【鳳凰伝】新九郎
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:09月25日〜10月02日
リプレイ公開日:2009年10月17日
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●オープニング
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疾風のように地を疾っていた女が足をとめた。妖艶な、どこか禍々しい雰囲気をまといつかせた女である。
名は黒蓮。霧隠七忍衆の一忍であった。
女は桐の箱を背におっていた。水上村の村長宅で手に入れたものである。中にあるのは――
「クサナギ、か」
黒蓮は背より桐の箱をおろした。手にとる。
頭である霧隠才蔵ですら畏怖させる魔神帝釈天がひたすら求めるもの――クサナギ。それは一体どのようなものであるのか。
この眼で確かめてみたい。誘惑が甘い蜜のように黒蓮の胸を蕩かした。
見るだけならばよかろう。
黒蓮は桐の箱を開けた。中には一振りの剣がおさめられていた。
「剣、か」
黒蓮は拍子抜けする思いであった。クサナギから草薙の剣を連想してはいたが。まさかその通りであったとは――
以前、神剣を巡っての騒動があった。その時は源徳や伊達などが神剣を求めて右往左往したものだが、あの帝釈天が権威の象徴であるだけの神剣を欲するとは思えない。何かそこに意味があるはずだが‥‥
黒蓮は剣を取り上げた。柄を握る。
抜いてみるべきか。
迷いはある。が、興味の方が強かった。
黒蓮は剣を抜いた。
ぎらりと煌いた光は雷光を思わせた。たまらず黒蓮は眼を閉じた。
再び眼を開いた時、美しい剣身がそこにあった。
どれほどの時が経っているのかわからぬくせに、剣身は驚くほど優美であった。まるで鏡のように輝いている。
と――
何かが黒蓮の魂に浸食してきた。
我と契約を成せ。さすれば力を与えてやる。
声が黒蓮の魂の中で鳴り響いた。
「あ――」
声すら出せない。眼を真っ赤に充血させ、黒蓮は剣をもったまま震えていた。それが精一杯だ。
一瞬でも気を抜けば剣に全てが支配されそうであった。多少なりとも耐えられているのは黒蓮が霧隠七忍衆と呼ばれるほどの並外れた精神力の持ち主であるからだ。それでも――
精神の糸が切れる。このままでは‥‥もはや――
黒蓮が自ら暗黒の深淵に全存在を飛び込ませようとした刹那、稲妻が彼女の身を撃った。
見えぬ巨人の手にはじかれたように黒蓮の身が空に舞った。剣がぽとりと地に落ちる。
すっとのびた手が剣を拾い上げた。
金色の武具をまとった偉丈夫。神々しいまでの気を放散させている。
帝釈天であった。
帝釈天は黒蓮をちらりと見遣ると、吐き捨てた。
「愚か者め。貴様ごときが手におえる代物ではないわ」
帝釈天は剣を掲げた。そしてニヤリとした。
「クサナギか。ついに手に入れたぞ。これで第六天魔王様が復活される」
帝釈天が呪を詠唱した。印を結ぶ。
次の瞬間、彼を中心にして円形に光る呪紋が浮かんだ。が――
呪紋が消えた。帝釈天の眼が不審に細められる。
「‥‥なるほど。そういうことか」
帝釈天の眼がぎらりと光った。
●
「クサナギとは剣なのです」
雫は語り始めた。冒険者に救い出され、江戸にむかう途中である。
「草薙剣のことか」
一人の冒険者が問うた。すると雫はかぶりを振った。
「いいえ。クサナギは臭蛇という文字をあてます。実は、日本武尊は二振りの剣をお持ちだったのです。草薙剣と臭蛇剣を」
「二振りのクサナギ‥‥」
「はい。日本武尊は草薙剣を天照大神に捧げ、その後臭蛇剣をもってジャパンを平らげたと伝えられております。さらに臭蛇剣は第六天魔王を斃した剣であるとも。その際、第六天魔王の一部が臭蛇剣に封じこめられました」
「では、此度の敵の狙いは第六天魔王の完全復活?」
「はい。でも」
雫は複雑な表情をうかべた。
「それは、そう簡単なことではないのです。伝承によれば第六天魔王復活のためには日本武尊の血が必要であるとされていますが、現在、日本武尊の血筋は絶えているはず」
「では第六天魔王復活はないと?」
「いいえ」
雫はかぶりを振った。
「敵がこの時期に臭蛇剣を狙うには何か理由があるはず。もしかすると日本武尊の血を受け継いだ者を見つけだしたのかも」
●
「多目元忠ではない」
冷然たる声音で帝釈天が告げた。
「俺にはわかる。奴はそうではない」
「しかし」
鋼の体躯をもった、酷薄な眼の侍が顔をあげた。鬼道八部衆の一人、修羅王である。
「可能性のある者はほとんど潰しております。やはり予言は予言。当てにはならぬのでは」
「一人」
修羅王の傍らに座した別の一人が顔をあげた。
若者だ。ぞくりと寒気のするほど美しい相貌をしている。
霧隠才蔵であった。
「一人?」
「はッ。多目元忠には同じ年齢の幼馴染がいると聞き及んでおります。その者もまた冒険者であったと」
「何ぃ? 何者だ、それは」
「名は確か新九郎」
「新九郎?」
しばらく沈思し、やがて帝釈天はニンマリと笑んだ。
●
「元忠」
呼びとめる声がした。立ち止まったのは北条五色備黒の将たる多目元忠である。
「これは――殿」
「殿ではない」
顔を顰めたのは神々しいともいってよいほど美しい相貌の若者だ。才蔵が闇の美であれば、こちらは光のそれと評するべきであろう。
北条早雲であった。
「聞いたぞ。元氏が浚われたことを」
早雲は云った。元氏とは元忠の嫡男である。
「何故それを――風魔か」
「そうだ。しかし、何故すぐに俺に知らせぬ。俺とお前の仲ではないか。必要ならば幾らでも力を貸すものを」
「すまぬ。しかし――」
元忠は顔をそむけた。
「これは俺の問題だ。放っておいてくれ」
「違うな」
早雲はふふんと笑った。
「お前が嘘をつく時はすぐにわかる。何か俺に隠しているな」
「お前にはかなわんな」
ややあって元忠は肩をおとした。
「‥‥その何者かは元氏との交換にあるモノを要求してきた」
「あるモノ?」
「ああ。新九郎と引き換えとぬかしてきおった」
「新九郎?」
早雲はくすりと楽しげに笑った。
「面白い。ならばこの俺、新九郎がゆかねばなるまい」
●リプレイ本文
●
「ゆくのかい、公?」
渡部夕凪が問うた。場所は北条軍陣である。
ああ、と肯いたのは繊細な美と野太い野性味をあわせてもった若者であった。北条早雲である。
「元氏を放ってはおけんからな」
「そうだろうねえ」
夕凪は苦笑をうかべた。
武将たるものは非情でないと生きていけない。しかし非情だけでは生きている価値がない。
「それはそうと」
夕凪はある冒険者の名を告げた。
「渡部不知火(ea6130)?」
「ああ。此度の依頼を受けた冒険者の一人さ。変った男でね」
「変ったはないわよ」
ぬっと現れた、当の不知火だ。
見た目は筋骨たくましい男である。が、変になよなよしている。おまけに口調は女言葉だ。
夕凪は溜息を零した。
不知火という男。元々は漢と呼ぶにふさわしい侍であった。それが何故このようなことになったか。すべては長弟に跡目を譲る為の擬態であった。
「ところで」
夕凪は早雲の耳元に口を寄せた。
「気づいているかい、リンさんのこと」
「ああ。さっきから陣幕の陰に隠れてこちらを窺ってようだが。どうした?」
「鈍いねえ。あれほど聡い公が女心になるととたんにこうだものね。怒ってるんだよ」
「怒ってって‥‥何故俺が怒られなきゃならないんだ?」
「もう!」
とうとう耐え切れなくなったのか、陣幕の陰から可憐に美しい娘が飛び出してきた。リン・シュトラウスである。
「どれだけ私たちが」
ぷっとリンの頬が膨らんだ。
「考えた事もないんでしょ。もう許しませんから、覚悟してくださいね」
ふん、とそっぽをむいたリンが小指を突き出した。
「指切り」
「ゆ、指切り?」
「そう。必ず戻ってくるっていう。できるでしょ」
「う、うん」
早雲は手をのばし、自身の小指をリンのそれとからめた。
その時、夕凪が公と呼んだ。
「リンさんの大事な日なんだ。知ってるかい」
「大事な日?」
「そうさ。誕生日だよ」
「ほう」
早雲がリンの顔を覗き込んだ。ぐっと顔を近づける。ごくりとリンは唾を飲み込んだ。
リンの本音は誕生日のお祝いに額に接吻してもらいたいというものである。が、早雲の口はリンの額をこし、その花びらのような唇に――
リンは眼を閉じた。が、いつまで待っても早雲の唇が自身のそれに触れる様子はない。
リンは眼を開いた。すると彼女の眼前で早雲はニッと笑んで、
「リンよ、少し老けたな。幾つになった?」
「馬鹿!」
リンの怒号が響いた。
●
陣の中には他の冒険者達の姿もあった。
澄んだ瞳の若者。女と見紛うばかりに美しい若者。冷気に似た静かな気をまといつかせた男。人形のように美麗で、しかし表情がない娘。凛とした清冽な雰囲気をもった娘。巌の体躯をもつ巨漢。飄然とした娘。
七人だ。名はルーラス・エルミナス(ea0282)、リフィーティア・レリス(ea4927)、蛟静吾(ea6269)、カノン・リュフトヒェン(ea9689)、所所楽柳(eb2918)、アンドリー・フィルス(ec0129)、アン・シュヴァリエ(ec0205)という。
「雫が無事だったのは本当に良かったけどさ。臭蛇がなあ」
苛立たしげに頭をかいたのはリフィーティアであった。先日の依頼でリフィーティア達は臭蛇を敵に奪われている。
カノンの氷の瞳がリフィーティアを見た。
「仕方あるまい。が、剣だけでは敵の目的も果たせない以上、まだ負けてはいないさ」
「そうですね。しかし」
ルーラスの顔が曇った。
「敵が新九郎を狙う――つまりは早雲様が日本武尊の血筋で、第六天魔王の封印を解く鍵ということになりますね」
「そう考えて間違いないでしょう」
静吾は肯いた。柳もまた首を縦に振る。
柳の姉である所所楽林檎が云っていた。命を繋ぐことで封印の鎖を為すと読み、血族衰退と見るか。赤き命の雫と読み、傷から吸うと見るか、と。
「伝承とは曖昧なものだ。しかし何にせよ、身体的な害は解放に繋がるのだろうな」
「そうなのですが。それよりも気にかかることがあるのです。皆さんは平織虎長をご存知でしょう。自ら第六天魔王と名乗っている尾張の武将ですが。その第六天魔王を名乗る虎長の居る平織家に、早雲様の甥御であらせられる竜王丸様が引き渡されるはず」
「何っ」
アンドリーの眼がかっと見開かれた。
「早雲とやら、どうするつもりか」
「さて」
アンがくすりと笑った。
「公が賢人かもって気がする。なら何とかするでしょ」
ちらりとアンが眼を転じた。
陣幕を割って早雲が姿を見せた。遠くからでも異様な威圧感を感じさせるのはさすがだ。
「早雲公、久しぶりだね」
「お前か」
早雲は苦い顔をした。
「また俺を女にするつもりじゃないだろうな」
「あったりー」
アンがニンマリした。すると早雲はぶるぶるとかぶりを振った。
「嫌だ。今度は絶対嫌だ」
「そんなこと云ったって敵の眼を誤魔化す必要があるんだから仕方ないよ。希望があるんなら聞いてあげるから」
「希望か。俺はやはり――って、希望なんぞあるか!」
「だったら巫女で決定」
「嫌だってつってんだろ」
救いを求めるかのように早雲は他の冒険者を見回した。そして、見た。柳が化粧の道具を手にしているのを。
がくりとうな垂れた早雲の前に苦笑をうかべた静吾は進み出た。
「これも元氏殿のため。観念してください」
●
駿河、由比宿。
その由比宿外れの丘をめざして進む一行があった。
数は五人。覗く顔は冒険者のものである。
柳、アン、アンドリー、そして早雲――一人、見慣れぬ顔があった。想像を絶する美しい相貌をもつ娘である。
そして他の冒険者は別の道を辿っていた。
カノン、ルーラス、リフィーティア――静吾の顔が見えぬ。
一人、まじっている者がいるが、その顔は――おお、早雲だ。これは一体どうしたことか。
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「来たかよ」
丘の頂に佇む侍がニヤリとした。
金色の魔眼を爛と光らせ、長大な犬歯をぞろりとむき出した禍々しき相の持ち主。身にまといつかせたものは殺気とも妖気ともつかぬ凄絶の瘴気である。
鬼道八部衆の一人、修羅王であった。
「あれが新九郎か」
修羅王が冒険者一行を見た。この距離ではまだ人相など判別できぬはずなのに、修羅王の眼はそれを可能とするらしい。
と、傍らに立つ僧が修羅王の耳元に口を寄せる、何事か囁いた。
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「元氏はどこだ」
早雲が問うた。すると修羅王が顎をしゃくってみせた。その先には赤子を抱いた凶念坊が立っている。
「俺に何用かは知らぬが、元氏を返して貰おう!」
「とはいかぬ。返してほしくば新九郎、お前の命をもらおうか」
修羅王が一振りの剣を掲げてみせた。魂すら凍りつきそうになるほどの美しい剣だ。おそらくは臭蛇であろう。
「それはかまわぬが」
早雲は平然として、
「何故俺の命がほしい?」
「貴様が日本武尊の転生者だからよ」
修羅王の顔がぎりぎりと吊り上った。
「とまれ、新九郎」
声が響いた。冒険者達にはわからぬが邪真坊のものである。
カノン達四人は足をとめた。
「ふふふ」
笑い声とともに四つの僧形の人影が現出した。
「裏をかいたつもりであろうが‥‥元氏を返してほしくば我らに従え」
「ぬかせ」
剣呑な光を眼にうかべた早雲が足を踏み出した。と、その前にカノンが立ちはだかった。
「元氏殿が奴らの手の内にある以上、下手な手出しはできぬ」
「その通りです」
ルーラスは弓をもった手をおろした。そして邪真坊を鋭い眼でねめつけた。
「要求通り新九郎殿は来た。元氏殿を返してもらおうか」
「‥‥」
邪真坊が仲間と眼を見交わした。
所詮元氏は新九郎にとって友人の息子。己を犠牲にしてまで助ける義理はない。下手に逃げられれば面倒だ。
「よかろう。では」
不吉な鴉のように、一斉に四人の魔僧が冒険者めがけて襲いかかった。
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「俺が日本武尊の転生者、だと!?」
さすがに早雲が愕然たる声をあげた。
「そうだ。一人でこちらに来い。用が済めばガキは返してやる」
「いいだろう」
「待て」
柳が周囲にすばやく視線をはしらせた。
近隣の者に確かめた通り、丘周辺に身を隠せる場所はない。が、相手は魔性の者だ。どのように擬態しているか知れたものではなかった。
この時、すでに柳はテレパシーを発動していた。が、距離が遠いのか仲間とは繋がらない。
柳は視線を元氏にむけた。
年齢にしろ特徴にしろ、早雲に聞いた通りだ。浚われたおりの衣服もそのままであった。
「俺がゆかねば埒があかぬ」
早雲は再び歩みだした。歩一歩、修羅王に近づいてゆく。
そして――
早雲の足がとまった。
「いい覚悟だ。ならばこの修羅王が引導をわたしてくれる」
修羅王の手が動き、臭蛇が早雲の腹を貫いた。
毒手坊の手から漆黒の炎がとんだ。が、それは早雲をかばって立つカノンの身によって空しくはじけている。
「私に魔道はきかぬ」
カノンが殺到し、一気に毒手坊との間合いを詰めた。
「ぬん!」
蒼光を散らしつつカノンの刃が閃いた。あっ、という驚愕の声は、しかしカノンの口からあがった。
刃は漆黒の炎球に遮られてとまっている。呪海坊の生み出したカオスフィールドだ。
「ふん!」
銀の光が煌きつつ飛んだ。ルーラスの矢だ。オーラエリベイションによって賦活化された彼の矢は迅く、そして剛い。
なんでたまろう。胸を射抜かれた悪心坊が身を折った。
続けてルーラスが矢を放った。が、それは悪心坊を庇って立つ邪真坊のカオスフィールドによってはじかれている。
薬水を口に流し込んだ悪心坊が飛び出した。それをルーラスが見逃すはずがない。
ルーラスの矢が三度悪心坊を襲った。それは狙い過たず悪心坊の心臓を貫き――いや、はじかれた。
「その矢はもう俺にはきかぬ!」
サメの笑みをうかべ、悪心坊がルーラスに迫った。咄嗟にルーラスが飛び退る。が、遅い。
槍の穂先をもつ錫杖がルーラスの胸めがけて疾った。
カッ、と。
木霊響いて錫杖の先端が斬り飛ばされた。
逆に流れた光流一閃。天をさす三条宗近を握るは――おお、早雲だ。
「誰も傷つけさせはせぬ」
早雲――静吾の刃が風を呼んで唸った。
●
「ふははは。日本武尊、命はもらった――ぬっ」
修羅王の顔色が変わった。
臭蛇は確かに新九郎の腹を貫いている。が、何ら変化はない。
「こんなはずは」
修羅王の口から困惑した声がもれた。
刹那である。眩い黄金光が煌いた。
たまらず修羅王と凶念坊が眼を閉じた。
何でその隙を見逃そう。黄金刀を抜き払ったアンドリーの姿が消失した。
次の瞬間である。光熱量の中を飛翔したアンドリーの姿が現出した。修羅王の眼前に。
「ぬっ」
修羅王が飛び退ろうとした。が、動かない。動けない。
修羅王の手を早雲ががっしと掴んでいた。
「もらってゆくぞ」
アンドリーの口から真言が放たれ、その手の三鈷杵から刃がのびた。空間に亀裂を刻みつつ疾ったそれは臭蛇持つ修羅王の手を切断してのけている。
アンドリーの手が臭蛇をしっかと掴んだ。そして再びアンドリーの姿は異空間へと埋没した。
同時――
アンもまた動いていた。
ミミクリー瞬間発動。一気に数間の距離をのびたアンの腕が元氏を掴み、するすると手元に引き寄せた。
「ここまでだ」
柳が手を広げた。笛が躍り、ひゅうと鳴る。
「左様かな」
修羅王がニヤリとした。
「?」
アンドリーの眉がひそめられた。シャクティに装着したレミエラが明滅しているのは修羅王が近くにいる故に当然として――いや、まさか!
その瞬間である。アンドリーの口から呻きが迸り出た。柳がはじかれたように振り返る。
「ど、どうした?」
「く、臭蛇が俺を侵食しようと――」
アンドリーの眼が赤光を放った。魔剣臭蛇の超高圧の誘惑はパラディンたるアンドリーの魂すら圧倒しつつあったのだ。
その瞬間だ。背後からのびた手がアンドリーから臭蛇を奪った。それは――
五人目の美しい娘であった。
「な、何!?」
信じられぬものを見るように修羅王の眼がむき出された。
「ば、馬鹿な。臭蛇を軽々と扱い得る者が人間などに――ま、まさか、うぬは」
「その通り。俺が新九郎よ」
娘――早雲は薔薇の微笑みをうかべた。対する修羅王の魔眼が爛と金色に燃えた。
「なるほど。確かにうぬの魂はジャパン史上最大級の力、そして輝きを有している。それこそまさしく日本武尊! ならば」
アンの口から血が噴出した。その心臓を針が貫いている。
アンの身がよろけた。その手からは元氏が落ち――
空にあるうち、元氏の姿は裸体の僧へと変形した。
「俺の名は羅刹坊」
僧――羅刹坊はニッと笑った。
「変形ができるのはうぬらだけと思ったか」
「き、きさま‥‥」
さすがに早雲の顔色が変わった。羅刹坊から修羅王に視線を転じると、
「本物の元氏はどこだ」
「ここだ」
修羅王が手を開いた。掌には一粒の豆が乗っている。
次の瞬間だ。豆はみるみる大きくなり、赤子へと変じた。
修羅王の唇の端が鎌のように吊り上がった。
「新九郎――いやさ日本武尊。その手の臭蛇で己が心臓を貫け。さすれば元氏は返してやろう」
「仕方ないな」
早雲の決断は早かった。臭蛇を逆手に握ると、早雲は一気に胸に突きたてた。
真紅の狭霧が舞った。そして幾許か。
何かが響いてきた。
それは次第に大きく、高く、深く、広く。
轟雷のごとく、地鳴りのごとく、嘆きのごとく、嘲りのごとく、怒りのごとく。
それは嗤いであった。
「悲願は成就せり」
修羅王が手に力をこめた。最初から元氏を生かして返すつもりはなない。
「死ねい! ――ぬっ」
修羅王がわずかに身動ぎした。その身を呪的衝撃が撃ちぬいている。
アンのブラックホーリーと知るより早く柳の手から鉄笛が放たれた。
風鳴りが響いたのは一瞬。元氏が修羅王の手から落ちたのも一瞬。そして蹲ったままであった早雲――不知火が跳ね起きて元氏を抱きとめたのも一瞬であった。
「おのれ!」
叫びつつ、しかし修羅王は飛び退った。一瞬後、彼のいた空間を刃が薙いで過ぎる。アンドリーのシャクティだ。
「退くぞ」
修羅王が怪鳥のように空に舞い上がった。アンドリーが追いすがったが、修羅王のカオスフィールドのために刃は通じない。
やむなくアンドリーは地に舞い降りた。そして他の冒険者同様呆然と立ち尽くした。
確かに元氏は取り戻した。が、第六天魔王の復活を許し、日本武尊の転生者も死なせてしまった。これで依頼は成功といえるだろうか。
その時だ。むくりと早雲が身を起こした。胸の傷は跡形もなく消えうせている。
「不知火のおかで助かったぞ」
早雲が苦く笑った。側には壊れた人形が落ちている。
早雲は立ち上がると冒険者を見回した。駆けてくるカノン達が見える。
早雲は云った。
「よくやってくれた」
「しかし早雲公、第六天魔王が復活してしまった」
柳が歯軋りした。その肩をぽんと早雲は叩いた。
「まあ、いいさ」
早雲は云った。そして再び薔薇の微笑みをうかべた。
「上手くいくとジャパンがまとまるのが早まるかもしれん」