●リプレイ本文
「ただ見送るしかできないというのは歯痒いものだな」
橘一刀が云った。うむと肯いたのはキドナス・マーガッヅだ。
「が、自分達にできるのはそれくらい。せめて武運を祈ろう」
「ああ」
一刀が答えた。
その彼らの眼前、新撰組十一番隊がゆく。
むかうは禍津風吹く岩戸山。待ち受けるは果たして――
●推察
「何を企てているのかは分かりませんが、人攫い等をする以上碌でもない事に違いありません。見過ごす訳には参りませんね」
岩戸神社に向かう山道を歩みつつ、眞薙京一朗(eb2408)から借り受けた韋駄天の草履を履いた和泉みなも(eb3834)がきゅっと唇を引き結んだ。濃い緑の中をゆくその小さな姿は、まるで精霊木霊のように神秘的だ。
「確かにそうでございますね」
鬼面が肯いた。ふわりと僧衣が羽衣のように風に舞う。
焔の志士。神楽龍影(ea4236)が憤怒の為か、掠れた声をだした。
「それにしても国津神を利用せんとするとは‥‥なんと不遜な」
「神も悪魔も関係ない。悪・即・斬。何が相手だろうと、俺はそれを貫くだけだ」
新撰組十一番隊隊士である静守宗風(eb2585)が冷然たる語調で答えた。
この男には恐れはない。仏に遭うては仏を斬り、鬼に遭うては鬼を斬る。悪なれば誅殺するのみだ。
「組長もそうだろう」
「まあな」
肯いて苦笑したのは一升徳利を肩にぶら下げた男だ。
新撰組十一番隊組長。平手造酒である。
「が、まあ、まだ国津神と決まったわけじゃねえが」
「組長は石押分之子じゃねえと思ってるのか?」
勝気そうな金茶の瞳の若者が問うた。
名を朱鳳陽平(eb1624)といい、新撰組十一番隊隊士である彼は、修験者どもの目論見が石押分之子復活とふんでいた。
「いや」
平手は苦笑を浮かべたままかぶりを振った。
「そういうわけじゃねえ。ただ予見は禁物だ」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「単純頭は苦労するな〜」
くく、と所所楽柊(eb2919)が笑いをもらした。薄く化粧をはいた、その十一番隊隊士の面は凛と美しい。
が、陽平にはその美しさなど眼に入らぬようで。ぐっと柊に顔を突きつけると、
「誰が単純頭だ」
「キミ以外に誰がいるってんだ〜」
「何だ!」
「何だ〜」
ゴン、ゴン。
刀の鞘が陽平と柊の頭を叩いた。
「またかよ、てめえら」
平手が大げさに溜息を零してみたせ。
「何で十一番隊はこうも賑やかなのかねえ」
「組長も大変ですな」
眞薙京一朗(eb2408)が可笑しそうに笑った。その背にはみなもの荷の一部が背負われている。こういう点、この男はいつもそつがない。
と、この知恵者の十一番隊隊士はすぐに真顔に戻ると、
「ともかく敵は我らに黄泉返りを差し向けてきた。こうなると娘達の無事も危うい。何としても糸を手繰らねば」
云った。その語調にはやや焦りの色がある。
すでに最初の神隠しがあってから二月ほど。その間、どれほどの難儀が娘達の身に降りかかっているか。
咲いてこその花だ。それを無残に手折る者は――斬る!
京一朗は我知らず、腰の飛鳥剣の柄を握り締めていた。
「その黄泉返りの事やけど」
口を開いたのは五人目の十一番隊隊士である。
名は将門司(eb3393)。隊士中最も曲者である彼は腕を組み、ふと足をとめた。
「前回の黄泉返りは反魂法を試した結果やないかと思うんや」
「反魂法?」
クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が首を傾げた。イスパニアのハーフエルフである彼女には耳にした事もない言葉であったからだ。
「何の呪いだ、そいつぁ」
「死人を蘇らせる法や」
司が答えた。
●痕跡
空は鈍色。重く雲は垂れ下がり、世界は灰色に閉ざされている。
岩戸神社。
凍てついた聖域に、今、九つの人影が動いていた。冒険者達である。
その中の一人――龍影は何かを測るように手をのばし、周囲を見渡していた。
「何やってやがんだ」
「観ているのでございますよ」
問うたクリスティーナに、龍影が答えた。
「観る?」
「ええ。何かを祀る建物は、多くの場合建築位置に意味が御座いますからね」
「そういや涼サンも云ってたぜ」
とは、陽平だ。
「石押分之子の復活を目論んでるんなら、それにふさわい場所があるはずだってな」
「ほう」
龍影が感嘆したように声をあげて、
「で、そのふさわしき場所とは?」
「それなんだが‥‥何でも石押分之子ってのは岩を押し開けて現れた神様らしい。で、近くにそのような場所があるはず――つってたな」
「そのような場所でございますか」
龍影が眼をあげた。
「この神社は山そのものを祀るかのように建立されております。もしそのような場所があるとするなら、頂上辺りかと思いますが」
「予見は禁物だ」
宗風が云った。そして藪をかきわける。
「組長が云っていたはず。俺達は事実をありのまま見ればよい。もし修験者どもが神を持ち出したならば、必ず痕跡が残っているはずだ」
「どうだ、朧と螺旋の反応は?」
京一朗が問うた。すると司はふむと肯き、
「祠の中から匂いを追わせてみたんやが」
答えた。その司の前で、二匹の犬は鬱蒼と茂る木々の前で地面に鼻をすりつけ、匂いを嗅いでいる。
「うん?」
犬の頭を撫でかけた京一朗が突然手をとめ、その場にしゃがみこんだ。
「これは」
京一朗が手をのばした。その先――地面がえぐれている。何か重い物を引きずった跡のようだ。
「見つけたようだな」
陽平が顔を覗かせた。そして上を見上げ、ニッと笑った。
「見ろよ、木の表面に傷があるぜ」
云って、陽平は傷に眼を近寄せた。
「こいつは自然にできたモンじゃねえ」
「となると」
京一朗が足を踏み出した。そして気がついた。足元の土がかたい。よくよく見れば、道のようにも見えなくはない。
ふふん。クリスティーナが笑った。
「何が出るか‥‥どこに通じてると思う、平手の旦那よ」
「さあて」
平手が酒をあおった。そして口元を拭うと、
「が、気にいらねえ」
独語した。
●岩戸
陽はやや傾いているとはいえ、まだ中天にあった。が、鬱蒼と茂る木々の隙間からもれる光は淡く、辺りは薄暗い。
その中をクリスティーナ、陽平、柊、司、そして平手の五人が歩を進めている。そこは京一朗が見つけた道らしき跡だ。
――複数の娘さんを隠すのに適した場所なんて多くないやろ。些細な事でもええから教えて貰いたい。
村人に司が懇願し、陽平が木々の傷が続く方向にあるものを尋ねた。その結果得られたものは――
岩戸の洞。
岩戸山の頂付近にある洞窟で、板状の岩が戸のように穴を塞いでいたらしい。岩戸山の由来となったものだ。
「この道跡らしきモンが、そこに続いてるんだよな」
呟き、クリスティーナが眼を凝らした。彼女の眼は捕食動物のように辺りの異変をとらえている。
「確かに、何モンかがここを通っちゃいるがよ」
「やっぱ岩戸の洞が本命って事だよな」
勢い込む陽平であるが。しかし柊はからかうかのようにくくっと笑う。
「ホント単純だな、キミは〜」
「何だ!」
「またかよ、てめえらは」
ゴン、ゴンと再び。柊は平手に小突かれた頭を撫でながら顔を顰めた。
「でもまあ森の獲物の様子が変だって猟師が云ってたから、ここに何かあるのは間違いなかろ。なあ、司サン」
「そうやなあ」
野草の状態を調べていた司が立ち上がった。
「この辺りの山菜が採られた様子はないけどな」
「ところで、なんだが〜」
思案しつつ、柊が平手を見た。
「司サンも云っていたが、組長はどう思うんだ〜?」
「どう、とは?」
「黄泉返りの事さ〜。甦るは自然にあらず、代わりを捧げてこそ、器を用意してこそ、非常識な手段を経てこそ‥‥。つまり襲ってきた黄泉返りが、本命を蘇らせる前の試し、もしくは失敗作だったら? 目的達成を悲願していても、確実な手段を知っているとは限らねぇとしたら? だとしたら追い詰めるのが先か、達成するのが先か‥‥そんな可能性もあるよなぁ〜、とか思ってよ」
「さすがに鋭いな、柊」
平手はニヤリとした。
「おめえの妹が観た甦る恐ろしきモノ、そして蘇った獣。こいつらが無関係とは思えねえ。となりゃあ」
平手が突如言葉を切った。
「わかるか」
「ああ」
肯いたのは陽平だ。この男の知覚能力は並みではない。
咄嗟に伏せた冒険者達の眼前、ひらりと白い影が躍った。
●禁域
一方――
龍影、京一朗、宗風、みなもの四人は岩戸山中腹にあるという滝にむかっていた。
宗風が金をつかませて猟師に尋ねたところ、その滝の裏には洞窟があるという。が、誰もその洞窟の中は知らない。その滝そのものが聖域となっているからだ。
「あの辺りは熊がよく出没すると猟師が云っていた。聖域とは、おそらくは安全の為に近寄らせぬよう昔につくりあげられた話だろうが」
京一朗が云った。するとみなもが大きく肯いた。
「修験者が隠れている可能性が高いですね。そこなら生きるに欠かせぬ水も、苦労せずに手に入れる事もできますし」
「そして大型の物も隠せる」
「石押分之子、でございますか」
龍影が、呟いた宗風を見た。が、すぐに彼は眉をひそめ、それにしても、と続けた。
「聞いたところでは、石押分之子は東征の際に温厚に出迎えた神であるらしゅうございます。その点が気になるのですが」
「うん?」
京一朗が足をとめて振り向いた。
「気になる、とは?」
「はい、自信は御座いませぬが‥‥」
龍影は一旦言葉を切り――やがて意を決したように眼をあげた。
「伝承にある石押分之子の印象と今回の事件が、どうにも結びつきませぬ。修験者達は、蘇らせて何かをしようとしているのではなく、何かをさせようとしているのかもしれませぬ」
「何か‥‥」
みなもが繰り返した。その身が怖気に震えている。
多くの生贄を用いて蘇った神。それは血にまみれた神であろう。その血まみれの神が成す事とは一体何だろう。
みなもの思考が一点に集中した。そこに隙が生まれ――
「みなも殿」
龍影が声をかけた。
修験者はすでに新撰組がかかわっている事を知っている。罠がはられていてもおかしくはない。
その刹那の事だ。
「あっ」
みなもの口から絶叫が迸り出た。
●罠
山肌にぽっかりと口をあけた大穴。直径は一丈を超えているだろう。
岩戸の洞。
冒険者達が追う修験者の姿はその穴の中に消えた。
「へっ、当たりだ」
樹陰に身をひそめたクリスティーナが片目を瞑ってみせた。それに対し、陽平はニッと笑みを返す。
「修験者の方からのこのこと出て来てくれるとはな。探す手間が省けたぜ」
陽平が岩戸の洞周辺に視線をはしらせた。
人影はない。他に黄泉返りの姿も。ただ冷えた静けさだけが辺りを重く圧している。
「が、このままじやあ埒があかねえな」
陽平が呟いた。
彼としては浚われた娘達についての情報はもとより、この地の修験者の警戒態勢についても知っておきたいところだが、いかんせん動きがない。このままでは、やがて日が暮れてしまうだろう。
「よし」
陽平が飛び出そうとし――
その腕ががっしと掴まれた。平手だ。
「待て」
「な、何なんだよ、組長」
陽平が口を尖らせた。その前で平手は苦い顔をしている。
「‥‥気にいらねえ」
再びもらした平手の呟きを聞きとがめ、陽平が不審を滲ませた眼をむけた。
「何が気にいらねえってんだよ?」
「簡単すぎる」
「簡単?」
司がはじかれたように岩戸の洞を見た。フレア・カーマインと将門雅の情報を総合しても、修験者がひそんでいるのはここであると思われる。が――
修験者が司達の前に姿を見せた事、その修験者を尾行して岩戸の洞まで来た事。その全てが偶然であろうか。
いや、簡単といえば思い当たる事がある。岩戸神社近くの重い物を引きずった跡。さらには木々の傷。まるで全てが意図されたように岩戸の洞を指し示しているような――
「まさか」
「クリスティーナ」
平手がクリスティーナを呼んだ。
「何だ」
「森の事はおめえが一番詳しい。何かおかしな事はないか」
「そういえば‥‥」
クリスティーナが耳を澄ませた。
「静かだ。‥‥いや、静かすぎる」
「ぬん!」
平手が刃を鞘走らせた。一瞬後、血煙が舞い立ち、羽を断たれた大鴉が地に転げ落ちている。
「罠だ!」
「おお!」
叫び、冒険者達が散った。そして見上げる空。そこに三尺を越える漆黒の凶影が渦を巻いている。
「出たな〜」
柊が不敵に笑った。地に落ちた大鴉が弱った様子もなく蠢いているところからみて、空にある大鴉もまた黄泉返りであろう。
「こらあ蛟でなく、双蛇でいけそうやな」
柊と背を合わせた司の腰から二条の光芒が噴いた。同時に柊の腰からも。
双手あげた二人。司と柊の姿は、まさしく双首の蛇と双翼を広げた白鷺の如し。
刹那、来た。大鴉の襲撃が。
きら、と。四つの光が閃いた。続けて散るのは黒羽の雨。仮初の命は土にと還元された。
さらに、雨。逆向きに降る銀光は続けざまに屍鳥を射抜いていく。クリスティーナだ。
「面白れえ!」
矢を番え、射る。正確無比な彼女のダブルシューティングは芸術の域に達していた。
そして、陽平。風唸らせて、独り。ふるうは御影涼から手放すなと命じられた七支刀。荒ぶる土地神を退けるために作られた霊剣だ。
「鴉如きで 十一番隊が殺れっかよ!」
叫ぶ。オーラパワーを付与した陽平のソニックブームは確実に屍鳥を仕留めていった。
●聖域
ばたり、とみなもが倒れた。その身にはまだ雷気がはしっている。
「みなも殿」
「待て!」
みなもに駆け寄ろうとした龍影を京一朗が制止した。彼のみは結界ある事を警戒し、足元に注意を払っていたのだった。
「らいとにんぐとらっぷだ。迂闊に動くな」
「!」
京一朗の叱咤にうたれたかのように龍影と宗風が足をとめた。
「みなも殿、大丈夫ですか?」
「は、はい」
龍影に問われ、みなもがゆっくりと身を起こした。ぶすぶすと衣服が燻っているが、命には別状はない様子だ。
「それほど深手ではありません」
「では、そこで休んでいろ。ここから先は俺達がいく」
宗風が告げた。その眼が異様な光を放っている。
この時、宗風は察していたのだ。この先に何があるのかを。
そして、ひたりひたりと時が過ぎ――罠を避けた龍影、京一朗、宗風の三人は聖域といわれる滝に行き着いた。いや、正確にはその近くに。
何故なら、そこには奴らがいたからだ。
幾人かの修験者。神盗む者達だ。
滝音を遠く聞き、宗風が囁いた。
「これ以上は近寄れんな。下手に動けば感づかれる」
「ああ」
京一朗が肯いた。
「一人くらい捕らえて口を割らせたいところだが」
「なりませぬ」
龍影がかぶりを振った。
この地を新撰組が探り当てた事を知った時、修験者どもがどのような挙に出るか――それを龍影は懸念したのである。
その時――
龍影、京一朗、宗風の三人は声を聞いた。
人とも獣ともつかぬ、ひしりあげるような哭き声。聞く者の魂すら震わせるような超越的な絶叫だ。
「ああ」
龍影が呻いた。
「神が呼んでいる」