【死国動乱】八郎河童
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:04月08日〜04月17日
リプレイ公開日:2008年04月16日
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●オープニング
●
押し返されて、男はよろけた。身形からして、どうやら農民のようだ。
「おっと」
男を、別の男が抱きとめた。一升徳利を肩にぶら下げている。どうやら少し酔ってもいるようだ。
「大丈夫か」
男に問い、そして一升徳利の男は、男を押した浅黄の羽織を着た若者に眼をむけた。
「いってえ、どうしたってんだ」
「平手さん、それが‥‥」
困惑気味に若者が事情を説明し始めた。
「この男――長吉というらしいのですが――が助けてくれと申しまして」
「助けてくれ?」
平手と呼ばれた男が、長吉に眼をもどした。
「助けてくれたぁ、穏やかじゃねえな。どうしたってんだ?」
「お侍様」
長吉はすがりつかんばかりの様子で、声をあげた。
「新撰組のお人でごぜえますか?」
「ああ。平手造酒ってんだ。十一番隊の組長をやってる」
「組長様‥‥」
長吉は口を戦慄かせた。
「そんな偉いお方なら‥‥お願えでごぜえます。どうかお助けくだせえまし」
「助けろってのはわかったが‥‥。で、何をどう助けてくれってんだ」
「娘ですよ」
長吉に代わり、若者――新撰組隊士が答えた。
「娘?」
「ええ。どうやらかどわかされたようなんですが、役人がとりあってはくれぬといって」
「そうでごぜえます。八郎の奴が娘のお鶴をかどわかしましたんで」
「おいおい」
平手はわずかに眼を見開いた。
「なんでえ、下手人はわかってるんじゃねえか。で、八郎ってのは何モンなんだ」
「河童でごぜえます」
「河童?」
「らしゅうございますよ」
隊士が苦笑した。が、平手は笑わない。
「河童じゃあ、あんたには取り戻せそうもねえな。が、それにしてもおかしい。どうして下手人がわかっているのに、役人が動かねえんだ?」
「戦が起こっておりまして」
長吉が答えた。
「それで、そのような些細な事にはかまっていられぬと申されました」
「うん?」
平手は首を傾げた。
今、長吉は何と云った? 戦が起こっていると?
京は未だ不穏の只中にある。が、役人も動かぬほどの戦など起こっていないはずだ。
「おい、そりゃあ――」
云いかけた平手を遮るように、隊士が口を開いた。
「四国ですよ、その男の住むところは」
●
「組長、どこへ」
壬生屯所の前、新撰組十一番隊伍長・不破蘭子が呼びとめた。すると刀を腰に落とした平手は足をとめ、
「少し遠出する。まあ見廻りってやつだな。土方さんにはお前から伝えておいてくれ」
「四国ですね」
「ふふん」
平手は苦く笑った。
「相変わらずの地獄耳だな。その通り、俺は四国にゆく」
「ふぅ」
蘭子は溜息を零した。
「四国から助けを求めて長吉という男が来ている――そう隊士が話しているのを聞いて、もしやと思っておりましたが‥‥。組長、この事がもれると、只ではすまぬかもしれませんよ」
「そうかもな」
平手はふてぶてしく笑ってみせた。
「が、四国くんだりから必死に助けを求めてきた男を、無下に追い返すわけにゃあいかねえ」
「新撰組の‥‥面子ですか」
「ただの節介焼きさ。それと」
平手を杯を持ち上げる仕草をしてみせた。
「四国の地酒って奴にも興味がある」
「ふぅ」
蘭子は再び溜息を零した。ひょっとすると平手の真の目的は珍しい四国の地酒にあるのではないかと思ったのだ。
「で、だ」
平手は声を低めた。
「この俺の勝手な節介焼きに隊士を付き合わせるわけにゃあいかねえ。だから、俺は内緒でいく。隊士には知らせるなよ」
云い捨てると、ふらりと平手は歩き出した。それは、馴染みの居酒屋にでもむかうような軽い足取りであった。
この時――
神ならぬ身の平手は知らぬ。ただの河童退治と思われたこの依頼が、四国の二国の命運を担う事件になる事を。
●リプレイ本文
動乱の
死国極まる
松山で
想いは澱む
異世の暗闇
「アン!」
呼ぶ声に、アン・シュヴァリエ(ec0205)が振り返った。透き通るような碧の瞳がきらきら輝く。
「レア、ジャン」
叫ぶ。
肯いたのは銀の髪を二つに分け括り、足元にまでのばしたジプシーの娘と、燃えるような赤い髪の少年――レア・クラウスとジャン・シュヴァリエであった。
「気をつけて」
レアは云った。そしてアンが戦乱に巻き込まれる運命にある事を告げた。
「真実にするもしないも貴方次第。がんばってね」
「姉さん」
ジャンが気遣わしげな眼をむけた。同じ孤児院で育った義理の弟である彼は、いつも姉であるアンの事が気がかりであったのだ。
「遠いところまで行くそうですね。お酒には気をつけてくださいね」
「大丈夫」
アンは柔らかく微笑んで、傍らに立つ一人の男を見遣った。
ふてぶてしく、抜け目なさそうで、それでいてどこか虚無の匂いのする男。新撰組十一番隊組長・平手造酒である。
何か、と思いつつ、ジャンもまた平手に視線をむけ、気づいた。一升徳利を背負っている事に。
不安だ‥‥
姉思いのジャンは溜息を零した。
●
大洲丸。
ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)が探し出したもので、堺と松島をつなぐ千石船である。
その中に、平手と八人の冒険者はいた。遥か上空、雲と戯れるように翔ぶのはペガサスのプロムナードである。
日はすでに二日過ぎていた。山王牙(ea1774)が平手と長吉の為に韋駄天の草履を用意していたのたが、設楽兵兵衛(ec1064)は手持ちがなく、よって通常の移動となった故だ。
船の片隅、その兵兵衛が長吉に笑いかけた。
「随分と遠くから来ましたねぇ。役人仕事というのは国で変わる事はないようで。融通のない事です。それが私達のようなのが存在出来る理由でもありますが」
「へえ。そりゃあ‥‥」
長吉が肯く。
平手がちらりと兵兵衛を見遣り――一人、おやというように表情を動かした。
兵兵衛という男、剣の腕前はそこそこだが、それよりもその身ごなし。どこか剣客とは違うものがある――そう平手は思ったのだ。
その時、煌くような金髪を結った艶やかな娘が、書き加えかけていた瀬戸内海図をおき、口を開いた。
「娘さんの事だがね」
アレーナ・オレアリス(eb3532)が云った。
「名と顔特徴を教えてもらいたいのだが」
「へえ」
肯いて、長吉が答えた。名は鶴であり、その名の通りの色の白い、細身の娘であると。
「では、その鶴さんを浚っという八郎河童だ」
牙が鋭すぎる眼を長吉にむけた。
「どのような奴なのだ」
「悪さばかりする奴でして。八郎沼に人を引きずり込んだり」
「ふむ」
牙はわずかに眉をひそめた。八郎河童とやら、確かに悪さはするようであるが、邪悪というのとは違うようである。本当に鶴を浚ったりしたのだろうか。
そう問うと、長吉は何度も肯いた。
「そりゃあもう八郎河童の奴に間違えねえです。人攫いの噂なんぞは聞かねえし」
「じぁあさ、どうして八郎は鶴を浚う必要があるのかな?」
アンが問うた。すると長吉は眼をぱちくりさせ、
「ひ、必要?」
「そう。今頃鶴を浚わなければならなかった理由があると思うの」
「そんな事、俺が聞きたい!」
長吉が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「化けモンの考えてる事なんかわからねえ。大方生き胆でも喰らうつもり‥‥」
声を途切れさせ、長吉が唇を血の滲むほど噛み締めた。その様子に、どうやら嘘はないようだ――とアンは見た。
「辛い事を聞いたな」
秀麗な面立ちの、少年のような体つきの若者が長吉の肩にそっと手をおいた。暖かい手だ。はっと顔をあげた長吉はかぶりを振った。
若者――シグマリル(eb5073)は深い海色の瞳を長吉のそれにむけ、
「小耳にはさんだのだが‥‥。どうやら四国では戦が起こっているようだな」
「へい」
長吉がこくりと首を縦に振った。
「河野様が細川様の領地に攻め込まれたのでございます」
「河野? 細川?」
「伊予松山藩主、河野通宣。そして高松藩主、細川定禅だ」
視線を向けたシグマリルに対し、平手が答えた。
すると凛とした娘が溜息を零した。美しい娘だ。名は所所楽柳(eb2918)。楽士である。
「戦と云っても、ちょっとしたいざこざくらいに思っていたけど、まさか伊予国と讃岐国‥‥二つの国の戦だったなんて」
「巻き込まれるのだけは避けねばなりませんね」
相も変わらず微笑みながら、兵兵衛が云う。そして、
「そんなところに、ある程度の戦力になる集団が上陸なんぞしちゃあ警戒されるのがおち。その対策にと商人を装ってはいるのですが‥‥」
兵兵衛が柳から視線を転じた。その先では、ルーフィンが乗りあった四国の商人と話をしている。
「名優ぶりを期待しますよ、本物の商人様」
誰にともなく、兵兵衛が呟いた。
「伊予ならやはり蜜柑でしょうなあ」
伊予の商人であるという、ふくよかな体格の男が答えた。伊予の特産物は、というルーフィンの問いに対するものだ。
なるほど、と肯いたのは流麗ともいうべき美しい若者で。純白の髪の美丈夫、ルーフィンである。
「色々と商いなどしたいと思っておりますが、しかし‥‥」
「しかし?」
「戦が起こっていると聞きまして、二の足をふんでいるところでございます」
「そうですな」
男も困惑した表情を浮かべた。
「突然の事でしたからな。河野様が高松に攻め込んだのは」
「何か理由があるのでございますか?」
「わからん」
男はかぶりを振った。
「河野様は、良い殿様と噂されておった。それが何故戦をお起こしになったのか‥‥」
「そうですか‥‥」
ルーフィンの金茶の瞳に、この時剣呑な光がやどった。
「うん?」
船の者の一人が眼を瞬かせた。そして海面を覗き込む。
「今、海面に人の姿が見えたが‥‥」
呟き、すぐに苦く笑った。こんな海の只中に人などいようはずがない。
船の者は舷から顔を引っ込めた。
その幾許か後の事だ。
蒼く煌く海面に、ぬうっと頭が浮かんだ。
人のものではない。皿を乗せたそれは、河童のものであった。
「どうやら異常はないようじゃな」
琥珀色の魔眼で、河童は周囲を見回した。
海中より伊予へと急ぐ者。その異形の忍びの名を、磯城弥魁厳(eb5249)といった。
●
皓々と。
月下の海原をすすむ大洲丸の舷にもたれ、一人酒をあおっていた平手の隣に、一人の娘が立った。柳だ。
「組長サン」
柳が口を開いた。
「噂通りののんべえだね」
「妹から聞いたか」
「まあね」
くすりと笑い、すぐに柳は付け加えた。
「心配はいらないよ。隊士を放って、自分だけ物見遊山にいってるなんて告げ口はしないから」
「ありがてえ」
ニンマリする平手の袖を、そっと引いた者がある。アンだ。
「差し入れ」
微笑ながら、アンが西洋酒と肴を差し出した。平手が眼を輝かせたのはいうまでもない。
「気がきくじゃねえか」
「でしょ」
可憐に首を傾げ、そしてアンは四人目の影にワインを差し出した。影は――シグマリルはそっとワインをおしのけた。
「俺は酒はやらん」
云うと、シグマリルは良く光る眼で平手を見据えた。
「覚えておいてもらおう。俺は平手の手伝いをする為にゆくのではないという事を」
「‥‥」
平手は答えない。黙したまま、冴える月を見上げている。
その背にむかい、シグマリルは云った。
「そこに戦に嘆く者がいる。だから俺はゆく。それがカムイラメトクだからだ」
「ふふ」
アンがにこりとした。そしてワインを飲み干した。
「嬉しい、シグマリルみたいな人と知り合えて」
アンは云った。
「私、時々どうして生きてるのかしらって思う事があるの。でも、答えはいつも見つからない。ただわかるのは、この国の荒れた情景が故郷と一緒だって事だけ。‥‥造酒」
アンは平手をじっと見つめた。
「私、この旅で見つけるよ。その答えを」
「よかろう」
平手は薄く微笑んだ。
●
船は松山の港に入った。戦の火はここからは見受けられない。が、港には幾人かの松山藩士らしき侍の姿があった。
冒険者達は商人一行に扮し、港に降り立った。
「待て」
侍の一人が冒険者達を呼びとめた。そして胡散臭げな視線を牙に浴びせた。
牙には、どこか吹き荒ぶ風が似合うところがある。只の侍に見えるはずがなかった。
「貴様、何の用で伊予に参った?」
「商人の護衛です」
牙の答えに、侍は冒険者達一行を見渡した。そして表情を変える。どこか只ならぬ気配を感得したのかもしれぬ。
その時だ。
魂を震わせるような音が流れた。染み入るような笛の音。柳だ。
はっと顔をむけた侍の眼前、シグマリルがとんぼをきった。魁厳もまた空に軽やかに舞っている。
ルーフィンが慇懃に一礼した。
「芸の方も商っております。御用がおありの節は、お声をかけてくださりませ」
長吉の村に冒険者が辿り着いたのは太陽が中天にある頃であった。
「どうやら尾行けて来る者はいないようですね」
足をとめ、兵兵衛は振り返った。身に刻み込まれた忍びとしての感覚に触れる気配はない。あくまで商人一行として振舞った甲斐があったということか。
「設楽」
「うん?」
振り返ってみれば、そこにはシグマリルの姿があった。
「何か?」
兵兵衛が問うと、シグマリルは眉をひそめ、
「うむ。思いついた事があるのだが。‥‥河童が人間の娘を攫う事に何の価値があると思う?」
「価値?」
「そうだ。鶴その者の器量で済む話なら、ただの人攫いで片付く。しかし人間の娘である事に価値があるとすれば‥‥長吉の村、ひいては戦をする人間社会への人質とは考えられまいか」
「ふうむ」
さすがに兵兵衛の表情があらたまった。
「もしかすると、わたくしたちはとんでもない事に手を出してしまったのかもしれませんね」
●
樹陰をぬい、疾駆する影が二つあった。牙と魁厳だ。
その魁厳の面には、苦渋の色があった。
村人が彼にむけた視線。それは憎悪に彩られていたからだ
と、突然二人は足をとめた。そして呪陰に身をひそめる。
眼前に、澄んだ水を湛えた沼が広がっている。八郎沼。広さと水の清澄度からいえば湖といった方が良いかもしれない。村で聞いたとおりだ。
「いますよ」
牙が云った。
ブレスセンサーによって、河童の存在は感知済みだ。その数は二十。これもまた村の者の情報通りだが、しかしその中に鶴がいるかどうかまではわからない。
「では、わしが」
河童達のおおよその居場所を牙に確かめると、魁厳は動き出した。
村長宅から、二つの人影が出てきた。柳と平手だ。
「平手サン」
柳は困惑した顔を平手にむけた。
「鶴嬢がかどかわされた原因、もしくは切欠について、村の誰もが思い当たる事がないとは‥‥どういう事なんだろう」
「さあて」
平手もまた首を傾げた。
「見たところ、何ぞ隠している様子もねえ。となると、なおさらおかしい。が、まあ」
平手はニヤリとした。
「直接聞き出せばよかろうさ」
●
すでに夕刻。八郎沼も黄昏の色に染まっている。
その八郎沼を見下ろす木々の中、一際高い一本のそれの樹上、ルーフィンはいた。軽やかに笑みつつ、オークボウを手に、眼下を見下ろす。
沼の近く、一つの人影が見えた。少女のようだ。
しくしく、しくしく。
どうやら泣いているらしい。道に迷ったのかもしれない。
と――
ルーフィンの眼が猛禽のそれのように煌いた。彼の鋭い眼は、少女に近づく幾つかの影を見とめている。それは――
気配に気づき、少女が顔をあげた。
その眼前、異形のモノが立っている。
皿を頭にのせ、甲羅を背に、そしてぬめる肌は深い緑色。河童だ。
少女の眼が大きく見開かれた。それが驚愕故と判じ、河童はほくそ笑み――すぐに不審にゆらいだ。
本来恐怖の相を浮かべているはずの少女の面に、その時河童は異様なものを見出していた。それは――笑み。
「見ーつけた」
少女――アンが云った。
刹那である。
樹陰から冒険者達が飛び出した。すでに柳のフレイムエリベイションを施された彼らは常よりも迅く、より強く河童達に殺到する。
慌てて河童達は踵を返した。そして沼に走った。
が、すぐに河童達は踏鞴を踏んだ。その足元に数本の矢が突き刺さっている。ルーフィンの仕業だ。さらにはシグマリルの矢が一匹の河童の肩を抉った。
たまらず首領らしき河童――八郎河童が叫んだ。
「やれ!」
「おお!」
八郎河童の叱咤に打たれたかのように、他の河童達が逆襲にでた。緑色の颶風と化して冒険者達を襲う。
がきいっ、と。牙は河童の一撃を氷晶の小盾で受け止めた。
一瞬の交差。さらに一瞬の離脱。
が、離れ際、牙のはしらせた一閃は河童の皿を叩き割っている。
「私の剣は我流。故に、あなたには読めないでしょう」
牙は、彼の牙をかざし、告げた。
河童は戸惑ったようである。同族が敵の中にいる事に。
為に、さらに憎悪した。そして襲った。
が、爆発。
吹き付ける爆風に眼を閉ざした時、河童は背後に気配を感じた。一瞬にして気配が跳んだ異常事を、何と評してよいか。
樒流絶招伍式名山内ノ壱、『椿』。転瞬の間に存在の座標軸を変換し、その後目標を狙い撃つ、魁厳の編み出した合成技。
「哀しいのう」
河童の首筋に、魁厳が刃を突き立てた。
●
八郎河童は戸惑っていた。そして焦っていた。
手下の河童が次々とたおされている。こんなはずではなかった。何と強い人間達であろうか。
「八郎河童だな」
「うるせえ」
アレーナの問いにわめき返すと、八郎河童は逃走にかかった。元々、彼は臆病な質であったのだ。
その前、すうと立った者がある。やれやれと肩を竦めつつ、鉄扇をだらりと下げているのは兵兵衛だ。
「逃がしませんよ」
「く、くそっ」
八郎河童が背後を振り返った。その血走った眼に映るのは、麗しき女神の如きアレーナの姿だ。
瞬時にして八郎河童は判断した。女の方が御し易しと。
その判断に基づき、八郎河童はアレーナを襲った。そして、すぐに後悔した。
アレーナは死の女神であったのだ。
したたかに痛めつけられた八郎河童が眼を覚ましたのは、すでに闇が降りた頃であった。
アレーナを見とめたぎくりとした八郎河童の首筋に刃が凝せられた。平手だ。
「聞きてえ事がある」
「な、何だ」
「鶴ってえ娘の事さ」
平手の眼に白々とした刃の光がゆらめいた。
「浚ったはずだな。どこにいる?」
「し、知らねえ」
必死の様子で八郎河童は首を振った。
「娘を浚った事なんかねえ」
「とぼけるな」
柳が鉄笛を突きつけた。
「鶴の父親が、お前が浚ったと云っている」
「とぼけちゃいねえ」
再び八郎河童が首を振った。
と――
八郎河童がくわっと瞠目した。
「お、思い出した。鶴って娘かどうか知らねえが、娘が連れ去られるところを見た事がある」
「嘘を云うな」
「嘘じゃねえ。俺は確かに見た」
「ならば云え。誰が鶴を連れ去ったんだ」
「侍だ。松山の」
八郎河童が答えた。