●リプレイ本文
夜‥‥月もない夜。
ほんの数ヶ月前であったなら家々からは光や夕食の匂い、そして人々の笑い声が漏れていてもおかしくない時間だ。
だが、今はどの家からもそれらがこぼれることはない。この数ヶ月間で急激に流行り始めた病気は、それらのものを根こそぎ強奪してしまったのだ。
「‥‥だから、明かりと声が灯るのは、その強奪者と戦っている教会というわけなのね」
漆黒に覆われた街の中で、一際明るく輝く教会の光をその純白の髪に受けたキラ・ヴァルキュリア(ea0836)は、風に流れるそれを悲哀に満ちた瞳でぼんやりと見詰める。
「うぅ‥‥ぅ‥‥‥‥」
彼の足元でうめき声をあげているのは、その病気にかかった村民であった。疫病と認識されているものにかかり誰からも見捨てられた彼の精神は、しっかりと大地を踏みしめることすらもできぬ足で、冒険者へ正面から襲いかかるほどに衰弱していた。
「こりゃ、依頼主も外に出たくないはずだわ」
この町で目立つ行動をとるのはまずい‥‥。キラは今も大地に倒れている男を尻目に、仲間達の待つ家へと向かっていった。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「一応依頼主からある程度の話は聞けたわ。特にま新しいものはなかったけど。それと、帰り道で怪しい男の後を追ってみたんだけど‥‥‥‥違った」
キラがドアを空けると、部屋の中からアルテス・リアレイ(ea5898)の声と食欲をそそる香りが彼の耳と鼻に届いた。彼は完全にドアを閉めてから、保存食を温めて味をつけたものを木の器に入れ、どっかりと椅子に腰を降ろす。
「ほんの数ヶ月で人の心はこれほど乱れるものなのか。村の人に話を聞いてみても、ほとんど理性を保っている人はいなかった」
この町に到着してから彼らは常に失望と、恐怖と、絶望と、狂気に駆られる人々を目の当たりにしてきた。人と接すれば病気が移るかもしれないという恐怖は住民たちを重度の疑心暗鬼に陥らせ、冒険者とまともに会話をしてくれる者などほとんど存在しなかった。
心ある者は勇気をもって狂気を扇動する教会を批判したが、彼らは人々の狂気を前にして余りに無力であった。慈愛と友情、近所付き合いなどは全部紐で纏めて井戸に投げ捨てられ、それと同じ数だけ無関心と残忍、恐怖が心の奥から湧き出てきた。
いつしか心ある人は勇気を持つことをやめ、この町を出て行く。‥‥そして、いつしかこの町から『平穏』という文字は消えてしまったのだ。アレス・メルリード(ea0454)は病気にかかったものが誰にも見取られることなく死んでいく現実に、それを疑問に思おうともしない住民への怒りを込めて拳を握り締める。
「まともな人は既に町から脱出しているんでしょうね‥‥この家の人みたいに」
「アレスさん、キラさん。だから僕達がここにきているんですよ。この事件は疫病じゃなくて毒によるものの可能性が高いわけだから。原因さえ明らかにすれば、きっと町の人たちも元に戻るはずだよ」
窓の部分にかかった木の板を開けて、アルテスは教会の方を眺めながら言葉を紡ぐ。見れば集会が終わったのか、教会から人々が逃げるように外へ走り出していた。彼らの衣服は‥‥そして、家々はつきすらもない夜に赤く照らされていた。
「これは‥‥あの二人が心配だ。俺たちも様子を見に行こう!」
冒険者達は突然騒がしくなった外の雰囲気を察知すると、武器を衣服の中にしまって外へ飛び出していった。
<町付近>
「やれやれ、すっかり遅くなってしまいましたね。ですが家までもう少しです。重いですが頑張って運びましょう」
「この村の水を極力飲みたくないということはわかりますが、どうして私たちが村はずれまで桶を片手に水を汲みにいかねばならないのだろうな。‥‥しかもこんな深夜に」
町外れの道を、空家にあった桶を抱えて獅臥柳明(ea6609)とレオンロート・バルツァー(ea0043)が歩いていく。力自慢の両者の足取りはしっかりしているが、ましになったとはいえまだ足元は暗い。二人とも視線を下に向けながら一歩一歩確実に歩いていく。
「御互い目立つ格好をしていますからね。こうも人心が荒廃した状態では、昼間に大手を振って歩けないのも仕方ありません。‥‥情報収集どころか世間話すらまともにしてくれない有様ですから」
桶を持ったまま頭を更に下げる柳明。視界には‥‥先ほどより随分明るい地面が映っていた。
「あれは‥‥!!」
レオンロートが顔を上げた刹那、二人の冒険者は桶を持ったまま走り出していた。
どこに?
‥‥燃え盛る家へ!
<火事現場>
「天罰じゃ! 天罰じゃーー!!」
燃え盛る家の前で老婆が狂ったように叫びまわる。家の中にはまだ人が残っているのか、かすれた悲鳴が響いていた。
「皆よ、敬虔なる信徒達、よく見ておきなさい。これが喜びを捨てず、神に逆らった者への報いなのです」
燃え盛る炎を前に、満足そうに頷く神父。信徒達の多くは狂喜の声を轟かせる。
「‥‥てめえら、どこまで腐っ」
「どこまで腐っていなさるか! ‥‥ですねぇ。あなたたちにどういう権利があるのかは存じませんが、ここで人を見捨てるとは余りに愚。通させてもらいましょうか!!」
家主の逃走を防止するために家の周囲を取り巻いていた信者の一人、風霧健武(ea0403)がシルバーダガーを引き抜こうとした間際、桶の水をかぶり、小太刀を構えた柳明が叫びながら突き進み、人込みの中に一筋の道をつくる。
「さあっ、炎の中で躍動する俺の肉体を見てくれー!!」
まってましたと言わんばかりのタイミングで、ドアへと突進していくレオンロート! マントから水蒸気が吹き上がる中、彼は躊躇することなく燃え盛る家の中へ突撃していった。
「あちいいぃーー!! おーーーい、どこだあぁああ!!」
‥‥あまり深く物事を考えていないとも言えるのだが。
「愚かな! 何ゆえ神に裁かれようとしている者を擁護するのですか!? ああ、恐ろしい。裁かれるべき者を救おうとしたあの者には恐るべき天罰が訪れるでしょう! あなたにもなぁ!」
嘆き、叫び、最後に柳明への裁きを口にする神父。杖を構え、一歩ずつ柳明へと近付いていく。
「お待ちください神父様。この一件への裁きは神様が決めてくれることでしょう。炎の中よりあの者が生還したならば、それは慈悲深き髪のおぼしめしだということにはなりませんか?」
神父の前に立ちはだかったのは風霧と同じく、信者の中に紛れ込んだシーナ・アズフォート(ea6591)であった。彼女の言葉に、殺気立っていた神父や信者は一旦落ち着きを取り戻す。
「ああ、そうですね敬虔なる信者シーナ。ですが、とても神に見捨てられたあの男が炎の中から生還するとは思えません。そんなことがあるはずがないのです」
「ワリィが‥‥勝利の女神はまだ俺のことを見捨ててなかったらしいぜ」
神が神父を見捨てたか、彼が言葉を言い終えた直後、崩れた壁の一角から家主を抱えたレオンロートが別人のように颯爽と登場し‥‥バッタリとその場に倒れた。
「急いできてみれば‥‥無理しすぎだぞお前。たしか空家にヒーリングポーションがあったはずだ。その人ともども治療しよう」
「そうね。あなたの治療は私がするからともかく、家主さんの怪我はちょっと重そうだからいそがないといけないわね。‥‥さあ、通してくれない? 神のお許しがあったんでしょ?」
そこへ駆け寄ったのはアレスであった。柳明と共に二人へ肩を貸すと、キラの先導で信者の包囲から脱出しようとする。
「う‥‥む‥‥」
「早くそこからどきなさい。あなた達も、自分たちがしていることが間違っているということくらいおわかりでしょう!」
厳しい口調で神父を叱責し、道を切り開くアルテス。伝染することを恐れて多くの信者が数歩下がる中、彼らは悠々とその間を進んでいく。‥‥老婆が叫び声をあげるまでは。
「惑わされるな皆ぁ。伝染病を恐れぬそやつらは悪魔の化身じゃあ! ここでこやつらを看過しては、我らにまで被害が及ぶぞぉ!」
「疫病なんかじゃない! この病気は単なる‥‥」
「ええぃ、黙れ! 敬虔なる信者達よ、この悪魔どもを今すぐ退治するのじゃ!!」
冒険者による反論を神父の声が打ち消す。ろくな武器を持たない信者たちは冒険者に直接襲い掛かることはないものの、あっという間に彼らを取り囲んだ。
「神父様、このアーティがこの者達にここで天罰を‥‥」
「右に同じく。こいつらはこの霧風・健弐が殺す」
しばし訪れた静寂を切り裂き、信者に紛れたアリア・バーンスレイ(ea0445)と風霧、そして腕に自身のある数名の信者がそれぞれ棒を手に冒険者へ近付いていく。何ともわかりやすい偽名に、本名を名乗っていたシーナは信者の群の中で苦笑いを浮かべた。
「覚悟せいやぁ――!!」
「レオンロートにアレスに柳明。任せたわよ」
「僕達はあんまり力仕事向きじゃやりませんから。皆さん頑張ってくださいね。援護‥‥必要ないですよね?」
襲い掛かってくる数名の信者を目の前に、家主を保護して見学を決め込むキラとアルテス。だが、前線に立たされる格好となった三人は文句一つ言わずに武器を引き抜いた。
「くだらない事をしますね‥‥。その程度の腕前で、私たちをどうしようというんですか?」
柳明の小太刀が唸り、信者の棒切れを弾き飛ばす。圧倒的な実力差に、信者はその場でへなへなと倒れこんだ。
三人の中で一番実力的には劣る柳明ですらこうであるのだから、あとの二人は推して知るべしである。棒切れは木片となって空を舞い、腕自慢であったはずの信者たちは次々と無力化されていく。
「くっ、このアーティが負けるなんて‥‥アレ‥‥あなた、かなりのつわもののようね」
「グッ、こんなことがっ!」
御約束通りアリアと風霧も敗北し、風霧の懐から水筒がカラカラと音を立てて大地に‥‥冒険者側から見れば都合よく転がった。
「水筒なんて持ち込むから負けるんだ。‥‥のどが渇いた。中身はもらっておこう」
アレスは転げ落ちた水筒を手に取ると、信者たちに背を向けて今度こそ悠々と彼らの間を通っていったのであった。
「ああ、何と恐ろしいことであろう。神を恐れぬあの者たちには必ずや近日‥‥‥‥」
「天罰じゃああぁぁあああ!!!」
頭を抱えながら悲痛な声をあげる神父の声を、老婆の叫び声が遮り‥‥‥‥夜は更けていった。
‥‥水筒の中に入っていたのは風霧が入手した、神父が信者へ振舞うスープであった。そしてそれは冒険者の予想通り、『疫病』とされていたものの解毒材となっていた。恐らく、エチゴヤで販売している解毒材を使っても解毒は可能だろう。
依頼期間を終えた冒険者達は、情報を整理して体勢を整えるためにキャメロットへと帰還していった。