幾重のリング

■シリーズシナリオ


担当:みそか

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜10月07日

リプレイ公開日:2004年09月29日

●オープニング

 人の心には光と闇が常に巣食っているものである。
 聖人とあがめられている人物であろうと、人殺しに何の躊躇も抱かない人間であろうともその点に関しては変わることはない。
 両者の違いは、どちらに自らの存在意義を見出すかという点だけである。

「雷まできやがったか。窮屈なもんだぜ」
 まだ太陽は高々と昇っているであろうに、空一面を覆い尽くす厚い雲と一向に止もうとしない豪雨にグルーダはいまいましそうに舌を鳴らす。依頼に失敗し、依頼主から無能者の烙印を押されて仕事を失った。さらに立場の違いからアジトから逃げるように飛び出し、仲間であったディールとも別れてから早幾日。早くも手持ちの路銀は心もとなく、適当に歩いたせいかここがどこなのかもよくわからない。彼を取り巻くようにして守っていたモンスターは今や全てディールのものになっている。‥‥早く補給を済ませなければ最悪の結末も有り得る。
「‥‥どうやらそこまで俺も見捨てたもんじゃねぇようだな」
 雨宿り場所を探していた途中、彼の視界に映ったのは旅人。子供を二人も連れているせいか、この豪雨の中だというのにその足取りは遅い。
 迷いなど裏の仕事を受け持つようになった頃より昔にかなぐり捨てている。グルーダは何ら躊躇することなく自らの存在を隠すために身に纏っていたボロ布を捨て去ると、銀色に輝く剣を豪雨の音にかき消すようにして抜き放つ。
 この雨の中旅人との距離を詰めることなど容易い。
『残念ですがもうあなたと仕事はできそうにないんですよグルーダ。簡単な依頼すら失敗するような無能者に用はないとクライアントから通達されましてね。悪いことは言いませんから命を狙われる前にここからお逃げになった方が身のためですよ』
 豪雨の中、鼻を刺すような胸糞悪い紅茶の匂いが彼の脳裏に蘇った。
『‥‥っ、もう追っ手がきやがっ‥‥‥‥』
 勝負は一瞬。子供を囲むようにして立っていた三人の旅人の一人は死角からの攻撃に言葉を最後まで発することなく言切れた。
「わりぃな。てめぇらに恨みはねぇが、運命だと思って諦めてくれ。‥‥どのみち、お前たちも俺と一緒でろくな連中じゃねぇんだろ? お互い血糊だらけの剣を持っていてよ!!」
 銀色に輝いていた剣が、川のように流れる雨水を紅に染めた。
「へっ、これで‥‥‥‥」
 グルーダが三人の男の持ち物を物色し終わり、一応念のためにと先ほどまで子供達がいた場所へ向き直ると、そこにはショックのあまり気絶した二人の‥‥まだ十にも満たないような子供が寝転がっていた。
「‥‥‥‥‥‥」
 剣か慈悲。普段の彼であれば迷うことなく前者を選択したであろうが、子供達にとっては幸運なことに、彼は今孤独であった。人は何よりも孤独を恐れる。
「逃げたけりゃ逃げろ、さっきの三人がお前らの親族だったなら殺せ。‥‥その時がお前達の最期の時になるがな」
 神すら予測していなかった気まぐれ‥‥‥‥それは往々にして『偶然』という形で起こりうるものである。グルーダは兄弟らしき少年と少女をたたき起こすと、意外にも従順に彼の後についてくる二人を連れて豪雨の中山を下っていった。

<冒険者ギルド>
「ここから二日程離れた街道で叔父の家から戻る途中だった貴族の御子息二人が三人組の男に誘拐されたそうだ。不意を突かれた貴族の護衛隊は死人こそいないものの敗走‥‥そして情けない護衛隊の代わりにお前たちにこうして依頼がまわってきたわけだ」
 冒険者ギルドの係員は発見してほしい子供達二人と犯人三人の人相書きを冒険者に提示すると、今回の詳細な依頼内容を説明し始めた。
「今回の依頼はこの子供二人を発見し、連れ戻すことだ。‥‥が、実質どこにいるのかなんてわかったものじゃねぇ。犯人は馬に乗っていなかったみたいだし、子供の足だから‥‥まあ殺されてなければそれほど遠くにはいってねぇだろうが、発見までこぎつけるのは困難だろう。だから最悪、その子供の居場所の有力な手がかりが入手できれば最低限の報酬は出ることになっている。‥‥どうだ? 長丁場になるがやってみないか?」
 ギルド職員の提案を受けた冒険者達は、六歳だという子供達の人相書きをまじまじと見詰めるのであった。

●今回の参加者

 ea0186 ヴァレス・デュノフガリオ(20歳・♂・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0497 リート・ユヴェール(31歳・♀・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3590 チェルシー・カイウェル(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6591 シーナ・アズフォート(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●序幕
 星も月も見えない夜、やっとたどり着いた宿。長旅の疲れかすぐ眠りにつく子供二人。何かに怯えるような仕草。
 ‥‥グルーダにとってみればどれも気になるようなものではなかった。彼も職業柄、月のない夜に物騒な刃物を持った敵に襲い掛かられることもあったし、その逆もした。
 今更根拠のない不安に怯えるほど清純ぶるつもりもなかったし、いざとなれば自らの研ぎ澄まされた感覚が命を守ってくれるだろうとも思っていた。
「しかし、なんでこんなガキ二人を連れてきちまったか‥‥‥‥」
 我ながら意味不明な行動にグルーダは左手で頭を抱える。そしてひとしきり唸った後‥‥右手が掴んだ刃が炎に包まれた。鳴り響く金属音、飛び散る鮮血!! 幾重にも重なった足音は品のない和音となり‥‥部屋にはたった一人の剣士が残った。
「逃がしたか‥‥‥‥」
 グルーダは一連の騒ぎにも起きる気配を見せない子供二人へ舌打ちを放ちながらも冷静に敵の存在を考察する。
 自分を殺しにきた割には白兵戦が弱すぎる。かといって足音一つ立てずに部屋を包囲した手並み、とても夜盗のそれとは思えない。
「‥‥ひょっとすると、俺はとんでもないお荷物を背負い込んじまったのか?」
 彼はなぜか口元を緩めると、父親がするそれのように二人の子供達の頬をやさしく撫でた。

●一幕
『御子息二人がさらわれた場所はこのあたりです。敵の数は三。全員かなりの実力者で‥‥』
「にげてきちゃったってわけね? 子供たちをおいて。‥‥まあいいわ。だから私たちが集められたんだしね」
 未だに何かに怯えたような雰囲気で当時の状況を語る護衛に、シーナ・アズフォート(ea6591)は半ば呆れ顔をしながら僅かな情報をまとめていく。仮にも貴族の子息を守る護衛役が命惜しさに逃亡とは情けない。
「それにしても得てして妙だな。その体つき、手の豆の跡‥‥そちらもかなりの手だれと見受けたが、それが四人も揃って果たして三人の賊にやられるものかな?」
『諸君らは知らないからそんなことが言えるのだ! あの敵の恐るべき強さ、不意を突かれれば我らとて‥‥‥‥っ!!』
 レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)の脳裏に浮かんだ一抹の疑問を護衛隊の一人が怒声とその傷だらけの体をもって否定する。激痛に歪むその表情は、彼の本当の感情を示しているのか、あるいはそれとも‥‥。
「レーヴェさん、ここで得られる情報はこれくらいだと思いますの。あとは現地での捜索時間を少しでも確保しないといけないと思いますの」
 護衛役と喧嘩をしても何も始まらないと、険悪になった雰囲気を収めようとする神薙理雄(ea0263)。話はその後しばらく続き、必要な情報を聞き出した冒険者達は、護衛隊の隊長から子供二人が持っているというナイフと同じ模様が描かれている紙を受け取ると、酒場をあとにした。
「‥‥なんか臭い匂いがプンプン漂ってくる依頼だな。あの護衛役の奴ら、絶対に何かを隠してるぜ」
 青い目を細めながら渋い表情をして考え込むヴァレス・デュノフガリオ(ea0186)。そして考えれば考えるほど、無理矢理にでも聞き出せばよかったかという後悔が浮かぶ。
「彼らも一応依頼主の一部だ。口を割るとも思えないし、手荒いまねもできない。‥‥どちらにしろその子供達をみつけることができれば全ては解決するはずだ。まずはそれを急ごう」
 対象的にさばさばした表情なのはルシフェル・クライム(ea0673)。後ろを振り向かず、ただ前を向こうとするその姿勢は『誇り高き光の騎士』という彼につけられた称号を示す。
「とりあえず事件現場にいってみよ。‥‥根っこの深そうな依頼だから解決まで時間はかかると思うけど、子供達のためにも少しでも早く‥‥‥‥ね」
 酒場から出て話し込むのもそこそこに、チェルシー・カイウェル(ea3590)は事件現場までの迅速な移動を促す。冒険者達は頭の痛くなりそうな依頼にやれやれと軽く溜息を吐きながら、目的地へと向かっていくのであった。

●二幕
「この内の誰か一人でもこの町で見ませんでしたか?」
 事件現場からほど近い酒場で、人相書きを手に情報を集めようとするリート・ユヴェール(ea0497)。あれから事件現場を探索したものの、数日前に降った豪雨のせいでてがかりになるようなものは何も残ってはいなかった。こうなれば聞き込みしかないと踏み、冒険者達は三班に別れて周囲の集落をしらみつぶしに当たっていた。
『どこかで見たような気もするんだが‥‥思い出せんなぁ。役に立てなくてすまない』
 そして結果はまたしても空振り。聞き込みというものは往々にしてそんなものであるが、情報らしい情報がない中で地道な作業を続けるというのは、なかなか忍耐が必要なことである。リートはがっくりとうなだれると、無駄なことは承知で神薙が護衛隊から受け取った紋章の書いてある紙を酒場の店員に見せる。
『紋章なんて見せられてもなぁ‥‥‥‥いや、この模様‥‥‥‥確か‥‥‥‥武器屋の店主が‥‥‥』
 唸り声をあげながら記憶を辿ろうとする店員。リートは無意味とわかりつつも、両拳を握り締めて店員の記憶力が聡明になるように心の中でエールを送っていた。

『ああ、このナイフにその紋章は書いてあるねぇ。今朝、銀髪で強面の冒険者が子供二人を連れて売りにきたんだよ。馬車を手配していたようだからもう売った主はこの町にはいないと思うけどね。‥‥それにしてもこのナイフがそんなに珍しい品なのかい? ついさっきも同じことを聞かれたけどねぇ』
 町で情報収集を行っていた冒険者四人の質問に合い、なれた様子で淡々とその時の様子を語る武器屋の店主。ナイフが希少なものだと思ったのか、表情はどこか満足げである。
「待ってくれ、俺たちと同じことを聞かれたのはどんな奴にだ?」
『さあ、あんまり特徴らしい特徴もなかったけど‥‥ただ随分急いでいる様子だったよ。その割に連れていた子供と一緒にいた男の人相をやたらと詳しく聞きたがったりね』 
 武器屋の店主はかなり買い叩いたであろうナイフをうっとりした表情で眺めると、リーヴェの質問に起伏の少ない声で答えたのであった。


「どういうこと? 私たち以外にも子供を捜してる人がいるっていうし、子供を連れていたって人も情報と全然違うし‥‥」
「正直私にも皆目見当がつかない。‥‥だが、子供達が生きていることが分かっただけでも大収穫だ。とりあえず私たちも村まで移動しよう。今ならまだヴァレス達と合流できるはずだ」
 情報を得る度にわけのわからなくなる展開にチェルシーとルシフェルは混乱するが、ここで考えていたところで埒があかないということはわかりきっている。悩むのもそこそこに彼女たちは町を出発し、村へと続く街道を急ぎ足で進んでいく。
 ‥‥‥‥冒険者達が血まみれになった馬車を発見したのは、まさに夕日が沈もうとしていたその時であった。

●幕間(村では何が起こっていたのか?)
「はぁ‥‥」
 村外れの草原に座り込んで、シーナとヴァレスは大きく溜息をついた。
 予定では村での聞き込みに三日あてるつもりだったものの、着いてみれば人口僅か二十名ほどの小さな集落である。聞き込みはたいした収穫を得ることもできずに小一時間で終了し、彼らは早くも途方にくれていた。
「どうしたもんかなぁ〜〜。‥‥神薙とでも合流するか? この村には何もないみてぇだし」
「そうだね。すぐ近くだし、のんびりしてるよりはいいかも」
 とりあえず立ち上がる二人。気合を入れるためか二人とも大きく伸びをすると、おもむろに武器を引き抜いた。
「村に入って大して時間もたってねぇのに‥‥何か恨みでも買うようなことしたっけな?」
「少なくとも私の記憶にはないわ。それに小さな村に住んでいるにしては‥‥随分と物騒な武器を持っているわね」
 気付けば彼らの四方を囲んでいた敵へ二人は互いに背を向け合い、死角を排除した状態で対峙する。
『だれに頼まれてこの依頼を受けている? 答えなければこの場で死んでもらう』
 武器を構えたままじりじりと距離を詰めてくる突然の襲撃者。雰囲気を冷静に掴めたならば、質問に答えようと答えまいと結果は同じだろうということは十歳の子供でも理解できる。
「わりぃなぁ‥‥‥‥依頼主の素性を明かさないってのは冒険者の基本なんでな、簡単に破るわけにはいかねぇんだよ!」
 ヴァレスとシーナは囲まれている状況を逆に利用して、一斉に右手の男へ向けて突進していく。突き出された男の剣をヴァレスがやすやすと回避し、隙だらけになった敵の脇腹へ、シーナがしたたかにロングソードの腹を打ち込む。
 そしてすぐさま長居は無用とばかりに二人は一目散に逃走していった。


<一時間後>
「二人ともお疲れ様ですの。そんなに急いで‥‥もしかしたら子供達は見つかったんですの?」
「そんなに‥‥いいものじゃないわ。いきなり‥‥知らない奴に襲われたり‥‥‥‥そっちは何か情報は‥‥手に入った?」
 何とか襲撃者から逃げ切った二人は、走りながら村まで移動して神薙と合流する。かなり急いできだせいか、二人ともかなり息が乱れている。
「ああ、それだったらついさっきいい情報が入りましたの。何でもこの近くで馬車が襲われて、激しい戦いがあったらしいんですの。その場に子供も二人いたみたいですし‥‥今から現場検証にいこうと思いますの」
 二人の苦労を知ってか知らずか、のんびりした調子ですぐに現場検証に行こうと促す神薙。未だに息が整わないヴァレスとシーナは、片手で何とか彼女を制止させるのが精いっぱいであった。

●終幕
「どういうことだ‥‥」
 目の前に広がった余りにもの惨状にレーヴェは思わず口もとを押さえる。
 転がっていたのは五体もの惨殺死体だった。だが、馬を除けばその死体のすべてが物騒な武器を構えており、子供どころか一般人らしき人物もいない。
「襲った方が倒されたってことなのかな?」
「そう‥‥考えるしかないな。しかし、となると‥‥‥‥!!!」
 考え込んでいたのも束の間、街路脇の樹木が僅かに揺れたかと思うと、チェルシーの質問に答えていたルシフェルの首筋へ烈火の如く燃え盛る刃が迫る!
「危なああぁーーい!!」
 リートが言うより先に、彼女が放った矢が燃え盛る剣の持ち主めがけて放たれる。刃は僅かに頚動脈から逸れ、ようやく現状を理解したルシフェルも身体を捻って刃の回避を試みる。
 バサリと音がして銀色の髪が大地に舞い散り、全身に浅い傷を負った強面の剣士がようやくルシフェルの視界に映った。
『てめぇはどっちだ? 俺か、それともまたガキか!?』
「待ってください。あなたの要求は‥‥‥‥」
 リートは何とか交渉をもとうと剣士へ話し掛けるが、剣士‥‥グルーダという名の剣士はそんな言葉に聞く耳も持たずに体勢が定まらぬルシフェルへ斬りかかり、鍔迫り合いから膝蹴りをしたたかに打ち込んでルシフェルを弾き飛ばす。
「交渉が通じぬ凄腕か‥‥‥‥ならば!!」
 しかし、逆に不安定な体勢となったグルーダへすぐさまリーヴェの剣が襲い掛かる! 十分な体勢から放たれた攻撃をこのままでは受け流せぬと感じたのか、グルーダは片足で後方へ跳躍する。
「さあ、逃げるわよ! ここで戦うには情報と人数が少なすぎるわ!」
 チェルシーはルシフェルの手を取ると、一目散に後退していく。リーヴェ、リートも牽制をしながらそれに続いた。
 グルーダは逃げる冒険者達を積極的に追おうとはせず、茂みの中に入ると、そのまま森の奥へと小さな手を引いて移動していった。


 ‥‥‥‥その後、合流を果たした冒険者達は山狩りを行い、子供達の行方を突き止めようとしたが、結局発見までには至らなかった。

 新たな情報を得たということで依頼は成功とみなされ、冒険者達には報酬が支払われることとなった。