【鳳凰伝】上洛
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:21 G 72 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月17日〜12月02日
リプレイ公開日:2009年12月03日
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●オープニング
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金色の陽光が降り注いでいる。
その陽光により織り成されたような美しい若者がいた。北条早雲である。
その手には一振りの剣が握られていた。
神々しいばかりに優美な剣だ。早雲は剣を袈裟に振り下ろした。
風鳴りの音すら聞こえない。鏡面のごとき滑らかな剣身は空間すら断ち切れそうであった。
「それがあれか。クサナギか」
問うたのは不敵な面構えの若者だ。風魔一族頭領、風魔小太郎である。早雲は肯いた。
「ああ。その昔、日本武尊――つまりは俺がもっていたという魔剣だ」
「魔剣ねえ。本物なのか。偽者のなまくらなんじゃねえのか」
「本物さ。疑うんなら試し切りしてやる」
薄く微笑うと、早雲は小太郎がばくついていた饅頭を取り上げた。座していた小太郎は早雲を見上げると、
「そんなもの、どうするんだ?」
「こうする」
早雲は小太郎の頭の上に饅頭を乗せた。そしてクサナギを振り上げた。
「見ていろ。饅頭のみを断ち切って、お前の頭には傷一つつけぬから」
「ば、馬鹿!」
頭の上の饅頭を引っ掴むと、小太郎は喚いた。
「な、何が頭には傷一つつけないだ! 水鴎流の主水ならいざ知らず、てめえなんぞにそんな芸当ができるもんか!」
小太郎が饅頭を投げつけた。それを片手で受け止めると、早雲は舌打ちした。
「ふん。意気地なしが。恐いのかよ」
「恐いわ! てめえの馬鹿さかげんがな!」
「うるせえってんだよ」
早雲はそっぽをむくと数枚の畳をもってくるよう家臣に命じた。
ややあって早雲の前に幾枚かの畳がおかれた。早雲は今度はその畳の上に饅頭をおいた。
「見てろ、根性なし小太郎。畳には傷一つつけないで饅頭を断ち切ってやるからな」
「やってみろ、馬鹿早雲」
「ふん!」
早雲は一気にクサナギを振り下ろした。煌く光流は見事に饅頭を断ち切り、のみならずその下の畳も豆腐のように半ばまで斬り下げてしまった。
「あれ?」
「あれ、じゃねえ!」
小太郎は駆け寄ると、早雲の頭をぽかりと殴った。
「見ろ、この始末を! これが俺の頭だったら、今頃はどうなっていたと思うんだ!」
「いてえな、馬鹿小太郎」
早雲は頭をさすると、饅頭を半分を取り上げ、口に含んだ。そしてどかりと腰をおろすと、
「そろそろ京にゆくか」
「京?」
「ああ。日本武尊として神皇に会う。神皇の側には安倍晴明とかいう陰陽師いるらしい。噂では日本随一の腕前だそうだ。そんな奴ならクサナギが本物の日本武尊の帯剣だとわかるだろう」
「クサナギが本物とわかっても」
小太郎は眉をひそめた。
「おめえが本物の日本武尊の転生者だとわかるのか」
「さあ」
早雲は小首を傾げた。
「晴明って奴にそれほどの力が果たしてあるか。たとえあったとして、それがどれほど有用であるか。神皇にどれほどの柔軟さがあるか。わからぬことばかりだが、俺を日本武尊と認めさせ、後見役とさせねばならぬ。第六天魔王は復活した。関東の戦どころではない。ジャパンすべてを巻き込んだ大戦が始まるだろう。人と魔との生き残りを賭けたな。その戦に勝つためには神皇軍をつくる必要がある。日本武尊はその御旗としちゃあ有効だ」
その早雲の動きと呼応するかのように動き出した者があった。
平織虎長。
第六天魔王を名乗る魔将が今、天下を手中にするため、関東に爪牙をのばそうとしていた。
●リプレイ本文
●
日本武尊とクサナギにまつわる一連の事件。
依頼を受けた冒険者は八人いた。
その八人のうち、五人が事件に何らかの形でかかわっている。その五人とはリフィーティア・レリス(ea4927)、カノン・リュフトヒェン(ea9689)、所所楽柳(eb2918)、磯城弥魁厳(eb5249)、アン・シュヴァリエ(ec0205)――
そして、その五人から事のあらましを聞かされディディエ・ベルナール(eb8703)はふむと肯いた。
「つまり〜‥‥。魔王と英雄が同時に復活したと。真実は小説より奇なりという言葉は古くからございますが〜、まさにそれという訳でございますねぇ、はい」
「簡単に云やあな」
美しい銀色の髪をさらりと揺らせ、リフィーティアは口をへの字に結んだ。
前回の依頼、心残りがある。あまり役にはたっていなかった――そう彼自身思っているからだ。
が、此度は違う。誇り高いリフィーティアはアイスブルーの瞳をあげた。
「で、今回は京まで行って神皇と会わせればいいんだな」
「そういうことだ」
カノンが瞑目したままで答えた。そして眼を開くと、リフィーティアを見た。
「悔しい思いを抱いているのは貴殿のみではない。魔王の復活を阻止できなかった責は私にもある。それ故にこそ、私は此度の依頼に賭けたい。早雲公を京に送り届けることがこの国の人間を纏め上げる事になるなら贖罪となるかもしれぬからだ」
「わしはクサナギのことなど知らぬが」
ぼそりと魁厳が呟いた。
「北条殿や風魔の方々には過去の依頼で恩義がございまするからな。少しでもお手伝いができればと」
「私もクサナギに直接かかわったことはありません」
と口を開いたのは人間離れした美しさをもった女性であった。
リュー・スノウ(ea7242)。エルフである彼女の夫こそ実は早雲の命を救った張本人であり、一件の顛末を聞かされていたのだ。
「幼子の命と自身の命、秤にかけるまでもない‥その様な御方だからこそ。今度は私が旦那様の代わりに早雲公を守るつもりです」
「拙者もそうでござる」
肯いたのは燃えるような紅髪の男だ。八人の中で唯一北条家家臣である彼――零式改(ea8619)は面白くなさそうに云った。
「早雲様が動かれるというならお守りするのが拙者の務め。理由など必要ない」
きっぱりと。そこに迷いはない。
胸にあいた隙間。それを早雲は埋めてくれた。面白き人生を与えてくれたのだ。
のみならず、さらに早雲は先をゆこうとしている。ついてゆけば、もっと面白きことが待っていそうであった。
「では、ゆくか」
改は腰に二振りの小刀をおとした。
●
大阪にむかう船があった。
商用船であるのだが、その中に異風の人影が見える。八人の冒険者だ。
さらに――
深編笠の侍の姿があった。
笠の内とてよくは見えないが、どうやらその侍、化粧をしているようであった。それも器量を下げるために。
それでも侍の本来の美しさを完全には隠しきれない。――北条早雲である。
「早雲殿」
声がした。海を眺めていた早雲が振り返る。
一人の娘が立っていた。痩せた体躯で、凛とした顔立ちをしている。早雲に化粧を施した柳であった。
「僕達の策について確認しておきたいことがあってね。安倍晴明殿に協力を求めるつもりだ。その際早雲殿の使者という立場をとりたいのだが、どうだろうか」
「まかせる」
早雲は肯いた。もとより晴明を使うつもりの早雲である。否やはなかった。
が、問題はいかに晴明を説き伏せるかだ。
その疑念を早雲が胸に抱いた時、ディディエが早雲の横に立った。
「確かに荒唐無稽なお話ですからね〜。私は冒険者ですから窺ったお話が真実であるとわかりますが」
「噂では晴明という奴、化け物のようであるらしいぞ。まんざら荒唐無稽とも受け取らないんじゃないか」
早雲は屈託なく笑った。その笑みを見て、リフィーティアは首を傾げた。
「どうもなあ」
「何だ?」
と、早雲。するとリフィーティアは頭を掻き、
「早雲公は日本武尊の転生者なんだろ。よくは知らないが、日本武尊といやあジャパン最強最高の英雄。どうも二人の像が重ならないんだよなあ」
「お前は日本武尊と会ったことがあるのか」
「ない」
リフィーティアは答えた。
当然である。神魔でもない限り、太古の英雄に会うことなどできはしない。
だろう、と早雲は云った。
「それでどうして俺と日本武尊が違うとわかる? いや、違ったとしても俺は俺、北条早雲だ。過去がどうあろうが関係ない。せいぜい日本武尊の転生者であることを利用させてもらうさ」
「で、早雲公」
ディディエが咳払いした。
「安部という方との交渉が不調に終わった際は如何されますでしょうか? 御所の警備も最近一段と厳しくなっておるやに聞きますし〜。大変申し訳ないことですが、正面から取り次ぎを願うよりほか無さそうに思われます、はい」
「そうだな」
早雲は睫を伏せた。
関東のこともある。できれば隠密裏に神皇との対面を果たしたいが、下手な小細工はかえって面倒事を引き起こしかねなかった。
続けようとして、早雲は口を閉ざした。
良い匂いがする。リューだ。
「せっかくの船旅です。そろそろ難しいお話はお終いにされてはいかがです」
リューは近くに余人の姿がないことを確かめると、そっと早雲に寄り添った。
「ひとつだけ。‥‥御役目が上々に運びましたら、其の後はどうなさいます? 自由となる機はそろそろかと」
「ふふ」
早雲は微笑った。曖昧な笑みだが、その中にリューは凄みのようなものを感じ取っている。
早雲はやる気だ。何事かを。
そう。神ならぬ身のリューには予見できぬが、この後、確かに早雲は源徳と手切れをするのである。それも最も恐るべき形で。
とまれ、船はゆく。大阪をめざして。
と――
ちょうど駿河沖にさしかかった頃だろうか。
「そこの日本武尊さん」
声がした。そしてこの日も海を眺めていた早雲に近寄る娘が一人あった。アンだ。
アンは手の徳利を振ると、
「一緒にワインなんてどうかしら?」
妖しく微笑った。早雲に否やはない。
「もらおう」
「じゃあ」
アンが徳利を差し出した。早雲が口をつける。次にアン。それをどれほど繰り返した頃だろうか。
アンの眼がとろんとしてきた。すでに頬は桜の色に染まり、妙に艶っぽい。
「ねえ、日本武尊。女の子には興味なさそうだけど、ハーフエルフとはどうかしら? 実は、人とは少し違うんですよ」
アンは誘うように片目を瞑ってみせた。
「何!?」
早雲の眼が輝いた。興味津々の子供の眼だ。
その眼に吸い込まれるようにアンが抱きつき――肩を掴まれ、引き戻された。
「アン殿」
肩を掴む手に力を込め、改が低い声を発した。
「戯れはほどとぼに。主殿は大事の前でござる。それに」
改は針のような視線で甲板をなぎ払った。
「早雲様の命で乾闥婆王を討ち取ったものの、修羅王をふくめた八部衆はいまだ健在。早雲様が陣を離れるとなれば、必ずやちょっかいを出してくるでござろう。また早雲様の動きを快く思わぬものが刺客を差し向けてくる恐れもござる。ふざけている場合ではござらん」
「まあ第六天魔王ってのは近くにいないようだがな」
太陽を見上げ、リフィーティアは皮肉に笑った。
「ふん」
そっぽをむくと、アンは改の手を振り払った。
もうちっょとだったのに。アンは口の中で罵った。
●
アンは諦めたわけではなかった。
深夜。
人気の絶えた船の中を、アンは早雲の船室めざして進んでいた。
「賢人か確かめるためだから」
呟いてみる。
嘘だ。それはアン自身わかっている。
早雲ほどの男に抱かれたい。愛し合いたい。
それは欲望であろう。その欲望にアンは正直であった。
が――
アンは足をとめ、唇を噛んだ。
早雲の船室の扉の前に一人の娘が立っている。カノンだ。
「‥‥もう!」
舌打ちの音を響かせると、アンは背を返した。
そのアンに油断はなかっだろうか。アンの並外れた感覚が気配をとらえた時、すでに敵はアンの背後に回りこんでいた。
その敵の顔をアンは知っている。鬼道羅漢衆の一人、羅刹坊だ。
羅刹坊は八部衆の魔力により鳥に変形し、夜闇に紛れて船に忍び入ったのであった。
「お、おまえは」
アンの声が途切れた。心臓を刃が貫いている。ひとたまりもなかった。
「ふふふ」
刃をぬらりと舐めあげ――はじかれたように羅刹坊は振り返った。
そして、見た。ゆらりと立つ美影身を。
「エギューが騒ぐんで、まさかとは思ったが」
小柄を閃かせつつ、リフィーティアが迫った。
「うっ」
呻いて、リフィーティアは足をとめた。羅刹坊の身体をぬらぬらと燃える漆黒の炎が包み込んでいる。
「その手はきかぬ」
叫ぶ声、鞭のようにしなって。
飛ぶ影は黒炎の結界をこえ、羅刹坊に肉薄した。
「のがさぬ!」
疾る二条の光芒。その名は――
闇神楽、零式・改!
首と心臓を貫かれ、どうと羅刹坊は倒れ伏した。まさに必殺技と呼ぶにふさわしい。
ふう、と改は息を吐いた。
危なかった。自身編み出した故に、改は技の弱点も知悉している。
闇神楽、零式・改。決まれば殺傷力は凄いが、奇襲でなくばとても当たるものではない。
「まだまだでござるな」
同じ時、暗い海面からぬっと顔が浮かび上がった。
まるで水死人のような青白い顔色の男。霧隠忍軍の一人、猛水だ。
ニタリとすると、猛水は懐から縄を取り出した。
刹那である。猛水の身が突如海に沈んだ。何者かの手が彼を水中に引きずり込んだのである。
誰か。それは、それこそは水中の魔忍――
磯城弥魁厳!
水を砕きつつ、二人の忍者はからみあった。
猛水は迅い。水中における人の動きではなかった。おそらくは術であろう。
が、狼狽の相を顔に浮かべたのは猛水の方であった。
もし陸上であったなら魁厳は負けていただろう。が、ここは水中であり、魁厳は河童であった。猛水がいかに水中を魚の如く動き回れようと魁厳の敵ではない。
しかし魁厳は戦法を誤った。素早く、一点を狙った攻撃は著しく命中率をさげる。
首を刎ねた――と魁厳は思ったが、浅い。その隙をつくように猛水は発呪。魁厳の身は一瞬で凍りついた。
ゆらり、と氷に閉じ込められた魁厳の身が海上に浮かび上がった。同じ時、首を断ち切られた猛水の身は海底深く沈みつつある。
「魁厳サン!」
舷から柳が身を乗り出した。敵襲来とのテレパシーがもたらされ、それきりだ。
柳はバイブレーションセンサーを発動させた。
どこだ? 魁厳はどこだ? ――いた!
「船をとめろ!」
柳は叫んだ。
●
アンの死体を寺へと預けるため、船は一度駿河に寄港した。そのために冒険者達が京に入ったのは七日目の夜であった。
二条城近く。
その屋敷は闇の中でひっそりと伏していた。
「ここか」
リフィーティアは屋敷の門を見つめた。京人から聞いた安倍晴明の屋敷である。
と――
門が開いた。闇の中に朧な白影が見える。
切れ長の眼の、謎めいた微笑をうかべた男。安倍晴明であった。
「お待ちいたおりました」
晴明は云った。
「ほう」
薄い微笑を口元にためたまま、晴明は声をもらした。たった今、リフィーティアとカノン、柳より日本武尊とクサナギについての詳細を耳にしたところだ。他の冒険者達は室外にて警護の任についている。
晴明はちらりと視線を冒険者の中の一人にすえた。
「早雲公」
「晴明」
早雲がニヤリとした。
ここに、北条早雲と安倍晴明が対峙した。共に顔に浮かべるのは菩薩の笑みである。
「‥‥確かに」
晴明は囁くような声を発した。彼の眼は、早雲の魂の尋常ならざることを見抜いている。
「失礼します」
晴明がクサナギを手にとった。わずかに刃を引き抜き――晴明の身が硬直した。
超高圧の言霊が彼の魂をとらえ、砕こうとする。さすがの晴明ですら抗しかねた。
やっとのことで晴明は刃を鞘におさめた。そして重い息をついた。
「‥‥ま、まさにクサナギ。私も扱いかねる魔剣。これを扱いうる者があるとすら、それは即ち――」
晴明の視線が早雲を射た。早雲はその視線を風のように受け流すと、
「というわけだ」
「で、晴明殿」
ディディエが膝をすすめた。
「お力添えいただけませんか。早雲公は駿河藩そのものを源徳に人質に取られているも等しい現状です。独断で朝廷交渉に及んだことが露見した場合、色々と障りがある。そこで秘密裏に陛下に拝謁を賜れぬものでしょうか」
「協力は良いのですが」
晴明はディディエから早雲に視線を戻した。
「神皇様と拝謁し、早雲公はいかがなされるおつもりなのですか」
「それは」
早雲の微笑が深くなった。
●
明けて子の刻。
晴明のはからいで早雲は神皇との謁見を許された。同行者はリューとカノンである。
「早雲」
呼ぶ声は細い。
安祥神皇。まだ少年である。
神皇はわずかに顔を顰めると、
「朝敵源徳家康と共にあるその方が、何故に京に参った?」
「それは」
早雲はよく光る眼で神皇を見据えた。
「私が日本武尊ゆえにござります」
「何!?」
少年王は絶句した。早雲が日本武尊とはあまりにも想像を絶している。
すかさずカノンが口を開き、自身が遭遇した日本武尊とクサナギをめぐる一連の事件を語って聞かせた。
「私も冒険者。その名誉にかけて早雲公が日本武尊であると申し上げます」
「多くの命が失われました」
リューが云った。そして血の滲むように声を震わせて、
「それを無意味にはしたくありません。早雲公のお考えを聞いてはいただけませんか」
「早雲の考え?」
「それは」
晴明だ。そして、続ける。昨夜早雲から聞いた目論見を。
神皇の眼が驚愕に見開かれた。
「‥‥だ、大名を潰すと」
「はッ。神皇様を中心とした新しき世こそ、ジャパンの真なる姿と考えております」
早雲は静かに答えた。
戦きつつ、神皇は横をむいた。そこに僧侶が一人座していた。
何者かはわからない。しかし拝謁の場に同席するのである。常人であるはずがなかった。
「よろしいではありませぬか」
僧侶はニンマリとした。
「私にはわかります。早雲公が日本武尊の転生者であることが。皇族の一員となり、補佐していただいてはいかがですか」
「う、うむ」
神皇は表情をあらためると、告げた。
「早雲をこれより親王となす」
御所を後にし、ふと柳は立ち止まった。早雲の顔色が冴えない。
「早雲公。どうかしたのかい」
「どうもなあ」
小首をひねる早雲の眼が凄絶に光った。
「上手くいきすぎる」
「上手くいくのが悪いのか」
柳は眉をひそめた。
結果は上々。どこに文句があるというのだろう。
「文句はないさ。ないが‥‥」
答えた早雲の声は風に飛ばされるように、途切れた。