【風雲】太郎丸
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月03日〜04月10日
リプレイ公開日:2008年04月13日
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●オープニング
「天下布武‥‥か」
脇息に肘をかけ、そして拳に形の良い顎をのせた若者が呟いた。
それは――
まだ二十歳に満たぬ若者であった。漢らしい濃く太い眉、すらりとした高い鼻梁、きりりと引き締まった唇。戦場をくぐり抜けてきた者のみが持ちうる厳しい顔立ちの中に、透徹した理知の光を秘めた瞳がかがやき、青春の美の結晶を完璧に仕上げていた。
駿河国守、北条早雲である。
「雷蔵、それは真実だろうな」
「はッ」
雷蔵と呼ばれた、これは二十歳半ばのきりりと引き締まった顔立ちの若者が肯いた。
「生き返ったと噂されていたが‥‥平織虎長、動き出したか」
早雲が楽しそうに云った。
「そろそろ嵐が吹くか」
「嵐?」
「そうだ」
早雲が肯いた。
「もし本当に生き返ったとするなら、虎長、常人ではない。噂に聞く虎長の最後、もはや手の施しようもなかったという。それを蘇ってきた。その正体は何であるか」
言葉をきると、早雲は扇子を開いた。そしてぱちりと閉じると、
「いずれ彼奴、上洛を果たし、近畿を平定しよう。その後に狙うは関東だ」
「関東‥‥」
早雲のすぐ前に座した、ふてぶしいまでの精気を噴き零す若者が口を開いた。風魔一族頭領、風魔小太郎である。
「早雲よ、どうするつもりだ?」
「ふむ。強大な力をもった者がじゃぱんを統一すれば、平和が訪れよう。虎長が何者であろうと、民にとっては関係無きこと。それはそれでよいが‥‥どうも虎長は胡散臭すぎる」
「しかし尾張を支える冒険者は多い」
「ふむ。虎長というより市にひかれているのであろうが。ともかく」
早雲は薄く微笑った。
「関東に、虎長を阻止しうる者はいないだろうな。源徳にはすでに昔日の面影はないし、武田は己の欲を満たすに躍起となっている。残るは上杉だが‥‥謙信の足は関東から遠い」
「その謙信、虎長と組みはしねえか」
「それだが」
早雲はわずかに眉をひそめた。
「謙信は馬鹿ではない。まともならば虎長の異常に気づき、決して手は結ぶまい。が――」
「源徳への裏切り、か」
「そうだ」
早雲が頷いた。
「謙信には秘密がある。その秘密を解かぬ限り、謙信は不確定因子のままだ。読めぬ駒があっては困る」
「その秘密、探りださねばなるめえな」
「ああ。それも急ぎでな」
「ところで」
何を思いついたか、小太郎が眼を見開いた。
「虎長を阻む者‥‥伊達はどうだ?」
「政宗か‥‥」
早雲は嘲笑った。
「駄目だな、あの男では。奴は野心が強すぎる。己の野心を満たす為なら、奴は悪魔とでも手を結ぶだろう。そんな奴では諸将の協力は得られまい。少なくとも謙信は力を貸すまいなあ。それにあの男、奥州藤原の後ろ盾なくば何もできぬくせに、房総を攻めようとしているらしい。それに尾張との同盟の噂もある。そうなれば政宗の奴、西と東、虎長と切り取りとするかもしれん。それに事は人のみにあらず。昨今の神々の復活。悪魔どもの跳梁。じゃぱんを襲う嵐、一度吹けばどれほどの民が死ぬか。いや、それほど大きな話でなくとも、この駿河においてもどれだけの人が死ぬか。‥‥小太郎」
早雲が小太郎に眼をむけた。
「餓鬼の頃、俺が冒険者であった事、知っているか」
「ああ」
小太郎が肯いた。さすがに風魔小太郎、すでに早雲の全ては調べ済みであったのだ。
が、雷蔵は知らなかった。早雲が冒険者であった事など初耳である。
しかし、そうと聞いてみれば頷けるところはある。その大胆不敵さといい、または人並みはずれた剣技の冴えといい、さらには家柄に頓着せずに実力のみを重視する姿勢といい、大名らしからぬところは以前より散見されていた。もっとも、早雲の若い頃に冒険者ギルドは無いだろう。まだ開国前のジャパンには、回国修行に明け暮れる者が少なくなかった。
「伊勢家を飛び出し、俺は冒険者となった」
早雲は云った。
「何か面白い事はないかと探し回ってな。それで見出したのが冒険者という仕事であった。最初は楽しかったぞ。何しろ悪い奴らをぶん殴って金をもらえるのだからな。が、そのうち、俺は気がついた。俺の一刀で守れるものはたかがしれていると。ならば大名ならばどうかと考えたわけだ。そこで姉の縁を頼り、今はこうして駿府城でふんぞり返っている次第だが‥‥が、この駿河一国、今の俺に守りきれるかどうか」
早雲の顔から笑みが消えた。
「小太郎。風魔には死んでもらうぞ」
「任せろ」
小太郎が不敵にニヤリとした。
「お前に付き合うと決めた時から、それは承知の上だ。俺達は面白けりゃあ、それでいい」
「面白がってもらうばかりでは困る」
早雲がわずかに顔を顰めた。
「風魔一人に民一人では勘定があわぬ。できる事なら百、少なくとも十人は守って死んでくれ」
「そんなことまで計算ずくかよ」
小太郎が可笑しそうに笑った。
「かなわねえなあ、おめえには」
「かなわぬついでに、雷蔵、冒険者ぎるどに走ってくれ。奥州に向かうよう依頼を出すのだ」
「奥州?」
雷蔵は怪訝そうに眉をひそめた。
「何故、奥州へ?」
「悪路王と手を結びたい」
「あ、悪路王と――」
「て、手を結ぶ――」
愕然として雷蔵が、さらにはさしもの小太郎も息をひいた。
悪路王とは万の鬼の軍を従えるという、奥州の鬼王だ。その鬼の王と手を結ぶなどとは正気の沙汰とは思えない。
早雲という男、常識の通じぬ存在である事は承知してはいたが、さすがに小太郎もこの事ばかりは呆れた。諸国の大大名達を散々扱き下ろしておきながら、対外に同じ穴の狢である。いや、むしろもっと悪い。
「‥‥そ、早雲」
ややあって小太郎は喉にからまる声を押し出した。
「しかし奥州は広い。さらには相手は噂のみ流れる鬼の王。そう簡単に会えるとは思えねえが」
「手はある」
早雲の眼がきらりと光った。
「以前、悪路王の配下である大瀧丸という鬼の襲来を警告した不可思議な童があったそうだ。その童ならば悪路王の居所を知っているかもしれん。さらには会う段取りをつけてくれるかも‥‥ふふ」
早雲は再び扇子を広げ、ぱちりと閉じた。
「さて、どんな風が吹くか」
ぱちり、ぱちり。
扇子を玩びながら、早雲は微笑った。それは大輪の薔薇のように美しく華やかで、そして危険な微笑であった。
●リプレイ本文
一枚の紙片。そこに描かれているのは、この世ならぬ美しい絵姿で。
北条早雲。
風魔の雷蔵からリン・シュトラウス(eb7760)が容姿を聞き取り、それをミシェル・コクトーに伝え‥‥
黄金の髪を波打たせた女騎士が感嘆した。描いた本人すら溜息を零すのだから、たまらない。
と、我にかえり、ミシェルは明日の光を宿した瞳の娘――少女にしか見えなかったが――の脇を肘で突付いた。
「顔、緩みすぎ!」
「だって」
脇を撫でながら、しかしリンは嬉しくてたまらぬように微笑んだ。
「少年を見つけて、こんな美形と知り合えるなんて」
ぐっと拳を握り、
「最高♪」
「しかし」
渡部夕凪(ea9450)は苦笑し、
「奥州にむかい、あの童に会えとは、また‥‥」
「何を企んでいるのだろうな」
雪色の髪の、悠然と立つ女侍もまた怪訝そうに眉をひそめた。名を浦部椿(ea2011)。示現流の使い手である。
と、女と見紛うばかりの美貌の若者が顔をあげた。そして風魔の雷蔵を見遣った。
「雷蔵といったか」
「そうだ」
答えつつ、雷蔵もまた若者を見遣った。そして、ふむ、と唸った。
イリアス・ラミュウズ(eb4890)と名乗ったその若者は、一見したところ只の優男にしか見えぬ。が、風魔の忍びたる雷蔵にはわかる。イリアスの物腰に一分の隙もない事が。おそらくは相当の手錬れであろう。
「何か、用か」
「童の事だ。当然我々の来訪の理由を問うだろう。その時に何と答えれば良いのだ」
「‥‥」
雷蔵は答えない。イリアスは肩を竦めてみせた。
「それでは依頼は果たせない。良いのか」
「仕方あるまい」
ややあって雷蔵が口を開いた。
「早雲様は、童の力を借り、悪路王と会おうとしておられる」
「!」
冒険者達は息をひいた。
悪路王とは万の鬼を統べる奥州の大妖怪だ。駿河国守ともあろう早雲が、何故奥州の鬼の王と会うつもりなのか――わからない。
幾許か後。
「姉上」
木賊真崎が夕凪を呼んだ。
「それよりも、今は件の童の事を」
「そうだったねえ。で、何か心当たりがあるのかい」
「まあ」
真崎は曖昧に肯いた。
「土地柄と容姿から察するに、座敷童子なる妖が近しい存在かと」
「うむ」
琳思兼が同意の声をあげた。
「奥州と聞いて、わしもそうではないかと思っておった」
「なるほど」
座敷童子ねえ、という言葉を夕凪は胸中で呟いた。
実は、八人の冒険者中、唯一夕凪のみはその童と会った事がある。その時も不可思議な童であると思ったものだが、正体が座敷童子と聞いて、今更ながらなるほどと肯かされたのだ。
「‥‥しかし」
「どうかしたのでござるか」
夕凪の面をよぎった昏い翳りを見とめ、零式改(ea8619)が問うた。
「いやさ‥‥」
夕凪は答えた。座敷童子が冒険者の恩に報いる為、奥州の妖怪を敵にまわした事実を。
「それもそうですが、姉上」
真崎が再び口を開いた。
「その童子、一時たりと人に組したからには‥何ぞに護られ身を隠している事も考えられます」
「何か‥‥」
煌く銀色の髪を背に流した、美しいというにはあまりにも美麗な女性が呟いた。そして考え込みながら、
「もしその何かがいるのなら、童と会う事、難しくなるかもしれませんね」
「それでも」
零式改(ea8619)の眼が、何かを希求するかのように煌いた。
「拙者は会ってみたくなったでござる、その座敷童子とやらに」
改が云った。
一度遊んだその楽しき思い出の為に、そして恩を返す為に、ひたすら命をかけたモノ。似てはいないか、俺に‥‥
そして美麗な女性――メイユ・ブリッド(eb5422)はヘルメスの杖を手に取った。自身信じた明日への道を切り開く為に。
「わたくしに何ができるのかはわかりませんが、それでも納得をするために道を目指したいと思います」
●
白河の関。
念珠ヶ関、勿来関と共に奥州三関の一つに数えられる関所である。
その白河の関を前に、手配を受けている夕凪と改を除いた冒険者達は山の中にいた。辺りは桜が吹雪のように舞い散っている。
椿は足をとめると、宝手拭で汗を拭いた。日差しが強い。どうも苦手だ。
椿は紅絹の衣服の胸元を緩めた。思いの外豊かな双球が覗く。ここまで旅の巫女を装って来たのだが、その胸を見る限り、何とも艶やかな巫女であると云える。
同じく汗を拭く者の一人に、鬼のような形相の男がいた。大蔵南洋(ec0244)である。
南洋は、息一つ乱さぬ雷蔵を見遣ると、
「早雲公の事、色々と聞かせてもらったが‥‥万の鬼を率いる王、そしてその王に会いたいという藩主。全く途方もない話だな」
「ふっ」
雷蔵は会心の笑みを浮かべた。
「お頭――風魔小太郎が惚れたほどの男だからな」
「でも、やんちゃな子供ね、まるで」
リンが好ましげに微笑った。雷蔵は驚いたように瞠目する。あの北条早雲を子ども扱いした者など見たこともないからだ。
「で、さ」
天乃雷慎(ea2989)が、曇りのない瞳で、ひょこっと雷蔵を覗き込んだ。
「一つ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「どうして早雲公は悪路王に会いたいのかな」
「知らねえな」
雷蔵は答えた。
「ふうん。‥‥じゃあさ、雷蔵は悪路王と対峙する事に関して怖くないの?」
「怖い?」
ふふん、と雷蔵は笑った。
「風魔に恐れはねえ。びびっちまうと隙ができるからな」
「そっかあ」
雷慎は吐息をつき、照れくさげに微笑った。
「雷蔵は強いんだね。ボクは‥正直怖いかな。恥ずかしいけど」
「おめえ――」
笑おうとして、雷蔵は雷慎はまじまじと見つめた。
もし雷慎が言葉通りの臆病者であるなら、そもそもこの依頼を受けはしなかったであろう。一見ひ弱そうなこの娘が依頼を受けたという事は、恐怖を踏み越え、明日に踏み出す勇気があるという事だ。
雷蔵は思い出した。頭である風魔小太郎が、かつて彼に語った一言を。
真に強き者は恐れを知り、なおかつそれに負けぬ勇気を持つ者だ。――そう小太郎は告げたのだ。
「恥ずかしくねえ」
雷蔵は云った。
「おめえは強いよ」
刹那――
雷蔵が眼にもとまらぬ迅さで印を組んだ。瞬間的に彼の身に雷気が疾る。
「出てきやがれ」
「拙者でござる」
樹上から黒影が舞い降りてきた。改だ。
座敷童子を知る鬼一法眼を探し出すべく、一人別行動をとっていた改であった。が、どうやら徒労に終わったようで。
「なんでえ。脅かすな」
「申し訳ない」
謝しはしたものの、二人の忍びの間に交わされた一瞬の殺気に、気づく者はいない。
改の最も得意とするものは肉薄しての暗殺である。瞬殺無音――技の名は隠の剣『闇神楽・零式』。改の姓である零式とは元々は会得するはずだった技の名前であり、それほどの技をふるう前提として、改は目標に音もなく忍び寄らなくてもならない。然るに、この風魔の忍びは改の気配を察した。
「やるでござるな」
「おめえもな」
「雷蔵殿」
改が、背を返した雷蔵を呼びとめた。
「早雲殿の下であれば、拙者の暗殺剣でも人を救う剣と成すことができるでござろうか」
「できるさ」
雷蔵は答えた。
「早雲様は今、その為に動き出したんだ」
●
真希は元気であった。そして美登里も。
ほっと夕凪は胸を撫でおろした。美登里の笑顔に一片の翳りも見受けられないからだ。
夕凪は真希の前でしゃがみこんだ。
「童と山の中で遊んだ事があると云っていたねえ。その山というのはどこなんだい」
「あそこ」
真希が、ある山を指差した。麓にはかなり深い森が広がっている。
「天狗山」
「天狗山?」
童歌を口ずさむのをやめ、リンが首を傾げた。
「変わった山の名前だね」
「美登里殿」
何を思いついたか、椿が美登里にむかい、
「この辺りに物の怪の噂などないか」
問うた。すると美登里は小さく肯き、
「天狗山には太郎丸様がおられると伝えられております」
「太郎丸?」
「はい、天狗様で。いいつたえによれば、狼のお顔をされた天狗様であるとか」
「へえ」
リンの眼が輝いた。
「天狗って山の神様みたいなものだよね。ヤオヨロズ? そういうんだっけか。面白そう」
「面白がられても困るが‥‥」
南洋は苦く笑った。
「私達は、その天狗山に入ろうと思っている。何か注意すべき事などないだろうか」
「決して口をきいてはなりません」
美登里が答えた。
●
鬱蒼と茂る木々の海の中を、八人の冒険者はゆく。先ほどまで道案内をしていた樵――イリアスが雇った――も、これ以上は踏み込めぬと途中で足をとめた。
夕凪が炭を取り出し、木肌に印をつけた。椿は時折樹木の根元に盛り塩している。メイユといえば裁縫道具から糸を取り出し、道標としていた。いずれも道に迷わぬようにという配慮だ。
時折、薄紅が散った。山桜の花びらである。
うっとりとリンは景観に見とれた。まるで森が歌っているようだ。それは命への賛歌である。
思わずリンの口元が綻んだ。歌唄いでよかったと思ったのだ。
そのリンの傍ら、夕凪が笛を奏で始めた。
その時――
先頭をゆく椿が、突然足をとめた。
その足元に、棒状の物が突き刺さっている。槍だ。
ほとんど反射的に、改とイリアスが得物の柄に手をかけた。彼らの眼は、頭上に舞う三十ほどの漆黒の影を見とめている。
嘴と羽持つ山神――烏天狗だ。
「何者だ」
声に、冒険者達が振り向いた。
何時の間に立っていたのか――背後に異形の者が立っていた。
法衣を纏い、腰に刀を落とした人非ざる者。狼の頭もつ――白狼天狗だ。
「この地をおかす不逞の者ども、名を名乗れ」
白狼天狗――太郎丸が問うた。が、冒険者達は答えない。
「答えぬか」
その言葉が終わらぬうち、太郎丸が動いた。眼にもとまらぬ迅さで迫ると、メイユの首に刃を凝した。
「答えねば、この女を殺す」
「!」
はじかれたように冒険者達はそれぞれの得物に手をかけた。が、それよりわずかに早く、烏天狗達が槍をかまえた。もし冒険者達が動けば、全員串刺しは間違いない。
それを見定め、太郎丸は峰を返した。そしてメイユの首筋に刀の峰を叩き込み――とまった。寸前で。
「娘、面白い術を使うな。烏天狗どもには効いたかもしれぬが、俺には無駄じゃ」
太郎丸の口から嘲弄するかのような声がもれ、メイユの顔色が変わった。一瞬間に発動されたコアギュレイトに抵抗された――そうメイユが悟った時、今度こそ太郎丸の刀の峰が彼女の首に叩きこまれた。
悲鳴もあげえず、メイユは仰け反っている。たまらず、無言のまま冒険者達は刃をはしらせようとし――はっと眼をむいて、手をとめた。苦悶に顔を歪ませて、それでもメイユは手をのばしている。
やめろ、と。自分一人のの為に動くな、と。そう彼女は口を閉ざしたまま訴えているのだ。
「ふふん」
嘲笑いつつ、太郎丸がメイユを打った。
「口をきいてはならぬとおしえられて来たようだな。よかろう。このまま口を閉ざしてえおく事ができれば、何用あってこの山に入り込んだはしらぬが、このまま見逃してやる。が、一言では発すれば、今度はうぬらは殺す」
云った。そしてメイユを打った。打って、打って、打って――
「やめろ!」
叫ぶ声は、金髪の騎士の口から発せられた。
「それ以上、メイユを打つ事は許さん」
「ほほう」
太郎丸が刀をひいた。そして金色の魔眼でぎろりとイリアスを見据えた。
「声を出したな。いいのか、死んでも。いいのか、目的が達せられなくとも」
「かまわないでござる」
改が抜刀した。その身から凄絶の殺気が噴き零れる。
同時、椿もまた殺気の華ひらく。剣光頭上に。示現流、必殺の構えだ。
「仲間を見捨てて、何の冒険者か」
「そうだよ!」
雷慎が叫んだ。刀を封じたまま。
「ボク達は明日を目指す。でも、仲間を見捨てて掴んだ明日なんていらない。ボク達は、ボク達自身で戦って未来を得るんだ。でも」
雷慎の眼が朝日のように煌いた。
「ボクの戦い方で戦う」
雷慎が横笛を取り出した。そして軽やかに奏で始めた。生きる事の意味を込めて。
「そこまでじゃ」
声がした。
愕然としてはしらせた冒険者の視線の先、一つの小さな影がある。
おかっぱ頭の、綺麗な顔立ちの童。七、八歳にしか見えぬのに、超然たる雰囲気をまといつかせたその者こそ――
「久しぶりだね」
夕凪が声をかけると、座敷童子は一度ちらりと夕凪を見遣り、そして太郎丸に眼を転じた。
「太郎丸。ぬしの負けじゃ」
●
「悪路王に会いたい?」
さすがに座敷童子の表情が変わった。
すると夕凪が肯いた。真希と美登里が息災である事を告げた後だ。
「突飛な事を思いついたご仁が居るので、その思い付きの結果がどうなるか知りたくてね」
椿が云った。
「何者じゃ、そのご仁とやらは?」
「駿河国守、北条早雲」
「北条‥‥早雲」
呟くと、座敷童子は夕凪を見遣った。
「その早雲とやら、何の為に悪路王と会う?」
「さあて」
夕凪は真顔で腕を組んだ。
「私にも良くわからないんだがねえ」
「ただ」
メイユが敬意を払うかのように、座敷童子の前に膝をついた。
「早雲公の思惑は知らず、私自身は悪路王と会いたく思うのです。人に会い人を知らなければ、その人の本質はわからないもの。わたくしが悪路王を知らないように、悪路王もまたわたくしを知りません。だからこそ、会ってみたいのです。人と鬼は争い殺しあうしかないのか、それとも他にも道があるか、知らなければ始まらないのですから」
「‥‥」
座敷童子がじっとメイユの眼を見返した。湖面の如き瞳には、理知の他に、何かの光が瞬きだしてきたようだ。
その時――
すっと手が差し出された。
「お友達になれないかな?」
リンが問うた。
「友達? わしとか?」
「うん」
「何故じゃ?」
「好きだから」
くすりと微笑って、
「私は難しい事なんてわからないもの。ただ、好きかどうか‥‥貴方が綺麗だから。そして、この森が美しいから」
リンの指が妖精の竪琴の絃に触れた。
刹那、旋律がはじけた。まるで光が煌き散ったように。
「ゆこう」
リンの手をとり、座敷童子が立ち上がった。
「いいのかい」
夕凪が問うた。
「奥州はお前さんにとっちゃ鬼門だろ」
「ぬしには借りがある」
座敷童子が足を踏み出した。
と――
座敷童子を呼びとめた者がある。南洋だ。
「ひとつ教えを賜りたいことがあるのだが。北信濃に物の怪がいる。そ奴は土中深くに埋もれていた鉱毒を解き放ち、人はおろか草木や水、土に至るまで全てを殺しつくした。そのモノは角と牙を備え鬼の様にも見えたのだが‥‥そのモノは鬼と思われるか? また、奴の行動の意味とは?」
南洋が問うた。すると座敷童子は足をとめ、透徹した瞳を南洋にむけた。
「さすがに北信濃の事までは良くわからぬ。ただ、これだけは云える。そのモノ、鬼ではあるまい」
「ねえ」
夕凪が座敷童子を見下ろした。
「名無しも不便だ。そうさね、道を示す者‥伽羅と呼んで構わないかい?」
「伽羅?」
一度考え込み、ややあって座敷童子はこくりと肯いた。その時の顔は、年相応の童のそれに見えた。