【駿河】牙痕

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月12日〜02月19日

リプレイ公開日:2008年02月20日

●オープニング


 重い溜息を零すと、利助は背の籠を揺すった。
 中にあるのはふきのとうや薺。獲物を求めて森に分け入ったが、とれたのは山菜ばかりだ。
 それでも腹は減り、喉は渇き。利助は水筒に口をつけ――顔を顰めた。
 からっぽだ。
 利助は水筒を振った。しかし、雫一つさえこぼれることはない。
 仕方なく利助は山を下った。届いてくるせせらぎの音が、近くに川があることを示している。
 そして幾許か――
 利助は足はとめた。やや下方、ゆったりとした水の流れが見えている。
「ふう」
 息をつくと利助は川原におりた。ごとりと転がっている石を踏みながら川水に近寄る。
「美味そうだ」
 呟くと、利助はまず水を手ですくい、口に運んだ。冷たい水が乾いた喉に心地よい。
 人心地がつくと、ようやく利助は水筒を取り出した。そして水筒の口を川面に近づけ――
 その時、ふと利助は何かが流れて来る事に気づいた。
 最初、利助はそれを木切れかと思った。が、よく見るとそうではない。
 もっと別の何か。よく知っている何か。
 それの正体を悟った時、利助の口を押し開いて呻きがもれた。


「‥‥千切れた腕が流れて来て、その近くで父の遺体が見つかりました」
 村長である甚兵衛の娘、菜摘が震える声をもらした。
「とはいえ体中噛み裂かれ、顔すら判別できぬ有様。衣服がなくば、とても父とはわからなかったでしょう」
「ふむ」
 白隠は頷いた。
「それは酷い事であった。で、下手人の見当は?」
「お役人様のお調べでは刀傷のようなものはなく、おそらくは狼にでも襲われ、噛み殺されたのであろうと」
 一旦言葉を切り、すぐに菜摘は唇を噛んで眼をあげた。
「けれど、あの辺りには狼が出たという話はついぞなく。私にはとても狼の仕業とは思えません。では山犬では、という者もおりましたが‥‥」
「ふうむ」
 白隠が腕を組んで唸った。
 常識的に考えれば役人の云う事は正しい。人為的な傷がなく、なおかつ獣の噛み跡がある以上、その獣に殺害されたというのが順当な判断である。
 が、白隠は娘の涙を信じた。そして腕を解き、菜摘の肩にそっと手をおいたのであった。
「冒険者という者達を知っておるか」
 白隠は問うた。

●今回の参加者

 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3534 平山 弥一郎(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4802 カーラ・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5093 アトゥイチカプ(27歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb8219 瀞 蓮(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

琳 思兼(ea8634)/ 小野 麻鳥(eb1833)/ 所所楽 柚(eb2886

●リプレイ本文

●警告
「顔も判別出来ない程の姿‥さぞ辛かったでしょう」
 痛ましげに呟き、エルフのクレリックであるリュー・スノウ(ea7242)は睫を伏せた。月光で編んだかのような白銀色の髪がさらりと揺れ、胸元にたれる。
 もし愛する旦那様が同じ目にあわされたら、私はどうするだろう。リューは、駿河にむかったはずの恋人の面影を瞼に描いた。すると胸がきりきりと疼いた。
 そしてもう一人の聖職者――リューを月と形容するなら、こちらは太陽とでも形容したい黄金の髪の持ち主、カーラ・オレアリス(eb4802)の胸には別の面影が宿っている。
 源徳信康。かつて江戸留守居役をつとめた源徳家康の嫡男だ。
 切腹の運命を逃れ、信康は今駿河にいるはずであった。この寒空の下、果たして悲運の男は何を思っているのであろう。
「駿河も物騒よね。少しでもお役に立てることがあれば良いのだけれど」
「何とかなるのではございませぬか」
 ニヒッ、と桐乃森心(eb3897)が笑った。そして、その円らな瞳で皆を見回す。
 リューとカーラを除く四人の冒険者。
 一人は菩薩のように落ち着いた物腰の女性で、名を観空小夜(ea6201)。聞けば御守衆の長であるという。
 そうと知り、心はなるほどと肯いた。小夜という女性の落ち着きぶり、またはその身から漂う威厳ともいうべき気高さは只事ではない。
 もう一人。名は平山弥一郎(eb3534)。優しげな侍だ。
 が、この弥一郎という男、単なる優男ではない。その機敏さ、豪胆なる事は、先の駿河依頼で心はしかと確かめている。
 さらに、三人目。アトゥイチカプ(eb5093)というパラの若者であるが、心は彼の事は知らぬ。
 が、会ってみて驚いた。小柄の心よりもさらに背丈の低いアトゥイチカプであるのに、その身から放射される精気の凄絶さはどうであろう。まるで若い狼と相対しているようだ。
 そして最後の一人。女性だ。瀞蓮(eb8219)という名から察するに、華仙教大国の出であろう。武道家というふれこみであるが、とても外見からはそうは見えない。
 愛くるしいともいえる相貌、そしてたわわな乳房。武道家というよりも、むしろ舞踏家――事実、瀞蓮は舞いを生業としているのだが――に見える。
 が、忍びたる心は見抜いている。瀞蓮の挙措に秘められた獰猛さを。いざ戦いの場に臨んだ場合、瀞蓮は瞬時にして猛禽へと変化してのけるだろう。
「これほどの面々が揃っているのですから」
「そうだぜ」
 親指で鼻をはじき、アトゥイチカプはニッと笑った。そしてバックパックを背負う。
「移動は草履で足並み合わせ。テントは背中、使用は女性優先、と。‥‥うん?」
 アトゥイチカプはカーラの手荷物を覗き込み、眉根を寄せた。
「韋駄天の草履を持っていないようだが」
「私はいいのです」
 カーラが答えた。
「海路で行く事にします」
「海路?」
 怪訝そうに瀞蓮が顔をむけた。
「何かあるのか?」
「あの‥‥源徳家の手配を受けておりますので」
「源徳家の手配? ‥‥あっ」
 さしも物に動ぜぬはずの小夜が息をひいた。
 彼女は聞いた事があったのだ。柳生十兵衛と共に信康をひっさらい、源徳と平織の同盟を叩き潰した冒険者がおり、その冒険者に対して源徳家康が手配をかけたという噂を。
「では、カーラさんがあの冒険者の一人でありましたか」
「はい」
 カーラが微笑みながら肯いた。
 それをやや驚いた眼で見つめ、しかしすぐにアトゥイチカプはうーんと唸った。
「そうなると野営の場合の火の番も考えなおさなくちゃならない。冬場は山の獲物が減るだろうから獣とかにも用心しないといけないしな。あっ」
 何を思いついたか、アトゥイチカプは眼を見開いた。そして仲間を見回し、
「‥‥て考えると、人里近くまで狼達が移動してきてても、そう妙じゃない訳か」
「ああ」
 小野麻鳥が顔を仰のかせた。そして、
「が、それが狙いであったなら、どうする?」
 と問うた。
「狙い、だと?」
「そうです」
 麻鳥に代わり、弥一郎が答えた。そして我らの一族は、と続けた。
「一見獣と見紛う業を成す魔物と遭遇した事が何度もあります。おまけに彼の地は聖と魔が渦巻く駿河。獣による襲撃と見るのは早計でしょう」
「ふむ」
 腕を組み、瀞蓮が考えに沈んだ。ややあって眼を上げると、
「確かに狼ではないと云い切る根拠もないが‥‥何を見たわけでもないわしらが、その娘の言を否定する根拠もまたない、な」
「そういえば」
 はっとしたように小夜が眼を見開いた。
「獣という言葉で思い出したのですが、先日白隠様を襲ったモノは確か漆黒の獣ではありませんでしたか」
「ええ」
 カーラが肯いた。そして首を傾げつつ、
「私も目撃しましたが‥‥あれは黒豹ですね。しかし、このじゃぱんに黒豹はいないはず」
「しかし現に存在し、おまけに人語すら使った‥‥琳さん」
「何じゃな」
 知的な面差しの、エルフの男性が顔をあげた。小夜とは旧知の間柄であり、また同じ御守衆でもある琳思兼である。
「教えていただきたい事があるのですが」
 丁重な口調で小夜が云った。琳は言守といい、御守の中では上でも下でもない特殊な存在故、長である小夜の態度も自然と丁寧なものとなる。小夜は続けて、
「東洋の妖しの中に、黒豹の姿をとるモノはいるのでしょうか」
「黒豹か」
 言葉を切ると、記憶をまさぐるかのように眼を閉じ――ややあって琳は眼を開いた。
「ほんの一握りの事しか分かりませぬが‥‥そのようなモノは存在せぬ、かと」
「存在せぬ? しかし」
「小夜さん」
 鈴の鳴るような声がし――純白の娘の姿を見出し、小夜の眼が輝いた。
「柚さん。来てくれたのですね」
「はい」
「助かります」
 小夜が微笑んだ。
 先日、小夜は柚――所所楽柚と共に馬頭鬼を滅する為に奥州近くまで赴いた事があった。その折、彼女は柚が発動させたフォーノリッヂの手並みを目撃したのである。そして、ひどく感心した。その手並みの鮮やかさに。故に此度も助力を得るべく、来訪を懇願したのであった。
「では、お願いできますか」
「はい」
 肯いた柚はおもむろに印を組み始めた。そして数瞬――
 柚はやや青ざめた顔をあげた。
「見えました。漆黒の獣――黒豹が初老の男性を襲っているところが」
「初老の男性?」
 アトゥイチカプが眉をひそめた。
「じゃあ、また人が殺されるってわけかよ‥‥って、新しい村長ってもう決まってるのか?」
「いいえ」
 リューがかぶりを振った。
「それは確かめてはおりませんが‥‥その事も含め、菜摘さんには話を聞いておいた方が良いでしょうね。よもやと思うのですが、此度の事、人の手がかかわっているのやもしれませぬ」
「人の手って‥‥陰謀だってのか?」
「それは――しかし、もし人の手が関わっていると仮定するなら‥‥即ち残る獣の噛み傷が示すは、其れを自在に操る者が在る事を示しているのではありますまいか」
「操る者、ですか」
 心がニンマリした。
「案外、大物がかかるやもしれぬな」
 瀞蓮が云った。彼女の武道家としての、危険に対する予知ともいうべき勘が告げている。魔性の襲来を。
 すると、その瀞蓮の言葉を耳にした麻鳥の口元に謎めいた笑みが浮かんだ。
「駿河故に、な」

●誓い
 山裾に並ぶ家が見える。かなり大きな村のようだ。
 空は蒼い。小夜のウェザーコントロールによるものである。
 街道で立ち止まり、リューは一人黙祷した。
(さぞ恐ろしく‥心残りも御座いましたでしょう。菜摘さんの願い果たすべく努めさせて頂きます)
 心中に誓う。静かに、そして熱く。
 リューは眼を開くと、仲間を見渡した。
「私はこれから現場にむかいたいと思います」
「では、わしも」
 瀞蓮が進み出た。
「何が潜んでおるのかしれぬ。女子だけは心許無いじゃろう」
 瀞蓮が云った。すると弥一郎は苦笑し――瀞蓮の端倪すべからざる技量の冴えは、馬頭鬼退治の折に垣間見ている。確かに彼女を女子の範疇に入れるのは間違いだ――私も同道すると告げた。

 その頃、カーラはまだ海上にいた。海馬であるあかたま01.14の背に乗って。源徳家につながる小田原藩を避ける為に。
 そのカーラは――
 猛烈な発熱に苦しんでいた。
 季節はまさに冬。この寒空の下、ずぶ濡れになりながら海をゆくのである。風邪をひかぬ方がおかしい。
「こほっ」
 咳き込みつつ、しかしカーラの眼はひたすら深蒼い水平線を見つめていた。

●川原捜索
 きらきらと陽の光をはね、緩やかに水が流れている。
 高瀬川。
 村の主流で、甚兵衛の遺体が発見された川だ。
 その川原に弥一郎は立ち、川面を見渡していた。
 役人に訊いたところ、端から獣の仕業と決めてかかっている彼らからはたいして情報は得られず。また被害者の遺体はすでに荼毘にふされている為、そちらからも確かめようがない。よって下手人の輪郭を掴むには、何らかの痕跡が残されているはずの地を調べるしかないのであった。
「‥‥どうやら、襲撃場所はここではないようですね」
 弥一郎が云った。小石の転がる川原に、何者かが争ったような異変の跡はない。
 しかしリューはまだ納得できぬ様子であった。
 そこでリューは川原に生えた木々の根元を調べ始めた。そこならば人の足に消される事なく痕跡が残されているかもしれぬと。
 が――
 幾許か後、リューもまた弥一郎の意見に同意せざるを得なくなった。眼を皿のようにして捜索してみても、遺体発見の地に下手人につながるものは何もなく。
 肩を竦めつつ、瀞蓮が上流に眼をむけた。
「やはり襲われたのは上流のようじゃのう」
 気が急くが、と苦く笑い、瀞蓮は溜息を零した。
「とはいえ、わしらのみにて勝手に動くわけにはいくまいのう」

●浮上
「‥‥じゃあ隣村にむかったってのか?」
 アトゥイチカプの問いに、菜摘はこくりと肯いた。
「土砂降りの夕刻でございました。しかし用があるからと嘉兵衛様のところに」
「嘉兵衛?」
「はい。隣村の村長です」
「村長‥‥」
 アトゥイチカプは眉をひそめ、
「見つかったのが村から離れてっから、何か足を向けた訳があったとは思ったが‥‥で、わざわざ出向いた用ってのは?」
「わかりません」
 菜摘はかぶりを振った。
「父は何も話してくれませんでしたから」
「けど、菜摘さんは何かひっかかってるって事だよな」
 アトゥイチカプが云った。そして湖を思わせる、澄んだ蒼の瞳で菜摘を見つめる。
 はっと菜摘はと胸を衝かれた。
 それはアトゥイチカプの指摘によるものだけではない。彼の瞳にひきこまれそうになったからだ。何と綺麗な眼の若者であろう。
「それは」
 言葉をにごす菜摘であるが。心が童子のような笑みで覗き込んだ。
「何故白隠様にご相談されたのか‥‥良く考えてみてください。お父様が何者かに狙われる理由、かすかでも心当たりなど御座いましたら」
「それは」
 再び繰り返し――菜摘は心とアトゥイチカプの顔を交互に見た。共に優しい眼をしている。何故か心が溶ける心地がし、菜摘は躊躇いを振り払った。
「父は‥‥何かを恐れていたようでございました」
「何か?」
 心は眼を眇めた。そして、
「その何か、について心当たりは?」
 と問うた。が、菜摘は首を振るばかり。ただ、猫をひどく恐れていたと菜摘は付け加えた。
「猫?」
 心の眼がきらりと光った。
 白隠を襲った黒豹。その変化前の姿は猫ではなかったか。それでは、やはり――
 心が問うた。
「もう一つだけ。有力者‥‥いや、お父様が亡くなられて、次の村長は誰に?」
「将来私が婿をとり、その方が村長を継ぐのでしょうが‥‥それまでは叔父が村をとりまとめる事になるかと思います」
「叔父様が、ね」
 心がニコリと微笑んだ。それは天使のように美しく、そして冷酷に見えた。 

●理由
(人ならざる者の手によって人生を絶たれてしまったのですね)
 悲しみは胸に、怒りをあわせた両手の間に燃え立たせ、小夜は甚兵衛の墓前で立ち上がった。そして案内してくれた猪助という老人を振り返った。
「甚兵衛さんが隣村を訪ねられた理由、猪助さんには心当たりはあるのですか」
「じーざす教の事ではないかと」
「じーざす教?」
「はい。村長は、近頃広まりはじめたじーざす教に何か不穏なものを感じておられたようで」
「ほう」
 小夜の眼が刃のようにすっと細められた。
 獣、そしてジーザス教。今、点と点は線になりつつあった。

●魔性の刻
「ここか」
 川原に立ち、瀞蓮は周囲を見回した。
 高瀬川上流。目の前には緩やかに水流るる川が、そして右方やや離れたところに橋が見えている。
 その橋は隣村との途中にあり、そこを渡らなければ隣村にはゆけぬ。もし襲撃されたのなら、おそらくはその橋の上であろう。
「雨とは不運でしたね」
 弥一郎は嘆声をもらした。うちふる雨は殺害の痕跡を洗い流し、一切の証拠となるものを消滅しさっているであろう。
「で、その叔父さんとやらは?」
 弥一郎が問うた。すると心は苦く笑いつつ、かぶりを振った。
「我々が村を訪れると、すぐに外出されたようで会えませんでした」
「何かありそうですね」
 云いながら、リューは橋近くの木々の根元を調べていた。
 土砂降りの雨の中、甚兵衛が自ら川原におりたとは考えにくい。ならば襲われたのは橋近辺。殺害された後、川に投げ込まれたか落ちるかしたと見るのが順当なところであろう。
 では、襲撃者はどこから来たか。獣なれば森の中からに違いない。
「山に異変はないのですね」
「ええ」
 小夜が答えた。山に詳しい猪助によると、別段山や山の動物におかしな様子はないという。
「じゃあ、やはり黒豹かよ」
 頭を掻きながらアトゥイチカプもまた地の痕跡を追う。が、見つからぬ。一向に。
「おかしい。これじゃまるで‥‥」
 アトゥイチカプが言葉を飲み込んだ。その傍ら、小夜は空を見上げている。
 魔の刻。すでに闇と影は分かちがたくなりつつある。
(長引く戦乱の空気が、新たな魔物を呼び込んでいるのでしょうか)
 小夜は思った。それは真実であり、そして真実ではなかった。

●結界
 黄昏の黄金光は薄れ、すでに闇がおりていた。
 甚兵衛宅。まだ冒険者達は戻らぬ。
 ふと不安にかられ、菜摘は庭におりたった。そして周囲を見回す。そしてほっと息をついた。猫の姿が見られなかったからだ。
 その時――
 虫の知らせか、はっと菜摘は顔をあげた。
 その眼に飛び込んで来た物がある。数枚の屋根瓦だ。
 声もあげえず、菜摘は立ちすくんだ。その頭蓋に、まさに屋根瓦は落下しつつある。直撃すれば死は免れないだろう。
 直後――
 がちゃりと屋根瓦は衝撃に砕けた。菜摘の頭蓋にぶつかって――否。地に落ちて。
 呆然と地に伏した菜摘は見た。彼女を突き飛ばし、屋根瓦の一撃から救ってくれた娘を。
「大丈夫ですか」
 発熱の為にホーリーフィールドの高速詠唱は無理、と判断した娘が、咳き込みつつ微笑んだ。
 それは娘――八人目の冒険者であるカーラ来訪の瞬間であった。