【死国動乱】攻防丸亀城
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:7 G 56 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月08日〜01月17日
リプレイ公開日:2009年01月24日
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●オープニング
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高松城。
別名玉藻城とも呼ばれる高松藩主城内の披雲閣において、藩主細川定禅はしばし絶句していた。
ややあって、
「来たか」
と呻くような声をあげた。はッ、と肯いたのは重臣である安富盛範である。
「伊予軍に動きが。攻めるは丸亀城でございましょう」
「数は?」
「しかとは」
盛範は答えた。
高松藩も密偵などの類の者は臣としてあった。が、源徳の服部党や北条の風魔と比べ、それほど優秀というわけではない。満足な回答では無かったが、敵の目的を丸亀城と掴んだだけでも上首尾か。
しかし盛範はすぐさま、
「おそらく五百ほどではと」
告げた。
話は少しずれる。
海を隔てた山陰が黄泉の軍勢の蹂躙を受けている話は讃岐にも聞こえているが、近頃、瀬戸内海に幽霊船が現れるようになった。どうやら黄泉の水軍らしい。高松も困っているが、伊予松山も同様と聞く。今回の動きはこの混乱に乗じたもので、また松山藩も全軍を動員する事は無理という盛範の読みであった。
「五百、か」
定禅は唸った。
丸亀城の兵力はおよそ三百である。守れぬ事も無いが、厳しい戦力だ。丸亀城は西讃岐の守りであり、本来なら高松城に兵力を集めて後詰めをすべきだが‥‥藩主は押し黙った。
盛範も懸念した黄泉軍への防備は疎かに出来ない。
それに、定禅が全軍を動かせば河野も同様に動かすだろう。総力戦は避けたい。彼我の兵力を比較すると、高松藩が千二百、松山藩に関しては確かな数字ではないが二千数百〜三千程。
敵は、高松軍が丸亀城を救援するのを見込んで準備している公算は高い。ならば丸亀を捨てても高松城に兵力を集めるか。しかし、支城を捨てては家臣が動揺する。
定禅の苦悩を見かねたかのように盛範が口を開いた。
「阿波、土佐に援軍を求められてはいかがでござりますか」
「阿波に土佐か‥‥」
定禅は浮かぬ顔をした。
土佐は現在、長宗我部家、山内家、一条家という三家が鎬を削っている。誰と組むかという問題もあるが、とても他国に手を貸す余裕はあるまい。
阿波の三好長慶も海上の黄泉の脅威を受けているし、都に近いあの国では畿内の事情も絡む。イザナミと戦う京都軍と連絡を取っているという話である。本来なら、高松藩も対黄泉戦に参戦すべきなのだが、国が襲われている時には自衛を優先するしかない。
「河野め‥‥」
しかし、と定禅は改めて思わざるを得ない。
松山藩主、河野通宣は温厚篤実の人柄で、松山藩を豊かにした賢公と噂が高かった。まさか隣国を呑みこまんとする餓狼であったとは。
「殿」
という盛範の声で定禅は我に返った。
そう、今は河野通宣の豹変に心をむけている場合ではない。高松藩を守る為、何らかの手をうたねばならぬのだ。
「いかにしたものか」
困りはてた藩主の呟きに、盛範は心を打たれた。
我が殿は決して暗君ではないが、平世の君主であられる。盛範は必死に考えた。
「冒険者」
「冒険者?」
定禅が問うた。
「何じゃ、その冒険者というのは」
「この盛範も良くは知りませぬが」
前置きし、盛範は続けた。
「江戸や京において、冒険者と申す侍が戦にまじり、なかなかに活躍しておるとか。いかがでござりましょうや、その冒険者とやら、招いてみては」
「招いてどうする?」
定禅は眉をひそめた。江戸や京において名高い冒険者も、この四国においては馴染みが薄い。戦で活躍するほどの荒武者であれば、功もあろうが混乱も招くだろう。
「それは冒険者とやらを見てみぬ事には何とも。ともかくも丸亀城に赴かせはいかがかと」
「うむ」
定禅は大きく肯いた。
●
伊予、浮穴郡。
荏原城に集結した兵は七百あった。
本丸より見下ろしているのは荏原城城主である平岡房実。背後に控えているのは嫡男、平岡通倚であった。
「ふふふ」
房実の口から含み笑うかのような声が流れた。
「いよいよ本格的な讃岐攻めか。面白くなってきたわ」
「腕がなりまする」
通倚が破顔した。かなり気負い込んでいる様子である。が、それも無理はなかった。通倚にとっては初陣なのである。
「さもあろう」
房実が肯いた。
「丸亀城は高松城に次ぐ堅城。おとすことの功ははかりしれぬ。おとせば我らにはずみがつく故な。だからこそ完膚なきまでに叩き潰さねばならぬ」
「承知しておりまする」
「いいや」
房実が首を振った。その声に含まれるひやりとする響きに、我知らず通倚は眼を見張った。
「否、とは?」
「その通りの意味じゃ。お前は、わしの云う事の意味を本当に理解してはおらぬ。完膚なきまでというのはな、讃岐の兵、一人たりとて生かしてはおかぬという覚悟じゃ」
「一人たりとて――。それでは丸亀の兵を皆殺しにすると?」
「左様。不憫であるがな。我らが攻めるは丸亀だが、高松城との戦は始まっておる。我らが丸亀城を壊滅せしめれば、讃岐の国人衆の心は細川から離れる。河野の力を見せつけるのじゃ、火の出るほどに攻めよ。高松が後詰にくれば良し、来ぬ時は支城を見殺しにした細川に味方はおらぬ。
丸亀城に屍の山を築くのじゃ。よいな。しかと心得よ」
「は‥‥はッ」
答え、父である房実の背を見遣り、しかしこの時、通倚は背にぞくりとする寒気を覚えていた。
房実は勇猛果敢な武将である。が、戦場を前にした今、父が浮かべた冷酷な表情に通倚は戸惑う。讃岐兵を皆殺しにせよと口にした房実の顔には、酷薄な微笑が浮んでいた。
薄墨を流したかのような違和感を胸に抱き、通倚は房実の背を見つめた。その前で、黙したまま房実はうっそりと佇んでいる。
落日の光に濡れたその顔は、すでに血を浴びたかのように真紅に染まっていた。
●リプレイ本文
滾りたつ
世に背を向く
動乱の
死国の澱み
頼みて潜む
●
寒風吹き荒ぶその日、丸亀城に辿り着いたのは四人の冒険者であった。
が、すでに城は篭城状態であり、冒険者達が入り込む事はできない。では、とばかりに動いたのは磯城弥魁厳(eb5249)であった。風邪によりふらつく足を踏みしめ、丸亀城への潜入を試みる。
しかし、やはりというか――
身体能力の低下した魁厳は城につめた高松藩隠密によってとらえられたのである。
「松山藩の忍びか」
「冒険者でござる」
魁厳は叫んだ。
「依頼により罷り越しましてございまする。城主様にお取次ぎいただけますよう」
「冒険者!?」
隠密達は顔を見合わせた。どうやら冒険者の事を耳にしていたらしい。
「待っておれ」
隠密の一人が駆け出していった。
ややあってのことだ。残る三人の冒険者が入城を許された。
迎えた丸亀城兵達は興味津々といった様子で魁厳を含めた四人を見守っている。何となれば、彼らは冒険者なる存在を見るのは初めてあったからだ。
不利なる戦況を打開する為、主たる細川定禅が助けを求めた者達とはどのような存在であるか。京や江戸で名を馳せたというその実力はいかなるものであるか。
さらに細川兵の興味をひいたのはその顔ぶれであった。
まず設楽兵兵衛(ec1064)と名乗った浪人者が只者ではない。飄々として、とても一騎当千の兵とは見えない。
いや、兵兵衛はまだいい。所所楽柳(eb2918)はどうだ。女ではないか。
ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)は女にしか見えぬ優男の異国人であるし、魁厳に至っては人間ですらない。河童だ。
無数の好奇の視線に晒されながら四人の冒険者達は丸亀城奥へと導かれた。
「よく来てくれた」
口を開いたのは無骨そうな侍である。
丸亀城主、奈良元安。細川四天王の一人と呼ばれる武将であった。
「早速だが軍議を開きたい」
「もうしばらくお待ちください」
ルーフィンが手をあげた。
「まだ三人到着しておりません」
「三人?」
「はい。そのうちの一人、アン・シュヴァリエ(ec0205)は高松城にむかっております」
そう、アンは高松藩主城である高松城の内にあった。その彼女の前には一人の男が座している。
細川定禅。高松藩藩主であった。
「アンと申したか」
定禅はアンを見据えると、
「高松城に寄ったのには、よほどの事情があるからであろうな」
「はい」
アンは屈託なく微笑むと、
「定禅様のお耳に、是非入れておきたい事があって」
「どのような事だ」
「松山藩の事です」
アンは一旦言葉を切ると、すっと笑みを消した。
「松山藩には妖狸が巣くっています」
「妖狸?」
定禅は重臣である安富盛範とちらと眼を見交わした。そして苦笑すると、
「確かに河野通宣の変わりよう、側に狸か狐のような輩がついており、そやつににたぶらかされているのではと考えぬ事もないが」
「そんな意味じゃなく」
やや焦ってアンは声を大きくした。
「本当の妖しです。伊予では足軽に化けた妖狸が娘を浚い、生き胆を喰らっていたのです」
「それは」
定禅は言葉を失った。が、惑乱したのではない。実際のところ、どうでもよかったのだ。
妖狸が松山藩の足軽に化けていたなどという話そのものが俄かに信じられるものではない。いや、それがもし本当だったとして、それがどうした。高松藩存亡の危機には何ら関係はない。
その定禅の思いを表情から読み取ったか、アンは声を低めた。
「八百八狸。足軽大将、三宅藤右衛門。妖狸はそんな事を考えていた。そして最後に云ったわ。四国は必ず我らが手に入れるって」
「ほう、四国を手にいれる、とな」
定禅の答えは気が抜けていた。
「わかった。その事、しかと胸にとどめおいておこう」
気のない口調で定禅は云った。
●
井戸から石垣へとまわった時、柳の足はとまった。すでに一人の冒険者が立っている。ルーフィンだ。
「ヤナ」
柳に気づいて、ルーフィンが振り返った。
「どうしたのですか」
「いや、石垣から濠を眺めてみようと思って」
柳は答えた。そして濠の幅を目測する。
五間ほどもあるだろうか。石垣の上からのソニックブームは有効であるはずだ。
「大丈夫ですよ」
ルーフィンが微笑した。えっ、と戸惑う柳の頬に、そっとルーフィンが触れた。
「ちゃんとピンチには駆けつけますので」
「‥‥」
柳の頬にさっと紅が散った。
その時だ。
「物見ですかな」
声がした。元安だ。
慌てて咳払いすると、柳は元安に眼を転じると、
「元安殿、砂や石を詰めた袋を用意していただきたいのだが」
「袋? 何に使われるのかな」
「消火や城壁にとりつく敵兵を退ける為」
「なるほど」
肯くと、元安はすぐさま側についていた家臣に命じた。
●
丸亀城近くに布陣する河野兵を避けるようにして、残る二人の冒険者――ゼルス・ウィンディ(ea1661)とステラ・デュナミス(eb2099)が入城した。
「遅かったね」
迎えたのは、一足先に到着していたアンだ。ゼルスは海色の瞳に冷たい光を浮かべると、問うた。
「こちらの様子はどうですか」
「協力的だ」
柳が答えた。ちらりと天守を見上げ、
「城主の奈良元安という男も物分りがよさそうだしな」
「こちらには狸は入り込んでいないのかしら」
ステラが周囲を見回した。数人の侍が遠目にこちらを眺めている。
「さあて」
のほほんとして兵兵衛が答えた。
「が、少なくとも藩上層部はまだ巣食われていないのではないですかね。私が狸なら、わざわざ呼びたい存在ではないですからね、冒険者というものは」
「でも安心はできないわね。もしかすると、あの侍達の中の一人が妖狸かもしれない。そう考えるとゾッとするわ。国が内から乗っ取られるんですもの」
「さらに恐ろしいのは、その事実を知っているのが我々だけだという事です」
ルーフィンが云った。が、その台詞のように彼が恐れているようには見えない。むしろ楽しげに、
「この四国の命運は我々にかかっているかもしれないのですから」
「そうじゃ」
魁厳が眼を閉じた。瞼の裏には一つの顔が浮かんでいる。ベアータ・レジーネスの顔だ。
ベアータは云っていた。イザナミの侵略をうけ、都は必ず四国の支援も必要とするだろうと。
「四国を救う事は、ひいては京を救う事になるやもしれん」
「京、ね」
ステラの口から溜息にも似た声がもれた。その懐にはパラーリア・ゲラーから預かった瀬戸内海図が入っている。
「では頑張らなければなりませんね」
ゼルスの眼が妖しく光った。
呪文展開。紅蓮の闘気がゼルスの背後で踊り、次々と冒険者達の精神を高揚させていく。
「さあ、いきますか」
迎撃の用意はできた。
●
「うん?」
薄闇の中、ふいに足をとめたのは松山藩の侍であった。平岡房実に率いられた兵の一人である。
「物音がしたと思ったが」
不審げに呟き、周囲を見回す。が、何者の姿も見えない。
己の小心ぶりを嘲笑うと、侍はゆばりを樹木に放ち、そしてそそくさとその場をはなれていった。後にはただ風の流れる音だけが――
いや、そうではない。侍がゆばりを放った樹木の上に陰火の如きものが見える。
眼。
それは底光る、琥珀色の眼であった。
「‥‥隠形が甘いか」
ひそともれた声は魁厳のものであった。
●
二の丸井戸。
闇に沈むその井戸端に、一つの影が現れた。女だ。おそらくは城勤めの女であろう。
女は周囲を見回すと、懐から包みを取り出した。
刹那――
「さすがに魁厳さんの仕掛けた鳴子には引っ掛かりませんか」
声がした。そしてふらりと人影が現れた。兵兵衛である。
「こんな夜更けに、井戸に何の用ですか」
「喉が渇きましたものですから」
「ほう。それどわざわざ井戸までねえ。で、その手の包みは何なのですか」
「これは――」
女が慌てて手を後に隠した。兵兵衛はニヤリとした。
「毒とみましたが、違いますか。妖狸さん」
「妖狸? 何の事――」
「とぼけても無駄ですよ。ステラというわたくしの仲間が、あなたの正体はとっくに見破っているのですよ」
「‥‥」
女は答えない。が、闇の中に異様な気が満ちた。獣気にも似た瘴気だ。
「カッ」
獣のような雄叫びを発し、女が飛び退った。それを追い兵兵衛が地を馳せる。
「しゃあ!」
兵兵衛が軍配を模した手斧をはしらせた。が、それはむなしく空をうつ。女の動きは獣並みに俊敏であった。
「魁厳さん!」
「おお!」
女の前に影が現出した。すでに小太刀を抜刀した魁厳だ。
「きいぃ!」
女が跳んだ。反射的に魁厳が刃を薙ぎあげる。
しかし、遅い。低下した身体能力によって繰り出される魁厳の刃にはいつもの鋭さはなく、女は軽々と空を舞うと数間先の地に降り立ち、逃走にかかった。
「くっ」
魁厳は微塵隠れの発呪をやめた。あの速度で動かれたら、とても背後をとる事などできない。せめてもとテレパシーリングで城兵に警戒の思念を送ったが、只の兵に妖狸を捕捉できるか、どうか。
「せっかくの機会でしたが‥‥惜しい事をしましたね」
悔しげに兵兵衛は軍配斧を肩に担ぎあげた。
●
銀の針のような雨が地を穿っている。辺りはすでに暮れかけているかのように薄暗い。
まるで天地晦冥であるかのような世界の中、河野軍の攻撃は始まった。
「来たよ!」
怒涛のように押し寄せる河野軍を見下ろし、アンが叫んだ。それが合図であったか、一斉に高松兵達が矢を放った。
第二の雨と化した矢の斉射を浴びて、次々と伊予兵が斃れていく。が、何にしても数が多い。
矢をくぐり抜けた少数の伊予兵が濠をわたり、石垣にとりつく。大手二の門にもすでに数人とりついていた。
「のぼれ!」
「おお!」
雄叫びを発し、伊予兵が石垣をよじのぼりはじめた。
それをぎらっと見据える者がいる。柳だ。
「やらせはしない!」
柳が鉄笛をふるった。
ひょうと、まるで獣の雄叫びのように笛が鳴る。疾る衝撃波は伊予兵を打ちのめした。
「所所楽殿に続け!」
石垣上に陣取った高松兵が矢を放った。石垣にとりついていた伊予兵達が蟻のように濠に落ちる。
柳が快哉をあげた。
「やる!」
「いや」
叫び返した兵兵衛がゼルスを庇いつつ、飛来した矢を軍配斧ではじいた。
「敵も矢を使い出しています。このままでは」
兵兵衛が云った。その言葉通り、伊予兵の放つ矢によって、石垣上の高松兵数人が射殺されている。
ちらと兵兵衛は高松兵を見た。
どの顔も恐れ戦いている。多数の兵に取り囲まれる事により士気が低下しいるのだ。徐々にではあるがおされはじめている。
「ゼルスさん! まだか」
「まだです」
ゼルスが焦りの滲んだ眼を伊予兵達にむけた。
敵の指揮官を狙い撃つべく、いつでもヘブンリィライトニングを放つ用意はできている。が、未だ敵指揮官の姿が確認できない。
「ううぬ」
ゼルスが呻いた時だ。伊予兵の攻撃に乱れが生じた――ように柳は感じた。
「‥‥ルー」
柳の口から祈るかのような呟きがもれた。
●
伊予兵は混乱していた。側面から矢の乱射を浴びたからである。
伏兵か?
浮き足立ったところに、突如、地から水が噴出した。それは地を泥濘に変えつつ、伊予兵を飲み込んだ。
何が起こったのか。わからぬままに伊予兵は恐慌に陥った。ただ魔的な異常事が起こった事だけは理解して。
実のところ、伊予兵達はまるきり魔法を知らぬというわけではない。侍の中には闘気魔法を操る者もいる。が、さすがに神皇家の独占である精霊魔法を実際に目の当たりにした者は少なかった。
とはいえ、その混乱は一時的なものに過ぎなかった。すぐに伊予兵達は大勢を立て直し始めたのである。
が、ゼルスにとってはそのわずかな時間が重要であった。ルーフィンが矢で、そしてステラがクリエイトウォーターを発動して手繰り寄せたわずかの間隙を利用し、彼は他の兵とは違う鎧を身につけた者を見出していたのである。
その瞬間であった。轟と天が吼え、世界が青白く燃え上がったのは。
どよめきは、どこからあがったものであったか。
伊予兵は見た。空を切り裂いて降った雷が、突出していた足軽組頭・脇屋新兵衛を消し炭に変える様を。さらに――
別の足軽組頭もまた雷に撃たれた。その時に至り、さすがに伊予兵達も恐怖にかられたのである。
それでも、まだ果敢に攻める伊予兵もいた。門を乗り越え、見返り坂に辿り着いた兵達である。
が、そこでまたもや彼らは足止めされた。ゼルスのトルネードによって。
「今だ、かかれ!」
元安が絶叫した。その命にはたかれたかのように、高空からばたばたと落下して呻き声をあげている伊予兵めがけ、高松兵は殺到した。
●
乾いた音は河野軍の陣奥で響いた。平岡房実の手の馬上鞭が通倚の頬を打ったのである。
「何故に退却を命じた?」
「兵が動揺して――」
「馬鹿め!」
再び房実が鞭をふるった。通倚の頬が裂け、血が飛んだ。
「父上!」
叫びかけ、通倚は声を飲み込んだ。
房実の満面が怒りにどす黒く染まっている。血走った眼をつりあがらせ、歯をむきだした面相は異様で、正視に耐えぬものであった。
房実の口からくぐもった声が発せられた。
「もはや撤退は許さぬぞ。丸亀城の者ども、一人残らず血祭りにあげるまではな。――ぬっ!」
爛、と。房実の眼が赤光を放った。
●
房実の陣より走り出た二つの影がある。笠と軽鎧で身を包んだ、一見足軽に見える二人だ。
「わかった?」
足軽の一人が問うた。するともう一人が小さく肯いた。
「ええ。ミラーオブトルースで見えたわ。敵の大将らしき侍は人間じゃなかっ――」
答えは最後まで発せられなかった。足軽の背に深々と矢が突き刺さっている。二人に気づいた数人の兵が射掛けたものであった。
「逃げろ、ステラ! アン!」
ルーフィンのものらしき声は森の中、樹上から響いた。一瞬後、流星雨に似た矢が伊予兵の追っ手に降り注ぐ。
「私も長居はできませんね」
ひらりとルーフィンは枝から飛び降りた。
●
平岡房実は丸亀城を攻めきれなかった。緒戦の肉体的、そして精神的損害が最後まで河野軍の足をからめとったのである。
数日後、一時的にではあるが河野軍は撤退する事となる。が、当然その事実は知らず――
翌日、冒険者達は丸亀城を発した。ルーフィンを含めた三人の冒険者は矢による傷を負っていたが、それはすでに治癒している。
「いったいどこまで妖狸は入り込んでいるのだろうな」
柳が疲れたような声をもらしたのは、冒険者達が高松の港に着いた時であった。
「わかりません」
ゼルスが答えた。元安に黄泉の水軍について尋ねてみたのだが、幽霊船らしきものが目撃されているとの事だけで、詳しい内容はわらない。全ては未だ霧の中だ。
が、暗鬱な内容ばかりではない。伊予を調べる際、全面的に協力をするとの元安の確約をとりつけてあった。
「今度は、こちらが攻め込む番じゃ」
魁厳の瞳が、肉食獣のものの如く、黄色く底光った。