【柳生武芸帖】蝙蝠

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月29日〜04月03日

リプレイ公開日:2007年04月06日

●オープニング

 凌辱した後、佐次は娘の胸に刃を突きたてた。
「へっ、初物はやっぱりいいぜ」
「早くしろ。ぐずぐずしていると役人がくるぞ」
「わかってるって」
 佐次は笑うと、田中利三をちらりと見遣った。
 血濡れた刃を引っさげた彼の足元、この家の者らしき男女が数人、朱に染まって倒れている。見開かれた瞳が人形のように凍りついていることから、すでに絶命していることは明らかだ。
「有り金はいただいた。さっさとずらかるぞ」
 利三が云った。肯いたのは佐次を含めた三つの影である。
 その時だ。がたりと音がした。
 はじかれたように四つの凶影は顔をあげた。
 その内の一人、利三が口を歪める。
「生き残りがいやがったか」
「追え!」
 頭目の源蔵の叫びを受け、佐次が飛び立った。

 ゆら、と提灯がゆれている。手にしているのは、一人の壮年の男。がっしりとした体躯の持ち主だ。
「十兵衛様もまた急な」
 男は苦笑をもらした。
 その男の懐には書状が一枚。今宵江戸を発つことになったという柳生十兵衛からの報せだ。
 思い立ったら子供のように待つことを知らぬのはいかにも十兵衛らしいが、あまりにも急な事で。とるものもとりあえず多羅尾半蔵が駆けつけたというわけだ。
 やがて――半蔵は墨田川にかかる橋にさしかかった。その時――
 半蔵は夜道を駆けて来る少女を見とめた。
「うん?」
 半蔵は気づいた。少女の異様な様子に。まるで何かに追われているような――
「どうした?」
 半蔵が屈み込み、少女の肩に手をおいた。すると少女は涙と恐怖にくしゃくしゃになった顔をあげ、
「た、助けて」
 とこたえた。
「助け――」
 云いかけて、半蔵は顔をあげた。その眼前、たたたっと四つの影がたたらを踏んでいる。
「うぬら、何者だ」
「さんぴん――」
 影の一つからくぐもった声がもれた。
「運がわりいな、てめえも。見られた以上、死んでもらうぜ」
「いやだと云ったら」
「しゃらくせえ!」
 四影が躍りかかった。刹那、散る。血飛沫が。
 一瞬後、地に一影が転がり、残る三影は獣のように飛び退っている。
 驚くべし。半蔵は一刹那の間に影の一つを斬り捨てていたのである。が――
 呻き声をあげているのは半蔵の方であった。眼をおさえ、その場に片膝ついている。
「かかったな」
 声をあげたのは影のひとつであった。
「おのれ、目潰しを‥‥」
 半蔵が呻いた。すると別の影が嗤った。
「そいつにやられると、しばらくは眼が見えなくなる」
「よくも佐次をやってくれたな。仇はとるぜ」
 影が刃を振りかぶった。そうと気配で知っても半蔵にはどうすることもできぬ。俄かに視覚を潰された今、半蔵には抗すべき術はない。
「お、おのれ‥‥」
 半蔵が歯噛みした。その眼前、影の刃がぴたりととまった。
「先生、どうしたんで」
「‥‥」
 影の問いにはこたえず、一刀を振りかぶったままの影――利三は背後を振りむいた。
 何か、来る。とてつもない殺気を放つ者が――
「先生」
「逃げろ。誰か来るぞ」
「えっ」
「すぐに逃げるのだ」
「しかし、こいつは――」
「面倒なことになる。今は逃げるのだ」
 その声の終わらぬうち、利三は刃を引っ下げたまますでに地を蹴っている。
「ええい」
 影の一つが舌打ちの音を響かせた。
「必ずてめえの首はいただくぜ。おぼえてやがれ」
 云い捨てると、残る二影もまた地を蹴った。

 それから数日後のことである。
 冒険者ギルドに一人の男が姿をみせた。名を半助といい、柳生十兵衛の使いであるという。
「や、柳生十衛衛様!?」
 手代は仰天した。
 依頼人が天下の柳生十兵衛であることもそうだが、何度か出された彼の依頼は難題であることが多いからだ。一度などは源徳家康の暗殺まで発展した事件がある。どうせ此度も厄介な依頼だろう。
「で、どのような御依頼で?」
「多羅尾半蔵というお人をお守りいただきたいので」
 半助が云った。
「多羅尾半蔵様‥‥」
 手代は繰り返した。
 今までの報告書から、手代は多羅尾半蔵が柳生新影流道場の道場主であることを知っている。柳生十兵衛が彼の道場に度々寄宿していることも。
「それはよろしゅうございますが‥‥それで、何からお守りすればよろしいので」
「蝙蝠組という夜盗から」
「蝙蝠組?」
 蝙蝠組といえば、今江戸市中を騒がせている凶賊だ。その手にかかって果てた者は数知れぬという噂である。
 が――
 手代は顔をあげた。そこに不敵な面構えの冒険者の姿があった。
 およそ、この冒険者ギルド内において危険を恐れる者はいない。いや、むしろ危険をこそ望む者が大半ではなかろうか。
「わかりました。では十兵衛様からの御依頼で宜しいのですね」
「いや」
 半助がかぶりを振った。
「依頼料は十兵衛様が。けれど依頼主は美緒という女の子で」
「美緒?」
「はい」
 半助がうなずいた。
「蝙蝠組に皆殺しにあったお店の生き残りです」

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5601 城戸 烽火(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヒナ・ホウ(ea2334)/ 渡部 夕凪(ea9450

●リプレイ本文

 渡部夕凪は、柳生十兵衛がよく昼寝をしていた縁側にゆったりと腰を下ろし、多羅尾半蔵と相対していた。
「さて」
 夕凪が腰をあげた。その背を追うように、眼を閉じたままの半蔵が顔をあげる。
「それだけで良いのですか?」
「ああ」
 夕凪が肯いた。
「あれに知らせりゃ、半助殿の助力程度にはなるかも知れないからねえ」

●怯えた命
 胸元をはだけさせ、着物を着崩してはいても、西園寺更紗(ea4734)は凛としていた。対する美緒は怯えたように身を縮めている。
 どれほど恐ろしいめに遭ったのか。どれほど辛いめに遭ったのか。
 少しでも怯えさせぬように野太刀を脇におくと、更紗は口を開いた。
「うちは更紗。冒険者や。傍に行ってもええか?」
 優しく問う。が、美緒に返事はなかった。すると更紗は再び許しを請うた。傍に行ってもいいか、と。
 しかし美緒に応えはない。すべてが恐ろしくて仕方ないのであろう。
 さらに辛抱強く、更紗は許しを請うた。いや、二度、三度。何度も。繰り返し、しかし壊れ物を扱うような慎重さで。
 そして――
 砕け散りそうな数瞬の後、美緒はこっくりと首を肯かせた。許しは得られたのだ。
 それでも慎重さをくずさず、更紗はゆっくりと美緒に歩み寄って行った。そしてしゃがみこむと、美緒の眼の高さに自分のそれを合わせた。美緒のいたいけな視線をまっすぐに受け止められるように。
「うちは更紗。美緒ちゃんを守ることになった冒険者や。よろしゅうにな」
「更‥‥紗?。冒‥‥険者?」
「そう。あんたを守る者や」
 更紗が手をのばして、美緒の頭を撫でた。その瞬間、美緒自身気づかぬ涙があふれ出る。
 その宝石のような雫を、そっと更紗が拭い去った。そして誓う。
 ――必ず、うちが守ってみせる。

 小さな美緒の姿を見遣り、柚衛秋人(eb5106)はぎゅうと越中国則重の柄を握り締めた。
「夜盗の凶賊か。いちばん好かん連中だ。生きて屋敷から出してやることもあるまいよ」
「そうねん」
 渡部不知火(ea6130)が肯いた。そして、その眼が凄絶に煌く。
「‥奪った命もだが、助かった命に付けた傷は手前ら自身で贖って貰わんとな」


 最初から冒険者の計画は頓挫した。
 双海一刃(ea3947)と城戸烽火(ea5601)は人遁の術により童に化けようと試みたのだが―― 
 人遁の術では容積はそれほど変わらない。よって身体の大きさに大きな差異はなく、六尺超える身の丈の二人は、とても童には見えることはなかったのだ。
 どうする? と一刃と烽火は顔を見合わせた。
「中に入れるのは更紗の云う通り三人が限度だろう。カイと柚衛、残りはもう一人だが‥‥」
 困惑の態で一刃が腕を組んだ。すると烽火が顔をあげ、
「一刃様は親戚の者として潜り込んではいかがですか」
「親戚の者か‥‥」
 一刃は苦い表情を浮かべた。
「ならばお前はどうする?」
「あたしは潜入箇所を探ってみるつもりです」
「よし。では内と外に別れるが」
「必ず 蝙蝠組を殲滅しましょう」
 言葉を交し合った二人は、やがて影のように二手に分かれて、消えた。


 同じ頃、クリス・ウェルロッド(ea5708)は多羅尾道場の向かいの家にいた。
 そこは小唄の師匠の住む町屋。半蔵の口利きで住込みの了承を得たのだが‥‥
 最初は女性の家が良いなどと思っていたクリスだが、実際に住み込んでみたところ、数刻ほどで彼は辟易しはじめている。小唄の師匠に対して。
 何故か――
 えらく小唄の師匠はクリスが気に入ったらしく、べったりと側について離れようしないからだ。これでは半蔵宅の見張りに支障が出かねない。
「師匠、少しは一人にしてくれませんか」
「だーめ」
 クリスにむかい、小唄の師匠が片目を瞑ってみせた。
「クリスはんは半蔵はんからのお預かりモンやから、大切に扱わんとなぁ」
「そうですか‥‥」
 肩を竦め、クリスは大げさな溜息を零した。


「先生」
 刀を入れた米俵を玄関におくと、柚衛秋人(eb5106)は常の不敵な物腰で酒を持って奥にむかった。
 奥座敷。覗いてみると、カイ・ローン(ea3054)に付き添われた半蔵の姿があった。
「どうだ?」
 腰をおろすと、カイにむかって秋人が問うた。するとカイは秀麗な面をわずかに頷かせ、
「半蔵殿と奥方には夕凪から話を通してあるようだ。詳しいことは俺が説明した。俺が侍医、お前が弟子、一刃が親戚の者として滞在することは了承いただいている」
「そうか‥‥」
 秋人は酒を半蔵にすすめると、周囲を見回した。
「そういえば一刃の姿が見えぬようだが‥‥」
「俺はここだ」
 天井板の一部が動いて、一刃が顔を覗かせた。すると秋人はニヤリとし、
「鼠か、おまえは? そこで何をやっている?」
「これだ」
 面白くもなさそうに一刃が綱を振ってみせた。
「何だ、それは?」
「罠だ」
 ぶっきらぼうに一刃がこたえた。


 土潜をつれながら、烽火は多羅尾道場の周囲を歩いていた。
 犬を連れての散歩。
 見た目の風情ではあるが、実質はそうではない。彼女の眼は油断なく周囲を検分している。
 敵が侵入しそうな場所はどこか。土潜が潜んでいられそうな場所はどこか。
 その時、数人の童が烽火を走り越して行った。笑い声を響かせて。
 烽火は身をかがめると、土潜の頭を撫でた。その眼が蒼く燃えている。
 一度見た美緒という少女もまたあれほどの年頃であったろうか。本来ならば命の輝きに包まれていなければならないはず。それを無残に引き裂いた蝙蝠組――
 許せない。
 烽火はぎりっと唇を噛み締めた。


 夜。すでに江戸の町には闇の帳がおりている。
「あら」
 不知火に呼び止められ、黒白の影が立ち止まった。黒髪白肌の戦士、レイナス・フォルスティン(ea9885)である。
「不知火か。何をしている?」
「というそっちこそ何してるのよん?」
「俺か‥‥。俺は夜回りだ。この風体で道場近くに寄るのは憚られるのでな。で、お前の調べの方はどうなった?」
「少しわかったわ」
 夕凪の報せから、斬られた蝙蝠組の一人の名が佐次と知れている。そこから居酒屋等で聞き込みをかけたところ、おぼろげながら蝙蝠組の輪郭が見えてきた。
「で、後ろ盾は?」
「いないみたい。どうやら蝙蝠組は四人だけで悪事を働いていたみたいね」
「そうか‥‥」
 レイナスは胸を撫で下ろした。
 敵の人数を確定できたことは幸いである。迎撃の準備がしやすくなるからだ。
「ならば襲ってくるのは三人だな」
「ええ」
 不知火が肯いた。が、その眼には憂慮の光がゆれている。
「どうした?」
「術者がいるのよ」
 不知火が答えた。続けて、
「その三人の中にね」
「三人の中? で、どのような術者なのだ」
「それが良くわからないの。どうやら黒の術者らしいんだけど」
「黒の術者か。そいつは厄介だな」
「まあね」
 が、すぐに不知火はふてぶてしく笑った。
「でも、何とかするのが冒険者でしょ」
「そりゃあ、そうだ。だが‥‥」
 ちらりとレイナスは不知火を眺め遣った。
「下種の集まりとはいえ、油断しないほうがいいだろうな。どんな手段を使うかわからんし」
「そうね。でも」
 不知火の笑みが深くなった。そして独語する。
「‥最悪でも、暫くは動けねえ手傷位負わせてやるさ」


 三日目。黄昏迫る夕刻。
 ちらと更紗は視線を動かした。その先――布で巻いた棒状のものがある。中は野太刀だ。いざという時、すぐに手の届く範囲にそれは置かれていた。
 そして―― 
 更紗は見下ろした。美緒を。
 美緒は更紗に膝枕をしてもらい、遊び疲れてすやすや眠っている。その幼く白い顔にかかる髪の毛を、さらりと更紗は細い指でかきわけた。
 その時――
 びくり、と美緒が震えた。
 時折、そうなる。おそらくは恐い夢でも見ているのであろう。
 凶人にでも襲われる夢。真紅と恐怖に彩られた悪夢だ。今でも美緒の心はその悪夢にとらわれているに違いない。
 かわいそうに‥‥
 更紗の指が美緒の頬をなでた。と――
 美緒の眼がうっすらと開き、更紗を見上げた。
「更紗姉ちゃん」
 美緒がにこっと微笑んだ。どうやら更紗がいるので安心したらしい。
 更紗は優しく笑い返すと、
「大丈夫や。せやから安心しておやすみ」
 美緒の手をそっと握り締めた。その魂すら包み込むように。
 すると美緒もぎゅっと手を握り返し、
「うん」
 もう一度微笑むと、美緒は再び眼を閉じた。すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。


 美緒が微笑んだのと同じ夜、多羅尾道場の近くに三つの黒影がわいた。
 源蔵、利三、空庵。蝙蝠組の三人である。
「半蔵の様子はどうだ?」
 源蔵が問うた。すると禿頭の空庵がニヤリとし、
「相変わらず眼が見えねえようだ。弟子が一人、親戚の者とかいう若造が一人、あとは医者ってのが詰めている」
「なら、その弟子さえ殺りゃあ、あとは簡単だな。半蔵の上さんは別嬪だそうだ。せいぜい半蔵の目の前で嬲ってやろうぜ」
「生憎、奴には見えないが、な」
 利三がくつくつと笑った。
 その時だ。
 ふいに源蔵が眉をひそめた。
「‥‥今、何か物音がしなかったか」
「いや、何も。‥‥お頭、怖気づいたんじゃねえのか」
「馬鹿な」
 吐き捨てはしたものの、しかし源蔵の顔色は晴れない。
「確かに物音がしたと思ったが‥‥」
 
 レイナスが身を翻した。傍を走る不知火が問う。
「大丈夫?」
「ああ」
 肯きはしたものの、レイナスは顔を顰めている。先ほどクリスのムーンアローが突き刺さったのだが、やはり痛いのは痛い。
「クリスの奴、他に伝達手段はなかったのか」
「意外と楽しんでたりしてね」
 クスリと笑ってから、不知火は表情を引き締めた。
「蝙蝠組がきた。急ぎましょう」

 当のクリスはムーンアローの結果など、さして気にしてはいない。まあ何とかなるでしょうというのが正直なところだ。
 薄笑いを浮かべつつ、クリスは矢を番えた。
 と――
 突然、クリスの手がとまった。
 ――一人、いない?
 気づけば彼の眼前、蝙蝠組の人数が一人減っている。
 ――いつの間に? ‥‥まさか、術!?


 がたり。
 物音がした。
 はっと見上げた一刃の眼前、天井板をぶち破って黒影が現出した。
「‥‥てめえか、罠を仕掛けやがったのは?」
 片膝ついた姿勢から立ち上がりながら黒影――源蔵が問うた。その憎悪のこもった視線を、一刃の冴えた眼差しがはね返す。
「ああ。上手く鼠が引っかかったようだな」
「何モンだ、てめえ! どうやら只の親戚の若造ってわけじゃねえな」
「闇氷の一刃。蝙蝠を狩る者だ」
「しゃらくせえ!」
 源蔵の懐から白光が噴出した。

 胸騒ぎがすると一刃が部屋を出て、ほとんど刻はたっていない。が、カイと秋人の胸にも漣が立ち始めている。
「いやに静かだな」
 カイがもらした。
 彼の優れた聴覚は何の物音もとらえてはいない。それがかえってカイの不安を増している。
「嫌な予感がする」
 やや青ざめた顔で秋人が呟いた。張り巡らせた彼の感覚の糸、そこに何かがからみついている。
 殺気――。
 そうと秋人が気づいた刹那だ。くぐもった声が響いた。
 半蔵の内儀――!
 はじかれたように振り向いたカイと秋人の眼前、禿頭の裸形の男が半蔵の内儀の首に手をからませていた。
「動くな」
 禿頭の男――空庵が押し殺した声で云った。そしてニヤリとする。
「下手に動くと、この女の首をへし折るぜ」
「貴様‥‥」
 カイの口からひび割れた声がもれた。
「どうやって‥‥?」
「ふふ」
 再び空庵がニヤリとした。ミミクリーにより虫に変形し、潜入したことを誰が知ろうか。
「半蔵の命はもらったぜ」
 空庵の口の端が釜のように吊り上った。


 板塀に刀をかけ、利三は鍔に足を乗せようとした。
 刹那、空を裂く音がした。反射的に飛び退った利三であるが、すぐにがくりと崩折れた。
「ぬっ」
 利三が呻いた。足に矢が突き刺さっている。クリスの矢だ。
 かわしたはずなのに‥‥恐るべし手錬!
 恐怖にうたれたかのように、利三は刀を引き寄せた。そして再び飛び退る。
 その足元で犬の牙がむかれた。土潜だ。
 咄嗟に利三は飛んでかわした。
「な、何だ!?」
「冒険者さ」
 応えに、愕然として利三が振り返った。その眼前、二つの影が立っている。
「う、うぬらは――」
「渡部不知火」
「レイナス・フォルスティン」
 ずい、と不知火とレイナスが足を踏み出した。その足元、殺気の疾風が土煙を巻き上げている。
「一人も逃しゃしねえ」
 不知火がニンマリした。
 その眼前、光流が流れすぎている。利三が抜刀したのだ。
「ほざけ!」
 利三が殺到した。
 戛然!
 空に火花が散り、利三の刃をがっきとばかりにレイナスが受け止めた。
 彼の使う剣流はアビュダ。受け止め得たのは、迅さをこそを旨とするレイナスの剣ならばこそだ。
「おのれ!」
 刃をはずし、利三が飛び退った。その前に、するすると不知火が進み出る。
 爛と不知火の眼が光った。その光に誘い込まれるように利三が斬り込み――
 二つの光が交差した。
 明か暗。勝負は一刹那。
 一瞬後、額から血を滴らせ、利三がよろめいた。そして――
 その胸に深々と矢が突き立った。


「参る!」
 かっ、と音して、源蔵の刃は一刃のダークによって受け止められた。
 いや――
 のみならず、強烈な衝撃をうけて源蔵の意識は消し飛んでいる。
 ダブルアタック。一刃の繰り出した攻撃はそれであったのだ。
 ぐったりと倒れ伏した源蔵を、黒曜石の如くに冷たく冴え冴えとした眼で見下ろし、一刃が呟いた。
「終わりだ」


「‥‥半蔵から離れろ」
 空庵が命じた。その声にうたれたかのように、じりとカイと秋人が後退る。ニッと空庵の口が歪んだ。
「聞き分けが良い。‥‥半蔵、上さんを助けたくば、死ね」
 ぐい、と空庵の腕がのびた。そうと知りつつ、しかしカイと秋人には身動きもならない。
 その時――
 突如、空庵が苦悶した。見れば、半蔵の内儀に巻きつかれた彼の左腕が切り裂かれている。飛び来たった短刀の仕業だ。
 何者が投擲したか――おお、烽火だ。
 そうと気づくより早く、カイは呪を紡いだ。ほとんど零時間で編み上げられた縛呪は、文字通り空庵を縛り上げている。
「半蔵さんを殺しに来たのならば、殺される覚悟もできているな」
 凱歌に金茶の瞳燃え立たせ、秋人の小太刀が空庵の胸を貫いた。


 ふっ、と更紗は顔をあげた。その眼前、行灯の明かりに七つの影が浮かんでいる。
「終わったみたいやね」
「ああ」
 七つの眼が肯いた。そして美緒を覗き込む。
 気持ちよさそうに美緒は眠っていた。が、その脳裡の悪夢は終わっていない。
 しかし、美緒の本当の悪夢は終わったのだ。冒険者達の手によって。
「すぐに忘れられるはずや」
 更紗が囁いた。
 幼い命の輝きは、必ずや悪夢を吹き飛ばすだろう。そして烽火の見かけた子供達と同じように、何時の日か高らかに笑うこともできるはず――。
 けれど、今はただ眠れ。安らかに‥‥
 優しき勇者達は、そう願った。遥かなる未来を夢見て。