●リプレイ本文
●神気
「御久し振りです平手殿。先日蝦夷より帰還しました」
ぺこりと頭を下げたのは三尺にも背丈が満たぬ少女に見えた。が、あげた顔に煌くのは神秘の金銀妖瞳。そこには三十路相応の理知の光があった。
和泉みなも(eb3834)である。
対するのは新撰組十一番隊組長・平手造酒(ez0214)。ニヤリと笑い、
「蝦夷くんだりまで足を運んだのも無駄じゃなかったようだな」
云った。
平手の眼に映るみなもという冒険者。姿こそ変わりがないが、その身から立ち上る気はかつての彼女のそれとは比ぶべくもなく大きい。それはみなもの婚約者である橘一刀も気づいているらしく、大きく頷いている。
「ところで組長」
声をかけた者がいる。新撰組十一番隊隊士である将門司(eb3393)だ。
「嫌な予感がするんやけどな」
「嫌な予感?」
「ああ。浚われてるのは若い娘さんばかりや。そうなると目的は絞られてくる。一つは人身売買や。けど」
司が眼を向けると、フレア・カーマインはかぶりを振った。彼は島原の遊郭などで聞き込みを行ったのだが、結果、浚われた娘達の姿はなかった。
「ちゅうことは、残る可能性は生贄や」
「生贄?」
クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が柳眉をひそめた。
「一体誰が、何に生贄を捧げてるっていうんだ?」
「何にというのは分からんが」
新撰組十一番隊隊士・眞薙京一朗(eb2408)が黒曜石の瞳をあげた。
「人の仕業である事は間違い無い‥となると、怪しむべきは修験者か」
「修験者か〜」
くくっと一人の娘が笑った。男とも見えなくもないほど凛とした顔立ちをしている。
所所楽柊(eb2919)。彼女もまた新撰組十一番隊隊士であった。
「そういや俺も修験者を見たぜ〜」
「お前の事をじろじろ見てたっていう、アレか」
茶化すかのように笑ったのは朱鳳陽平(eb1624)である。四人目の新撰組十一番隊隊士である彼はニンマリとすると、
「変な女がいるってんで眺めてただけじゃねえのか」
「ぶっ殺すぞ、てめえ〜」
「何だ! やるか?」
「いいぜ〜」
「やめろ!」
平手が怒鳴った。
「てめえらときたら‥‥喧嘩ばっかしやがって」
「だってよ」
抗弁しかけた陽平であるが、その時御影涼が口を開いた。
「修験者の事、気にかかる」
「そういや駿河で遭遇したっけか」
「うむ」
涼が頷いた。
「伊邪那美流の者達。偶然ならば良いが‥‥陽平、お前が見た縁起を覚えているか」
「岩戸神社にあった奴か? 確か石押分之子って書かれていた‥‥」
「そうだ。石押分之子。井氷鹿と同じ国津神だ」
「国津神!? 井氷鹿ってえと」
「ああ」
小野麻鳥が頷いた。
「俺が遭遇したモノだ。禍々しき神性‥‥その井氷鹿が実在した。となれば、石押分之子も実在するのかもしれん」
「神を敵とする事になるかもしれぬ、ということですか」
愕然として神楽龍影(ea4236)が呻いた。志士である彼は、他の者より神仏に対する崇敬の念は強い。
「例え神を敵としても」
静守宗風(eb2585)がぎらと眼をあげた。十一番隊最強である彼の脳裏には、美香の祖父の姿が過ぎっている。
一人の老人のささやかな幸せ。それを奪う権利は何者にもない。もし奪う者があるとするなら、それは悪!
「悪・即・斬。それを貫くだけだ」
その時だ。
あっ、という悲鳴にも似た声があがった。はじかれたように振り返った平手は見た。一人の少女が突っ伏している様を。
あれは、確か柊の妹の所所楽柚――。
「どうしたってんだ?」
問う平手に、蒼白になった顔を柚はむけた。
「未来を観たのですが」
「未来?」
「はい。岩戸山と修験者という言葉を組み合わせました」
答え、柚は身を震わせた。
未来の光景。その中に、何か恐ろしいモノが蘇る様が見えた。陰陽師たる柚のみが感得しえる、超常的な気配を発するソレは――
「十種祓詞」
ふいに将門夕凪が口を開いた。
「蘇るという言葉で思い出しましたが、古神道には十種神宝を振って祝詞を唱えれば死人をも蘇らせるという話があります」
「鎮魂法か」
麻鳥が呟いた。
「石上神宮に伝わる鎮魂法だな」
「それでは急ぎませぬと」
龍影が促した。
未来に禍々しき神が蘇るとなれば、その岩戸神社で何らかの儀式が行われる可能性が高い。何としてもとめねば‥‥
救いを求めるかのように、龍影は数珠を握り締めた。
●痕跡
岩戸神社に辿り着いたのは、韋駄天の草履を所持していた陽平と京一朗、そしてその京一朗から草履を借り受けた平手が先であった。龍影はまだ村への途上にある。
「修験者達の存在、鬼火と獣の遠吠えらしき声‥状況的に現象は匂引かしとほぼ同時期と見て良かろう。そして占いが指す岩戸山。其の中腹に在る神社と複数の足跡。ここに何かある」
京一朗の言葉に陽平が頷いた。
「石押分之子ってのは尻尾があるらしいからな。獣の咆哮と同一とみてよさそうだ。らしかぁねえが、まずは俺が様子を見てくる」
「気をつけろ」
平手が注意を促した。
「おめえはそそっかしいからな」
「誰がだ」
「待て」
鳥居に身をひそめ、周囲の気配を探っていた京一朗が陽平を呼びとめた。
「組長の懸念はもっともだ。現状、存在する手掛かりは此処だけだ。下手をして、俺達が目星をつけたと知られる訳にはいかない」
「わあったよ」
ぷっと口を尖らせ、陽平が祠へと歩み寄っていった。
そして幾許か。縁起を書き写したはずの紙片を携えて陽平が戻ってきた。
「どうだった?」
「それが」
問う京一朗の前で、陽平は首を傾げて見せた。
「足跡が消えていた」
「何っ!?」
京一朗が呻いた。
「俺達が目星をつけたと気取られたか」
「いや」
平手がかぶりを振った。
「まだそうと決まったわけでもねえ。村での聞き込みで隊服を見せているんだ。新撰組がかかわってきたと用心くらいはするだろう」
「では、俺が」
次に京一朗が鳥居をくぐった。
見れば、確かに小さな祠がある。何時、誰が建立したかもしれぬほど古びた祠だ。
――其の神社、留意すべきは残る祠のみでは無いかも知れんな。
「確かに、な」
木賊真崎の言葉に頷きつつ、京一朗は祠を調べ始めた。が、祠の戸は開けない。罠を警戒している為だ。
と――
突然、京一朗は足をとめた。彼の猛禽にも似た鋭い眼がある一点でとまっている。
戸の近く、深くえぐれた跡がある。まるで重い何かを引っ掛けたような。
一瞬迷い、しかし京一朗は戸を開いた。とたん埃の混じった、同時にじっとりと湿った空気が彼の顔をうった。
「やはり」
京一朗が唇を噛んだ。
祠の中。そこには何もなかった。本来安置されているはずの御神体も。
いや――
ある。厚く積もった埃に無数の足跡が。
「奴ら、神を持ち出したな」
●巫女来る
美しい巫女だ。このような田舎では見かけぬほどの。
その巫女が修験者の居所を訊く。
――何でもさる高名なお方であるとか。是非とも一度御会いしたいのです。
されど村人は首を横に振った。この辺りに修行場などないし、また修験者の居所も知らない。
「そうですか」
落胆する巫女であるが。
巫女は知らない。村から離れた山道、その麗たる背にじっと視線が注がれている事に。
●囮
時、すでに亥の刻。闇が深くなりつつある山間の道を一人の武士がゆく。
身に纏うのは浅黄の羽織。新撰組隊士である。薄くはいた化粧が夜目にも鮮やかな――柊であった。
「現場がみつからねぇなら、現場を作り出せ、ってか〜」
くくっと柊は笑った。
正面から斬れぬ敵は裏から斬る。様々な手段を用いての搦め手こそ十一番隊の真骨頂だ。
「さあて、かかってくれるか‥‥暴れられるかは八卦だな」
呟く。その柊の胸の内には、敵の概ねの狙いについての目算はある。
今日一日調べなおして分かった事。娘達は何れも美形であり、恋仲の男はいなかった。つまりは生娘ということだ。
「まあ、俺が美形かどうかはわからねえが」
皮肉に笑ってみるが、しかし柊の思いは翔けている。彼女の背を守る、強くかつ不器用な男へと。
「どっからでもかかってきな」
柊は云った。敵の出方はわからないが、恐くはない。
「追い風がついてるからな」
「ただ見守るしか出来んってのは辛いな」
二匹の犬――朧と螺旋の背を撫でつつ、司が声をもらした。その眼は遠くをゆく柊の背をじっと見据えている。
「静守はんも心配やろ」
「いや」
云いかけて、しかし司と同じく物陰に身をひそめた宗風はふっと息をついた。
「あいつは無茶をしすぎる」
「無茶ってのはいいね〜」
クリスティーナがニヤリとした。そして手の中の白の碁石を玩ぶ。追跡用にとアルディナル・カーレスと鳴滝風流斎が用意してくれたものだ。
「あの柊って奴、あたしと気が合いそうだ」
「そうかぁ」
司が首を傾げた。
「柊はんとあんさんとは根本的に違う――」
「しっ」
クリスティーナが唇に指を当てた。朧と螺旋が低く唸り声をあげている。
――何か、変だ。
森を良く知るクリスティーナの感覚が異変をとらえていた。
緑の溶けた風に混じる異臭。しんと冷えた空気の底でざわめく気配。
何か、いる。動物ではない。それよりももっと不吉なものだ。
その時――
●屍獣
その時――
樹枝をへし折りつつ、巨大な影が柊の前に現出した。はっとして反射的に柊は腰の陸奥宝寿の柄に手をかけている。
が、次の瞬間、柊の殺気が揺れ動いた。
襲撃者は修験者。そう柊は見ていた。
が、違う。眼前に現れたモノは――
熊だ。一丈を超える体躯を有している。
失望感ととも、柊は改めて身裡に殺気を充溢させた。相手は猛獣だ。敵ではないが、襲われれば大変な事になる。
と――
その時に至り、柊は気づいた。熊の異様さに。
濁った白い眼に生気はなく、肉体のところどころが朽ちかけている。場所によっては白骨が覗いているところさえ見受けられた。
「こいつは‥‥」
怖気と共に柊は悟った。眼前の巨大熊の正体に。
黄泉返り。熊の死人憑きだ。さらに――
殺気を感知する能力の低い柊には感得しえなかったが、彼女の背後には別の影が近寄りつつあった。
死せる狼。屍狼だ。
刹那――
ひゅん、と風が唸った。次の瞬間、屍狼の眼を矢が貫いている。
「やめろ!」
まだ長弓を構えたままのクリスティーナの腕を司が掴んだ。
「罠やとばれてしまうやないか」
「奴らは殺る気なんだよ!」
クリスティーナが司の腕を振り放した。
その時だ。倒れていた屍狼がむくりと起き上がった。眼に矢が刺さったままで。
「ぬっ」
柊が抜刀した。同時に左手に十手をかまえる。
この時、彼女の眼は三番目の存在を見とめていた。
屍熊だ。が、最初の屍熊よりもさらに大きく、化け物じみた体躯を有した存在であった。
ゆらり。
突然、ソレが動いた。黄泉返りとは思えぬ素早さで柊に襲いかかる。
右前肢の一撃。唸りを発するそれを、咄嗟に柊は十手で受け止めた。
豪!
爆発が生じたようだった。あまりの衝撃に柊の身が軽々と吹き飛ばされる。
「ガウッ」
柊を追って屍熊が殺到した。その時――
闇の地を疾る影が一つある。爛と眼を光らせて。
ひらり。飛鳥のように影が空に舞った。
風が吼え、剣が吼え――
影――宗風が地に降り立った。屍熊はわずかに身をよろけさせている。
「立て、柊」
宗風が柊が助け起こした。その宗風の眼には焦りにも近い光が浮かんでいる。
渾身の宗風の一撃。それをもってしても致命の一撃とはなりえなかったのだ。
それに何より、宗風は浚われた娘達の事が心配であった。
今なら、まだ娘達を救う事ができるかもしれぬ。しかし、これ以上刻がかかったなら‥‥
宗風を中心とした旋風が渦巻いた。それは宗風の憤怒の余波だ。
「退くな!」
叫びがした。平手のあげたものだ。
「こいつらを残すわけにはいかねえ。村の者達の為、ここで殲滅するぞ」
「承知しました」
答えたのはみなもだ。
その彼女の手にあるは十人張。弦を張るのは十人掛りという、とてつもない強弓だ。
それをみなもは軽々と扱う。まるで肉体の一部ででもあるかのように。
今も――
同時にみなもは二矢を放った。芸術的な見事さだ。
一瞬後、ぐらりと別の屍熊の身が揺れた。さすがは十人張の威力というべきか。
が、それでも屍熊の歩みはとまらない。恐るべきしぶとさであった。
「へっ」
この場合、笑ったのは司である。彼は宗風と共に飛び出し、屍狼を牽制していたのである。朧と螺旋は柊を守っているはずだ。
「しぶといのんは、お前らだけやない。狼の中に蛇がおるっちゅう事を思いしらせたるで」
屍狼に向かって司が動いた。いかな狼といえども、屍となった上は毒蛇のように俊敏な司の迅さに追いつけるはずもなく――
くるりと屍狼の横に回りこむと、司は同時に二撃を放った。
「ギャン」
身の軽い屍狼が大地に叩きつけられた。が――
すぐさま屍狼が身を起こした。腐肉をぼろぼろと落としながら。悪夢のような光景であった。
と――
「ふん!」
裂帛の気合と共に刃が薙ぎ落とされ、屍狼の首を断ち切った。しぶくどす黒い血煙の中、 京一朗が立っている。
「しつこいってのは嫌だな」
屍狼の首を蹴飛ばしつつ、クリスティーナは京一朗を見遣った。
「朱鳳は、まだ今頃は神社だろうな」
「ああ」
京一朗が頷いた。すると、ふとクリスティーナが眉をひそめた。
「神楽はどうした?」
「神楽は村に‥‥」
答えた京一朗の胸に、この時薄墨のような不安が過ぎった。
●火鳥
「来い、娘」
修験者が云った。
「神の供物となれるのだ。巫女ならば本望であろう」
「貴方は何者なのです」
巫女――龍影は問うた。が、修験者に応えはなく。ただ、その口から異様な旋律を伴った呪がもれた。
――布瑠部由良由良止布瑠部。
「おのれ」
龍影は瞬時に危険と察した。とても炎を操っている余裕はない。
岩戸山を見上げる山間の道、突然龍影の前に二人の修験者が眼前に立ちはだかったのである。好機ともいえなくはないが、敵は二人だ。勝ち目は薄い。
煌、と。闇を焦がすようにして炎の鳥が空に舞い上がった。
高速詠唱によるファイヤーバード発動。そして離脱。
限りなく低い成功率においての発呪は、龍影にとってほとんど僥倖といえた。
●
「‥‥終わりのようですね」
みなもが動かなくなった屍獣達を見下ろした。さすがの黄泉返りも不死身ではないらしい。
しかし――
ぺたんとみなもは座り込んだ。汚泥のような闇が彼女の身を包んでいる。とてつもなく疲れていた。
「自分達はしくじったのでしょうか?」
「そうでもない」
平手が答えた。そして背後を見上げる。
岩戸山。
平手は指で指し示した。
「やはり、あそこには何かある。だから奴らは襲ってきた」
「聞こえるぜ」
クリスティーナがニッと笑んだ。楽しくてたまらぬように。
「あたしたちを呼んでやがる」
云った。
それに応えるかのように――
オォォォォォォォォ。
ひしりあげるような雄叫びが、夜気を震わせた。