【駿河】魔教
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 48 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:08月06日〜08月13日
リプレイ公開日:2008年08月21日
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●オープニング
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菜摘はぼうと佇んでいた。額から流れ落ちる汗にも気づかず。
その菜摘の前では建築工事が行われていた。かなりの規模である。
ジーザス教教会。エウセビオ神父の布教の要となるものであった。
「モウスグデスネ」
声がした。
はっとして振り向いた菜摘は、そこに当のエウセビオ神父の姿を見出して身を強張らせた。
「し、神父様」
「フフ」
神父が慈父の如き微笑を浮かべた。
その時、菜摘はエウセビオ神父の隣に立つ三十歳ほどの男の姿を見出した。
知らぬ顔ではない。先日亡くなった叔父の又兵衛の息子、庄吉だ。
エウセビオは庄吉をちらりと見遣ると、
「モウスグ教会ガデキマス。コレモ庄吉サンのオカゲデス」
「い、いいえ」
庄吉がかぶりを振った。
その眼にいいしれぬ恐怖の色を見とめ、菜摘は眉をひそめた。父の死が神の怒りに触れたなどとエウセビオに脅されている事実は、さすがにこの時の菜摘には知りえようはずもない。
「菜摘」
庄吉が菜摘の前に立った。
「お前の婿取りの話はどうなっている? 話がすすまぬようなら、俺に村長を譲れ。村長がおらぬでは、なかなか決め事もできぬからな」
「それは‥‥」
菜摘は言葉を失った。
婿の話は、はきり云えば出鱈目だ。それに冒険者があわせてくれただけに過ぎない。婿の話が嘘である以上、時を稼ぐにも限りがある。
「菜摘」
庄吉が手をのばし、菜摘のそれをがっしと掴んだ。
「な、何を――」
「菜摘」
庄吉が菜摘を引き寄せた。そして菜摘の顔に、自身のそれを近づける。血筋のからついた庄吉の眼は欲望に濡れ光っていた。
「俺をお前を前から好いていた。どうだ。江戸者の事など忘れて、俺の妻とならぬか」
「ば」
かな、と菜摘が叫ぼうとした時だ。掠れた声が響いた。
「菜摘、庄吉ノモノトナレ」
刹那だ。菜摘の顔から嫌悪の色が失せた。
どころではない。菜摘の方から庄吉に身をすりよせていった。
そうと知り、庄吉は菜摘の蕾のような唇に貪りついた。そして菜摘を押し倒し――
見下ろすエウセビオの口の端が鎌のように吊り上がった。
菜摘は夜具の上に起き直った。その顔色は紙のように白い。
十日ほど前、菜摘は庄吉に抱かれた。気がつけば庄吉が菜摘にのしかかっていたのだ。
慌てて庄吉をはねとばし、逃れて家に駆け戻り――それ以来、庄吉とは会っていない。エウセビオとも。あの二人とは会いたくなかった。
そして三日ほど前から、菜摘は体調の異変を感じ取っていた。身体がだるくてしようがないのだ。まるで何かに蝕まれているかのように。
蛇が身体の奥でとぐろを巻き、毒を撒き散らせている。――そのように菜摘は幻視した。
そして菜摘は直感した。これはエウセビオ神父の仕業だと。
が、そうと知っても菜摘にはどうする事もできぬ。何の証拠も無しにあのエウセビオを糾弾したとて、いったい誰が信用するだろうか。村を実質的に牛耳っているのは庄吉であるのだから。
惑乱と恐怖に掴まれ、菜摘は身を震わせた。この村で自分は一人ぼっちだ。味方は誰もいない。
その時、天啓のようにある考えが菜摘の頭に閃いた。
いる。私には、まだ味方が。彼らなら、きっと――
菜摘の眼に希望の光が輝いた。
その数日後の事である。
江戸の冒険者ギルドに依頼が出された。
助けて。
依頼書には、そう書かれてあった。
●リプレイ本文
●
東海道を飛ぶように馳せ上る影は七つあった。
観空小夜(ea6201)、リュー・スノウ(ea7242)、フィーネ・オレアリス(eb3529)、平山弥一郎(eb3534)、桐乃森心(eb3897)、アトゥイチカプ(eb5093)、瀞蓮(eb8219)の七人である。
その内の一人、小夜の指には石の中の蝶なる指輪が光っていた。
人の笑顔を取り戻すは我らが祈願。
指輪を託してくれた風長の義弟――陸潤信の言葉は、今、小夜の胸に深く刻まれている。
その傍らでは、フィーネが彫刻的な相貌にある決意を漲らせていた。
彼女は叔母の代わりにこの依頼を受けたのであったが、その叔母は最後まで菜摘の面倒をみる事ができなかった事をしきりに悔いていた。その想いに応える為にも、フィーネは命を賭してでも菜摘を守るつもりであったのだ。
「どうにも後手じゃのう」
瀞蓮がごちた。
「悪巧みは悪鬼の得意とするところ。化かし合いは不利なのかも知れぬな」
「かもしれないが」
アトゥイチカプは足を速めた。
「それでも俺は剣になる。菜摘さんを守る剣に、な」
アトゥイチカプの眼が青く燃え上がった。
七人の冒険者の頭上、蒼空をゆく一つの影があった。
鷲と獅子の体躯を持つ獣。グリフォンである。
そのグリフォンに、一人の長身の男が跨っていた。八人目の冒険者、アンドリー・フィルス(ec0129)である。
パラディン――阿修羅神に帰依し、強靭優秀たる騎士である彼の黒瞳は、まるで猛禽のそれのようにひたすら遥か虚空を見つめていた。
「居た堪れない話だが、諦めはしない、救ってみせる」
アンドリーは呟いた。
●
リューは愕然とし、その磁器のように白い肌をさらに白くさせた。
駿河に到着した七人の冒険者のうち、五人の冒険者が菜摘宅へむかったのだが、出迎えた菜摘の様子が異様であったのだ。
顔色が死人のような土気色をしている。頬はこけ、その眼からは溌剌とした生気は消えうせていた。
その時、菜摘の眼からぽろぽろと涙が零れ落ちた。冒険者と再会し、緊張の糸が切れたのであろう。
フィーネがそっと菜摘を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
声をかけると、小夜は漣のような声音で呪言を唱した。
そして一息、二息‥‥
ほっと菜摘が吐息をついた。彼女の胸を締めつけるように縛っていた恐怖が解けていく――
それから半刻ほど後の事であろうか。小夜のメンタルリカバーにより落ち着きを取り戻した菜摘から事情を聞いた冒険者の内、アトゥイチカプが怒りに身を震わせた。
「庄吉の野郎‥‥」
「アトゥイチカプさん」
弥一郎が制した。
「しかし平山さん、あんたはむかつかないのかよ」
「これがむかついていないように見えますか」
弥一郎が云った。
その面には菩薩めいた微笑がういている。が、その眼にやどる光の何たる凄絶さか。アトゥイチカプほどの男が背筋を凍りつかせた。
と――
リューは、フィーネがうかぬ顔をしている事に気づいた。
「どうかしたのですか」
「それが‥‥」
フィーネはそっと菜摘の様子を窺った。
「何かの呪いであるのかもしれません」
フィーネの身が白光に包まれた。
次の瞬間である。巨大な神聖力が虚空を震わせた。それは闇の呪力を分解するものだ。
が――
変化はない。菜摘はやつれたままだ。
「声がしたとおっしゃられましたね」
「はい」
菜摘がこくりとした。
「庄吉のものとなれ、と。すると勝手に身体が‥‥」
菜摘が面を伏せた。嫌悪と恐怖が蘇ったのであろう。
「嫌な事を思い出させてしまったごめんなさい。でも、もう一つだけ思い出してもらい事があるのです」
フィーネは菜摘の手をとると、
「その声は誰のものだかわかりますか」
「いいえ」
「そうですか」
フィーネが肩を落とした。
ひょっとして声がエウセビオ神父のものであると菜摘が確認してはいないかと思ったのだ。そうであれば神父を追い詰める手札とする事ができたのだが。
「ちょっとどいてくれ」
フィーネをおしのけた者がいる。アトゥイチカプだ。
「ゆこう」
アトゥイチカプが手を差し出した。その手を菜摘は呆然と見つめ、
「ど、どこへ?」
「庄吉のところへさ」
「えっ」
今度こそ菜摘は息をひいた。
どういうわけだか菜摘は、この自身の背の高さにも満たぬパラの若者に好意をもっていた。それは身を挺して彼女を守ってくれた事にも起因するのだが――ともかく、その好ましい若者が残酷ともいえる行為に出た理由がわからなかったのだ。
「辛い事はわかってる」
アトゥイチカプは云った。
「だからこそ逃げちゃいけない。明日を生きる為に。前と同じだ。俺達が傍に居る」
アトゥイチカプは手をずいとのばした。
その手に傷が一つある。黒豹の牙から菜摘を守った際につけられたものだ。
「わたし‥‥」
菜摘が手をのばした。そしてアトゥイチカプのそれをぎゅっと握り締めた。
●
まるで闇が凝ったような黒い毛並みの猫が、ぴたりと足をとめた。そして黄金色の眼をちらりと動かした。
その先に、五尺にも満たぬ人影があった。薄汚れた身形からして、どうやら浮浪の子供であるらしい。
興味を失ったか、すぐに黒猫は手近の木をするすると上ると、一軒の家の屋根上にむかって飛びついた。
座敷らしい部屋の中央に、一人の男が座していた。
二十代後半の年頃。庄吉である。
「庄吉」
掠れた声がした。
「神ノ敵ガ菜摘ノトコロニ来テイル。始末スルノダ」
「承知しました」
肯き、立ち上がると庄吉は玄関にむかった。
と――
玄関を出たところで、庄吉の足がとまった。
その眼前に四つの人影が立ちはだかるように立っていた。それは――
呼び止める声に、徹吉が振り返った。
小動物思わせる眼に微かな光がともる。声の主を豊かな肢体をもつ美しい女と見とめた故だ。
「あ、あんたは――」
「快楽を説くというジーザスの教え、わしも興味がある」
云うと、女――瀞蓮は妖しく微笑った。
●
「何だ、お前らは?」
「冒険者だ」
菜摘の傍らに立つアトゥイチカプが答えた。
「神の敵か」
「悪魔に唆されたのですね」
フィーネが痛ましげに呟いた。が、庄吉は嘲笑った。
「お前達こそ悪魔の使いのくせに」
「ふむ」
アンドリーが首を傾げた。彼は先ほどからフーシャンを試みているのだが、庄吉の様子に変化は見受けられない。
「本当に神の使徒と信じているのか。憐れな」
アンドリーの手がすっとのびた。そして庄吉の肩をがっしと掴んだ。
「庄吉。神の使いと信じているようだが、あの神父がお前の父を殺したとしてもまだそんな事をいえるのか!」
「な――」
庄吉は愕然と眼を見開き――しかし、すぐに彼の面を嘲りの色がよぎった。
「何を云いだのかと思えば‥‥親父殺したのが神父様だと? ふざけるな。親父が死んだのは神の怒りに触れたからだ」
「馬鹿野郎!」
アトゥイチカプが拳を庄吉の頬に叩き込んだ。かなり手加減したものだが、それでも文字通り庄吉は吹き飛んでいる。
ややあってよろよろと半身を起こした庄吉の眼前に一枚の紙片がひらりと落ちた。
「こいつは冒険者の名を騙って嘉兵衛さんに出された文だ。確かめてみろよ。筆跡が誰のものか」
「な、なにを――うっ」
文に眼をおとした庄吉が息をつまらせた。
達筆だが癖のある字。確かに見覚えがある。それは父である又兵衛の――それでは!
「神の怒りに触れたとかじゃねえ。利用されて捨てられた‥‥結局そういう事だろ」
告げるアトゥイチカプの声音は不思議と静かであった。
「手前の親父をそんな目にあわせた奴等に同じ様に使われて、最後に待つのも同じ道だ。それでいいのかよ? 俺達が居る今が最後の機会かもしれないんだぜ、助かるには」
「勇気をもつのだ。そうすれば自ずと真実は何処にあるかがわかるはず」
アンドリーが告げた。
「お、俺は――」
震える声をもらしつつ、顔をあげた庄吉は見た。 さしだされた菜摘の手を。
「わたしにも、こうやって勇気を与えてくれた手がありました。だから、今度はわたしの番」
菜摘がにこりと微笑み、庄吉はがくりと肩をおとした。
「あ」
瀞蓮の口から喘ぐ声がもれた。その声をとめるかのように徹吉の口が彼女の唇を塞いだ。手は胸元からさしいれ、瀞蓮の胸を揉みしだいている。
「どうじゃな? 奥方より滾るかの?」
「そ、そりゃあ、あんたの方がずっと――」
答えかけて、徹吉の声がとまった。
彼の眼は、彼をじっと見つめている瀞蓮のそれにむけられていた。
瀞蓮の瞳は限りなく澄んでいた。それは鏡の如く徹吉の顔を映し出している。
欲望に爛れた顔をしていた。獣のような顔だ。徹吉は、己の顔がそんなに醜いものであるとは思ってもみなかった。
徹吉には一人の子供があった。娘で、まだ赤ん坊だ。
――それでは、俺はこんな顔で娘を抱いていたのか。
徹吉の全身から急速に劣情の熱が去っていくのに気づき、瀞蓮が立ち上がった。
「眼が覚めたようだの。ならばゆけ。愛する者のもとへ」
屋根の上に、むくりと小さな黒い影がわいた。黒猫だ。
黒猫は人間めいた仕草で口を歪めると向きを変え――身を凍結させた。
黒猫の眼前に、子供のような影が立っている。先ほど見た浮浪の子供だ。
にゃあ。
黒猫が鳴いた。
「無駄でございますよ」
浮浪の子――心がニッと笑った。
刹那だ。黒猫が空に飛んだ。一瞬のうちに、その姿は蝙蝠の羽もつ黒豹へと変じている。
「フィーネ様!」
「はい!」
答える声は下からした。が、かまわず黒豹の姿は遠くなる。フィーネのコアギュレイトの効果範囲外へと逃れたのだ。
空に穿たれた黒点へと変じた黒影を見つめつつ、心はおどけたように肩を竦めてみせた。
「逃がしましたか」
●
穏やかな微笑をうかべた若者が立っていた。
異人だ。 建立されつつある教会の前である。彼の前には数十もの村人の姿があった。
若者は村人を見渡すと、口を開いた。やや片言のジャパン語で語り出したのは神の愛についてである。
そして――
その若者をじっと見つめている者があった。弥一郎である。
彼は昼過ぎにここを訪れ、教会内部を見ようとしたのだが、工事中であるという事で果たせず、そのまま教会前に佇んでいたのであった。
と――
突然、弥一郎の眠るかの如き表情が動いた。若者の声がやんだ事に気づいたのだ。
若者の前に、新たに現れた八つの影。菜摘を含めた冒険者達だ。
若者がにこやかに眼をむけた。
「貴方達は?」
「お久しぶりですね、エウセビオ神父様」
小夜が歩み寄っていった。
「覚えておいでですか、又兵衛様が亡くなられた時の事を。この地には魔物が居りまする。この宗教に関わり邪魔になった者を葬るモノが」
「何ヲオッシャッテオラレルノデスカ、貴方ハ?」
エウセビオの眼が薄く底光りしだした。
と、その前に進み出た者がいる。白麗たる美身。リューだ。
「皆様」
リューが村人にむかって口を開いた。エウセビオは身動ぎしたが、それまでだ。傍らには弥一郎。その身から放散される氷の如き殺気によってエウセビオの身は凍結されている。
弥一郎に会釈すると、リューは続けた。
「お聞きください。白は総てへの慈しみ、黒は困難を乗り越える意志‥其が真なるジーザスの教え。日々の辛さから逃れる為の悦楽というような容易な道を説く信仰が正しき存在である筈がありません」
言葉を切ると、リューは村人を見回した。咳き一つない静寂が辺りをつつんでいる。
リューはさらに続けた。
「快楽に何が残せましょう。愛していた家族や土地を捨ててまで求めるに値する物など何処にも御座いません。慎ましくとも温かな、大切な者が其処に有る‥愛おしさを僅かでも思い出しください」
「神父様」
頃合は良しと小夜はエウセビオに歩み寄った。そして指にはめた指輪を示した。
「この指輪は悪魔の存在を感知し、蝶の羽ばたきによって知らせるのです」
小夜が云った。その言葉通り、指輪にはめられた石の中で蝶が羽ばたいている。
「魔物を住ませていますね、神父様」
小夜が切れ長の眼でエウセビオを見た。するとフィーネもまた七徳の花弁で作った首飾りをエウセビオに突きつけた。七徳の花弁とは退魔の力をおびた呪具で、触れさせる事で悪魔に傷を負わせる事ができる。そして――
まさしくエウセビオは身を退かせた。
勝った。冒険者の誰もがそう思った。
が――
エウセビオが笑っている!
刹那だ。黒い巨大な影がエウセビオを薙いで過ぎた。それは空で反転すると、冒険者達の上空で滞空した。
「悪魔ダ!」
エウセビオの口から叫びが迸り出た。そして冒険者の頭上に舞うモノを指し示した。
それは開翼十尺を遥かに超える巨躯の禿鷹であった。血に濡れたような眼で村人達を睥睨している様は、まるで冒険者達を守護しているかのようだ。
「コノ者達ハ悪魔ノ使者デス。ダカラ悪魔ヲ使ッテ私を襲ッタ。意味モナイ指輪ヤ花ナドデ私を陥レヨウトシテイルノデス」
「な――」
抗弁しようとしてフィーネは言葉に詰まった。確かに石の中の蝶や七徳の花弁には証拠能力はない。
「悪魔ヨ、疾く去れ!
エウセビオが叫んだ。
刹那だ。巨大獰悪な禿鷹が苦しそうに呻いた。
「サア、皆サン。悪魔ハ私ガ抑エマシタ。残リノ神ノ敵ヲ斃スノデス!」
「おお」
村人達が立ち上がった。そして冒険者達ににじり寄る。冒険者達の面を絶望がどす黒く染めた。
その時だ。
「待て!」
叫びが響いた。それにうたれたかのように村人達の歩みがとまる。はっと振り向けられた彼らの視線の先――庄吉の姿があった。
「この人達の云っている事は本当だ。俺は知っている。嘉兵衛さんを、そして親父を殺したのも、そこの神父の仕業だ!」
「チッ」
エウセビオが口を歪めた。
刹那疾る弥一郎の豪剣。空間を斬り裂いた刃は確かにエウセビオの面上に亀裂を刻み――エウセビオの姿が消失した。
「オノレ、俺ノ顔ヲヨクモ――」
呪詛は何もない虚空から聞こえた。
と――
突然の羽ばたきの音が、茫然自失の状態であった人々の意識を覚醒させた。禿鷹が飛び去りつつある。
さらに――
矢のように禿鷹を追う別の影があった。フィーネのレジストデビルを施されたグリフォン――ガルーダを駆るアンドリーだ。
「逃さぬ!」
咆哮が轟き、ブレイブランスが閃いた。そして二閃、三閃。
落下する禿鷹の姿は、途中の空で溶けて消えた。
●
八つの影が遠ざかりつつあった。村を去る冒険者達だ。
が、その姿が滲んで良く見えない。溢れる涙の為である。
菜摘は涙を拭った。
「どうやら村は救われたようじゃの」
「白隠様」
声に、驚いて菜摘が振り返った。彼女は白隠の顔を知っていたのだ。
「どうして村に」
「冒険者――渡部夕凪という者から文が届いたのじゃ。菜摘さんには常に添う相手が必要だ、とな」
「えっ」
菜摘は頬を染めて、白隠の背後に立つ若者に眼をむけた。
頃は夏。染み入るような青い空に、真っ白な雲がうかんでいた。