●リプレイ本文
●決意
「なるほど」
壬生屯所の奥、将門司(eb3393)が肯いた。新撰組十一番隊組長・平手造酒より此度の件の詳細を聞いたところである。
新撰組十一番隊隊士である司の眼がきらりと光った。
「生贄が足らんかったって事やろな。急がんと、事が成就されるで」
「へっ」
クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が、野性味をおびた美しい顔に、楽しくてたらまぬような笑みを浮かべた。
「もはや形振りかまわずって奴だな。面白れえ」
「おお」
同じく嬉しげに笑ったのは、これも新撰組十一番隊隊士である朱鳳陽平(eb1624)だ。
「今度こそ、あの修験者どもをぶっ斃してやるぜ」
「あーあ、だ〜」
所所楽柊(eb2919)が肩を竦めてみせた。そして、凛とした顔立ちの十一番隊隊士である彼女はふっと溜息を零した。
「また始まった〜」
「何だ」
陽平がぐいと柊に顔を突きつけた。
「何か云いたそうだな」
「別に〜。ただ、お友達ができて楽しそうだと思ってな〜」
「てめえ」
陽平が口をゆがめた。
「生きた人間を生贄とする神はろくなモンじゃない。そいつをぶっ斃そうとするのが悪いのかよ」
「悪くはないが、な〜」
柊はくくっと笑った。
「遊びじゃないだぞ〜。なあ、宗風サン」
「ああ」
宗風と呼ばれた男が冷然たる声で答えた。
その名の通り静かなる風、されど一度剣を抜けば死神へと変ずる男。新撰組十一番隊隊士・静守宗風(eb2585)である。
宗風は伏せていた眼をあげると、云った。
「今回で決着をつける。罪の無い人々を手にかけたその所業、誠の一字に託した俺の矜持にかけても必ず‥‥」
「‥‥」
宗風の横顔を眩しそうに見つめ、ただ柊は黙って肯首した。
その様子に小首を傾げ、任谷修兵が身を乗り出した。
「ねーねー、二人は付き合ってんの?」
「なっ!」
柊が絶句した。そして、見る間に熟し柿のように満面を朱に染めた。
「そ、そんな馬鹿な事があってたまるか〜」
喚くと、ちらと宗風を見遣る。その視線の先で、宗風は当惑した表情を浮かべていた。
「馬鹿か、おまえ」
修兵にむかって、陽平はふんと嘲笑った。
「宗風サンと、こんな男女が付き合ったりするわけねえだろ。なあ」
柊に顔をむけ、次の瞬間、陽平は眼を丸くした。
「おっ、何だてめえ、真っ赤になっちまって。まるで茹蛸み――」
バキッ。
疾った柊の拳で、陽平は床に叩きつけられた。
「死んだでしょうか」
和泉みなも(eb3834)が問うた。畳の上にのびた陽平を眺めやりながら。
すると平手は苦く笑った。
「死なねえだろ、あの馬鹿は」
「死ねば、少しはまともになるかもしれぬが」
五人目の新撰組十一番隊隊士である眞薙京一朗(eb2408)もまた苦笑する。つられたようにベアータ・レジーネス(eb1422)は少女のように微笑んだ。
「やはり十一番隊ですね」
呟いた。ベアータは一度十一番隊と共に働いた事があるが、その時同様、此度もふざけているのか真面目なのか、良くわからない。
「ふふん」
平手はニヤリとした。
「心の強さ。それが奴らの強さの秘密さ」
新撰組十一番隊がゆく。見送るのは哉生孤丈、アルディナル・カーレス、鳴滝風流斎、そして――
橘一刀と将門夕凪が愛する者を追って進みだし、その名を呼んだ。
「みなも殿、無理はせぬ様にな」
「はい」
童女にしか見えぬ可憐な面に紅を散らせみなもは肯首した。
その金銀妖瞳にやどるのは志だ。これ以上苦しむ者を増やさぬ為に戦うという。そう、まさに彼女は志士であった。
その傍ら、夕凪は司の手を、自身のそれでそっと包んだ。
「神が現れても畏れない事です」
夕凪は云った。
「猿田彦神には毒手が効きました。だから神といえど無敵ではありませんよ」
「そうか」
司は美しい妻を見つめ返した。そしてゆったりと微笑んだ。
この女の温もりがある限り、俺は戦い続ける事ができるだろう。
司は歩みだした。決戦の場にむかって。
●
冷えた薄明の中、十一番隊は岩戸山中腹にあるという聖域――古滝へとむかっていた。
「やはり蘇りつつあるのは神――石押分之子であるようですね」
掌に息を吹きかけつつ、ベアータが云った。出立時、土御門焔のフォーノリッヂにより、蘇る石神分之子の姿が観相されている。
ふん、と宗風は氷の笑みを浮かべた。
「斃すべき相手が人だろうが獣だろうが、それこそ神でも悪魔でも俺は構いはしない。俺達新撰組は壬生の狼。誠の一字を背負いし者。揺るがない不屈の矜持‥‥悪・即・斬を貫く為なら、俺は一匹の黒き狼と化し敵を討つのみ」
「けどよ〜」
柊が首を捻った。
「石押分之子の復活の目的は何なんだろうな〜」
呟いた。その柊の脳裏には神楽龍影の言葉が過ぎっている。
――石神自身に害意があれば、今までに何かの動きを見せておった筈。やはり彼奴等は、神の意思をも無視しておるのでは御座いませぬか‥‥
龍影は云った。もしその言葉が真実であるとするなら、神は修験者どもに操られているという事になる。
「わからぬな、今のところは」
京一朗が答えた。
「少なくとも江戸で起こってる事件とは関係ないようだがな」
陽平が云った。
彼の云う江戸の事件とは、冒険者が川に引きずり込まれて殺されたというものだ。その被害者の数は八。そして浚われた娘の数も八。そこに何らかのつながりがあるのでは、と御影一族長である御影涼が懸念していたものだが――
柊の聞き込みにより、浚われた娘の数はついには九人――この九人は別の村の者で、年齢も様々であった――へと増えている事がわかった。どうやら二つの事件に呪術的因果関係はないようだ。
「全く‥‥神が人の命を生贄に求めるとはな。こんな神ばっかじゃ世も末だ」
「ふふん」
柊が皮肉に笑った。
「神も魔も紙一重じゃね? 結局は人の都合だと思うがな〜」
「そうかもしれねえ」
平手が口元をゆがめた。
「ある大きな力。それを人が勝手に神だの魔だのと呼んでいるに過ぎないのかもしれねえな」
「まあ神とやらが如何程かは知らんが」
京一朗の眼に刃の光が揺らめいた。
「奪った命と取り残された命の代償は安くは無い。地に還る前に払って貰おうか‥己自身で」
京一朗が云った。
その時だ。突然宗風が皆をとめた。
「この辺りだ」
「わかりました」
頷くと、ベアータは呪符を広げた。そこには呪文がある法則性をもって描かれ、高密度の術式を形成している。
ベアータが眼を閉じた。その一瞬後の事だ。冒険者の前方の地に幾つかの青い光が浮かび上がった。
「らいとにんぐとらっぷです」
「ほう。たいしたもんやな」
感心したように司が唸った。
続いて、ベアータはパッシブセンサーの呪符を広げた。 が、これは失敗した。 パッシブセンサーは呪法効果にある事――つまりは罠にかかる事が前提である故に。
「そうか。じゃあベアータ、かかってみな」
「キミがやれ!」
柊が陽平を踏みつけた。
●
「四人、か」
最も眼の良い宗風が呟いた。
木陰に身を隠した彼の眼前、水飛沫をあげつつ水流がとうとうと滝壺におちている。古滝だ。
その滝壺近くに四人の修験者の姿が見える。
「おそらく見張りだな。他には?」
京一朗が問うた。
「二人。中にいます」
ベアータがブレスセンサーの結果を口にした。
「しかし、動くモノは三つあります。大きさからして、二つは人間。しかし残る一つは巨大な熊並の大きさです」
「息をしていないのはそいつだな。黄泉返りか、それとも例の咆哮の主か‥‥何にしても、この見晴らしでは気取られず接近は困難だ。不意を突き、突破口を開く事になりそうだな」
京一朗が手をあげた。
その一瞬後の事だ。羽が空をうつ音が響いた。鷹の静琉だ。
はっとしたように修験者が動いた。静琉を眼で追って、顔を仰のかせている。
「今だ!」
平手が飛び出した。後に京一朗、宗風が続く。
疾る三影。旋風のように、狼のように地を馳せ、修験者に迫る。
「ぬっ」
咄嗟に二人の修験者が印を組んだ。が、沈黙。呪が発動される事はなかった。
一人はベアータのサイレンスによって声を失い、もう一人はみなもの矢によって命そのものが失われていたからだ。
残響神震。鳴弦の中、三つの剣が光散りしぶかせ踊った。
鮮血は真紅の狭霧のよう。二人の修験者がよろけ、残る一人の修験者の刃と京一朗のそれががっきと噛みあっている。
「ええい、時はかけられぬ!」
京一朗が叫んだ。応えるようするすると宗風が進み出て――平手の手が宗風をとめた。
「組長、何故とめる?」
「あれだ」
平手が眼を上げ、宗風もまた――
一抱えほどもある巨大な蚯蚓が、腐敗した身をのたくらせ、頭上から襲いかかりつつあった。
「狼の牙は悪を切り裂く不滅の刃。我が成す事は一つ、貴様を地獄へ送り返す事だ」
静かに宣言し、宗風は空に躍り上がった。振り下ろす刃には彼の全精魂、さらには京一朗――戦友の預けてくれた闘気すらやどっている。何でたまろう。大蚯蚓の皮膚が裂け、不気味な色の液体が噴出した。
「ゆけ、ここは俺達にまかせろ!」
平手の叫びにうたれたように、四つの影が瀑布の裏に飛び込んだ。
●
制止の声をあげると、人が五人ほども並んで歩ける広さの洞の中、クリスティーナは眼を凝らした。同時に耳を澄ませる。さらには皮膚感度を最高度に引き上げた。
背後には滝の水飛沫の音。前方には沈黙する薄闇。他に気配はない。
「よし、いくぞ」
クリスティーナが走り出した。後を追って陽平、柊、司も駆け出す。
洞の中は所々火が焚かれ、それほど暗くはない。その薄明にも似た闇の中、四人は音もなく――いや、陽平だけはひたひたと音たてて地を蹴っていた。
と――
今度は陽平が仲間をとめた。
「いるぜ。近くに」
云った。
刹那、闇が紫色にはじけた。それが空を切り裂いて疾る紫電と知るより早く、クリスティーナの身が吹き飛んだ。地に叩きつけられたその身には雷気がからみついている。
「大丈夫か」
駆け寄り、司が助け起こした。が、クリスティーナは司をおしのけると、
「やりやがったな」
炭化した皮膚をぼろぼろと落としつつ、獰猛な笑みを浮かべ、クリスティーナは矢を番えた。この時、すでに夜目のきく彼女の眼は薄闇に潜む修験者の姿を見とめている。
「援護してやる。いけえっ!」
クリスティーナが絶叫した。
●
光が薄闇の洞窟を青白く染めた。
一刹那。
再び洞窟内に薄闇が戻った時、入り口を塞ぐようにして氷柱が横たわっていた。
ベアータのアイスコフィン。氷づけにされているのは絶命した修験者だ。
「挟み撃ちは願い下げにしたいですからね」
春風のように微笑むと、ベアータは大蚯蚓の分断された肉体を運ぶようにと声を発した。
●
「あれは――」
陽平が呻いた。
広くなった空間の隅、焚かれた幾つもの篝火の光に濡れて、不気味なモノが見える。
一丈を遥かに超える巨躯。どうやら人型をしているようだ。が、正確なところはわからない。どろどろとした粘液質な物に表面を覆われ、さらには赤黒い液体にもまみれている。
「うっ」
柊が口元をおさえた。強烈な腐敗臭に息も継げない。のみか、濃密な瘴気に全身が蝕まれていくような錯覚すら覚える。
「‥‥石押分之子」
喘鳴のような声をもらし、次の瞬間、陽平の眼がかっと見開かれた。
そのモノの口と思しき場所から、異様な物が突き出ている。それが人の手と気づき、陽平の眼に憤怒の炎が燃え上がった。
「野郎!」
ほとんど反射的に陽平は刃をふるっていた。
唸る衝撃波は空間を噛み砕きつつそのモノ――石押分之子へと疾り――
「クオォォォォォ」
石押分之子の口から咆哮が発せられた。耳をふさぎたくなるほどに陰惨な、それでいて魂が恍惚となるような雄叫びだ。
その時、石押分之子の前で呪唱を続けていた修験者がずうと立ち上がった。
「神域を穢す愚か者め」
修験者が指を突き出した。その指先に紫電がからみつく。
が、それより早く柊の姿が空に舞っていた。
「ぬっ」
修験者の身が崩折れた。その背後、うっそりと佇むのは司だ。
「前門の白鷺、後門の蛇ってな」
「司サン!」
陽平の叫びが響いた。
はっとして振り向いた司は見た。石押分之子の眼がわずかに開きつつある様を。
「あかん!」
「うりゃあ!」
絶叫しつつ、はじかれたように陽平は刃を疾らせた。二撃、三撃、石押分之子にオーラパワーを付与したソニックブームを叩きつける。その度に石押分之子の身体が揺れ、異次元的な声が迸り、空間を震わせた。
「効いてるぜ!」
「だがよ〜‥‥」
柊が声を失った。
確かに今、陽平の攻撃は有効であるようだ。が、完全復活を成し遂げた石押分之子にもそれはいえるのか。いや、それよりも眼を覚ました神の力とはどのようものであるのか。
「案じてたってはじまらねえ!」
さらに陽平は怒涛のようにソニックブームを繰り出した。肉片と粘液が飛び散る。辺りに浚われた娘の姿はないので遠慮はいらなかった。
「へっ、もういいだろ」
陽平が石押分之子めがけて殺到した。とどめを刺すつもりであった。
「待て!」
司の制止の声が飛んだ。が、陽平はとまらない。颶風と化して石押分之子を襲う。
「とったぁ!」
陽平の腕七支刀が石押分之子を貫いた。
刹那――
ぎろり、と石押分之子の単眼が開いた。そして巨腕が突き出され、陽平をがっしと掴んだ。
「あ――」
陽平の口から喘ぐような声がもれた。驚くべし。その陽平の足が石に変じつつある。慌てて駆け寄った柊と司が石押分之子の腕に斬りつけた。
「クオォォォォォ」
石押分之子が吼え、陽平の身を放した。次の瞬間、洞窟が揺れた。石押分之子の仕業だ。
「やべえ。ずらかるぞ」
声がした。平手のものだ。
「く、組長‥‥」
「黙ってろ」
平手が陽平を肩に担ぎあげた。
その間、周囲の鳴動は続いている。洞窟が崩落しつつあるのだ。
入り口めざし、平手達は洞窟内を駆け戻った。降りかかる土砂をくぐりぬけ、ひたすら光を求め――
愕然として平手達は立ち止まった。
入り口が、ない。
いや、そこにある。が、石の壁が入り口を塞いでいるのだ。その前にはアイスコフィンで凍結させた修験者達の骸が‥‥
「どけるんだ」
平手が叫んだ。水を浴びたような顔で、冒険者達は氷柱を動かしはじめた。その間も落石は続き、冒険者達をうちのめしている。
「やるぞ。こいつを破らなきゃあ生還の目はねえ」
平手が抜刀した。さらに閃いた白光は四――
しかし、渦巻く砂塵がすぐに剣光を覆い隠してしまった。
●
家から出てきた男も、待っていた者達も血と泥まみれで、惨憺たる有様であった。
「‥‥お圭の母親には会えたのか?」
「泣いていた」
平手の問いに、京一朗が答えた。浚われた娘の一人である圭の母親に、京一朗は事の次第を告げて来たのであった。
「俺は誓ったよ」
京一朗が眼をあげた。そして全てを飲み込んで沈黙する岩戸山を見上げた。
「新撰組は、もう誰も泣かせないと」