●リプレイ本文
●屯所
「組長ごと追い払われるとは、また困ったものだな」
苦笑を浮かべたのは新撰組十一番隊隊士である眞薙京一朗(eb2408)だ。先ほど十一番隊の組長である平手造酒から此度の仕事の件を聞いたところである。
どうやら仕事の指図は近藤局長あたりから出ているらしい。それも故なき事と聡明な京一朗は見抜いている。
「何か俺らの事、腫れ物扱うような感じやな」
ふふん、と笑い、同じく十一番隊隊士である将門司(eb3393)は十一番隊組長・平手造酒の杯に酒を注ぎ足した。すると平手はニヤリと笑い、
「局長は恐れているのさ」
と云った。
「恐れている、か」
呟いたのは切れ長の眼に刃の光を宿した男で。名を静守宗風(eb2585)といい、この男もまた十一番隊隊士であった。
「俺達が鉄の御所に殴りこむとでも思っているか」
「何をしでかすか分からないのが十一番隊だからな」
京一朗の苦笑がさらに深くなった。
「だから京から追い出して、人攫いの探索かよ」
四人目の十一番隊隊士、朱鳳陽平(eb1624)が口を尖らせた。その利かん気そうな横顔をちらりと眺め遣り、所所楽柊(eb2919)――彼女もまた十一番隊隊士だ――はくくっと笑い、
「不服なのか〜」
と問うた。対して陽平はそっぽを向く。
「不服ってわけじゃねーけどよ」
「だったら良いだろ〜。らしさでいえば、十一番隊には似合いかもしれないぜ〜。それに」
柊は平手に視線を転じて、
「組長は京を気兼ねなく出歩けない、って〜のが一番堪えてたんじゃね〜のかなってな〜」
「ちげえねえ」
平手は唇の端を吊りあげて笑うと、杯を置いた。
「ともかく仕事にかかるしようぜ」
云って、部屋の隅で端座している一人の少女に眼をむけた。
狩衣姿の可憐な面立ちをしている。名を所所楽柚といい、柊の妹であった。
「確か柚っていったか」
「はい」
頬に紅を散らしつつ、柚は首を縦に振った。
「未来が観えるらしいな」
「はい」
再び頷くと、柚は呪符を広げた。そして瞑目し――
ややあって柚はかぶりを振った。
「駄目です。鍵となる言葉が足りません」
「仕方ねえな」
平手は立ち上がると、済まなそうに項垂れる柚の頭をくしゃりと撫で、
「気にするねえ。おめえが悪いんじゃない」
「手掛かりがないのだからな。そして、それを掴むのは俺達の仕事でもある」
鬼切丸を引っ掴み、宗風もまた立ち上がった。それを眼で追い、司が組長と呼んだ。
「組長の事やから、下調べはしてるんやろ」
「局に持ち込まれる程の話ならば、一村だけの事ではあるまい」
言葉を添えたのは京一朗だ。
「おめえらな〜」
苦く笑うと、平手は折った紙片を投げ出した。
「被害にあった村と被害者の事が書かれている」
「ほお」
感心したように、しかしどこか嘲弄まじりの声をあげて紙片を拾い上げた者がいる。
クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)。ハーフエルフのレンジャーだ。
「やるな平手の旦那。こいつは手間がはぶける」
「私にも見せてくれ」
もう一人紙片を覗き込んだ者がいた。
声は若い男のものだが、その相貌は人形のように美しい。ウィザードのベアータ・レジーネス(eb1422)である。
「どうやら浚われているのは娘ばかりのようだな」
ベアータの神秘的な碧の瞳が煌いた。
「ところで組長」
背をむけたまま、宗風は顔だけ平手に振り向けて、
「羽織はおいていった方が良いか」
「村の者は口がかたい。余所者が訊いたところで満足には答えねえだろ。必要かも知れねえな」
「その羽織の事やけど」
何を思いついたか、司が眼をあげた。
「クリスティーナはんが隊士の格好で聞き込みをやりたいらしいんやけど、どうやろか」
「駄目だな、そいつは」
平手がかぶりを振った。普段ものにこだわらぬ平手にしては珍しい事、と眼を見張る司の前で、当の平手は親指で陽平を指し示した。
「俺はともかく、こいつは新撰組の隊服に誇りをもっている。誠の一字をそこに見てるんだ。その思いはわかる。だから、その誇りを新撰組隊士でない者においそれと貸し出す訳にはいかねえな」
「わかりました」
平手の傍に、一人の娘が立った。
巨躯だ。平手よりも上背がある。
ジャイアントのナイト、ミラ・ダイモス(eb2064)。新撰組三番隊への入隊を希望するほどであるから、彼女には平手の云い分は理解の内である。
「それはそうと」
ミラは危惧を含んだ眼で平手を見下ろした。
「人攫いの目的は、何なのでしょうか」
「わからねえな。今の京は何が起こっても不思議じゃねえ」
「そうですか」
頷くと、ミラはぽつりともらした。
「西国も気になりますが、京の情勢の悪化は、更に気になります」
その大きくそらせた背にむかい、妖精めいた微笑で笑いかけた者がいる。司の妻、将門夕凪だ。
「一二三四五六七八九十。布瑠部由良由良止布瑠部」
「何や、それ?」
夕凪が呟いた呪を聞きとがめて、司が問うた。すると御影涼が眼を眇めて、
「どうやら古神道の呪のようだが」
「わかりますか。ひふみ祓詞というのです。皆様の無事を祈って唱えさせていただきました」
「ふむ」
涼が眼を伏せた。が、すぐに眼をあげると、陽平に一振りの剣を差し出した。
七支刀。荒ぶる土地神を屠る為にうたれた霊剣である。
「嫌な予感がする。これをもっていけ」
「ありがてえ」
がっしと、陽平が七支刀を掴んだ。その手の内で、ただ霊剣は冷たく黙していた。
●亜季
先ず村に辿り着いたのは、セブンリーグブーツを使い先行したミラであった。
山間のこの辺りは、すでに冬の気配が濃い。ミラは防寒衣の胸元をかきあわせると村に足を踏み入れた。
「すみません」
村人の一人をつかまえて、ミラは行方知れずとなった村人の事について尋ねてみた。
村人――初老の男は一瞬顔を強張らせた。無理もない。
この辺りで異人などはめったに見かけないし、その異人が片言のジャパン語で話しかけてきたのだ。当惑するのも当然だ。
が、ミラのナイトとして培った経験がものをものをいった。彼女から立ち上る気品におされるかのように、初老の男は亜季という名を告げた。
が――
亜季の両親の口は重かった。入り口の戸の隙間から覗くようにして、ぼそぼそと答えたのみ。すぐに両親は入り口の戸を閉めた。
「山菜をとりにいって戻らず、か」
疲れたような声でミラは呟いた。
●鬼火
ミラよりやや遅れた頃。別の村に京一朗の姿があった。
「近頃この辺りで勾引かしが起きていると耳にしたのだが、噂など何ぞ心当たりは無いだろうか?」
問うと、村人らしく女が胡散臭げな眼で京一朗を見返した。それも仕方ない事で――この女こそ、浚われた圭という娘の母親であったのだ。
京一朗は慌てて笑みを顔に押し上げると、
「ああ、いや。突然の事で驚かせたようだが」
と前置きし、自分もまた浚われた妹を探していると告げた。
無論、嘘だ。同じ境遇の者同士なら口も軽くなるだろうと見越しての方便である。
「‥‥そうですか」
とたん女の表情が緩んだ。そして女は、十七になったばかりの娘も行方知れずとなったと答えた。所用で昼前に隣村まで使いに行ったところ、それっきりだという。
「それは気の毒な」
京一朗は沈痛な表情を浮かべた。そして、
「後一つ尋ねたい事があるのだが。――最近村人以外を見遣った事は無いか」
「村人以外‥‥そういや修験者様を見た者がいます」
「修験者か‥‥」
京一朗が呟いた。
山間を修験者がめぐるのは珍しい事ではないが‥‥。近くに修行場でもあるのだろうか。
「では、聞き慣れぬ音や灯る筈のない灯を見た事は無いか」
「灯はないけど、鬼火なら見たって者がいます」
「鬼火?」
京一朗の眼がカッと見開かれた。
「どこだ。どこで鬼火が目撃されたのだ」
「お山です。石戸山っていわれておりますが」
「石戸山‥‥」
ざわり。京一朗の胸が騒いだ。
●咆哮の真偽
宗風は第三の村近くの林道にいた。
そこは最後に行方不明者が出た村。美香の事件が起こった場所であった。
「ここか‥‥」
宗風は教えられた樹に近寄っていった。話に聞いた通り、樹の根元に焦げた跡が残っている。美香がもっていた提灯が燃えてできたものだ。
宗風は美香の祖父である老人の言葉を思い返した。
美香にはどこも異常はなく、優しい娘であったという。行方知れずになる理由には全く見当はつかないということだ。
ただ――
老人は一言だけぽつりともらした。ひょっとすると獣の仕業かもしれぬ、と。
どうしてそう思うのだと宗風が訊いたところ、老人は答えた。ほんの時折だが、遠吠えのようなものが聞こえたことがあった、と。
「獣、か」
宗風は地を這うようにして樹木周辺を調べてまわった。が、獣の存在していたような痕跡は見つからず――
宗風の脳裏を美香の祖父の事がよぎった。
寒く、暗い家の中で、その老人は独りいた。おそらく美香が彼にとっての温もり、家にとっての灯りであったのだろう。その温もり、灯りが途絶えた今、その家はあまりに空虚であった。
――じいさん、任せておけ。必ず光は取り戻してやる。
言葉はなく。ただ凄愴の殺気が宗風の身から立ち上った。
●遭遇
山間の道を、馬をひきつつ一人の武士が歩いている。
やや猫背だが、その足取りは軽く――柊である。
――宗風サンは、もう探索は終わっている頃かな〜
などと柊は思ってみる。
闇の空を流星のように行き急ぐ彼。その背中に追いつける事はあるのだろうか。
――いけねえ〜。
柊はかぶりを振った。今は仕事に集中すべきだ。
そう思い直し、柊が辿る道は行方知れずとなった鶴が向かったらしきものである。
らしき、というのは鶴がどこへ向かったか知る者がいないからだ。とりあえずは村からのびる一本道を使った公算が大きいというだけに過ぎない。これでは行方知れずとなった現場を特定する事は困難であろう。
しかし、と柊は改めて新撰組の影響力を思い知らされた。最初口の重かった村人達であるが、浅黄の羽織を見せ、新撰組と名乗ったとたん村人達の態度が眼に見えて変わったのである。
と――
柊は、道端の岩に腰掛けている一人の男を見出した。
鈴懸に結袈裟。修験者だ。
無駄と知りつつ、柊は歩み寄り、鶴の事を尋ねてみた。が、案の定というべきか修験者は首を横に振り――
そうか〜、と呟きつつ背を返した柊であるが。
気になった。
何が――修験者の眼である。まるで値踏みするように、修験者の眼がじっと見つめていた。その硬玉にも似た修験者の眼が柊には気に入らなかったのであった。
●可能性
奇術のような鮮やかな手並みだ。まるで手の一部ででもあるかのように鉄人のナイフを扱う司に、村人達は歓声をあげた。
「もうちょっと待ってや。すぐできるよってに」
料理をすすめつつ、何気ない風を装い、司が尋ねた。先ほど食材を確かめる時に村長にしたのと同じ質問である。
「ところで、最近物騒な事とかないやろか?」
「物騒な事?」
村人達が顔を見合わせた。
「ああ。現地に新鮮な食材を探す身やから、危険回避の為に聞くんやけどな」
「それなら人攫いかな」
村人の一人が云った。が、すぐに別の村人が笑い、
「でも京の兄さんには関係ないよ。浚われてるの別嬪の娘ばかりだからよ」
「そうか。なら安心や」
おどけてみせる司に、村人達の間からどっと笑い声があがった。が、司の眼は笑っていない。
被害にあっているのは若い娘ばかり。人攫いの目的が人身売買であるなら、それもわかる。
が――
どうにも司は釈然としなかった。何故か違和感がある。単純な人攫いとは思えぬ――予感。
――布瑠部由良由良止布瑠部。
司の脳裏に、夕凪のとなえた祝詞が蘇った。瞬間――
司は気がついた。人身売買以外で若い娘が必要とされるもの。それは――
●岩戸神社
「ここが唯一の‥‥」
陽平が見上げた先、小さな階段があり、鳥居が見えた。
岩戸神社。この辺りの村の中心に位置する山――岩戸山の中腹にある神社である。
「人があとかたもなく消えるって事は、そう簡単にゃいかねぇ。きっと何か痕跡がある筈だぜ」
涼から預けられた七支刀の柄に手をそえつつ、陽平は階段をあがりはじめた。そして鳥居をくぐり――
すでに薄闇の降りはじめたそこには、小さな祠があるばかりであった。村人の話では神主もすでになく、村の老婆が時折掃除に通っているという。
陽平は祠に歩み寄っていった。すると古ぼけた木の札が立てかけてある事に気がついた。どうやら、この神社の縁起が書かれているらしい。
小難しい文字ばかりだが、意外なことに陽平は武士としてのたしなみは達人級だ。何とか読みすすんだところ、この神社が祀っているのは石押分之子という神である事がわかった。が、石押分之子とは何の神様だか良くわからない。
「石押分之子、ねえ」
呟きつつ、陽平がさらに祠に歩み寄り――
ふっ、とその歩みがとまった。彼の金茶の瞳は、じっと祠の木の階段に向けられている。
そこに足跡があった。おそらくは多人数のものだ。
ニッ、と陽平の口辺に笑みが浮かんだ。
●振り子の行方
「で、どうなんだ?」
クリスティーナが問う。聞き込みであまり成果の得られなかった彼女の口調は、自然荒くなった。
その胸元から覗く、痩身のクリスティーナからは連想もできぬほどの豊かな胸の膨らみから視線をそらせ、ベアータは、少し待て、と答えた。
「慌てたところで、浚われた娘が帰ってくるわけではない」
「おっとりしやがって」
クリスティーナが舌打ちの音を響かせた。
「これだからお坊ちゃんは嫌いなんだ。‥‥で、パーストの結果はどうだったんだ?」
クリスティーナが問うと、ベアータがかぶりを振った。
「浚われた時間と場所が特定できない。それでは範囲がひろすぎてパーストは無理だ」
娘達は全て、村から出たところ、おそらくは夜に姿を消している。それが唯一わかっている犯行のパターンだ。
薄闇の中、村から離れた道沿いでベアータは紙片を広げた。この辺りの村の位置を記した簡単な地図である。
「何をするんだ?」
「占いさ」
微笑むと、ベアータは地図の上に小さな銀製の振り子をおろした。そして、美香、と唱え――
「動かねえじゃねえか」
「ふむ」
と頷き、次にベアータは美香を浚った者と唱えた。すると振り子が大きく円を描き出した。
クリスティーナは眼を輝かせ、
「動いたぞ! そこに美香を浚った者がいるのか」
「占いではな」
「どこだ、そこは?」
クリスティーナが問うた。いや――
同時に彼女ははじかれたように臨戦態勢に滑り込んでいる。流れるような動きで長弓に矢を番え、放つ。
「どうした?」
驚くベアータに、クリスティーナがニヤリと笑ってみせた。
「殺気を感じたが‥‥獣か何かかもしれない。それより浚った者の居場所はどこだ?」
再びクリスティーナが問うた。答える代わりにベアータが指差したその先――
黒々と岩戸山が聳えていた。