●リプレイ本文
●一幕
「とりあえず片付いたようですね。‥‥ほとんど戦闘をした気もしませんが」
倒れた数人の山賊を目に、シン・バルナック(ea1450)は僅かに額に浮かんだ汗を拭いながら仲間に声をかける。情報の通り山賊達は武器らしい武器を持っておらず、冒険者の突入と共に大半の者は逃げ出し、そうでない者はその場に尻餅をついて倒された。何か縛るようなものを探すシン。
「邪魔になるだけだろ。文句があるか? ま、杓子定規で計る様な奴は居ないだろうが」
短い悲鳴が漏れ、倒れていた山賊の頭蓋骨が砕かれる。あっけらかんとした表情で仲間達に問い掛ける空魔玲璽(ea0187)。
「‥‥構わないが、情報を聞き出したいから一人くらいは生け捕りにしておけ。そろそろ次の小屋にいくぞ‥‥」
玲璽を一瞥した後、窓の木を外し外の壁にアシュレー・ウォルサム(ea0244)からの合図がないか確認するシュナイアス・ハーミル(ea1131)。
「チッ、戦闘中に気付かなかったか。‥‥来てるみたいだぞ!」
彼は既に壁際に合図となる矢が刺さっていることを確認すると、先ほどの戦闘中にも見せなかった、焦りを含んだ声を仲間にかける。彼の言葉が終わる直前には赤い布を含んだ矢が壁に突き刺さる。
「これは一刻も早く次の小屋に移るべきでしょうね。どこもここと同じ調子ならそれほど時間はかからないはずです。いいですか、玲璽さん?」
「ああ。俺は自分達が置かれている立場が読めないほど馬鹿じゃない。‥‥殺すのは立ち向かってきた奴だけにするさ!」
予想外に早い敵援軍の襲来に、急いで小屋を出る冒険者達。見れば異変に気付いた山賊達は情けなくも小屋から脱出し、冒険者から逃走しようとしていた。
「まずいぜ。もう敵がきやがったみたいだ。そっちの首尾はどうなんだ?」
「ああ、知ってる。‥‥首尾も何も、山賊達は逃げてるんだ。残りの小屋の確認だけしてこちらも早く撤退しよう」
あちらも同じ状況だったのか、慌てた様子の別働隊で行動していたライラック・ラウドラーク(ea0123)。玲璽は残る小屋の扉を蹴破り、その中に山賊がいないことを確認する。
「来た来た来た。やっぱり来たぞ。もう山賊は退治できたか?」
「みんな逃げていったよ。増援の数はどれくらいなんだ?」
息を切らせて走ってくるアシュレーの質問にロット・グレナム(ea0923)は簡潔に答えると、逆に質問を投げ返す。それに答えるかわりに黙って耳を澄ませという仕種をとるアシュレー。
耳を澄ませば‥‥鎧と鎧が重なり合うような音が『幾重にも』なって彼らの耳に届いた。
●幕間
「各員迅速に、確実に! 目標を一人として逃すな!!」
重装備を纏った男達は小屋から逃走した山賊達を切り伏せると、遠巻きながら素早く冒険者達を取り囲んでいく。そして包囲を終えた男達は、まるで冒険者の次の出方を待っているかのようにその場に足を止める。
「即効性はないが確実な一手というわけか‥‥」
「ん、増援来ちゃったかな? むう‥‥何かさっきの山賊さん達とは違う気がするんだけど‥‥」
「明日奈さんの言っていた通りベガンプの正規軍でしょうね。数は‥‥数えたくもありませんね」
悪い予感があたったとフィルト・ロードワード(ea0337)とチカ・ニシムラ(ea1128)の呟きに合わせて自嘲的に言葉を紡ぐシン。キャメロットで情報を集めた霧崎明日奈からの伝達通り、依頼主であるザーランドとベガンプとの仲はこれほどまでに良好ではなかったのだ。
だが、幸か不幸か、増援が山賊本隊よりも強力であるだろうという可能性を予測していた冒険者達はこの状況に素早く対応し、包囲する敵のキャメロット側に穴を空けるべく、一気に突撃していった。
●二幕
それから始まった戦いは冒険者達にとって非常に厳しいものであった。ただでさえ少ない九名という人数。本来であれば皆で結集したまま敵と交戦し、キャメロットまで退却することがよかったのであろうが、戦いに慣れない馬を連れてきている者はどうしても戦いを恐れる馬と共に撤退するという選択肢を選ばざるを得ない。
結果、相手にとって冒険者達の戦力は労せずして二分されてしまう結果となってしまったのだ。
「神命に従いし蒼き聖獣の一撃、その身でしっかりと受け取れ!」
リュウガ・ダグラス(ea2578)の剣が風斬り音をたてながら唸り、鎧を纏った敵を弾き飛ばす。手にはしる確かな手応えにリュウガはほんの一瞬顔を綻ばせるが、吹き飛ばした敵の影から同じような鎧を纏った兵士が彼に襲い掛かる。
振り抜いた剣を再度握り締め、敵に向けようとするリュウガ! だが、それは敵の攻撃のスピードに到底かなうものではない。彼が刃を引き戻すよりも早く、猛烈な衝撃と共に彼の視界は深紅に染まる。
「リュウガさ‥‥邪魔をするなぁ!!」
仲間の窮地を目の前に、助けに赴こうとしたシンは別の敵に掴まる。正規兵一人一人の実力は冒険者のそれより劣っていたが、だからといって鎧に身を纏った敵は簡単に倒せるものではない。
「神命に‥‥従いし蒼穹の‥‥牙、今こそ‥‥敵を討ち滅ぼせ!!」
赤く染まった銀色の髪がふわりと一瞬宙を舞い、一度は膝を大地につこうとしたリュウガの右足が力強く大地を蹴り上げる。流れ出る鮮血で視界の一部が塞がる中放った彼の一閃は、自らの命を地獄に差し掛かる手前で掬い上げた。
「やるじゃないかリュウガ。回復までの足止めは任せておけ!」
高速詠唱を用い、直線状で蠢く敵に掌から放った雷を浴びせるロット。だが、敵は受けた直後こそ怯んだものの、すぐさま武器を握り直して反撃を始める。
「一発で効かないならもう一発‥‥ガァッ!!」
ロットの掌から再び雷が放たれた直後、くさむらから飛び出してきた敵の刃が彼を襲う。肩口に熱い衝撃を覚えながらもそれを回避するロット。
「ザーランドの犬ども、その命を捧げよ!」
しかし、彼が体勢を立て直す間もなく迫り来る敵の刃。無駄と知りつつも高速詠唱を行い最後の抵抗を試みるロット。
‥‥鳴り響いたのは、なぜか金属音だった。
「下がっていろロット。こいつら‥‥数に勝るだけあってその辺りに潜んでいる。見晴らしのいい場所で援護を‥‥頼む‥‥」
すんでのところで助けに入ったフィルトも怪我を負っているのか、流れ出た血はマントにまで滲み、言葉は震えている。
「敵には容赦はしないよ!」
「もらったぁ!」
「失せろ!!」
チカが放ったウインドスラッシュが敵の注意を逸らし、フィルトとの間に空間を生み出す。千載一遇のチャンスを得たフィルトとロットは同時に攻撃を仕掛け、敵をその場に倒した。
「‥‥っ、簡単には逃がしてくれないか‥‥」
フィルトは回復薬を喉に押し込むと、未だに傷む足を引きずりながら逃げ道を塞ぐ敵と戦う仲間の援護へと向かっていった。
●三幕
「ご丁寧に敵も馬を持ち込んでいるとはね。こっちの馬はおびえっぱなしだよ」
「だからといってこいつを見捨てるわけにもいくまい。‥‥それに、もうじき引っかかる頃‥‥来た!」
玲璽が言葉を紡ぎ終えるより早く、仕込んでおいた罠に敵の馬がかかる。草を結んだりロープをかけただけの単純なものであったが、ひとたび効果を発揮すればその威力は絶大だ。二人は素早く馬から飛び降りると、武器を携えて倒れた馬の騎手に襲いかかろうとする。
「甘いんだよザーランドの犬め!」
負傷をものともせず敵は素早く立ち上がると、握り締めた刃をライラックに向ける! 腕の服が一部裂け、代わりにそこから彼女の髪色と同じ赤い液体が流れ出す。日本刀を握っていた腕に握力が入らなくなる。
「もう一人いることを忘れていたお前の方が‥‥余程甘い!!」
勝ち誇ったように剣を振り上げる男の背後より突き刺さるは玲璽の拳。鎧ごと男の身体を突き破った拳が引き抜かれる頃‥‥男はその場にガックリと倒れた。
「悪いな‥‥世話になっちまった」
「気にするな。お前が注意を逸らしてくれなければ技は決まらなかった。‥‥‥‥皆を見失ってしまったな。ここで下手に動くのは下策。このままキャメロットに帰還しよう」
二人はこのままどこに敵が潜むのかも分からないような場所に戦えもせぬ馬を引き連れる事をよしとはせず、馬を連れてキャメロットまで帰還していった。
●終幕
「お〜お〜〜。敵さんがこれだけ寄ってきてくれて嬉しい限りだ。‥‥あんまりしつこいと嫌になるがな!」
回復薬を投げ捨てながら、隠れていた草むらから飛び出して敵に襲い掛かるシュナイアス。振り落とされたクレイモアは一撃で敵に致命傷を与える。
「ハーミルさん、深追いはせずに退いてください。これはあくまで撤退戦だということをお忘れなく!」
だが、言ってしまえばそれまでだ。いかに敵に致命傷を与えようとも、この数えるのも億劫なほどに囲まれた敵の一団をなんとかしないことには何も始まらない。シンと共にしんがりを引き受けたのはよかったが、これでは敵を捉えて背後関係を突き止めろどころかこちらが命を落としかねない。
「ザーランドの犬よ、ここで‥‥」
「さっきからイヌイヌうるさいんだよ! お前達がどう思っているのかは知らないが、俺は誰のペットにも成り下がった覚えは‥‥ない!!」
相手の言葉を否定しながら再び打ち落とした刃は虚しく空を斬る。死に体となったシュナイアスの身体に迫る銀色の刃。
「貫けェ!!」
本来ならば鎧に跳ね返されてしまいそうなアシュレーの放った矢が偶然か必然か、鎧の隙間に狙ったように突き刺さる。予想外の方角、威力の攻撃に敵は悲鳴をあげて振り上げた剣を下げる。
「早く逃げましょう! もう依頼は達成しています。こんなわけのわからない連中と戦う必要性はどこにもありません。私は‥‥命を落とすわけにはいかないんです」
悲鳴をあげた敵に一撃を浴びせ、無力化させたシンはシュナイアスの手を取り、半ば強引に撤退させようとする。
「手を離せ。‥‥俺も理性じゃわかっている。ここでこれ以上戦うことにメリットはないってこともな。‥‥‥‥撤退だ!」
掴まれた手を振り払い、キャメロットへ向けて走る二人の冒険者。彼らの前には当然のように兵士が立ちはだかったが、鎧の隙間に矢が突き刺さりその場に倒れこんだ。
連続で命中したあたり、どうやらこの鎧の隙間を狙い矢を射るという行為はアシュレーが狙って行った行為なのだろう。
「二人とも早くこっちに。こいつらもそんなに深追いはできないはずだ」
アシュレーは弓を手に握ったまま、二人の仲間を連れてキャメロットの方向へと逃走していった。
後日、依頼主側からはまるで冒険者達が何事もなく山賊退治を遂行したかのように感謝の手紙と、規定通りの報酬が支払われたのであった。