【十一番隊・静香陰謀編】志士狩り
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:10人
サポート参加人数:12人
冒険期間:05月01日〜05月06日
リプレイ公開日:2006年05月13日
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●オープニング
「見廻組、世良吉五郎殿ですね」
「そうだが」
こたえ、酔いに千鳥足となった中島が振り返った。
刹那、白光。
銀舞い、紅散る。
一気に袈裟に斬り下げられ、世良は声もあげえず崩折れた。
じっと見下ろすのは深編笠の侍。さして息も乱さず――
ちゃらと血糊を払い、侍は刀を鞘におさめた。それから屈み込み、世良の掌を開く。
「さあ、しっかりと掴め」
嗤い、侍は懐から布切れを取り出した。
布切れ――それは浅黄色の羽織の一部であった。
小さな悲鳴に、非番であった新撰組隊士・中島五郎は路地裏に飛び込んだ。
見れば、ごろつきらしき男が町娘にからんでいる。
「何をしている!」
中島が叫んだ。すると町娘はごろつきの手を振り払い、中島めがけて駆けてきた。
「お、お助けくださいまし」
「よし、後に」
頷いて中島が町娘を背後にした。
と――
中島の眼がカッとむきだされた。血筋のからみついたそれは、己の胸から突き出ている血濡れた刃を信じられぬものを見るように見下ろし――
ぐはっと口から鮮血を迸らせた。
「ふん、間抜けめが」
呟くと、町娘は倒れ伏した中島を足でごろりと仰のかせた。同時にごろつきが地に片膝つき、刃を閃かせる。
「これで良し」
薄笑いを浮かべつつごろつきが立ちあがった。
そのあと――地には額にせらと刃で刻まれた中島の骸のみが残されていた。
その日、冒険者ぎるどを訪れた可憐な娘は浅葱色の羽織をまとっていた。
「新撰組の御方ですか?」
受付の巫を想起させる少女が問う。この京において浅黄色の羽織を見間違えるはずもないのだが、念の為ということもある。
「はい」
娘が頷いた。
「新撰組十一番隊伍長・神代紅緒といいます」
「十一番隊?」
少女が眉をひそめた。
「十一番隊といえば、確か‥‥」
組長は平手造酒であったはず。
そう思案する少女と平手との縁は不思議に深い。平手より二度隊士を募る依頼を受け、のみならずその平手率いる十一番隊に命をも救われている。
いつもお酒の臭いをぷんぷんさせていて、無頼で――しかし、どこか憎めぬお人であった。が――
「平手様はお亡くなりになったと聞き及びましたが」
「はい。それで、今は伊集院静香が組長代理をつとめております」
紅緒がこたえた。
その辛そうな様子を見てとり、少女は詮索をやめて用件を尋ねることにした。
「で、此度はどのようなご依頼ですか」
「偽志士の取り締まりを行うことになりました。けれど今の十一番隊は組長が不在、さらには隊士も少なくなり‥‥だからご助力を」
「承知しました。それでは詳細をお聞かせ願えますか?」
「いや」
睫を伏せると、紅緒は面を曇らせた。
「詳細は今は明かせないのです。色々と事情がありまして‥‥襲撃の際に組長代理より説明があるはずですが。ただ偽志士は京都見廻組を名乗っております」
「見廻組?」
少女が僅かに眼を見開いた。
そういえば、近頃新撰組に対抗する為に京都見廻組も新隊士を募っているという。その過程でこぼれおちた者達が京都見廻組を名乗り、偽志士を気取ったとしてもおかしくはない。
しかし、同時に少女はひとつの懸念をもった。これは噂であるが、新撰組と見廻組の間に暗闘があり、過去の経緯もあいまって一触即発の状態にあるという。そこにきての見廻組襲撃。おかしなことにならねば良いが‥‥
「わかりました。では以上の条件で依頼を受けてくださる冒険者を募りましょう」
云うと、少女はさらさらと走らせていた筆をとめた。
その三人の男達は、名乗りの通り爬虫の印象であった。
対する深編笠の侍は懐から金子を取り出すと、無言のままじゃらりと卓の上においた。
「こいつは‥‥」
男達が舌なめずりし、顔を見合せた。
「気前のいいことだな。‥‥相手はそれほどの奴か?」
「ああ。元新撰組隊士だ。つかえる」
「元新撰組だぁ」
げひげひと一人が笑った。
「金をもらえば誰でも狩るが、あの胸糞悪い新撰組にいた奴となりゃあ、なおさら腕がなるぜ」
「三蛇と呼ばれた俺達の恐ろしさを思い知らせてやる」
別の一人もまたニヤリとし――
深編笠の侍が再び懐に手をやり、今度は三枚の紙切れを取り出した。
「これが彼奴らの人相書きだ」
云って、一枚の紙を卓におく。
「一人。元新撰組十一番隊隊士・朱鳳陽平」
そして、また一枚。
「一人。元新撰組十一番隊隊士・所所楽柊」
さらに、また一枚。
「一人。元新撰組十一番隊隊士・将門司。以上だ」
●リプレイ本文
「これを世に出すのは拙いな」
云って御影涼がひらとさせたのは、前回の依頼で影一が入手した新撰組内通者の証拠の書状だ。中には新撰組五番隊隊士・上田作之丞の名のみならず、内通に新撰組中枢の者が関与していることを窺わせる内容が記されている。
「忠義の士三名が放逐されたことといい、新撰組の弱体化を謀る者がいるのかもしれませんね」
「新撰組の弱体化を謀る者!?」
雷に撃たれたかのように影一は顔をあげ、鳶色の瞳で御守衆空の長・観空小夜を見返した。が、小夜に応えはなく、代わりに口を開いたのは僧形の竜造寺双樹である。
「その三人だがな」
危ういかも知れぬぞ、と巌が揺らぐように双樹が云った。
しかし影一はちらと視線をはしらせたのみで、身動ぎはない。ただ唇のみ血のでるほど噛み締めて。
孤軍奮闘すれども、三拠同時に護れぬのが道理。ならば成すべきことを成すまで。――そう影一は決意の刃の下に心をおいた。
●
その三人の一人、将門司(eb3393)は新撰組五番隊組長・日置正次と相対していた。日置と縁ある将門雅に伴われての対面。いつもの飄たる姿勢で、
「先日の日置組長のところの上田はんの件やけど。情報は組長が出所なん?」
と司は問うた。
対する日置は眼をあわせることもなく、弓の手入れに余念がない――素振り。やっと口を開いたかと思えば、
「やだー。芹沢さんと新見さんと平山さんに怒られちゃう」
日置、云う。ふうわりと、しかしぴしゃりと。
鳴弦が、会談の幕引きを告げる合図となった。
「どうでした?」
新撰組屯所を出た辺り。待ちかねていた将門夕凪(eb3581)に聞かれ、司は曖昧に笑って首筋をかいた。
「どうにもこうにも‥‥」
底が知れない。偽志士狩りを警戒するよう局長または副長に伝言を頼んだが、あの様子では本当に伝えられているか、どうか。
まるで闇の海に足を踏み入れるよう。何やら得体の知れぬものが足下を這いまわっている気色の悪さがある。
されど、その恐れはすぐに氷解する。ぎゅうと夕凪に抱きしめられて。
「私や雅は大丈夫だから、司の思うようにしなさい」
「おおきに」
司は獅子のように笑った。
そしてもう一人、朱鳳陽平(eb1624)は白々とした陽の下、江戸の町を颯々と歩いている。
十一番隊を追放されてしばらくはくさっていた時期もあったのだが、その間も脳裡をめぐるのは灰色の陰影ばかりで。
平手殺害。伊集院静香の常にない動き。薩摩藩邸に現れた黒頭巾の侍。
中でも陽平の胸を圧搾しているのは黒頭巾に対する疑惑だ。
当初、その正体は死んだはずの新撰組十一番隊組長・平手造酒とも思ったのだが、よくよく考えてみれば違う。体格はもとより、剣技。あの黒頭巾が使う居合は付け焼刃的なものではなく、骨肉に馴染みきった手錬であった。
「わけわかんねぇ時ぁ、わかるとこから始める、だな」
陽平の結論は簡単至極。飛鳥はいつまでも翼を休めることはない。
そこで思いきりよく町に飛び出し――むかったのは酒屋である。
何故か。
実のところ、陽平は平手が死んだとは思っていない。あの平手ならば死んだふりなぞ容易にしてのけるだろうと考えている。
ならば、だ。酒豪の平手のこと、必ず酒場に繋がりをもつはず。
そう読んだ上での探索行。
ちらと堀田左之介が云っていた三蛇とかいう賞金稼ぎのことが脳裡を掠めたが、飛び立った鳳凰はもうとまらない。
●
「今夜!?」
山野田吾作(ea2019)は眼を眇める。
彼の腰、鞘の内なる刃よりさらに切れ味の良い視線をあび、しかしぎるどを訪れた新撰組十一番隊伍長・神代紅緒は眼をくるくるさせながらお茶をふうと飲み干す。
「はい。いろいろ準備があるので、暮れ六ツまでに屯所に集まってもらいたいとのことです」
「しかし‥‥」
田吾作は、こくりと首を傾げた和泉みなも(eb3834)と顔を見合わせた。
そのみなも、ぎるどの上がり框にちょこんと腰をおろした姿は童にも似て。しかしその金銀妖瞳はもはや人外の煌きをおびている。
「迂闊に踏み込み、もしこの前のようなしくじりを繰り返してしまっては新撰組の評判は地に落ちると思いますが」
懸念を表明する。御陰桜が見廻組に接触しているはずだが、その結果すら届いていない状態なのだ。
「然り」
田吾作も肯首する。
確かに昨今の京は腐熟した果実のようで、たかる蝿は諸手で追い払えぬ観がある。が、それでも田吾作は引っかかるのだ。喉元に刺さった刺のように、微細ではあるが確かな痛みがある。
「確かに偽志士が暗躍しているらしゅう噂もござるが‥‥」
そう呟いたのは、紅緒に寄り添うような幽玄の影――神楽龍影(ea4236)である。薩摩に入り込む為に泥界に沈んでいながら、なお宝珠のような彼の美しさに、紅緒はしばし見惚れ――
ともかく――龍影のもたらした報は安里真由が出所。彼女が見廻組隊士であることから、その信憑性は高いと見るべきだろう。
「しかし同時に見廻組が新撰組に復讐しようとしているという風聞もござれば」
「復讐!?」
紅緒が瞠目した。が、さらに龍影は驚くべきことを口にする。
「もしや十一番隊は謀略に翻弄されているのではござりますまいか」
「それは――」
聞き捨てならぬ。
だから紅緒は問うた、何者の仕業かと。
それに対する龍影の応えは眠りの内のようにどこかか細く、
「薩摩藩‥‥」
「馬鹿な」
「馬鹿な、ではないよ」
云って影一は、するりとぎるどの内に入る。
「中島と世良、ふたつの殺害について調べてみたけれど」
匂う。忍びとしての彼の嗅覚にぷんぷんと鮮やかに。現場に残されているのは企む者の皮膚にのみ滲む湿った汗の匂いだ。
そういえば、と紅緒は思いを巡らせる。静守宗風(eb2585)も同じことを云っていた。
中島の斬られ様が不自然すぎる、と。額にわざわざせらの文字を残す意味は何だ、と。
まるで救いを求めてでもいるかのように、紅緒は年齢近い冒険者に眼を遣った。が、藤袴橋姫(eb0202)という名のその冒険者は周囲のやりとりなど屏風の絵柄にしか見えていないかの如く、ただ剛剣、三条宗近の霊気の雫が滴る刃を凝視つめている。
「‥良い、業物だ。‥ディーネに届けて貰った、甲斐がある」
胡座をかいた姿勢で、五尺に満たぬ身で、ぶんと刃を振った。それは虎落笛に似た響きを発して――
「斬馬刀より‥使える」
会心の笑みをもらして、はじめて橋姫は紅緒に眼差しを返した。
その黒曜石のような瞳にはさしたる漣はたたず――実のところ、橋姫にとって十一番隊などどうなっても良いというのが本心だ。屍山血河に身を投じることができれば、それで。
そしてもう一人、この場にあってくすくす笑っている者がある。先ほど橋姫がもらした名――ディーネ・ノートである。
「おもひろいれぇ」
呂律のまららぬのは酒場の聞き込みの際の猪口一杯の酒のせいで。
「よーよー、熱いれぇ」
紅緒と、その陰にひそんでいるのような龍影をひやかして――
一気に吐いた。
もう一度云うが、猪口一杯の酒のせいで。
●
亥の刻というのに、どうも蒸し暑い。
首筋にういた汗を拭った司は、凶打ち込みたる鬼面頬のうちで、新撰組屯所中庭に面した廊下に腰をおろした玲瓏たる美しさをもつ娘に皮肉な眼をむけた。
娘の名は伊集院静香。十一番隊組長代理である。
「人手が足らんのなら、隊士を追放せんかったらえかったんやない?」
司は嗤った。
が、静香は知らぬ顔だ。顔をやや仰のかせ、口辺には氷の微笑。その表情からは真意は読みとれぬ。
「伊集院様」
呼ばれ、静香は振り向いた。
屯所内部屋に静まりつつ座しているのは日下部早姫(eb1496)、宗風の二人。ともに新撰組十一番隊隊士だ。
「何か?」
「出張る前にひとつ、お尋ねしたいことがあります」
真っ直ぐな、誠という文字をやどした瞳を早姫はぎらとあげている。
「尋ねたいこと?」
「はい。以前よりの事――十一番隊の行動が筒抜けであった事、平手様が背後から刺された事、さらには妾邸急襲が空振りに終わった事。その全てが何者かに仕組まれているかのように思えてならぬのです。もしや伊集院様にはその件について何ぞの心当たりがおありになるのでは、と」
「日下部」
静香は、呼び捨てた。そして冷然たる語調で、
「つまらぬ斟酌は止したが良い。手足は頭の指図に従っておれば良いのです」
「手足、と申されますか」
早姫の剥き卵のような頬に血がのぼり、姫様の面がゆがんだ。
「しかしな、組長代理」
口を開いた宗風に、静香ほどの者が逆らえぬか、ちらと視線を向け直した。
「あざと過ぎるとは思わんか。先日の両組隊士殺害、我々と見廻組を噛みあわせようとしているとしかみえぬ。ここは嫌が上でも慎重に行動すべきだろう。違うか、組長代理?」
「‥‥そうですね」
ややあって、静香は能面めいた表情で諾なった。
●
十一番隊が黒い奔流のように屯所を飛び出す――その少し前。
陽平は天を貫くように刃をふりかぶっていた。示現流必殺の初太刀のかまえだ。
その彼を挟むように、これも抜刀した二つの影。焔立つ殺気に包まれているのは三蛇のうちが二蛇、大蛇丸と蛇童である。
最近よく一升徳利で酒を購いにやってくるという浪人がいると聞き、周辺を探っていた最中の襲撃。大車輪の打ち込みで道を切り開こうとしたのだが如何せん、この二人、技量は陽平より上だ。
ぞろり、とぬめる舌で大蛇丸が唇を舐めた。すると呼応するかのように蛇童がするすると間合いを詰め――ぱっと横に飛んだ。
「な、何!」
うめく蛇童の胸元が切り裂かれ、だらりと垂れている。血筋のからみついた眼をあげ、
「何モンだ、てめえ」
問うた。彼を刃でもって薙いだ黒頭巾の侍に。
「壬生の天狗とでも云っておこうか」
こたえる黒頭巾の腰から、再び白光が迸り出た。その傍らに駆けよりながら、陽平はごちる。
「またアンタか。いったい――」
「それより」
黒頭巾が陽平を制した。
「ここにいる蛇は二匹。もう一匹の居所が気にならぬか」
●
追放されし十一番隊隊士、最後の一人である所所楽柊(eb2919)は独り、その十一番隊を追って裏路地を疾走っていた。
暗躍ってな〜。
くくく、と柊は不敵に笑っている。此度は影となり、十一番隊を観るつもりだ。
十一番隊、というより新撰組をとりまく情勢が不穏であることは承知の上。が、彼女の武士道は不退転。夜空をゆく星の如し、貫く。
それに――
俺は俺の限界を知りたい。――柊の胸を焦がす想いがある。
どこまで遠く、どれほど迅く、どれだけ強靭く疾走っていけるのか。柊は自身試してみたいのだ。
――無茶をするなって宗風サンに云われたけど‥‥うん、無理だけにしておくさ。
三度、微笑った。しかし、それは年相応の娘らしい可憐なもので。
刹那、暗転。
身体の裡で何かがはじけた――というより、見えぬ牙が内臓を根こそぎ抉りとっていく喪失感。
ばたり、と柊は倒れた。それきり身動きもならぬ。ただ苦痛のみが毒のように彼女の全身を蝕んでいる。
そろそろと柊の手が懐にのび、薬水をとりだし――弧線が躍り、柊の手から薬水をうちとばした。
「十一番隊を張っておれば、必ずかかると思っていたが‥‥娘、死ぬか」
ニッと覗きこんだ僧形の男が錫杖を翻し、稲光に似た切っ先を一気に柊の腹に突き入れた。
「くっ」
苦悶しつつ、柊はもがく。しかし針に縫いとめられた蝶のように逃れることはかなわぬ。
霞みゆく視界、広がる星空に柊は何を見たか。
それは秘めたる慕い人。無口で無骨で――
何か、と胸をつかれたような。我知らず、柊の住居につめたキルト・マーガッヅと、柊名義で静香に文を送った所所楽柚は互いの昏い眼を見交わした。
●
「もし‥本当の見廻組が動いていたら‥見分けがつかない」
だから捕縛を優先しろ、と橋姫は云った。
普段口重い橋姫にしては珍しいことであり――それは偏に平手が帰る場所を残しておきたい為である。
「ならばお許しいただきたい」
静香の返答を待たず、投降説得の為に、龍影は偽志士が潜むという江戸町外れの一軒家に歩み寄る。纏うは神楽家家紋染め抜いた陣羽織。それは龍影の覚悟である。
見送る静香はひどく静かに――いや、口辺が微かにゆがんで。
その意味は、数瞬後に龍影が生きた松明と化したことにより明かされることになる。
ファイヤートラップ。火精の顎を地に配する呪法――
「殺れ!」
絶叫があがり、一軒家から飛び出してきた幾つかの人影が正面を迂回するように迫ってくる。罠の回避――と見てとって、静香が抜刀し、銀光の尾をひきつつ疾った。
しまったとばかり、十一番隊隊士と冒険者がその後を追うが、もはや乱戦。散る六条の光流、静香と龍影を庇う紅緒を除いて、の。
ひとつ。田吾作は一気に踏み込んでいる。ぎいぃんと鼓膜をうつ刃鳴りのあと、彼の得物は喰らうかのように砕く。敵の、それを。
獣の剣は、橋姫だ。肉食獣が乱舞するように、地を滑る。返した峰は稲刈りとるように敵の脚を狩る。
三つ、宗風。右手と左手を広げた姿は不吉の鴉のよう。
が、此度送り出すのは死ではなく喪神のみで。左右違える火花が、蒼く赤く、宗風を染める。
この時、さしもの宗風もアルディナル・カーレスの警告は脳裡から翔け去っている。
「早姫はん、大丈夫か」
司が叫んだ。
その通り、早姫は危地にある。広い草地、乱刃の只中で無手は不利だ。静香にへばりついて戦うつもりであったが、何時の間にやら手の届かぬ距離が開いている。
その時、早姫は気づいた。敵の一人――一軒家に隠れるように潜んだ侍の身が、紅玉を溶かした色の光に包まれている。
「しゃあ」
毒蛇のように唸り、司は殺到した。双首もたげるように諸手で敵刃をはじき、あるいは急所を噛みながら――
が、届かぬ――いや、届いた。それは蒼い月が空から流れ落ちてきたように見え――
新撰組側、唯一の射手。みなもは勝利を宣するように片手あげ、焔の志士を撃った氷輪を手元に手繰り寄せている。花びらとまらせた色の唇、ぎゅっと引き結んだまま。
彼女は志士。同じ志士を討つことが莞爾たりえるはずがない。ごめんなさい。言葉には出さなかったけれども。
そして、ついに――
血の花がひらく。
半顔、磁器の肌に真紅の斑を滲ませた静香は艶然と嗤った。
●
後日。
偽志士の正体は見廻組隊士と知れた。しかし十一番隊には何の咎めもない。静香が謹慎――故に影一の張り込みは不発に終わる――になったのみで。
新撰組と見廻組、その両上層部の間にどのような話し合いがもたれたかは不明だが、単なる喧嘩として事はおさめられたようである。ただ両隊士の身裡に発火しやすい火種だけをとりのこしたまま。
らしくもなく、宗風は野の花を摘み取った。
ぶらぶらと向かう先は――
陽平によって救われた柊。少しは大人しくしているだろうか。