【風雲】本能寺
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月20日〜01月25日
リプレイ公開日:2010年08月09日
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●オープニング
●
「和平、だと」
嘲笑った。
岐阜城の天守に立つ影。貴族的ともいえる端正な相貌に滲んだのはどす黒い悪意だ。
平織虎長。尾張の魔将である。
虎長の手がすうとあげられた。空にある何かを掴み取るかのように拳を握り締める。
「馬鹿め。この虎長が――第六天魔王がそうはさせぬ。我が力をもって天下を手中にし、この国に絶えることなき乱をもたらしてくれよう。のう、帝釈天」
「はッ」
頭を垂れたのは小姓の一人である。
長い黒髪を流した偉丈夫。魂まで凍りつきそうなほどの威圧感を放っている。
今は鬼堂帯刀と名乗るその男の正体こそ鬼道衆を率いる帝釈天であった。
「乱こそ我らの願いであります故。そうであろう、龍王」
「‥‥」
黙然と肯いたのは沈毅重厚の侍であった。
鬼道八部衆の一人、龍王。名乗りは鬼塚武蔵であった。
「天王」
「はい」
若者がこたえた。少年のようにあどけない笑顔だ。
鬼束伊織。正体は鬼道八部衆の一人、天王だ。
天王はちらりと横に座す巌のように体躯の男を見遣ると、くくく、と微笑った。
「修羅王もまだまだ殺し足りぬ様子。和平など訪れたならば困りましょう」
「ふふん」
修羅王と呼ばれた男が口をゆがめた。名乗りは鬼丸刑部である。
「困るのは摩侯羅伽王も同じだ」
「馬鹿め」
吐き捨てたのは修羅王に勝るとも劣らぬほどの巨漢だ。
名は幽鬼蔵人。鬼道八部衆の一人、摩侯羅伽王である。
摩侯羅伽王は苦々しげに修羅王を見遣ると、
「俺はお前のような殺し好きではないわ」
「どちらもどちら」
くすくすと華やかに笑ったのは大輪の薔薇のように美しい若者だ。
名は鬼門麗。鬼道八部衆の一人、迦楼羅王である。
ね、と迦楼羅王は片目を瞑ったみせた。肩を竦めてみせたのは薄く微笑をうかべた若者だ。
この若者もまた鬼道八部衆の一人であり、名は緊那羅王。今は鬼童総司と名乗っている。
緊那羅王は溜息を零すと、
「修羅王と摩侯羅伽王のせいで、我らは血も涙もないと思われている」
「違うといいたいの?」
ちらりと艶のこもった瞳をむけたのは女童であった。女童は口元を手で隠すと、
「我らの中でも最もじりじりと甚振るのが好きな緊那羅王がよくも云う」
「蜜姫――いや、夜叉王には云われたくはないな」
緊那羅王の口の端がすっと吊り上がった。
と――
突如、八部衆の表情が変わった。いや、もう一人――女と見紛うばかりに美しい十人目の若者までが。
かつて真田十勇士最強といわれ、魔界に転生した若者――霧隠才蔵が恐れるものが世にありうるか。
ある。その正体こそ、天守に足を踏み入れた少年であった。
「第六天魔王」
神々しいまでに美麗な少年は恐れ気もなく呼んだ。虎長が初めて振り返る。
「天津甕星か」
「うむ。用意はよいか」
天津甕星――かつて天津神すら斃すことのかなわなかった最強の国津神が問うた。
「ああ。天下布部の準備はできている。お前の方はどうだ?」
「大丈夫だ。多くの国津神が目覚め、その時を待っている。人間どもの世が終わる時を、な」
天津甕星が笑った。虎長もまた笑った。
●
「さあて」
御所の奥、一人の若者が座していた。
神々しいまでの美貌――天津甕星が星であるなら、この若者は太陽であろう――の持ち主。北条早雲である。
「天と地、そして時。すべてが揃った」
早雲は云った。
神皇との会見との名目で虎長を本能寺に呼び寄せてある。平織はイザナミ討伐のために多くの兵を割いているため、供の者の数は多くないだろう。今なら明智光秀でも討てる。好機であった。
「が、な」
精悍な風貌の若者が腕を組んだ。眼をあげる。
風魔小太郎。ジャパン最強ともいわれる風魔一族頭領は良く光る眼で早雲を見つめると、
「そう簡単にはいかねえ。虎長の小姓ども、どうやら只者じゃない」
「只者じゃない?」
「ああ。虎長が新しく召抱えた小姓は十人。そのうちの一人に奴がいる」
「奴?」
「ああ。空から降ってきた奴さ」
「おお、奴か」
早雲が微笑った。
空から降ってきた奴、確か正体は鬼道八部衆の一人、天王だ。
「となると、十人の小姓のうち、七人は八部衆であるかもしれぬな」
「七人だけじゃねえ」
小太郎の眼の光が強まった。
「どうやらその七人に命を下す者がいるようだ」
「十人の小姓のうちにか?」
「ああ」
重く小太郎が肯いた。
八部衆を従わせるほどの者である。ただの人間であるはずがなかった。
さすがに早雲の顔が曇った。
「そいつは面倒だな」
「面倒なのはこれからだ」
小太郎は苦く笑うと、
「残る二人は顔見知りだ。一人はお前は知るまいが、俺が知っている。真田十勇士が一人、霧隠才蔵」
「霧隠才蔵‥‥。真田の忍びが、何故に虎長のもとにいる?」
「真田幸村のさしがねという可能性もあるが」
小太郎は腕を組んだ。幸村という武将と早雲は似ているところがある。神算鬼謀の主であるという面において。故に此度の件も幸村の何らかの目論むがからんでいるのかもしれぬ。が――。
「これは噂だが、才蔵は真田十勇士を抜けたらしい」
「抜けた? それは真実か?」
「忍びには何十もの真実がある。そう簡単には読めねえさ。が、ともかく、才蔵は俺に匹敵するほどの忍びだ。敵にまわった場合、これほど厄介な奴はいねえ。さらに天津甕星までもがいる」
「魔物の揃い踏みか」
早雲が眼を閉じた。瞑目したたまま、
「さすがにそれほどの魔物が揃うと、光秀でも討てるか、どうか。討ちもらすことだけは何としても避けねばならぬからな。――となれば、やはり冒険者か」
眼を開くと、早雲は剣を手にとった。魔剣、臭蛇剣である。
「これを冒険者に貸し与える。これならば斃せねまでも、封印することはかなうだろう」
「しかしそいつは」
小太郎の顔色が変わった。
臭蛇剣は第六天魔王の一部を封印していたほどの魔剣である。それほどの剣を扱える者は世に一人しかいない。
「数瞬ならば可能だ」
早雲はこたえた。冒険者でも数瞬ならば扱えぬことはない。
第六天魔王は虎長の身裡に復活した。それは第六天魔王にとって弱みである。
鬼道八部衆と違って、今の虎長は生身のはずだ。殺すことは可能である。
問題は虎長を殺した後どうなるかだ。おそらくはその瞬間、第六天魔王は正体をあらわすだろう。
その瞬間だ。
その瞬間、臭蛇剣を使えば第六天魔王を封印することができるだろう。
「そうだろうな」
声がした。
姿をみせたのは早雲に勝るとも劣らぬほどの美麗な存在だ。
安倍晴明すら一目置くほどの陰陽師、かつ剣豪。鬼一法眼であった。
「第六天魔王を封じる法はそれしかない」
鬼一法眼は云った。早雲に第六天魔王封印の法を授けた者こそ、誰あろう鬼一法眼その人であったのだ。
「機会は一度しかないぞ」
「やるさ」
早雲は云った。そして蒼穹を見上げた。
「ジャパンの夜明けを呼ぶため、まずは第六天魔王を斃す」
●
カッ、と眼が見開かれた。
その眼に光が閃く。決然たる光が。
斃す。我が主を。
男は決意した。この世のため、あえて主殺しの悪名をかぶろうと。
男の名は明智光秀。目指すは本能寺――
今、ジャパンの命運をかけ、人間と魔王との最後の戦いが始まる。
●リプレイ本文
「さて‥‥このようなところかな。どうだろう、これで?」
場所は京都のとある寺。その一室にて渡部 夕凪(ea9450)は筆を置くと、隣にて文を記し続けるリン・シュトラウス(eb7760)に、その文面を確認するよう、促した。
内容は北条家領国駿河に向けての手紙。その地にいる座敷童子の伽羅と国津神・建御名方こと雷に向けての機嫌伺いの手紙であり、また同時に領国駿河の富士異変と、今迫り来る虎長軍に対抗するための助力を願うべく、書かれたものである。
「ありがとうございます。後で、自分のほうも挨拶を添えてから、他のものと一緒に、お送りいたしましょう」
「主殿への、恋文とともにか?」
「もう、からかわないでください」
主殿とは彼ら北条家臣団が主と仰ぐ、北条家の当代、北条早雲。彼への報告と願いを書き記した文をそのように茶化す夕凪の態度に、リンはちょっとムッとした声を出すものの、これまでの彼女の献身、そして戦いが終われば伝えたいことがあるなどと実際そうとも見える文面になっていれば、致し方ないところであろう。
そう思ってリンはすぐに落ち着き、冷静に、一応の返答をする。
「恋文ではありません。早雲様へのご報告と、戦いの後の年賀の宴など‥‥生き残る目的を、と」
「なるほどな。ところで、この文を届けるのは、風魔衆の誰だろうか」
「いえ‥‥風魔衆ではありませんが、大蔵様が信のおける方に手配されております」
北条家家臣大蔵 南洋(ec0244)は、この時に至って駿河の守りをさらに固めるべく、何名かの知己の冒険者に依頼をしていた。夕凪とリンが今書く文と、大蔵の指示とを同時に託すため、男は今別室にて手配の最中である。
相手の素性に関しては、大蔵の手配するものであれば心配はないと、一同考えている。
「では、私は十兵衛殿を探しに出るよ」
「よろしく、お願いします‥‥後から、私も合流します」
大蔵の手配の後、虎長を討つとの決意を固めた明智光秀と、本能寺の戦に向けての最後の会談が行われる。
その戦においては、できうることならこれまで色々と手助けしてくれた、柳生十兵衛の助けは不可欠であったが、自由の人なる彼の足取りは常に要と知れない。少ない時間ながらもぎりぎりまで彼を探すべく、夕凪は席を立つ。
「きっと夕凪さんがいらっしゃいますから、出てこられますよ」
「どう、だかな」
その言葉に二人は優しく、微笑みあっていた。
「‥‥事ここに至っては、どうあっても虎長殿には、死んでいただくより他ありませぬな」
日も落ち、夕刻というには遅い時刻。駿河の護りや本能寺襲撃のための手配を終えて、その座敷に現れた大蔵 南洋(ec0244)は、ほのかな蝋燭の灯りの元、静かに息を殺す一同に、そう言い放つ。
それは、主より解決を命じられただけではなく、「天下布武」との言葉を発しながら攻め寄せる危難に対しての、男の偽りのない心情である。
「我らのみでことを成せとは、何らかの理由がおありであろう。されど、主の期待に応えるよう全力を尽くすまで」
そのゆるぎなき言葉に明智光秀は、一瞬、その表情を硬くする。
「‥‥やはり、自分を見出してくれた恩人を討つのには‥‥」
「‥‥ご明察です」
光秀の表情の曇りに、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)はそう尋ねかけると、指摘に隠し事はできぬとばかり、乾いた苦笑交じりで光秀は答えを返した。
「私が今、この職にあり、平織家に仕えさせて頂いているのも、あの方のお引き立てがあればこそ。本来であればその過分の御恩、子々孫々に到るまでご奉公して返すべきものです」
「だが、それで大事を見誤っちゃいけない」
男の気持ちはクロウにはよくわかっていた。自分が愛する人も感じているであろう、元は身内であったものと相対せねばならない、その気持ち。
クロウはその思いを胸に置き、明智光秀の目を正面から見据える。
「確かに、虎長公はあんたをを引き立てた恩人だ。だが今の奴は、虎長公その人じゃない。これは、ジャパンのための戦いだ」
「それにお市の方も、兵を揚げることを決められた‥‥心で泣いてさぁね」
暗さで表情はよくわからないものの、変わらぬ顔色で、ネフィリム・フィルス(eb3503)はため息とともにつぶやいた。
平織の臣明智光秀が動き、虎長を討つのであれば、その場に現在の平織当主お市の方に縁あるものが集うは道理。市配下の将として、ネフィリムは主の決断とその意思を慮り、改めて一同に伝える。
「面倒だけど‥‥ともかく、虎の字には市を泣かせた代償は、払ってもらうしかないのさ」
「僕の兄貴も、駿河でがんばってる。この国を護るために‥‥こっちも負けられないなー」
一同の決意に感じ入り、今この時、この国のために戦う兄を思った天乃 雷慎(ea2989)の声に、暮れる闇の中、戦に向けての最後の打ち合わせが始まった。
時は1月の下旬。京の都には暮れ近くからいつの間にか、雨が降り始めていた。
その雨の中、一人の少年が濡れて歩く。そして途中、降りしきる雨を見上げながらふと立ち止まると、少年は静かに、謳うようにつぶやいた。
「ああやって呼びかけてくるとは。よく、そんなことができたものだ」
その小さな問いかけに、雨音以外は誰も応えるものはない。そうしんしんと降り注ぐ雨の中、少年は‥‥少年の姿をした悪魔、天津甕星は口端を小さく歪めて微笑んだ。
「そうだね‥‥君が、このようなところに来るわけはないか。万に一つも、と思って乗ってみたけれど。‥‥しかし、この僕を引き離すことはできたようだ。小賢しい策だね、人間たち」
そうして踵を返し、天津甕星は雨と大地を踏みしめながら第六天魔王の待つ本能寺へと向かう。
暮れより降り始めた雨は、時がたつにつれ次第に強さを増していた。
「‥‥ちょっと、やりすぎたかもねえ」
「いや、そんなことはないさ」
この雨の中、本能寺を取り囲みつつある明智勢の中、肩をすくめるネフィリムのつぶやきにクロウは小さく返す。
今降りしきるこの雨の大元の雲は、ネフィリムがレミエラの魔力をもって呼び出したものだ。雨にまぎれての攻撃は、戦場での一つの策である。
その降る雨の音にまぎれるよう、静かな時の声が上がると、明智勢約3000は、本能寺を四方より取り囲んでいた。
同じ時、日暮れと曇天、雨にて暗き本堂。
その場に灯りもつけず、平織虎長が座するところ、すと、気配が漂う。
「帝釈天か」
「謀反にございます‥‥紋は桔梗、明智光秀」
名を呼ばれた影は、平伏するかのようにそのまま報を告げる。
「是非に、及ばず」
今ここに力甦るは、第六天魔王としての魔力。体より妖気を漂わせながら報せを聞き、虎長はにやりと笑みを浮かべていた。
「しかし事ここにいたり、人間どもに攻めさせるとは。臆したか、日本武尊。人ごときでわしを討とうとは‥‥所詮は、神代にて破れ現世に落ち延びた落人よ、のう‥‥」
かつての記憶を思い出しているのだろうか、呵呵大笑、虎長が声を上げて笑うと、その声を号令とするように本能寺に集いし供のものは動き始めた。
号令とともに明智軍の本能寺襲撃が開始されると、敵方、守り手の中にはちらほらと、人としての姿を捨て、悪魔の正体を現すものも現れていた。だがメイユ・ブリッド(eb5422)の手によりあらかじめ、明智軍の大半には魔による害を退ける魔法がかけられており、またクロウたちが持ち寄った退魔の力ある護符も効果を発揮し、攻めるのは当初の予想より、易く思われる。
だが戦が始まってよりいくばくか。
「なんだい、こりゃあ‥‥」
「どうやら、お出ましのようだな」
護りの兵である雑兵やあるいは下級の悪魔を任せて一同が突入する途中、冷たい雨の中にぼんやりと、まるで意思を持つかのような霧がゆっくりと漂い始める。その霧に目測を失い始める明智の兵に、ネフィリムとクロウ、突撃の一隊は唇を噛んでいた。
「そこ、ですか!」
「残念だが‥‥効かぬ!」
リンが前に出て眠りの呪文を唱えようとするも、濃密な霧の中では相手を定めることはできなかった。
霧の中現われ、すぐに消えるは霧隠才蔵と八部衆。その動きに撹乱され、あるいは漂った霧に視界を奪われ、一瞬にして混乱があたりに広がっていく。
「当たれっ!」
隣の屋根に上った兵士が叫び、クロウより渡された、虎の子の聖なる力を付与された矢を解き放った。だが濃密な霧の中では狙いは定まらず、まるで霧に飲まれるかのようにトスリと寺社の砂庭を穿つのみ。
そして霧の中、精鋭八部衆が蠢き走る。その白き闇にひらめく刃は、本能寺を囲んだ明智の兵の命を、寸分たがわず、奪っていく。
「ええい、下手に手を出すんじゃないよ!」
「魔王は俺たちに任せて、雑兵を狙え!」
立ちはだかる敵を弾き飛ばし、一同は明智勢の不備を守り魔王を討つべく奔走する。
周辺が燃え盛る本能寺、その本堂の中央に立つは平織虎長‥‥いやさ第六天魔王。
その前の板戸がすうと開くと、ひやりとした冷気とともに、一人の男が現れる。
「ほう? まさかな‥‥」
現れたる美しき偉丈夫は、北条早雲。虎長の目には薄闇の中に浮かぶ姿をそう見ている。
だが次瞬。第六天魔王は冷える笑みを浮かべると、そのまま無造作に太刀を振り回し、板戸とともに影を切り払う。
「‥‥影武者というなら、もう少しましな方法をするがよいわ!」
「!」
斬られた影‥‥零式 改(ea8619)はすんでのところでその一撃を身に受けるのをかわすと、後ろに護りとして控えていた大蔵が、手にした剣でもって牽制し、双方に距離をとらせていた。
「よく、見破った‥‥!」
「姿形は似せたとしても、魂まで似せることはあたわぬ‥‥いまだ、わからぬか」
斬撃をかわした勢い、身につけた袈裟の力を解き放とうとするも、曇りゆえに影なく果たせぬ零式は、第六天魔王の答えに、ともにある大蔵と夕凪を見やって、静かに刀を引き抜き構える。
「第六天魔王、滅すべし」
「お覚悟を、虎長殿」
「やってみるがいい!」
応ずるように本堂に集うは、小姓衆、つまりは八部衆。人の姿をした悪魔たちがその技もって襲い掛かる中、様子を伺う夕凪は、腰の水湧き玉散らす刃を引き抜き、闇夜と雨を薙いで敵を威した。
「僕は戦いを避けてきた‥‥でも、明日を切り開くための魔との戦いなら、僕は迷わず、この刃を抜く」
本堂の争いの様子と現れたる悪魔たちを見て、天野は思いを叫び、刃を振るう。若者の決意に相対した雑兵の顔色が一瞬変わり、気圧される。
「‥‥僕も兄貴たちと同じ御守衆、空守の天剣士なんだ!」
そのまま決意とともに振り抜き峰打ち、倒れる雑兵の影から現れる姿現した次なる魔を、柱や衾を介して避けると、迫る敵をその小太刀で、一刀切り伏せる。
「なかなかに骨がある‥‥だが、お前たち人ごときで、魔王を討つなど、夢幻と教えてやろう」
雨降りしきる縁に降り立ちつつ、虎長は冒険者たちを睨みつけると、邪悪なる黒き霞をほとばしらせながら、闇夜に人を嘲笑う。
同時に白く広がる霧の中、黒き霞を漂わせ、悪魔たちは例に漏れず、地獄の力を招来させていた。
「どきな、黒の字!」
その叫びにクロウが下がると、ネフィリムが威力を載せて魔力の鞭を振り回し、敵を巻き込んでなぎ倒す。
本能寺にありし最大の戦力、八部衆と虎長はこの場所にあり、下位の悪魔も戦場各所に薄く広がっている状況であれば、全体の戦況は明智勢に有利に傾き始めている。だが、首魁である虎長‥‥第六天魔王を討つことができなければ、一時の優勢など何の意味もない。
地獄の魔法にて致命傷を防がれる攻撃と、戦場の趨勢を比べ、メイユは皆にそっとつぶやいた。
「このままでは、埒が明きません。私に合わせてください‥‥魔力の解除を試みます」
「‥‥それしか、ないようだな」
女の提案にクロウがうなずくと、ネフィリムは代わらず、囮となるべく走る。敵の迫る刃が女の頸筋に致命の一撃を与えると、幾つ目になるだろうか、身代わり護身の魔法の品が砕け散る。
「‥‥今さね!」
返す刀、女の一撃が相手に叩き込まれたその一瞬に合わせて、メイユが解呪の魔力を解き放つ。
その力は悪魔が敷きたる地獄の外法を解除すると、無敵と思われた防護に風穴を穿つ。
「ここで、決めてやる!」
その隙を狙って、クロウが破魔弓を引き絞り、西洋にて制別された聖なる矢を放てば、それは八部衆の一人の眉間を貫き、どうと倒れさせた。
「‥‥よくぞ追い詰めた。これが‥‥褒美だ!」
だがしかし、憎々しげにも呪法を唱えるは、帝釈天‥‥すなわち、天空の雷神が一人。
その力込められた短い言葉により、今雨降る曇天から放たれた強大な雷は、夜を昼に変えたかのように眩く辺りを照らしあげ、その一瞬後、クロウの体を焼け爛れさせ、命の炎を刈り取っていた。
「早く、治療の呪文を!」
「‥‥いえ、それよりも先に、敵を、ここを押し込まねば!」
敵の攻撃に治癒と蘇生は間に合わずと断じたか。メイユの言葉にネフィリムは舌打ちながらも、魔法のための隙を稼ぐべく吠えて敵に突っ込んでいく。
雨が降りしきる本能寺では、戦のためにかけられた火も次第に小さくなり、戦の趨勢も固まりつつあるころ。
そんな本能寺の本堂前の庭では、死屍累々と表すべき、八部衆と虎長、そして平織と北条の有志の者たちの戦いが繰り広げられていた。
「虎長を、討て!」
リンの声にあわせて放たれた銀の光の矢は、虎長を見事に捕らえていた。
その魔法の攻撃と機を合わせるよう、零式は迫り、敵首魁に切りかかる。
だがいくつかの傷を負わされた虎長は、笑ったまま飛び込んできた改の刀を握り止めると、鋭く太刀を突き出し、男の心の臓を貫き通した。
「この‥‥!」
その死角より天野が飛び掛り、立ちはだかる八部衆の一人を切り倒しながら迫るが、だがこれも振り向きざまに払われた刃一閃に腕より腹まで斬られ、魔王の肩口への一太刀と引き換えに天野は倒れ落ちる。
「雷慎!」
「‥‥今は、待て」
夕凪の声に大蔵は静かに、虎長を睨みつけたままつぶやき返す。
「今は彼奴には地獄の法がかかっている。それを解除するまでは‥‥」
高速で魔法を放つといえども、それはあくまで機先を制して行動しているようなもの。人を超えた動きを成すわけではない。
攻撃の効かぬ敵を牽制しながら隙を稼ぐその状況に、夕凪は心の奥で臍を噛む。
「どうした。この場に日本武尊がいないとは‥‥見捨てられたか?」
「‥‥浅慮な」
一進一退の戦いを続ける戦場を見回して、第六天魔王が嘲るようにつぶやけば、大蔵は動揺することなく、ため息で応える。
「確かに主殿のお心は計り知れぬ。だがこの戦い、神の手ではなく、我らの手で成すこと。そこに意義があるのだ」
「だがそれで」
虎長が一気に踏み込み、夕凪へと一撃を放てば、大蔵が割り込みその剣で受け、吹き飛ばされながらも女を守る。
「そもそものわしを、倒せなければ何の意味もなかろうが!」
「そいつぁどうかね、虎の字よぉ!」
虎長の攻撃にあわせて動く八部衆の残りを睨み、ネフィリムは手にした鞭を捨てると、軽くなったその身で一気に敵に近寄り、無手で敵を打ち据える。
意表をついたその隙、メイユが再び高速詠唱、解呪の呪文を放てば、その間に抜き放った妖刀でネフィリムは敵を逆袈裟に切り上げ、そして相手は女の首を掻き切って、二人はどうと倒れ伏した。
「後、もう少し‥‥」
「‥‥残念だがそこまでにしてもらおうか‥‥」
リンと目配せし、次なる魔法の準備をと狙っていたメイユの胸より、冷たい言葉とともにすると刃が生えると、霧隠才蔵は刀を抜き取り、血を振り払う。鮮やかな死の花が女の胸に一瞬にて咲き乱れる。
「さあ、これで我らの呪法を解除する手立てはない」
忍びが再び白き闇に消えるにあわせ、虎長は冷たい瞳で、一同を見据える。
「この、第六天魔王に逆らいしこと、あの世で後悔するがよいわ」
「そうは、させぬ‥‥!」
「!?」
突然の叫びと鋭い斬撃。新たに張られぬ守りの外法、その死角よりの一撃に八部衆が一人潰され、魔の者たちも動揺に対応が遅れる。
「雷、さん‥‥!」
リンのその声に一瞬目配せし、続けて虎長を牽制するよう、駆けつけし雷は攻撃を畳み掛けた。
「ぬ‥‥!」
突然のことに守勢劣勢となる虎長を見て、大蔵は荒い息ながらもその動作だけで夕凪に意を示し、そして走った。
雷の攻勢と息を合わせるよう、大蔵が霊剣を振るうと、だが魔王はそれを身に受けたまま、大きく振りかぶり男を薙ぐ。
「第六天、魔王っ!」
「‥‥臭蛇‥‥!」
大蔵の体に食い込んだ自らの太刀を抜く一瞬の隙、夕凪が臭蛇剣の力を解放し、魔王に向けて振りかぶる。
打ち据える剣よりほとばしる神代の力に女は焼かれるが、それも気にせず夕凪は、剣に目を見開く第六天魔王の心の臓へと、その切っ先を吸い込ませた。
瞬時、命の光とも思える眩い光が本堂に走り、そして雨の音と、外の戦の喧騒が遠い現実のようにただ響いていく。
「それを、人間が振るうだと‥‥? その命が危ういかも知れぬものを‥‥」
「そうであっても」
臭蛇の反動と、そして交錯した時の虎長の最後の一撃に、しかし何とか命を繋いだ夕凪は、口血とともに答えを返していた。
「人の世の為、魔王を斃す‥‥それを成したまでだ、よ」
「‥‥ふん、日本武尊め、また奇策を練りおってからに」
虎長の体より‥‥いや虎長の体そのものが、憎悪の色の砂かあるいは塵と化すと、地に落ち、そして吸い込まれるように消えていく。
「だが、この我が体は滅びようとも‥‥わしは、悪は真に滅びるわけではない。人々が心を忘れ、この世が悪と欲に包まれし時‥‥この第六天魔王は、甦ろう。現世を、魔に導くために‥‥な」
「そんなことはない」
すでにその姿を消え去らせ、死滅の風体を成された第六天魔王の最後の言葉に、夕凪は静かにつぶやき、倒れこむ。
「日本武尊が神代より現れ、主殿とともにあるように。そして、私たちのように。仲間のため‥‥思いのために、必ず、悪を倒すものは現れるさ‥‥」
いつしか外の雨はやみ、雲間からは優しき未来のごとき月が顔を現していた。
多くの犠牲を払ったものの、本能寺の変と後の世に呼ばれることになるこの戦は、こうして平織虎長を討ち果たして、終幕を迎えた。
明智光秀はこの戦により平織家に復帰を果たし、虎長との戦いで命散ったものの中には、私費ではあるがその命を取り戻したものもおり、その功に合わせ、駿河の藩主となったものもいるという。
虎長の近習には行方をくらましたものもいたが、だが東西にて起こりし大戦も時同じくして終息を向かえ、新たなる日本に向けて、人々はその歩みを始めるのであった。