても殺されたことに気づかれてしまう。‥‥平手は病死。おめえたちも料簡してくんな」
「病死‥‥」
呆然と紅緒が呟いた。
ひやりとする刃の冷たさをもった計算。残酷なようだが、しかし事が事だ。わからなくはない。
と、紅緒の傍らで、十一番隊隊士の一人が口を開いた。
「今、組長が殺されたと云われましたが?」
「ああ。背中から一突きだ」
告げる土方の眼はひどく昏かった。
緋毛氈を敷いた茶店の縁台。
十一番隊伍長・伊集院静香は茶を啜っていた。
「‥‥首尾は?」
問う声。それは静香の後ろに座る、背を向けたままの侍から発せられた。
「上々」
応え、静香は湯呑み茶碗をおいた。
「組長代理に任命されました」
「ほお、では」
「はい。これで十一番隊を好きに使うことができます」
「よくやりもした。そいじゃが、これからどうするつもりでごわんど? じゃっどん、すでに――」
「はい、手はうってあります。芹沢派の隊士に罠を仕掛け、近藤と芹沢の間にさらなる亀裂を刻む所存」
云うと、静香はちゃらりと茶代をおき、立ち上がった。
「邪魔だてする隊士がいれば切腹させるか新撰組から追放するか‥‥まあ、お任せください、半次郎殿」
「紅緒!」
「はいーっ!」
呼ばれ、紅緒が屯所の廊下を駆けてきた。
「静香さ――いや、組長代理、何か御用ですか?」
「今まで通り静香でいいわ」
静香は苦笑すると、
「それより十一番隊隊士を集めてちょうだい」
「承知しました。で、此度はどのようなお仕事ですか?」
「上田作之丞を知っているわね」
「はい」
紅緒は肯首する。作之丞は確か芹沢派の隊士のはずだ。
「その上田さんが、何か?」
「人斬りの十剣党と内通している疑いがあるの」
「十剣党!」
愕然として、紅緒は瞠目する。
人斬りと内通している者がいると噂されているが、まさか――。
「上田さんを取り調べるのですか」
戸惑いつつ問う。すると静香はいえと頭を振った。
「まずは証拠をおさえる。上田は情婦を囲っているわ。十剣党とつながりがあるとするなら、そこに」
「わかりました!」
疑念はあるが、同時に紅緒の足はすでに廊下を駆け出している。慌てて静香は紅緒を呼びとめた。
「極秘裏に急襲することになるわ。だから上田の名も目的もまだもらしてはだめよ!」
「はーい!」
返事は遠く。
駆け去る足音を聞きつつ、静香は妖艶な笑みを浮かべた。
情婦宅には上田のみならず、彼奴の友人の隊士もいるはず。上手くいけば――。
ひとしきり抱くと、薩摩藩士・鎌田政清は細雪華虎――神楽龍影をから身を離し、身支度をはじめた。
「鎌田様、どこへ――」
「ふん」
身支度を終えた鎌田が嗤い、よかぞと奥に声をかけた。
すると襖戸がするりと開き、控えていた数人の薩摩藩士らしき侍がずいと姿を見せた。
「鎌田様、これは――」
慌てて着物をかき抱いて裸身を隠し、龍影は戸惑いと恐れの入り混じった眼を鎌田に向けた。
その眼前、鎌田は黙然と冷笑を浮かべたままで――
顎をしゃくると、一斉に薩摩藩士達が龍影に襲いかかった。
喉も張り裂けんばかりの龍影の悲鳴があがり――やがてそれも聞こえなくなり‥‥
「殺すな。聞きたかちゅうこつがあう。責むうのは程ほどにせよ」
云って、鎌田はねばりつく緯線を血まみれの龍影の裸身に這わせた。
●リプレイ本文
「平手造酒、病死。現在は伍長であった伊集院静香が組長代理に」
こたえ、パラの忍びである月風影一(ea8628)は片膝ついたまま面をあげた。
その眼前、観空小夜は黙したまま、ただ瞑目している。
暁の中。二影はただ寂然と。白鷺のように、あるいは闇烏のように。
「――影一さん」
どれほど刻が流れたか。やがて小夜の眼が開いた。
「不穏な動きを感じます。以降は何かを発見しても一時的に隠し、情勢を見渡し成行を見守るように」
「承知」
頷くと、化鳥のように影一は身を翻らせた。
●疑念
じろりとねめあげた新撰組副長・土方歳三の眼光の鋭さに、血相を変えて飛び込んできた朱鳳陽平(eb1624)、所所楽柊(eb2919)、将門司(eb3393)の三人もさすがに毒気を抜かれたようになり――
しかし、すぐに司は額に青筋たてると、
「副長! 組長代理から聞いたけど、早速仕事ってどういうことなん!? そんな事より、まずは平手組長を刺した下手人探しをやるべきやろ!」
怒鳴る。
が、土方に揺らぎはない。司にひたと眼をすえたまま、
「平手のことは伊集院にまかせてある」
「せやけど――」
なおも云い募ろうとする司であるが。すっと手をあげて柊が制した。
「どさくさに紛れて忘れてた、じゃすまされねぇから確認したいんだが、先日の薩摩藩邸での証拠品、そちらに渡ってるか?」
「証拠品、だと?」
「ああ。書状だ。組長に渡したはずなんだが」
「知らんな。平手はそれを所持していなかった」
「なにっ!?」
にべもない土方の返答に、三人の十一番隊隊士は顔を見合わせた。
平手が殺されただけなら、それは平手個人に対する意趣返しという線も考えられる。が、薩摩藩謀略の証拠の書状までが失われているとなれば話は別だ。
下手人の目的は、その書状ではなかったか。
この時、柊の胸に翻然と別の疑念がたちのぼった。
表沙汰にはできぬが組長殺害は新撰組にとって大事である。全く情報が無いというのは考えられぬ。もしやするとほぼ調べがついていて下手人を泳がせているのでは‥‥。
「ところで、紅緒伍長の事なんだが〜」
「紅緒?」
土方の表情が険しくなった。
「伍長の事なら組長代理に相談するんだな。さっさと伊集院の元に戻れ」
土方が顎をしゃくった。
仕方なしと立ちあがる柊と司であるが。
気づいた。陽平だけが項垂れたままだ。
「朱鳳はん」
促しのばした司の手を、しかし陽平は振り払った。
「俺は認めねぇ」
軋るような声音がもれ、あげられた陽平の眼は熱病にかかったかのようにぬれ光っている。
嫌な予感。それを感じていながら何の手も打たなかった――打てなかった。陽平は、そんな自分が許せない。ゆきばない怒りは出口を求め、彼の身中を駆け巡り――
俺は――と陽平は続けた。
「そんな半端な気持ちで組長についていたわけじゃねぇ。新撰組だとか御法度だとかそんなもん関係ねぇんだ! 一度つくと決めた人を、死にました、はいそうですか、で終わらせられるもんか! いくら副長だろうがそんな勝手――」
発作的に土方に掴みかかろうとした陽平の身がびくりと硬直した。
鳩尾。突き刺した手刀を土方がぬくと、人形のように陽平が崩折れ、慌てて司が抱きとめた。
喪神した陽平を抱えた柊と司が廊下を歩き去っていく。
一瞥し、すぐに障子戸を閉めた土方であるが、この時、彼自身気づかぬ笑みが頬に浮いている。
「平手め。良い隊士をもった」
●疑惑
「なんと‥平手殿が!? ‥‥馬鹿な」
うめいたきり、山野田吾作(ea2019)は二の句もつげぬ。
新撰組屯所前。新たな依頼を受け、駆けつけた矢先の事である。
同じく馳せ参じた冒険者――見た目は少女としか思えぬ蒼の志士、和泉みなも(eb3834)もまた慨嘆する。
「平手殿がお亡くなりになったという噂を耳にしましたが‥‥やはり本当だったのですね」
「ああ」
波たたぬ顔つきで肯首したのは、彼らに口外無用を条件に平手死亡の件を告げた新撰組十一番隊隊士・静守宗風だ。
と、ようやく我を取り戻したか、田吾作が眼をすがめた。
「俄には信じられぬが‥‥しかし、それが事実として、あれほどの御仁が、何故!?」
「背後から一突き」
声は屯所玄関からした。はじかれたように振り向けた冒険者達の視線の先――新撰組十一番隊隊士・日下部早姫(eb1496)が立っている。
「背後から‥‥一突き!?」
それでは他殺ではないか。――さしも冷然たるアルディナル・カーレス(eb2658)も顔色を失った。
噂では病死ということであったが。知らぬうちにとんでもない異変事が勃発している。
「‥‥それだけじゃ‥‥ない」
ぼそり、と声をあげつつ辻角から姿を見せたのは五尺にも満たぬ少女。名を藤袴橋姫(eb0202)といい、若年ながらその身からふき零れる凄愴の殺気は常人のそれではない。まだ狼狽の尾をひきつつ、みなもが問うた。
「それだけではない、とは?」
「神楽龍影(ea4236)が‥‥消えた」
●龍影、無残
どこかの蔵。
梁から縄で吊るされた龍影の半裸の身には無数の蒼痣と血がこびりつき、今は焔の刺青も判然とせぬ。手も巧みに縛られ、印も組めぬようになっている。
「まだ吐かぬか」
薩摩藩士・新納忠続が龍影の顎を棒でぐいと持ちあげた。
彼が問うているのは新撰組が放っている密偵の情報だ。もしそれを知る事ができれば京における薩摩の勢力にどれほど寄与することになるか、想像に難くない。
「わ、わかりました」
息も絶え絶えに龍影が声をもらした。すると新納はにやりとし、
「やっ、そうか」
「‥‥え、ええ。でも、話すのは中村様に」
「馬鹿な」
新納がせせら笑った。が、すぐに憐れむように、
「そいどん、お前はこのまま責め殺すには惜しい奴。どうだ。我らに力を貸さぬか?」
「ち、力を貸せ‥‥?」
「そうだ。今、我らは薩摩見廻組を設立しようとしておる。それは偏に京を、神皇様をお守りしたいが為。その想い、志士であるおはんと同じではないかな」
「神皇様を‥‥ま、守る‥‥!?」
足下の大地が瓦解する感覚に、龍影の口からひび割れたうめきがもれた。
●狼、願う
「何を難しい顔をしているの?」
後で手を組み、将門夕凪が司を覗き込んだ。司といえば、やや強張った笑みを返したのみだ。
何故なら――
柊がもらした新撰組内通者の可能性。平手のことであるから芹沢派の隊士に背を許すとは思われず――そうなると残るのはほんの一握りの者だけとなる。
誰か。闇の中で黒刃を背に凝されている感覚。
と――
司の羽織の袖を掴む者がいる。義妹、灰色狼であった。
「お義兄ちゃん‥‥。神楽様を助けて」
身悶えするかのように哀願する狼の眼から、この時真珠のような涙が溢れ出した。司はいつものように不敵に笑い、
「任せとき」
「それでこそ司です」
安堵したかのように夕凪の笑みは柔らかく。
「貴方は貴方らしく。‥‥たとえ闇で迷っても私がいますから」
「おおきに」
ひしと夕凪を抱きしめ、それから司は田吾作に眼を転じた。
「山野はん、神楽はんの事、頼めるかな」
「お任せあれ。必ずお救い申す!!」
焔立つように。佇む田吾作の身から陽炎の如き闘気が揺らめきのぼった。
●急襲・壱
新撰組五番隊隊士・上田作之丞妾宅を奇襲し、十剣党内通の証拠を押収すべし。
新撰組十一番隊組長代理・伊集院静香が此度の作戦の主旨を明かしたのは、十一番隊が当の上田妾宅に到着した後の事であった。
「疑いの時点で急襲な〜。それだけ信用できる情報でもあったのか、なるほどな〜?」
隊士を見分させた妹の所所楽銀杏からは確たる返答を得られず、苛つきというより漠たる不安に襲われた
柊が嫌味たらしく呟いてみせたものの、冷厳に命をくだす静香に否やをとなえるもならず、配置につく十一番隊隊士と冒険者であるが。
たった一人。早姫のみは十一番隊伍長・神代紅緒を呼びとめている。
「何か?」
怪訝な面持ちの紅緒の耳元に、周囲をはばかるように早姫が唇を近寄せた。
「伍長を見込んで、お頼みしたいことがあるのです」
「私に?」
「はい。組長代理を見張っていただきたいのです」
「み、見張る!?」
さすがに紅緒は声を裏返らせた。早姫は慌ててその口を押さえると、
「私が見るに、平手様を狙った人斬りが次に狙うのは伊集院様。されど伊集院様のご気性から察するに、逃げ隠れするとは思えず」
「た、確かに」
紅緒は小さく首を縦に振った。過去の豺牙組の一件を思い出すに、静香という娘には無茶をしかねないところがある。
「とはいえ敵は平手様を斬ったほどの手錬れ。とても一人では‥‥故に伍長には陰ながらお守りしていただきたいと‥‥。私は静香様に断られようと、断固としてお側についている所存」
「わかりました」
がっしと早姫の手を握ってから、紅緒は踵を返した。
その背を見送る者。アルディナルの心境は複雑だ。
実のところ彼は、平手の死の不審について、またその真相究明を行うことを紅緒に打ち明けて彼女の反応を窺おうとしていたのだが、断念せざるを得ない状況になってきている。
柊達の云う内部の裏切り者。その正体が紅緒である可能性がある以上、迂闊に存念をもらすわけにはいかない
そして――
冒険者達の思惑をよそに、奇襲は行われた。すべては静香の計画通りに。
たったひとつ。誰にも見咎められることなく現出した影が、屋根瓦をはずして内部に侵入したことを除いては‥‥
同じ刻。
陽平の姿は薩摩藩邸内にあった。先と同じく代書人として潜入したのである。
目的は失われた証拠書状の確認――といえば聞こえは良いが、要は静香の命を無視したのである。
それは土方が口にした故五番隊組長・野口という名前、さらに来須玄之丞の云う五番隊壊滅時に似ているという見解。それらが複雑にからみあって伍長・静香に対する反感となっているのであるが――。
それらの思考がうねり、さすがの陽平も背にぽっかりと隙を穿っていた。
そこを突くように一斉に襖戸が開き、乱刃が舞った。
「新撰組十一番隊である」
妾宅に踊り込むなり静香が名乗りをあげた。酒盛りをしていた上田を含めた五番隊隊士三人は一瞬呆然とし、しかしすぐさま刀をひっ掴んだ。
それこそ好機――静香が己の刀に手をかけた。刹那――
声もなく上田は崩折れている。
さらに別の隊士もまた。とうてい刃の届く距離ではないのに。
「生き証人は必要だろう?」
こともなげにアルディナルは相州正宗を鞘におさめた。その傍ら、金銀妖瞳を神秘的に煌かせた氷の志士の手の上では、蒼い氷輪が運命を紡ぐかのようにひたまわり――
これは――
一瞬息をのみ、天井裏を這う影一は動きをとめた。
埃臭い闇の中。白々と浮かびあがるものがある。
書状。
おそらくは、これが空の長様の申されていたもの。
書状を拾いあげると、影一は己の懐にねじこんだ。
当面は誰の手にも渡すつもりはないが、ともかく書状発見の事実だけは将門さんに知らせなければ‥‥
「臭うわ臭う。‥芋の臭いがぷんぷんしよる!!」
田吾作が見上げた先。あまり知られていないが、別の薩摩藩屋敷である。
鎌田の妾宅を突きとめることは造作なかった。そこから運び出された駕籠が向かった先も。
それが即ち、ここ。
「では」
「うん?」
物陰から立ちあがった橋姫の泰然自若ぶりに、再び田吾作は眼をすがめた。思えば平手が死んだと聞いた時も、彼女は彼女のままであった。
「平手は‥斬っても死にそうに‥ないから」
そうこたえると、橋姫は音もなく薩摩屋敷に忍び込んでいった。
●急襲・弐
空を灼き斬るかのような刃風。
辛くも避け、庭に転がり出ることができたのは薩摩示現流を我が物とする陽平なればこそ――
だが、そこまでだ。林立する刃に、無手の陽平では敵すべくもない。
馬鹿めと振り下ろされた刃は、陽平を死の圏内ににおき――
うっと苦鳴をあげ、その薩摩侍はたたらを踏んだ。
「なにっ」
愕然とする陽平の眼前。黒影がひとつ。
黒の着流し、宗十郎頭巾で面を隠し――今、薩摩侍を薙いだ一撃はまさしく居合!
「朱鳳、退けい」
黒頭巾の手が、再びすうと刀の柄にかかった。
「ありません」
「ない?」
天井裏を覗き込んでいた紅緒の返答を耳に、静香は唇を噛んだ。
さんざん探し回った末に天井裏から内通の証拠が見つかる。それが描いた絵図であったはず――
その証拠がないはずはない。もし、ないとするなら――
「証拠があらへんなぁ。困ったわあ」
此れ見よがしに司は嘆いて見せる。それはすでに影一が書状を手に入れていることを知って成り行きを見守っている故なのだが――
懐にのびかけた静香の手がとまった。べったりと早姫がはりついている為、下手な身動きはならない。
――なるほど、そういうことか。
静香の眼が薄い光を放った。
「どうやら間違いであったようです。訴えるのなら、五番隊組長を通してお願いします」
さらりと云いおくと、静香は来た時と同様、疾風の如く背を返した。
蔵からよろめきつつ、橋姫と、彼女に支えられた龍影がまろび出てきた。
薬水で傷は癒えたものの龍影の失われた体力まで戻ることはなく、また細身とはいえ成人男子を支えるには橋姫は小さく――仕方なく橋姫達は庭木の陰に身を潜めた。
このままでは逃げることはできぬ。よしんば薩摩屋敷から逃れることは果たせたとしても、追いすがる敵を振り切ることは不可能だ。
さしも無謀な橋姫の面にも、さすがにこの時ばかりは苦渋の色が濃い。
その時、屋敷裏から騒ぐ声が響いてきた。どうやら何者かが薩摩侍に喧嘩をふっかけているらしい。
――山野‥やってくれる‥。
にっと笑うと龍影を促し、橋姫はゆっくりと庭木陰から滑り出た。
が――
含み笑いつつじっと見送る影があることを、彼ら二人は知らぬ――。
●
朱塗りの正門をくぐり、一度足をとめるとアルディナルは振り返った。
そこはアルスダルト・リーゼンベルツが探り出してくれた新撰組と繋がりが深い寺院。
静守宗風、白翼寺涼哉が新撰組出入りの医者を問いただしたところ、確かに平手は亡くなったらしいのだが、どこか釈然とせぬ。それ故寺院にも調べの手をのばしたのだが、やはり平手の事は知らぬという。
一見疑うべき所はないように見え――しかし、その無瑕の珠の手触りが、かえってアルディナルの疑念をよんだ。
呼び出された三人の十一番隊士。
陽平、柊、司。
他の隊士――早姫と宗風の姿が見えぬことに戸惑いを禁じ得ぬ彼らの前で、静香はやや顔を仰のかせ、氷柱をひそませた眼で見渡す。
「どうやら貴方達は好きなように動きたいようですね。いいでしょう。希望をかなえてあげます」
「‥‥」
静香の言葉の真意を掴みかね、怪訝な面持ちのまま見返す三人の十一番隊隊士。その彼らを慰撫するかのように、静香は微笑み、告げる。
「新撰組から追放します」